the abyss of despair   作:佐谷莢

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第五十三唱——突き出された相手の手札は、紛うことなき事実

 

 

 

 

 市場を通り過ぎ、右手にアスターの屋敷を望む国境線上にて。

 双方の兵士たちが即席の柵を挟んで睨み合う向こう側に、一行は目的の人物を見出した。

 

「アルマンダイン伯爵! これはどういうことです!」

 

 ナタリアの呼びかけを受け、キムラスカ側の兵士が敬礼をして道を空け、今まさにどこかへ向かおうとしていたアルマンダインの足が止まる。

 

「ナタリア殿下!?」

 

 彼女の名を口にした伯爵は、驚愕のあまり目を見開いていた。

 当然といえば、当然の反応である。

 

「わたくしが命を落としたのは誤報であると、マルクト皇帝ピオニー九世陛下から一報があった筈ですわ!」

「しかし、実際に殿下への拝謁が叶わず、陛下がマルクトの謀略であると……」

 

 しどろもどろと、言外に彼女の父親のせいにしているものの、成すべきことがはっきりしているナタリアに、それを責める思考はない。

 むしろ自分の責としている。

 

「わたくしが早くに城へ戻らなかったのは、わたくしの不徳の致すところ。しかし、こうしてまみえた今、もはやこの戦争に儀はない筈。直ちに休戦の準備にかかりなさい」

 

 アルマンダインの反応は鈍い。拍車をかけるように、ルークが前へ進み出た。

 

「アルマンダイン伯爵。ルークです」

「生きて……おられたのか……!」

 

 おそらく彼も、預言(スコア)の内容を知っていたのだろう。ナタリアの登場より遥かに驚いた、それはまるでありえないと言いたげに、そう呟いていた。

 ここで二人が言い募れば、押し切ることができるかもしれない。

 一行から少し離れ、冷静に状況を読み取っていたスィンは、ふとアルマンダインの後方にいる人物に目を留めた。

 ひねたカエル面に突き出た腹、その面に浮かぶは浅はかな笑み──大詠師モース。

 そういえば伯爵との会談がどうとか言っていた気がする。

 何をしでかすのだろうかと観察していると、彼はひっそりとスィンのいる方角を指し、何かを指示していた。

 

「アクゼリュスが消滅したのは俺──私が招いたことです。非難されるのはマルクトではなく、このルーク・フォン・ファブレただ一人!」

「此度の戦いが誤解から生じたものなら、一刻も早く正すべきではありませんか!」

「それに、戦場になっているルグニカ平野は、アクゼリュスと同じ崩落……消滅の危険があるんだ!」

「さあ、戦いはやめて今すぐ国境を開けなさい!」

 

 一方で、王族二人組による説得は終盤を迎えている。言い返すこともままならないアルマンダイン伯爵がその勢いに飲み込まれる直前。

 満を辞してといった形か、横に伸びすぎ、もとい恰幅のいい大詠師がずかずかと会話に割り込んだ。

 

「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」

「無礼者!」

 

 ナタリアは怒り心頭に発した、といった様子で鞭による一撃のような鋭い抗議を発している。

 

「いかなローレライ教団の大詠師と言えども、わたくしへの侮辱はキムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」

「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰くその男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下とすり替えたというのだ」

 

 ナタリアの怒りを受け流し、モースはどこか哀れみすら含んだ声音で朗々と告げた。

 スィンの周囲に集まってきた野次馬が、どよどよと何事かを言っている。

 

「でたらめを言うな!」

「でたらめではない。では、あの者の髪と目の色をなんとする」

 

 モースはルークの否定を退け、無遠慮にナタリアを指差した。

 

「いにしえより、ランバルディア王家に連なる者は赤い髪と緑の瞳であった。しかし、あの者の髪は金色。亡き王妃様は夜のような黒髪でございましたな」

 

