the abyss of despair   作:佐谷莢

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第六十八唱——繰り広げられるは、局地的痴情のもつれ

 

 

 

「……なるほど。ガイラルディアもおまえも、奴らに事実を話した、というわけか」

「そうなる」

 

 ゆっくりと、ヴァンに向き直る。血桜に手はかけない。

 すっ、とヴァンの右手が動き、机の上に置かれていた何かを手に取った。

 漆黒の鞘持つ、肘から手首ほどの長さの短刀。

 それは、アクゼリュスへ向かう際ヴァンに向けて贈った、懐刀に他ならなかった。

 女性から短刀を渡すのは、絶縁を意味する。

 他者から知識を仕入れたのか、ヴァンはその意味を完全に理解している様子だった。

 

「これは、受け取れんな」

「……どうして」

 

 投げ渡されたそれを、その言葉に秘められる想いごと受け止める。

 冷静な彼にしては珍しいむき出しの感情が、言葉となってスィンに突き刺さった。

 

「忘れたか? 死が我らを別つまで、共に生きようと、互いに誓い合ったときのことを。このようなもので、私から逃げるのか?」

「……そうしようかと思ってたけど。そうはいかなかったから、こうして君の前に現れた。こうして、二人きりで君と話している」

 

 リグレットを昏倒させたのは、この話を──本音の出し合いを、他者に聞かれたくなかったから。

 ただそれだけだ。

 

「今この状態で、共に生きることが可能だと思ってる?」

「今からでも遅くはない、私と共に来い。それともおまえは、伴侶よりも主を──ガイラルディアを選ぶというのか」

「この期に及んでガイラルディア様を理由にはしないよ」

 

 どこか苛立ったように、スィンはヴァンをにらみつけた。

 そう思われるのは不本意だと、その想いをあらわとして。

 

「……ならばなぜ」

「僕がなんでもかんでもガイラルディア様のいうことだけ聞いてる人形だとでも思ったの!? 冗談じゃない、それとこれとは話が別だよ!」

「……そうは言っていない」

 

 激情を吐息と共に吐き出して。スィンは、軽く瞳を眇めた。

 眼前のヴァンではなく、まるで遠くでも見るかのように。

 

「思えば僕ら、ひどいめにあってきたね。預言(スコア)によって、誰も彼もが死んでいった。何もかもが失われてしまった」

「……」

「でもそれは、預言(スコア)のせいなの? 違うよね、ぶっ飛んだ預言(スコア)に従った連中の過ちであるはず。預言(スコア)は、関係ない」

預言(スコア)が発端であることもまた、事実だ」

 

 つき返された懐刀を抜く。

 漆黒の刃は煌くこともなく、受けた音素灯の光を飲み込んだ。

 

「これは人殺しの道具であると同時に、誰かを護ることだってできる。よく包丁が喩えられるよね。料理人が使えば立派な道具で、殺人者が使えば単なる凶器だって」

預言(スコア)も同じだと言いたいのか」

「……本当、単純な話。過去(うしろ)ばかり見ていたら未来(まえ)には進めないよ」

 

 懐刀を収めて、俯く。しかしそれは一瞬のことで、スィンはすぐに顔を上げた。

 感傷に浸って、不意打ちされたらたまらない。

 

預言(スコア)を消して、世界を取り替えて、どうなるの? 僕らの大切な人たちも、失った何もかもが戻ってくるわけでもない」

「……預言(スコア)を放置すれば、また同じことが繰り返される。預言(スコア)に縛られたこの世界を解き放つためには──」

預言(スコア)に縛られているのは、世界じゃなくて君だ!」

 

 泣きたくもないのに涙が溢れてくる。

 感情と共にこみ上げるそれを乱暴に拭って、ヴァンの腕を掴み揺さぶった。

 まるで夢の世界にたゆたう彼に、覚醒を促すかのごとく。

 

「お願い、思い直して。もうこんなことはやめて。一体、いつから間違ってしまったの──」

 

