the abyss of despair   作:佐谷莢

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第七十九唱——凍てつかせた傷を、心を溶かすのは

 

 

 

 

 そんなこんなでやっと辿りついたダアトは、以前と比べて随分人が少なくなっていた。定期船の運航が再開されたためだろう。

 得体の知れない事態に家を空ける気にはなれないのか、どことなく寂れているような感もある。

 それでも、一行の中に根付く屈辱的な記憶は薄れていない。

 当時を思い出したのか、教会を前にしたルークが周囲を気にしながら言った。

 

「今度はモースに捕まらないようにしないとな」

「モースはきっと、まだバチカルにいる筈ですわ」

 

 ナタリアはそう言うものの、ジェイドの意見の可能性は捨てきれない。

 

「そうですね。でも、六神将がここに残っているかもしれません」

「気を引き締めていきましょう」

 

 ティアがそう締めくくると、アニスがうつむきがちになりながら小さく言葉を呟いた。

 

「……ごめん。パパ、ママ」

 

 ──なぜ彼女があの二人に罪悪感を覚える必要があるのだろう。

 

 スィンは疑問を覚えたが、耳ざとく呟きを耳にしたルークには、言葉の断片しか聞き取れていないようだった。

 

「ん? パパ? パパって言ったか?」

「う、ううん。パパたちに聞けば、六神将がどうしてるかわかるかもなぁ……って」

 

 呟きをルークに指摘されたアニスは、心なしかわてわてといいように取り繕っている。

 和えかな呟きを完璧に聞き取ったスィンは不審に思ったものの、他には誰もそうは思わなかったらしい。

 

「そうか。アニスの親は、ここに住み込んでるんだったな」

「よし、話を聞いてみよう」

 

 そうと決まったらこっち! とアニスの先導に、一行はダアトの街を抜け、教会へと至った。

 前回起こしたひと悶着の余韻か、人々の視線が気になるものの、今のところ大事には至っていない。

 教会内でも、教団関係者であるティアとアニスがいるおかげか、特にこれといった障害もなく一行はとある扉の前へたどり着いた。

 コンコンッ、とアニスが扉を叩けば、「はぁい」と柔らかな女性の声がして、あっさり扉は開く。

 あいかわらず、呆れるほど警戒心がない。

 かちゃり、と開いた扉の先には、質素な教団服に身を包む女性──パメラ・タトリンの姿があった。

 

「ただいま、ママ」

「まあ、アニスちゃん!」

 

 どこかぎこちないアニスの態度を気にした様子もない。あるいは気づいていない様子で、彼女は娘の姿を認めるなり歓喜に満ち溢れた笑顔を振りまいた。

 

「おかえりなさい。さあ入って、皆さんも──あら?」

 

 扉の奥へ一行を誘おうとしたパメラは、ふとスィンの顔に目を留める。

 

「ママ?」

「どこかで……お会いしたような……」

 

 パメラと目が合う瞬間、自己紹介もせずひょいと顔を背けるに留めたスィン。

 そんな態度にもめげず小首を傾げてスィンをじーっ、と見つめ続けるパメラ。

 沈黙に耐えかねたか、一行の不審なものを見る視線にめげたか。

 音を上げたのはスィンだった。

 

「……お久しぶりです、パメラさん」

 

 眼鏡を取り、青く染めていた髪色をデフォルトに戻してカラーレンズも取る。

 その変化に驚く暇もなく、彼女は目を見開いて驚愕した。

 

「ブリュンヒルドさ……!」

「しーっ!」

 

 その名を叫ばれて誰かに、特にいるかもしれない六神将に感づかれても困る。

 慌てて黙らせると、「あ、そうか!」とアニスが叫んだ。

 

「ママ、シアとは顔見知りだっけ」

「ええ、そうよ。でもブリュンヒルド様、なぜマルクトの軍服をお召しに?」

「──詳しいことは話せませんが、今教団の緊急招集から逃げているんです。変装中なので、このことは内密に」

 

 不思議がる彼女にどうにか約束を取り付け、狭いところですが、と室内へ誘われる。

 あまり広いとはいえない部屋の中、壁にもたれかかっている巨大サイズのトクナガが唯一のインテリアらしく、それさえ取っ払ってしまえば殺風景としか言い様がなかった。

 そのトクナガを「かわいい……v」と隣に立つティアがひっそり呟いているのが聞こえる。

 しかし一行は父子の再会に気を取られ、それに気づいたのはスィンただ一人だった。

 

「やあ、アニス! 聞いたよ。イオン様からお仕事を命じられて、頑張っているそうじゃないか」

 