 野次馬のどよめきが更に増長し、一行もナタリア自身も反論の術を失っている。確かにそのとおりなのだ。残念ながら否定すべき点がない。

 彼らの反応にモースはいやらしい薄笑いを浮かべ、宣告した。

 

「この話は陛下にもお伝えした。しっかとした証拠の品も添えてな。バチカルへ行けば、陛下はそなたを国を謀る大罪人として、お裁きになられましょう!」

「そんな……そんな筈ありませんわ……」

 

 打ちひしがれたナタリアに、もはや一瞥も寄越さず、モースはやはり驚いている様子の伯爵にしゃあしゃあと提案している。

 このような光景が、戦争を誘う発言が、積み重ねられた歴史の中で幾度繰り返されたのやら。

 

「伯爵。そろそろ戦場へ戻られた方がよろしいのでは」

「……む、むう。そうだな」

「おい、待てよ! 戦場は崩落するんだぞ!」

 

 きびすを返して去ろうとするアルマンダインに、我に返ったルークが追いすがるように言い立てたが、次の一言に絶句させられる。

 

「それがどうした」

 

 ──そこから先は、脳が拒絶したくなるほど戯言であり、どこまでも預言(スコア)の恐ろしさを感じさせるものでもあった。

 

「戦争さえ無事に発生すれば預言(スコア)は果たされる。ユリアシティの連中は、崩落ごときで何を怯えているのだ」

「大詠師モース……なんて恐ろしいことを……」

 

 おびえるようなティアの言葉を一蹴し、彼はイオンに矛先を向けている。

 

「ふん。まこと恐ろしいのはお前の兄であろう。それより導師イオン。この期に及んでまだ停戦を訴えるおつもりですか」

「いえ、私は一度、ダアトへ戻ろうと思います」

 

 これまでのショックから抜け出したように、アニスは大仰な仕草で驚きをあらわとしていた。

 

「イオン様!? マジですか!? 帰国したら総長がツリーを消す為にセフィロトの封印を開けって言ってきますよぅ!」

「ヴァンに勝手な真似はさせぬ。……さすがにこれ以上、外殻の崩落を狙われては少々面倒だ」

 

 モースはそういうが、それが可能だとは、少なくとも一行の中において信じる者はいない。

 アニスとて、これっぽっちも聞いていない、または信用していないらしい。ひそめた眉に、ぎゅ、と拳を握っている。

 

「力づくでこられたら……」

「そうなったら、アニスが助けに来てくれますよね」

 

 にこりと彼に微笑まれ、彼女は気が抜けたように小首を傾げた。

 

「……ふへ?」

「唱師アニス・タトリン。ただいまを以て、あなたを導師守護役(フォンマスターガーディアン)から解任します」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんなの困りますぅ!」

 

 大慌てで抗議するアニスに、彼はひそやかなメッセージを伝えている。

 

「ルークから片時も離れず御守りし、伝え聞いたことは後日必ず僕に報告してください」

 

 少し奇妙な行動ともとれたが、とりあえずモースの耳には入っていない模様。

 醜悪なカエル面は、アニスのみに贈る別れの言葉とでも解釈しているようである。

 

「頼みましたよ。皆さんも、アニスをお願いします」

 

 気持ち大きめにそれを告げ、彼は悠々と国境を越えてモースのそばへ歩み寄った。

 

「ダアトへ参りましょう」

「御意のままに」

 

 忠臣めいた辞儀の後、イオンを先に立たせたモースが、不意に片手を上げた瞬間。

 どこからともなく現れた神託の盾(オラクル)兵士団が、一行から少し離れて野次馬の中にいたスィンを取り囲んだ。

 野次馬が思いきり遠ざかり、声を上げかけた一行をジェイドが抑えているのが見える。

 

「……如何なるご用件で」

 

 囲まれた当人は至って平然と、兵士たちを睥睨した。

 

「グランツ謡将の召集がかかっております。ご同行願えますね、ブリュンヒルド奏士!」

「……もう奏士じゃないです。退役軍人にそんなものをかけないでください」

 

