the abyss of despair   作:佐谷莢

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第七唱——しっぺ返し

 

 

 

 

 足元から伝わる微かな振動と、鋼鉄製の壁の向こうから聞こえる音機関の駆動音を耳にしながら、スィンは部屋の様子をつぶさに観察する。

 さすが戦艦というべきか、より実用的な内装の一室に、三人は連行されていた。

 目の前では、中央に据えつけられた机を挟んでジェイドとイオン、ルークとティアが対峙している。

 イオンの横にはアニスが付き、ルークのそばにはスィンが控えている、という構図だ。

 更に入り口付近にはジェイドの副官らしき兵士がが立っており、おそらく外にも何人かの兵士がいる。

 何か起こったとき、最低でもルークを連れて脱出できるか否かといえば、難しかった。

 

「……第七音素(セブンスフォニム)の超振動は、キムラスカ・ランバルディア王都方面より発生。マルクト帝国領タタル渓谷付近にて収束しました」

 

 淡々と話すジェイドの口角がかすかに引き上げられる。

 目元が柔らかくなっているところを見るとおそらく微笑んでいるのだが、スィンには早くも、それが笑みには見えなくなっていた。

 

「超振動の発生源があなた方ならば、国境を不正に越えて侵入してきたことになりますね」

「けっ、ねちねちとイヤミなおっさんだな!」

 

 不快感もあらわにルークは吐き棄てたが、彼が動じた様子はない。それどころか、

 

「へへ~。大佐、イヤミだって♪」

「傷つきましたねえ」

 

 余裕しゃくしゃくだ。

 

「ま、それはさておき。ティアが神託の盾(オラクル)騎士団だということはイオン様から聞きました。あなたのフルネームを教えてください」

「──ルーク・フォン・ファブレ。お前らマルクトが誘拐に失敗した、ルーク様だよ」

 

 それを聞き、イオンとアニスが驚きに目を瞬かせたが、ジェイドは表向き表情を変えなかった。

 ただ、眼鏡の位置を直しただけである。

 

「キムラスカ王室と姻戚関係にある、ファブレ公爵のご子息というわけですか……」

 

 公爵、という単語を聞いて、アニスがうっとりと身悶えている。

 それを視界の端に入れながら続く会話に耳を傾けた。

 

「だったらどーだってんだよ」

「なぜマルクトへ? それに誘拐とは……穏やかではありませんね」

「何ぬかしてやがる! お前らが──」

「誘拐の件はこの際おいといて」

 

 それそうになった話題を、スィンは強引に引き戻した。

 事情を知る身ゆえ、事実の詳しい検証を避けたのである。

 

「此度の件はおそらく二人の第七音素(セブンスフォニム)が偶発的に引き起こしたものです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」

「おそらく、というのは?」

「ちゃんと観測したわけじゃないので」

 

 ふむ、と頷いたジェイドに、イオンが語った。

 

「ジェイド、嘘ではないと思います。彼らから敵意は感じません」

「でしょうね。温室育ちのせいか、世界情勢にも疎いようですし」

 

 馬鹿にしやがって、とルークはそっぽを向いたが、イオンの提案で顔を元に戻した。

 

「ここはむしろ、彼に協力を願えませんか?」

 

 数瞬の間をおいて、ジェイドはルークに向き直った。

 

「現在、我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国へ向かっています」

 

 勅命、という言葉を聞き、ティアは驚いたように口を覆っている。

 

「まさか、宣戦布告……?」

「宣戦布告って、戦争が始まるのか!?」

 

 するとアニスが笑って、否定するように手を振った。

 

「違いますよう、ルーク様v 戦争を止めるために私たちが動いてるんです」

「アニス。不用意な発言は避けてください」

 

 ジェイドにたしなめられ、アニスはちゃは☆と笑って誤魔化した。

 ルークとティアのやりとりを耳に入れながら、アニスの発言を推考してみる。

 

