the abyss of despair   作:佐谷莢

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第五十唱——秘めるそれが暴かれた時、苦しむのは当人か、それとも

 

 

 

 

「これらの音機関を製作した本人の記憶があれば、失われたホドとアクゼリュスのパッセージリングをもう一度設置できるかもしれない……ということでしたか」

「言っておくけど不可能ですよ。今ユリア式封咒を解いたのも、完璧に無意識でした。それによって促された記憶の復活も、あんまり役に立ちそうにありませんし」

 

 ふらふらと、頭痛の余韻で少し揺れている視界の中、パッセージリングの正面へ移動する。制御盤へ手を伸ばそうとし、姿勢が崩れた。

 

「スィン!?」

 

 どさり、と柔らかな何かに倒れこみ、見上げれば心配そうな、驚いたようなティアの顔がある。

 駄目だ、来てはいけない──

 脳裏でそんな警告を聞いた瞬間、譜石と制御版が同時に輝きを放った。制御版が書物のように開いて、音叉の上空にひどく複雑な譜陣らしいものが浮かび上がる。

 直後、その代償であるかのように二人の周囲を薄い薄いもやが漂い、譜術の使用時か、預言(スコア)を詠むときのように全身のフォンスロットへ流し込まれた。

 

「……りがと、ティア」

 

 腹の奥に力を入れ、襲いくる脱力感を気力で押さえ込む。ティアはティアで違和感を覚えているようだったが、とりあえずは無事のようだった。

 音叉の上空を見上げる。すぐさま異常に気づき、スィンは「あっ!」と無意識に叫んでいた。

 

「どうしたんですか?」

 

 ジェイドの言葉に答える余裕もなく、上空を指した後で制御盤に手をかける。後ろでは、スィンが指したものを見ていたジェイドが小さく呻きを洩らしていた。

 

「……グランツ謡将、やってくれましたね」

「兄が何かしたんですか!?」

 

 ティアの言葉を受け、ジェイドは苦々しく状況を説明している。

 

「セフィロトがツリーを再生しないように、弁を閉じています」

「どういうことですの?」

 

 ナタリアの問いに対し、彼はその理由について説明してみせた。

 

「つまり暗号によって、操作できないようにされている、と言うことですね」

「暗号、解けないですの?」

 

 ミュウの言葉に、ジェイドが軽く首を振っている。

 

「私が第七音素(セブンスフォニム)を使えるなら、解いてみせます。ですが……スィン、どうですか?」

 

 書物のように展開している制御盤を、まるで本を読むかのように手を当てていたスィンは、振り返りもせずに問うた。

 

「……大佐。ローレライの音素振動数、何桁まで覚えてます?」

「ローレライの音素振動数?」

「皆も。何桁までわかる?」

 

 とはいえ、第七音素集合体の音素振動数など、なかなか覚えているものではない。

 何故いきなりそんなことを言い出すのか。唯一その意味を理解したジェイドが顔をひきつらせた。

 

「……まさか。暗号解除には、あの数字の羅列を打ち込む必要があると……?」

「そういうこと。これ、桁いくつまで打ち込めばいいんだろ。解除枠が異常に細長い」

 

 ためしに打ち込んでみたのだろうか、突如として虚空に数字の羅列が浮かび上がる。

 羅列は「3.1415926535」と並んでいた。

 

「とりあえず十桁ほど……あっ」

 

 数字の羅列は溶けるように消えて、交代するようにフォニスコモンマルキスが明滅する。

 その意味とは。

 

「第一段階、解除?」

「え、え、どゆこと?」

「十桁ずつ打ち込んで、段階ごとに暗号を解かなければならないかしら……」

 

 暗号の解除の仕方は判明した。しかし、問題はその先である。

 第一段階と出たのだ。果たしてこれが、何段階用意されているのやら。

 

