the abyss of despair   作:佐谷莢

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第八十九唱——地位と感情と陰謀の匂いと

 

 

 

 

 

 

 バチカル付近の護岸にアルビオールをつける。

 アルビオールの特徴的な姿もさることながら、港や天空馬車には幾人かの兵士が常駐していたはずだ。いくらなんでもそこからナタリアの姿をさらすのは危険すぎる。

 皆が皆、味方とは限らない。先だっての騒ぎで、ナタリアをかばったために怪我をした人間はゼロではないのだ。死んだ人間も、バチカルを離れていた今知る術はない。想定できる危険は、避けるべきである。

 そびえるバチカルの王城に眼をやりながら、「さて」とルークが呟いた。

 

「となると、どうやって伯父上に会おう」

「そうですわね。正面から行っては不要な争いを起こしてしまいます。となると……スィン、わたくしたち全員が一様に忍び込める道を知りませんか?」

 

 ナタリアがふと、スィンに案はないかと話題を振っている。それにティアが反応した。

 

「どうしてスィンがそれを知っているの?」

「アッシュやわたくしがこっそり城を抜け出して城下へ遊びに行く際、よく隠し道をわたくしたちに教えてくれましたの」

 

 確かに、それは事実だ。

 屋敷の中、城内、王侯貴族の名に連なる大人たちの目の下でしか世界を知らなかった彼らに、通常生まれてくる人間としての目線を知ってほしい、との思惑のもと、彼らを外の世界、手始めとして城下へ連れ出した。

 狙い通り興味を持った彼らの好奇心を殺してはいけない、とスィンは仕事の合間を縫って様々な抜け道を探し、毎度毎度使う道を変えた。

 二人が道を覚えて勝手に抜け出したりしないように。勝手に城下へでかけられて、大事に至らないように。

 しかしスィンは一同を見回した後に、首を否定の形に振った。

 

「……無理かな。人数もそうだけど、今のガイラルディア様や大佐にアレは通れません」

 

 きちんと身を入れて調べれば、攻め込まれた際王族専用の隠し通路など見つかるかもしれないが、今そんな猶予はない。

 大体、バチカルは護りに長けた街だ。城はその際たる場所、創設者がそこまで気を回したかどうか。

 スィンにきっぱりと却下され、言葉に詰まったナタリアに、意外にもイオンが助け舟に出た。

 

「大丈夫です。僕に任せてください。僕の名を出せば兵士達も通してくれると思います。正面から行きましょう」

「イオン様……」

 

 その彼らしからぬ断言の強さに、アニスがいさめることを忘れて彼を見上げている。

 二人もまた、珍しく彼の思いに甘えていた。

 

「そうか……じゃあ頼むよ、イオン」

「お願いしますわ」

「導師の名にかけて、必ずお二人をインゴベルト陛下の元にお連れします」

 

 インゴベルトの名を聞いたそのとき。スィンはふと、自分の姿を見下ろした。

 マルクトの軍服。バチカル城に押し入った際隠しもしなかった、夜目にすら鮮やかな雪色の髪。

 

「……そうだ、ガイラルディア様。許可ください」

「ん? なんのだ?」

「スィン・セシルとして王城へ参ります。マリィベル様のお姿を宿す許可を」

 

 ガイがそれについての合否を唱えるその前に。イオンが興味深そうに口を挟んできた。

 

「どうしてスィンが姿を変える必要があるのです?」

「えーっとですねえ……」

 

 とりあえず、道すがらスィンは先だっての処刑騒ぎのあらましを聞かせる。それから、理由を話した。

 

「そんなわけで、僕は先だっての処刑騒ぎでアッシュと共にみんなを脱獄させています。殺しこそしてないけど兵士に怪我はさせてるし──言い方はなんですけど、偽王女脱獄を促した張本人とされているはずです。そんな人間を連れてって、わざわざ事態を混乱させるわけにはいかないでしょう。インゴベルト王を悩ますのはマルクトとの和平だけで十分なはず」

 

 しかし、イオンは納得する気配を見せなかった。それどころか。

 

「……ジェイド。これを機軸にすることはできませんか?」

「可能といえば可能ですね。彼女はもともとマルクトの人間ですし」

 

 意味ありげなやりとりに不審を覚えたか、ガイが口を挟んだ。

 

「どういうことだ?」

「ナタリアを助けたのはマルクトの人間、ということにしておけば、キムラスカはマルクトに対し借りができ、マルクトと和平条約を結ぶ材料にならないか、ということですよ。あなたも想定しなかったわけではないでしょう?」

「そりゃしましたけど、預言(スコア)に自分の甥どころか──」

 

 何の気なしに言葉を続けようとして、ふと口を押さえる。

 娘であったナタリアの前で、こんなことを言ったら流石に不信感が芽生えるだろうか? 

