しかし、いくら翔んでも、月には届かなかった。
ある時、鶴は気付く。
自分では月にはなれないことを。
そして鶴は――
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月が映える夜。翔鶴は一人静かに月を眺めていた。
「……」
「悪い、待たせたな、翔鶴」
指揮官が翔鶴の方へと駆け寄る。
急いで来たのか、息が少しだけ乱れていた。
「もう、あんまり女の子を待たせるのは良くありませんよ」
「悪かったって。だけど、次は事前に連絡してくれ。急に呼び出されても、用事があったりするんだからさ」
そう言いながら指揮官は翔鶴の横に座る。
「んで、何の用だ、こんな時間に」
深夜の時間帯。他のKAN-SEN達はとっくに寝ている頃である。
「……少し、私の愚痴を聞いてくれる人が欲しかったんです」
「愚痴?」
「えぇ」
そう言って翔鶴は少しだけ悲しそうに笑う。
「……赤城先輩と加賀先輩、やはりお強いですね」
「まぁな。ウチの自慢のエースだからな」
「私、赤城先輩と加賀先輩がずっと苦手なんですよ」
「……加賀はともかく、赤城のことが苦手なやつは多いと思うぞ?」
「そういう意味での苦手ではありませんよ」
クスッと笑い、そして翔鶴は月に向かって手を伸ばす。
「先輩達はあの月と一緒です。いくら手を伸ばそうとも、いくら登り詰めようとも、遥か上にいて決して手が届かない。私がどれだけ強くなろうとも、先輩達はその遥か先にいるんです。……本当に、ズルいと思いますよ」
翔鶴はまた悲しそうに笑う。
「私は、自分が五航戦ということに誇りを持っています。ですが、五航戦という誇りも、先輩達の強さの前では何の意味も持たない。最近、そう思ってしまうんです」
「……」
「分かっているんです。自分勝手な考えだっていうことは。それでも、先輩達は私の誇りを霞ませてしまう……だからこそ、私は先輩達が苦手なんです」
「それで、今日の演習で先走ったのか」
「……はい」
この日の午後に行われた演習。翔鶴は焦ったように前に出てしまい、仲間との連携を崩してしまった。演習に勝利こそしたものの、皆の足を引っ張ってしまったことに、翔鶴はひどく落ち込んでいた。
「先輩達に認めてもらいたくて、私ができることを分かってもらいたくて……だけど、演習の後に加賀先輩に言われたんです。『今のお前を認めるわけにはいかない』って」
「だろうな。そこは加賀が正しい」
指揮官はあっさりとそう言った。
「演習だから良かったが、実戦であれば下手をすればみんなが倒れていたかもしれない。加賀はな、『弱者は淘汰される』なんて言ってるが、不必要な犠牲まで許容できるほど冷酷じゃない。助けられるなら進んで助ける。アイツはそういう奴だ。だからこそ、必要以上に先走った翔鶴を認めないって言ったんだろう」
翔鶴は指揮官の言葉に何も言い返せなかった。
「……だけど、そう言われるってことは、加賀がお前に期待してるってことだと思うぞ」
指揮官はおかしそうに笑った。
「アイツが戦いのことで誰かにそんなことを言ってるのなんてほとんど見たことないぞ。面倒見はいいが、戦いに関しては容赦ないからな、加賀の奴。見切りをつける時は何も言わずにあっさりと見切りをつけちまうんだよ。『今のお前を認めるわけにはいかない』って言われたってことは、少なくともまだ翔鶴に可能性を見出してるってことだと思うぞ」
見込みの無い者には戦いのことは最初から期待はしない。見込みはあっても、歩みを止めた者に対してはすぐに見切りをつける。加賀はその姿勢を徹底していた。戦場で彼女が関心を寄せるのは、「強者」と「可能性を持つ者」だけ。翔鶴はその加賀に可能性を見出された。指揮官は加賀の言葉をそう捉えた。
「……ですが、私が先輩達に追いつける自信がありません」
「追いつく必要なんてないぞ」
「えっ?」
「加賀の求めている強さってのは、自分達と同じぐらいの強さってわけじゃない。というか、あの戦闘民族を基準にしたら大体の奴が弱者になるだろうな」
「……確かに、その通りですね」
翔鶴がおかしそうにプッと吹き出す。
「強さってのは色々だ。一つだけじゃない。翔鶴には翔鶴にしかできないことがあるはずだ。だからこそ、自分の持ち味を生かせ。そうすれば、加賀も赤城も、お前のことを認めてくれるはずだ」
「……私に、できるでしょうか」
「できるだろ。なんたってお前は、誇り高き五航戦なんだからさ」
指揮官がクシャッと翔鶴の頭を撫でる。
