ユリアシティにたどり着くと、驚いたことにユリアシティの玄関に位置するホール──ルークとアッシュが決闘をしたあたり──に、テオドーロ市長がたたずんでおり、セントビナーの住民を含めた一行を出迎えた。
その姿にスィンは思わず躊躇を覚えるものの、結局そのまま歩を進める。大丈夫。直接顔を合わせたことはない……確か。
「お祖父様!」
「来ると思って待っていた」
ティアの言葉に、暗に事情を知っているとの言葉を聞いて、ティアは祖父に懇願した。
「お祖父様、力を貸して! セントビナーを助けたいんです」
「それしかないだろうな。
その前に、とイオンが進言する。
「お話の前に、セントビナーの方たちを休ませてあげたいのですが」
「そうですな。こちらでお預かりしましょう」
事前の打ち合わせがあったのか、市長は側近たちを伴って住民の引率を始めた。
「……お世話になります」
住民たちの列に加わり、老マクガヴァンが最後尾に立つ。
が、ふと彼は足を止めてルークに振り返った。
「ルーク。あまり気落ちするなよ」
「え?」
何のことか、と言いたげなルークに、彼はジェイドを一瞥する。
「ジェイドは滅多なことで人を叱ったりせん。先ほどのあれも、おまえさんを気に入ればこそだ」
「元帥! 何を言い出すんですか」
珍しくジェイドが焦ったような声音で彼を責めるものの、否定しないというのは驚くべき点であった。当然のことながら、老マクガヴァンは黙らない。
「年寄りには気に入らん人間を叱ってやるほどの時間はない。ジェイド坊やも同じじゃよ」
彼はそう言い残すと、ユリアシティ中央部へ歩き去った。
しーんとした空気の中、ジェイドがふぅっ、と息を吐く。
「元帥も何を言い出すのやら。……私も先に行きますよ」
弁明も否定も肯定もなく、ジェイドは足早に彼の後を追った。
その彼の背中を見送り、ガイが含み笑いをしている。
「はは。図星らしいぜ。結構可愛いトコあるじゃねぇか、あのおっさんも」
「あはは。ホントだ~v」
気持ち早めにスタスタ先を行くジェイドの後を追い、一行はユリアシティ入りを果たした。
後ろでルークがティアに何やら話しているが、他者が聞いていいことではないだろう。
ジェイドの背中が見えてきたところで、スィンは悪戯心を起こして彼に駆け寄った。
「大佐」
「……なんですか? 別に私は……」
「セントビナーの件。何とかできるといいですね」
まったく違う話題を突き出されたせいか、彼はしばしのタイムラグを置いて「……そうですね」と答えている。
「ちなみに、あの街にあった『ソイルの木』、無事だと思います?」
「──落下の衝撃がどの程度なのか、はっきりしないので推測でしかありませんが……確実に無傷とは言えないでしょう。もう瘴気によって枯れているかもしれない」
「……そうですか……」
一挙に沈んだ彼女の顔色を見て、ジェイドは不思議そうにその理由を尋ねようとした。
が、姦しい少女の高い声を耳にして、スィンはぱっと通常の表情に戻っている。
「あ~! スィンが大佐に言い寄ってる~!」
「失礼な! ポイント上げてるだけだよ!」
「おんなじだよぅ!」
玉の輿を夢見るアニスが、大佐は渡さない! と言わんばかりにジェイドの腰にしがみついた。
それならばとスィンは勢いよく肩に抱きつこうとして……
「あっ、無理」
伸ばした腕をあっさりと引き戻し、さっさと距離を取った。
その様子を見て、アニスはあーあ、とジェイドの腰から腕を外して、小芝居を終わらせている。
「今の流れで大佐に抱きつけたら、ちょっとは良くなってる証拠だったのに」
「うーん、ふと我に返っちゃうんだよねえ。こんなに綺麗な顔した人なら、あんまり男性を意識しなくていいと思ったんだけどなあ」
「……褒められているのか貶されているのか、微妙なところですねえ」
「あ、それだ。声が低いからやっぱ男性だなぁ、って思う。いい声だから、余計に」
スィンはまじまじと、改めてジェイドの顔を見つめている。
