the abyss of despair   作:佐谷莢

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第五十六唱——つぎはぎだらけの盾の意味

 

 

 

 

 

「パッセージリング~♪ パッセージリング~♪」

 

 遺跡へ入り、冷ややかな空気が気持ちいいのか。歌うように先を行くアニスを見て、ナタリアが呆れたように呟いた。

 

「緊張感が皆無ですわね」

「はは、いいじゃないか」

 

 微笑ましそうにアニスの背中を眺めていたガイだったが、ふと憂うように一行を──心なしかスィンの方を省みる。

 

「……それより、アッシュの言葉をそのまま信じて大丈夫なのか?」

「アッシュのことを信じられませんの?」

「いや」

 

 ナタリアの問いに理性が否定はするものの、彼の中の悪感情はどうしても悪い方向へと行きがちだった。

 

「ただ、罠じゃないかと思うことはある」

「確かに……可能性は否定できないわ」

 

 当初から、ヴァンとの繋がりを疑っていたティアが賛同しかける。

 しかし、どこまでも冷静なジェイドの意見にアッシュ論議は中断された。

 

「パッセージリングの性質を考えても、情報は正しいものだと思いますよ。ただし、彼なりの目的と意図があり私たちを利用しているのは確かですがね」

 

 ジェイドの言葉は間違いのない事実だ。

 彼にこちらを貶めようという考えはない。それだけは確かだが、だからといって協力関係であろうとする意思はスィンが見る限り皆無だ。

 ヴァンとの繋がりも彼の意思により絶たれたはずなのだが、もしかしたら、という可能性もなくはない。

 元子守役で、世話係で、以前の師であっても、スィンにアッシュのフォローをする意思はなかった。

 憎まれて当たり前という立場で、ナタリアのような絶対の信頼を寄せることは、アッシュに対する冒涜にもなりうる。それは、できない。

 気を取り直すように、ルークが言った。

 

「……今は、外殻大地を無事に降ろすことだけを考えようぜ。それにアッシュだって、外殻大地を消滅させようなんて考えてない筈だ」

「そうね……。こうしている間にも事態は進んでいるんだものね」

 

 一応の納得を見せたところで、なかなか皆が来ないことをいぶかしんだアニスが、たかたかたか、と軽快な足取りで駆けてくる。

 

「どうしたの~? ちゃっちゃと終わらせよ~」

「はは……。アニスみたいにしているのが、今は一番なのかもな」

 

 首を傾げるアニスを尻目に、一行は同意、あるいは苦笑交じりにその言を肯定した。

 以前はイオン奪還のため、スィンの警告を受けて進んだ神殿へ至る橋の上。以前のように第六音素(シックスフォニム)の塊に先導させて歩いていた一行は、不意の揺れに足を止めた。

 

「はうっ!?」

「橋が揺れてる?」

「……橋だけじゃないわ。この地下都市全体が揺れているみたい」

 

 やがて揺れが収まり、息をつく頃、ジェイドがいぶかしげに呟いた。

 

「……微弱ですが、譜術を感じますね」

「私は、感じられませんが……」

 

 それはおそらく、ジェイドが譜眼を所持しているからだろう。かの術は、通常譜術の威力を激増させる──体内に取り込む音素(フォニム)を三倍以上にすることが可能なのだ。

 それだけ音素(フォニム)の在り方に敏感にもなる。事実、スィンも感知には成功していた。ティアが鈍いわけではない。それだけ弱すぎるのである。

 

「罠か? それとも……」

「敵ですの?」

 

 ガイ、ナタリアが警戒を口にするも、だからといって引き返せる状況でもない。

 ルークが再三の注意を呼びかけた。

 

「だとしても、進むしかない。せめて慎重に行こうぜ」

「おや、あなたらしからぬ台詞ですねぇ」

 

 緊張をほぐすかのようなジェイドのからかいに、ルークが「うるせっ」と軽く反発している。

 

「帰りに橋がなくなってる……なんてのはごめんなんだけどなあ」

「やなこと言わないでよ~!」

 

 橋の耐久性を心配したスィンは、アニスの咎めを受けて「ごめんごめん」と気のない返事をした。そしてそのまま歩みを進め、神殿前へと到達する。

 以前は六神将と(まみ)えた地で、一行はまた足元の地面が小刻みに揺れるのを感じた。幸い、立っていられないほどのものではない。

 

「な、なんだ!? 地震!?」

「違います。これは……」

 

 ルークの言葉を否定し、ジェイドが言いかけたところで、ティアの警告に対象者のみならず全員が反応した。

 

