the abyss of despair   作:佐谷莢

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第八十三唱——忍び寄るは昏き影。迎合するは疾風と電影の意思。

 

 

 

 

 

 

 

 さやさやと、風は草原を駆け抜けた。セレニアの花は可憐に揺れ、どこからかさらさらと清水の旅する音がする。

 もはや劣化タルタロスと化しているアルビオールに乗って、一行はタタル渓谷へたどり着いた。

 スィンはルークの背でのんびり眠っていたために覚えていないが、ここがタタル渓谷の出入り口にあたる場所なのだろう。

 昼と夜の違いか、印象は驚くほど異なっていた。

 魔物の気配さえなければ、その辺に寝転がって惰眠を貪りたくなるような、お弁当を持ってピクニックでもしたくなるような、心休まる風景なのだ。

 同じことを考えたのだろうか。歩を進めるうち、ルークがぽつりと呟いた。

 

「前に来たときには、セフィロトらしい場所はなかったと思ったけどな」

「あの時は夜だったから、見落とした場所があるのかもしれないわ」

 

 そしてティアが何気なく応じたとき。本気か冗談か、多感な少女は敏感に反応した。

 

「あれぇ? 夜中に二人でこんなトコにきた訳ぇ? あ~やし~いv」

「……んまあ、ルーク! あなた、ティアとそんなことになっていましたの!?」

 

 そして、王室において純粋培養されていた彼女がしっかりと誤解している。

 これまでの道程において、どこにそんな暇があったというのだろうか。冷静に考えればその答えに行き着くはずなのだが、彼はしっかり困惑していた。

 

「ちょ、ちょっと待て! なんでそうなってんだよ!」

 

 こういうことには免疫がないのは知っている。しかし、こんな反応を返すと逆に怪しい。

 

「そうじゃなくて、前にバチカルから飛ばされたとき……それにあの時はスィンだって「ありえないから」

 

 助けを求めるようにスィンへ視線をやりながら、もたもたと事実を話そうとするうち、ティアがすっぱりと否定した。

 その声音から、彼女が何を思っているのかは想像に難い。難すぎた。

 ぽかんとしたようなルークに背を向け、さっさと歩みだす。かと思えばふと視線をめぐらせて、彼女は全員に対して尋ねた。

 

「何してるの? 行きましょう」

「……なんかむかつく」

 

 先を行く彼女には聞こえぬよう、ぽつりと呟くその隣で。ガイもまた、同意を示した。

 ついでにこの人まで。

 

「きっつー……」

「そうですねぇ」

「楽しそうだな、大佐」

 

 同意は示しているものの、胡散臭い笑みはどちらというと深まっている。

 それを目ざとく見つけたガイが追求するも、彼はあっさりそれを認めた。

 

「ええ、楽しんでます」

「……嫌な奴」

「ところでスィン。地面に何かあるんですか?」

 

 ジェイドの言葉に、一同が彼女へ視線を集める。

 当のスィンは、自分の足元を見つめて漠然と佇んでいた。ジェイドの言葉に、反応を返そうとしない。

 

「スィン?」

「……はい」

 

 妙に思ったガイの言葉に応答するものの、顔を上げようとしないし、足を動かそうともしない。

 

「どうした?」

「……頭が痛いんです。耳鳴りがします。お声が、非常に聞き取りづらくなっています」

「やれやれ。その年で難聴ですか?」

「……」

「反応しませんね。本当のようです」

「その前に嘘をつく意味がないように思いますが……スィン、大丈夫ですか?」

 

 イオンの言葉にも答えぬまま、そのままの状態で沈黙が続いたかと思うと、突然彼女はしゃがみこんだ。

 

「スィン!?」

 

 故意にしゃがむというよりは、急激な脱力による地面への激突から、膝を守ろうとした形である。

 胸を抑えていた手が、突如として喉を掻きむしった。

 皮膚を引っ掻くに留まらず、爪が食い込み——

 

「自傷するのは勝手ですが、いい加減立ち直ってください。置いていきますよ?」

「──難しい注文つけないでください」

 

 ゆるゆると上げられた顔、特に額には大粒の汗がにじんでいる。

 ひとつ、深呼吸をした後に、スィンは勢いをつけて立ち上がった。

 

「申し訳ありません。もう大丈夫です、参りましょう」

「いきなりどうしたんだ? 座り込んで……」

「先ほど申し上げた症状と、眩暈がして。昨日見張り番だったのに、睡眠をとらなかったせいかもしれません」

 