「……そうですよね。五航戦の名、ここで腐らせるわけにはいきませんよね。同じく五航戦の名を背負って戦ってる瑞鶴のためにも、そしてこうやって私を支えてくれる指揮官のためにも」
翔鶴は指揮官に寄りかかる。
「……すみません、指揮官。しばらくこうやってていいですか?」
「……えーっと、うん、いいと思うぞ?」
指揮官はどこかを気にするようなしぐさを見せるが、すぐに何事もなかったかのように頷いた。
「……そうですよね。無理に月を目指さなくてもいいんですよね。月の下にいようが、地に降りていようが、鶴は優雅で美しくいられるんですから……」
そう呟きながら、翔鶴は目を閉じた。疲れが溜まっていたのか、翔鶴はそのまま眠りに落ちていった。
そして、翔鶴が寝息を立て始めた頃、指揮官は物陰に向かって声をかけた。
「……そろそろ出てきていいぞ。できるだけ、静かにな」
すると、物陰から加賀と赤城が姿を現した。赤城の方は、指揮官に寄りかかる翔鶴を見てギリギリと歯軋りをしている。
「赤城、よく我慢したな。ほら、こっちに来い」
指揮官がそう言うと、赤城はパッと顔を輝かせ、すぐに翔鶴とは反対側の指揮官の横にピタッとくっついた。指揮官と加賀はそんな赤城に苦笑する。
「割と勝手にあんなこと言っちゃったが、アレで良かったのか?」
「あぁ、私の思っていることを指揮官は言ってくれたさ」
加賀は翔鶴をジッと見下ろす。
「……この子は、私達に追いつくことばかりを考え、自分の可能性に目を向けようとしなかった。この子の可能性は、そのまま埋もれさせるにはあまりにも勿体ないものだ。これで自分の可能性に気付いてくれたのなら、それでいい。もしも気付けないのであれば、それまでだったということだがな」
「珍しくべた褒めだな、加賀」
「私だって、認めるべきものは認めるさ」
「……そうですわね。この子が自分の役割に気付いてくれれば、指揮官様を今まで以上にお守りすることができますもの。ここで潰れてしまうのは勿体ないですわ。もしも潰れてしまって指揮官様の足を引っ張るようであれば、その時はこの赤城が本当に潰して差し上げますわ」
指揮官に甘えながらも、赤城はそう言い放つ。その言葉が冗談などでは決してないことは、指揮官はよく理解している。
「……だとよ、翔鶴。こりゃ、頑張るしかないな」
月明かりに照らされた美しい寝顔に、指揮官は優しくそう言うのだった。
「ここです!」
翔鶴が艦載機を飛ばし、敵の艦載機や砲撃を的確に撃ち落としていく。
「先輩達、今です!」
愛宕と高雄、赤城、そして加賀がうなずき、翔鶴が作り出した隙を突いて敵へと攻撃を仕掛ける。
その後はこちら側が圧倒的に優位に立ち、相手が降参の意を示した。
「やったぁ!私の実力を見ましたか?赤城先輩、加賀先輩!」
嬉しそうにピョンピョンと跳ねる翔鶴。
あの夜以降、翔鶴は自分の可能性と役割を見つけることができた。
高精度の艦載機操作技術を活かし、敵の攻撃を迎撃し、味方の活路を作る「守護の鶴」。
日に日にそのスキルは磨かれ、今では彼女は艦隊に無くてはならない存在となった。
「えぇ、中々良かったですわ、翔鶴」
「あぁ。だが、もう少しタイミングを調整すべきだ。今回は敵の攻撃が甘かったから対処できたが、あれよりも激しい攻撃が来れば、守りに穴が開く。だから――」
そこからは加賀のアドバイスという名の説教が始まる。
最初は黙って聞いていた翔鶴だったが、次第に不機嫌そうな顔になり、終いには加賀への反論を始める。これが最近のお約束のようになっており、愛宕と高雄は微笑ましそうに、それでいて呆れたように苦笑いを浮かべるのだった。
「そろそろ素直に認めてくれてもいいじゃないですか!」
「私からすればまだまだだ。認めてほしければ、もっと強くなることだな」
翔鶴が悔しそうに頬を膨らませる。
「むぅ~……今度こそ、今度こそは絶対に認めさせるんだからぁ!」
翔鶴の声が演習場に響き渡る。
その鶴は空を翔けていた。
あの美しい月に憧れ、月に行きたくて、月になりたくて。
しかし、いくら羽ばたいても、鶴は月へは行くことができなかった。
いくら翔んでも、月になることはできなかった。
ある時、月を見上げていた鶴は気付いた。
自分では決して月に届かぬことを。
しかし、同時に知った。
月に届かなくても、月になれなくても、その鶴の美しさを知ってくれる者がいることを。
その鶴は空を翔けている。
月にも劣らぬ美しさを纏いながら――。
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