 ──沈黙。

 

 思いのたけをぶちまげたスィンの言葉を前に、彼は否、とも応、とも答えず、ただ沈黙を保っていた。

 数秒の刻を経て、ヴァンが何かを言おうとしたとき。遮るように、スィンは続けた。

 

「──とまあ、こんな感じのことを言って説得するべきなんだろう、本来は。今のは僕の本音だし、そうしてほしかったよ。だけどね……やっぱ無理だ。何を言ったって、たとえティアが体を張ったとしても、君は止まらない。止まる姿が想像できない」

 

 自分の正義を、曲げる人ではない。

 一度こうだと決めてかかった考え方を、臨機応変に修正できるような、そんな器用な男でないことは、承知していたから。

 

「だから、こうしてお別れを言いに来た。君は君の道を進めばいい。僕は別の道を行く。そして道が重なったとき、どちらが道を譲るのか……決着をつけよう」

 

 そして今。僕たちの道は重なっている。

 

「抜きなよ。僕たちを別つのが死別だけだと、あのときの誓いを君が取り出すなら、僕はそれに殉じて君を討つ。それだけだ」

 

 こつっ、と床を蹴り、距離を取った。

 ヴァンの大剣が届かない、それでもスィンが攻撃を加えられる。ぎりぎりの間合いにて深く腰を落とし、抜刀の姿勢を取る。

 押し黙りスィンの口上を聞いていたヴァンであったが、やがて不敵な破顔を見せた。

 

「それでこそ私の伴侶だ。説得を始めたときは、やはりお前も女かと、いささか失望を覚えたものだったが……お前はお前のままだな。道を違えたことが残念でならん」

「こっちの台詞だ」

 

 未だ抜かれる気配のない大剣を見つつ、減らず口を叩く。

 

「あのとき、無理やりにでも囮と称した船に乗せておくべきであったな。死霊使い(ネクロマンサー)の傍に置いたのは間違いだったか──」

「ジェイドが聞いたらきっと怒るよ。自分の不手際を、他人のせいにするなって」

 

 このとき、スィンは初めて扉の外に現在進行形で言い争いをしている数人の人間がいることに気づいた。

 いつの間に、誰が呼んだのだろう? 

 リグレットは未だ昏倒している。ヴァンが、スィンを捕まえるために人を呼んだのだろうか。よもや雑兵は呼ばないだろう。六神将あたりが二、三人いられると厄介だ。

 さっさと逃げた方が得策か──

 

「思い出話に浸るのも楽しいだろうけど、そろそろ起きようか。で、()らないの? 別れるのを承知してくれるなら、短刀かこの指輪、受け取ってよ」

「断る。おまえを手放すのは惜しい」

 

 なんとも我侭な言い分に、スィンは思わず、はん、と鼻で笑った。

 

「手放すには惜しい? その僕を、罠で殺そうとした奴の言うことじゃないね」

「おまえなら気づくと思っていた。そして制御を諦めて手を引くと思っていたのだがな。まさか、暗示を強引に解かれるとは思ってもいなかった」

 

 ……時間稼ぎ? 

 どうも先ほどからヴァンが何らかのアクションを起こす気配が見られない。

 時間を稼いですることといえば──罠? 

 

「……頃合か」

 

 ぽつりと、ヴァンが呟く声が聞こえた。

 はっ、と彼を見据えれば、机の上にあるスイッチを操作している。ぷしっ、という空気が抜けるような独特の音、何かが雪崩落ちるような音に思わず振り向けば、そこには。

 

「なっ……!?」

「……すまん。一旦研究所から出して宿へ行くよう指示したんだが……」

 

 扉に耳を押し付けていたため、いきなり開いた扉に反応できなかったのだろうか。床に這いつくばったアッシュがよろよろと起き上がる。

 同じように聞き耳を立てていたらしいメンバーも起き上がる中、なぜか一人無事な人が「久しぶりですねえ」とにっこり笑って立っていた。

 

