驚くノエルに事情を説明し、雪の舞うシルバーナ大陸に足を踏み入れる。
ケテルブルクへ向かう最中も、スィンはいつも以上に寡黙にして無愛想を貫き通した。
思い出すのも忌々しい手紙だったが、残念ながら書かれていることは事実だ。
いわく、おまえの秘密を知っている。隠匿を選ぶなら、ケテルブルクへ来い、と。
十中八九手紙は罠だ。スィンが誰なのかを知る人物は少ない。
はっきりと証拠のある特定はできなかったが、ディストあたりでないかとスィンは踏んでいる。かの奇人が下手人なら、もう一度頭をカチ割って今度は脳みそを引きずり出してやるつもりだった。
雪上馬車の御者が、ケテルブルクについたとの知らせが上がる。
アルビオールからここまで、変装することも忘れていたスィンが飛び降りると、同時に二人の男のやりとりが視界に入った。
「奴はここで手紙を書いた後、グランコクマ行きの船に乗ったらしいですぜ」
特徴的な髭面にシルクハットを被っていても禿頭だとわかる小男と、アッシュ。
小男の名は……ウルシー、と名乗っていただろうか。
「手紙……? 誰宛だ?」
「それが、もう貨物船に乗せられちまってわからないんでゲスよ」
「ちっ、わかった。おまえはベルケンドでノワールと合流しろ」
「合点で」
俊足とはいえない足取りで、ウルシーが去る。
手紙、というくだりに大きく反応していたスィンは、じろりと向けられたアッシュの視線で我に返った。小さな舌打ちが響く。
「……まだこんなところをうろついているのか。いい加減にしろ! ナタリア! おまえもだ、早くダアトに……!」
怒鳴るアッシュの言葉を無言で留めたのは、彼の胸倉を掴みかけてやめ、肩を掴んだスィンだった。
「スピノザ……ヴァンに密告の手紙を出したのかもしれない」
「!?」
「あいつ、いったんダアトに行ってそれから偽造旅券を手に入れたんだろ? スピノザ自身はおとりで、手紙が本物なのかもしれない」
間に合わなかったことに対する落胆もあらわに、スィンはアッシュの肩から手を離している。
「あと、今二人が……皆がここにいるのは、僕の我侭が原因だから。悪かった」
そのまますれ違うように走り去るスィンの背を呆然としたように見送り、アッシュは一同に振り返った。
「……何があった?」
「あなたがノワールと呼んでいた女性から渡された手紙を見て、ケテルブルクに行きたいと言い出したんですよ」
「ここへ来るまでもまったく落ち着かない様子で……何があったのか聞いても、結局答えてくれませんでしたわ」
ジェイドが、ナタリアがそう答えると、軽く腕を組んで思案し始める。が、すぐに首を振って黙考をやめた。
「わからないな。確かこの街には、あいつの母親の墓があったが……それが何か関係しているのかもしれない」
「お兄さん!」
そのとき、スィンが去っていった方角から聞き覚えのある女性の声がして、一同は声の主を見た。
ジェイドによく似た髪の色、わずかに茶の色合いが強い瞳。そして同じように端正な、眼鏡の知的美人、といった風貌の女性が息を切らして走ってくる。
「よかった、無事だったのね。今……」
いいかけて、彼女はいけない、というように自分で自分の口を塞いだ。
「どういうことですか? 無事だった、というのは……」
「……いいえ、なんでもないの。港のほうから連絡が来て、お兄さんが来てると聞いたわ。この間ピオニー様から手紙が届いて、お兄さんがケテルブルクへ来たら渡してほしい、って……」
急いで持ってきた、という便箋を受け取り、差出人と宛名を確認してからジェイドは封蝋を破った。
中の文面を一読し、ふう、と息を吐く。
「……仕方がありませんね。これから直帰します、返事は必要ありません」
妹を帰し、一同を見やる。
ネフリーが現れた時点で立ち去ったアッシュの背を見送り、またもルークがいらないことを呟きだした。
「怒鳴らなくたっていいと思うけどな」
言わずもがな、アッシュの話である。
しかし、それを賛同してくれる人は皆無だった。
「……そうね。怒鳴りたいのはこっちだわ」
