the abyss of despair   作:佐谷莢

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第九十五唱——捜索チームサイド

 

 

 

 

 

 

 

 上層、城下町、港。

 そのどこでもスィンや六神将の目撃情報を得られなかった三人は、ミヤギ道場の付近で対策を練っていた。

 事を円滑に進められないもどかしさに、それとも二人を心配するあまりか、ナタリアは癇癪を起こしている。

 

「おかしいですわ。どこにも、誰にも、ちらりとも見られなかったなんて!」

「確かに。俺たちだけならともかく、皆がナタリアにまで嘘をつく理由もないしな……」

 

 金を掴まされていた、というなら話は別かも知れないが、三人が聞き込んだ人物すべてに手間も暇も金もかかる方法をとるとは思えない。

 よもや、蒸発したというダアトの兵士たちが関わっているのだろうか。

 ありえないことではないが──誰が関わっているかは、問題でない。

 彼女らの姿が誰の眼にも見られていないこと、それが問題なのだ。

 二人の言葉に耳を傾けながら黙考していたジェイドが、「……仕方がありません」と呟いた。

 

「ジェイド?」

「目撃情報がない以上、足跡を追うことはできませんからね。不確かな方法ではありますが、そもそも人が行かないような場所を検討しましょうか」

 

 懐から折りたたまれた紙切れを取り出し、その場で広げる。

 いつの間にこしらえたのか、それはバチカル全体の見取り図であった。

 最も、最下層に設置された案内板を書き写しただけの代物であったが。

 

「ガイ。このバチカルで人の立ち入らない区画などはありませんか? できれば海に面している場所などで」

「……前に俺たちが通った廃工場……は、海と正反対なんだよな。あとは……」

 

 港とは正反対の場所に天空客車が向かっているのだ。一度その場所を指しかけたガイが、地図上で指を彷徨わせる。

 同じように地図を覗き込んでいたナタリアが、「あ」と呟きを零した。

 

「どうしました?」

「そういえばわたくし、以前スィンに今は使われていないという港へ連れて行ってもらったことがありますわ! あの場所はどうなのでしょう?」

 

 どうやら場所は覚えていないらしく、ナタリアはガイに尋ねている。

 う~ん、と腕を組んだガイは、熟考した後に地図上のある一点をさした。

 一行が足を踏み入れたことがない、倉庫の密集した区域。

 

「……今も多分、出入りはないと思う。でも港に繋がる天空客車は、兵士が常駐していて入れないはずだが……」

「わかりませんよ。今は騎士団の兵士たちが蒸発したことで捜索に人員が駆り出されているでしょう。港に目撃情報がなかった以上、彼らは秘密裏にバチカルへ訪れている可能性があります。行ってみましょう」

 

 素早く地図を仕舞い込んだジェイドが、ガイに案内を頼んでいる。

 その彼をどこか複雑そうに見やってから、彼は歩き始めた。

 

「……なあ旦那。ひとつ聞いていいか?」

「質問の内容によります」

「スィンのこと……どう思ってる?」

「呆れたじゃじゃ馬の主馬鹿だと思います」

 

 一瞬の迷いもない、見事な即答である。

 しかし、ガイが聞きたいのはもちろんそういうことではない。

 

「そういうことじゃなくてだなあ……」

「質問はひとつではなかったのですか?」

 

 手厳しく返され、沈黙を余儀なくされる。

 しっかりと歩だけは進めながら、周囲を警戒しているナタリアにこの会話が届いていないことを確認しながら、ガイは口を開いた。

 

「……なんで二人を探す方に加わったんだよ? 少なくとも、バチカルじゃあ身動きとりづらいってわかっていただろうに」

「ティアは神託の盾(オラクル)に所属している身ですから、モースやヴァンが関与し、実際に現れたでもしたら咄嗟には動けないでしょう。アニスはイオン様の警護があるので戦力外です。あなたはバチカルに土地勘がありますし、ナタリアは状態異常の治癒術に秀でています。もし二人が薬等かがされていたとしても治癒ができる。それはわかりますね?」

「ああ」

 

 多少こじつけた感は拭えないが、基本的に間違っている点はない。それは、納得できた。

 あとはマルクトの軍服を着ているジェイドが、キムラスカの貴族であるルークと入れ替わったのなら、聞き込みによる捜査、少なくとも市民が口を利いてくれる可能性は大幅に上がっていたのだが……

 

「私とルークを入れ替えた方がよかった、とお思いですか?」

「……そうは言ってないが、旦那はスィンと喧嘩してたんじゃなかったのか?」

「いいええ」

 

 これまでかすかに見せてきたいがみあいを指摘すれば、ジェイドは大仰に首を振って否定していた。

 

