the abyss of despair   作:佐谷莢

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第六唱——因果応報の序曲

 

 

 

 

 

「皆さん、見てくださいですの」

 

 言うなり、ミュウは口から少量の炎を吹いた。

 

「うわっ! こいつ火ぃ吹いたぞ!」

 

 ルークがおおげさなまでにのけぞると、イオンは声を立てて笑った。

 

「そういえば、チーグルは炎を吐く種族でしたね」

「はいですの! ミュウはまだ子供だから、ホントは火なんて吹けないですの。ところが! このソーサラーリングのおかげで、火が吹けるどころかいくら吹いても疲れないですの!」

「へー。ソーサラーリングってのは翻訳だけじゃないんだな」

 

 感心したようにルークがソーサラーリングを見ると、イオンは大きく頷いた。

 

「もともとは譜術の威力を高めるものなんです。響律符(キャパシティコア)の一種ですよ」

響律符(キャパシティコア)?」

 

 なんだそれ、と首を傾げると、イオンもまた不思議そうに首を傾げた。

 

「知らないのですか?」

「導師イオン。彼はちょっと、世間に疎いんです」

「悪かったなっ!」

 

 ティアのぞんざいな説明に怒鳴って見せるものの、事実である。

 スィンはボロがでないよう口を挟まないことにした。

 

「では、これをルークに」

 

 イオンはポケットから紋章のようなものを取り出すと、ルークに手渡した。

 何かの鉱石を加工したと思われるそれは、表に紋様、裏に文字が彫りこまれている。

 

「こいつが響律符(キャパシティコア)ってやつか」

「はい。響律符(キャパシティコア)というのは、譜術を施した装飾具のようなものです。最近は一般の方でもおしゃれの一環として普通に使っていますが、本来は譜の内容に応じて身体能力を向上させるものなんです」

 

 ふーん、と珍しげにいじくりまわしていると、彼は突然瞳を輝かせた。

 

「あ! もしかしてこれをつけると、お前が使ってたあの術! 俺にも使えるようになるとか!?」

「すみません。あれはダアト式譜術といって、導師以外は使えないんです」

「なーんだ……」

 

 落胆をあらわにするルークに、フォローを入れたのはティアだ。

 

「でも、響律符(キャパシティコア)を装着していれば、特殊な技能も身につけられるわ。使いこなすことができれば、十分強くなれる」

「そーいうもんか……そうだ。スィン!」

「はい?」

 

 そして彼は、一連のやりとりを黙って聞いていたスィンに声をかけた。

 

「お前もこういうの、持ってたりするのか?」

「ええ。一応。ですが、ルーク様には装着できませんよ」

「んなもん試してみなけりゃわかんねー……」

 

 言い終わるより早く。スィンは左の拳を突き出した。

 小指の根元には小さな銀環が光っている。

 

「試してみます?」

「……いや、いい……」

 

 自分の指とスィンの指を見比べ、しぶしぶあきらめる。

 意図はないだろうが、ルークのぼやきが耳に入った。

 

「スィンの譜術なら、と思ったんだけどなー……」

 

 ご無体を聞き流し、ミュウの案内によりライガの巣へ徐々に近づいていく。

 途中、ルークによるミュウの愛称命名や、チーグルはムカつくか可愛いかの議論が持ち上がったが、割と順調に奥地までたどり着いた。

 んしょんしょ、と大木の根でつくられた自然の段差を下ったミュウが小さな声で一点を指す。

 

「あそこですの」

 

 ──空気がすっかり変質していた。この辺りは植物が異常なほど繁茂している割に、動物の気配があまりない。

 同族以外は恐れて寄ってこないのだろう。

 一行はライガを刺激しないよう、天然の洞の中へ静かに近寄って行く。

 

「うーわー……」

 

 その姿を認め、スィンはほぼ囁き声で感嘆を洩らした。

 来る最中に幾度か交戦した眷属のライガ種とは明らかに違う。

 その巨体といい、全体的に澱んだ赤の毛並みといい。チーグルくらいなら視線だけで殺せそうな威圧感があった。

 