 

「な、なんですの?」

「いえ、なんでも。まあそんな輩がナタリアを娘と再度認めるかどうかわからないから、ここはマルクトとの和平条約だけ迫ってややこしいことはしないでおこうかな、と思ったんですけど」

「いえ、僕はかまわないと思います。確かにインゴベルト王はモースのいいように操られ、愚を冒してばかりいますが仮にも彼はキムラスカの王です。きっと理解してくれると思います。マルクトの軍服を纏い、ナタリアの脱獄を助けた張本人が目の前に現れれば、無言の圧力にもなりますよ」

 

 それが彼の決断を鈍らせはしないか、とスィンは憂いていたのだが……誰も、ガイもこれといった反論をしないために従っておくことにした。

 流石はイオン、ここまでの若年で導師に選ばれただけはある。やはり純粋でカリスマ性が秀でているだけでは導師は務まらないらしい。

 ともかく、正面突破、スィンも姿は変えず、とバチカル攻略は決定した。

 一歩バチカルへ足を踏み入れた瞬間、人々の視線が一行に集中する。

 ざわめく住民たちを睥睨し、ナタリアは先陣を切って歩みだした。

 その両脇をルーク、ガイのツートップで固め、中間にダアトに籍を置くティア、アニス、イオンが続き、しんがりをマルクトの軍服に身を包むスィン、本当にマルクトの軍人であるジェイドが続く。

 バチカル市民たちは、一同の姿を見るなりざわざわと騒がしくなるものの、その動向を邪魔する動きは見られない。

 ただ、好奇と疑念の思いを伴った視線を寄越してくるだけだ。

 

「……殿下! 何故お戻りに」

「すべきことを成すために、です。それ故わたくしはお父様に、陛下に会わねばなりません。通しなさい」

 

 王城へと続く昇降機を守っていた兵士が形ばかり立ちはだかるものの、ナタリアの毅然たる態度に押され、押し退けるまでもなく兵士は道を空けている。

 大昔、どこぞの賢者が街を追われた住民らを救うため、海を割って彼方の大陸へ避難させた神業のように開いた兵士らから、スィンは突き刺さるような視線を感じていた。

 当時は着のみ着のまま、荷物ひとつ持たぬ身だったのだ。加えて、こっそり焦っていたスィンは不覚にも髪の色すら変えていなかった。

 この特徴的な容姿で、自分たちを昏倒させた女の姿を忘れろというのに時期が短すぎたらしい。

 だが、どこぞの伝説ではあるまいし、視線だけで命は奪われない。

 最後にスィンが昇降機の籠に乗り込むと、ガイが昇降機の作動を促した。

 ゆるゆると、籠は最上階を目指す。

 かしゃん、と音を立てて停止したその先で、どのような伝令がなされたのか、待ち受けていた兵士は動揺を見せることなく一同を昇降機から降ろした。

 ナタリアに敵意を見せることもないが、その代わり心配そうな警告を発することもしない。

 これからの成り行きを見守り、中立に立とうとする輩か。賢い選択である。

 とにかく籠から降り、その足で王城へと赴く。途中、ファブレ公爵家の門がちらりと垣間見えたが、ルークの視線はすぐにナタリアのもとへと向かった。

 事実を、血脈の誤りを突きつけられても失われぬ誇り高きプリンセスの姿は健在だ。他人にその言葉さえ告げられなくば、彼女は一生王女ナタリアとして栄光の彩る道を歩み続けていただろう。

 ただ、今その道は暗雲により、光をなくしている。立ち止まって光を取り戻すのは不可能。

 暗闇の中を進み、突き進んで消された光を取り戻すのか、分岐にさしかかり違う道を選ぶか。

 此度の和平条約に向けての働きかけは、まさに人生の分岐であった。

 キムラスカ・ランバルディア王家唯一の直子、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアであった少女の歩みが止まる。