「少なくとも私に覚えはありませんね」

「いや、あるだろ。ポーカーのこととか……」

「あんなもので彼女を怒らせることができると? それは初耳です」

「いやだって、旦那の言うこと聞かなきゃなんないって怒ってたじゃないか」

「あんなもの、単なるポーズに決まっているではありませんか。少なくとも怒気を感じることはできませんでしたよ。何なら彼女に確かめてみればいい」

 

 会話を打ち切り、くるりと周囲を見回す。

 見れば、どこか懐かしい風景にか誘われてか、いつしかナタリアは前に出てきょろきょろと辺りを見回していた。

 

「ナタリア、どうかしましたか?」

「……わたくし。やっぱりここへ来たことがありますわ。確か、天空客車が……こちらではなかったかしら」

 

 密集する倉庫をすり抜けるように、右へ左へとナタリアは歩を進めていく。

 しばらくすると、唐突に連立した倉庫の大群が途切れ、広いメインストリートにさしかかった。

 

「ここも覚えがありますわ。いつの頃だったかしら……」

「……多分、七年前のことじゃないかな」

 

 しきりに首を傾げるナタリアを見かねてか、ガイがぽつりと具体的な年数を上げている。

 ただ、その表情はどこかつらそうなものだ。

 

「スィンは、君をここへ連れ去った、ってことでバチカル追放をくらってたから……」

「! ご、ごめんなさい。わたくし……」

「謝る人間が違うし、もう君が謝る必要はない、ってスィンなら言うと思うよ」

 

 わざわざ言うことじゃなかった、ということを詫び、彼は口を閉ざしてメインストリートを歩き始めた。

 

「この先には何がありますか?」

「さっきナタリアも言ってたが、旧港跡へ続く天空客車がある。動くかどうかはわからないが、ルートはあれしかないからな。試してみるしか……ん?」

 

 件の天空客車が徐々にその姿を現す。かと思いきや。

 

「ありませんね。撤去されたのかもしれません」

 

 三人の目に映るのは、その独特な乗り口と操作盤のみ。客車自体は、幻だったように姿がない。

 更に。

 

「あれは……何かしら」

 

 乗り口のあたりには、黒っぽい塊がわだかまっている。

 近寄ると、それは中に何かが包まった布のようなものであることがわかった。

 

「……なんだと思う?」

「わずか、ほんのわずかですが──血臭がします」

 

 じりじりと、更に近寄る。

 軍人独特の勘に近いのか、血溜まりは見受けられない。

 しかし、その塊の正体に検討がつかない不気味さは変わりなかった。

 

「なんか、いや、まさかなあ……」

「ガイ?」

「あの布。スィンが着てた奴に似てる」

 

 ガイの推測は、三人の共有する最悪の結果を連想させる起爆剤にしかならなかった。

 

「ま、まさか……」

「落ち着いてください。体のパーツである可能性はなきにしもあらずです。今のところ六神将たちは、アッシュを除いて氷を発生させる術を使ったことがありません」

「フォローになってねえ!」

 

 冷凍されていれば、たとえバラバラであっても血溜まりや不快臭はない、と言いたいのだろうか。

 預かっていた血桜を握りしめ、耐え切れなくなったガイが包みに駆け寄る。

 続いたナタリアがハラハラと、ジェイドがどこか興味深そうに覗き込む中、震える手が布包みに伸ばされた。

 がしっ、と掴まれる。

 

「ひえっ!?」

 

 ガイは無様にも尻餅をついたが、それを責め、嘲る者は誰もいるまい。

 彼は、布包みから生えた手に腕を掴まれたのだから。

 当然のことながら、ガイは慌ててその手を振り払っている。手はするりと黒い布包みの中へ消えていった。

 直後。

 

「ガ・イ・ラ・ル・ディ・ア・さ・ま?」

 

 突然声をかけられ、彼はもちろんナタリアもジェイドも勢いよく振り返った。

 ──そこには。

 

「スィン!?」

「は~い」

 

 たなびく真白の髪、実用一辺倒にして異国風の黒衣、にこー、と彼女にしては珍しく機嫌がよさげな笑顔。

 マリィベルの仮装を取り払ったスィンが、そこに立っていた。

 

「よかった……無事だったのですね」

「一、応」

「ペールから聞いたぜ。焦ったよ、ホントに」

「ご迷惑、おかけしました」

 

