①シュナ【55話 発展する町】
今日は、シュナと町の外へ出掛けることにした。
リムルがイングラシアに行ってしまってから、俺は悩み事が多すぎて調子を崩していたらしく……不眠はもう治ったけど、たまには気分転換しないとメンタルがやられてしまう。
俺とシュナを乗せた
二人乗り、それもシュナは横向きに座っているので、スピードを出しては危ない。
「シュナ、大丈夫? ゆっくりだから、着くまでちょっと時間が掛かるけど……」
「ふふ、それだけ長くレトラ様とご一緒出来るのですから、わたくしは幸せですわ」
シュナはとてもご機嫌だった。
前に二人で出掛けた時は、ソウエイがついて来ていたと知ったシュナが怒ったので、今日はソウエイなし。俺の護衛はシュナ一人で充分なんだそうだ。乗せてくれている
のんびりと森を進み、その途中でお昼も食べた。
ぽかぽかとした陽気に、
今回の弁当は約束通り、シュナに用意して貰った。シュナ特製の卵焼きに、丁寧に飾り切りされた煮物。一口サイズで並ぶおにぎりには、青菜が混ぜ込んであったり炊き込みご飯だったりと、彩りがすごい……相当な手間暇が掛かってる……そして和風弁当かと思いきや、エビフライやミニハンバーグという、前世的にスタンダードなおかずも詰められていて、うっわ懐かしい……!
「以前伺ったお弁当の内容を参考にしてみました。お気に召して頂けましたか?」
「うん、美味しい! やっぱりシュナに作ってもらって良かったな」
シュナの嬉しそうな笑顔を見ながら、俺は安心する。
俺が一週間以上眠らずに働き詰めだった期間、シュナ達の表情は今と違って少し晴れないものだった。その後、発覚した不眠が解消された後は、皆も元に戻ってくれたけど……もしかしなくても、俺は皆に心配を掛けてしまっていたんだろう。リグルドは俺が疲れていると察していたようだし……何か感じるものがあったのかもしれない。
皆は俺が元気ならそれでいいと言ってくれるけど、それは俺も同じだ。じゃあ、いつも俺を支えてくれているシュナや皆を喜ばせてあげられるようなことが、何かあればいいんだけどな。
再び出発し、俺達は目的の場所に到着した。
目の前に広がるのは、花畑。ここには一度来てみたいと思っていたのだ。
「何て素敵な景色でしょう……ジュラの森に、このような場所があったのですね」
色取り取りの花に埋め尽くされた光景に、シュナがうっとりと呟く。
やっぱりジュラの森出身でも、まだまだ見たことのないものは多くあるだろう。シュナなら花畑の観賞も気に入ってくれると思っていたが、予想通りだ。良かった良かった。
少しの間、二人でその眺めを楽しんでいると、隣を歩くシュナが切り出してきた。
「それで、レトラ様……今日はわたくしにお話があるとのことですが……」
「あ、うん。それなんだけど……ちょっと待ってて」
俺は一旦その場を離れ、花を踏まないように花畑に入る。
見付けたニ、三本を摘み取った俺は、シュナの所へ戻って簡単な花束を差し出した。
「はい、シュナ」
「まあ……レトラ様、本当に……」
ほう、と溜息を吐いたシュナの頬に赤みが差している。
シュナは感激したように目を細め、俺の差し出す花束を眩しそうに見つめて……
「本当に、リムル様そっくりの青色なのですね……!」
「シュナもそう思う!?」
ここはジュラの森にある、
彼らが管理する食用花の情報を持ち帰って来たのはリグル達で、それからウチと
そこで
俺とシュナがキャッキャと盛り上がっている場所からやや離れて、案内役の
「ではレトラ様……この花を使った、お料理やお菓子を考案すれば良いのでしょうか?」
「それも面白そうだけど、俺はこの色を抽出したいんだ! 着色料が欲しくて!」
「着色料?」
「この水色が取り出せたら、だよ? 例えば、リムルまんじゅうの生地に混ぜて色を付けて……」
「……! リムル様まんじゅうが、真の完成を見るのですね……!?」
「そういうこと!」
不公平だと思ってたんだよ。魔国で作られる丸い食べ物には大体リムルか俺の名前が付いてるけど、クッキーだの煎餅だの、焼き色の付く食べ物は全部俺になってしまう。
リムルまんじゅうとかリムル肉まんは、材料が小麦粉だから色が白いし……全粒粉を使うとこれも俺になるし……魔国にリムルっぽい食べ物が少ないなんて、由々しき事態である。
じゃあ着色料があればいいんだな、と俺は常々考えていた。
青色って食欲減退効果があるらしいけど、ウチに限ってはむしろ特別な食欲増進効果が期待出来るので問題ない。他国の人達がどう思うかはわからないが、どぎつい青色じゃなくて薄っすらした水色ならマシだろうし、観光名物として売られてたら買ってくれるはずだ。俺なら買う。
「まずは花の栽培から始めるから、まだ先の話になると思うけど……ベスター達にも話しておくよ。花が育ったら研究所とも連携して、開発を進めて欲しい!」
「お任せ下さいませ。必ず御期待に応えてみせますわ……!」
やる気満々のシュナは力強く答えてくれた。
うんうん。皆も絶対に喜んでくれると思うので、完成を楽しみにしていようと思う!
