アルビオールが、エンゲーブの郊外へ着陸する。
住民及び軍を刺激しないように、とのジェイドの指示だったが、それでもマルクトの駐留軍は見たこともない音機関を見過ごすようなことはしなかった。
軍にはジェイドが話を通し、一行は彼の後について比較的大きく立派な家の門扉をくぐる。
ジェイドたちの到着を聞いていたローズ夫人は、挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「大佐! 戦線が北上するって噂は本当ですか」
「そうたやすく突破されはしないと思いますが、この村が極めて危険な状態なのは確かです」
戦線の北上は初耳であるはずだが、ジェイドは駐留軍から聞いているのか、それとも持ち前のポーカーフェイスを駆使してか、実にさらりと流している。
余計なことを話さず、相手を混乱させないことも忘れていない。
「どうしたもんでしょうか。グランコクマに避難したくても、もう首都防衛作戦に入っているらしくて……」
「ええ。グランコクマに入ることは不可能です。あの街は戦時下に要塞となりますから。そもそもこの大陸は危険です。いっそケセドニアまで避難したいところですね」
二人の話に、残りの面々も同意を示した。
「キムラスカに近い分、逆に安全かもしれないな」
「あそこは自由商人さんたちの街ですからぁ、安心ですよね」
「ええ。アスターなら受け入れてくれるでしょう」
良案であることだけは間違いない。しかし、困難はいくらでも発生する。
「……とはいえこの街の全員をアルビオールに乗せるのは無理ですね。かといって徒歩で戦場を移動するのも危険でしょうし」
「年寄りと子供だけでも、そのアルなんとかで運んでもらえませんか。残りはここに残ってキムラスカ軍に投降して……」
普段から村をとりまとめているだけあって、彼女の判断は適切にして合理的であった。
このような事態でなければ、ジェイドは許可していたかもしれない。しかし。
「いえ、それでは崩落の危険がありますので」
「崩落って……ここがセントビナーやアクゼリュスみたいに消えるってことですか!」
アクゼリュスはともかく、彼の都市がすぐ近くにあるということだけあって、夫人は頬を蒼白とさせた。
「残念ですがその通りです」
「……なら徒歩でケセドニアへ逃げますよ。幸い、橋も直りましたし」
グランコクマへ向かう際、放置されていたように見えた橋だったが、それでもどうにか直ったらしい。
ならば、とジェイドが提案した。
「では、こうしましょう。アルビオールはノエルに任せて、私たちは徒歩組を護衛します。これからエンゲーブの駐留軍に話をつけてきます」
ローズ夫人の承諾を得、ジェイドだけが扉へ向かう。
「せめて我々の後方を一個小隊が護ってくれれば……」
彼の独り言は、この先の事態を憂えているようにも、それが叶わなかった場合の想定もその脳裏で展開されているように思えた。
セントビナーのときと同じく、村ひとつの移動はマルクト軍の護衛があったとはいえ、易々と事を運べなかった。
なにしろ、住民の数が数である。お世辞にも戦闘、道行の点においてカバーしきれたとは言いがたい。
途中、タルタロスで失った命の家族と言葉を交わし、いろんな意味でサプライズを受けながらも、ジェイド一行は住民を一人たりとも欠かさずにケセドニア入りを果たした。
キムラスカ側の陣営へ赴くべく、まずは国境線を目指していた矢先。
ルークは砂塵の向こうより現れた一団を見つけて思わず呟いた。
「あれは!」
駆け寄るルークの後を追えば、そこにはルークたち同様、消耗の激しいジェイドたちの姿がある。その中にガイの健勝な姿を見つけ、スィンはほうっ、と息を吐いた。
「ルーク! 何故ここに? 停戦はどうなったのですか?」
「総大将のアルマンダイン伯爵が、モースと会談するってここに来てるらしいんだ。それで。追いかけてきたんだけど……」
ジェイドの言葉に、ルークが今から陣営へ向かうところだ、と説明する。
「それで戦場を抜けてきたのですか? 危険な選択をしましたね」
「そっちこそ、てっきりグランコクマへ逃げてると……」
