日曜聖書ロードショー『カインダイチ少年の事件簿~人類最初の殺人~解決編』   作:左道

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第1話

「きゃああぁあ────!」

 

 絹を引き裂くような、母イヴの声が響き渡る。

 慌ててその場に集まった俺たちが見たのは、無残な死体だった。 

 倒れ伏している男の後頭部には、一抱えほどの岩が食い込んでいる。地面には大量の血が染み込んでいて、あたかも大地の怒りを受けたような姿だった……

 うつ伏せで倒れているので顔の見えない被害者だが、この場に居ない人物だとすぐに皆は気づいた。

 俺は口元を押さえながら恐れおののき、呻いた。

 

「ア、アベルが殺されている……!」

 

 俺の弟、アベルは無残な死体に成り果てている。

 これが人類最初の殺人事件であり、後に続く惨劇の始まりだったことが……不吉にも予想されるような、悲惨な現場であった。

 

 

 

 ******

 

 

 カインダイチ少年の事件簿~人類最初の殺人~解決編

 

 

×アベル

 アダムの次男

 被害者

 

 アダム

 最初の男

 家長

 

 イヴ

 アダムの妻

 主婦

 

 カイン

 アダムの長男

 真面目な農業従事者にして探偵役

 

 アワン

 アダムの長女

 家事手伝い

 

 山羊

 アベルの飼っていた畜生

 

 鳩

 光ってる

 

 

「犯人は、この中にいる!」

 

 

 俺ことカインは殺人現場に集まった皆を見回して、そう宣言をした。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 読者に挑戦!

 これまでの段階で既に犯人に目星を付けることができるぞ!

 君はわかったかな?

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

「ちょっと。ちょっと待て息子カイン」

 

 そう話しかけてきたのは父親のアダムだ。

 俺と同じく農業従事者をしている最初の人だが、アダムが畑に入ると雑草としてイバラとアザミが生えてくる呪いが掛かっているので非常に邪魔ではある。

 神が食うなって言った知恵の実を母にそそのかされて(母は蛇にそそのかされたと主張しているが怪しいものだ)食ったせいで、神から怒られて呪われたのでそんなことになっているらしい。ついでに作物の収穫にもデバフが掛かる。

 彼は訝しげな顔で俺に問いかけた。

 

「まず色々ツッコミたいんだが、なんだ[カインダイチ]って」

 

 なんだ、そんなことかと俺は肩をすくめる。

 

「俺ことカインは大地を耕すからカイン大地(ダイチ)なんだ」

「そうよねハジメちゃん!」

「待て。アワン。イマイチ知名度が少ない我が娘よ。そのハジメちゃんというのは?」

「一番ハジメに人と人の間に生まれた子だから、兄さんはハジメちゃんなのよ」

「つまり俺は……カインダイチ・ハジメと言うんだ!」

「まずぼくら何語喋ってる設定なんだよ!?」

 

 アダムは不満そうにそう主張した。まったく、古い大人というのは意識が頑固で困る。

 だいたい神が言語を分割したわけでもないので何語とかそういう概念があるはず無いではないか。聖書ぐらいちゃんと読んで欲しいものだ。

 

「今はそんな事を気にしてる場合じゃない。大事なのはアベルが殺された謎を解き明かすことだ!」

「そ、そうよ! おお、アベル……わたしのベイビー……可哀想に……一体誰がこんなことをしたの!?」

「お袋、さっきも言ったはずだ。ここらに暮らしているのは俺たち一家しか居ない。つまり……家族の誰かが犯人だってことだ!」

「なんてこと!」

 

 お袋は年を追うごとに濃くなっていく化粧を施した顔を一同に向けて叫ぶ。彼女の仕事は主に裁縫(自分の服のお下がりを娘にやり、端材で俺たちの服を作る)ぐらいで、それ以外は化粧に使えそうな植物や貝殻を集めたり、色を塗った爪などを眺めて一日過ごしている。あと時々街のエステやヨガ教室へと行く。

 勝手に俺の畑で作物を引っこ抜いて代わりに大麻を植えて増やそうとしてくるのは勘弁して欲しい、そんな女だ。

 