 戦争を止めるため、ということは、マルクトは和平でも申し込むつもりなのだろうか。

 マルクトの兵士だけではあまりに説得力がないから、導師イオンの協力を仰いで、皇帝の懐刀と名高いジェイド・カーティスに勅命を……

 そうなると、導師イオンが行方不明というのは──おそらく誤情報ではなく教団内の内部事情に関連するもの。

 ヴァン経由の情報では、保守派モース、改革派イオンに分かれてのローレライ教団内部分裂が勃発していると聞いている。

 

「ま、そういうわけですので、お力を貸していただけませんか? 戦争を起こさせないために」

「協力してほしいなら、もっと詳しい話を聞かせろよ」

「それは難しいですねえ。説明してもご協力願えない場合、あなた方を軟禁しなければなりません。ことは国家機密ですので。ですから、その前に決心を促しているのです」

 

 この言に、スィンは少し意外さを覚えた。

 問答無用で人質にしてキムラスカ王室に和平を迫るほうが簡単で借りも作れるというのに。

 それをあえてしないということは、マルクトは本気でキムラスカと仲良くしようと考えているのか。それとも導師イオンの手前、猫をかぶっているだけなのか。

 ルークはルークで何をさせられるのかわからないだけに悩んでおり、天井を眺めて沈黙を保っている。

 その間に、とばかりにジェイドが口を開いた。

 

「では、ルークの答えを待つ間、少々質疑応答に付き合ってもらいましょう──スィン」

「……」

 

 つとめて陽気に誘われた言葉を、スィンは嫌そうに眉をしかめて沈黙していた。

 

「あの、僕もスィンにお聞きしたいことが……」

「……なんですか、お二人とも?」

 

 沈黙を貫き通しては以後の交渉に差し支えるかもしれない。

 スィンは組んでいた腕をほどいて二人に向き直った。

 

「先ほどの誘拐とは、何の話ですか?」

 

 どうやら、無理に変えたあたりでひっかかってしまったらしい。

 

「──詳細は不明ですが、ルーク様はマルクトに誘拐され、それまでの記憶すべてを無くされた状態で保護されました。それが七年前の話です」

「おかしいですね。あなたはルークの護衛従者であるのに、詳細を知らないとは……」

「ルーク様の現護衛従者は僕の兄です。十数年前までは僕も護衛従者兼子守役でしたが、ある時を境にナタリア様──ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア王女殿下に気に入られて以来、僕はナタリア様の護衛従者兼傍仕えを務めております」

 

 キムラスカ王室唯一の直系にして第一王位継承者の名を聞き、ジェイドはそれでも平然とした顔をしていた。

 

「そうですか……ということは、先帝時代になりますねえ。その頃私は軍内部でそれほど重要な立場にはいなかったので……」

「あなたが関与していないことくらい、態度見ればわかりますよ。知っているのであれば、(まみ)えたその瞬間にルーク様を拘束していたでしょうし……それで、イオン様は何用で?」 

 

 頃合いを見計らって話題をすりかえる。

 現時点で嘘を言っていないのは確かだが、それでも話し続ければそのうちどこかに綻びが生じるだろう。

 わざとらしくイオンに質問の内容を聞くも、実はほぼ予想がついていた。

 

「あなたがライガ・クイーンに使った譜術のことなのですが──」

 

 来た。

 ぐっ、と拳を握りこむ。用意しておいた言葉を、頭の中で反復した。

 それは嘘とも事実とも違う、どちらも織り交ぜた説明にして、確認。

 

「あの術は、僕が見る限りダアト式譜術に酷似していました。あれは、どこで習得したものなのです?」

「……イオン様は、そのダアト式譜術の礎をご存知ですか?」

 

 探るような目で、イオンの新緑色の目を見つめる。

 もしも、もしも自分の予想が当たっていれば……

 

「いえ、知りません」

「古代秘譜術、のことですか?」

 

 予想的中したのと同時に、厄介な人の発言が入る。

 

