the abyss of despair   作:佐谷莢

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第五十八唱——安堵の直後に訪れたは、新たなる問題

 

 

 

 以前遺跡に潜った際、スィンも使用したという一方通行の転送装置を利用し、地上へたどり着き。周囲の雰囲気と空を見比べ、ルークがぽつりと呟いた。

 

「間違いなく魔界(クリフォト)だな……」

 

 空は禍々しい濃い紫の色に染まり、空気は明らかな変質を遂げている。これを見れば成功したことは明らかなのに、やはり気分は滅入るのか。

 外殻大地降下に成功した喜びを語ることなく、アニスが不安そうに皆の顔を見渡した。

 

「でも、ここからどうやって外殻に戻るの?」

「そうか。アルビオールはまだ戻ってなかったな」

「合流場所はケセドニアです。ノエルの腕なら、降下中の大陸にも着陸できたと思いますが……」

 

 真実は合流場所たるケセドニアで判明する。そんなことはわかりきっているために会話には加わらず、スィンはあらぬ方向を見据えて眼を細めた。

 ここからでは位置が悪すぎて目当てのものがよく見えない。第三音素(サードフォニム)を通じて見たほうがいいだろうか? 

 

「とりあえず、ケセドニアへ言ってみましょう」

 

 ティアの提案により、一行が移動を開始する。発動が比較的容易いとはいえ、探索の秘術は移動しながら発動できるほど単純なものではない。

 行使をあきらめて一行の後についていくと、しんがりを努めることが多いジェイドが寄ってきた。

 

「……空を気にしていたようですが、セフィロトの件ですか?」

「うん。あんな表示されていた以上事実だと思うし、保ってくれたほうだと思うけど、今現在どんな風になってるのかが知りたい」

「そうですか。ではやはりノエルに頼んだ方がよさそうですね」

 

 ジェイドがあの表示を気にしていたことは先刻承知。

 それを言い出さなくて済む嬉しさから、ほんの少し足が軽くなったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中何もなく──以前通過した際は魔物やら追い剥ぎに襲われたというのに──ケセドニアに一歩足を踏み入れる。街中は思いのほか混乱が少なく、そして人通りも皆無に近くなっていた。

 数少ない通りの人に話を聞くと、皆屋外にひっこんでいるらしい。

 そこへ、実に快活な砂を蹴る音が聞こえた。

 

「皆さん! ご無事でしたか!」

 

 そして聞き覚えのある声。その姿。

 そこには、アルビオールとセットで考えていい少女・ノエルが息を切らせて立っていた。

 

「そっちこそ! いつケセドニアに着いたんだ?」

「この辺りが降下する少し前です」

「エンゲーブのみんなは?」

「無事に、ここまで運び終えました」

 

 朗報に、地上に戻って初めての笑みが零れる。

 

「よかった~。お疲れ様v」

 

 アニスのねぎらいが消えるか消えないかというところで、ジェイドがさっそく切り出した。

 

「到着早々申し訳ありませんが、飛んでもらうことはできますか?」

「もちろんです。私はアルビオールで待機しています。準備ができ次第、いらしてください」

 

 疲れなど微塵にも感じさせない軽快な足取りでノエルが走っていく。

 どうやって国境を越えてきたのだろうか。少し気になったものの一行の頭にそれはないらしい。

 

「外殻へ戻るのか?」

「少し気になることがあるので、魔界の空を飛んでみたいんですよ」

 

 どこか、どころかかなり含みのある言い方に、やはり疑問の声が現れた。

 

「何が気になってるんだ?」

「……確証のないことは言いたくありません」

「大佐がこう言う時は、何か嫌なことがある時ですよねえ」

 

 思わしげな表情でアニスが憂鬱そうに彼を見る。まったくもってその通りだと、スィンは思った。

 

「わかった。とにかく飛んでみよう」

 

 国境の付近は、さすがに兵士が常駐している。敵国の兵士がすぐ近くにいるのに、動揺したところは見せられないということだろうか。

 酒場の扉を通ってマルクト領へ入ると、マルクトの兵士はジェイドを見てぴしっ、と敬礼を送ってきた。

 

「スィン」

 

 小声で囁かれ、自分が軍服を着ていたことを思い出す。慌ててマルクト式の敬礼を返し、顔を覚えられないうちにさっさと国境付近を立ち去った。

 

「マルクト軍式の敬礼を教えてなかったので内心ひやりとしたんですが……知ってたんですか?」

「そんなに堂が入ってましたか? 見よう見まねだったんですけど」

 

 まぜっかえすように誤魔化したが、嘘である。本当はマルクト軍基地に潜入した経験があり、その際の訓練で身につけたものだ。見よう見まねでやろうと思っていたが、思わず体が動いてしまった。

