the abyss of despair   作:佐谷莢

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第八十二唱——新たな紛争を鎮めしは、囁かれた悪魔の呟き

 

 

 

 

 

 

 

 イオンを迎えた一行が、ダアトからシェリダンへと行程を進める。

 ダアトで話された告白の余韻が消える頃、新たな火種は舞い降りた。

 ──シェリダンへ足を踏み入れ、間もない頃である。

 

「あらん、坊やたち」

 

 妙に色気のある声音に振り返れば、そこには濃い桃色の髪に露出過多といって過言ではない服をまとう女が、眼帯に海賊帽、超巨大にして珍妙な襟飾りをつけた男、そして特徴的な髭面にシルクハットを被っていても禿頭だとわかる小男を従えて佇んでいた。

 ノワール、ヨーク、ウルシーの三人である。

 

「お、おまえっ! 漆黒の……」

「よく会うでゲスな。ま、アッシュの旦那に協力してると、あんたたちに関わるんでゲスが……」

 

 ルークの言葉を遮るウルシーの口にしたアッシュという単語に、ナタリアは過剰反応を示した。弓を握りしめ、矢をつがえんと矢筒に手を伸ばしている。

 

「アッシュとあなた方はどういう……」

「金で雇われてるだけさ」

 

 さらりとギブアンドテイクでしかない関係を暴露するヨークに便乗し、ノワールはナタリアの顔を覗き込んだ。

 

「妬かないのよ、お嬢ちゃんv シアを見習いなさいな」

「……僕は関係ない」

 

 過去の偽名とはいえ、自分の名を出されて黙っているわけにはいかない。

 スィンはため息をついてノワールに迫った。

 

「あらん。バチカルじゃあ随分仲が良さそうだったじゃない」

「誤解を招くために発言しないで。意味合いが全く違うし。それで、あんたらなんでここにいるのさ?」

「さっきベルケンドの研究者をここへ運んだところだ」

「アッシュ坊やをあんまりカリカリさせないでネv こっちがとばっちり喰うのよんv」

 

 サービスだ、と言わんばかり、投げキッスを放って悠々と一行の間を抜けていく。

 押し退けられたルーク、体が接触する危険性を感じたガイが飛び退って道を空けたことを一瞥することなく、彼女らは悠々シェリダンを後にした。

 その後姿が荒野へ消える頃、思い出したようにルークがポツリと呟く。

 

「……なあ、俺たちすっかり馴れ合ってるけど、捕まえなくていいのか?」

「でもアッシュに雇われているんでしょう? それなら、ナタリアを逃がすためバチカルで市民を煽動してくれたサーカスの人間はおそらく彼ら……違うかしら、スィン」

「正解! 流石にティアは鋭いね」

 

 そのティアの言葉に頷くように、アニスもジェイドも肯定の意を示した。

 

「なんだかんだで、あの年増に助けられてるんだよねぇ」

「仕方ありませんねぇ。今回も見逃してあげましょうか」

「ま、精々利用してやればいいんだよ」

 

 釈然としない様子のルークに身も蓋もないフォローを入れて、視線をめぐらせる。

 その視界にうつっているのは、以前シェリダンを訪れた際、三人の老人を追って入った集会場だ。

 あそこにいるだろうか、と思うスィンの耳にも、ひそひそ話は届いていた。

 

「きっついなー……」

「私は同意見ですが?」

「わたくしもです」

「アニスちゃんも同意見だけどぉ、言い方がキツイというかなんというか……」

「アッシュのことを出されて不機嫌になったようね。何か関係しているのかしら」

「思わず本音が出た……とか」

 

 ガイの言葉を皮切りに、彼らは各々意見を出し合っている。的外れから的を射ているものもあるが、正直どうでもいい。

 ともあれ、一行は先を行くスィンを追って集会場の前へやってきた。

 そこには、見覚えのある老女二人──タマラにキャシーが、辟易した様子で集会場の扉を眺めている。

 この柔和な二人がこんな顔をしているということは、何かあったのだろうか。

 二人は、一行の姿に気づくとパッと表情を変えた。

 

「おや、あんたたち!」

 

 驚いたようなタマラに続き、眉を顰めたキャシーが確認を取ってくる。

 

「聞いたかしら? スピノザのせいで……」

「ああ、話は聞いてるよ」

 

 ルークが頷くと、彼女は「そうかい……」と申し訳なさそうにうなだれた。仲間がしでかしてしまったこと、という負い目があるのだろう。

 が、しかし。

 

「キャシーさんは……怪我もないようですね。ご無事で何よりです」

 

 ガイの一言により、彼女は突如頬を赤らめてちらちらと彼を見だした。申し訳なさそうな表情は見事に消えている。

 

