the abyss of despair   作:佐谷莢

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第六十唱——ねじれ歪み狂った世界、狂人が偉人たるは世界の在り方か

 

 

「皆さん!? どうしてここに……」

 

 図書室にひっそりと忍び込んだ一行を間のあたりにして、イオンは驚いたように眼を見開いた。

 

「イオン、外殻大地が危険なんだ! だから教えてくれ! ユリアの預言(スコア)には、セフィロトの暴走について詠まれてなかったのか?」

 

 突然のことに眼を白黒させているイオンに、彼が抜けてから起こった出来事をかいつまんで説明する。全て聞き終え、彼はどこか苦しげに目蓋を伏せた。そして驚くべき告白をする。

 

「……なるほど、それは初耳です。実は僕、今まで秘預言(クローズドスコア)を確認したことがなかったんです」

「え!? そうなんですか?」

 

 ローレライ教団最高指導者なのに、と言いたげにアニスが聞き返したが、彼は「ええ」の一言で肯定し、理由を話そうとはしなかった。

 

秘預言(クローズドスコア)を知っていれば、僕はルークに出会った時、すぐに何者かわかった筈です」

「……」

 

 押し黙るルークの表情に気づいてか否か。彼は話題を変えるようにケセドニアでの自分の行動を説明した。

 

「……ですから僕は、秘預言(クローズドスコア)を全て理解するためにダアトへ戻ったんです」

「でも、その秘預言(クローズドスコア)にセフィロトの暴走のことは……」

 

 確認するようなナタリアの問いに、沈痛な面持ちで肯定する。

 

「ええ、詠まれていなかった筈です。念のため、礼拝堂の奥へ行って調べてみましょう」

「礼拝堂の奥? なんで?」

 

 飛躍したように感じる話の成り行きにルークが首をひねると、イオンはなんでもないことのようにさらりと言い切った。

 

「譜石が安置してあります。そこで預言(スコア)を確認できますから」

「イオン様! それはお体に触りますよぅ!」

「止めないでください、アニス。必要なことなのですから」

 

 顔色を変えるアニスに、意図的にか構うことなく、イオンは先頭に立って一行を礼拝堂へいざなった。イオンがいるのだから、人目についてしまうのはこの際仕方ない。

 礼拝堂は無人で、通常は感じられない静謐な雰囲気が肌で感じられる。

 イオンは一直線に祭壇へと進み、巨大なテーブルにも似た石の前に立った。

 

「この譜石は、第一から第六までの譜石を結合して加工したものです。導師は譜石の欠片から、その預言(スコア)の全て詠むことができます。ただ、量が桁違いなので、ここ数年の崩落に関する預言だけを抜粋しますね」

 

 そう言ってイオンは目を閉ざすと、両手を譜石の真上にかざした。導師の集中に合わせて、譜石がほのかに輝きだす。

 

「ND2000 ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は、王族に連なる赤い髪の男児なり。名を、聖なる焔の光と称す。彼は、キムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

 ND2002 栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。この後、季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。

 ND2018 ローレライの力を告ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す。しかる後に、ルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果、キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる」

 

 ND2002の預言を聞いた際、ガイは小さく眉を歪めた。スィンもまた、心穏やかではいられなかったものの、それを表には出していない。

 上記の預言(スコア)を詠み終え、譜石の輝きが薄れる。それと同時に、イオンはがくり、と膝をついた。

 その顔色は、蒼白と称しても差し支えがない。

 

「イオン様!」

「……これが、第六譜石の、崩落に、関する、部分です」

 

 助け起こすアニスに支えてもらいながら、切れ切れにイオンは締めくくった。

 

「やっぱり、アクゼリュス崩落と戦争のことしか詠まれてないな……」

「もしかしたら、セフィロトの暴走は第七譜石に詠まれてるのかもしれないな」

 

 だからモースも、イオンには秘密裏にティアに捜索を命じていたのかも──と、考えるのはたやすい。

 そのとき、ふと零されたティアの一言がセフィロトの暴走どころではない波乱を生んだ。

 