 すぐ眼の前にはバチカルにそびえし王城。彼女の歩みを阻むは、門を護る兵士二人であった。

 互いに手にした長柄戦斧(ハルバード)を交差させ、何人たりとも侵入を許さぬ立ち位置で一同を睨みつけている。

 その様たるや、昇降機を護っていた兵士にはない強い光が、兜の奥の瞳に宿っていた。

 

「ナタリア殿下……! お戻りになられるとは、覚悟はよろしいのでしょうな!」

「待ちなさい」

 

 流石、王の膝元は教育が行き届いている。

 王の血を引かぬ偽者に対しすぐさま長柄戦斧(ハルバード)を振りかざした兵士に対し、イオンは一歩踏み出して兵士の前に立ちはだかった。

 

「私はローレライ教団、導師イオン。インゴベルト六世陛下に謁見を申し入れる」

「……は、はっ!」

 

 誰もが依存する預言(スコア)を詠み、預言師(スコアラー)達を束ねる指導者を前に、兵士は自然緊張した背筋を伸ばして敬礼を余儀なくされる。追い討ち気味に、イオンは付け加えた。

 

「連れのものは等しく私の友人であり、ダアトがその身柄を保証する方々。無礼な振る舞いをすれば、ダアトはキムラスカに対し、今後一切の預言(スコア)を詠まないだろう」

「導師イオンのご命令です。道を開けなさい」

 

 キムラスカにだけ預言(スコア)がもたらされぬ恐怖、なりは小さく、一度は解雇されたとはいえ導師直属の護衛役の言葉が相まる。

 兵士二人は気圧されたように、王城への道を開いた。淡々と、イオンは一同に向き直る。

 

「行きましょう。まずは、国王を戦乱へとそそのかす者たちに、厳しい処分を与えなければ」

「……ナタリア、行こう。今度こそ、伯父上を説得するんだ」

「ええ!」

 

 迷いなど微塵もない、力強い同意。

 決意を新たに、先頭をイオン、ナタリア、ルークに切り替えた一行は王城に踏み込んだ。

 

「こちらですわ」

 

 出会う兵士が慄くのにも気に留めない。勝手知ったる我が家といった風情でナタリアは廊下を突き進んだ。謁見の予定が組み込まれない限り、王が私室にいることを知っているからである。

 やがて一行は、中二階の突き当たり、以前スィンやヴァンがブチ込まれた罪人部屋の真上に当たる王の私室へとたどり着いた。

 立ち止まったナタリアは、ふぅっと息をついている。

 一度の深呼吸の後に、彼女はコンコンコンッ、と形だけノックをして素早く扉を開けた。

 ノックをしたとはいえ、許しを得ずにずかずか上がりこんだのは、意表をつくためであり、彼女なりに最低限の礼儀を尽くしたつもりなのかもしれない。

 相手は自分を殺しかけた人間なのだから、そんな礼儀を尽くす必要はない気もするが、そのあたりは育ちによるものではと考えられる。

 とにかく、ナタリアは運命を左右するであろう扉を押し開いた。

 

「お父様!」

 

 ナタリアの歩調に合わせ、続く一同も部屋へ押し入る。足音に合わせて、最後尾に立っていたスィンは錠を下ろした。談判中、誰であれ邪魔が入るのはいただけない。

 兵士が大挙すれば王を人質にする以外手はないが、これからのことを考えると、その案はなるたけ使われない方がいい。

 一方、彼女の姿を目の当たりにした人間たちは対称的な反応を示した。

 

「ナタリア!!」

「へ、兵たちは何を……」

 

 正面に座するインゴベルトは驚愕に眼を丸くし、傍に控えるアルバイン──ナタリアに自害を強要し、大昔の話であるが謁見の間にてスィン・セシルの拘束を命じた内務大臣──はうろたえたように周囲を見回す。

 しかし、ナタリアの傍についたルークが声を張り上げて訴え、インゴベルトによる兵士召集を遮った。

 

「伯父上! ここに兵は必要ないはずです。ナタリアはあなたの娘だ!」

「……わ、私の娘はとうに亡くなった……」

 

 事実であるものの、どこか無理やりひねり出したような、話す本人すら違和感を覚えるその言葉につけこみ、ルークは更に声を張り上げる。

 まるで、その声をもってインゴベルトの気持ちを動かさんとするように。

 

「違う! ここにいるナタリアがあなたの娘だ! 十七年の記憶が、そう言っている筈です!」

「ルーク……」

 