「あれが女王ね……」

「女王?」

「ライガは強大な雌を中心とした集団で行動する魔物なの」

 

 女王と聞いて、一瞬共通の人物を思い浮かべたルークとスィンであったが、すぐに打ち消した。

 

「ミュウ。ライガ・クイーンと話をしてください」

「は、はいですの」

 

 緊張した面持ちのイオンに頼まれ、ミュウはおそるおそる近寄っていく。

 その後を警戒しながら歩み寄ると、ライガ・クイーンは突然立ち上がり咆哮した。

 びりびりと周囲が振動するほどの気迫に押され、ミュウがこらえきれず後ろに転がる。

 

「おいブタザル! あいつはなんて言ってる?」

「た、卵が孵るところだから来るな……と言っているですの。ボクが間違ってライガさんたちのお家を火事にしちゃったから、女王様、ものすごく怒ってるですの……」

「卵って、ライガは卵生なのかよ!?」

 

 ミュウは頷いた。

 

「魔物は卵から生まれることが多いですの。ミュウも卵から生まれたですの」

「やばいね。卵なんて孵化したら……」

「その前に、卵を守るライガは凶暴性が増しているはずよ」

 

 険しい視線を女王に向けている二人を見る。

 

「なら出直すのか?」

「ですが、生まれた仔ども達は食料を求めて近隣の町へ大挙するでしょう」

 

 イオンもまた、厳しい目でライガ・クイーンを見つめている。

 

「どういうことだ?」

「ライガの仔は人を好みます。もし北の地でライガ達がそのまま暮らしていても、ほっといたらエンゲーブは壊滅でしたね」

 

 そういう意味ではチーグルの手柄かもしれない、とスィンは自嘲気味に呟いた。

 

「それって、人を食う……ってことか」

 

 ティアがかわりに頷いた。

 

「ミュウ、彼らにこの地を立ち去るよう言ってくれませんか?」

「は、はいですの」

 

 誰が聞いても、この状況では撥ねつけられるに決まってる提案だった。

 それでもイオンは、一縷の望みにかけてミュウを見守っている。

 

「みゅう、みゅみゅみゅう。みゅうみゅみゅ」

「グルル」

「みゅっ!? みゅうみゅうみゅ、みゅ……」

 

 ライガ・クイーンが再び咆哮を重ねた。更に強烈な振動が木を、土を、植物を震わす。

 めりめりっ、という音がしたかと思うと、ミュウの上に影が差した。

 土からはみ出し脆くなっていた根が耐え切れず、ひときわ大きな欠片が落下してくる。

 ルークはとっさに剣を引き抜くと、目の前の木片を弾き飛ばした。

 ぱらぱらと、木のくずが舞い散る。ルークたちなら当たったところでかすり傷程度だろうが、ミュウであったならば間違いなく潰されていた。

 

「あ、ありがとうですの!」

 

 それがわかったのか、ミュウはルークを振り仰いだ。

 

「か、勘違いすんなよ! 俺はその、イオンをかばったんだからなっ!」

 

 しかし、そんなことを言い訳している場合ではなかった。巨体を揺らし、ライガ・クイーンは殺意をにじませた瞳を一行に向けている。

 低い唸りを聞き、ミュウが泣きそうになりながらも伝えた。

 

「ボクたちを殺して、生まれてくる仔どもたちの、餌にすると言ってるですの……」

「冗談じゃねえ!」

「ぜひともお断りします」

 

 スィンが剣を引き抜き、ティアが杖を手に前へ出る。

 

「導師イオン、ミュウと一緒に後ろへお下がりください」

 

 気を引くね、と言い残し一足早くライガ・クイーンに接近するスィンの背中に、イオンたちを後ろへ下がらせるティアに言う。

 

「おい、ここで戦ったら卵が割れちまうんじゃ──」

 

 ちら、とのぞいたティアの双眼は、ひどく冷たい光を宿していた。

 

「残酷なようだけど、そのほうが好都合よ。卵を残してそれが孵ってしまったら、ライガの仔がエンゲーブを壊滅させてしまうでしょうから」

 