「ジェイド。知っているのですか?」

「まあ、一応。とはいえど、専門外ですので存在しか私は知りませんが……」

「僕が使ったのはそれです。以前ダアトの図書室でその存在を知って、内容を詳しく解析した後個人で使えるレベルまで至ったものを使用しています。わかりやすく説明すると、ダアト式譜術に各音素を練り混ぜたもの、ですかね」

 

 まだ未完成ではありますが、と締めくくる。

 黙して思案している二人をよそに、スィンはルークへ目をやった。

 よくわからない内容がぽんぽん進められていることに、疎外感よりも混乱が際立ったらしく、きょとんとしている。

 

「ところでルーク様、いかがなさいます?」

 

 その言葉に、ふと我に返った様子でスィンを見やる。

 

「……お前はどう思うんだよ」

「世の中は大体がギブアンドテイクで成り立っています」

「はあ!?」

 

 わけわからん、と奇声をあげるルークに、スィンは一本指を突き出して見せた。

 

「協力して差し上げたらいかがです? 何をさせられるのかなら大体想像つきますし、イオン様が同行されるのであれば少なくとも人権侵害は免れると思いますよ。協力するかわりにキムラスカへ送っていってもらう。それでいいじゃないですか」

 

 よどみなく語られるスィンの弁に、ルークはほぼ納得していた。

 

「そんなもんかぁ? わかったよ。で、なんでこんなことになってんだ?」

 

 間接的にルークを説得したスィンに軽く黙礼をして、ジェイドは話を再開した。

 

「昨今、キムラスカとマルクトの間では小規模な小競り合いが頻発しています。このままでは、大規模な戦争へ発展していくでしょう。そこでピオニー陛下はキムラスカへ、和平条約締結の親書を送ることにしたのです」

「両国間の立場から、僕は中立として和平の使者を任されました」

 

 語られる内容に心中で頷きながら聞いていると、ルークがふと言い出した。

 

「それが本当の話なら、どうしてイオンは行方不明ってことになってんだ? ヴァン師匠(せんせい)はお前を探しに行ったんだぜ」

「それは……ローレライ教団の内部事情が影響しているんです」

 

 先ほどスィンが推察した内容を証明するカタチで、会話は続いていく。

 

「モースは戦争が起きることを望んでいます。僕はマルクト軍の力を借りて、モースの軟禁から逃げ出してきました」

「導師イオン!」

 

 イオンがここにいる過程の段階に差し掛かると、ティアは珍しく声を荒げて反論した。

 

「それは何かの間違いです! 大詠師モースがそんなことを望んでいるわけがありません。モース様は、予言の成就だけを祈っておられます」

「ティアさんは大詠師派なんですね、ショックですぅ……」

 

 アニスが呟けば、ティアは我に返ったように言いよどんだ。

 

「わ、私は中立よ。ユリアの預言(スコア)も大事だけれど、イオン様の意向も大切だわ」

「ティア」

 

 そのとき、何かを含むような言い方でスィンが口を挟んだ。

 ぜひ彼の反応が見たい。そんな面白半分で思いついた、屁理屈である。

 

「ティアの言い方だと、ちょっと見方を変えれば矛盾なくなるよ」

「……どういうこと?」

「大詠師モースは預言(スコア)の成就を願っている。でさ、仮に『戦争が起こるだろう』って預言(スコア)が詠まれていたとするなら、どうかな?」

「!」

 

 素早く一同の顔色を盗み見る。

 

預言(スコア)の成就を願う大詠師は、戦争を望む。ま、推測でしかないんだけど」

 

 言葉をなくしているティアに、口に手をやって驚くアニス。

 そして顔色に衝撃の強さが伺えるイオンをゆっくりと見た。

 

「……いやはや、えらく飛躍した発想ですね」

 

 ニュアンスの違いで意味が異なる感想を洩らしたジェイドは黙殺する。

 そこで、駄々っ子のようなルークの一声が入った。

 

「おーい! 俺を置いてけぼりにして、勝手に話を進めるな!」

 

 失礼しました、と頭を下げるスィンを苛ただしげに見て、ルークはテーブルを叩く。

 