これが、後の天然由来食用着色料"リムルブルー"の誕生秘話である。
同時期に生み出された様々な色味の着色料の中で、特に情熱を注がれて開発されたこの青色は、テンペストの食文化に一大革命を巻き起こすことになるのだった──
*****
②ゴブタ【72話 家出】
「俺がゲルドと出掛けてた三日間、俺の分身体の面倒はゴブタが見ててくれたんだよな?」
「そうすっよ! 小さいレトラ様のことはオイラがバッチリ護衛してたっす!」
「ありがとな。どんな感じだったんだ?」
「それはっすね……」
***
オイラは肩の上に小さいレトラ様を乗せて、町をブラブラ歩いてたっす。そうしてると皆からよく声を掛けられるし、特にゴブリナ達が集まって来るのは気分良かったっすね!
「レトラ様、ご機嫌如何ですか?」
「どうか元気をお出しになってくださいませね」
「リムル様は、きっとすぐに帰っていらっしゃいますわ」
あ、女の子達のお目当てはオイラじゃなくてレトラ様だったっすけど……
オイラ達には小さいレトラ様が分身体ってことはわかるっすけど、分身体ってことはレトラ様だし、やっぱり小さいレトラ様もレトラ様っす。でも「捜さないでください」って伝言の後は何も喋らなくなったレトラ様は、女の子達に話し掛けられても、オイラの肩の上でふるふるしてるだけだったっす。
「はいはい、そこまでっすよ! このレトラ様は小さいんすから、そっとしといてあげるっす!」
キリッとしながら言うと、女の子達はハッとして引き下がってくれたっす。
ふっふっ、オイラの仕事のデキる男っぷりに、キュンと来ちゃったり──
「そうよね、私達ったら。レトラ様はご傷心でいらっしゃるのに……」
「でも、お小さいレトラ様……いつにも増してお可愛らしいわ」
「……ねえゴブタ? ちょっとだけレトラ様を……」
──とか期待したんすけど、違ったっすね。
女の子は可愛いものに目が無いって言うっすから、いつもより小さくて大人しいレトラ様なんて狙われるに決まってるっす。小さいレトラ様がもみくちゃにされたら危ないと思って…………
「あ、リムル様っす!」
「えっリムル様!? …………あっ、逃げた!」
女の子達が気を取られたスキに、自慢の足で逃げ出したっすよ!
***
「本当に俺の……護衛? しててくれたんだな? ゴメン、大変だったろ」
「あのくらい何ともないっす! レトラ様の護衛を任されたからには、オイラはやるっすよ!」
「うわ、ゴブタが格好良い……! で、それからどうなった?」
***
女の子達から逃げるうち、『影移動』で町の外へ出ちゃったっす。
小さいレトラ様を勝手に外に連れ出すなんて、リグル隊長やベニマルさん達にバレたら説教されるっすけど、オイラはレトラ様と散歩してから帰ることにしたっす。小さいレトラ様にも息抜きは必要っすからね!
「レトラ様、ちょっと高台まで行ってみるっすよ。すぐ戻れば平気っす!」
北の方にめちゃくちゃでっかい妖気が現れて、町では"暴風竜"ヴェルドラ様が復活したって騒ぎになってるっすけど……本当にヤバかったらリムル様もレトラ様も遊んでないですぐに帰って来るはずっす。でもそうじゃないってことは、何も心配ないってことっすからね。
それでオイラは、小さいレトラ様と一緒に見晴らしの良い高台に登ったっす。
眺めが良くて涼しくて、気持ち良かったっすねー。見回りの途中で昼寝なんかすると最高……あ、何でもないっす。小さいレトラ様はふよふよしてて、たぶん喜んでくれてたと思うっすよ!