 はあーあ、と額に手を当てて、軽く首を振る。それから、彼女は片手を振り上げた。

 その手から、眼球ほどの黒玉が放り出される。それは地面へ接触したかと思うと、白煙を噴き出した。

 

「ぶわっ!?」

「な……なんだ!?」

「落ち着け! あの夜叉姫の常套手段だ、害はない!」

 

 やがて煙幕は砂漠から吹き込む熱風にあおられ、その姿を霧散させる。たたた、と後姿丸見えで駆け去る彼女の後を追い、兵士はあっという間に散っていった。

 残ったのは、唖然として取り残された一行と、頭から外套を被って酒場の階段に座り込む一般人のみ。日差しがつらかったのだろうか、一般人は立ち上がって酒場の中へ入っていった。

 それを見たジェイドは、「彼女のことは後で話しましょう」と一行に囁く。

 

「あ、ああ。それにしても」

 

 遠ざかっていくかの導師の背を見送り、ルークが呟いた。

 

「イオンの奴、何考えてんだ……」

「アニスをここに残したということは、いずれは戻られるつもりなのでしょう。それより──」

 

 ちらり、と出生にケチをつけられた彼女に、ジェイドだけではない視線が集中する。それに気づいたナタリアは、気丈にも微笑んでみせた。

 

「……わたくしなら、大丈夫です。それよりも、バチカルへ参りましょう。もはやキムラスカ軍を止められるのは父……いえ、国王陛下だけですわ」

「それなら国境を越える方法を探さないといけないわ」

 

 何も気づいていないかのように、ティアがそれを提案する。

 

「ルーク。しばらく、ナタリアから目を離すなよ。心配だ」

「……ああ」

 

 ルーク、ガイの会話をさておいて、ジェイドはまとう軍服によってマルクト兵の注目を浴びながら、一行を酒場へ導いた。

 

「ここは国境線上の街です。きっと通り抜けられる場所がありますよ。……例えば、こことかね」

 

 ジェイドが示したのは、先ほど一般人の入っていった酒場である。

 国境線をまたぐようにして建つこの酒場ではキムラスカ、マルクト両側の土地に扉があり、なんらかの工作はされていると予想できるものの正面突破よりは遥かにたやすいと予想できた。

 ジェイドの後に続いて入ろうとして、引き止めるようにガイがその後に続く。

 

「でも待てよ。スィンが……」

「お呼びですか?」

 

 ガイラルディア様、という言葉に続いて現れたのは、外套をまといフードを上げているスィンの姿だった。

 

「あ、あら? あなたは先ほど市場の方へ……」

「これのことですね」

 

 すっ、とスィンのてのひらが横手に伸ばされ、その先で音素(フォニム)の輝きが集結していく。やがて輝きが失せると、そこにいたのは顔のない人形のようなものだった。

 ただし、服装から髪の特徴から、全てスィンと同様のものとなっている。

 

「な、なんだそりゃ!?」

「空蝉の術です。これを身代わりにして相手の気をそらすとか、さっきみたいに囮になってもらうとか、極めると一応自由自在に動かせるようになります」

 

 屈伸運動をしたり、前屈をしてみたり、顔のない以前のスィンになってみたり。とりあえず色々なポーズをとっていた空蝉だったが、やがてふっ、と姿をかき消した。

 どうやら兵士たちの視界を奪った後、自分は外套をひっかぶりこれを動かして、しのいだようである。

 

「攻撃を受ければ消滅するし、あんまり持続できないのが欠点ですね」

「いや……これだけできればもう十分な気がするけどな……?」

「それはさておき、国境を突破する方法なんですけど」

 

 びっ、とスィンの親指がとある方向を指し示した。

 示されたキムラスカ側に通じる扉の前には一人の男性が仁王立ちしており、せわしなく周囲に視線を走らせている。

 

「なるほど。やはり障害物がありましたか」

「ここはアニスちゃんにおまかせ♪」

 