「どうすんだよ、俺さっぱりわかんねーぞ!」

「そんなの誰もルークに期待してないと思うけど、私も十桁が精々かな。イオン様は?」

「次の十桁はわかるのですが、その先が……」

 

 ともかく足掻いてみようと、イオンの呟く数字を制御盤に打ち込んでいく。

 羅列は「8979323846」と表示された。数字の羅列が消える頃、明滅した文字は。

 

「第二段階、解除、ですか」

「この先が問題ですわね。スィン、次は……」

 

 ナタリアの言う数字を機械的に打ち込み、羅列は「2643383279」と並んだ。こちらも問題なく消え、解除が表示される。

 

「第三段階。まだ完全には解けないか?」

「その気配がありませんね。次、誰か覚えてる?」

「ええと、確か……」

 

 思い出すかのようなティアの並べる数字が、虚空に表示されていく。

 羅列は「502884197」あとひとつ数字が足りない。

 

「じゃあ、適当に打ち込んでみるね。間違えたらどうなるかも知りたいし」

「ちょ、ちょっと待て。間違えた瞬間、ドッカーン……てことにはならないよな?」

「なるかもしれないし、ならないかもしれない。そんな仕掛けは見当たらないし、隠されていたとしてもまず一番に犠牲になるの僕だろうから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 

 自分に何かあったら全力で逃げるように、と言い残し、スィンは思い切りよく残りの数字を打ち込んだ。

 適当に選択したらしいその数字は──

 

「5028841970」

 

 数字の羅列は消える気配がなく、すわ間違えたかと誰もが思ったその時。

 羅列はそのままで、これまでにない種類の文字が浮かび上がった。

 

「不可」

 

 数字の羅列はそのまま、その文言だけが一瞬明滅し、次の瞬間には文字も数字も消えてしまう。間違えたところでペナルティがないことに安堵しつつ、「5028841971」数字を打ち込んだ。

 こちらは正解だったらしく、打ち込んだ数字は溶けるように消えていく。

 

「第四段階解除、やったね☆」

「次で最後だと思いたいところですね。これで私も打ち止めです」

 

 ローレライの音素振動数など、一般人はまず知らない。

 士官学校や教養を得る上で預言関連を学ぶ際にその存在は語られても、振動数まで教わる者はあまりいないだろう。必然的にそれを知るのは、学者や研究者といった類の人間になる。

 それでも、無限大の数字とされるかの振動数を記憶しておくのは至難の業だった。

 

「大佐、五十桁も覚えてるんですか?」

「研究者であったときに少しね」

 

 研究者だったとき。バルフォア博士だった時? 

 出そうになった声をどうにか呑みこんで、ちらりと後ろを見やる。

 何をどうすればそんなに覚えられるのかとルークに質問されている彼が、スィンの不審な態度に気づいた形跡はない。

 たった一言で乱れてしまった心を落ち着かせ、ジェイドが並べる数字を無言で打ち込んでいく。

 羅列は「6939937510」さて暗号は解除されるのか。

 

「第五段階解除……」

「スィン。暗号は?」

「変化なし。少なくとも、解除された形跡はありません」

 

 ここでスィンは、初めて制御盤から手を離して振り向いた。

 誰もが覚えていないことを確かめて、再び制御盤に向き直る。

 

「じゃあ僕、覚えている限り続けてみます。ちょっと、話しかけないでくださいね」

「え?」

 

 他者の言葉に耳を貸さず、スィンは目蓋を閉ざして在りし日の思い出を探っていた。

 幼い頃、『絶対負けたくない』競い相手だった(ヴァン)と共に紡いだ記憶──

 

「5820974944」

「第六段階解除」

「ほう……」

「5923078164」

「第七段階解除」

「え、すごっ!」

「0628620899」

「第八段階解除」

「まあ……!」

「8628034825」

「第九段階解除」

 

 ──♪──

 

「ん? 鼻歌?」

 