「ああ、すみません。あなたは世界のことをなにも知らない『おぼっちゃま』でしたねえ」

「なんだと!」

 

 さらに不機嫌になるルークをなだめ、スィンはジェイドを軽く睨んだ。

 

「大佐。そこでからかうのは無しにしてください。ルーク様がへそを曲げてやっぱヤダ、とか言い出したらどうするつもりなんです?」

「それはもちろん、あなたが危惧しているような事態を引き起こすことになるだけだと思いますよ」

 

 その一言に顔を引きつらせてルークを見る。

 やはりよくわかっていないようで、眉間のしわが消えていない。

 

「教団の実情はともかくとして、僕たちは親書をキムラスカに届けねばなりません」

 

 イオンの言葉に、ジェイドが頷く。

 

「しかし、我々は敵国の兵士。いくら和平の使者だといっても、国境を越えるのは難しい。あまりぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります。そこで円滑に事を進めるためにはあなたの力──いえ、地位が必要なのですよ」

 

 なんともやる気を殺ぐような言い方に、スィンはこっそりとため息をついた。

 正直なのは結構なことなのだが、この男はどうしてそう嫌味な言い方しかできないのだろう。

 あなたの力が必要、の一言ですませてしまえば、ルークはいぶかしがりながらもうん、と頷いていたはずだ。

 事実、ルークは面白くもなさそうな表情でジェイドを睨んでいる。

 

「おいおい、おっさん。その言い方はねえだろ? それに、人にものを頼むときは頭下げるのが礼儀じゃねーの?」

 

 ティアの叱責をうるさそうにはねのけながらブーツをテーブルの上にドン、と乗せた。

 すかさずスィンが懐刀の鞘を軽やかに払う。

 緊張する面々を放っておいて、ルークの向こう脛めがけて振り下ろした。

 

「えい」

 

 鋭い音を立ててテーブルに刃が突き立つ。ルークはすんでのところで避けた。

 

「なんつーことすんだ、てめえはっ!」

「人に足の裏向けるなんて見苦しい真似しないでください。奥様がお嘆きになられますよ。今はまだ友好的の範疇にありますが、彼らの態度が一変したらどうするつもりです?」

 

 グランコクマの水路の肥やしになるのも、ザレッホ火山の火口から突き落とされるのも嫌ですからね、と涼しげな顔で嘯くスィンに、ルークの怒りは収まらない。

 

「刺さったらどうしてくれるんだよ、アブねー奴だな!」

「ティアが治してくれます。もとい、ルーク様ならきっと避けてくださると思いました」

 

 しれっとした顔で言い切る婚約者の従者にひと睨みくれてから、「で?」とジェイドの行動を促した。

 

『……ルーク。いい加減にしておけ』

「あ、はい! すいませんヴァンせん……へ?」

 

 突如重厚にして聞きなれた男の声──ヴァンの声が響いた。ティアも驚いたように視線をそこかしこに向けている。

 同じように視線を彷徨わせるルークだったが、すぐに発生源に気づいて声を荒げた。

 

「おまえっ……! またやりやがったな!」

「あはははっ! まーたひっかかった! ルーク様は単純~!」

 

 腹に据えかねた、とばかりにスィンへ掴みかかるルーク。

 楽しそうに、嬉しそうに逃げるスィンを興味深げに眺めながら、ジェイドは感嘆の息を吐いた。

 

「声帯模写ですか……これは見事ですね」

「すっごーい……総長そっくりだったよぅ」

「ええ……聞き違えたわ」

 

 鬼ごっこに一段落ついたところで、スィンは真面目な顔をしてルークの説得にかかった。

 

「ルーク様。その気になれば彼らは、あなたを人質にしてキムラスカに押し込む真似だって出来ます。そうなればマルクトに対し大きな借りを作ってしまいますよ。首を横に振ろうと縦に振ろうと結果が変わらないなら、穏便な手段を選びませんか?」

 

 邪気のない微笑みを向けられ、ルークは振り上げていた拳を下げた。

 ティアを見、イオンを見、渋い顔で「わぁーったよ」と呟く。

 