「じゃあレトラ様、そろそろ帰…………あてっ」
坂道を下ろうとして、足元に埋まった石にガツンと躓いたっす。
オイラはコケずに踏みとどまったんすけど、ミョーに肩が軽くなってて……あれって思った時には、オイラの目の前をコロコロ転がって、少しずつ小さくなってく砂色の何かが見えたっす……
「わ──っ!? レトラ様ああああ!?」
***
「落としてんじゃん」
「すいませんっすー!」
「三分前の感動を返せ……いやまあ、それを俺に暴露するゴブタの度胸に免じて許すけど」
***
コロコロ、コロコロ、ポイン、ポイン……坂道を転がって地面に跳ね返って、だんだん加速してく小さいレトラ様を、オイラは必死で追い掛けたっす。このままじゃ勢いの付き過ぎたレトラ様が坂道を外れて崖から落ちるってところで、オイラは覚悟を決めて飛び出したっす!
ぽーんと跳ねた小さいレトラ様を何とか空中で掴んで、そこからはオイラが坂道をゴロゴロする羽目になったっすけど……とにかくレトラ様もオイラも、落ちずに済んだっすよ!
「痛ててて……レトラ様、大丈夫っすか! すいませんっす……!」
転がりまくったせいで目が回ったっすけど、オイラの腕からヒョコって出てきた小さいレトラ様は無事だったっす。もちろんオイラは平謝りして……小さいレトラ様は怒ってなかったっす! いや本当っすよ、オイラにはわかったっす! だって──
「レトラ様? 何やって…………ひゃひゃひゃ! く、くすぐったいっすよー!」
小さいレトラ様が腕の上に乗ってきたと思ったら、なんかオイラにスリスリし始めたんすよ!
腕から手までふよんふよん伝ってって、今度は腕を上ってまた肩まで来て……首とか顔にもスリスリしてきて、くすぐったかったっす! これはレトラ様がオイラの頑張りを認めてくれて、オイラを労ってくれたってことだと思うんすけど……!
***
「それ、ゴブタに付いた砂を『融合』で喰ってたんじゃない?」
「実はそうなんすよね。オイラ砂埃まみれだったんで……さっぱりしたっす!」
「ドクターフィッシュ……?」
***
レトラ様が砂を食べるって気付いて、乾いた土のある日当たりの良い場所にも連れて行ってみたんすけど、レトラ様は細かい砂しか食べられないみたいだったっす。でも三日掛けて少しずつ食べさせたら、小さいレトラ様もちょっと大きくなったってわけっすよ!
まあ、その日はもう町に戻って……レトラ様と男湯に行こうとしたら、シュナ様とシオンさんが怖かったんで風呂は任せたっす。でも二人とも、小さいレトラ様をこっそり自分の部屋に連れて行こうとするんすよね。
だからオイラは、これはオイラの任務っす、文句はベニマルさんに言って欲しいっす! ってキッパリ断って、小さいレトラ様のことはオイラの部屋で預かったっすよ!
「じゃーレトラ様、おやすみなさいっす!」
柔らかい布を敷いたカゴを用意してもらって、レトラ様専用の寝床も作ったっす。
オイラはレトラ様をきちんと寝床に入れて、そのカゴを枕元に置いて寝たんすけど……朝起きたら、変なことになってたんすよね。
「ふあぁー…………あれ、レトラ様? オイラの上でどうしたっすか?」
目が覚めると、小さいレトラ様がオイラの腹の上にちょこんて乗っかってたっす。
いやそれはいいんすけど、オイラそんなに寝相良くないし、寝てる間に小さいレトラ様を押し潰してたらって思うと……危ないっすよって言ったんすけど、毎朝同じだったんすよねぇ。
***
「えっと……それは? 何だろ? ゴブタに乗ってた……?」
「寂しかったんじゃないっすか?」
「えぇ……俺が一人で寝られないなんてそんなことあるわけ、……いや何でもない、次行って」
***
そうそう、こんなこともあったっす。
森を散歩してたら、茂みがガサガサ動いたっす。レトラ様は小さいし、魔物や魔獣だったら……って警戒したんすけど、出て来たのは一匹のスライムだったっす。野良スライム。夏ならもっと群れになってるのを見掛けるんすけど、もう涼しくなってきてたっすからね。
「レトラ様、スライムっすよ! ちょうど今のレトラ様と同じくらい……」
そして、オイラは気が付いたっす。
プルプルした小さい野良スライムの隣に、ふよふよした小さいレトラ様をそっと置いて──
「リムル様とレトラ様の完成っすー!」
だから何だって話っすね。
でも、やらずにはいられなかったっす……!