 それは一足先に戦っているスィンも同じ意見のようだった。

 卵を守るように一箇所から動かないライガ・クイーンに対し、四方八方から攻撃を仕掛けて隙を誘おうとしている。

 時折下方に向けられる刃は、足だけを狙っているようには見えない。

 

「くっそ……!」

 

 どれだけ剣を振るっても、豪奢な毛皮が刃をひどく滑らせる。

 剣を片手に持ち替え、漆黒の懐刀を逆手に斬りつけると、ようやく傷らしい傷が入った。

 痛みに逆上したライガが卵を守るのをやめ、突進の体勢に入った。間合いを計ろうとしたところに、ルークが参戦してくる。

 

「くらえっ! 双牙ざ──!」

「危ないっ!」

 

 懐へ突っ込もうとしている彼の腕を掴み、横に突き飛ばした。

 反動を利用してスィン自身も反対側へ飛ぶ。直後、ライガの巨体が跳躍し、着地した。衝撃で大地が揺れ、平衡感覚が失われる。

 スィンが突き飛ばさなければ、斬る前に潰されていただろう。

 すぐにライガへ密着し、巨大な前足の爪と鍔迫り合っているスィンを見て、ルークは横合いから斬りつけた。

 しかし、スィンと同じくして刃が滑る。通常の攻撃から技につなげても、結果は同じだった。

 爪をくぐりぬけ、懐刀でライガの片目を奪ったスィンが弾き飛ばされる。

 なんとか受身を取った彼女を見て、ルークはタタル渓谷での出来事を思い出した。

 ──そうだ。

 

「スィン! アレやれ!」

「ダメです!」

 

 何のことかは想像に難くない。

 しかし、ライガクィーンから視線をそらさぬままスィンは首を振った。

 

「こんなでかい奴……まだ体力もあるようですし、仕留め切れません!」

「かまわねえよ! 後のことは俺に任せろ!」

「……わかりました」

 

 時間稼ぎをお願いします、とスィンはせめて壁になれるようにとイオンの前へ移動した。

 ライガの気を散らせるため、ティアも更に前へ出る。

 ティアからの視線を受け取り頷いた。両方の剣を収めて胸の前で組み合わせる。

 

「……天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」

 

 スィンの足元に、譜陣が出現した。

 それを見て、イオンが息を呑む。

 

「これは……!」

「インディグネイト・ヴォルテックス!」

 

 対象の周囲に譜陣が展開したかと思うと、召喚された雷雲が一斉に帯電を始め、ライガ・クイーンを四方から電撃の嵐に包み込む。

 それに留まらず、雷雲は上空へ大量の雷性エネルギーを溜め込んだ。槌を振るうが如く、それが無数の刃となって降り注ぐ。

 地響きを伴い、ライガ・クイーンの巨体が倒れる。同時に、スィンが地に伏した。

 

「よっしゃ──あ?」

 

 喜ぶのは早かった。

 ルークの目の前で、ライガ・クイーンがよろよろと立ち上がる。

 毛皮が切り裂かれて血にまみれているものの、殺意はまったく失われていなかった。

 牙をむき出して、目の前のルークに襲いかかる。

 

「うぉっ!」

 

 一瞬前までルークの頭があった場所で、牙がかみ合わされた。がちんっ、と生々しい音が響き、火花が舞う。

 その動きはまったく衰えておらず、むしろ怒りをあおって更に凶暴化させているように見て取れた。

 

「スィンの奴……しくじりやがったな」

「仕留め切れない、って言ってたのに。『後は俺に任せろ』って言ったのは誰?」

 

 軽口を冷たい一言で返される。そうだけどよ、と呟きながら、ルークはティアの詠唱時間を稼ぐべく前へ出た。

 

「深淵へと誘う旋律──」

 

 あのとき自分たちの自由を奪った、清らかな歌が響く。

 しかし。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 それはライガの咆哮ひとつで吹き飛ばされてしまった。

 

「まずいわ……まったく効いてない」

「冗談じゃねえ! 何とかなんねえのか!?」

「──では、何とかして差し上げましょう」

 

 そう声がして、二人が後ろを振り向くと青い軍服を着た男が立っていた。

 眼鏡をかけ、緋色の双眼が特徴的なこの軍人は──

 

