the abyss of despair   作:佐谷莢

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第六十五唱——騒乱は、戸惑いに立ち止まることも許さなかった

 

 

 

 

 

 

「何をしているのです、ラルゴ? 他の者の手にかかってもよいのですか?」

「くっ……強引につれてこられたかと思えば、こういうこととはなっ!」

 

 扉の向こうから、そんな会話が聞こえる。

 どこに隠れていたのか、うじゃうじゃと湧いて出た兵士を抑えつつ、アッシュだけを謁見の間へ送り込んだ。

 

「アッシュ! ちょうどいい、そいつらを捕まえなさい!」

「ル……アッシュ……」

「獅子戦吼!」

 

 階段の最上段から兵士の一団を叩き落し、もれなく気絶していることを確認してから謁見の間へ入る。

 ナタリアを率いる一行に手を出し難かったのか、立ちすくんでいた衛兵が突進してきたために槍の穂先をかいくぐって突き飛ばした。

「シア!?」というディストの驚愕を無視して、アッシュと共に六神将へ立ちはだかる。

 

「せっかく牢から出してやったのに、こんなところで何をしてやがる! さっさと逃げろ!」

「お前らが助けてくれたのか! だったら一緒に……」

「うるせぇっ! 誰かがここを食い止めなければならないだろうが、さっさと行け!」

 

 スィンが敵の動きを見ていると確信してか、彼はしっかりと振り向いて追い払うように手を振った。

 

「ナタリアさ──ナタリア、大丈夫。ちゃんとアッシュと一緒に追いつくから」

 

 それまで、彼女に対してだけは敬語と普通の言葉を織り交ぜて使っていたスィンが、はっきりと普通の言葉を使っている。

 それが彼女の心にどう影響したのかまったくわからないが、とにかくわずかな逡巡を経て、ナタリアがぽつりと言い残した。

 

「……ご無事で!」

「スィン、抜かるなよ!」

「御意!」

 

 流石に、この二人相手に視線をそらすのはためらわれる。

 スィンはばたばたと立ち去る足音を聞きつつ、そう答えていた。

 

「きーっ、裏切り者! さてはシアを逃がしたのもあなたの手引き」

『ガタガタうるせぇんだよ、屑が!』

 

 見事にハモった罵声が、ディストを怯ませる。おほん、とスィンがわざとらしく咳をしているあたり、どうやらまったくの偶然らしい。

 有言実行とばかり、言葉もなくディストに殴りかかろうとしたアッシュの腕を掴んで制止する。

 そんなことをしている場合ではない。早くここを切り抜けて、逃げる皆の援護をしなくては。

 

「自力に決まってる、阿呆。それに、お前だってヴァンを裏切って、モースに情報を流してるだろうが。導師の私室でそんなこと話してたね」

 

 図星も図星、ディストは返す言葉もなく黙っている。モースは軽く顔を引きつらせ、ラルゴは眼を剥いてディストに詰め寄った。

 

「……貴様! 六神将でありながら、総長を裏切っていたのか!」

「私は目的が果たせればいいのです。ヴァンへの忠誠より、優先させることがありますからね」

 

 開き直ったディストが、例の飛行椅子でさっさと逃亡を図っている。

 それを見送るラルゴはあたかも獅子の如く唸り、窓から逃げ去ったディストを眼で追っていた。

 こちらと交戦する気は、すでに失せているようである。

 

「何をしておる、ラルゴ! そやつらを──!」

「さて、行こうかアッシュ」

「ああ」

 

 モースは喚くが、ラルゴにその意思がなければ怖くもなんともない。

 玉座の辺りで、インゴベルトが「……ルーク……?」と呟いているのが聞こえた。

 それがアッシュに聞こえていないわけがないのだが、彼はすたすたと謁見の間から離れようとしている。

 

「──あなたは自分の甥だけでなく、娘と信じて育てた彼女すらも、預言(スコア)に捧げるつもりなのですか?」

 

 それだけを言い捨て、アッシュの後を追う。流石にもう打ち止めか、それともそれだけナタリアの追っ手に費やしているのか、兵士の姿はなかった。

 ──今あそこでインゴベルトを殺すのは、きっと楽勝だったに違いない。

 が、しかし。今現在、城の中はそうでも、今から侵入というのは不可能と思われた。

 何故なら。

 

「てりゃああっ!」

「こざかしい!」

「邪魔立てするな!」

 