「グランコクマは要塞都市です。開戦と同時に外部からの侵入はできなくなりました」
「それでケセドニアへ……」
「ところで、アルマンダイン伯爵との話は?」
「これからだ」
「急ぎましょう」
ティアが先を促したものの、ジェイドはわずかに首を振ってじろり、と視線を動かした。
「誠に申し訳ありませんが、ひとつだけ。用件はわかっていますね、スィン?」
いやに嘘臭い笑みを浮かべるジェイドに、スィンはわずかに抵抗して見せた。
「……なんのことだかさっぱりですね」
「何かあったのか?」
「実は、何名かの住民に礼を言われたのです。私たちの連れのお陰で命が、あるいは家族が助かったと」
「……?」
エンゲーブの住民を守って移動してきたなら、そう言われて当たり前だろう。
首をかしげるナタリア組に、アニスは疑惑の目をスィンに向けたまま、ぽつりと呟いた。
「……アクゼリュスで会った人たちに、だよ?」
「!!」
その言葉に、スィン以外のナタリア組も彼女を凝視する。
「──そのことと、僕と何の関係があると?」
「この期に及んでしらばっくれるのはやめてください、時間の無駄です。ナタリア王女の供を名乗る雪色の長髪に色違いの目を持つ女性に言われ、事情が飲み込めないまま、いつの間にかケセドニアへ移動していたと、パイロープ氏に聞きました」
一行の目を盗み、内緒で詠んだ
衝撃の事実を聞かされ困惑する一行を尻目に、スィンはほうっ、と息を吐いている。
「ということは……転送、なんとか成功していたみたいですね」
「どういうことだ?」
主の問いに対し、彼女は珍しく視線をそらして回答した。
「アクゼリュスで皆が坑道へ入っていった後、この姿に戻って地上に残されていた住民の避難、ケセドニアへの転送を試みました。坑道に残っていた方々、タルタロスを拿捕した兵士たちは別ですが」
「……ということは、あなたは知っていたんですね? アクゼリュスが崩落するということを、事前に」
「──はい」
言葉少なに、認める。瞬間、当たり前だがルークの抗議が耳に突き刺さった。
「ならどうして止めてくれなかっ「それを説明して、当時のあなたが聞き入れるわけがないと思ったから」
ルークの目を見て、きっぱりと言い切る。
ぐっ、と詰まった彼に、見苦しいとは思いつつも言い訳を並べ立てた。
「どうせあなたが……ヴァンがルークをそそのかして崩落を導かなくても、アクゼリュスはパッセージリングの耐用年数を過ぎて崩れ去る運命にあった。崩落をもう防げないとわかっていたから、超振動発生時による
土壇場でもいい、どうにか思いとどまってくれないかと、ヴァンに一縷の望みをかけ、祈っていたから。
それを口にしようとして、どうにか踏みとどまった。ぶるるっ、と頭を振って気持ちを切り替える。
「それ、に?」
「……なんでもない。話さなかった理由はそれだけ。結局僕も、モースと同様
そこに個人のどんな思いがあろうと、起こった出来事は純然たる事実。
とどのつまりスィンは、ヴァンやキムラスカの王、そして大詠師モース同様事実を知っていて、多くの命を見殺しにしたのだ。
助けられたかもしれないのに、助ける暇は十分あったはずなのに、その可能性を棄てて、より確実な方法を取った。
「スィン……」
「……軽蔑するなら勝手にしてください。謝ることなんてないし、悪いことしたなんて……お、思ってませんから」
「落ち着けよ。誰もそんなこと言ってない」
今にも零れ落ちそうな涙を目元に宿し、自分は悪くないとだけは言いたくなかったのか。震える声でほぼ棒読みの言い訳を並べ連ねる従者を、ガイは苦笑を浮かべてなだめた。
「だって!」
「言いたいことはわかるよ。止められないから、せめてどうにかしたいと、自分のできるだけのことをやったんだろ? 話してくれなかったのは、そりゃ……思うこともあるけどさ」
実際に
「……そうね。私もそう思っていたから、不思議がるルークに兄さんを討とうとした理由を話さなかった。少なくとも、私にあなたを責めることはできないわ」
「要するに、ルークのポカをスィンがこっそりカバーしてたってことでしょ? ちょっと規模が大きかったけど、結果は良かったんだからそれでいいじゃん!」