「いやあ、すみません。あんまりにもアッシュが怪しいんで、ついてきちゃいました☆」

 

 この言い草。一旦研究所から出したはいいものの、アッシュが戻ってきたせいで、全員戻ってきてしまったということか。

 

「つ、詰めの甘い……」

 

 衝動のままに胸倉を掴んで揺さぶってやりたいが、ヴァンを警戒しながらそんな器用なことはできない。

 再びヴァンを見据えながら、どうしたものかと悩む。

 

「それより、あなたは初めからヴァンと戦うつもりだったのですか?」

「んなわきゃない。指輪も突っ返してそのままサヨナラしようと思ってたんだけど、成り行きでこうなった。僕はここで決着つけたいから、避難して避難!」

 

 ひらひらと後ろ手で逃げるよう促しても、ジェイドからは思いもかけない一言を貰っただけだった。

 

「いえいえ。お手伝いしますよ」

「さっきと言ってることが真逆じゃん! せっかくアッシュが収めてくれたのに」

「──これ以上、あなたを独りにしておくわけにもいきませんし」

 

 反射的に血が上る頬を無視して、ヴァンを見る。

 ヴァンはと言えば、やれやれと首を振って、じろ、とジェイドを見た。

 

「……妻に戯言を吹き込まないでもらえるかな? 死霊使い(ネクロマンサー)殿」

「これから離縁するのでしょう?」

「ちょい待ち大佐。ここへ来るまではアッシュと一緒だったし、今の今まで僕はヴァンといたわけで別に一人には……」

 

 こうなったら──不本意ではあるが、逃げた方がよさそうだ。そう思い、ひとつだけ懐に忍ばせておいた閃光弾を手に取る。

 ヴァン相手なら視界を覆う煙幕弾の方が効果的だが、最近作る暇がなかったため、現在ストックは閃光弾だけしかない。

 それを取り出し、投擲する直前。ヴァンが大剣を思わぬ素早さで抜き、接近してきた。

 狙いは──ガイ!? 

 

「貴様ぁっ!」

 

 閃光弾から素早く手を離し、ガイとヴァンの間に割り込む。

 本来敵の一撃をこのように受けてはならないと教わってきたが、今スィンのすぐ後ろにはガイがいる。下手な攻撃をしてガイに当てるわけにはいかない以上、こうするしかなかった。

 

「よりにもよってっ、ガイラルディア様に手を出すなんて、どういう了見──!」

 

 ぎりっ、と鍔競りあった大剣と血桜の接点に、大量の音素(フォニム)が溢れてきた。

 きんっ、と接点から波紋が生じる。

 この現象、前にどこかで──

 

「いけない! 超振動だわ!」

 

 超振動──ファブレ公爵邸で偶発的に起こったサザンクロス効果の発露!? 

 

「何を、考えて……」

 

 サザンクロス効果というのは、音素(フォニム)同士の結合により発生する莫大なエネルギーの総称であり、擬似超振動と呼ばれるこの現象は、偶然発生することなどあまりありえることではない。

 同じ音素振動数同士が干渉しあって初めて発生するものであって、今回スィンはここへ来る直前、第一音素の譜歌を使った。その名残をヴァンが感じ取り、第一音素を乗せた攻撃を仕掛けねば発生などしないのだ。

 だが、それを責める暇などない。

 

 急いで離れなければ、またおかしなところへ飛ばされてしまう! 