「──ローレライの力を継ぐ者って、誰のことかしら」

「ルークに決まっているではありませんか」

 

 何を言っているのか、と言いたげにナタリアが反論するも、ティアは即座に言い返した。

 

「だってルークが生まれたのは七年前よ」

「今は新暦2018年です。2000年と限定しているのだから、これはアッシュでしょう」

 

 ジェイドの言うとおりである。しかし、ティアは更なる指摘をした。

 

「でも、アクゼリュスと一緒に消滅する筈のアッシュは生きています」

「それ以前に、アクゼリュスへ行ったのはルークでしょ。この預言(スコア)、おかしいよ」

「確かに、アッシュも後から来たが、奴はあの時点で聖なる焔の光と呼ばれてたわけじゃないしな」

 

 預言(スコア)と現在にはっきりとした矛盾があることに気づき、アニス、ガイが首をひねる。

 額に手を押し当て、ティアがひとつの結論に達した。それがルークを追い詰めるものとも気づかず。

 

「ユリアの預言には、ルークが──レプリカという存在が抜けているのよ」

「それってつまり、俺が生まれたから預言(スコア)が狂ったっていいたいのか?」

「……ルーク?」

 

 何を、と彼女が言いかけ。その問いに彼が答えを発することはなかった。

 なぜなら。

 

「見つけたぞ、鼠め!」

 

 荒々しく扉が開かれたかと思うと、甲冑を鳴らして数人の兵士が礼拝堂に押し入ってきた。

 おそらく、なかなか導師が私室に戻らないことをモースがいぶかしがり、そこから発覚したのだろう。

 

「ヤバ……!」

 

 アニスがそれを呟く前に、スィン、ガイ、ジェイドが飛び出して兵士を昏倒させた。

 安心はできない。いかにモースとて、この面子をこれだけの人数で抑えられるとは思っていないだろう。

 

「皆さん、逃げてください! アニスも!」

「アルビオールへ戻りましょう」

 

 イオンの言葉をうけ、長居は無用だとのジェイドの言葉に従い、思いの他静かな教会内を突っ切って外へ出た。あとはダアトから脱出するのみ。

 最短ルートで入り口の門まで到達する寸前、スィンはガイのポケットにロケットを差し込むと、ぎりぎりのところで建物の隙間に入った。そのまま手足を突っ張って屋根まで這い上がる。

 眼下では、神託の盾(オラクル)数十名が一行を取り囲み、入り口を塞ぐようにモースが立っていた。

 周囲の兵士に押されることなく、ティアは毅然とした態度で上司を説得せんと一歩前に踏み出した。

 

「大詠師モース。もうオールドラントはユリアの預言(スコア)と違う道を歩んでいます!」

「黙れ、ティア!」

 

 口角から泡を飛ばし、モースはティアに詰め寄った。もはや聞く耳を持っているようには見えない。

 スィンの視界の端で、ジェイドがひそかに詠唱準備に入ったのが見えた。

 

「第七譜石を捜索することも忘れ、こやつらとなれ合いおって! いいか、ユリアの預言(スコア)通りルークが死に戦争が始まれば、その後繁栄が訪れるのだ!」

 

 その口上が終わり次第、一行が悟ってくれていると見越して譜術を発動させようとしたジェイドだったが。その一言を耳にして、ぴたりと動きが止まった。

 

「抵抗はおやめなさい、ジェイド。さもないと、この女の命はありませんよ」

 

 見れば、いつの間にかディストがすぐ近くにいる。実に珍しいことに彼は自分の足で立っており、その上空に浮かぶ安楽椅子には、薬でもかがされたのか、ノエルがぐったりと横たわっていた。

 下手に抵抗などしたら、彼女が危ない。彼はため息をついて術を解除した。

 それを機に、兵士たちが押し寄せてきてどうにも身動きが取れなくなる。

 

「はーっはっはっはっ! いいざまですね、ジェイド」

「お褒めいただいて光栄です」

 

