「……おい、冗談だよな」
「いいえ。私は本気です」
単刀直入に言います。
あなたの従者を私にください。
そんなやりとりが交わされたのは夜。タタル渓谷を発ち、シェリダンを目指していた矢先のこと。夜間停泊していたアルビオール内にて、ささやかに幕は上がる。
スィンのことで話がある、とジェイドより呼び出しを受けたガイは、話の内容を耳にして仰天していた。同時に、厄介なことを聞いてしまった、とも。
「……なんで俺に言うんだよ。そういうことはまず当人同士が気持ちを通わせて……しかるべき関係になってから、だろ。それともまさか、もうそういうことになってるのか」
「いえ残念ながら。困ったことにその当人が私の告白を本気にしてくれないのですよ。寝言はお眠りになってからどうぞ、と冷たくあしらわれてしまいまして。色恋沙汰には臆病なものですから、そう何度も同じことを繰り返すわけにもいきません。ひとまず彼女に、この年寄りは本気だ、とお伝えいただければ」
話の内容はさておき、冗談を言っている顔ではないから困る。
ジェイドプロデュースによる盛大なドッキリでないことを三度確認したガイは、やれやれと肩をすくめた。
「マルクト皇帝の懐刀にして名高い
「……」
「悪いが、承諾はしかねる。ヴァンのことで相当参ってるはずなんだ。しばらくそっとしておいてやりたい」
ベルケンドでの出来事後、目に見えてぼんやりしている時間が増えた。
関連したジェイドの嫌味にもアニスのからかいにも、まともに相手をすることはなく、ティアの料理──ヴァンから教わったというそれを口にして、涙を浮かべたことすらある。
「懐かしかったもので、つい」
無表情のまま涙を拭い、そのまま食事を続行した姿はなかなか忘れられない。
「ごちそうさま」と呟くように言って微笑んだその様も痛々しくて、ガイは直視ができなかった。
今でこそ何事もなかったように振舞っているが、その心中は果たして如何なるものか。
しかし、ジェイドは食い下がった。
「謡将とのことがあるから、そっとしておいてあげられないのですよ。その辺りにつけこまれて裏切られたらどうなさるおつもりで」
「だから旦那に乗り換えさせろってのか? むちゃくちゃだな、あいつはそんな尻軽じゃない」
「自分より年上でちょっと見た目がいいと、色目を使うようなことをする──随分前のルークの証言ですので、アテにはなりませんが」
「あいつが色目を使ったのは後にも先にもヴァンだけだよ。それもあいつのおかげで恐怖症がマシになった後。ルークに気づかれるくらい露骨だったんで、嫁入り前の娘がはしたないって咎めたら娶ってもらったから問題ないって事後報告されて。あの時は度肝抜かされたな」
「事後報告だったんですか」
「バチカル追放中のことだったから、頻繁に連絡取れなかったんだよ。ペールに言付け頼んだのにって、怒ってた。そんなことは自分で言え、って逆に叱られてたけどな」
そのとき。
ドンドン、と扉が叩かれたかと思うと、スィンが姿を現した。
「!?」
「もう始めてましたか?」
当たり前のように二人の傍へやってきて、ちらりと周囲を一瞥する。
驚くガイの顔を見て不思議そうにしているが、彼としてはその言動のひとかけらも理解が及んでいない。
「スィン? ど、どした?」
「今晩ガイ様と荷物整理をすると大佐から伺いまして、お手伝いに参りました」
ジェイドに目をやれば、彼は何食わぬ顔で頷いている。
ガイにしてみれば、何から何まで初耳だ。
そのまま貯蔵庫内の整理を始めると思われたスィンだったが、ジェイドの顔を見るなりふう、とため息をついた。
「ところでね、大佐。ところ構わず寝言を呟かないでくださいよ」
「おや、聞いてましたか」
「白々しい、今のを聞かせるために呼んだでしょう。時間まで調整して、本当に狡い方ですね。尊敬します」
どんなに好意的な解釈をしても褒め言葉ではないそれを耳にしても、その表情は涼しいものだった。
「これで私は本気だとわかってくださったなら幸いです」
「ガイ様を巻き込んでまでそんな寝言抜かすならば、ちゃんとお返事するべきですね。嫌です無理ですお断りです。慕ってくれる連中がいるんだからそこから見繕え。もしくは、せっかくいるんだから、お父さんとお母さんに見つけてもらえ」
にべもない。
淡々と理由を聞かれて、スィンはやはり淡々と返した。
正確には、抱いている感情を意図的に殺して、だが。
「愛も情も恋もないのに、お付き合いできないです。大佐は違うかもしれませんが、僕には無理。性格の不一致ですね。大佐とお付き合いするくらいならぶうさぎと寝たほうがマシですよ」
極めてあっけらかんと放たれたトンデモ発言だが、スィンの目はまったく笑っていない。
ふむ、とひとつ頷いて。ジェイドは拒絶されたところで微塵にも傷ついた様子もなく宣った。
「再興したてのガルディオス家に、カーティス家の後ろ盾を得られるとしても、ですか」
「カーティス家が軍の名門であることは知っていますが、大佐は養子でしょう。そんな権限があるとは思えません」
たたみかけるようにスィンは続けた。
これ以上彼の口説き文句など聞きたくないと、如実に示して。
「それに、そういうことは現状が一段落ついてから話し合うべきですし、お家再興のことなら尚更。僕だけで決められることじゃありませんよ。継嗣はガイラルディア様なのですから」
「話し合い以前の問題です。まずあなたには、私の気持ちを受け入れて頂かなくては」
うそつき、そんなことは心にも思っていないくせに! 一体何を企んでいるんだ!