その一言を聞いて驚いているのはガイだ。
「お前、ジェイドのことそういう風に思ってるのか?」
「そういう風にって、綺麗な顔といい声ですか? 勿論ですよ。女性十人に聞いたら、十人ともそう答えると思いますが」
「スィンが珍しく大佐をべた褒めしてる……!」
「はっはっはっ。照れますねー」
「人間、歳を重ねればみんな同じ顔になるそうですが。その若さがいつまでも続くといいですね?」
「それはわたくし達も例外ではないのでは?」
「……そうですね。腰が曲がって、顔が皺くちゃな、よぼよぼのご老人になるまで、生きていられるといいですね」
意味深なその言葉を、聞き逃せなかったガイが何かを言うより前に。
ルークがティアを伴ってようやっと一行に追いついた。
「二人とも遅いよぉ」
今までの姦しさとどこへやら。アニスが唇を尖らせて抗議した。
「悪い悪い。さ、テオドーロさんのところへ行こうぜ!」
その途中、二人で何を話していたのかを鈍感なナタリアが聞き、お茶を濁していたというのはまた別の話である。
会議室。座して待つテオドーロに促され、一同は各々の席に着いた。ルークが口火を切る。
「単刀直入に伺います。セントビナーを救う方法はありませんか」
その言葉に、市長はひどく難しそうな顔で絶望的な答えを放った。
「難しいですな。ユリアが使ったと言われるローレライの鍵があれば、或いは……とも思いますが」
「ローレライの鍵? それは何ですか?」
聞いたことがあるような、ないような……と呟くルークに、ジェイドが変わって説明する。
「ローレライの剣と、宝珠を指してそう言うんですよ。確か、プラネットストームを発生させる時に使ったものでしたね。ユリアがローレライと契約を交わした証とも聞きますが」
「そうです。ローレライの鍵は、ユリアがローレライの力を借りて作った譜術武器と言われています」
二人の言葉に合わせ、ティアが補足を入れた。
「ローレライの剣は
「その真偽はともかく、セフィロトを自在に操る力は確かにあったそうです」
とはいえども。その所在については、どうにも不透明なものであった。
「でもローレライの鍵は、プラネットストームを発生させた後、地殻に沈めてしまったと伝わっているわ」
「その通り。この場にないもの──いや、現存するかもわからぬものを頼るわけにもいかないでしょう。何より、一度崩落した以上セントビナーを外殻大地まで再浮上させるのは、無理だと思います」
どうにも絶望的な内容に、アニスが呻いている。
「う~ん。どうしようもないのかなぁ」
「……いえ。液状化した大地に飲み込まれない程度なら、或いは……」
テオドーロの小さな呟きに、やっと希望の欠片を見つけたと、ルークが勢い込んで詳細を尋ねた。
「方法が、あるんですか!?」
「セフィロトはパッセージリングという装置で制御されています。パッセージリングを操作してセフィロトツリーを復活させれば、泥の海に浮かせるぐらいなら……」
今までの話とは根本的に違う、ルークの提案と同一にして具体的な話である。ティアは身を乗り出して義祖父に尋ねた。
「セントビナー周辺のセフィロトを制御するパッセージリングはどこにあるの?」
「シュレーの丘だ。セントビナーの東だな」
その単語を聞き、そういえば、とイオンが思案している。
「タルタロスからさらわれたとき、連れて行かれたのがシュレーの丘でした。あのときはまだ、アルバート式封咒とユリア式封咒で護られているからと、心配していなかったのですが……」
「アルバート式封咒は、ホドとアクゼリュスのパッセージリングが消滅して消えました。しかしユリア式封咒は、約束の時まで解けないはずだった」
沈痛な表情でテオドーロはため息をつき、アニスが確認するように尋ねた。
「でも総長はそれを解いて、パッセージリングを操作した、ってことですよね」
「そうです。どうやったのか、私たちにもわかりません」
