エンゲーブへ向かう最中。はるか下界に広がるその光景を目に焼きつけ、一行は言葉を失った。
赤と青が入り乱れている。
赤を基調とした陸艦がいくつもの砲台より音機関生まれの雷を大地へ放ち、青い軍勢を蹴散らせば、青を基調とした陸艦からは何人もの譜術士たちが譜陣を広げ、収束・拡大された譜術が応戦するように赤の軍勢へ襲いかかった。
残ったふたつの色たちはやがて激突し、相容れることなく錯綜している。
赤い陸艦と青い陸艦が接触したかと思うと、どちらからともなく爆発し、炎上した。黒煙は戦場から逃れるように上空を舞い飛び、アルビオールをあぶるかのようにわだかまる。
「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」
眼下に広がる惨劇を大きな瞳に映しながら、ナタリアは唇をかみ締めた。
「これは……まずい。下手をすると、両軍が全滅しますよ」
「……あ、そうか。ここってルグニカ平野だ。下にはもうセフィロトツリーがないから……」
ジェイドの言葉に、アニスが眼下の大地がどこに値するのかを思い出す。
呆然としたように、ティアが呟いた。
「これが……兄さんの狙いだったんだわ……」
「どういうことだ?」
振りかぶったルークに、そして一行にティアが推測──限りなく事実に近いと考えられる──を上げ連ねる。
「兄は外殻の人間を消滅させようとしていたわ。
「シュレーの丘のツリーを無くし、戦場の両軍を崩落させる……確かに効率のいい殺し方です。時間軸から見て、私たちの行動も計算に入れていたようですね」
両軍の虐殺、もはや邪魔でしかないルークたちの抹消。どこまでも推測でしかないが、実に合理的な作戦であったといえよう。
ほんのわずかな狂いさえなければ、情報不足とはいえジェイドをも出し抜いていたところだ。
「冗談じゃねえっ! どんな理由があるのか知らねえけど、
と、ルークの後ろで戦場を見つめていたナタリアが、毅然とした態度で宣言した。
「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。わたくしが本陣へ行って、停戦させます!」
「エンゲーブも気になるわ。あそこは補給の重要拠点と考えられている筈。セントビナーを失った今、あの村はあまりに無防備だわ」
「崩落前に攻め滅ぼされるってこと? こわ……」
冷静なティアの意見を聞き、アニスがブルッと身を震わせる。
「二手に分かれたらどうだろう。エンゲーブの様子を見る班と、カイツールで停戦を呼びかける班と」
時間のロスを嫌ったルークの提案に、今回軸となるメンバーが自主的に目的地を決めた。
「……エンゲーブへは私が行くべきでしょうね。マルクト軍属の人間がいないと、話が進まないでしょう」
「わたくしはカイツールへ参りますわ」
ジェイド、ナタリアは確定として、イオンは軽く思案してから特に希望を告げぬことに決めている。
「僕は、どちらでも構いません。ちょっと考えがあるもので」
「なら、他はくじで決めようか」
羊皮紙の切れ端に赤と青の染料で端を染め、色のついた部分を隠してシャッフルし、ジェイドとナタリアを除いた各々が適当に羊皮紙を選ぶ。
結果。
赤……ルーク、ティア、イオン。
青……ガイ、アニス、スィン。
「ちょ、ちょっと待った! ガイかスィンをイオン様とチェンジ! じゃなきゃ私がルークかティアとチェンジ!」
「じゃ、僕がカイツール組へ回るよ」
イオンと羊皮紙の切れ端を交換し、スィンは内心胸を撫で下ろした。
「珍しいですね。あなたがガイとの別行動を率先するとは……」
「……ガイラルディア様、お気をつけて」
ジェイドの言葉に内心冷や汗を流しながら、ガイの手にロケットを握らせる。その光景を目にして、アニスがあれ? と首を傾げた。
「ガイ……スィンは平気なの?」
そう。今スィンはガイの手を恭しく取り、手のひらにロケットを乗せて文字通り握らせている。ガイは特に何の反応も示していない。
アニスがそれを指摘した途端。
二人はまるで磁石の両極に体質を変化させたかのように大きく飛び退った。
「お、思い出させないでくれっ!」
……どうやら女と認識しないことで誤魔化していたらしい。
「ガイ、本気で情けないですわよ。幼い頃から知り合うスィンにすらそんな風に反応して……」
失礼だと思いませんの? と腰に手を当てて問うナタリアに、ガイは軽く首をすくめながらも弁解してみせた。
「だからこうやって治そうと努力してるんじゃないか」
「ですがそれでは、単に逃避しているだけだと思いますがねえ」
「そんなことありません。相手が女性だと認識し過ぎて過剰反応を起こしてしまうのかもしれないのですから、まずは無意識で接することが重要になります」
ならまず、ルークの女装から初めたほうがいいかもしれませんねえ、と宣うジェイドにルークが猛抗議し、ガイがそれをなだめている。
男衆のむさくるしいじゃれあいを巻き込まれないように生暖かい目で見守りつつ、ジェイドの疑念が晴らされた──かどうかはわからないが、とにかくエンゲーブへ行かずにすむことをスィンは安堵していた。
当初の予定通り、まずはカイツールにナタリア組が下ろされる。
エンゲーブ方面に飛び去るアルビオールを見送った後、一行はカイツールの門をくぐった。折よく、顔見知りの将軍が一糸乱れぬ行進を披露する兵士たちを引率している。
