the abyss of despair   作:佐谷莢

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第五十四唱——まみえるは、貸し借りの間柄か、それとも

 

 

 

 

 

 

 酒場を出て、キムラスカ領へ出る。ちらりと自分たちが出てきた扉を省みて、ガイは心底呆れたようにボヤいた。

 

「にしても、しょうがねーな、漆黒の翼の連中は」

「犯罪行為ではありますが、今は放っておきましょう」

 

 と、ここで。何を考えたのか、アニスがびみょーなお嬢様言葉で拳を握った。

 

「戦争を食い物にする不逞の輩! 許せませんわ!」

「まったくですわ!」

 

 当人は当人でさらっと同意している。

 

「ったく! 義賊が聞いてあきれるっつーの!」

「……それ、俺のものまねか?」

 

 流石にルークは半眼となっているが、案外似ていると思ったのはスィンだけではないはずだ。

 

「バカは、バカだからバカな訳ですから、しょうがありませんねぇ」

「アニス。ものまねがどんどん本音になってきていますよ」

「はうあ!」

 

 当人のツッコミによってようやくアニスの物真似に歯止めがかかる。

 ジェイドは物憂げに眼鏡の位置を直し、ふう、と息をついた。

 

「まぁ彼らのように、生きるために手段を選ばないのも戦争の傷でしょうね。やるせないですねぇ」

「……早く戦争を止めないといけませんね」

 

 と、真面目にティアが締めくくる。そこで軽く周囲を警戒しているように見えるスィンにガイが話しかけた。

 

「スィン、どうかしたのか?」

「はい……よく考えてみれば、ここはキムラスカ領なんですよね。マルクトの軍服なんか着てて大丈夫なのかなー……と」

 

 余った袖を丁寧に折りつつ、しきりに辺りを見回す彼女に、ジェイドが微笑みを絶やさぬまま信用度の高い情報を寄越す。

 

「ここの連中はマルクトの軍服を見慣れていますからね。おそらく大丈夫だと思いますが……安心してください。追われるときは一緒です」

「安心という言葉の意味を教えてください。てか、大佐絶対僕を囮にして自分だけ逃げそう。僕が軍人じゃないこと利用して」

「もちろんそうさせて頂くつもりですよ。私は巷で名が知られてしまっているので誤魔化すのは難しいですが、あなたの場合は暴漢に襲われ服がなく死人からかっぱいだとか、以前から夢見ていた軍人さんごっこだとか、そんなことをのたまえばきっと哀れみを込めて釈放されますよ☆」

 

『死人からかっぱいだ』辺りは厳密に言って間違いではないのだが、それを公言するのは羞恥心との戦いとなりそうだ。

 馬鹿話から一変、戦争についてルークの疑問に答える形での質疑応答を重ねる最中、砂漠側の出入り口へ赴いた一行の眼前で、キムラスカの軍服をまとう二人のやりとりが交わされた。

 

「大変だ! ザオ砂漠が……」

「……何! わかった。ここは封鎖しておく」

 

 砂漠側から来た兵士が、砂漠への出入り口を見張る兵士に何事かを告げ、街の中央へ走り去っていく。

 今まさに街を出ようとしていた一行は、封鎖のためかどんどん集まってくる兵士群を前にして途方に暮れた。

 

「このままじゃ進めないわ……。とりあえず、アスターさんの家に行ってみましょう」

「そうだな」

 

 ティアの提案にルークが応じ、一行はきびすを返して街の中心部へ向かう。

 が、さきほど四苦八苦して通過した酒場前にて、スィンの足が止まった。

 

「どうかしましたか?」

「……アスターさんにモースの息がかかっていたとしたら厄介です。僕はここで待っています」

 

 考えてみれば、ケセドニアはダアトと結託している街なのだ。イオンだけでなく、アスターはモースとも繋がりがあるかもしれない。

 緊急召集の件で彼に協力を要請していたとしたら、事態がややこしくなる。できる限り避けた方がいい。

 驚くべきことに、酒場の柵に寄りかかったスィンを真っ先に諭したのはジェイドだった。従者の我侭に口を開きかけたガイも、閉口してやりとりを見ている。

 