「信じられないわ! そんなことを誰かがするなんて……!」

「いや、待てイヴ! ここは全知全能の主に電話で連絡してみよう! 全てを知っているはずだ!」

 

 アダムはそう言うと備え付けの電話機に飛びついて主とのホットラインを繋いだ。

 だがその表情は冴えず、きょろきょろと電話機の周りを見回す。

 

「はっ……電話線が切られている……!」

「これで、主の力無しで解決しないといけなくなったってことだな」

 

 何者かが電話線を切断していたので連絡がつかなくなった。次の供物の日まではまだ期間がある。それまで神の預言は与えられないだろう。

 その間に犯人を見つけて追放なりしなければ、新たな犠牲者が出ないとも限らない。責任は重大だ。

 

「……アベルが殺されたことには必ず理由があるはずだ。加害者と被害者の関係性、それを『動機』という」

「動機……?」

「そんな言葉があったなんて初めて聞いたわ……」

「ハジメちゃん……」

 

 皆が俺のIQ高い知恵に恐れおののく。これまでは家族一同で何も問題なく暮らしてきたのだから、殺害の動機なんて言葉に触れなくても仕方がない。

 これは恐らく人類最初の殺人事件なのだから。

 

「つまりはこう言い換えられる。『アベルが死んだことで誰が得をするのか』……そこから動機が割り出せちまうんだ」

 

 俺がそう告げると、真っ先に顔色を変えたやつが居た。

 母のイヴだ。

 

「なによ!? カインあなたひょっとしてわたしを疑っているの!? そりゃ確かに、アベルが死んだら保険金の振込先はわたしになっているわ! 欲しい宝石だってある! でもだからってわたしが殺したと決めつけるのは最低よ! ふざけないで! 信じられないわ! 淫売の息子(サノバビッチ)!」

「あんたの息子だよ……」

 

 お袋は一度ヒステリーを起こすと話をマトモに聞こうとしないから困る。

 するとアダムが仲裁するように呼びかけた。

 

「待て。待て待て。なんだ保険金って。家長の僕は全然知らないんだけど……だいたい、どこの保険会社があるんだ」

「ユダヤ人の保険会社よ。家族皆入ってるわ」

「ユダヤ人なら仕方ないか……」

 

 アダムは納得したようだった。俺も保険のことは初耳なんだが……

 

「お袋。一応言っておくけど、動機がある=犯人というわけじゃない。だからまずは話を聞いてくれ」

「……いいわ。でもわたしを犯人扱いするならこっちも弁護士を呼ばせて貰うわ」

 

 とりあえずお袋が一々わめいていたら話が進まない。

 俺も今の所、明確な推理があって話をしているわけではない。一つ一つ確認をしながら誰かが行ったアベル殺しのストーリーを固めなければならないのだ。たとえ犯人の目星がついていたとしても、明確な状況証拠を突きつける必要があるだろう。

 そのための動機を探るのは重要なことだった。

 

「他にアベルの存在が不都合だった者といえば……親父、あんたもだ」

「ええ!? なんで僕が愛する息子のアベルを殺さないといけないんだ! 家畜の管理はしてくれていたし、親子仲だって良かった! この前も山羊の解体方法を教えたことで、主へと捧げ物もできて感謝されてたんだぞ!」

 

 アダムはわけがわからないとばかりに喚いた。そう。ついこの前、アベルは飼っていた家畜を解体して主へと捧げた。

 ここだ。アダムの発言で怪しいところに『待った』を掛けて揺さぶる。それが探偵としての技能だ。

 果たして先程の発言のどこがおかしかったか? それは動機としては単純明快な部分だった。

 

「親父……アベルのことを『愛する息子』と言ったけど、果たしてそれは本当かな?」

「な、なにを……」

 

 俺は今まで目を逸らしていた大きな違和感を口にする。

 

「なぜなら──弟アベルは黒人だった」

「oh...」

 

 これが問題だった。そう、アダムもイヴも俺もアワンも白人だけれど、殺されたアベルだけ黒人だったのだ。

 突然聖書に人種差別問題が絡んできた。だけれど仕方ないんだ。最近の物語(ドラマ)は必ず有色人種(カラード)を使うように映画協会から指導されていることも絡んでいる。しかしそれで殺されたことはアカデミー賞に大きな反響を呼びそうだった。或いはデモか。