 

 少しでも気を抜けば血桜ごと叩っ切りそうな大剣を押し返すようなことはせず、刃筋を滑らせるようにして逃れんと横へ飛ぶ。合わせた刃同士が摩擦で火花を放ち、輝きが薄れ始めたそのとき。

 力任せに踏み込んできたヴァンに押し切られ、体勢が崩れた。その隙を突かれて腕を取られ、厚い胸板に無理やり顔を埋めるハメになる。

 剣と刀が離れ、代わりに接した体全体が音素(フォニム)の媒介となり、薄れかけた力がどんどん高まり──

 離れようと試みるが、どれだけもがいてもヴァンの腕が緩むことはなかった。

 

「ヴァン! 離してっ!」

「──」

 

 耳元に囁かれた言葉に、スィンはもがくのをやめた。

 輝きは膨れ上がり、傍目から見れば抱き合っているかのような二人を包み込む。

 

「スィンッ!」

「シア!」

 

 ガイの声、アッシュの声。

 それらを合図としたかのように、輝きは収束し、跡形もなく消え去った。

 

「……閣下!」

 

 最後に、いつ眼を覚ましたのかもわからない、リグレットの声が妙に耳の奥で反響する。

 どうせなら──

 それを思う間もなく、スィンの意識は眩い輝きに呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚醒は、いつかのときのように優しいものではなかった。

 ふと眼が覚めて、目蓋を押し開く。目の前に、ヴァンの顔があった。

 

「うわああぁっ!?」

「……失礼な奴だ」

 

 掴んだままの血桜を手に逃げる──もとい、間合いを取れば、彼はどこか呆れたように嘆息している。

 周囲を見渡せば、そこは岬の突端のような場所だった。ヴァンは海を背にして立っている。

 どこに飛ばされたのだろうか、それを不安に思う前に驚くべき光景を見た。

 視界の端に見えるは、紛うことなき第一音機関研究所の建物。

 

「やはりあの程度の超振動では、ここまで飛ぶのが精々だな。比較的放出エネルギーが少量だとされる第一音素ではせん無きことか……」

 

 確かに、ヴァンの方はともかくとして、スィン自身の力は譜歌を奏でた際に発生した音素(フォニム)の名残を利用されただけだ。ルークたちの場合とは、込められた力に差がありすぎる。

 この状況でシルバーナ大陸のど真ん中に飛ばされるよりはずっとマシだが。

 

「……まったく、無茶をしてくれる。よっぽど皆とは戦いたくなかったんだね」

「決闘を汚されるほど、不名誉なことはないからな」

 

 思いもよらなかった単語の登場に、スィンは鸚鵡返しで尋ねた。

 

「決闘?」

「お前は私に離縁を求め、私はそれを拒む。互いの要求が食い違うときは決闘で定めよと、二人して父上に言われたことがあるだろう」

「……ああ。『勝った奴の言うことを聞く』あれね」

 

 つまり結局、戦うのか。とはいえ、スィンに異存はない。

 ヴァンは離縁を、死別でしか認めないというのだったら、初めからそのつもりではあったのだから。

 変更点と言えば、あちらはスィンを殺すつもりはないのだろう。だから決闘という形を取った。

 スィンは、遠慮なく戦える。ヴァンは、少なくとも殺す気では戦えない。

 ハンデのつもりなのだろうか、だが容赦はしない。

 意図的に有利な条件だからといって、ヴァン相手に手加減などする余裕はないのだ。少ない好機は存分に生かさせてもらう。

 たとえそれが、のちにどのような後悔を生むとしても──! 

 

「それなら……始めようか」

「異存はないのか?」

「あるなら、とっくにここから離脱してる」

 

 ベルケンドへ入る際、下げていた袖を即席のタスキでたくし上げる。白衣の丈部分のボタンを素早く外して、足技を使えるようにしておいた。

 血桜を正眼に構え、大剣を同じように構えるヴァンを正面から睨みつける。

 そうしてスィンは、とある譜術の詠唱に入っていた。

 口元は隠していたつもりなのだが、それでもヴァンには音素(フォニム)の在りようで見抜かれたらしい。

 大剣を振りかぶり、一足飛びで接近してくる。

 

 あの構えは、確か──

 

 譜を口ずさむのをそのまま、スィンもまた走り出した。

 二人が衝突する、その地点にて。

 

「「双牙斬!」」

 