「スィン。集団行動を乱すのは感心できませんね」

「想定できる厄介事をより安全に回避するための手段です。規律を守ることと危険を避けること、大佐はどっちを優先させるべきと思いますか?」

 

 屁理屈の叩き合いを嫌ったか、まさかスィンの言うことに納得してしまったのだろうか。

 ジェイドは軽く顎に手を当ててまったく方向の違うメリットをちらつかせてきた。

 

「ちょうどよかったではありませんか。彼は今のスィンの顔を知っているのでしょう? その変装が有効かどうかを確かめる絶好の機会です」

 

 今度はスィンが納得する番である。が、彼女はどうしても心配であるらしく、困ったように小首を傾げてジェイドの前に立った。

 

「どうしても、行かなきゃ駄目ですか?」

 

 身長差を利用し、上目遣いでジェイドを見つめる。心なしか潤んでいるような瞳に見つめられ、ジェイドはわずかに相好を崩していた。

 

「……そんな顔しても駄目です。そうでしょう、ガイ?」

「……まあ、な。ほら行くぞ」

 

 主の手招きを受け、スィンは「ちぇ」とつまらなさそうに呟いてから彼の後を追っている。

 その後ろでは、心持苦笑いをしているジェイドがしんがりを歩いていた。一方スィンに振り返りながら、アニスは唇を尖らせている。

 

「っていうかぁ、なんでそんなふーに大佐に媚売るかなあ。スィン、大佐のこと好きなのー?」

「こんな根暗嫌味陰険鬼畜眼鏡のどこを好きになれってのさ。いくら金持ちでもコレはちょっと」

 

 アニスのトゲトゲした物言いをさして気にした様子もなく、「ひどい言われようですねー」というジェイドの呟きも流してスィンはあっけらかんと自分の計算をほのめかした。

 

「だから媚売ってウザがられよーとしてんじゃん。大佐、そういう人種は嫌悪の対象でしょう?」

「まあ、あまり好きではありませんが、あなたの場合はわざとらしくてバレバレです。ついでに今、ばらしましたしね」

「まあね。だから多分、もうやらないと思う」

 

 安心して、とアニスに微笑みかければ、少女は毒気を抜かれてそっぽを向いている。

 

(でもよー。スィンの場合素材がいいから普通に可愛いよな?)

(ですから、アニスはあんなに危機感を募らせているのではなくて?)

「お願い、私に話を振らないで……」

 

 ともあれ、一行は仲良くアスターの屋敷内に足を踏み入れた。

 イオンなしに面会が叶うのかとスィンは内心思っていたのだが、ルーク、ナタリアの存在は大きかったらしく、主人へ一行到着の報告をした使用人はその足でアスターの執務室へ通してくれた。

 来客用の部屋を使わなかったということは、その暇すらない証なのか。アスターは一行が部屋に入るなり執務机から立ち上がり、慌てて回りこんだ。

 

「これはルーク様! ナタリア様も! お二方とも亡くなったとの噂が飛び交っておりましたから、こうして再会できて幸せでございますよ。ヒヒヒヒヒ」

 

 独特の笑声を響かせ、アスターの小さい目が一行を順繰りに見て回る。

 ふとその視線がスィンのところで止まり、彼はおや、と言いたげに口を開いた。

 

「お初にお目にかかりますね」

 

 がちん、と固まったスィンの体が、急激に緊張をなくす。

 とりあえず形式的な辞儀をして、名乗ろうかどうしようか迷ったところで、すかさずジェイドのフォローが入った。

 

「実はあなたに、頼みたいことがあるのですが」

 

 彼はジェイドの顔をしっかりと覚えていたらしい。眉をほんの少し跳ね上げ、笑顔で応じている。

 

「エンゲーブの住民を受け入れることでしたら、先ほどイオン様から依頼されました。ご安心を」

「よかった……」

 

 胸中でイオンに感謝を捧げたルークが思わずそう零した。ジェイドも、口調は事務的ではあるがほっとしているらしい。笑顔に裏がないように見える。

 

「助かります。ありがとう」

「どういたしまして。イヒヒ」

 