 怒涛の勢いで、暗号が次々と解除されていく。それに伴ってほんのかすかな音色だったそれは次第に音量が上がっていった。

 普段、およそ歌とは縁のない彼女が鼻歌を奏でながら制御盤を操り、暗号を解いている。

 次で十段階に到達する暗号を目前に、衰えぬ速さで数字は表示された。

 

「3421170679」

「第十段階解除」

 

 そろそろこの辺りで全解除できてほしい。

 固唾を呑んで見守る一同だったが、たった一人、思わず声をかけてしまった人がいた。

 一同において一番、スィンの気を引く人間が。

 

「スィン、どうだ?」

「ガイ、話しかけては……!」

 

 鼻歌が、ぴたりと停止する。

 伴って虚空に打ち込まれた数字「82148086」が十桁に満たないまま停止し、やがて「不可」の文字が浮かんで数字も消えてしまった。

 振り返ったスィンは申し訳なさそうに小さく項垂れている。

 

「ごめんなさい。今ので全部、とんじゃいました」

 

 それが集中が解かれたせいだというのは明白で。

 誰彼構わず頭を下げて回るガイを視界から外して、ジェイドはぼそりと呟いた。

 

「ガイの口は塞いでおくべきでしたね」

「あと何桁、覚えているんですの? どうにか続きを」

「どこの桁から思い出すとかは無理で、初めからでないと出てきません。それにはこれ全部なかったことにしないとならないのですが、その方法がわからなくて」

「あの鼻歌は、なんか関係してるのか?」

 

 鼻歌のことをルークに尋ねられ、彼女は僅かに顔を赤くしながら事実を告げている。

 特定の旋律から連想する形で通常覚えきれない量の単純な音を刷り込む記憶術。

 この方法で覚えていられるのは数字や一音で単語などは覚えられないが、一番単純な記憶術として習ったものだった。

 

「つまり、旋律を奏でることで数字を思い出していたのね」

「あともうちょっとだったかもしれないのにぃ、ガイったらもー……スィンもなんか言ってやんなよ」

「無意識で無視できませんでした。すみません」

 

 そうじゃないと言い募るアニスを手で制して、軽く眼鏡の位置を整えたジェイドがスィンを見やる。

 その視線は、何故か疑念に満ちていた。

 

「初めから思い出さないと、と言う割には五十桁過ぎた辺りから打ち込めていたのは」

「五十桁までは知識として覚えているんですが、その先がちょっと……」

「全部で何桁覚えているかは、把握していますか?」

「わからないです。数えたこともありませんし」

 

 何を疑っているのかと勘ぐるも、それらしい推測がスィンの中からは出てこない。

 諦めて本人に尋ねると、予想もしない返答がされた。

 

「それはユリアの記憶ではないのかと「凡人はね、競いがいのある相手、肩を並べる相手がいると、わりかし伸びるもんなんですよ。大佐はご存知なさそうですけど」

 

 天才にはわかんないですよね、と締めくくる。

 不愉快なジェイドの言葉を黙らせるに至ったことは重畳だったが、これで暗号を正面から解除するという選択はできない。

 どうしたものかと沈黙する空気の中で、ルークがわずかな躊躇を振り払うかのように提案した。

 

「……俺が超振動で、暗号とか弁とか消したらどうだ? 超振動も第七音素(セブンスフォニム)だろ」

「……暗号だけ消せるなら、なんとかなるかもしれません」

 

 自分の見解を述べ、ジェイドはスィンの意見を待っている。

 彼女はひどく不安そうな、難しそうな顔をしていた。

 

「ルーク! あなたまだ制御が……!」

「訓練はずっとしてる! それにここで失敗しても、何もしないのと結果は同じだ」

「……そうね。その通りだわ」

 

 スィンが黙している間にも、彼は心配するティアを説き伏せてスィンの返事を待っている。

 不意に左右の色が違う瞳が引き締まったかと思うと、彼女はルークを見据えた。

 

「……あのさ。アクゼリュスを消滅させたときのことは、覚えてる?」

 