その時、小さいレトラ様がリムル様……じゃない、野良スライムをつっついたっす。
小さいレトラ様は結構素早く動くんすけどね、スライムはやっぱり動きが遅いっすから、レトラ様につんつんふよふよ、体当たりされてどんどん押されて……
「あ、レトラ様! リムル様を苛めちゃダメっすよ……!」
いや野良スライムはリムル様じゃないっすけど、何となく。
慌てて小さいレトラ様を持ち上げると、野良スライムはプルプルノロノロ、茂みの向こうに逃げてったっす。後で考えたら、あれは苛めてたんじゃないと思うんすよ。要するにっすね……
***
「
「ほら、レトラ様はリムル様大好きっすよね? じゃあ小さいレトラ様もリムル様が大好きで、それでスライムにくっついてった……ってことだとオイラは思うっす!」
「え、そうなる? ホントに? ……ところでゴブタ、この話って誰かにした?」
「リムル様には報告してあるっすよ!」
「何でそういうとこだけは仕事早いんだよ……!」
*****
③ハクロウ【97話 会議~魔国連邦】
「……うあっ……!?」
町外れの修練場での、稽古中の出来事だった。
ハクロウの重い剣撃を捌き、受け流し、だがその合間に幾度も攻撃を受け満身創痍となっていたレトラが突然、身体の制御を失くしたような不自然な動きで倒れ伏したのだ。
闘気を纏わせたハクロウの太刀筋は、本来物理攻撃を無効とする精神生命体にさえ影響を及ぼす。これまでは、まだその必要はないとして苛烈な攻撃を極力控えてきたが……レトラが自らの損傷を気に留めない戦い方を覚えてしまったのは、レトラを甘やかした己の責任が大きい、とハクロウは考えていた。"指南役"としての許されぬ過失だった。
精神体に直接攻撃を受ければ、精神生命体であっても痛みからは逃れられない。
その激痛が与えられる度、レトラは顔を歪め、慣れぬ痛みに戸惑った様子を見せながらもハクロウに応戦していたが──とうとう、依代に憑依するレトラ本体に限界が来たのだろう。
「ハ、ハクロウ……も、動けない…………」
レトラが降参するのは珍しいことだった。普段なら怪我や疲労とは無関係の肉体で、ハクロウの厳しい指導にも何だかんだと耐え、まだまだ、と喰らい付いて来るところだと言うのに。
だが無理もない。ハクロウは普段の甘さを捨て、徹底的にレトラを痛め付けた。精神生命体には無縁のはずの苦痛を、精神体の維持に異常が出るまで味わわせたのだから。
「精神体にも攻撃を加える、と申し上げたはずですぞ。痛みに慣れておられぬからとは言え、その度に身を強張らせていては敵に好機を与えるだけですな」
うう……とレトラの呻き声が零れる。
起き上がることも出来ず、身を投げ出して倒れたままのレトラを見るのは辛い。主君であるだけでなく、孫のように思う相手に対して非道を行ったという事実は、ハクロウの胸に痛みを残す。
「……仕方がありませんな。暫し休憩と致しましょう」
レトラは無言で頷くと、力尽きたようにその場に砂を残して消えた。
休憩とは言ったが、今日は──いや、もうレトラは戻って来ないかもしれない、とハクロウは考える。
ハクロウがこうしてレトラに剣を教えているのは、レトラがそれを望んだからに過ぎなかった。
単に勝利のみを求めるならば、レトラに剣術は必要ないのだ。その自在の砂で相手を絡め取るだけで、その先には絶対的な勝利が約束されているのだから。既に戦うための力を持っているレトラが、こうも理不尽に甚振られてまで、まだ剣の道を求めようとするだろうか。
痛みは命を守るための警鐘となる。それがなければ命は死を恐れることが出来ず、結果的には死に急ぐことになるだろう。荒療治ではあるが、この経験によってレトラが死への恐怖を覚え、危険から己の身を守るようになってくれるのならハクロウは構わなかった。
──たとえ己が、レトラにとっての恐怖の対象となったとしても。
◇
《警告。
(うお……!?)