 この笑い方さえどうにかすればきっとこう……第一印象とか個性的な顔は変えられないとして、いい方向へ劇的な変化を遂げると思われるのだが、まあそれはどうでもいいことだ。

 

「ところで、ザオ砂漠で何かあったのか?」

「これはお耳が早いことで……。ちと困ったことになっております。地震のせいか、ザオ砂漠とイスパニア半島に亀裂が入って、この辺りが地盤沈下しているのです」

 

 ルークの提示した本題に、アスターは困惑気味で現状を伝えてきた。その事実に、一行が顔色を変えた。

 

「それって、もしかしなくても!」

「ケセドニアが崩落しているんだわ……!」

 

 そのとき、短いノックが聞こえたかと思うと彼の配下らしい男性が執務室へ入室する。咎めないところを見ると、これは最優先で届けろと命じてあるらしい。

 

「戦局報告です! 11時32分、キムラスカ軍がエンゲーブに到達しました!」

 

 その報告に、ジェイドがため息をつき、ティアが奮闘中であろう少女を思いやる。

 

「やれやれ、移動しても残っても、エンゲーブの住民は危険にさらされる運命だった……そういうことですか」

「ノエル……間に合ったかしら」

「ご苦労。引き続き状況を監視せよ」

 

 男が去った後に失礼しました、と配下の非礼を詫び、彼は首を傾げた。

 

「今しがた、ケセドニアが崩落すると仰いましたが?」

「アクゼリュスやセントビナーと同じことが起きてるってことだよ!」

 

 ルークの言葉を聞くや否や、アスターは顔色を変えて息を呑んだ。

 

「何ということだ……ここは両国の国民が住んでいる街。この戦時下では逃げる場所がない」

「この辺りにもパッセージリングがあって、ヴァン謡将がそれを停止させたってことか?」

 

 その言葉にアスターは怪訝そうな表情をするも、今の彼らにそれを気遣う余裕はない。

 

「それならザオ遺跡ですわね。イオンがさらわれた……」

「くそ、どうする? 今からでもセフィロトツリーを復活させれば……」

「いえ、それは無理だとテオドーロさんも言っていました。ですが……」

 

 言いよどんだその意見を消させまいと、アニスが勢いよく尋ねた。

 

「大佐! 何か考えがあるんですか!?」

「いえ、ツリーを再生できなくてもセフィロトが吹き上げる力はまだ生きている筈です。それを利用して、昇降機のように降ろすことはできないかと」

「パッセージリングを操作できるでしょうか」

「──どうでしょう?」

 

 ティアの疑問を丸投げする形でジェイドがスィンを見る。

 ジェイドの提案にスィンは軽く黙考を続けていたが、軽く首を振った。

 

「行ってみないとわかりませんね。また変な罠を張られているかもしれませんが」

 

 初めて変装したスィンの肉声を聞き、アスターはおや、という顔で彼女を見る。

 スィンはあえて気づかぬフリをした。

 

「行くだけ行ってみよう。このままだと崩落を待つだけだろ!」

 

 話が一段落したところで、会話に置いてきぼりだったアスターが困惑をあらわとし、説明を頼んでいる。

 

「お話が、見えないのですが……」

「ケセドニアの消滅を防ぐ方法があるかもしれないんだ」

「どういうことです?」

「実は……」

 

 魔界(クリフォト)の存在、セントビナーを泥の海に着水させたくだりをガイがかいつまんで話した。

 難しい顔で話を聞き入っていたアスターだったが、全てを聞き終えて呻くように呟いている。

 

「……魔界(クリフォト)ですか。にわかには信じがたい話です」

 

 でしょうね、という相槌を聞いてか聞かずか、彼はすぐに顔を上げて施政者としての態度をとった。

 

「しかしどのみち、私たちにはあなた方を信じるより他に方法はない。住民への通達はお任せ下さい。ケセドニアをお願いします」

「よし、ザオ遺跡へ行ってみよう!」

 

 頷きあい、一行が退室をはかる。足取りの鈍いナタリアにルークがひっそりと話かけているところを眺めていると。

 

「もし」

 