 気まずそうにアダムの視線がイヴに向かう。彼女が産んだことだけは間違い無いのだが。 

 イヴは威嚇するように怒鳴った。

 

「なによその目は! わたしが他所の男との間にアベルをこさえたとでも言いたいわけ!? 信じられない! 妻の不貞を疑うなんて最低よ!」

「アベルのDNA鑑定とか……」

「母親の同意なくそれをしたら離婚ですからね! 慰謝料を請求するわよ! ユダヤ人の弁護士に頼んで勝つわよ!」

「ユダヤ人の弁護士は厄介だな……」

 

 アベルの人種問題に関しては昔から二人の間で様々なやり取りがあった。

 しかしながら結局のところ、イヴが「父親として自信がなくても妻を愛しているなら妻の子であるアベルも愛するべき」だというなんか半ば自白してそうな理屈でやり込め、結局アダムは折れてアベルを可愛がっていた。

 しかしそれでも彼の心には大きなわだかまりが残ってしまったはずだ。

 

「まさかアダム……あなた、アベルを疎んで殺害を……!」

「違う! 僕じゃない!」

「触らないで! この人殺し!」

「さっき動機があるからってすぐに犯人じゃないってカインが説明したばかりじゃないか!」

「動機があるですって!? やっぱりあなたアベルを自分の息子だと思っていなかったんでしょう! 酷いわ! アレも小さければ心も狭いのね!」

「アレの大きさは関係無いだろ!? いや、あるのか!? だから浮気したのかこの尻軽女!」

 

 両親の醜い言い争いにカインはため息をつく。まだ推理でもなく、単に事実関係の確認でしかないのにこの家庭崩壊寸前の状況だ。

 そのときに妹のアワンが大声で二人を止めた。

 

「二人とももうやめて! ハジメちゃんの話がまだ終わっていないわ!」

「アワン……」

「そ、それに……動機だけだったらあたしにもあるもの。アベル兄さんは時々ネットリした嫌らしい目で怖かったわ……!」

「アワンのことを!?」

「いえ、お父さんやハジメちゃんのお尻もアベル兄さんよく見ていたの。怖かったから殺そうかと思ったわ」

「最悪だな!」

「そんな……アベルが黒人で近親相姦趣味のゲイセクシャルなユダヤ人だったなんて……」

「一発で抗議のデモが起こりそうだ……」 

 

 何故か物語は非常にヘイトスピーチ系の社会問題が絡む危険性を持ち始めてきた。畜生なんてこった。また危険なファンメールが届いてしまう。

 

「ステイ。ステイステイ。ちょっと待ちましょう?」

 

 母イヴが皆を落ち着かせるように手を広げて言う。

 

「いくら昨今、人種や性的少数派に気を使わないといけないとはいえ、アベルに集約させすぎだわ。これじゃあなんというか、殺人事件とは別の事件が発生しかねないもの。少し落ち着いて、設定をポリティカル・コレクトネスに準じた感じに見直しましょう」

「見直すったって」

「このままじゃアベルが、黒人で、ゲイで、ユダヤ人だから殺害されたなんてヘイトスピーチ丸出しな内容になってしまうわ。人種、民族、LGBT問題よ。せめてどこか問題ない感じに変えないと。例えば……そう、アベルはアジア人だった。アジア人ならそこまで問題じゃないわ」

「アジア人って言ってもイヴ、中国人とか日本人とか色々いるよ」

「シィー! 具体的な名前を出さないでよこっちは気を使ってるんだから! アジア系アメリカ人だった! これ以上の情報は必要ないわ。アジア系アメリカ人だったらまあ人種差別にならないもの」

「そ、そう」

 

 アワンがなにかイヴの勢いに飲まれたように身を引かせた。

 

「そして職業は……畜肉業者? これもちょっと変えましょう。そうね……料理人だった。これね。だって料理人だったらどの人種でもなれるもの。ほら! アベルはアジア系アメリカ人の料理人で、ゲイのユダヤ人だった。多少マシになったんじゃない?」

 