 完璧に近いタイミングで同時に放たれた技は、同じ角度で刃を噛ませ、お互いを刃こぼれさせる被害を負わせて剣の主は地に降り立つ。

 唱えられた譜術は、とっくに結ばれて効果を発揮しているのだが、相手にダメージを負わせるものではないために、ヴァンはうまく詠唱妨害できたと信じているようだった。

 海が近いというのに、潮騒を含まぬ風が、ふわりと二人を取り巻いていく。

 

 

 

 同時刻。

 消えた二人を巡り、居場所を特定する方法を模索していたリグレットにアッシュを含む一同は、急に奇声を上げて胸ポケットを探り出したガイに注目を集めていた。

 

「ガイ、どうかしたのか?」

「いや、今ちょっと反応が……お!」

 

 ガイが胸ポケットから取り出したもの。

 それはスィンが常に首から提げている、ペンダント仕様のロケットだった。

 

「それがどうかしましたか?」

「ちょっとな……よし、いける」

 

 ロケットの裏側に指を滑らせ、ことり、と床に置く。

 直後、蔦が巻きつく二輪の花の中心にはめこまれた小さなアクアマリンとガーネットが輝いたのと同時に、長方形の映像が浮かび上がってきた。

 

「これは……!?」

「ウインドビジョン。譜術はさっぱりだからしっかりとした説明はできないが、第三音素(サードフォニム)の古代秘譜術……とか言ってたかな。術者がはっきりとイメージできる物質を媒介に、自分を取り巻く映像を送信することができるとかなんとか……」

「何故今までそれを多用しなかったんです?」

「あいつがあの術を使ってこっちに送ろうとしない限りは使えないからだよ。多分今いる位置を知らせようとして──なっ!?」

 

 映像の中で、雪色の髪をなびかせた細身の人影と、大剣を振りかぶった壮年に見える剣士が、互いの武器を構えて激突する。

 両者は、同じ技を同じタイミングで放ちあい、鏡のようなシンメトリーの剣舞を披露して間合いを取った。

 そして二人は──休む間もなく剣技を繰り出しあう。

 雪色の髪に真紅の雫が降り注ぎ、まっさらな白衣に朱色の華が鮮やかに咲いた。

 追撃とばかり閃いた赤い刃が大剣と噛み合い、力比べをする前にあっさりと退いていく。

 長方形の映像から、文字が浮かび上がってきた。

 

『ガイラルディア様。反応があるのでご覧になっているものと思い、お伝えします』

「これ……スィンが思ってること?」

『ヴァンと死合いすることになってしまいました。最低でも相討ちに持ち込みたく思います。僕が負けた場合、囚われたふりして敵陣に乗り込みますので心配しないでいやだまけたくないかちたいガイさまのところにかえりたいください。探しには、来ないでくださいね』

 

 本音と思わしき、乱れた文字入りスクロールが流れている間にも死闘は続いている。

 不意に、ザザッとノイズが入ったかと思うと、少しずつ音声が入ってきた。

 追いすがるヴァンの剣戟を、スィンはバックステップを交えつつ、実に冷静に捌いている。

 

「無謀な戦いかと思いましたが、そうではなさそうですね」

師匠(せんせい)と、互角……! あいつ、こんなに強かったのか」

「そりゃ、だって、シアだし……」

「いや、それだけじゃないんだ。ヴァンやお前の使うアルバート流は、俺たちの使うシグムント流派と根本的に相性が悪い。一応弱点を補う流派なんだが、裏を返せば弱点を突くように戦えるんだよ」

「そう、なのですか?」

「それにスィンは、小さい頃からヴァンと競い合ってる。癖も手の内も知り尽くしているし、決して分が悪いわけじゃないんだが……それはお互い様だからなあ」

「でもヴァン師匠(せんせい)は、確かアルバート流の免許皆伝だって」

「……ああ、スィンも持ってるんだよ、シグムント流免許皆伝。あの二人、小さい頃は仲が悪かったらしくてな。喧嘩しては勝った方の言うことを聞く、を繰り返して、しまいにゃどっちが先に免許皆伝を取るかで競争したらしい。二人とも十歳の時に取った、って言うんだから、嫌になるよ……」