 アスターに呼び止められ、スィンが振り向いた。

 

「もしや……シア殿ではありませんか?」

 

 会話を聞いていたらしいルークとナタリアから緊張が伝わってくる。

 が、当のスィンは比較的穏やかな顔で「アスターさん」と声を潜めた。

 

「共生状態下にあるこのケセドニアでよもやとは思いますが、ダアト関係者より問い詰められた際はとぼけることをお願いしたい。アクゼリュス及びエンゲーブの民の保護をお引き受けいただけたこと、名乗らぬことをお詫びすると同時に心から感謝申し上げます。その節は無茶な頼みをお聞き入れくださり、ありがとうございました」

 

 深々と頭を垂れ、二の句を告がせぬ滑らかさで退出する。

 改めてキムラスカ側の出入り口へ向かう最中、スィンはほうっ、と息を吐き出した。

 

「あー、緊張した。心臓にすごく悪かった」

「良かったですね、スィン。声を聞かれるまで変装が通じて」

 

 どうやら最後のやりとりをちゃっかり把握していたらしいジェイドに混ぜっ返される。

 ふん、と鼻を鳴らし、彼女は辞儀の際ずれた眼鏡の蔓を掴んで位置を修正した。

 

「でも本当のところ、どうなんだ? パッセージリングの件は……」

「推測・憶測の類ならいくらでもお聞かせできますが、実のところは実物を見てみないとわかりませんね。多分大丈夫だと思いますけど、何しろやり方が──」

 

 そこへ砂漠側の出入り口に到達したことを知り、兵士を間の当たりにしてスィンが口を閉じる。

 案の定、キムラスカ軍兵士は一行の姿を目に納めると近寄り、激励を口にした。

 

「アスター殿から話は聞いています。お気をつけて……」

 

 兵士に通され、封鎖が一時的に解除される。しかし、いくばくもしないうちにルークが砂漠に膝をついた。

 同時に、スィンにもしめつけるような頭痛が忍び寄ってくる。

 

「……?」

『……おい、聞こえるか。レプリカ!』

「……いてえ……!」

 

 ルークの呻き、これは鼓膜を震わすもの。しかし今鼓膜を震わせたのは後者だけだ。

 ドスの効いたルークの声、否アッシュの声は、頭の中で直に響くような、その響きによって脳内をかき回されるような苦痛が伴ってくる。

 これは……

 

『砂漠のオアシスまで来い。話がある』

「……オア……シ……ス?」

『そうだ。わかったらさっさと来い!』

 

 ブツッ、と唐突に頭痛は消えた。これはチャネリングだろうか? 

 二人の──違う、正確にはアッシュの声が聞こえたのだから、彼のチャネリングに何らかの現象が働いて混線でもしたのだろうか? 

 

「また例の頭痛か? 確か、アッシュの声が聞こえるんだったな」

 

 ガイの言葉にハッと顔を上げる。

 今の言葉、彼には──否、当事者以外、彼らにはこの声は届いていないということなのだろうか。

 素早く面々を見やるも、彼らに変調は見られない。ジェイドあたりは普通に隠していそうだが、この際それは置いておく。

 彼のことで疑いを持つのは、意識しなくても私情がきっと絡むから嫌だった。できる限りは不干渉でありたい。

 

「……ああ。俺、あいつのレプリカだから」

 

 幾分自嘲気味なルークの答えに、ティアがわずかながら顔を曇らせる。ナタリアが、すがるように彼へ詰め寄った。

 

「アッシュ……! アッシュは何て言っていましたの?」

「え……うん……。砂漠のオアシスへ来いって。話があるってよ」

 

 その言葉で疑いを示したのは、苦しみに似た表情の曇りをすでに修正しているティアである。

 

「兄さんが裏で糸を引いているんじゃないかしら」

「それはどうでしょう。一概にヴァンの味方とは考えにくい」

 

 比較的冷静な意見を述べるジェイドに激しく賛同するナタリアを押さえ、ルークが「オアシスへ寄ろう」と提案した。

 

「アッシュの話を聞いてからでも、セフィロトの制御は間に合うはずだ」

 

 

 

 

 

 

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