 ──それも関与しているかもしれない。主な原因は、まったく違うものだが。

 そもそも今の症状は、初めてというわけではない。

 今回は偶然見せてしまったが、これまでは他者に見せないよう薬を飲むとか部屋にこもるとか路地裏に潜むとか、それなりに工夫はしてきた。

 しかし今来たのは、格別──というより、おかしな雑音が混じっている感じなのだ。

 耳鳴りがする中、耳ではない脳裏で複数の誰かが好き勝手に喚くような、それだけで頭痛がするような感覚に陥った。

 

「戦えますか?」

「今は収まったので平気ですけど、ヤバくなったら下がります。アニス、イオン様の護衛代わってね」

「いいけど、イオン様に怪我させないでよ~?」

 

 以前は赴かなかった川の対岸へ渡りセフィロトへの入り口を探す最中。不意にスィンが「ミュウ」とチーグルの仔を呼んだ。

 

「あそこの崖、壊してみてくれない?」

「わかりましたですの!」

 

 ルークの傍を離れ、ミュウはちょこちょこと指摘された崖へ近寄るとぴょいん、と跳ねた。

 

「アターック!」

 

 どごぉっ! 

 

 くるりと丸まった、小さな毛玉にも似た体が岩盤にぶち当たりすべてを砕く。

 がらがらと崩れた先には、ぽっかりと開いた空間が存在していた。

 ところが。

 

「……外した」

 

 空洞の内装を一目見るなり、スィンはちっ、と舌を打ってそっぽを向き、新たに疑わしい場所を探し始めたのである。

 不思議に思ったアニスが中をのぞいて首を傾げた。

 内装はこれまで見てきたセフィロト内部に近いもので、彼女の言うような外れとはほど遠い。

 

「へ? ここじゃないの?」

「ボ、ボク、何か失敗したですの!?」

 

 意表を突かれたアニスと、不安に大きな瞳を潤ませて尋ねるミュウ。

 スィンは双方に対し首を振って見せた。

 

「ミュウがしくじったとかじゃなくて。妙な空洞が見えたから扉はここかと思ったんだけど、違ったみたい。セフィロトの入り口みたいには見えるけど、多分違うよ」

「ですが、探索してみる意味はありませんこと?」

 

 ミュウが岩を崩す音を聞きつけ、それまで四方に分かれて探索していた一同が集まってくる。

 

「そうね。ひょっとしたら中にあるのかもしれないわ」

「……そうかなあ。これまで扉をくぐったら、雰囲気が一変したんだからそんなことないような気も……」

「いえ、探索をしてみる価値はあります。もしかしたらイオン様に負担をかけず、セフィロトまで到達できるかもしれません」

 

 興味津々に中を覗き込むジェイドの言葉に、アニスはまんまと引きずられた。

 

「そっか、確かにそうかも! イオン様の手を煩わせずに済みます!」

「行ってみよう!」

 

 ぞろぞろと中へ入っていく一行を見つつ、思わずため息が零れた。

 そんなはずがない。もし月日の流れで遺跡が老朽化し、このような裏道ができたとしても、セフィロトへの道は扉をくぐらない限り開かれない仕組みになっているはずなのだ。

 もしかしたら、そういう罠になっているかもしれないのに──

 

「ま、行ってみようぜ。罠だったら罠だったで、俺たちで切り抜ける。たまには油断する奴だっているだろうし」

 

 長きに渡る付き合いのためか。

 スィンのため息の意味を知り、軽く背を叩いたのはガイだった。

 

「……はい」

 

 視線を巡らせ、とりあえずそれらしいものが存在しないことを確認してから足を踏み出す。

 独特の雰囲気漂う遺跡の床を、一歩踏みしめた次の瞬間。

 

「っ!」

 

 違和感が生じる。

 ガイが先を行ったことを確認し、指に召喚の螺旋が巻きついていることを確かめた。

 

『あ、やっと気づいてくれた。シカトなんてひどいよ~』

『……誰』

『初めまして~! アタシ、シルフっていいま~す』

 

 年の頃はアニス程度と思われる、女の子の甲高い声が頭をがんがん駆け巡る。

 幼女系かよ馴れ馴れしい、と思った次の瞬間。

 

『幼女は嫌い? じゃ、も少し成長しようか』

 

 ──ティアか、ナタリア程度と思われる声が響いた。

 そうだ。第三音素(サードフォニム)は風を、派生して雷を司る。風も雷も、正体は儚い。

 従って決まった姿はないのではと、スィン自身も推測したことだった。

 