「あ、あら、イヤだわ。こんないい男に心配されるなんて……」

「なんだい、キャシー。隅に置けないねぇ」

 

 どこまでも現役な二人に、ガイは眉尻を下げて否定した。

 口のまわるフェミニスト色男の、悲しい宿命という奴だろうか。

 

「……いや、そういう訳じゃ……」

「ガイは『マダムキラー』の称号を手に入れました」

「なんでそうなるんだ!」

「そうですよ大佐。そこは『ストライクゾーンはゆりかごから墓場まで』全年齢ジゴロの称号じゃないと!」

「そういう問題じゃない!」

 

 ジェイドとアニスの黄金コンビにいじられ怒鳴るガイをまあまあ、と押しとどめ、スィンはそれまくった話題を修正した。

 

「ところで、お二人はここで何を?」

「ああ……ちょっと『い組』と『め組』の対立に嫌気がさしてね」

「入ればわかるよ」

 

 促され、一同と顔を見合わせてから扉を押し開ける。すると、威勢のいい怒鳴り声が鼓膜を直撃した。

 

「……そんな風に心が狭いから、あのとき単位を落としたんだ!」

「うるさいわい! そっちこそ、仲間に売られたんじゃろが! 文句を言うなら出ていけ!」

「そうじゃそうじゃ!」

 

 ヘンケンが文句をいい、イエモンが応戦をしている。イエモンを煽っているのはアストンだ。

 集会場の、段上にあるテーブルにて。老人たちはそれを挟み、にらみ合う闘犬同士のように唸りあっていた。

 

「……こんにちは、お三方」

「おや、あんたたち!」

 

 控えめなスィンの挨拶により、彼らはころっと表情を変えて一行を見下ろしている。

 

「おお! 振動周波数の測定器は完成させたぞ」

「わしらの力を借りてな」

 

 ヘンケンが自慢げにそれを報告すれば、アストンが嫌みったらしく混ぜっ返す。

「道具を借りただけだ」と、ヘンケンは素早く言い返した。

 

「元気なじーさんたちだなぁ……」

「皆さん落ち着いて。喧嘩はやめてください」

「測定器はお預かりします」

 

 噂に聞くだけあってガイはのんびりと老人たちのいがみ合いを傍観しているが、免疫のないティアは生真面目に仲裁しようとしている。

 そんな中、どさくさで壊れてもかなわないとばかり、ジェイドがそそくさと譜業の回収をしていた。

 

「話は聞いたぞい。振動数を測定した後は、地核の振動に同じ振動を加えて揺れをうち消すんじゃな?」

 

 その問いに、「はい」とジェイドが答えれば、尋ねたイエモンではなくなぜかヘンケンが眉間に軽く皺を刻む。

 

「地核の圧力に負けずに、それだけの振動を生み出す装置を作るとなると、大変だな」

 

 ところがイエモンは、まるでその言葉を待っていたように「ひっひっひっ」と笑った。

 

「その役目、わしらシェリダンめ組に任せてくれれば、丈夫な装置を作ってやるぞい」

「360度全方位に振動を発生させる精密な演算機は、俺たちベルケンドい組以外には作れないと思うねぇ」

 

 ところがヘンケンも負けてはいない。もっともらしいこと──というより、彼らの得意分野を取り出して一行にしっかりアピールしている。

 

「100勝目を先に取ろうって魂胆か?」

「お前らは浮遊機関を独占できたんじゃ、それくらいこっちに譲らんか!」

「あれはシェリダンめ組に実力あり、とダアトで判断されたからであって──」

 

 正確にはちょっと違う。

 発掘班班長にしてそこそこ音機関にも通じていたスィンが、音機関の仕組みを得意とする『い組』より、それを支援する外装を得意とする『め組』のほうが適任だと判断して預けたのだ。

 発見された浮遊機関は思いのほか保存状態が良好だったために大掛かりなメンテナンス程度で済んだから、どちらかといえば外装に力をいれてもらいたかったのである。

 ベルケンドはヴァンの管轄にあっただけに、当時は一つずつ分けないかと揉めたが、せっかく見つけた浮遊機関なのだからしっかり復活を遂げてもらおうと、得意分野である彼らに預けた。

 それが真相だが、今話したところであまり意味はない。

 終わらぬ言い合いに辟易したナタリアが、そしてイオンが両極端な方法で双方をなだめた。

 

「睨み合ってる場合ですの!? このオールドラントに危険が迫っているのに、い組もめ組もありませんわ!」

「そうですよ。皆さんが協力して下されば、この計画はより完璧になります」

「おじーちゃんたち、いい歳なんだから仲良くしなよぉ」

 