 ──おかしい。

 流石というか当然というか、彼女の異変を初めに察したのはやはりジェイドであった。

 どこか声が違うように聞こえることもさることながら、先ほどから妙に笑顔が耐えない。

 ナタリアやジェイドだけならともかく、今この場にはガイがいる。

 迷惑をかけた、という自覚があるならば、少しはすまなさそうな顔をしているはずだ。

 今の彼女には、それがない。

 更に、いぶかしげにスィンを見つめるジェイドに、当の彼女はまったく視線に気づいていなかった。

 ふと、逆に視線を感じて布包みを見やる。

 先ほどガイの腕を掴んでいた手は、小さな……子供のもののように思えたが、まさかあの中には幼子がひそんでいるのだろうか。

 ほんのわずか、めくれた布の隙間からそれは息を殺してじぃっ、とジェイドを見つめていた。

 一方で、現れた彼女をスィンと信じて疑っていないガイは不気味な布包みを指差している。

 めくれていた布が、風に吹かれてぱたりと閉じた。

 

「なあ、お前あれがなんだかわかるか?」

「はいー。でも、その前に」

 

 言葉尻とは裏腹に、素早く間合いを詰めてガイから血桜を奪い取る。

 彼が握っていたにもかかわらず強引さをちらりとも見せないその所作は、巧妙なスリの手口にも似ていた。

 

「え?」

「……さ~って、どうする? どうでる?」

 

 きびすを返し、腰に差した血桜の柄に手をやる。

 彼女の視線の先にいたのは。

 

「……烈風のシンク!」

 

 ガイもまた刀の柄に手をかけ、ナタリアは弓を構えて矢筒に手を伸ばしている。

 死霊使い(ネクロマンサー)が詠唱しようとしているのに気づいていないのか、天空客車を支える太い鋼鉄の綱を渡って現れたシンクは、ひどく憎々しげに吐き棄てた。

 

「……大した化け物だよ、アンタは。まさかこんなに早く回復したなんて……」

「お褒め頂き、至極光栄~」

「舐めるなッ!」

 

 へらり、と笑って馬鹿にしきった返事を寄越したスィンに、彼は激昂をあらわとして襲い掛かった。

 と、見せかけて。彼は口元に冷笑を浮かべながらスィンに右腕を突き出した。

 しかし、彼の冷笑は次の瞬間、動揺へと変貌している。

 

「!?」

「──残念、でした」

 

 どんなやりとりが行われたのか、部外者が知ることは叶っていない。

 シンクが何かを目論み、スィンはそれを想定した上で対処策を打った、ということか。

 直後、緋色の刃が疾風じみた素早さでシンクの顔面へ迫り、刃の腹が仮面を強かに打つ。

 

「くぅっ……!」

「見逃してあげる。失せろ」

 

 仮面を通して顔面を強打したシンクが怯んでいる隙に、彼女は底冷えするような声で彼を威嚇した。

 突きつけられた刃は、スィンが力を加えるだけはおろか、手を滑らせただけでもシンクの頚動脈をざっくり切断できる位置にある。

 逆らえば、躊躇なく首を狩られるだろう。そして彼の正体が図らずも暴かれ、少なからぬ影響をもたらすのだ。

 それはまだ、避けなければならない。

 

「……ちっ」

 

 嫌そうに両手を挙げ、降参の意を示す。

 血桜を収めたスィンが下がると、彼は素早く鋼鉄製のロープ上へ移動した。

 

「随分石頭なんだね。硝子瓶をぶつけたのに、頭の皮にも傷がつかなかったなんて」

 

 棄て台詞なのかそれとも別の意味合いが込められてか。図りかねる台詞を残してシンクは駆け去った。

 

「──ふ~」

 

 脅威の撤退に、肩を落として息をつくスィンへ、ジェイドは容赦なく質問を飛ばしている。

 

「お疲れのところすみませんが、何故彼を見逃したのです? あのまま斬り捨てることもできたでしょうに」

「まち中での人きりはゆうざいです。全世界の決まりごとを、いちいちかくにんしないでくださいな」

 

 それに答えたのは、少なくともスィンではなかった。

 声がひどく幼い上に、当の本人は口を開いていなかったからである。

 

「……ああ、腹話術ですか。何もこんなところで披露しなくてもいいでしょう」

「できないこともありませんが、ちがいます。とりあえずこれを見てください」

 

 呆れたように身をすくめてみせたスィンが、黒い布包みに歩み寄り、ひょい、と抱え上げる。

 手は生えない、身動きも何もない。

 という推測はあくまで想像止まりだったことを、彼らは己の瞳によって証明される。

 直後、ぴょこりと顔を出したのは、おおよそ七、八歳と思われる少女であった。

 

「!」

 

 ふわふわと、潮風に弄ばれる雪色の髪。

 しかし側頭部を負傷しているらしく、部分的に朱がかっており、その雫は少女の額を、目蓋をも濡らしている。その部位をかしかし、とこする腕は、伸び盛りの枝を思わせる瑞々しさに溢れていた。

 精巧な人形を思わせる面立ちでありながら、その表情は困ったように眉が歪んでいる。

 そして血糊を拭い、きちんと開かれたその瞳は──

 緋色と藍の、色違いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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