 

 キィン、キィンッ! という刃の交わりが響いてきた。

 開いた間合いは計算のうちだったのか。ヴァンは大剣を肩へ担ぐように構えて突き出した。

 

『光龍槍!』

 

 練り上げた剣気が黄金の輝きを伴って大剣の先から迸る。

 それを迎え撃つべく、スィンはヴァンとまったく同じ体勢を取った。

 

『轟破炎武槍!』

 

 刃に染められたが如き真紅の剣気が、黄金の輝きを真っ向から散らす。

 ほう、とヴァンの感嘆が聞こえた。

 

『驚いたな……シグムント派にこの技があるのか』

『……はっきり言ったらどう? 猿真似にも程があるよ、って!』

 

 感嘆の吐息が聞こえなかったのか、それを揶揄と受け取ったスィンが激昂したようにドスの効いた低音の返事を呟く。

 ふっ、という呼気の後に、ヴァンが独特の歩法で間合いを詰めに入った。

 

『襲爪雷斬!』

 

 突拍子もなく振りかざした大剣から小規模の雷がスィンへ迫る。慌てることなく、スィンはいつの間にか手にしていた棒手裏剣を空へ放り、雷の軌道をそらして一撃を回避した。

 空中にいるためか身動きの取れないヴァンに、浅くはあるが一撃を加えることを忘れていない。

 浴びた返り血で雪色の髪をまだらに染めたまま、立ち位置を入れ替えた状態でスィンはヴァンを見据えた。

 その息は静かだが、藍と緋の瞳は交戦による興奮か。磨き抜かれた刃の如き、ギラギラとした鋭い輝きに満ちている。

 

『美しいな……』

 

 息詰まるような対峙を経て、恍惚としたようなヴァンの呟きが風に溶けた。

 

『……何か言った?』

『戦乙女を束ねる気高き戦女神。勇者の魂を天へ導く採魂の女神。ユリアの再来と謳われるよりも、おまえはやはり、ブリュンヒルドを名乗るに相応しい』

『やめてよ、戦闘中に! 何度も言ってるだろ、僕を女神に喩えるな! それ多分女神に怒られるから!』

『褒め言葉だとわかっているのに減らず口か? 少し離れている間に随分天邪鬼になったな』

 

 ヴァンの言葉は外れていない。

 事実、スィンは顔を真っ赤に染めて、怒鳴りつけるように刀を振るっている。

 怒りとは程遠い、相手に悟られまいと必死に隠す、照れだった。

 

『人は──時の流れにその身を任すものは、常に変動を余儀なくされているんだよ』

『それはあの屑の話か? 主か、死霊使い(ネクロマンサー)のことか? それとも──私を切り捨てようとするおまえ自身の話か?』

『全部当たり。君だけが、それに反してる。時の川の流れを凍らせている』

 

 大剣が迫る。真っ向から受け止めず、刃筋を合わせて滑らせた。

 摩擦による火花が散り、まばゆさに比例した儚いその輝きにか、スィンの瞳が細まった。

 まるで睨みつけるように。

 

『何?』

『その恨みは、君を苦しめた連中に向かうべきものだったはず。でも君は違った。連中がもういないから、違う奴にぶつけた』

 

 血桜が無造作に振り上げられ、ヴァンの咽喉元へ吸い込まれるように突きつけられた。

 止めなければ間違いなく彼の首を貫通していた刃が、大剣に弾かれて行く先を見失う。

 

『虐待された子供じゃあるまいし、自分がされたことと同じことをルークにするなんて! この『烈破掌!』

 

 まるで弾劾の言葉をかき消さんと、ヴァンは掌底をスィンへ見舞った。

 逃げ切れる間合いではないため、直撃──

 