 とどめとばかりアニスも仲裁に入るが、彼らに聞き入れる気配はない。

 どうしたものか、と一行が目配せをする中、スィンが彼らの前へ歩みでた。

 気持ち低めの、囁くような声が、何故か集会場に響いてこもる。

 

「……あのですね、め組さん。いい加減にしないと、もう一台の浮遊機関を正式に返還要求しますよ」

 

 その言葉を聞き、イエモン、アストンはまさしく死の宣告でも受けたかのように硬直した。

 

「過去を忘れて仲良くしろとは言いません。キムラスカとマルクトが長年のにらみ合いを経て戦争を引き起こしてしまったように、あなた方が和解できないのもまた必然なのかもしれません。しかし、これは僕たちによる正規の依頼です。公私混同をするような方々に、古代遺産すべてをお預けすることはできません」

「い、いや、しかし……」

「アルビオールに搭載された浮遊機関に関してはすでにそちらへ権利を譲渡いたしましたが、二号機、いえ三号機が完成してない以上、所有権利は一応ダアトに帰属しますので」

 

 想定された質問内容を先取りして、彼らを黙らせる。

 それをいい気味だ、と言わんばかりに眺めていたヘンケンにも、スィンは向き直り硬直させた。

 

「それと、ヘンケンさ……い組さん。そちらもいい加減にしていただかないと、スピノザの命の保証はできません」

「な……!」

「彼の密告により、こちらには甚大な被害が想定されます。この度は彼のしたことをこの計画によってあがなっていただくことにいたしました。それが不可能だった場合は、もちろん彼自身の命をもってこの事態を引き起こしたことの責任を果たしていただきます。彼の命など知ったことではない、というのなら、どうぞご自由に意地を張るなり我を通すなりしてください」

 

 すべてはそちら次第だ、と締めくくり、スィンはゆっくりと腕を組んだ。

 

「ちょ、ちょっと待った! あんた、あの浮遊機関発掘の責任者か何かか!」

「多少異なりますが、そう考えてくださって結構です」

「どうして『め組』に浮遊機関を独占──!」

「浮遊機関による飛行実験は、土地柄の都合上シェリダンで行ったほうがいいと判断されたから、ですけど」

 

 どちらの組を擁護することもない、手本のような答えである。同時に、それは真実だった。加えて、浮遊機関の所有権の話も事実だ。

 その気になれば、スィンはダアトを──イオンを通していつでも返還要求ができる。

 彼女がダアトを離れた年、大規模人事異動が行われたために浮遊機関云々は誰にも引き継がれないままうやむやに処理されてしまった。そのため、書類上保持責任者は『シア・ブリュンヒルド』のままだ。

 それはさておき、とりあえず彼らは顔を見合わせ、イエモンが唸るように呟いた。

 

「……わしらが、地核の揺れを抑える装置の外側を造る。おまえらは……」

「わかっとる! 演算機は任せろ」

 

 どうにか納得してくれたようである。

 次の瞬間、二人は誰に対しても聞こえるような声音でそれぞれ呟いていた。

 

「なんせ浮遊機関がかかっとるんじゃからのう」

「なんせスピノザの命がかかっとるんじゃからな」

 

 男とは、本っ当に頑固な生き物である。

 未だ左の小指にはまっている指環を無意識に触りながら、スィンはため息をついた。

 どうにかまとまった話に、ルークは嬉々として激励を送っている。

 

「よーしっ。頼むぜ、『い組』さんに『め組』さん!」

「私たちはタタル渓谷へ向かいましょう」

 

 ジェイドが携えた測定器を見やり、ティアが提案して一同は集会場を去った。

 ふとナタリアが、「それにしても」と呟く。

 

「スィン。今のお話は事実ですの?」

「所有権利の話なら。実際行うとしたら、イオン様経由でやるしかないけどね」

「スピノザの方は……」

「状況によるよ。あの人に死んでもらったところで利益はなさげだから」

 

 正直な話、どちらでもよかったというのがスィンの本音である。

 それでスピノザなどどうでもいい、という話になったら、建前だけでも『め組かっこに全権を委ねると言い切ってしまえばいいだけだ。

 求める結果に差異はない。

 

「しっかしまあ……うまくまとめたもんだなー」

「ああいう人種には、言い訳が必要なんですよ。特にお年を召された方にはね」

 

 ガイの言葉に、スィンは心なしか弾んだ声で応答している。

 

「スィンー、嬉しそうだねぇ」

「主に褒めてもらって、喜ばない従者はいないよ。アニスはイオン様に褒められて、嬉しくない?」

「そりゃ嬉しいけど、さ……」

 

 彼女の言いたいことに、気づけなかったわけではない。

 それでもスィンは、自分がどの立場に立つのかを決めてしまっている。

 主の複雑な表情に気づかぬフリをしながら、彼女は荒野の向こうを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

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