ルークに異変が起こったのは、イオンを伴い教会を出ようとしたそのときである。
きんっ、と超振動の前兆らしき耳鳴りがしたかと思うと、ルークは頭を抱えてその場にうずくまった。
「いってぇ……また……」
「ルーク、大丈夫!?」
うずくまりこそしなかったが、スィンもまた顔をしかめる。
一同の視線はルークに集中しており、表情を消さずとも済むのは嬉しかった。
『……やっと届いたか! 出来損ない野郎』
『アッシュ……か……』
この間と同じように、二人の会話が脳裏で中継される。
ここでスィンが思念を送ったらどうなるのか。
試してみたかったが、ルークに知られてもうるさいだけなのでやめた。
『悪い知らせだ。スピノザが手紙で地核静止の計画をヴァンに漏らしたらしい。六神将に邪魔されて、スピノザを奪われた』
やっぱり、そうなっちゃったか──
無意識のうちに顔がひきつる。
悪い知らせはこれだけにしてほしかったが、はてさて。
『なんだと!』
『大した情報を持たないスピノザを力づくで奪ったんだ。奴ら、地核を静止されたら困るのかもしれない』
『ヘンケンさんたちは!? このままじゃ
『安心しろ。二人はシェリダン行きの貨物船に乗せた。測定器はあっちで受け取れ』
どうやら間に合った様子である。スィンは小さく息を吐き出した。
『おまえはどうするんだ』
『俺は地核振動の意味を探りつつ、引き続きスピノザを捜す。おまえたちと連絡を取り合うのはここまでだ』
耳鳴りが遠のく。
頭痛が完全に消えたのを確認し、ルークを見やれば、彼はナタリアに詰め寄られている真っ最中だった。
普段も直情傾向にある彼女だが、こと彼に関わると抑えが利いていない。
「ルーク! アッシュは何と言ってきたのです!?」
「……スピノザが俺たちの計画を、ヴァン
要点だけをしぼったルークの報告を聞き、ジェイドは口惜しげに歯噛みした。
「しくじりました。私の責任だ……」
「アンタのせいって訳でもないだろ」
ガイはそう言うものの、彼は首を振って否定している。
「立ち聞きに気づかなかったのは、気を抜いていたからです」
「……過ぎたことじゃないですか。気を取られない方がいいですよ」
ぽつりと零したスィンの言葉に、ジェイドは振り返るように彼女を見た。
しかし、それこそ本当にどうでもよさそうなナタリアに気を引かれ、口にしようとしたらしい言葉を飲み込む。
「アッシュは?」
「もう連絡はしないってよ。また独りで動くつもりなんだろ」
「……そう……ですか……」
今後のアッシュの動向を聞いた途端、彼女はしおれた花のようになってしまった。
ナタリアとしては、王女でないことを知った今──自分が自分でなくなってしまったような不安を抱えているからこそ余計に、アッシュに傍にいてほしかったのかもしれない。
ルークが、ガイが、そしてスィンが彼女の傍にいる以上、それは難しかったが。
「さあ、六神将に知られたなら長居は無用だ」
一挙に暗くなってしまった雰囲気の中、ガイはそれを振り払うように言葉を続けた。
「……ナタリアも、いいね?」
「……え、ええ。大丈夫ですわ」
傷心、と称するには少し語弊のあるナタリアの様子を気遣ってか、ガイはそっと彼女に尋ねた。
「じゃあ私たちは、シェリダンへ行けばいいのね」
ティアの言葉に一同が頷き、教会を出る。
「あ!」というどこか抜けたような声を聞いてふと前方を見やると。
そこには、パタパタと軽い足音を立てて一同に歩み寄ってくる女性の姿があった。
「あらあらあら、アニスちゃん。アリエッタ様が戻っていらしたわよ」
「うげ! まず……」
確かに彼女は、ここへ戻ってくるとのことだったが、あまりにもバットタイミング過ぎた。
鉢合わせる前に去ろう、と一同がアイコンタクトをしている間に、彼女は仰天の事実をにこやかに語っている。
「確か、アリエッタ様を捜していたのよねえ? 皆さんがいらしたこと、お伝えしておきましたよ」
皆の目が一様に丸まった。
誰だそんな説明をした奴は!
「ぎゃー! ママ! なんてことすんのっ!」
肉親の不始末に責任を感じてかアニスが悲鳴を上げてパメラを責めるも、彼女は娘の言い分が理解できずにきょとんとしている。
そこへ。
「……シア!?」
造詣が不気味可愛いぬいぐるみを抱く、濃い桃色の髪の少女が現れた。
後ろには魔物を従えており、信じられないという表情でスィンを見つめている。
「アリエッタ……?」
「なんでシアが、アニスたちと一緒にいるの……!?」
パメラに会った時点でいったん解いた変装だが、今はきちんと髪の色も染めているし、眼鏡もかけていた。
教団の関係者とすれ違っても見咎められなかったのに、どうして彼女は気づいたのか。
「……アリエッタ。ライガに聞けばわかると思うけど、僕はあなたの母の仇だよ」
考えてみれば、今まで気づかれなかった方が不思議なのだ。
グランコクマでガイの正体が知られるまで、ずっと借姿形成で姿こそ偽ってはいたものの、本質的なものは何一つ変えられない。
それには生き物固有の匂いも存在している。これまで香水でどうにかごまかしてきたが、ストックが切れたため今はつけていない。
だからライガが、シアの匂いを嗅ぎつけてアリエッタに教えたのだろう。
「え……?」
予想通り、彼女は混乱しながらもライガの言葉に耳を傾けていた。
その幼い顔色が、サァッと青く染まっていく。
……と、スィンは思っていたのだが。
「どうしてそんな嘘をつくの? この子は、シアはその時倒れてたって言ってる。なんでそいつらをかばうようなことを言うの!?」
どうしてそんな記憶力に優れてるんだその魔物……!