 一目でどういうことなのかを察したアニスはそう言って、意気揚々とキムラスカ側へ続く扉の番人へ話しかけた。

 

「ねーねー。素敵なおにーさんv ここ通してv」

「ここを通りたいなら、合言葉を言いな」

 

 ロリコンのおじさんなら一撃でどうにかできただろうが、残念ながら彼の嗜好は正常なものであったらしい。どうみてもお兄さんという年齢ではない男は、ぶっきらぼうにそう返した。

 そしてアニスの声音が一変する。

 

「ち。月夜ばかりと思うなよ。ブサ男!」

「ぜっ、絶対通さないからな!」

「アニス~。そこで怒らせてどうすんのさ?」

 

 懐柔失敗を悟った面々がぞろぞろとキムラスカ側の扉へ近寄り、どうしたものかと目線を交し合った。

 そこで、「ぐへへ」といういやな笑声が届く。

 

「合言葉を買わないか?」

 

 振り返ったルークは、声の主を確認して目を丸くした。

 

「あ! おまえら!」

 

 どこに隠れていたのやら。

 そこには、濃い桃色の髪に露出過多といって過言ではない同色の服をまとう女が、眼帯に海賊帽、超巨大にして珍妙な襟飾りをつけた男、そして特徴的な髭面にシルクハットを被っていても禿頭だとわかる小男を従えて、しなを作っている。

 

「あらん。いつかの坊やたちかい」

「あ……あんたたち!」

 

 以前の借りが忘れられないアニスが、足音荒く漆黒の翼へ詰め寄った。

 

「イオン様を誘拐したり、こんなとこでお金儲けしたり、何考えてるのよ!」

「あはん。だってお金が大好きなんですもの」

「私だって大好きよっ!」

 

 妙齢の美女と年端もいかない少女が胸を張って言い合うことではない。後ろでガイが、呆れながら話題を修正した。

 

「……オイオイ。それより漆黒の翼さんよ。一体いくらで売るってんだ?」

「七人でがスから……」

 

 一行を目算で数えたウルシーに──この時点でスィンはフードを被りなおしている──ミュウの抗議が飛ぶ。

 

「ミュウもいますの!」

「八人でがスから、8000ガルドでやんスな」

 

 一人1000ガルド也。なんともチープな通行料に、ティアは軽く額を押さえた。

 

「呆れた商売ね……」

「アホ。おめーが余計なこと言うから1000ガルド増えたぞ」

「みゅうぅぅ……」

 

 ルークはルークで、とりあえずミュウを掴んで揺さぶっている。

 チーグルの言葉がなくても高額なのは確かだが、とりあえず値上がりしたと言うことが許せないらしい。

 

「払うのか? 払わないのか?」

 

 ヨークの言葉に、しばしの逡巡を見せ、やがてルークは財布を取り出した。

 

「わかった」

「払っちゃうの!? 駄目だよ、もったいない! ルークが払ったら、こいつら味をしめて他の人からもお金を取るよ!」

 

 アニスはそう言って大抗議したが、ヨークはこともなげに開き直っている。

 

「当たり前だ。商売なんだからな」

 

 それを聞きつけ、ガイは故意に鼻を鳴らした。明らかに馬鹿にしている。

 

「漆黒の翼ってのは義賊だって聞いていたが、所詮ただのちんぴらと同じか。醜いね」

「聞き捨てならないねぇ。あたしたちをちんぴら扱いとは……」

「そうだろう? こんなところで商売すれば、犠牲になるのは貧しい人たちだ」

「俺たちは金持ちからしか通行料は取らねえでがスよ」

 

 漆黒の翼が彼の挑発に乗って冷静さを失っていると察したジェイドは、ガイの挑発に合わせるように強調を付け加えて語った。

 

「いいじゃないですか。彼らは金を取るべき相手を間違っている哀れな義賊なんです。さっさと払って通り過ぎましょう」

「……なんだって」

 