「叔父上にとりなせばいいんだな?」

「ありがとうございます。私は仕事があるので失礼しますが、ルーク様はご自由に。軍事機密に関わる部分以外はタルタロスを自由に見てもらってもかまいません」

 

 ほっとしたようにルークの解放を伝える大佐の顔色はすこぶるいい。

 なんとなく、微笑みにも元気があるように見える。ひと悶着起こさずに事を収めることができたからだろうか。

 

「呼び捨てでいいよ、キモイなー」

「わかりました。ルーク『様』──ところで、スィン」

「何か?」

「武装解除に応じていただけますか?」

 

 連行の際に暴れそうになったのが原因か、ジェイドは彼女の正面までやってくると手を差し出した。

 質問の形をとってはいるが、実質のところスィンに拒否権はない。

 嘆息して腰の剣を、懐刀を差し出せば、一応身体検査をするつもりなのか彼はスィンの肩に手を伸ばした。

 触れた瞬間、びくり、と体が震える。

 

「っ……!」

 

 まるでなにかの責め苦から耐えるように、服の上から武装の如何を確かめるジェイドの動きに歯軋りすらしながら、スィンは俯いて直立不動を保っていた。

 その様子をちらちら見ながら身体検査を続けていた大佐であったが、思いのほか武器らしいものはない。

 特にないようですね、と呟いて離れれば、彼女はほうっ、と息をついていた。

 

「スィン、どうしたの?」

「んー……別に何にも。緊張しただけ」

 

 微笑を浮かべてティアに向くその顔には、玉のような汗が浮かんでいる。

 その場の誰もが疑問を抱いている中、ルークは実にあっさりと事情を伝えた。

 

「あー、そういやお前男嫌いだっけな」

「違いますー。触れられるのが苦手なだけ、大佐みたいな人はむしろ好みですー」

 

 堂々と告白まがいをしてみせるスィンに、ジェイドは「照れますねー」とだけ呟いている。

 残念ながら嫌がらせにはならなかった模様だ。

 

「でもスィン、森から出てきたときルーク様にオンブされてなかった?」

「年下なら平気」

 

 アニスの質問に答えてから、うーん、と伸びをする。

 

「ルーク様。僕少し風に当たってきますね」

「お、おう……」

 

 失礼いたします、と速やかに扉の外へ出るスィンに続き、イオンが同じ理由で部屋から出て行く。

 

「ねえねえ、彼女大佐に惚れちゃったのかなあ?」

 

 なんだかきらきらした目でアニスがティアに問いかけているが、ルークはそれをあっさり否定した。

 

「ちゃうちゃう。あいつ、自分より年上でちょっと見た目がいいとすぐにそーゆーこと言い出すんだよ。こないだなんかヴァン師匠(せんせい)に色目使ってたし」

 

 兄さんに!? と驚くティアを置いて、なるほど、とジェイドが頷いた。

 

「だから本気にしねーほうがいいぜ、ジェイド」

「ご助言、ありがとうございます。では、私はこれで」

 

 爽やかな笑みを残しジェイドが退出すると、ルークは少女二人にチーグルと取り残される。

 さてどうしたものかと考えた矢先、アニスはルークの前にちょこちょこと移動した。

 そして上目遣いに首を傾げる。

 

「あのう、ルーク様v もしよろしかったら、艦内を案内しますけど?」

「あ? そうだなー、んじゃ頼むわ」

 

 出て行く二人を見送りかけ、ティアはとてとてついていくミュウの後を追って結局船室を出た。

そうして一行はタルタロスをゆく。

 アニスによるタルタロス内部の解説を受けている際、廊下に備え付けられた伝声管に向かって何事かを話している大佐に出会った。

 両手に花の状態で艦内散策を楽しむ彼らの姿を視界に収め、ジェイドが口を開こうとした、その瞬間。

 

「な、なんだ!?」

 

 突如警報が鳴り響いた。

 危険を知らせるアラームでしかないはずだが、鳴っているだけで不安を促すそれは、あまり長く聞いていたいものではない。

 