「危ない!」

 

 横合いから飛び出してきた魔物、その異様さに一行が目を剥く。

 頭のない蠍のようにも見える。以前ガイに投げた蠍の子供はその尻尾に鋭い針を備えていたが、眼前の魔物は針の代わりにトカゲの頭部の骨のような部位が無性に噛みつきたそうにがちがちと歯を鳴らしていた。

 脳みそがあるようには到底見えないが、狙ってみる価値はある。

 

「来ますよ!」

 

 ジェイドの警告と同時に、甲殻を備え持つデュラハンじみた巨大蠍は突進を試みた。

 流石にそれを止めようとは考えず、一様に避難を試みる。

 

「こっち!」

 

 素早く回り込んで後衛を背に、アニスはトクナガを膨らませた。

 第七音譜術士(セブンスフォニマー)たち──ティア・ナタリアは前衛たちのフォローをするべく、詠唱の準備に取りかかっている。

 

「くらえっ!」

 

 勢いあまって岩場に突っ込んだ蠍の尻に、ルークが斬撃を勢いよく叩き込んだ。がきん、と魔物の甲殻に剣が悲鳴を上げるが、ダメージを与えられない程度ではない。

 好機とばかりにガイが続くが、スィンはその場を動かなかった。今は緋の色に染まる瞳は、ぐねぐねと動く蠍の尻尾を注視している。

 ガイがルークの隣に並んだ瞬間。

 尻尾についたトカゲのような頭蓋骨はぐぐっ、と首のように見える尻尾をたわめ──紅蓮に燃え盛る炎塊を吐き出した。

 自らの背後に立つ、ルークとガイに向けて。

 

「うわわ、何こいつ!」

「下がって!」

 

 アニスの言葉に負けないように、スィンが二人へ警告を放つ。彼らが下がったあたりで炎は地面に着弾し、魔物は己の吐いたそれで自分の尻を炙った。

 傍から見ると間抜けだが、それでも驚異的なことに変わりはない。

 炎が消えるのを確認するや否や、残滓が残るそこでの攻撃を再開する二人をそのまま、側面からの攻撃を行う。

 ちら、と彼らを見やれば、その攻撃にアニスが加わっていた。

 

「吹き飛びなっ!」

「炎よ集え!」

「龍の雄たけび!」

 

 ちゃっかりと残滓、わだかまる第五音素(フィフスフォニム)を活用しているあたり、皆抜け目がない。炎を浴びせるつもりが、炎による攻撃を叩き込まれ、蠍が押されるようにふらついた。

 その隙に、勢いよく蠍の上に飛び乗り、勢いを生かしたままたゆんでいた尻尾を蹴って上空へと跳ぶ。

 ふわ、と一瞬の浮遊を愉しむような余裕は流石にない。

 詠唱はかすかにしか届かないが、ナタリアが攻撃力上昇(シャープネス)を唱えたらしく、振り上げた血桜が輝きを放った。

 

「──裂空斬!」

 

 頭部と首の繋ぎ目を見切り、全体重を乗せるように切断する。

 がごっ、と岩を斬ったような感触に引き続いて、勢いを殺すことなく空中前転でもするかのように魔物から遠ざかり、ガイの隣に着地を決めた。

 断末魔は上がらない。やはりあれが頭部だったのかと魔物を見やれば、本来頭があるべき場所に、なぜか巨大なハサミが生えてきた。

 頭部はといえば、断ち切られたにもかかわらず地面でがちがちと歯噛みを繰り返し、迎えに来た尻尾にどういう原理なのかくっついて戦場復帰を果たしている。

 

「……あれ?」

「やれやれ。しぶといですねえ」

 

 ため息をつくようなジェイドのコメントに腹を立てたわけでもないだろうが、蠍は猛然と反撃を試みた。頭部の顎と新たに生えた鋏を打ち鳴らし、岩場から脱出した体をようやく一行に向ける。

 突如その体が身震いしたかと思うと、どこからともなく落石が降ってきた。

 

「むっ」

「うおっ!」

 

 ジェイドの詠唱が途切れ、同じく直撃を受けそうになったガイが飛びのく。図らずも、ガイの孤立が魔物の目に留まってしまった。

 尻尾がぐぐっ、とたわみ、視認しきれないほどの瞬発力を伴って、がちがちと牙を鳴らす頭部がガイに迫り来る。

 未だ降る落石に注意していた彼は、それが眼前に来るまで気づけなかった。

 

「!」

 

 気づいたときはすでに遅い。

 回避不可能なまでに接近した頭部は、ガイの視界を不気味な空洞のような口腔で塗りつぶし──

 

 どんっ! 