「……う、うん。ごめん……」
決定はほぼスィンの発言によるものだが、それでもこの道程はルークが起因している。
スィンとて、おそらくルークの発言があったからついでに、とケテルブルクへ行くことを提案したのであって、ダアトへ行こうと全員が思っていたのなら、それを無理やり破ろうとなど彼女ならしない。
マイペースに見えても、協調性は人並みに重んじるスィンを知ってこそ、だった。
「とか言って、あれはグランコクマへ行く目だぜ」
「イオン様に会えるのいつなんですかぁ~、も~……」
「すみませんねえ、アニス。今度は私に用事ができてしまいました」
ガイ、アニスに続いて便乗するようにジェイドがグランコクマ行きを提案している。
「まあ、どうしましたの?」
「陛下から召集がかかってしまいましてね。おそらく途中経過の報告書をそろそろ出してほしいと言ってくるのでは、と考えます。それでも、スィンやルークがここへ来たい、と言い出さなければこの手紙を眼にすることもなかったので、今からダアトへ行っても私は構いませんが」
スィンに続いてジェイドの提案に、ルークは一も二もなく飛びついた。
「じゃあ、ついでだからグランコクマに行こう!」
「ついでは私の用事の方だということをお忘れなく。では、スィンが戻ってき次第アルビオールへ……」
「──ただいま戻りました」
ざくざく、と雪を踏みしめる音に反応すれば、変装していないことを思い出したのか、瞳を同色とし、雪の欠片が張り付いた眼鏡をかけたスィンがそこにいた。
その顔からは、ここへ至るまでにあった険が取れ、通常と変わらぬ冷静さが見て取れる。
「……落ち着いたようですね。歩きながら話しましょうか」
港へ向かって歩き出しながら、ジェイドはスィンにこれからどこへ行くのかを語った。
「なるほど。結局グランコクマへ行くんですね」
「はい。それで、差し支えなければここへ来た理由を教えてください」
これまで聞くことがためらわれた理由に、一同は興味津々をあらわとして彼女の話を待っている。
本当は差し支えあるんですけどね、と前置きをして、スィンはあっさり口を開いた。
「簡単に説明すると、僕の抱える秘密をばらされたくなければケテルブルクへ来い、っていう内容だったんですよ。で、今指定された場所へ行きましたが、単にあの手紙の差出人からのメッセージがあっただけで。腹が立ったので雪をかぶせて元の場所に置いてきましたが」
「秘密……」
「これは『あなたを討つ理由』にも関連します。だから、これ以上は黙秘しますよ」
新たに得たヒントを前に、ジェイドは黙考しスィンは話題をそらしている。
スピノザに密告を許したことが、この先どう影響してくるのか。
内心でそれを憂いながらも、スィンは我侭を言ったことにより、これからしばらくルークと一緒に料理当番を任命された理不尽さを一同に訴えていた。
「料理なんてめんどくさ~い~」
「ダメよ。思えばあなた、気が向いたときにしかやってくれないじゃない」
「だってアニスやティアのほうが美味しいんだもん」
「それ理由になってないよ……」
称号:ぐうたらシェフ(スィン)
やればできる。しかしやらない。実行に移すまでが実力の内。
やる気があるときは率先しても、やる気がなければ味まで微妙になる。
「そりゃやろうと思えばできるけど、もっと上手く作れる人がいるんだから。
食材だってより美味しく調理された方が嬉しいって多分」
もっともらしい言い訳を重ねて、あくまで動かないあなたに贈る称号。
さて、アッシュはいったいどうやって移動しているのでしょうか?
ダアトからケテルブルクへ船は出ているようですが、ケテルブルクからグランコクマへはどうやって?
そもそもスピノザは、ベルケンドからどうやって直でケテルブルクへ向かったんでしょうね。
しかも二人とも、アルビオールより早いというのだから驚きです。
まあ、アルビオールはもともと飛ぶのが専門で泳ぐのはオマケみたいなものだから、連絡船よりスピード出ないのかもですが。