そこでテオドーロは、ちらりとスィンへ目をやった。
「……あなたはご存じないのですか?」
「なんだ、僕のことご存知だったんですか?」
内心の動揺を隠し、スィンは平然として一同の視線を無視し老人の返答を待っている。
「以前ヴァンと共に来られたことがおありでしょう。あの時は会議の最中で紹介こそ叶わなかったが、ユリアシティを案内するヴァンとあなたのことは聞いていた」
「あー、あのとき、ね」
追憶に浸るようにスィンは遠い目をしていたが、そんなことはどうでもいいとばかり首を振った。
「残念ながら、僕はもとより外殻大地崩落の計画から外されている。詳細は、知らない」
「そうですか──」
「グランツ謡将がどうやってユリア式封咒を解いたかは後にしましょう」
途絶えかけた話題を、ジェイドがしきり直す。
「パッセージリングの操作は、どうすればいいんですか?」
「
その言葉に、ガイが笑顔で一同を見回した。
「それなら俺たちの仲間には四人も使い手がいるじゃないか!」
「わたくし、スィン、ティアとルークですわね」
元来数が少ない
「あとは、ヴァンがパッセージリングに余計なことをしていなければ……」
「それは行ってみないとわからないわね」
テオドーロの気にする不安要素を、ティアはあえて切り捨てた。
「セントビナーの東あたりなら、たぶん街と一緒に崩落してるよな──ありがとうございます、市長」
「いえ──何もできませんが、セントビナーの人々はお任せください」
時刻の関係もあり、ユリアシティで休息を取ってからセントビナーへ行くことに決定し、各々が自由時間を取る。
特に何かすることもなかったスィンがふらふらと出歩いていた際、見知らぬ人間に呼び止められた。振り返れば、いきなり文を渡される。テオドーロ市長から会議室への呼び出し、という内容の代物だった。
わずらわしげに赴けば、市長が立ち上がって出迎える。
「わざわざすみません」
「なんか用ですか?」
わざとぞんざいに用件を尋ねれば、彼はスィンを上から下まで観察した後に、小声でこんなことを尋ねてきた。
「──あの話は、本当なのですかな?」
「あの話って、どの話?」
わざわざ人払いを確認し、市長は本当に小さな声でひそひそと質問を口にする。
スィンも、人がいないのになぜか気配を感じてしまうため、それを咎めることはなかった。
「あー、その話。知らない」
ヴァンのやつしゃべりやがったよ。
どの話なのかを特定した彼女は、あっけらかんと言い切っている。
「知らない、とは……」
「どこまで聞いたか知らないけど、最近はあんまりその兆候がない。多分キーワードに触れてないからだと思うけど、もしかしたら今までの全部、幻覚の類いだったのかもしれないし」
どこまでも無責任なスィンの言葉に、市長は感情の起伏を隠さず詰め寄った。
「……彼女の記憶さえあれば、ローレライの鍵の所在はおろか、パッセージリングの作成も可能かもしれないのですぞ! それを……!」
「あなたもついさっき言ったような気がするなあ。この場にないものに頼るわけにはいかない、ってさ」
その一言で黙りこくった老人に、なんともいえない気持ちで退室を告げる。
話がこれだけなら、もう話すことなど何もないはずなのだ。
「……パッセージリングの操作方法も、ですかな?」
「どうだろうね。実物を見たことがないから、なんともいえない。ひょっとしたら、何か『思い出す』かもね」
退室する寸前、これだけの会話をかわし、スィンは今度こそ会議室を後にした。
ふと周囲を見回せば、壁にもたれて一人考え込んでいるジェイドの姿がある。
(……まさかね)
ふっと頭に浮かんだ疑念を振り払い、スィンは彼の黙考の邪魔をしないよう、その場をあとにした。
パーティ内ムード、アクゼリュス直後から比べると大分和やかになってきたものです。
今回の肝は図星をつかれたジェイドがまるで照れているかのような態度を取る貴重なワンショットですね。
実際照れていたかもですが。