 何故今になってそんな話をするのか。

 仲間たちの非難の視線を無視し、アクゼリュスと聞いて体を震わせたルークの反応を待つ。

 彼はやがて、ゆっくりと頷いた。

 

「ヴァンの指示で超振動を使ったんだよね? そのとき、何か言われた?」

「スィン」

 

 その場に立ち会っていたイオンが、ルークにそれを思い出させるのは忍びないと彼女を招き寄せる。

 耳元に囁かれたイオンの言葉を聞き、スィンの顔から血の気が引いた。

 

第七音素(セブンスフォニム)を使ったとき、ヴァンの声が幻聴みたいな感じで頭の中に響いた。ルーク生存を知ってから僕たちがここへ来るのを見越して、僕たちの全滅を誘うつもりだったみたいだ」

「ヴァンの声というのは、ルークに超振動使用を促した、あの……?」

 

 戦慄の走るイオンの声に、スィンが無言で肯定する。

 あぶないところだった。安易にやらせたら、今頃は……

 

「けど! それじゃどうしろっての!? 暗号解けない、暗号消せない、打つ手なしじゃん!」

「──ルークにかけられた暗示を解けばいい。だけど……」

 

 非常に危険だった。下手をすれば、この場に在るすべてが消滅する。

 そうなったら、世界の存続をアッシュ一人に押し付けることになるのだ。

 あの青年にこれ以上余計なやっかいを回すのは心苦しい。そして、やるならガイだけでも避難してからにしてほしいと、口には出さないが思う。

 

「解く、って言ったって、実際どうすればいいのか僕は知らない。強制的な超振動使用を招いて、それをルークが自分でどうにかしてもらう──暗示がかけられている状態で第七音素(セブンスフォニム)の制御を可能とし、暗示を自力で克服してもらうしか、思いつかない」

 

 なんて無責任なんだろう。スィンは腹の底で己を嘲笑った。

 ユリアの生まれ変わりかもしれない、なんてご大層な肩書きでありながら、その子孫に阻まれてロクに自作であろう音機関も操れない。

 その上警告を促すだけ促しておきながら、最終的には人任せ。自分はそれを補佐するだけ。

 命はかかっているが、それは皆も同じことだ。特別なリスクがかかっているわけではない。

 ならば、せめて出来るだけのことはしたい。自己満足と言われてもいい、どうせ人間は身勝手な生き物だ。

 そんな、誰が聞いても気分が悪くなるような内心は内に秘め、どうするよ? とルークに問う。

 

「……やる」

 

 長い逡巡を経て、彼は応と返した。

 

「わかった」

 

 パッセージリングから少し離れた位置まで歩くと、定められた位置に譜を呟きながら、床へ棒手裏剣を突き立てる。

 

「それは?」

第七音素(セブンスフォニム)が周囲に影響を及ぼさないよう、ルークに新しい暗示がかからないよう、防音付き結界。簡単な奴だけど、無いよりはマシなはずです」

 

 描かれた陣が完成し、六芒星の形が輝きを発したところで。手招きに応じたルークと向かい合わせになった。

 

「それじゃ、いくよ」

 

 正面から、スィンの両手が肩に乗る。

 彼の瞳を覗き込むように見つめながら、スィンはしばらく聞いていない、懐かしい声を口にした。

 

『愚かなレプリカルーク! 力を、解放するのだ!』

「がっ……ぐっ、うわあぁっ!!」

 

 ルークの全身のフォンスロットが開き、アクゼリュスの地上でも感じ取れた強大な力の奔流がスィンの存在を揺るがせる。

 

「っ……」

「く、そぉっ! この……!」

 