 敬礼の仕方が以前と変わっていなかったことが唯一の救いである。

 しかし、髪と目の色は変えていたとはいえ街中で軍服を着た素顔を軍人にさらしてしまったのは痛かった。変装用の眼鏡をかけて、ティアに目ざとく発見される。

 

「あら? その眼鏡、遺跡で壊したんじゃ……?」

「よ、予備に一個パクッといたんだよ。街中だけかけようと思ってて、すっかり忘れてた」

 

 ガイをかばった自分自身から気をそらせるためにわざわざ見せたのに、こんなところで仇となるとは。自分の至らなさに内心歯噛みしつつ、スィンは不躾な視線を気づかないフリで無視を貫き通した。

 やがてケセドニアの街を通過し、アルビオールに至る。

 ジェイドの指示でノエルにセフィロト方面へアルビオールの操縦を頼めば、やがて洋上にそびえる輝きの大樹が肉眼視できた。

 しかしその様相は──一目で異様と判別できるものとなっている。

 

「うわっ、あのセフィロトツリーおかしくないか?」

「まぶしくなったかと思ったら、消えかかったり……。切れかけの音素灯みたい」

 

 ルーク、アニスの感想が関連しているわけでもないが、ジェイドは大きくため息をついた。

 

「やはりセフィロトが暴走していましたか……。パッセージリングの警告通りだ」

「セフィロトの、暴走?」

「ええ」

 

 男性にしてはひどく優美ともとれる眉をしかめたまま。ジェイドの説明が続く。

 

「恐らくなんらかの影響でセフィロトが暴走し、ツリーが機能不全に陥っているのでしょう。最近地震が多いのも、崩落のせいだけではなかったんですよ」

「待ってください! ツリーが機能不全になったら、外殻大地はまさか……」

 

 声を震わせるティアに皆まで言わせず、彼はその問いの肯定とも取れる返答を口にした。

 

「パッセージリングが耐用限界に到達と出ていました。セフィロトが暴走した為でしょう。パッセージリングが壊れればツリーも消えて、外殻は落ちます。そう遠くない未来にね」

「マジかよ!」

 

 吐き棄てるようにルークが零す。が、すぐにその顔がティアの方に向いた。

 

「ユリアシティの奴らはそのことを知ってるのか?」

「お祖父様はこれ以上外殻は落ちないって言ってたもの……。知らないんだわ」

 

 追い討つように、ガイが疑念を口にする。

 

「なあ。ケセドニアもセフィロトの力で、液状化した大地の上に浮いてるんだよな? なら、パッセージリングが壊れたら……」

「泥の海に呑み込まれますね。液状化した大地が、固形化でもするなら話は別ですが」

「そもそも、瘴気の汚染と液状化から逃れるために、外殻大地を作ったのでしょう? 外殻大地を作った人々すら大地の液状化に対して何もできなかったのに……」

 

 ジェイドの絶望的な答え、ナタリアの最もな意見に一同は押し黙るしかなかった。

 せっかく大地が無事だというのに、こんな事態が起きようとは。

 

「なあ、ユリアの預言(スコア)にはセフィロトが暴走することは詠まれてないのか? 暴走するには理由があるだろ。対処法とか、預言(スコア)にないのかよ」

「残ってるとしても、お祖父様では閲覧できない機密情報じゃないかしら」

 

 沈黙の後にルークがそんな提案をしてはいるが、彼女の祖父はこれ以上の崩落を知らない。ということは、そんな情報をもとより知っているわけがない。

 再び沈黙が訪れる。ふとアニスが独り言のように呟いた。

 

「……イオン様なら」

 

 一同の視線が彼女に集中する。

 

「イオン様なら……ユリアシティの機密情報を調べることができると思う……」

「本当か!?」

「うん。だって、導師だし……」

 

 考えてみれば、彼はああ見えてローレライ教団最高指導者なのだ。実質的な権力はモースが握っているのかもしれないが、表向き彼に逆らえる人物は少ない。

 

「だったらダアトへ向かおう! 何か対処法があるかもしれない!」

 

 やっと活路を見出せた、とばかり嬉しそうに提案するルークに、ナタリアがわずかに不安げな表情をのぞかせる。

 

「でも、戦争を止めるためにバチカルへ行くというのはどうしますの」

「戦場が降下したのなら、戦争どころではなくなっていると思うわ」

「……ええ。そうだといいのですが」

 

 ティアの言葉に頷きながらも、偽者呼ばわりされたことを思い出したのか。

 彼女から不安そうな表情が消えることはなかった。

 

 

 

 

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