 もはや再会を果たした際に作っていた声はなく、どこかアニスに通じた声音でノワールはジェイドを睨んだ。が、彼はその視線などどこ吹く風でしれっと言ってのけている。

 

「おや、違いましたか? 私たちは戦争を止めるために国境を越えたいだけです。私たちを通してしまっては、商売あがったりというところでしょう?」

 

 ぐっ、と押し黙ったノワールの前に、頃合を見計らったスィンがずかずかと踏み出した。

 頭上にクエスチョンを浮かべるノワールの前で、ぺらりとフードを取って顔をさらす。

 

「あんたは……!」

「舌戦が繰り広げられているところ申し訳ありませんが、彼らに頼みたいことがあります。僕のポケットマネーでまかなうから勘弁してください」

 

 目を丸くしたノワールを尻目に、スィンは薬草らしき刺繍が施された袋を取り出した。それを見て、ガイが慌てたようにストップをかけている。

 

「おい、それ! 確か薬用の貯蓄……!」

「いいんです、ベルケンドへはしばらく行けませんし。これしきのはした金、もう少し有効なことに使いたい」

 

 てててっ、と駆け寄ってきたアニスが、スィンの許可を得て財布の中身を覗き込んだ。

 

「……はした金って……これ、けっこう入ってるんだけど」

「最近使ってなかったからね」

 

 緩やかにアニスの手から財布を取って、ノワールに突き出す。

 

「そういや、お前こいつらと知り合いみたいなこと前に話してたよな。どういう縁……」

「知り合いじゃありません。以前、ザオ砂漠に魔物があふれたとき、一般人と勘違いして保護しました。その後財布を取られそうになったので、しばきました。それから以前の、財布すり替えのときに顔合わせただけ。縁というより因縁です」

 

 当時の苛々が蘇ったのか、スィンの目が徐々に吊り上がっていく。すっかり気圧されている三人を睥睨し、彼女は意地悪く口角を吊り上げた。

 

「ああ、そう言えば敵に回すがどうたらこうたら。ここでとりあえずケジメつけておこうか?」

 

 ちゃき、と音を立てて血桜の鯉口が鳴る。彼女が暴走寸前だと悟ったガイが、柄を握りしめる手を押さえつけた。

 

「馬鹿! 頼みたいことがあるんじゃなかったのかよ」

「……ものすごく不本意ではありますが」

 

 す、とガイの手を外させ、ぺいっ、と財布を放り投げる。ウルシーがそれを受け取ったのを見て、彼女は本題を告げた。

 

「そちらはそちらで思うことがあるだろうけど、ここはとりあえず水に流して聞いてほしい。ちょっと変装したいんだ」

 

 今までの経緯をあえて伏せる。

 だから用意してほしいものを上げようとして、ノワールはああ、と手を叩いた。

 

「そういえばあんた、兵士に追っかけられてたねえ。規律違反でもしたのかい?」

「緊急招集から逃げた。それより……」

「安心しな。代金分はきっちりやらせてもらうよ」

 

 ノワールが音高く指を鳴らし、ウルシーがいずこへ消えたかと思うと、ヨークがどこからともなく救急箱サイズの組木箱を取り出した。

 

「特殊メイク用のセットだよ。変装用の衣装はウルシーが手配してる。こいつを自力で開けられたら、中に入ってるものを自由に使ってくれてかまわない。できないようなら別途料金だ」

「そりゃどうも」

 

 軽く指を鳴らし、全体を観察して定められた手順を探る。手際よく箱に隠された板状の突起をずらしていくと、やがて降参したように蓋が開かれた。

 

「秘密箱かあ、懐かしいな!」

「随分複雑な手順を踏まないと開かないんですね。これはどういったものなんです?」

「見ての通り、こうやって苦労して達成感を味わうためのただの箱ですよ。強引な手段を使おうものなら壊れてしまうような、繊細なものを保存しておくこともできますけど」

 

 ガイが懐かしがり、ジェイドが興味津々に覗き込む。

 面々がほうほう言いながら箱を見ている中、ノワールは厳しい視線をスィンに向けていた。

 