「カーティス大佐、なぜここに!?」

「詮索は後にしてください。見たところ相当弱っているようですから、私が譜術で一気に始末します。詠唱の時間を稼いでください」

 

 この状況で微笑みすら浮かべながら指示をするジェイドに、ルークは少なからず反発を覚えた。

 言われたのはスィンと同じ頼みだというのに、高圧的な態度が癪にさわる。

 

「偉そうに……」

 

 不満たっぷりの言葉を聞き流し、ジェイドが詠唱に入る。

 先ほどと同じくライガ・クイーンの気をそらすため接近すると、爪が無茶苦茶に振るわれた。

 

「くっ!」

 

 爪を剣で受け止める。スィンがやっていたように受け流そうとすれば、ライガ・クイーンが三度咆哮した。

 耳がおかしくなる。周囲にぱちぱちと不明瞭な音が聞こえたかと思うと、青白い光が炸裂した。

 

「がっ!」

 

 あっという間に地面へ叩きつけられ、視界がぶれる。目の前がちかちかして、口の中で血の味がした。

 

「ファーストエイド!」

 

 動かない体に悪態をついたとき、痛みが嘘のように消えた。

 振り下ろされる爪を後ろへ跳んで避ける。

 

「荒れ狂う流れよ──」

 

 そこへ、ジェイドのかすかな詠唱が聞こえてきた。

 

「──スプラッシュ!」

 

 ライガの上に巨大な雫が生まれ、それは激しい水流を叩きつけてきた。

 止まることをしらない水の勢いに飲まれ、今度こそライガ・クイーンは永遠に沈黙する。

 

「あっけないですねえ」

 

 あれだけ弱っていたなら当然ですか、とジェイドは眼鏡の位置を直した。

 

「……今のは……」

「水の中級呪文ね。譜術レベルは最上位というわけではないのに、威力が桁違いだったわ。ただの譜術士(フォニマー)ではなさそうね……」

 

 そう言って、ティアは倒れたスィンに歩み寄った。イオンが心配そうに介抱しているものの、あの時とは違って完全に気を失っている。

 ジェイドはというと、イオンの姿を認めて薄い微笑を浮かべ、振り返って洞の入り口へ呼びかけた。

 

「アニス! ちょっとよろしいですか?」

「はい、大佐! お呼びですかぁ?」

 

 たかたかたか、と軽快に駆け寄ってきたのは、少し癖のある黒髪をツインテールにした、導師守護役(フォンマスターガーディアン)とティアが言っていた少女だった。

 アニス、というらしい少女が来ると、ジェイドは片膝をついて何事かを囁いた。

 彼女の耳に直接言っているため、内容はまったくわからない。

 ことあるごとにこくこく頷いていたアニスは、ジェイドが顔を離すと上目遣いになって瞬きをした。

 

「えっと……わかりました。イオン様をちゃーんと見張っててくださいね?」

「もちろん♪」

 

 茶目っ気たっぷりに頷くと、アニスはイオンにぺこり、とお辞儀をして、風のように洞から飛び出していった。

 見送り、ルークはため息をついてスィンと、卵をみやった。

 肝心なところでスィンは役立たずだし、どちらの譜術か知らないが、卵は術の余波を受けて中身をさらしてしまっている。

 

「何か、後味悪ぃな……」

 

 ぽつりと呟いたその言葉を受け、ティアが応じた。

 

「優しいのね」

 

 冷たい言葉に振り向けば、冷たい視線とかち合った。どう考えてもほめているわけではない。

 

「それとも、甘いだけかしら」

「うっせぇ! 冷血な女だな!」

 

 スィンは沈黙し、イオンはおろおろと事の次第を見守っている。それはミュウも同じだった。

 

「おやおや。痴話喧嘩ですか?」

 

 こんな状況下でも実に楽しげなジェイドの一言に、二人はそろって抗議した。

 

「誰がっ!」

「カーティス大佐。私たちはそんな関係ではありません」

 

 冗談ですよ、と微笑したまま、ジェイドは続ける。

 