 どうやら世間的にはマシになった扱いのようだ。母の浮気問題も有耶無耶になった感じがする。ついでに、アベルも親族ではなくなんか雇われのアジア人コックみたいな状態になってしまっている。

 雇われコック殺人事件になっていないだろうか。

 

「ところでカイン。あなたは何か無いの? アベルに対して恨みとか」

 

 イヴがそう話を向けてきたので、俺はため息を吐いて言う。

 

「考えてもみてくれ。もし俺がアベルを殺した犯人なら、どうしてその犯人を見つけようなんて音頭を取る真似をするんだ。自分で自分の首を絞めるようなものじゃないか」

「なるほど、賢いわね」

「ん? そういえばカインお前、アベルの死体を見つけたときに、事故とかじゃなくてなんでいきなり殺されてるって断言……」

「容疑者でいうとまだ居る」

 

 アダムの関係ない話を遮って俺は状況把握を続けた。

 家族三人……それ以外にもこの地に生きている動物は居る。

 

「それはアベルの飼っていた山羊だ。やつは先日、仲間を供物に捧げられて恨んでいたはず……それに次は自分だという恐怖もあったに違いない」

「あの畜生がやったの!? とんでもないケダモノだわ! アベルはあんなに山羊のことをフレンズだって言ってたのに! 獣は居てものけものは居ないとか口ずさみながら皮を剥いでいたのに!」

「それも別な問題になりそうだね」

「まあ食ったり供物にしたりするための家畜だけどな」

 

 そう。つまりどうあがいても食われる運命にある獣の反逆……という線もあるだろう。

 何よりあのケダモノは俺が丹精込めて作ってる畑を荒らすのでかなり腹が立つ。害獣だ。アベルも適当に放牧させたまま管理しないのもムカつく。

 畑に柵を作るのに手伝いもしなかった。山羊が畑の作物を食っていても「こんなに実っているんだから少しぐらい分けてもいいじゃないか」とか言うし。「いっそ兄さんが山羊の餌用に別に畑を作ってくれればいいんじゃない?」とかほざくし。「あれだけ熱心に作ってたのに、主は兄さんの野菜要らないって(笑)」「なんなら美味しく食べられるように青椒肉絲作ってあげようか? 肉なしの(笑)」とか言うし。

 

「あああああ!!」

「どうしたのカイン!?」

「はー……いや、なんでもない。アベルが死んだ悲しみについ……よし、話を進めよう」

 

 アベルとの懐かしい思い出は後だ。今は誰が一番疑わしいのか、犯人を追求しなくてはならない。

 

「次に重要なのは『アリバイ』というやつだ。これはアベルが殺害されたその時間、容疑者はどこに居て何をしていたかという状況を知ることだ。まずはお袋」

 

 そう話を向けると何故か彼女は非常に気まずそうに視線を泳がせた。

 

「あー……あー……アベルが殺されたあたり? ええと、そうね。畑に……居たかしら?」

「お袋あんた畑仕事手伝った事ないだろ」

「たまにはあるわよ! ええと、たまにはね!」

「待てカインよ。母を疑ってはいけない。それに足跡が残っているだろうからそれを探せば──」

「止めて! アダムあなたって本当に最低ね! 調べようとするなんて!」

「イヴ!?」

 

 何故かアダムの助け舟にイヴがキレた。

 またヒステリーを起こしたように叫びだす。

 

「そうよ! 畑になんか居なかったわ! でもお生憎様! わたしはその時間、街のトレーニング・ジムに居たからちゃんと他の人とのアリバイがあるわ!」

「またお前は家族に黙ってジムなんかに入会して……! しかもあのジム、黒人男性のトレーナーが……まさか!」

「妻がジム通いするのを束縛する夫は最低よ! ドメスティックバイオレンスタイガーよ! 下衆の勘繰りにも程があるわ!」

 

 また家族関係がメチャクチャになりそうな問題が掘り起こされてしまった……

 ちなみに主はアダムを最初の人として作ったけれど、エデンを追放された時点で外の世界にはアダム以外の人も普通に暮らしていた。全ての人類がアダムとイヴから生まれたわけではない。なので、アベルが浮気の果てに生まれる可能性も……ん? アワンの名前は『不義』って意味でもしかしてそういう……