 訓練時とはまるで違う、暴れ馬のような第七音素(セブンスフォニム)を、彼は必死になって制御しているようだった。

 同時に、スィンの体にもひどい圧力がかかる。

 ルークの第七音素(セブンスフォニム)が結界の外に洩れないように、超振動の余波を浴びながら集中し続けなければならない。

 結界の外から、蚊帳の外に置かれていた彼らが何かを言っている。が、新たな暗示がルークの意識に刷り込まれないよう、結界は防音措置を施してあるため、スィンさえ声を出さなければこの中は完全な無音地帯だった。

 ルークの声は、別物である。

 

「ぐ、ううっ……があああっ!」

 

 暴れ狂う音素(フォニム)を前に混乱していないのはいいことなのだが、それはやはり絶対条件なのだ。

 気を抜けば分解されそうな自分をどうにか保ちつつ、ルークの肩に置いた手を滑らせ、その手で彼の両手を握り締める。

 渾身の力を込めた甲斐あって、彼ははっとスィンの顔を見た。

 しっかりと彼の目を見据え、唇を歪めてみせる。これが、スィンにできる精一杯の激励だった。ここでにっこり微笑んでやればどんなにいいことか。

それでも彼は、スィンの気持ちを汲み取ってくれたようである。

 眉間に皴を寄せながら、深呼吸を繰り返し、発生した超振動を一点へ集中させようとしている。

 そっと彼の手を外すと、好き勝手に暴れていた第七音素(セブンスフォニム)は嘘のように静けさを取り戻した。

 ルークが、制御に成功したのだ。

 はちきれそうになっていた意識を鎮め、集中を解いて結界を消す。ぐらり、と揺れた視界が、そのまま塗り潰された。

 

「スィン! ルーク!」

 

 スィンを抱きとめたルークに、一同が駆け寄る。

 ガイが心配そうにスィンの顔を覗き込み……ほうっ、と息を吐き出した。

 

「寝てやがる……」

「超振動の余波を浴び続けて体力を消耗した、といったところでしょうか。ルーク、お疲れのところ申し訳ありませんが、お願いします」

 

 ルークからスィンを受け取り、器用に背中へ負ったジェイドが、彼女に代わって彼へ指示をする。

 

「第三セフィロトを示す図の、一番外側が赤く光っているでしょう。その赤い部分だけを削除してください」

「わかった」

 

 荒れ狂う第七音素(セブンスフォニム)を鎮めたときと同じように上空へ手をかざした。

 くっ、とルークの目が苦しげに細められる。

 

「どうした、ルーク?」

「……ヴァン師匠(せんせい)の、声がする」

 

 ガイの言葉に呻くように返し、スィンがいなかったらどうなっていたことか──そんなことはわかりきっている、あの惨劇の繰り返しだ──ルークは恐怖と安堵を同時に味わっていた。

 未だ頭の中で反響する師匠の冷たい声を意識の外へ追いやり、彼は超振動の制御に集中する。

 手のひらの先で震える圧縮された超振動はルークの意思どおり、ジェイドの指す部分を削り取っていった。

 全ての箇所を削り終えたそのとき。

 パッセージリングを包むかのように、くりぬかれた床から緩やかな光が噴き出し、ジェイドが緊張から詰まらせていた息を吐く。

 

「……起動したようです。セフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子(セルパーティクル)が発生しました」

「それじゃあ、セントビナーはマントルに沈まないんですね!」

「……やった! やったぜ!!」

 

 二人の声を受け、ルークは飛び上がるように全身で歓喜を表現したのちにティアへ抱きついた。やりおった、と思いつつ頬を赤らめるティアの表情をこっそり盗み見る。

 一行がその光景をまじまじと眼にする前にルークは抱擁を解き、ティアの両手を掴んで上下に振った。

 

「ティア、ありがとう!」

「わ、私、何もしてないわ。起動させたのはスィンだし、パッセージリングを操作したのはあなたよ」

 

 困惑気味にティアは言うが、ルークは欠片も気にしていない。

 

「そんなことねーよ。ティアがいなけりゃ、俺はそもそも第七音素(セブンスフォニム)の操り方もわからなかった。それに、みんなも……! みんなが手伝ってくれたから。みんな……本当にありがとな!」