『せいか~い。ま、そのくらい頭は回って当たり前よね。アタシたちのご主人様だもん』

『……シルフも、契約を結びに来たの?』

『そだよ。ねーさん──ウンディーネねーさんが、あなたと契約を交わした瞬間皆に通告したの。皆で契約を交わして、約束を守らせよーってね』

 

 ──なんちゅう厄介なことを。

 

『まあまあ、そんなこと言わない。命は屠れないけど、手ぇ貸したげるんだからさ。損はさせないよ』

『……異論は、ないけどね。え~と……僕の命がある限り、預言の消滅に全力を尽くす。それをシルフに誓う』

『──あなたにその意思がある限り、アタシ達もあなたに従うことを誓うよ』

 

 螺旋を描く指環の一部分が輝く。それを確認し、シルフの気配は消えるはずだった。

 ところが。

 

『ねーねー。あんたってさ、あの中の誰かと付き合ってんの?』

 

 彼女は未だにスィンの脳裏を姦しい声で響かせていた。

 

『はあ?』

『人間なんか久々にマジマジ見たけど~、イケメン君ばっかじゃん! あの眼鏡ロングの人? 金髪のナイスガイもい~なぁ! 夕日色の髪の坊やはちょ~っと幼いけど、そこがたまんないかも~!!』

 

 ──なんだこの、俗世に浸りまくってる意識集合体は! 

 

『アタシは風なの! 威厳とか成長とか、そういうの知らない代わりにいつまでも若いの、ピッチピチなの! こういう心を失った瞬間、枯れたことになっちゃうんだよ! ねえ、誰狙ってる?』

『誰も狙ってません。そういうのは、しばらく考えられないです』

『ええ~っ!?』

 

 人間ナイズされすぎているリアクションに、うるさいなあ、と思った瞬間。

 スィンは息の根が止まるほど驚かされた。

 

『なるほどな。あんたを見て、なんでウンディーネの奴が全員に契約を結ばせようとしてるのか、判った』

 

 突如シルフの甲高い声が消え、低く割と渋い男声が脳裏に木霊したのだ。

 

「スィン! どした?」

 

 ガイの、主の声が聞こえる。しかし、彼女はその場から動くことができなかった。

 

『な、何奴!?』

『はじめまして、我が主。我が名はヴォルト、シルフとは従兄弟にあたる』

 

 ……意識集合体にも従兄弟とかあるんかい。

 実に静かにスィンは突っ込んだ。

 確かに、風と雷は同じ第三音素(サードフォニム)に分類されているけれど。

 

『……あなたとも、契約を交わしたほうがいいのかなあ?』

『俺との契約は、シルフの契約に含まれている。それに俺は、シルフと違ってそうそう頻繁に力は貸せん。それほどこの力を必要とせんだろう』

『そんなことないよ。殺さなくても敵を痺れさせる、とか……あ』

 

 以前ウンディーネが語っていたことを思い出し、スィンは思わず口に手を当てた。

 

『そう。可能ではあるが、我らは命に手出しすることを極端に嫌う。契約が破られた時、あるいは我らの力を用いて命が屠られた瞬間、汝は……』

『契約を交わした者達により、強制的に音素(フォニム)へ還される、だったかな?』

『然り』

 

 それは古代秘譜術を独学で学んだ際、なぜかディストが所持していた関連する考察を読んで把握したことである。驚くに価はしない。

 そこでちょっとした会話の途切れを狙ってか、またもや脳裏に姦しい声が響き渡った。

 

『ちょっとヴォルト~! 主はアタシと話してたんだからぁ、割り込まないでよね!』

『なんだ、妬いているのか? シルフ』

『はぁ? 誰が、誰にぃ? 自意識過剰も大概にしなさいよ、ぼると!』

『だ、誰がぼるとだ、俺はヴォルトだ!』

『あんたみたいな勘違いおばか、ぼるとでじゅーぶん! ねえねえ、それでさ……』

 

 ──訂正。シルフだけじゃなくて、ヴォルトも十分人間ナイズされている。

 同じ音素(フォニム)なのだから、同じ性質であることは、仕方のないことなのかもしれないが。

 ヴォルトの言う、『ウンディーネがスィンに契約を迫る理由』は気になるが、とにかく今はガイが呼んでいる。

 そろそろ行かなければ。

 

『シルフとヴォルトに願う』

『え? 何?』

『黙れ』

 

 やっと静かになった。

 今参ります、と遅ればせながら返事をし、駆け足で追いつく。

 