と、感情のまま罵りたい気持ちは、せめて子供のように喚くまいと抑えて。
「……寝言は眠ってから呟くものです。戯言は、酔ってからにしてください!」
ぷいと顔を背けて、本来の目的である荷物整理に取り掛かる。
もうその話題は受け付けない、と背中で語るスィンにやれやれと首を振って、ジェイドもまた積まれた旅荷に目をやった。
怒涛のように過ぎ去った話題から取り残されたガイが、おずおずとスィンに話しかける。
「スィン……」
「はい」
「俺は家のためや何かのために、お前をどこかへやるようなことはしないからな」
「ガイ様……」
「だからお前も、家のためとか俺のためにとか先走って、自分を犠牲にするようなことは考えるなよ」
「……はい、わかりました!」
うってかわって嬉しそうに、咲き誇る花のような笑みを浮かべた従者の頭を撫でようとし──妹として扱っていた頃の癖である──とどまった。
気を取り直したように、ジェイドに向き直る。
「そんなわけだから、旦那。本当にスィンが欲しいなら、まずは本人をどうにか口説いてくれ」
「仕方ありませんね。ま、努力はしましょうか」
とてもではないが、女に惚れた男の抜かす言葉ではない。やはり何か企んでいるのだろう。
でなければ、彼が若くもなく健康体には程遠い、更に離婚歴すらある女を選ぶ理由はない。
そうでなくても、スィンはジェイドを異性として見る前に色眼鏡をかけざるを得ないのだ。そのことは最早彼も、重々承知のはずなのに。たらしこんで命乞いする姿など、想像もできない。
本当に、何を考えているのやら。
徒歩での旅路では移動がわずらわしくなるにつき減らしがちだった旅荷だが、タルタロス、アルビオールと移動手段を確保した時点で何かと物は増えがちだった。
王女であり倹約という言葉にとんと疎いナタリア、まだまだ外の世界が珍しいルーク。そして音機関偏執狂──そう呼ぶと怒るが、実質はその通りのガイ。
特にナタリアは最近料理に目覚めたらしく、目新しい食材を買い込んでは錬金術じみた方法を用いて別の物質に変異させている。
実際のところは何か料理を作ろうとして失敗しているだけだが、彼女の手順を見る限りはそのように認識できるはずだ。
その中には、珍しいチーズや岩塩、香草の類。そして、封が切られているだけでほぼ手付かずの酒類が並んでいる。
「そういや、この間フランべに挑戦しようとして大変なことになってたな」
「思い出させないでください……」
フランベとは最後の香り付けにするもので玄人が客に提供するものならともかく、素人がやったところであまり意味はないそうだ。
それでも香りは重要だ、と彼女が奮闘した結果、未曾有の大災害を召喚してしまったわけだが……
「また随分買い込みましたね。ナタリアには許可を貰ったことですし、我々で処分しますか」
「だからこの面子なんですね」
内一本を手にとり、覗き込むようにしているジェイドに私情を殺して歩み寄る。
見上げた彼の瞳は酒瓶のラベルを映していて、その内心を探ることはできなかった。
称号:アルケミスト(ナタリア)
卑金属を金に変える? 賢者の石を練成する? 転じて、不老不死を目指す?
いいえ、錬金術とは本来一般の物質を「完全な」物質に変化・精錬しようとする技術のことです。
食物を「完全な」非食物に変え、借りた宿屋の台所を「完全な」廃墟にしちゃった貴女に贈る称号(結構ですわ!)
……おそるべし、カラミティ(疫病神、厄災、不幸、惨事の意)シェフ