 

 あまりのはしゃぎように、ナタリアは軽く引きながらも感想を呟いた。

 

「何だか、ルークじゃないみたいですわね」

「いいんじゃないの。こーゆー方が少しは可愛げがあるしね」

 

 楽しげな彼の弁に、ナタリアは寂しそうにぽつりと零している。

 

「あなたはルーク派ですものね」

「別に違うけどね。ナタリアだって、アッシュ派って訳でもないんだろ」

「……わたくしには、どちらも選べませんもの」

 

 それにはスィンも同意見だった。もとより二人は違うのだ。選ぶ選ばないの問題でもない気がするが、彼女だけは唯一例外である。

 

「……ところで、スィン。平気なんですか?」

 

 スィンの覚醒を知ったジェイドがそれを囁いた。流れるような動作でジェイドの背中から降り立つ。

 安否を尋ねる面々に笑顔で応対し、ジロリとジェイドを見やった。

 

「せっかく克服できそうな感じだったのに、思い出させないでください」

「それは失礼」

 

 言葉短く返され、スィンは率直に戸惑った。

 てっきり重いとか年寄りに無理をさせるなとか、そんな嫌味が返ってくるかと思ったら、この淡白さ。

 が、それをいぶかしむのは早計というものだった。

 

「ああ、それにしても腰にきますねえ。風呂上がりに揉んでくれると助かるのですが」

「……珍しく大人しいと思ったら……」

 

 セクハラ反対を叫ぶスィンに、恩知らずを隠喩するジェイド。

 二人の嫌味合戦を制したのは、珍しく騒動に加わらず興味深そうに上空を眺めていたアニスの言葉だった。

 

「あーっ! 待って下さい。まだ喜んでちゃだめですよう! あの文章を見て下さい!」

 

 彼女の言葉に従い、上空を見る。「あ」というスィンの呟きののちに、ガイが垂直の崖を登りきった後で更なる壁の存在を知ったような、そんな声音で言った。

 

「……おい。ここのセフィロトはルグニカ平野のほぼ全域を支えてるって書いてあるぞ。ってことは、エンゲーブも崩落するんじゃないか!?」

「ですよねーっ!? エンゲーブ、マジヤバな感じですよね!?」

 

 アニスが頭を抱えてくるくる上半身を回している。

 いまいち緊迫感はないが、彼女にそれを求めても仕方がない。

 

「大変ですわ! 外殻へ戻って、エンゲーブの皆さんを避難させましょう!」

 

 ナタリアの言葉に一同が頷き、出口へ赴いた。

 その前に、ルークがふと体をすくませたティアの容態を気にしている。

 

「……ティア。どうかしたか?」

「少し疲れたみたい……。でも平気よ」

「……」

 

 今後彼女をパッセージリングへ近寄らせるのは避けよう。

 起動時に起こった体への異常を把握しているスィンは、それを胸に誓った。

 

「なあ、思ったんだけどアルビオールの力だけで上へあがれるのか?」

「タルタロスと同じ要領でセフィロトの力を利用すれば、できると思います」

 

 アルビオールは飛行機関だ。機体は軽量化されているし、浮遊機関の恩恵もある。自力では無理でも、陸艦であるタルタロスすら打ち上げてしまったセフィロトの力なら、造作もないだろう。

 

「そうだな。セフィロトはユリアシティの北東にある。行ってみればすぐにわかるはずだ」

「ユリアシティの北東だな。わかった、行ってみよう」

 

 急がば回れ、という言葉がある。

 急いでいるときこそ補給は大切だというスィンと、セントビナーは無事だと住民に報告してやりたいというイオンの希望でユリアシティに一時寄り、一行は再び外殻へ浮上した。

 

 

 

 

 




ハナウタによる記憶術ですが、多分存在しません。あくまで多分。
存在することより、存在しないことを証明するのは至難の業なのです。
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