『獅子戦吼!』

 

 片や圧縮された闘気が技主の意により解放され、片や相手を吹き飛ばす技、片や獅子の吼える様を象る気の放出技。

 似て非なる技は中間点において接触し、相殺されることなく互いを吹き飛ばした。

 海を背にしたスィンは岬の方角へ転がり、ヴァンは反対方向へと弾き飛ばされる。

 受身は──成功。

 ほぼ同時に立ち上がった二人ではあったが、体格の差が災いし、スィンは大きく息をついている。

 

『大好きだった。もっともっと君を愛したかった。一緒に生きていきたかったよ……残された時間のすべてを使って、君の傍にいたかった』

 

 ヴァンは答えない。

 スィンの言葉が、すべて過去形であることに気づいてしまっているから。

 

『でも君はもう、勝手に自分の道を選んじゃった。僕はそっちには行けないんだよ! だから、さよならだ!』

『……別れを告げているとは思えんほど、情熱的な告白だな。死別を決意したは偽りか』

 

 実に苦々しいヴァンの呟きを耳にしたスィンは、ふっ、と笑みを浮かべて斜に構えていた血桜を正眼に構えた。

 

『そっちが先に口説き始めたんじゃないか。これが別れの言葉だと気づいてくれて嬉しいよ』

『おまえの言い分はわかった。だが何を聞かされようと、それを了承することはできん。手放したくない、私は変わらず、おまえを──』

『虎牙破斬!』

 

 好機とみたのか、聞きたくなかっただけか。

 真正面から飛び掛かったせいであっさりと回避されてしまったが、それでもスィンは満足げな表情を見せている。

 後者の線が濃厚だった。

 

『逃避か?』

『否定はしないよ。ただでさえ萎えそうになってるのに、そんなの聞いたら気持ちが折れる』

 

 大真面目な顔で答えるスィンに、ヴァンは大剣をわずかに握りなおしながら唇を歪めている。

 

『ふ……色仕掛けに屈するか? 私がもう少し口の回る男であれば、おまえを口説いて連れ去るのだがな』

『そんなことしなくても、僕の心は君のものだよ』

 

 好きだけど、愛しているけれど、双方の望むものには差がありすぎた。

 どちらを捻じ曲げるのも望まない。ならば──自分は彼を、このまま永遠とするだけ。

 

『……それを色仕掛けと言わず、なんと言う?』

『仕掛けじゃないよ。本当のこと。ただ、それより大事なものを優先させるだけ』

『どちらにせよ、私はおまえの首に縄をつけてでも連れて帰るぞ。私には、おまえが必要なのだ』

『あらまー特殊なプレイだこと……うん。その時は、死体引きずって帰ってね』

 

 開いてしまった間合いを詰める直前、大剣を片手にうつしたヴァンが空いた片手を前方へ突き出した。

 その唇は、明らかに譜術とは違う旋律を刻んでいる。これは──

 

『砕けよ!』

 

 ハッと大きく後退ると、目の前にサンダーブレードとは明らかに違う輝きが降り注いだ。それに留まらず、輝きは地面を砕き焦がす勢いで天より放たれ続けている。

 ジャッジメントか──! 

 ヴァンの動きに警戒しながらも、直撃を受ければ敗北間違いなしと断言できる白き雷を避けるように走る。

 不規則なそれを直感ですべて回避はやはり難しく、髪の端が焦げたのをきっかけにはためく白衣へ、足へ、腕へ、軽傷を負った。

 幸いと思うべきは、この術が第五音素(フィフスフォニム)によるものだということである。第三音素(サードフォニム)系統の雷なら、かすっただけでも大事だ。直接的なダメージがどれだけ軽くても、痺れはのちのち後を引き、敗北の原因となる。

 しかしそのように考えたところで、受けた傷の痛みが軽くなるわけでもなかった。

 ずきずきと、鈍痛は徐々に痛みを増していく。

 