 なんだろう。うちの家庭はアベルが死ぬ前から大分ヤバかったのかもしれない。

 でもほら、事件簿シリーズってなんかそういう複雑な家庭事情の場合が多かったりするから気にしないでおこう。

 

「あー……じゃあ次。親父はどこに?」

「僕はその時は確か……白い鳩相手に歌を聞かせていたよ」

「歌?」

「エデン村に伝わるなんか不吉な雰囲気のわらべ歌を……」

 

『思い出してはいけないよ 

 昔々のことだった

 二人の小さな子供が居て

 その名前は誰も知らない

 二人は攫われそこに居た

 暑い夏の日のことだった

 森の中から声が聞こえて

 二人はそこで消えていった……』

 

 アダムが滔々と歌い上げる。

 

「なんでエデンにそんな歌が伝わってるんだ!? 親父とお袋しか住んでなかったんだよな!?」 

「時々天使とか来てたし……」

 

 ともかく。鳩相手に歌ってたとかアリバイになるのだろうか。親父の場合はガチで鳩と会話できそうだけど。

 

「次にアワンは……」

「私はハジメちゃんのために服を縫っていたわ。はいこれ」

「よし。アワンはいい子だから容疑者から外そう」

 

 こんな可愛い妹が殺人なんてするわけがない。アワンだけが僕に優しい家族だった。

 だが再びイヴは金切り声を上げる。

 

「ちょっとカイン! 贔屓目が過ぎるんじゃないかしら!? そんならわたしも容疑者から外しなさいよ!」

「お袋は控えめに言って性格悪いだろ……」

「ふざけないで! 誰が苦労して育ててやったと思ってるの! この淫売の息子!」

「うん。なんか俺もそんな気がしてきた」

 

 我が母ながら……僕は親父に『なんでこんなの選んだの?』という目線を向けたら諦念を浮かべたような表情で『他に居なかったんだもの』とばかりに言っているようだった。

 妥協で選んだ結婚相手は必ず後悔する。それが人類の知恵だと言わんばかりだ。

 

「山羊野郎にアリバイは無いだろうからだいたい出揃ったな……次は『現場検証』だ!」

「現場検証って何よ!?」

「現場を検証することだ……それによって死因などを特定できる!」

「カイン……ぼくの息子ながら、なんてIQが高いんだ! まさか現場を検証するなんて発想があるなんて!」

「初めて聞いたわハジメちゃん!」

 

 ベタ褒められた俺は再び皆とアベルの死体があるところまでやってきた。

 現場検証のために死体はそのままだ。

 

「おお……アベル……変わり果てた姿になって……アジア系アメリカ人の……」

「死体入れ替え事件に派生してそうだけれどともかく……アベルが死んでいる」

 

 僕らは再びアベルの死体と対面し、その血まみれになった姿をじっと眺めた。

 近くにはいつの間にかコック帽も落ちている。アベルは料理人だから仕方がない。料理人は人種、宗教、性別問わずになれる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「で、死因は?」

「さあ……」

「わからないの!?」

「だって聖書に記述が無いんだから仕方ないじゃないか」

 

 アダムが当然のように言う。

 もしこの場面が漫画などにされたら、状況のわかりやすさ優先のためかアベルが頭を石で殴られるシーンなんかが追加されるかもしれないけれど、本編である創世記では単に殺されたとだけあって死因は不明だ。流血があった程度は書かれているけれど。

 つまり死因の特定は困難ということになる。

 だが名探偵の俺にはそれを解き明かす能力があった!

 

「見てくれ! アベルの首筋を! なにか鋭いものでスッパリ切られた痕が残っている!」

「そうなの? 傷口っぽいのはわかるけど」

「さすがハジメちゃん! それだけで鋭いものでスッパリ切られたってわかるのね!」

「IQが高いぞ、カイン!」

 

 皆が褒めるが、とにかくアベルの死因は鋭利なもので血管を切られての失血死のようだった。中世ヨーロッパに書かれた『光輝(ゾハル)の書』にもそう書かれている。

 