 ──彼女の親がこのように喜ぶということは、導師守護役(フォンマスターガーディアン)の解任は正式に受理されたものではないらしい。

 または、導師守護役(フォンマスターガーディアン)から派生して彼直属の兵士という立ち位置になったか。なんにせよ、クビ扱いでなくてよかった。

 偽りとはいえ、解雇された当時を思い出したのか。アニスはひきつった笑顔で生返事を寄越すと、本来の目的を尋ねた。

 

「パパ、ママ。六神将の奴ら、どうしてるか知ってる?」

「まあまあまあ。そんな言い方よくないわよ、アニスちゃん」

「ぶー」

「あはははは。アニス、ふくれっ面しちゃ駄目だぞ」

 

 微笑ましい親子の会話である。だが、今はそれどころではない。

 

「そんなことより、六神将とか大詠師モースは? 何してんの?」

 

 娘の再度の質問に、二親は小首を傾げて交互に彼らの居場所を口にした。

 前々から思っていたことだが──やっぱり似たもの夫婦である。

 アニスがこうなのは、きっと反面教師に違いない。

 彼女の夢見る玉の輿も、半分は両親の老後を思ってのようだし。

 

「モース様とラルゴ様、ディスト様はキムラスカのバチカルへ行かれたよ」

 

 あの連中に様付けされても正直気色悪いだけだが、彼らにそれを言っても仕方ない。

 

「リグレット様はベルケンドを視察中よ」

 

 ベルケンド? 

 あの老研究者達の姿が浮かぶ。もしもスピノザが、ヴァンに地殻制止の計画を密告していたとしたら──

 嫌な予感がする。

 スィンはアッシュにかかるリスクのことも忘れて、彼に呼びかけた。

 

『アッシュ、頼みがある』

『……っ、なんだ』

『嫌な予感がするから、ベルケンドの研究者たちを──シェリダンあたりに移して! ベルケンドにリグレットがいるっぽいから、悟られないよう注意して!』

 

 じゃっ! と一方的に言いつけ、切断する。

 アッシュには悪いが、手遅れになってからでは遅いのだ。

 

「シンク様は、ラジエイトゲートへ向かわれたな」

「アリエッタ様、アブソーブゲートからこちらに戻られるって連絡があったわ」

 

 誘われているのかと思うくらい、今のダアトは無防備だった。

 年少者二人の行った先は気にかかるものの、一同はさっぱり気にしていない。

 

「お、ちょうどもぬけの殻だな」

「今のうちに、イオン様を連れ出しましょう」

「そうですわね」

 

 好都合だとルークが喜び、善は急げとティアが提案し、ナタリアが合意する。

 

「イオン様は、どちらにおいでですか?」

「先ほどまで図書室においででしたけど、そろそろお部屋に戻られるお時間だと思いますよ」

 

 ジェイドがパメラに尋ねれば、彼女は小首を傾げて快く彼の人の居所を教えてくれた。

 

「よし。イオンに会いに行こうぜ」

 

 ──大丈夫かな? 

 夫妻に礼を述べ、導師の部屋へと続く譜陣の敷かれた部屋へ向かう。

 その最中にも、スィンはこの状況に戸惑うばかりだった。

 都合があまりにも良すぎる。そういえばヴァンの居所を聞き損ねたが、もしも導師の私室で彼が待ち受けていたとしたら? 

 戦いになるのだろうか。それよりも、果たしてあのときのように戦うことは出来るのか──

 

「──臆病な人間は、常に最悪の事態を予想してしまうものなのだそうです」

 

 唐突に、そんなジェイドの呟きが聞こえた。

 

「どうしたんですか、大佐? いきなり……」

「楽観的な人間は常に最高の状況を夢想する、というわけではありませんがね。最悪の事態のみを想定していると視野が狭まります。もう少し柔軟に物事を見たほうがよろしいかと」

 

 不思議がるティアをさておき、ジェイドはそのまま言葉をしめくくった。

 誰に向けたものなのかは彼しか知らないが、おりしもスィンの気がかりと合致している。

 意識しなかった暗い顔に嫌味を言っているのか、慰め、と解釈するべきか。

 微妙なところだった。

 

「──」

「おや、無視ですか? 傷つきますねえ」

 

 ……とりあえず、反応、しなければいけないらしい。

 

「大佐の物言いが突飛過ぎてびっくりしちゃって」

「ははは。びっくりという割に顔は驚いていませんが?」

「びっくりし過ぎて、固まっちゃったんですよ」

 

 突如始まったやりとりに一同が言葉を失くして見守る中、スィンは脱線しかける話題を取り戻すべく呼気を吐いた。

 

「もし、万が一、まさかとは思いますけど、それが慰めなのだとしたら」

「だとしたら?」

「似合わないですよ」

 

 困ったように微笑んでみせるスィンに、ジェイドは軽く目を見開いている。

 強烈な皮肉が返ってくるだろう、と想定していたことがよくわかった。

 