「それを軽々開けるってことは、あんたは……」

「想像に任せる」

 

 種々の道具が取り揃えられている中から、あるものを見つけて拝借する。

 髪を団子型に結い上げると、箱の中にあった髪留めを使わせてもらった。

 

「──こんなものかな」

「そうさねえ……あんたの場合はそれでいいんじゃないかい? しばらく変装するつもりなら、後は髪の色を変えるくらいで」

「見せて見せて!」

 

 ねだるアニスにあんまり変わってないよ、と言いつつくるりと振り向く。

 確かに顔の造詣に変化はないが、雰囲気は豹変していた。カラーレンズを使ったらしく、目の色が緋色に変化している。

 縁なしの眼鏡を当然のように手にする辺り、遠慮はない。

 

「カラーレンズ、藍色のももらうね」

「好きにするといいよ。なんなら全種類もってくかい?」

「荷物になるから要らない。でも、もう一種類だけ貰おうかな」

 

 あとは黒子(ホクロ)でも描こうかというノワールの申し出を丁重に断るスィンだったが、アニスの漏らした一言で彼らと向き直った。

 

「髪が白っぽくて赤目って、なんかウサギみたい」

「そうだな。スィン、髪の色はどうするんだ?」

「それを変えるのはたやすいんで何色でもいいんですけど」

 

 結い上げた雪色の髪に手が添えられる。

 そこから金の色に染まっていく髪を見て、ノワールとヨークはもちろん、一行も吸い寄せられたようにそれを見ていたが、ナタリアがぽそりと呟いた。

 

「変装でしたら、以前のあなたになれば……」

「必要とあらばそうします。それは最終手段にしたいので」

 

 その時。裏口の方から出入りしていたらしいウルシーが一抱えの包みを持って帰還した。

 

「とりあえず、今仕入れられたのはこれだけでやんス」

「格好変えられるならこの際なんでも」

 

 と、言いかけて。

 ウルシーから手渡された衣装を見て、スィンの表情が凍りついた。

 

「……これ」

「違うものとなると、もっと時間がかかるでがス」

「……ちっ!」

 

 文句を言おうとしたらしい彼女が、それを封じられてやけに大きな舌打ちを打った。しぶしぶといった体でヨークに示されて、トイレへ入っていく。

 一同が手持ち無沙汰にしていると、ノワールが奥からいくつものおしぼりを持って現れた。

 

「待ってる間、顔でも拭いときな。あんたらひどい顔してるよ」

 

 ひょい、と自分の手鏡を一行に向ける。確かに、全員戦場を抜けてきただけあって、全体的に埃っぽい。

 

「では、ご厚意に甘えましょうか」

 

 珍しくジェイドが手を出したために、一同は警戒しながらもおしぼりを手に取った。

 冷えた井戸水で絞ってあるらしいそれは、炎天下のもとにいた彼らをほどよく冷やしてくれる。

 

「……お金取るんじゃないでしょうね?」

 

 疑惑に満ちた視線をアニスが向けてくるものの、ノワールはふっと笑って首を振った。

 

「それも代金込みさ。後であのコにお礼言うんだね」

「あのコって……そんな思いっきり年下扱いされても」

 

 ひょい、とアニスの後ろからテーブルに載せられたおしぼりが取られる。

 見れば、再び外套をまとったスィンが眼鏡を外してごしごしと顔を拭いているところだった。

 

「スィン。外套脱ぎませんの?」

「……うん」

 

 言葉少なに返事をするものの、額には汗が浮かんでいる。スィンの外套には耐暑対策が施されているものの、それは屋外でしか働かない。室内では普通に暑いはずだ。

 

「どんな衣装だったんだ?」

「……」

 

 ルークの問いにしばし沈黙していたスィンは、やがてジェイドを指して「あんな感じ」と呟いた。

 その頬はわずかに赤い。

 