「敵襲?」

 

 杖を手に持つものの、それほど緊張していない様子のティアが誰ともなく呟く。

 アニスがわざとらしくルークの腰にしがみつくのに対し、ジェイドは完全に落ち着いた様子でそばの伝声管を操作し、話しかけた。

 

艦橋(ブリッジ)、どうした?」

『前方二十キロ地点上空にグリフィンの大集団です!』

 

 ざっと耳障りな音がした後、人の声が届いた。

 

『総数は不明! 約十分後に接触するものと思われます! 師団長、主砲一斉砲撃の許可を願います!』

「艦長はキミだ。艦のことは一任する」

『了解! 前方二十キロに魔物の大群を確認! 総員、第一戦闘配備につけ! 繰り返す、総員、第一戦闘配備につけ!』

 

 ばたばたとした気配が伝声管を伝ってくる。

 ジェイドは三人と一匹に向かうと厳しい表情で船室に戻りなさい、と伝えた。

 

「なんだ? 魔物が襲ってきたぐらいで……」

「ルーク。グリフィンは本来単独で行動する種族なの。普段と違う行動を取る魔物は危険だわ」

 

 動物だって危険の前兆なのに、と続けるティアに、ルークは余裕たっぷりに言い返そうとした。が。

 

「──わっ」

 

 轟音とともに、鈍い振動が断続的に響く。

 主砲が発射されたのであろう、遠くから悲鳴のようなもの、おそらく魔物の断末魔がかすかに聞こえた。

 誰もが黙りこくっている。続いていた射撃音が途切れた頃、これまでにない激しい揺れが艦内を大きく揺さぶった。

 音機関の駆動音が遠くなり、やがて完全に聞こえなくなる。

 

「どうした!?」

『グリフィンからライガが投下! 艦内に入り込まれ、機関部を──!』

 

 音声が途切れ、何かを裂くような音、何かをかきむしる音、聞くに堪えない悲鳴が混じりあった音が響き──沈黙した。

 

艦橋(ブリッジ)! 応答せよ、艦橋(ブリッジ)!」

 

 しかし答えはない。ジェイドは顔をしかめて伝声管を閉じた。

 

「ライガってあの、お前んとこの森で倒した魔物だよな?」

「そ、そうですの……」

 

 震えるルークの問いに、ミュウが頷く。

 ライガ・クイーンの姿が浮かび、ルークはぞっとした。食い殺されそうになった恐怖はいまだ忘れていない。

 

「じょっ、冗談じゃねえ! あんな魔物がうじゃうじゃ来てんのかよ! 俺は降りるからなっ!」

 

 半ば恐慌状態になって廊下を走るルークの背中に、ティアが呼び止めんと声をかけた。

 

「待って! 今外に出たら危険よ!」

 

 制止する声を振り払ってルークは廊下を駆けた。

 直後、彼の傍にあった隔壁の扉が開き、その体が壁に叩きつけられる。

 

「ご主人様!?」

 

 ミュウが叫ぶ頃にはもう、ルークは一振りの大鎌で壁にはりつけられていた。

 

「ひっ!」

「……大人しくしてもらおうか」

 

 重厚にして渋い低音が反響し、ルークを吹き飛ばした大男がのっそりとジェイドたちの前に立ち塞がった。

 巨大な体躯には黒を基調とし、真紅のラインで縁取られた外套をまとっており、片手で持った大鎌は、いつでもルークの首を刎ねる用意ができている。

 身構えていた彼ら──譜術を発動させようとしていたジェイドは、仕方なしに詠唱をとめた。

 

「それでいい。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐──いや、死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド」

 

 ゆっくりと前へ出るジェイドを見つめ、ティアが驚愕したまま呟く。

 

死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド……あなたが……!?」

 

 フ、と彼は自嘲気味に笑んだ。

 

「これはこれは。私もずいぶんと有名になったものですねえ」

「戦乱のたびに骸を漁るお前の噂、世界にあまねく轟いている」

「あなたほどではありませんよ。神託の盾(オラクル)騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」

 