ティアが納得の意を示し、アニスが終わりよければ全て良し、系のアグレッシブな感想を言う。
「そうですねえ……坑道に残されていた方々も、たとえ助かろうと重度の障害が残っていたことは確実でした。それを鑑みると地上の方々だけでも助けられたことは随分大きいと思いますよ。最も、それであなたの意識する罪が消えるわけでもありませんが」
「でも、あなたのおかげで
──厳密に言えば、スィンは助けられなかったことだけを悔やんでいるわけではない。
だが、口にすらしないところを見ると、彼らはガイの意見に納得してしまっているらしい。
あえて確認することは避けた。それが蛇足だということは、なんとなくわかってしまったから。
「なんていえばいいのか、よくわからないけど……ありがとう。こう言われるのはお前にとって不本意かもしれないけど……俺のミス、またカバーさせちまってゴメンな」
申し訳なさそうな、それでいてはにかむようなルークの顔をどうしても直視できず、うつむいた。瞬いた際の涙が一粒となって零れ落ち、乾いた大地へたちまち浸透する。
「さて、納得できたところでそろそろ行きましょうか。できれば一息入れたいところですが、伯爵に戦場へ戻られると厄介です」
顔を上げたスィンが軽く頷いたのを見て取って、ジェイドはぽふり、と手を打った。
話題を変えるように、「しかしまー」とガイが呟く。
「考えてみれば俺、お前の泣き顔見たの初めてだな。思ってた以上に……」
「な、なんです? 人間の顔なんですから、ぶさいくになるのは必然です!」
まるで涙を零したことを今思い出したように、スィンは顔を手で覆った。だからいちいち言わないで、と言いたげな彼女に首を振る。
「や、そうじゃなくて。か「とう!」
それ以上何も言わせるものかと、スィンは意図的にガイの胸の中に飛び込んだ。
そして情けない悲鳴を待ち、飛び退る準備をする、が……いつまでも拒絶反応は見受けられない。
「……ガイラルディア様?」
すっ、と上を向けば、ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼の顔があった。
「……さ、触れる……?」
「本当ですか!?」
失礼、と呟いてからぺたぺたと彼の頭を、頬を、手を触るも、ガイは悲鳴も、発汗も、痙攣すらも起こさない。
おそるおそる、といった調子でガイの手が伸び、スィンの髪を、頬を、体に手を回す。呆然としたように、彼は呟いた。
「治った……!?」
「お、おめでとうございます、ガイラルディア様!」
なぜ治ったのか、それを不思議がる前にスィンは喜色満面の笑みを浮かばせていた。
当人はどうしていきなり、といった様子であったものの、スィンに両手を取られたのを知って確認するようにぎゅ、と握り返す。
「あ、ああ。ありがとう。でもなんで……」
「ガーイ♪ おっめでと……「うわあああっ!」
ところがなぜか、アニスが彼の背中をぽんっ、と叩いた瞬間。
彼は実に情けない悲鳴を上げ、思いっきり飛び退った。
「……アレ?」
「ガイラルディア様?」
スィンを腕に閉じ込めたまま、アニスを怖がった、ということは。
「……どうも彼は、スィンだけにしか克服できてないようですね。それで、二人ともいつまでひっついているつもりです?」
暑苦しい、と眼鏡の位置を直したジェイドの言葉を受け、二人ははっとしたように互いに回していた腕を解いた。
「失礼いたしました。でも、僕を克服できたってことは俄然望みが出てきたじゃないですか! やっぱり日頃の訓練が効いたんですよ、次はアニスあたりに協力を取り付けて、いつかお嫁さんをその腕に抱きましょう!」
拳を握りしめて力説するスィンに、微妙な笑みに淡い汗を浮かべるだけで肯定も否定もしないガイ。
「良かったですね、スィン? ご主人様の病気が快方に向かう兆候が見られて」
「はい!」
ジェイドの嫌味を満面の笑みでスルーしたスィンは、彼の眉間に浮かんだ皺に気づかず「話は変わりますがね」と囁いた。
「一応大佐だけでも、状況を把握しておいてほしいんですけど……」