「……こんな感じ、って……」

「まさか……」

「マルクト軍の軍服ですか?」

 

 ガイ、ティア、ジェイドの三人に尋ねられ、彼女は視線をそらしてこっくりと頷いた。

 

「えーっ!」

 

 そしてアニスの追求を受ける。

 

「ねえねえ、見せて見せて♪」

「……ヤだ」

「ケーチー!」

「っていうか、本当にこれしかなかったわけ!? 軍服なんて目立つだけじゃん、下手したら軍属詐称で捕まるよ!?」

 

 それまでの鬱憤を晴らすように、スィンは漆黒の翼へ苦情を申し立てた。

 

「あんただってわかってるだろう? 今この情勢、すぐに手に入るとしたらどっかで戦死した軍人の服くらいしかないんだ。キムラスカの軍服じゃあそうなるかもしれないが、バレたときはそっちの大佐さんから説明してもらえばいいだろう」

「嫌だー。こいつに借りなんか作ったら後が怖いー」

「こいつとは失敬ですねえ」

 

 ジェイドがぼそりと呟き、スィンは苦虫を噛み潰したような顔で事実だもん、ともごもご呟いている。

 

「安心なさい。その時は私が責任もって、あなたを連行して差し上げます」

「……まあ、大佐はそういう人ですよねえ」

 

 ほらやっぱり! と喚くスィンを筆頭に呆れる面々を見渡してから、ジェイドは軽い含み笑いを洩らした。

 

「まあ、それは冗談です。事を円滑に進めるための措置なのですから、かまいません。いざというときは私がどうとでも言いくるめておきましょう。ですからそれは脱ぎなさい。熱中症になられでもしたら迷惑です」

 

 とりあえずジェイドの協力が得られるということに納得はしたのか、スィンはしぶしぶながら外套を脱いだ。

 そしてあらわとなった彼女の格好は──

 

「この意匠……大尉レベルの前衛タイプに支給されるものですね。なら、当分は私の新しい副官という設定でかまいませんか?」

「げえー……」

 

 一言で言えば、ジェイドの軍服と酷似している。

 同じようなタイプだが袖が余りまくっている上衣に、だぶっとした下衣。脛まである編み上げの長靴──軍靴ではない。サイズが合わないせいなのか、それだけは変更されていなかった。

 この軍服は男物らしく、上も下も完全にサイズは合っていない。

 下衣が落ちないようにか、ベルトはバックルが外されて帯のように縛ってある。

 軍服だけあって動きやすく、スィンとて見た目さえ度外視すればそれほど悪いとは思っていなかったが、悪意なきアニスの一言で彼女の額に青筋が生まれた。

 

「へえー、意外に似合ってるじゃん。でもその格好、大佐とペアルックっぽいね」

 

 35でそれは恥ずかしいですね、と悪乗りしているジェイドに、彼女は大人気ないと知りつつも噛みついた。

 

「27でも恥ずかしいわ! だから外套着てようと思ったのに……」

「でもそれじゃ暑いだろ」

「いいじゃない、大佐の副官で」

「よくなぁいっ!」

 

 ルークとティアのなだめも火に油を注ぐ形となり、こうなったら外套一丁で、とその場で軍服を脱ごうとしたスィンが、ナタリアとガイに押さえられる。

 悲鳴を上げたガイのためにも、しぶしぶ軍服の着用を承知したのは、もう少し先の話だった。

 

「ひゅ~ひゅ~、ペアルックなんて熱いね二人とも……」

「魔神剣!」

「反応がアッシュと同じだよう!」

 

 

 




称号:カーティス大佐の新副官? (スィン)
変装というより仮装、仮装というよりコスチュームプレイ。
大佐の副官はタルタロスにて殉職しているため、軍籍重複の心配だけはなし。

テキストしかないのであまり意味はありませんが、しばらくオリジナルキャラクターの描写が変動します。ご了承ください。
軍属詐称、この要素が後々どう影響するか……ちょっと考えてあったり。
 
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