「それと、私のことはジェイドとお呼びください。ファミリーネームのほうはあまり馴染みがないもので──それより」

 

 ジェイドがイオンを見やった。

 かの導師はスィンをそっと地面に寝かせ、前へ進み出る。

 

「すみません、勝手なことをして……」

「あなたらしくありませんね。悪いことと知っていて、このような振る舞いをされるのは」

「チーグルは始祖ユリアと並ぶ教団の礎です。彼らの不始末は、僕が責任を負わなくては、と……」

 

 ジェイドは大きくなりすぎないため息をついた。

 

「そのために力を使いましたね。医者から止められていたにもかかわらず」

「……すみません」

「しかも民間人を巻き込んだ」

 

 イオンがますますうなだれる。

 

「おいおっさん!」

 

 その光景がどうにも腹立つもので、ルークは声を荒げた。

 

「謝ってんだろーがそいつ! いつまでもねちねち嫌味言ってねーで許してやれよ!」

「おや。巻き込まれたことを愚痴るのかと思ったら、意外でしたね」

 

 ティアやスィンも思ったに違いない。少なくともティアはわずかに目を見開いている。

 

「へっ」

「まあ、とりあえずはこのくらいにしておきましょう。ところで、そちらの方は死んでいるのですか?」

 

 横たわったままぴくりともしないスィンにジェイドが向かうと、脈を取るべく手を取る。

 ばしっ。

 

「……か、勝手に殺さないで……」

 

 何の意図があってか、スィンはその手を振り払った。立ち上がろうとして失敗し、地面に両膝をついて荒い息をしている。

 元気そうですね、と呟いたジェイドは、自分を睨んでいるスィンの瞳をまじまじと見つめた。

 

「ところで、ライガは──」

「お前が仕留めそこなったから、そこのおっさんがトドメを刺した」

 

 スィンの不手際をなじるような物言いにルークの心情を察して、スィンはそのままの姿勢で頭を垂れた。

 

「……申し訳ありません」

「まったくだ! もうちょっとで食い殺されるところだったんだぞ、この役立たず!」

 

 返す言葉がない、ということなのか、黙してルークの暴言を受けていたスィンだったが、ティアの呆れたような言葉で終止符が打たれる。

 

「あなた、もう少し身の程を知ったらどう? スィンがいなければ、そんな口が叩けたかどうかもわからないのに」

「うっせえ! 自分とこの──」

 

 言いかけて、ルークはふと思い立った。そういえば、スィンはナタリアの護衛従者だ。

 昔はスィンの自分の護衛従者兼子守り役だったと聞いているが、覚えていない。

 自分が誘拐された後、スィンは別件でバチカルを追放されたらしく、その後五年間ルークは彼女のことを知らなかった。

 ルークがスィンと初めて会ったのは、スィンの追放が解けた二年前の話だ。

 ルークが急に押し黙ったのを機に、興味深げにやりとりと見ていたジェイドが仕切りなおすように手を叩いた。

 

 ぱふっ。

 

「さ、一段落したのなら森から出ましょう。こんなところに長居は無用ですよ」

「ダメですの! 長老に報告するですの!」

 

 そうはさせじとミュウがルークの頭の上から抗議する。

 

「チーグルが、人間の言葉を……?」

 

 文字通り珍しい生き物を見る目つきでジェイドがミュウを一瞥すると、当のミュウはルークにゲシゲシ踏まれている最中だった。

 

「ソーサラーリングの力です。それよりジェイド、一度チーグルの住処に寄ってもらえませんか」

「わかりました。ですが、あまり時間がないことを念頭に入れておいてください」

 

 それに頷き、イオンは。ミュウを蹴り飛ばした後に再び意識を手放したスィンを背負おうとしているルークに振り向いた。

 

「ルーク、さっきはありがとう。もう少しだけお付き合いください」

 

 ここで拒否をしてもおそらくティアが許さない。ルークはちっ、と舌を打って立ち上がった。

 

「……しゃーねーな。乗りかかった船だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チーグルの長老に報告を済ませ、ルークがミュウの主人となった後、一行は出口へ向かって歩いていた。