「どうですか? こちらには、何もないようですけど」

「こっちもだ。罠がない代わりに、行き止まりになっちまってる。ただ……」

 

 ガイの指すその方向は、今まさに一同も注目する物体であった。

 

「あれって……」

「ザオ遺跡でも見たな。確か、音素(フォニム)が集中してるフォンスロットだっけ」

 

 自らが輝きを放つ、宙に浮いた結晶。件のザオ遺跡のものとは、色素が大幅に異なっている。

 

「ここにもあったですのー!」

 

 これぞまさに自然の恩恵たる結合音素を前に見とれる一同をさておいて、ミュウは歓喜にぴょこぴょこ跳ねながらフォンスロットへ駆け寄った。

 ふとスィンがいることに気づいたジェイドが、わざとらしいため息をついている。

 

「スィンの言葉に軍配が上がりましたが、ミュウが喜んでいるので帳消しになりませんかねえ?」

「……いいんじゃないですかね、別に。それで、いつ貸し借りの話なんかしたんです?」

「おや、謙虚ですねえ。あなたのことですから、鬼の首でも獲ったかのように勝ち誇ると思ったんですが」

「子供じゃあるまいし、この程度では喜べませんよ」

 

 どうも最近ギスギスしまくっている二人をネタに、残る人員はひそひそと言葉を交わしていた。

 発端は、長らく一同と離れていたイオンの疑問である。

 

「あの、ところでスィンとジェイドはいつからあのような……?」

「もともとあまり仲良くはなかったようなのですが、つい最近です。何かあったのかもしれません」

「だよねえ。なんか大佐が二人いるみたーい」

「頷きたくないんだが、否定できないな……」

「あれかよ、スィンがジェイドナイズされてきてるのか?」

「まあ! スィンは大佐に似てきているんですの?」

「誰がコレに似てきてるだってぇ!」

 

 好き勝手な議論を交わす面々に、会話丸聞こえだったスィンが吼えた。

 コレ呼ばわりされたジェイドはというと、その辺りだけはスルーしている。

 その辺りだけ。

 

「おやおや、これは心外ですねえ。私に似てきているなら、このような場面においても冷静沈着に若人をたしなめることができるはずですが」

「こっちの台詞だ、この若年寄! 僕、こんな嫌味な奴ナイズされてないもん!」

「……そういう言動に加えて短気を起こすから、童顔なんじゃないですか?」

「顔は関係ない! ついでに、人のこと言える顔か!」

 

 確かにそうかもしれないが……スィンがよく自称する『淑女』は、子供のようにくってかかったり喚きたてたりはしない。

 とはいえ、普段は高確率でジェイドの嫌味を聞き流しているのだ。たまに聞き流せず、今のような過剰反応を起こしているが、それが彼女の若さ、もとい瑞々しい感性を保っているのだとしたら、それが若く──というより、幼く見られる原因なのかもしれない。

 年功序列№1,2の言い争いはさておいて、ルークは一人静かにソーサラーリングをフォンスロットにあてがっているミュウへ声をかけた。

 

「おい、ミュウ。今回はどうなんだ?」

「このあたりだと、第三音素(サードフォニム)かしら」

「確か、ソーサラーリングに譜が刻まれるんだったよな」

 

 何の音素がソーサラーリングにあてがわれているのかをティアが推測し、それに答えたガイがリングの影響を思い出す。

 

「みゅううぅぅ」

 

 そして小さな施術者当人はといえば、独特な興奮をあらわとしていた。

 

「来──た──で──す──の──!!」

 

 朧な結晶はその姿を失くし、ミュウは小さな体を震わせるたかと思うと、えいやっ、とばかりに飛んだ。

 ふにふにとした耳を翼とし、何の比喩でもなく、物理的に。

 小さなチーグルが、この場にいる人間の身長以上に飛び、滞空しているその姿によって発生した沈黙を、一番に破ったのはアニスだった。

 

「……と、飛んでる」

「すげぇっ!」

「かわいい……」

 

 どこか呆れたようにアニスが呟いたように対し、ルークは素直に驚きを示し、ティアは蚊のなくような声でぽそりと呟いている。

 

「ご主人様! ボク、飛んでるですの! やったですの!」

「なあ、ちょっと掴まらせ……へ?」

 

 一体何がやった、のだろうか。

 そんなツッコミをするのもはばかられる空気の中、申し出たルークの目を丸くさせた人物がいた。

 

「まぁ」

「はは、なんだか絵になるな」

 