あの場に立ち会ったのだから仇の一人としてカウントされるとスィンはタカをくくっていたのだが、イオンと同じく度外視されていたようだった。
侮りがたしライガ。侮りがたし、狼少女ならぬライガ少女アリエッタ。
「お願い、手伝ってなんて言わないから邪魔しないで! アニスはイオン様をアリエッタから取ったの、そっちはママを殺したの!」
「……そうはいかない。どかないなら、力づくで通してもらう」
単純にして明快な答えを聞いても、アリエッタの気持ちが抑えられるわけもなく。
涙をたたえたその瞳は、やがて眦を吊り上げてスィンを、一行を映した。
「ママの……仇!」
「ちょっと、根暗ッタ! こんなトコで暴れたら……」
「アニスなんか大嫌いッ! ママたちの仇、取るんだから!」
アニスの制止を甲高く押しのけ、彼女はぬいぐるみを振りぬく。
バッ、と前方へと突き出した。
「いけぇっ!」
その号令を聞き、ライガたちが同時に飛び出す。
止められなかった彼女の暴走に一同は素早く戦闘体勢に入った。
「アニス! イオン様を!」
「はいっ!」
ジェイドも槍を取り出し、アニスに指示を飛ばす。
アリエッタは主にイオンという単語に反応していた。
「イオン様は渡さないんだからっ!」
その言葉を受けるように、ライガは立ちはだかった前衛二人──ルーク、ガイ両名を突き飛ばす、というよりは轢いていく。
ガイを轢いたライガは
どうもイオンの前に立ちはだかるアニスを狙っているようだが、イオンを傷つけぬように、との配慮は見られない。
前衛二人はどうにか体を起こしている最中であり、スィンはちょうど引き受けたライガを弾き飛ばしたところだ。加勢できる人材は出払っている。
その口腔をアニスに、アニスの護るイオンに向け、ライガは咽喉の奥から雷弾を吐き出した。
トクナガを巨大化する時間もなく、イオンを連れて逃げる暇もない。
アニスが顔を引きつらせて盾になろうとした次の瞬間。
「イオン様! 危ない!」
雷弾と二人の間に、人影が入り込んだ。
「きゃぁっ!」
悲鳴を上げて倒れたのは──
「パメラ!」
「ママ!?」
教団服に包まれていた背中が無残に焼け爛れている。
その間にも、イオンに気を取られていたらしいアリエッタをジェイドが捕らえていた。
「さあ、お友達を退かせなさい」
「う……! だけど……」
槍をつきつけられても反発しようとするアリエッタに、イオンは鋭く彼女を叱りつける。
言うべきでないとわかっていても、スィンは続く言葉を抑えなかった。
「アリエッタ! パメラを巻き込むのは筋違いでしょう!」
「母殺しとアニスに詰られたいの!?」
恨みを抱かぬ二人の言葉を立て続けに受け、アリエッタははっきりと怯んだ。
「イオン様……シア……。みんな、やめて……!」
ライガたちが一斉に彼女の後ろへと控える。
気を抜かず、ジェイドは鋭く手の空いているナタリアを名指しした。
「ナタリア! パメラさんを」
「わかりましたわ」
癒しの光がうずくまったパメラの体を包み込む。
徐々に回復していく彼女は、どうにか顔を上げてイオンを見上げた。
途切れ途切れに、尋ねる。
「イオン様……怪我は……」
「僕なら大丈夫です。ありがとう、パメラ」
「イオン様を守れたなら、本望です……」
そのやりとりを聞きながら、スィンはなぜか呆然と立ち尽くしているガイへ歩み寄った。
「ガイ様、如何なさいましたか?」
じっとイオンたちを見つめる彼に話しかける。
それを尋ねた途端、彼は急にがくん、と脱力した。
「ガイ様!?」
「……思い……出したっ!」
ガイが地面にうずくまる寸前。どうにかその体を支えたスィンは、そんな呟きを耳にした。
思い出す。
彼が失っていた記憶とは──たったひとつしかない。
「ジェイド、アリエッタはトリトハイムに預けてください。良いように取り計らってくれるはずです」
「わかりました。そちらはパメラさんを──スィン? ガイはどうしたんですか?」
「……すみません。気を静めて差し上げたいので、礼拝堂にお連れします。ガイラルディア様、歩けますか?」
いつになく神妙な面持ちのスィンが、ガイを支えて教会へと向かう。
——思い出したとは、どこまでだろうか。
どこまで話を聞いていて、否、意識はあったのだろうか。
あの場面は見ていてほしくない、覚えていてほしくない。
かつての忌まわしい記憶を、感情を排してほじくり返しながら。