「でも鋭いものって何かしら……」

「イヴ……そういえば君、最近爪が伸びまくりのネイルアートしまくりで補強してて……」

「ふざけないで! わたしがやったっていうの!? それならネイルに血が混じってるはずよ! 科学鑑定を要求するわ!」

「まあ待ってくれ。この傷口はそうそう簡単にはつけられない……それに重要なのは、首を狙われたということだと思う。皆、ここにアベルが直立してるとして首をどう狙えるか考えてくれ」

 

 俺がそう提案すると、皆はイマジナリーアベルを想像し──「あっ!」とイヴが叫んだ。

 

「刃物を持っていたとして、首をスッパリなんて難しいわ! だってアベルは身長2mはあったもの! わたしやアワンじゃとても届かないわ!」

「アジア人なのに?」

「アジア系アメリカ人よ!」

 

 アジア系アメリカ人にしては珍しく長身だったのだ。アベルは。まるでNBAの中国系スター選手のように。

 俺やアダムより頭一つ分ぐらいは大きかった。イヴやアワンでは飛びついても首には届かないだろう。俺らだって、自分の目線より高い位置にある首を狙うのは大変だ。踏み台とか必要だ。

 

「そんなアベルの首がどうして切られたか……それはつまり、アベルがしゃがむか腰を曲げていたところを狙われたに違いない」

「ワオ! それはクールな推理だね! さすがぼくの息子だ!(エデン人男性 126歳)」

 

 雑なコメントのようにアダムが褒めるが、そうなると相手は限られてくる。

 

「アベルがどうしてしゃがんでいたか? 偶然だろうか。いや、しゃがむ必要があったに違いない……その犯人と向き合った際には!」

「つ、つまりなんなのよ!?」

 

 

 

「そう──犯人はお前だ!」

 

 

 

 俺がズバリと指さした相手は──呑気に草を食んでいる山羊だった!

 

「山羊!?」

「ザ・ゴート!?」

「ゴート……」

 

 何故か英語で山羊を呼びかける両親。

 

「そう、条件を満たしているのはこの山羊だけなんだ!

 明日にもアベルに殺されるかもしれない境遇で、反撃をしなければ殺されると思っていれば……

 アリバイも山羊に注意を払っていた者は居なかった。

 そしてこの山羊はいつもどおりアベルに近づくと、動物好きのアベルはしゃがんで撫でてやろうとし……そしてその鋭利な角で首を掻っ切った!!」

「ひっ」

 

 あまりに凄惨な光景を想像したのかアワンが小さく悲鳴を上げる。

 

「めぇ~」

 

 悪魔の使いの如き山羊は観念したような鳴き声を出していた。

 

「思えば……この山羊も被害者なのかもしれないな。アベルのバカが牧畜をやろうなんて言い出さなければ……一緒に農業従事者をして、供物も同じようなネギとかカブとかにしておけばこんなことには……」

「めぇ~」 

「何はともあれ、主のお手を煩わせることなく俺たちだけで解決できたのはよかった。じゃあ略式裁判としてこの山羊は追放して解決ということで……」

 

 

『カイン、カインよ……』

 

 

「はっ!? この声は!」

「オーマイゴッド!」

「主からの無線通信だ!」

 

 その声はアダムが語りかけていた鳩から発せられているようだ!

 あの鳩は主の聖霊的な何かだったのか!?

 同時に、遠方からファンファンしたパトカーのサイレンが聞こえてきて、駆けつけた警察官は俺の手に手錠を掛けた。

 

「第3ヨベル、第1年週、被疑者確保!」

「えっ──」

 

 逮捕時間(ヨベル書参考)を叫んで、俺はポリスに逮捕されてしまった……

 イヴやアダムが理解できないとばかりに叫びを上げた。

 

「こ、これはどういうことなの!? カインが捕まるなんて!」

「主よ! ぼくの息子がどうして!? まさかカインが『供物の野菜食べないとか、主は体が酸性になってるんじゃないだろうか』とか『別に食べないのはいいよ? 軽蔑はするけど』とか『動物が可愛そうじゃないんだろうか。きっとサディストなんだ』とか過激派菜食主義者(ヴィーガン)みたいなことを言ってたのを聞かれたのですか? 不敬罪で逮捕とか!?」

「ハジメちゃん……!」

 