 白光騎士団+ペール対キムラスカ軍兵士という構図で、今まさに城前の広場が戦場と化していたからである。

 ファブレ公爵旗下の私兵とはいえ、彼は公爵にしてキムラスカ王国軍の元帥だ。

 そしてペールは、紛うことなきガイとスィンの剣の師。その辺の軍人に引けは取らないだろう。

 

「素通りしていいのか……?」

「だいじょうぶだよきっと」

 

 戦場の合間を縫うように昇降機へとたどり着く。

 とそこへ。

 

「な……ルーク様!? 先ほどナタリア姫と行かれたはず……!」

 

 戦場を潜り抜けてきたペールに追いつかれた。先に行くようアッシュに手を振り、スィンが立ち止まる。

 

「どういうことじゃ!? ファブレ公爵の子息は一人のはず──!」

「おじいちゃん、それはまた今度説明してあげるから。それよりも教えて。僕、旦那様の血を引いてるの!?」

 

 ペールの眼が大きく見開かれた。この反応、彼は間違いなく知っている! 

 

「血の繋がりなんか正直どうでもいいんだけど、事実は把握しておきたいの! 僕……僕、マリィベル様やガイラルディア様と腹違いの兄弟だっての!?」

「スィン……詳細は後に話そう」

 

 誤魔化すな! と掴みかかる義孫の肩を、彼はきつく握りしめた。

 

「今言えるのは……確かに、お前の体にはガルディオス家の血脈が受け継がれておる、ということじゃ」

「っ!」

 

 ──ディストの言葉を、信じていなかったわけではない。

 ずっと、不思議ではあったのだ。緋色の瞳は母から受け継いだもの。それは、物心つく前から持っていたロケットを開けたとき知った。

 なら、この藍色の瞳は? 

 ガイのものとは少し違うが、許されたときしかじっくりと見れない、旦那様と同じこの眼は、一体誰から受け継いだものだったのだろうか? 

 ──考えたことがない、と言ったら嘘になる。

 でも、それを本気としたことは、これまで一度たりとも──! 

 

「シア!」

 

 アッシュの声が、スィンの耳朶を打ち、鼓膜を、心を震わせる。グッ、と食いしばった歯が、零れそうになる感情を押し留めた。

 大きく深呼吸をして、祖父に別れを告げる。

 

「今度説明してよね!」

「生きて戻ってくるんじゃぞ!」

 

 作業着のまま、抜き身の剣を振りかざして戦場へと舞い戻る彼を見送るまでもなく、来るとき使用した最下層直通の昇降機を作動させる。

 軍事用とはいえ、安全を考慮してか昇降機は一定のスピードでしか動かない。ゆるゆると降下していく昇降機にアッシュがいらいらと貧乏ゆすりをしている。

 それを落ち着かせるために、スィンは下を見るよう言いながら、ウインドボイス──風に音をだけを運ばせる古代秘譜術を発動させた。

 一行を追う兵士らは、住民によって大多数が足止めされている。

 市民による包囲網を強引に突破した禿頭の巨漢──第一師団長ゴールドバーグ──が逃げる一行に追いすがっていた。

 

「まて! その者は王女の名を騙った大罪人だ、即刻捉えて引き渡せ!」

 

 第一師団長の激に、市民から妨害を受けて浮き足立っていた兵士たちの動揺が鎮まる。武器を握る手に力がこもった。

 その気配を、ナタリアは敏感に察知し、とうとう足を止める。

 

「そうです! みんな、わたくしは王家の血を引かぬ偽者です。わたくしのために、危険を冒してはなりません」

 

 やはり、住民を盾とすることはどうしてもできないらしい。

「どうか逃げて!」という彼女の懇願を聞き入れる住民は、誰一人としていなかった。

 それどころか、ゴールドバーグの前には老若男女を問わぬ壁が形成されつつある。

 

「ナタリア様が王家の血を引こうが引くまいが、俺たちはどうでもいいんですよ」

「わしらのために療養所を開いてくださったのは、あなた様じゃ」

「職を追われた俺たち平民を、港の開拓事業に雇ってくださったのもナタリア様だ」

 

 口々に叫び、彼らは己を盾として一行の──ナタリアを守る障壁となった。その光景を、アッシュは思うことがあるらしくものも言わずに見つめている。

 しかし、その行為に感動するような心を彼は持ち合わせていないらしい。

 

「ええぃ、うるさい、どけ!」

 