 そこで、ラルゴの片手がかすかに大鎌を握りなおした。わずかに動いた鎌刃がルークの首筋に迫る。

 

「だが、噂はしょせん噂だな。こんな坊主一人のために、みすみす勝利を逃すとは」

「色々と事情がありましてね」

 

 息詰まる舌戦が繰り広げられている間にも、甲板へ繋がる昇降口からは剣戟と、兵士たちの断末魔が聞こえてきた。

 

「それはこちらも同じこと。いずれ手合わせ願いたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」

「それには応じられませんね」

 

 隙をうかがっていたティアとアニスが動こうする、が。

 

「おっと! この坊主の首、飛ばされたくなければ動くなよ」

 

 牽制され、ティアが無言で唇を噛む。やれやれ、とジェイドはラルゴを見やった。

 

「あなた一人で私を始末できるとでも?」

「貴様の譜術を封じればな」

 

 不意に、ラルゴが手でもてあそんでいた箱を放り投げた。

 箱はくるくる回りながらジェイドの上空で静止し、不気味な青い光を放つ。

 光はジェイドを包み込み、彼は苦しげに呻いて膝をついた。

 

「まさか、封印術(アンチフォンスロット)……!?」

「そうだ」

 

 ティアの呟きに対し律儀に答えてから、ラルゴは初めて大鎌を両手で握った。

 

「導師の譜術を封じるために持ってきたが、こんなところで使う羽目になるとはな」

 

 ルークが解放される。そのとき。

 

「ウダウダうぜぇんだよ、このデカブツがぁ!」

 

 どこかで聞いたような、聞かないような罵声に、ラルゴが思わず振り向きかけた。

 弾丸のように飛んできたとび蹴りが巨漢の側頭部に埋まる。

 よろめくラルゴを更に足蹴にして、床に降り立ったのは。

 

「「……スィン!?」」

「大丈夫ですか、ルーク様!?」

 

 ラルゴをのぞく全員の声を無視して、へたりこむルークを安全圏へと引きずっていく。

 

「アニス、イオン様が拉致られた! 早く行ったほうが……!」

「行かせるか!」

 

 スィンの言葉にいち早く反応し、ラルゴの脇をアニスが走り抜けようとした。

 妨害すべく立ち塞がるラルゴを、立ち上がったジェイドがいつのまにか取り出した槍で牽制するようにして気を引く。

 結果、ジェイドとラルゴの位置が入れ替わり、アニスは無事戦場を通り抜けた。

 

「イオン様をお願いします! 落ち合う場所はわかりますね!?」

「大丈夫っ!」

 

 言葉少なに駆け去った少女を見送り、ジェイドが堂に入った構えを取った。

 更に、ミュウへ指示を出す。

 

「ミュウ! 第五音素(フィフスフォニム)を天井へ!」

「は、はいですの!」

 

 スィンに護られる主人の姿を確認しながら、ミュウが天井へ炎を吐いた。

 炎は音素灯に着弾し、急激に温度を上げた譜石は閃光を放つ。

 

「ぬおっ!」

 

 ようやく頭がはっきりしてきたところで今度はまばゆい光をまともに見てしまい、視界を奪われたラルゴが、めちゃくちゃに大鎌を振り回した。

 

「ひ……っ、うわあっ!」

「ルーク様!」

 

 巨大すぎる鎌が間合いの外まで飛び、逃げ遅れたルークの眼前に迫る。刃が迫る視界に、金色のなにかが覆いかぶさった。

 突き飛ばされ、廊下に倒れこむ。なんとか起き上がった彼が見たものは、得物を失ってジェイドの槍を左胸に受けたラルゴと、そして。

 常に束ねている髪をざんばらに撒き散らし、うつぶせに倒れているスィンの姿だった。

 

 

 

 

 

 




オリジナルキャラクタービッチ疑惑浮上《笑》 
年齢制限つきの異性恐怖症という設定ですが、果たして真相やいかに。
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