『カインよ……お前はアベルに何をしたのか』

「知らない。カイン、アベルの番人じゃない。カイン、嘘つかない」

「ハジメちゃんが動揺のあまりにたどたどしい言葉に!」

 

 だが主の声は厳かに響いた。

 

『カイン……なぜ嘘を付くのか。私は全知全能だというのに。全ては理解している。アベルを殺した上に嘘をついたのはお前だカイン』

「うっ!」

『お前が捧げた作物を選ばず、アベルの捧げた肉を私が選んだことでお前は弟に嫉妬し、怒りを覚えて殺害したのだ……「アベル? ちょっとしゃがんで目を瞑っててくれない?」と指示し、石包丁で首を切り裂いた! ゾハル書にそう記述がある。石包丁は他の石に叩きつけるなどで砕いておけば、ただの石ころにしか見えないので証拠を隠滅したのだろう』

「えっ凄い普通の殺し方だわ」

「アベル兄さんはアレな趣味だから何か期待してしゃがんだのかしら」

 

 アワンが最悪な想像をしてくる。

 

「そ、そこまでわかっていて……いや、全知全能であるあなたが、事件の原因となるカインの供物をどうして拒んだと!?」

 

 アダムが狼狽したように主に問いただした…… 

 

『カインの鼻持ちならないヴィーガンっぽさがムカついた』

「なるほどー」

「ヴィーガンなら殺人事件を起こしてもおかしくないわね。頭の中アルカリ性になってるもの」

「ハジメちゃん、肉を食べるどころか獣の皮を使った服すら許さなかったものね」

 

 チクショウ! 

 そうだ。俺がアベルを殺した。でもアベルが悪いみたいなところもあると思うのに!

 

『他人を不当に殺す者は呪われるべきである。いいね?』

「はい」

「はい」

「はい」

 

 主の言葉に逆らえるはずもなく、俺はアベルを殺した罪で呪われた……

 

『ヴィーガンなカインには、二度と自分で作物が作れない呪いにしておこう』

「ひどい!? どうやって生きていくのですか主よ!?」

『お前を殺した者には七倍返しにするから大丈夫。迫害はされないと思う』

「そうじゃなくて!?」

 

 光る鳩はそれだけ告げると、どこかへ飛び去っていった……

 ど、どうすればいいんだ。大地を耕すハジメちゃんだというのに、呪いで作物が一切収穫できなくなってしまった!

 狩りでもして暮らせというのか! ベジタリアンな俺に!

 咳払いが聞こえる。

 

「カイン、いいかしら?」

「お袋……」

「主が裁きを下した以上、わたしからどうこう言うつもりは無いの。ただね、うちのアダムはただでさえ収穫量が減る呪いかかってて、食うや食わずやなの。そこにカインが加わったら……」

「……」

「可愛い子には旅をさせよって言うじゃない? ほら、あなたと都会に行けば働き口も見つかるかもしれないし……」

 

「……」

 

 

 

 結局。

 俺は家を追い出された……

 アベルを殺したのだ。罪は罪。いかに相手が、動物の肉を好んでいた人でなしでも。

 だけど俺は一人じゃない。

 

「ハジメちゃん!」

 

 妹のアワンが旅についてきてくれたのだ! 俺一人では余所で暮らそうとしても、畑も作れずに死んでしまうかもしれないというので!

 なんて優しい妹だろうか! 俺はこいつのために生きていこう!

 

「そして、世界にヴィーガンを広めるんだ!」

「頑張ろうねハジメちゃん! ウェヒヒヒヒ」

「なんか妙な笑い方した?」

「ううん!」

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 その後、カインは妹アワンに襲われて沢山の子供を作り、街を作って世界中に子孫を広めていった。

 同時に世界ではヴィーガン人口が増加しまくったのだったが……

 

『なんかムカつく』

 

 神の一存で、ヴィーガン一族は大洪水で全滅。

 預言者ノアに供物用の動物をたっぷり保護させ、世界中に再び肉食を伝えるのであったという……

 

 最初の殺人者、カイン。

 最初の嘘つき、カイン。

 最初の名探偵、カイン。

 そして最初のヴィーガンとして、カインの名は残されている……

 

 

 

 

 

 




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