 ただ、苛立ったように己の目の前を塞ぐ老婆相手に剣を振り上げる。

 刃の恐怖に体を震わせながら、それでも逃げようとしない老婆の姿に感心しつつスィンは軽く息を整えた。

 

「時の狭間にて揺蕩(たゆと)う者よ、奏でし調べに祝福を!」

 ♪ Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey──

 

 大譜歌のフィナーレ、第七番目、第七音素(セブンスフォニム)の力を備えた譜歌。

 第七音素(セブンスフォニム)は特定の属性を持たず、ただオールドラントの誕生から消滅までの記憶を有している、というのが一般的な見解だ。

 第七音素(セブンスフォニム)については謎も多く、未だ解明されていないことも多いが、この歌はそんな第七音素(セブンスフォニム)の持つ未特定の力を、完璧な形で有している。

 それは──時を操ること。

 

「ぬぅっ!?」

 

 振り上げられた剣が、主の意思を離れて空中に停止している。宙に浮く剣に誰もが動揺している間に、昇降機は最下層にたどり着いた。

 一定時間経過後に剣は主の手に戻り、今度こそ障害物をなます切りにしようとしたゴールドバーグにルークがたまらず飛びかかっていく。

 

「やめろ!」

「ええいっ! うるさいっ!」

 

 もみ合いになりそうになった二人の間に、走りよったアッシュが割り込み、そのまま突き飛ばした。

 

「アッシュ……!?」

「……屑が。キムラスカの市民を守るのが、おまえら軍人の仕事だろうが!」

 

 無様にもんどりうって倒れたゴールドバーグの咽喉元に抜き身の血桜をつきつけ、周囲の兵を威嚇する。

 組織とは基本的に壊滅を望めぬものだが、崩すのは比較的楽だ。なぜなら、一番初めに頭を叩き潰せば後は勝手に瓦解していくものだから。

 自分たちを指揮する人間を抑えられ、兵士は再び浮き足立つ。それを見逃すことなく、市民たちは質より量とばかり人海戦術に打って出ていた。

 ゴールドバーグをスィンが抑えているのを確認し、アッシュは一行に──否、ナタリアに振り向いている。

 

「ここは俺たちに任せろ。早くいけ、ナタリア!」

「……アッシュ……」

 

 すがるようなナタリアの顔を見て、彼は珍しく、ほんの少しだけ──柔らかく目元と口元を緩ませた。

 慈しむような、はにかむような。暖かい──はっきりと、笑みとわかる表情。

 

「……おまえは、約束を果たしたんだな」

 

 その顔を見、その声を聞き。

 ナタリアは感激に身を震わせ、けして悲しみではない涙をたたえた瞳をしばたたせた。

 

「アッシュ……『ルーク』! 覚えてるのね!」

 

 視線を、一瞬だけしか彼らへ移していないスィンからは見えないが、ナタリアはアッシュに駆け寄ろうとしたのだろうか。

 アッシュはそれまでの柔和な雰囲気を消し、わざと突き放すかのように怒鳴った。

 

「行け! ……そんなしけたツラしてる奴とは、一緒に国を変えられないだろうが!」

 

 二人の視線が、傍目からもわかるほど強く絡み合う。

 ナタリアの眼から、謁見の間より逃走した際浮かんでいた感情は、完璧に喪失していた。

 

「……わかりましたわ!」

 

 力強く頷き、アニスらに先導されてバチカルの外を目指す。

 後に続こうとしたルークの背に、アッシュは殴りつけるかのような罵声だか激励だかよくわからない言葉を送った。

 

「ルーク! ドジを踏んだら、俺がおまえを殺すっ!」

「……けっ。おまえこそ、無事でな」

 

 背中にいくつかの視線を感じたが、スィンはそれらを意図的に無視して血桜を一閃させた。衝撃波が、ゴールドバーグの体を吹き飛ばし、兵士を何人か巻き添えにして走る。

 ちらりと振り返れば、彼らは白光騎士団の用意した馬車に乗り込み、バチカルを後にしていた。

 幌に隠れて、その様子は見えないが、まもなく王女逃亡が知らされて兵士も退くに違いない。市民はどうか知らないが、こちとら城に乗り込んで偽王女逃亡に手を貸したまぎれもない罪人である。そろそろバチカルを離れなければ。

 アッシュに目配せをすると、彼はスィンの視線を敏感に感じ取り、剣を収めた。

 兵士らは未だ市民とのもみ合いを繰り広げている。二人はわき目もふらず、一目散にバチカルを飛び出した。

 街中を舞台とした喧騒が収まるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

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