「セシル将軍!」
好機とばかりルークが声をかけると、彼女は一瞬表情を強張らせたが、すぐに何事もないような顔に戻って兵士団に指示した。
「おまえたちは先に行け!」
その言葉を受け、兵士団は行進を再開する。傍へ駆けてきたセシルは、ルークの姿、そしてナタリアの姿を認めて瞳を見開いた。
「……これは、ルーク様! それに、ナタリア殿下も!? 生きておいででしたか!!」
「そうです。私たちは生きています。もはや戦う理由はありません。今すぐ兵を退かせなさい」
最重要事項をナタリアが命ずるも、セシルは否を唱えている。
「お言葉ですが、私の一存ではできかねます。今作戦の総大将はアルマンダイン大将閣下ですので」
「なら、アルマンダイン伯爵に取り次いでくれ!」
ルークの言葉にも、彼女は頷いてはくれなかった。
「それが……アルマンダイン大将は大詠師モースと会談なさるため、ケセドニアへ向かわれました」
「ケセドニア!? なんだって戦争中に、総大将が戦場を離れるんだよ」
「今作戦は大詠師モースより仇討ちとお認めいただき、大儀を得ます。そのための手続きです」
口を尖らせるルークに、その理由をきびきびと答えるセシル。大儀、という言葉を聞いて、ティアが口を挟んだ。
「戦闘正当性証明は、導師イオンにしか行えない筈です。導師はこの開戦自体を否定しておられます」
しかし、自分にそれを言われてもどうにかできることではない、と言いたげに、セシルは首を振って彼らの要求を退けている。
「教団の手続きについては、我が軍の関知するところではありません。とにかく、アルマンダイン大将が戻られなければ、停戦について言及することはできかねます」
「そんな……! いずれは戦場も崩落しますのよ!」
万策尽きたことを知り、顔色を悪くしているナタリアから発せられた言葉を聞き、セシルは鸚鵡返しに尋ねた。
「崩落?」
「アクゼリュスみたいに、消滅するってことだよ!」
ルークはそれを言うが、それで「パッセージリングに不具合が生じたのですか!?」という質問がされるわけもなく。
「マルクト軍がそのような兵器を持ちだしているということですか?」
「違いますわ! 違いますけど、とにかく危険なのです」
セシルは妥当な意見を取り出すが、そんな兵器があるのだとしたら、おそらく最初の衝突で使用されている。
そしてナタリアの曖昧な説明で納得してもらえるわけもなかった。
「よくわかりませんが、残念ながら私に兵を退かせる権限はありません」
「だったら、アルマンダイン伯爵に聞きに行こう。前みたいに、カイツールからケセドニアへ船を出してもらってさ」
セシルの説得は不可能だと判断したルークが善後策を持ち出すも、それはナタリアに、そしてセシルにも却下されている。
「駄目ですわ、ルーク。我が国のケセドニア港はバチカル湾側に作られていますのよ。あの時は停戦状態だったからこそ、マルクト側の港を利用できたのですわ」
「殿下の仰る通りです。本来のカイツール・ケセドニア間航路はアルバート海を通る東回りですから。それに、戦時下の海路は危険です。殿下を船にお乗せする訳には参りません」
そこへ、がしゃがしゃと音を立てて
「セシル少将。準備完了しました」
「わかった」
キムラスカ式の敬礼を取り、兵士が去っていく。
それを見送ってから、セシルは再び一行と向き直った。
「兵を待たせておりますので、これにて御前を失礼致します。殿下のことはカイツール港に伝令致しますので、迎えをお待ちください。それでは」
一方的にそう言い残し、せかせかとセシルが去る。
これ以上の問答は無駄だと、彼女を引き止めるようなことはせず、一同は頭をつき合わせてこれからのことを相談した。
「カイツールに連れて行かれたら、何もできなくなりますわ」
「となると……ケセドニアへ行くには陸路ルートしか残りませんが」
行かれますか? というスィンの提案に、ティアが懸念を見せる。
「危険だわ。戦場を横切ることになるのよ」
しかし、ナタリアはそれでも、と粘った。
「アルマンダイン伯爵には会えますわ。わたくしたちが生きていることを知れば、この戦争に意味がないこともわかって下さる筈」
「ナタリアが行くんなら、俺はナタリアを護るだけだ」
そう一筋縄で行くとも限らないのだが、とりあえずカイツールに行くという案は満場一致で却下である。
ティアは軽く息をついて、了承した。
「……仕方ないわね。無茶はしないで、慎重に行きましょう」
「ごめんなさい。よろしくお願いしますわ」
「よし、行こう」
セシル少将の目につかぬよう、四人はひっそりとカイツールを後にした。
見通しのいい平原で、血に狂わされ平静を失っている兵士との衝突を避けるのは困難を極めた。大概はティアの譜歌で戦闘不能に陥らせるも、そのあとで彼らを説得するような時間もなく。
一行は野営を重ね、ケセドニアを目指す。
その最中で両国の将軍が出会いを果たすが、彼らは一行の仲裁を受けてどうにか衝突を免れた。
ここで二人が共倒れになれば、両軍が混乱させその機能を麻痺させることができたかもしれないが、ティアはともかくとして王族二人がそれを許すとは到底思えない。
かくして、一行は──彼らだけは、無駄な血を流さずにケセドニア入りを果たした。