 勝ち誇ったように高笑いを上げるも、肩をすくめて返されたその一言に、ディストは地団太を踏んで喚いた。

 

「誰も褒めていませんよ! それより、シアを何処へやったんです!?」

「さあ?」

 

 ジェイドはあっさり流したが、一行はそこでスィンの姿がないことに始めて気づいたらしい。それでも動揺するところがない辺り、流石といえる。

 スィンの姿を探して周囲を見渡したディストだったが、彼は軽く鼻を鳴らして腰に差していたレイピアを素早くガイに突きつけた。

 

 ──あの野郎! 

 

「うおっ!」

「投降なさい、シア! でないと、こ──「の!」

 

 バキィッ! 

 

 眼鏡、レンズを外し、髪形と色を元に戻すというできる限りの変装を解いたスィンは、飛び降り様ディストがガイに突きつけた細身の剣を鞘に納まったままの血桜で叩き折った。

 折れた刀身が石畳に転がるも、ディストは頓着していない。

 むしろ、柄だけになったレイピアを邪魔だとばかりに放り投げている。

 

「ふ、現れましたね……って、なんですかその格好!」

「は?」

 

 突如声を荒げたディストを不思議そうに見ていると、彼はわなわなと全身を震わせてビシッ、とスィンの体を指差した。

 

「なんで、ジェイドとペアルックなんですかっ!」

 

 ごすっ! 

 

「ペアルックって言うな、この、年中脳みそフラワーランドォォ!」

 

 カッ、と頬に血が昇るのを意識しつつ、思わず鞘入りの血桜で殴り倒す。

 あっけなく後ろの壁に叩きつけられ崩れ落ちるディストを目にして、スィンもまた兵士の拘束を受けた。しかし、物理的な拘束ではなく武器を突きつけられただけである。動けないが痛くもかゆくもない。

 

「ぶち殺されてえか、くそったれ! 洟垂れェ!」

「え、ええい、何をしておる! そやつらを連行しろ!」

 

 すっかり忘れ去られたモースが何か喚いているものの、この兵たちはディストの部下なのか。頭を抱えて呻くディストの世話に追われている。

 やがて後頭部に巨大なたんこぶをこさえた彼は、涙目になってスィンへと詰め寄った。

 

「何をするんですかあなたは! 頭がぱっくり割れて柘榴みたいになったらどうしてくれるんです!」

「そのときはちゃんと涅槃まで送ってやるから安心しろ」

「安心できませんよっ!」

 

 どちらかといえば神妙に受け答えるスィンに、ディストはぎゃあぎゃあ喚きつつも懐から何かを取り出した。

 スタンガン──微量の第三音素(サードフォニム)を発生させる小型の音機関である。

 

「しばらく眠っていてもらいますよ! あなたを起こしておいたら、ジェイド以上に何をするかわかりませんからねっ!」

「っ!」

 

 バチッ! 

 

 首筋に押し当てられた電流は、あっという間にスィンから意識を奪い取った。

 

「スィン!」

「…………」

 

 火花が散った瞬間倒れこんだスィンに、ガイへ返答しろというのは酷な話である。

 スィンを心配そうに見ながらも、ルークはモースを睨みつけた。

 

「俺たちをどうするつもりだ」

「バチカルへ連れて行く。そこで戦争再開のために役だってもらうのだ」

「連れて行きなさい!」

 

 事前の指示があったのだろうか、椅子のノエルと蹲るスィンがその場に残される。

 

「彼女らが少しでも惜しいなら、抵抗は考えないことですね」

 

 そう言って、皮膚の薄い額を殴られたため、少しずつ顔中を血まみれにしつつあるディストはからからと高笑いを上げた。

 

 

 

 

 




ジェイドが野放しなのは脅威を感じなかったのではなく、近づいたら自分が人質にされてしまうだろうという危険感知の元です。彼がジェイドを侮るわけがありません。多分。
以降、スィンはしばらくパーティ離脱します。
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