 どこかで聞いたような台詞に、ティアが小さく彼の名を紡ぐ。

 呼ばれた当人は、「……へ」と小さく彼女に応えた。

 

「おまえの受け売りだけどな」

 

 小さく囁きかける間にも、インゴベルトの心は揺れている。

 

「記憶……」

「突然誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は、二人だけのものだ」

 

 ルークの言葉に容赦はない。

 キムラスカを束ねる王として、どうにか父の情を振り切ろうとするインゴベルトに、その心に直接的な言葉を届けようと必死なのだ。

 

「……そんなことはわかっている。わかっているのだ!」

「だったら!」

「いいのです、ルーク」

 

 自棄になったような王の言葉に、ルークはそのまま認めさせようとした。

 しかしそれは、他ならぬ擁護対象、ナタリアによってせき止められる。

 

「お父様……いえ、陛下。わたくしを罪人とおっしゃるなら、それもいいでしょう。ですが、どうかこれ以上マルクトと争うのはおやめください」

 

 この際自分のことはさておこうとしたのか、眼前で堂々擁護されるのが心苦しいのか。彼女はすりかえられそうな話題を、どうにか本題へと移動させた。

 イオンもまた、彼にしては珍しく険しい眼で王を、二人を睨んでいる。

 

「あなた方がどのような思惑でアクゼリュスへ使者を送ったのか、私は聞きません。知りたくもない。ですが私は、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。私に対する信を、あなた方のために損なうつもりはありません」

 

 導師直接の弾劾は、国を治める支配者をも黙らせた。

 沈黙が漂い始めるその前に、ジェイドがこれまた真面目な顔つきで一歩、前へと出る。その手に、さりげなく懐から出された書状を携えて。

 

「恐れながら陛下。年若い者にたたみかけられては、ご自身の矜持が許さないでしょう。後日改めて、陛下の意思を伺いたく思います」

 

 事前の打ち合わせにもなかった突然の提案に、ルークが、思わずといった形でガイが反論する。

 

「ジェイド!」

「兵を伏せられたらどうするんだ!」

 

 だが、スィンは賛成だった。

 彼らにはわからないかもしれないが、こういった人種はえてしてプライドが高い。年を重ねれば重ねただけ、自分の意見を曲げることを嫌うのだ。説得されればされただけ、彼らの意地は強固なものとなる。

 鞭をふるうだけ飴もやらねば、誰であれ頷きはしない。

 

「そのときは、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。先だっての処刑騒ぎのようにね。あまつさえ、ここには兵士を蹴散らしナタリアをあなたの元へ導いた張本人がいる。彼女の顔を忘れたわけではないでしょう?」

 

 そこのところはお手の物だろう、と思っていたのだが……人をダシにするのはやめていただきたい。

 しかし、こう言われてしまって何もしないのは逆効果だ。一応半歩、前に進み出てインゴベルトに顔を見せる。あえて何も話さない。

 左右色の違う瞳に追憶がかすめたか、インゴベルトは大きく眼を見張った。

 

「そなた……マルクトの者であったか……!」

「しかもここには、導師イオンがいる」

 

 ジェイドの追撃は、留まるところを知らない。

 もしこれで決定は後日、の案を出さなかったら、間違いなくインゴベルトを悪い方向へ追い詰めていたことだろう。

 

「いくら大詠師モースが控えていても、導師の命が失われれば、ダアトがどのように動くかおわかりでしょう」

「……私を脅すか。死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド」

 

 ここで初めて、彼はキムラスカ王として正気に帰ったようにジェイドを、敵国マルクトの回し者を睨んだ。

 その様は、まさにキムラスカの王としてふさわしい威厳をかもしだしている。

 しかしジェイドとて、同じ立場の王に仕え、接し、いさめる者。毛筋ほども臆してはいない。

 ……たとえジェイドがピオニー陛下と何の縁もなかったとしても、インゴベルトに臆しはしないだろうが。

 

「この死霊使い(ネクロマンサー)が、周囲に一切の工作なく、このような場所に飛び込んでくるとお思いですか」

 

 その名にふさわしい挑発的な笑みを向け、彼は武器を携えていないことを示すように両手を出した状態で彼らに歩み寄った。手にしていた書状を、恭しくインゴベルトへ差し上げる。

 