「とりあえず、お礼は言っときます。今度からは気をつけますね」

 

 そうそう簡単に、この男に感情を悟られては困る。

 何食わぬ顔で先を進もうとするスィンの袖を、隣に立ったアニスがちょいちょい、と引っ張った。

 

「ね、何の話?」

「明日は槍が降るかもね、っていう話」

 

 ごまかさないでよ~、と食い下がるアニスをあしらいながら、譜陣に足を乗せる。

 数秒後、一同はイオンの私室へとたどり着いていた。

 結局真相を聞けなかったアニスが、頬を膨らませつつも気を取り直して扉を叩き、駄目押しとばかり、スィンが『イオン様~』とアニスの声色で声をかける。

 程なくして扉は開かれ、白く華奢な手が一同を室内へと招いた。

 一応ここへ来るまで余計な気配はないか、視線も使ってあちこち探ったものの何もないらしい。

 スィンはか細いその手がイオンのものであることを確認して、扉をくぐった。

 全員が私室へ招かれたと同時に、私室と外界を繋ぐ扉は閉ざされる。

 手の主である導師イオンはホッとしたような笑みを浮かべた。

 

「皆さん! ご無事でしたか!」

「イオンがアッシュを寄越してくれたおかげでな」

 

 ルークの言葉に、イオンはふるふると首を振って柔らかく否定している。

 その所作は、この少年らしい無垢さを漂わせていた。

 

「いえ、アッシュが迅速に動いてくれたからですよ。ところで何故またここに戻ってきたんですか?」

 

 最もな質問に、アニスが拳を握って力説する。

 

「イオン様の力が必要なんですよぅ」

「詳しい説明はガイがします」

「……また俺ですか」

 

 ジェイドに押し付けられ、彼は軽く頭をかいた。

 

「代わりましょうか?」

「いや、いい。実は……」

 

 これまでの経緯を簡略に話すガイの一言一句を、イオンは真剣な表情で聞き入っている。

 

「地核の振動周波数測定ですか……僕が知っているセフィロトというと、アブソーブゲートとラジエイトゲートですね。そこならすでにダアト式封咒を解放させられました」

 

 イオンはそう言うものの、ジェイドが首を振った。

 

「そこはプラネットストームの発生地点と収束地点ですから、計測には適さないでしょう」

「じゃあ、どうするんだ? ユリアシティで話を聞くなら、ユリアロードを使うか飛行譜石を取り戻さないと」

 

 しかしイオンは、ルークの提案のひとつを残念そうに否定している。

 

「残念ですが、飛行譜石はディストが持ち去ってしまったようです。ここにはありません」

 

 ということは、飛行譜石は今頃バチカルなのだろうか。

 肌身離さず身につけておくに少々難しい大きさだったと記憶しているが……お願いだからあの飛行安楽椅子に取り付けるような真似だけはしないでほしい。

 

「困りましたわね。他にセフィロトの場所は知りませんの?」

「確証はありませんが、タルタロスでリグレットがこんなことを言っていました。『橋が落ちているから、タタル渓谷のセフィロトは後回しだ』とか……」

 

 ナタリアの問いに、イオンは随分前の出来事を話した。

 その言葉を信じるならば、タタル渓谷には今もなおあの扉が存在していることになる。

 

「そういえば確かに、イスパニア半島にもセフィロトがあるって勉強したな」

「タタル渓谷にはフォンスロットに群生しやすいセレニアの花も咲いていたわ」

 

 ユリアロードを使用しなくてもいいかもしれない。そんな希望が、一行を取り巻いた。

 ただ、タタル渓谷に行くとなると。

 

「行く価値はあると思います。ただ、そこはまだダアト式封咒を解いていません」

 

 それがあるのだ。また彼に負担を背負わせなくてはならない。

 彼にとってそれが重過ぎる荷物であるにもかかわらず、その存在を無視できるわけがないのに、イオンは笑顔で同道を宣言した。

 

「僕がここですべきことは終わりましたから、皆さんにご協力しますよ」

「助かるよ。一緒に行こう」

 

 イオンにとって、これが寿命を縮める旅となるのか、それとも導師として在らなくてもいい息抜き旅行となるのか。

 笑顔でルークと談笑する彼を横目で見つつ、それこそ彼次第だとスィンは思った。

 

 

 

 

 




ディストのお尻から生えているらしい(笑)あの椅子、浮遊機関が搭載されているんだろうか? 
浮遊機関は教団が発掘したものらしいので、シェリダンに移送される前にこっそりレプリカを造って私物化していたりとか。
あーでも、そんなことできるならレプリカをシェリダンに寄越すかも……
件の安楽椅子がふわふわ飛び回る理由も、アビス七不思議のひとつですね。
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