 ナタリアは口に手をやり、ガイはどこが? と尋ねたくなるような感想を呟いている。

 確かに単体であれば、双方絵になるモチーフであるのだが……

 

「ティア! ずりーぞ!」

 

 そう。滞空し続けるミュウのソーサラーリングを掴み、彼と共に滞空するのは巷でクールビューティーとあだ名されるティアであった。

 

「ご、ごめんなさい。だけど……楽しい……」

 

 ……正直な話。何が楽しいのかスィンにはまったく理解ができないが、他の女性陣はそうでもないらしい。

 

「いいなー! 私も! 私も!」

「わたくしも飛びたいですわ!」

「みゅううぅぅぅ……」

 

 次々と、滞空体験を申し出る面々に、ミュウはどうにか応じている。

 切なげなその声に、思わずガイが反応していた。

 

「……おいおい、かわいそうだろう?」

「いいんじゃないですか? あれはいじられて伸びる性格ですよ」

「……何がのびるんだよ、何が」

 

 呆れたように突っ込むガイに「様々なものが、ですよ」と返して、彼は女性陣で唯一参加しなかったスィンへ話を振った。

 

「ときに、あなたは参加しなくていいのですか?」

「いや、空を飛ぶのはもうニル……じゃない、アルビオールで体験してますし?」

 

 思わず飛び出した名前をどうにか訂正し、擬似飛行体験で盛り上がる若者たちを見る。

 ──単身で空を飛ぶなら、もっと自由自在に動き回れた方がいいに決まってる。

 足が大地から、重力という束縛から解き放たれた爽快感。奔放な風を肌で感じ、その風と共に広大な天空を舞う、その心地よさならすでにスィンは知っていた。

 もはや失われてしまったホドに関連するその事柄を、率先して話すつもりは毛頭なかったが。

 

「……スィン?」

「ちょっと思い出しただけです」

 

 何でもありませんよ、と返して、未だにアトラクション扱いされているミュウの元へと赴く。

 ソーサラーリングを確認する名目でミュウを休ませるスィンを、大人な二人は同様に見つめていた。

 

「困った人ですね。くだらない口論には応じても、肝心なことは何一つ話そうとしない」

「……そうだな。生まれてからずっと付き合ってる身としては、寂しいよ」

「あなたに対しては、どうしてもそうなってしまうでしょうね。従者として、姉として、あなたを煩わせないために。私たちは日が浅いためにどうしてもそうすることが必然なのでしょうが、鬱憤を溜めるのは体に毒です。それを知らないわけでもないでしょうに」

「──へえ。天下の死霊使い(ネクロマンサー)殿が、異母とはいえ俺の姉貴を心配するのか。珍しいもん聞いちまったな」

 

 珍しく雄弁なジェイドを茶化すようにガイは言ったのだが、彼は微塵にも動揺していない。

 むしろ、続く言葉でガイが言葉をなくしている。

 

「では、珍しいものを聞かせてあげたお礼として、これからは義兄さんと呼んでくれてかまいませんよ?」

「……ハ?」

「考えてみれば、スィンはガイの言うことならほぼ無条件で聞き入れていますからねえ……もしあなたが、ガルディオス家を再興させるためカーティス家と手を結びたいと考えたなら、私と彼女をくっつけるのが手っ取り早いと思いま「さ、皆! だべってないで、そろそろセフィロトの入り口を探しに行こうぜー!」

 

 本気なのか冗談かもわからないジェイドの言だが、残念なことにガイは彼が何を言おうとしているのかを悟ってしまった。

 どちらであれ、最後まで聞く耳は持たないと耳を塞いで、彼は仲間たちの、スィンの元へと歩み、もとい避難している。

 わざとらしいにもほどがある、棒読みで。

 

「どうしたんですか、ガイ様? やけにお声が裏返っていますが……」

「ああ、スィン! 俺はお前のウェディングドレス姿なんか見たくないからな!」

「は?」

「頼むから、一生俺の傍にいてくれよ!」

「はあ。可能な限りは」

 

 突如脈絡もなくわけのわからないことを宣い出したガイに首を傾げつつも、一体何をしたのかといわんばかりにジェイドを見やる。

 彼はデフォルトの胡散臭い笑みを浮かべ、突っ立っているだけだった。

 

「……大佐。ガイ様に何を言ったんです?」

「いえね。ガイにあなたをくだ「さー、行きましょうかー」

 

 みなまで聞かず、また馬鹿なことをと呟きながらスタスタと、ガイを伴って出口へ向かう。

 ひんやりとした風が、からかうように吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

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