「この書状に、今世界へ訪れようとしている危機についてまとめてあります」

「……これを読んだ上で、明日謁見の間にて話をする。それでよいな?」

 

 おかしな仕掛けはないか、アルバインのチェックを経て書状を手にしたインゴベルトはどうにかそれを言い切った。

 直後、王の威厳がかき消え、この短期間で何十年分も年をとってしまったかのような、一人の人間としてのインゴベルトが浮き彫りになる。

 スィンの視線に気づいたのだろうか。インゴベルトはその視線から逃れるように、書状へ眼を落とした。

 これ以上ここに留まるべきでないと気づいたルークが、退出を告げる。

 

「伯父上、信じています」

「失礼致します。……陛下」

 

 ルークの、ナタリアの言葉を彼はどのように受け止めたのだろうか。

 それは一行の誰にも、わかることではなかった。

 

 

 

 

 

 

 兵士に追われることこそなかったが、彼らの向けてくる視線がぴりぴりと痛い。

 そんな中、一行はファブレ公爵邸の眼前まで戻ってきていた。ガイの視線がルークに向けられる。

 

「寄って行くか?」

「いや、親父は伯父上の味方だ。……今は行かないほうがいい。今日のところは街の宿に泊まろう」

 

 首を振って否定したルークだったが、ふと首をめぐらせてしんがりを歩くジェイドを見た。

 

「そういやジェイド、こんな短い時間にどんな手を回したんだ?」

「何がですか?」

「城で伯父上を脅してただろ」

 

 首を傾げていた彼は、「ああ」とわざとらしく頷いている。どうせ覚えていただろうに、あるいは本気で主要な記憶から削除していたのかもしれないが。

 

「はったりに決まってるじゃないですか」

「「……」」

 

 二人は一様に沈黙した。

 

「強いて言えば、今のスィンを連れて行ったことですかねぇ。いやー、あの眼力はなかなかお見事でした。陛下もかなりビクビクしていましたよ☆」

 

 その二人に対し、悪びれた様子もなくしれっと言い切る。わざとらしく茶目っ気に満ちた言葉で言われても、今のスィンに反論する気力はなかった。

 なぜなら、ジェイドの言葉は真実だから。

 ……という自覚があるわけではない。

 ファブレ公爵邸自体には何も気にすることはないが、それよりなにより彼女は自分の祖父、ペールのことを気にしていた。

 戻ってきたら、全てを──自分の出生に関する事柄を聞き出すつもりだったのだ。

 場合が場合なのだから今は自粛するべきだと頭ではわかっているのだが、どうしても気になる。

 今夜宿を抜け出して、こっそり祖父と密会しようか。

 本当は隠す必要などないのだが、彼らに知られたら、好奇心の強い彼らのこと、聞きたがるに決まってる。他の何をおいても、自分すら初めて知ることを他人の耳には入れたくなかった。

 さてどうしたものか──

 

「スィン? どうしました、私に見とれましたか」

「どうやって見とれるんです、この状態で」

 

 今のスィンは、ファブレ公爵邸のみを見つめている。どう考えても視界にジェイドが割り込む余地はない。

 と、次の瞬間。突如彼女の視界をジェイドの顔が占領した。

 

「わわわっ」

「聞こえているなら反応なさい。いきなり呆け出して、なんの妄想をしていたんです」

「……妄想とは失敬な。不穏な影の有無を調べていただけです」

 

 ごまかしはしたが、嘘ではない。

 兵士たちの視線とはまた種類の違う、首筋を焦がすような視線が少し気になったのである。

 登城した貴族の不審者を見る目かと思いきや、視線は未だに消えることを知らない。放置しておけば必ず宿までついてくるだろう。

 退却を待つか、ここで仕掛けるか。

 ジェイドに向き直り、視線を意図的に動かしたスィンに、彼は真面目な顔で頷いた。

 

「気づいていましたか。ですが、ここで手を出すのは早計です。今は様子を見ましょう」

「──わかりました」

 

 極限まで声を切り詰め、囁く。

 ルークたちにすら詳細を告げない会話を手早く終わらせ、スィンは一同に向き直った。

 

「じゃ、城下で宿を取りましょうか」

「あ? ああ、そうだな」

 

 奇妙な沈黙に首を傾げていたものの、ルークは深くを追求せずにきびすを返している。

 誰にも気取られないよう周囲に気を配り、スィンは心持ちガイに張り付くようにして皆の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

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