 

「ごめんなさいっ!」

 

 彼は横合いから思い切り突き飛ばされた。完全に眼前の魔物に気を取られていたガイは成す術もなく地面を転がる。

 その最中で最後に聞いた声の主に気づき、慌てて体勢を立て直して見上げれば。

 そこには、ガードしたらしい右腕を噛みつかれ、ぶら下がるように宙を舞うスィンの姿があった。

 尻尾がしなり、スィンの体が側面の壁に叩きつけられる。

 背中から叩きつけられたために悲鳴も上げられなかった彼女は、重力に従ってそのまま地面に崩れ落ちた。

 

「スィン!」

「──唸れ烈風! 大気の刃よ、切り刻め」

 

 中断していた譜術が渦巻く風となって首なし蠍を取り巻く。タービュランスの名残は大地に刻まれ、追い討ちとばかりにアニスの譜術が炸裂した。

 

「紫電の槌よ、びりびりにしちゃって!」

 

 雷が取り巻くように蠍を焦がし、トドメとばかりに雷球が破裂する。黒焦げになった蠍を確認するやいなや、ガイは立ち上がれないスィンに駆け寄った。

 躊躇なく抱き起こし、揺さぶる。

 

「スィン、しっかりしろ!」

「……」

 

 小さく呻きながら、スィンはゆるゆると目蓋をこじ開けた。幾度か瞬きをして、目の前に主がいるとわかった途端、ぱっ、と起き上がる。

 

「ご無事ですか?」

 

 噛まれた腕をかばいながらも、スィンは痛みを訴えることなくガイにそれを尋ねた。

 

「あ、ああ」

「──なによりです」

 

 安堵のため息、そして浮かぶ笑みを主へと向けて。彼女は、はっ、と表情を変えた。

 くるりと背を向け、なにやらごそごそと身動きした後、胸を押さえるような形になって立ち尽くす。

 

「どうした、どこか痛むのか!?」

「……がねが」

「ん!?」

「眼鏡が、壊れました……」

 

 くるりと振り返ったスィンの手のひらには、叩きつけられた衝撃で前衛芸術のように歪んだオブジェがちょこんと鎮座していた。

 左右の蔓があらぬ方向に折れ、度なしのレンズには蜘蛛の巣のような複雑なヒビが縦横無尽に走っている。

 

「ふむ。これなら、衣装をボロに変えるだけでちんぴらにいじめられた路上生活者を演じられそうですね」

 

 石壁へ派手に叩きつけられたというのに、割と平気そうな顔をしているスィンの手を、ジェイドはまじまじと見つめた。

 その瞳が、スィンの普通すぎる表情を映す。

 

「それで、体は大丈夫なんですか?」

「え? あー……腰と背中と腕が痛くて、ちょっと体調不良です」

 

 腕の傷を癒してもらったスィンは、叩きつけられた際、放り出してしまった血桜を腰に収めた。

 その向こうでは、音素(フォニム)となって消滅する頭のない巨大蠍を見送っての議論が交わされている。

 

「それで、こいつは一体……?」

 

 その間に、スィンは棒手裏剣を取り出して地面に譜陣を描いていた。

 頭で仕組みを覚えるのと同時に、戸惑いなく描きこなせるよう覚えさせた手がさらさらと譜陣を形成していく。

 議論はまだ、交わされていた。

 

「創世記の魔物じゃないかしら。以前ユリアシティにある本で見たことがあるわ。ただ、こんなに好戦的ではなかったと思うけど……」

「ここは以前、神託の盾(オラクル)の六神将が来ていましたわね。彼らが刺激したのでは?」

 

 譜陣を描き終え、中央に描いた円の中へ壊れた眼鏡を置く。

 トン、と譜陣の端に人差し指を添え、音素を染み込ませていくと譜陣は描かれた軌跡を追うように発光した。

 

「──よ。時の川をさかのぼることを許したまえ」

 

 簡略化された譜を得て、譜陣は一層強く瞬き──輝きは消失する。

 まるでその力を使い切ったかのように。

 

「遺跡を守ってるだけかも知れないぜ」

「なんでもいいよぅ。とにかくもうこんなのが出てこないことを祈るって感じ」

「同感ですね。では、行きましょうか」

 

 ジェイドの言葉を受け、スィンは眼鏡を拾い上げると後に続いた。

 その手に持つ眼鏡がどうなっているのか。誰一人、気づかぬまま。

 

 

 

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