『決定打には程遠いか……おまえには驚かされてばかりだ』

『見くびられたものだね。この程度で仕留められると思ったのか。いくら、もう若くないからってさ』

 

 魔を灰塵と化す裁きの光を回避する最中、術行使の余韻で身動きの取れなかったヴァンに上段から斬りかかったスィンが、その一撃を受け止められながら場違いなほど柔らかく微笑んだ。

 しかし、ヴァンは心なしか険しくなった表情で、自分に斬りかかる彼女を見つめている。

 

『……それだけではあるまい。その体、あとどれだけ使い物になる?』

 

 ──もともと、ベルケンドの医師を紹介したのはヴァンだ。

 そのつながりで本来隠匿義務のあるスィンのカルテを見ることくらい朝飯前──いや、単に医師の口から直接聞いたのかもしれない。スィンの担当医師であるシュウは、二人の関係を把握しているのだから。

 ともかく、もうそろそろ術を打ち切る必要があった。

 ゆらゆらっ、と画面が陽炎のように揺れる。

 

「スィン!? 何でそこで術を解こうとする!? やめろ!」

『では後ほど。明日までに戻らなかったら、死んだものだと思ってください』

 

 ガイの言葉を無視する形で、スィンは術を打ち切った。

 唐突に、横長の長方形が消えて失せる。

 

「っ!」

 

 硬直状態から解放されたリグレットが、映像が消え去るや否や部屋を、研究所を出んと走った。

 その動きをいち早く察知したアッシュがそれに続く。

 

「……どうしましょう。ここは、スィンを信じるべきなのですか?」

 

 それを見送り、困惑を隠すことなく誰ともなしに言ったのはナタリアだった。

 

「信じる信じないの前に、あいつどこに飛ばされたんだ?」

「映像の中にこの研究所らしい建物が見えたし、映像の解析度からしてすぐ近くだと考えていいと思う。けど……来るなっていうなら……」

 

 ルークの問いに場所の特定ならできる、と含めたガイが言い淀む。

 来るな、とはっきり言われてしまった手前、何も考えずに駆けつけるのはためらわれた。

 話し合わなければならないことも重なり、平常時なら心配のあまりさっさと足を動かしていたであろう彼は、顔をしかめて悩んでいる。

 ふう、と誰かがため息をついた。そして静寂は破られる。

 

「──では、あなたはここの宿で待機していてください。私は行かせて貰います」

 

 ガイの心情を察し、押し黙っていた一同の視線が発言者──ジェイドに集中した。

 

「リグレットとアッシュの様子を見るに、二人は場所の特定ができたようですからね」

「大佐、でも──」

「あれは、あのメッセージはガイにあてられたものでしょう? 私たちが従ってやる義理はありません。少なくとも、私にはね」

 

 それ以上一行を省みることなくさっさと退室したジェイドに続き、ティアが、ナタリアが、アニスが、続いていく。

 それを見送って、ルークは佇むガイの肩に手をやった。

 

「……ガイ。スィンと顔合わせたくないなら、ジェイドの言うとおり……」

「いや……行く。よくよく考えてみりゃ、従者に命令されるいわれはないしな」

 

 節穴でもない限り無理やり浮かべたとわかる笑みを浮かべ、床に置かれたロケット型のペンダントを拾い上げる。

 こいつも返さないと、と呟く彼の横顔は、どこまでも複雑なものだった。

 

 

 

 

 

 

 




とうとうこのときがやってまいりました。
原作ではさくさく物語が進んでいくところ、オリジナルキャラクターの設定により急遽ラスボスとの単身デュエル(笑)に突入します。
超振動について。本来同位体同士でしか発動しない設定のようですが、原作中ルークとティア間で発生したことを言い訳に意図的に同一音素同士を干渉させれば発生する、ということにしました。
夫婦喧嘩ならぬ痴話喧嘩が行き着く先こそどこだ。
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