 途中の交戦はジェイドとティアに任している。

 スィンを寝かせてあげなさい、というティアの提案によるものだった。

 

「ティアの治癒術では回復できないのですか?」

 

 不思議そうにイオンが言うと、ルークが無理無理、と手を振った。

 

「よく知らねーけど、治癒術ってのは怪我しか治せねーんだろ? こいつは譜術使ってぶっ倒れたんだ。眠らなきゃ回復しねえってよ」

 

 ルークの言葉に、ジェイドもいぶかしがって背負われているスィンを見る。

 

「譜術を使って倒れた……ですか」

「はい。彼女は先天的な身体の欠陥だとも、譜術士の才能が劣化しているとも言っていましたが」

 

 どういうことなんでしょうか、とティアが訊けば、ジェイドはふむ、と顎に手をやった。

 

「譜術が原因、ということはフォンスロットの異常か、うまく音素(フォニム)を取り込めていないのか……どちらでも該当しますね」

 

 体質といい、瞳といい、不思議な方ですねえ。

 しみじみと言うジェイドに、ルークが反応した。

 

「確かに目の色は違ってて珍しいっつか……」

「イオン様! おかえりなさ~い」

 

 少女の声が割り込んだ。

 見れば、アニスといったか、ツインテールの少女がにっこりと微笑んで手を振っているのが見える。

 

「あれって確か、お前の守護役だったよな」

「ええ。アニス・タトリンといいます」

 

 頼りになります、と続けるイオンに、胡散臭そうな目を向ける。

「あんなに小っこいのにか?」

「はい。アニスは若年ですが、優秀な人形士(パペッター)ですので」

 

 人形士(パペッター)、なる聞き慣れない単語にルークが首をひねっていると、ジェイドはさりげなくイオンを連れてアニスのそばへ向かった。

 

「ご苦労さまでした、アニス。タルタロスは?」

「ちゃーんと森の前まで来てますよ? 大佐が超特急で、って言うから頑張ってもらっちゃいました☆」

 

 ぱちんっ、と小さな手が指を鳴らした。

 それを合図に、あらかじめ潜んでいたのか武装した兵士たちが次々と現れ、ルークとティア、そしてスィンを取り囲んだ。

 

「おい、どういうことだよ!」

 

 ルークが怒鳴るも、彼はまったく取り合わない。

 

「そこの三人を捕らえなさい。正体不明の第七音素(セブンスフォニム)を放出していたのは彼らです」

「来い!」

 

 自分に手を伸ばしてくる兵士を睨むと、視線に気づいたのか兵士は乱暴にルークの胸倉を掴んだ。

 ルークが怒鳴る──瞬間。

 

烈破掌(れっぱしょう)!」

 

 細い腕が背後から伸びてきたかと思うと、胸倉を掴んでいた兵士が吹き飛ぶ。

 

「……マルクトの兵士は、捕虜に暴行を加えなければ連行できないほどの弱卒なのか」

 

 一気に囲まれたルークの前に立ち、スィンは剣の柄に手をやって睨みつける。

 眠って体力を回復させたためか足取りもしっかりしており、視線はジェイドにのみ送られていた。

 

「貴様ぁ!」

「待ちなさい。今のはこちらに非があります」

 

 一瞬即発の空気を和らげるように、倒れた兵士を収容するよう命令すると、ジェイドはスィンに向き直った。

 

「暴れさえしなければ、危害は加えません。主人を守りたいなら、大人しく従ってもらえませんか?」

 

 ちらりとティアに視線を送れば、彼女も頷いていた。

 剣の柄を握りしめていた手を緩め、だらりと投げ出す。

 

「──従いましょう」

 

 率先してルークの隣を歩き出した先、イオンがジェイドに話しかけたところを見計らってこっそり中指を突き立てる。

 兵士に見咎められ「暴れたわけじゃない」と開き直り。三人は無事、タルタロスなる巨大陸艦へ連行された。

 

 

 

 

 

 




ライガ・クイーンが倒せなかったのは、属性による耐性のせいです(多分)
回復が早いように感じるのは、虚勢を張っているため。あんまり本調子ではありません。
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