ハクロウに絶賛ボッコボコにされていた稽古中、ウィズにドクターストップを掛けられた。
ガクン、と糸が切れたように自由の利かなくなった身体が、前のめりに倒れ込む。身体の感覚がほとんど無くなっていて、全然言うこと聞かない……『砂憑依』は継続したまま、依代との連携を制限されたらしい。
(ウィズ? 何してんの? 重大な損傷……?)
《解。精神体の損傷率が、五十%を超えています》
(いつの間にか半殺しにされてた!)
ずっとクレイマン城に出張中だったハクロウが帰って来たので、久しぶりに修行を付けてもらっているのだが……なんか、今日はハクロウの意気込みが違った。
実戦形式の稽古自体は、前からよくやっていたことだ。結界と闘気で強化した麗剣で、ハクロウの振るう真剣をいかに捌き切って隙を突けるかということに重点が置かれる。
今日からは精神体への攻撃も行いますぞ、と言われた段階では俺はまだ気付いていなかったが、応酬の最中に最初の一撃を喰らった時、身体で理解した。
進化した俺の防御や耐性も決して低くはないので、攻撃を受けてもそう簡単に精神体にダメージを負うわけじゃない。だけど、ハクロウほどの達人が本気で練り上げた闘気を、熟練の技術で叩き込まれるとどうなるのかがよくわかった。見事に俺の精神体へ届いた一撃は、これは死んだかと思うような鮮烈な痛みと衝撃を俺に与え──怯んでしまった一瞬の隙に、更に二撃入れられた。容赦ねぇな!
(って、まだ半分は無事なんだろ。だったら動けるんじゃない?)
《解。活動自体に支障はありませんが、精神体の損傷による防御機能の低下は無視出来ません。再び精神体に個体名:ハクロウの攻撃が通った場合、全快時と比較して被ダメージが三割以上増加する見込みです》
損傷した精神体では、同じ攻撃でもより多くのダメージを受けてしまうってことか。
じゃあ、そのうち星幽体や魂にまで攻撃が届いてしまうかも……ウィズが止めに入りたくなる気持ちはわかる。
(でも、防戦一方で終わるのは嫌だな……もうちょっと続けたい)
《推奨しません。損傷率が大幅に上昇すると、精神体維持のためにより多くのエネルギーを充てることになります。演算領域が圧迫を受け、森の各所に発動中の『強化分身』との接続が中断されるでしょう》
そうだ、今は聖教会戦に備えて、マルチタスク中だった。遠く離れた所で分身体を複数体操るなんて普段やらないことをやっている分、ただでさえ演算領域に負担が掛かっている。偵察に回している『強化分身』からの情報を受け取れないと、森で何者かが暗躍していても気付けない……
《
(うぐぅ……)
それを引き合いに出されると、俺のプライドなんてどうでも良い問題である。
悔しい気持ちはあったけど……もう動けない、と俺はハクロウに降参宣言をするしかなかった。ハクロウはいつものようにアレコレと、俺にアドバイス兼ダメ出しをする。
「──己の限界も知らず、力尽きるまで無茶をするのは頂けませんな。稽古中だから良いようなものの、ここが戦場ならばどうなさるおつもりですかな? 引き際を見誤ってはなりませんぞ」
(ほら怒られた……この簡易版スリープモード、実戦でやるなよ? 殺されるだけだから)
《了。今回は、戦闘訓練を中断させる目的で緊急措置を行ったに過ぎません。動作に異常をきたした
(それな)
まったく、ハクロウは未だに俺に甘々で困る。ウィズにも読まれている始末だ。
ダウンしたのがゴブタだったら、ハクロウは念入りにトドメの一撃入れに行くってのに……ゴブタはいつもそれをギャーって避けるので、死んだフリしてるかどうかの違いもあるだろうけど。
でも、精神体を損傷させるのはリスクが大きいことはわかった。常に万全の状態を保つべきで、回避もしくは闘気や妖気での防御を重視した方がいいんだな。
あとは、精神生命体に転生してから物理的な痛みを感じることがなかった所為か、俺は痛みに弱すぎることもわかった……いちいち身が竦んでたら格上と戦えない。まあ大丈夫だ、ハクロウは今後ガシガシ俺を痛め付けてくるだろうから、そのうち耐えられるようになってくるだろう。
ハクロウの説教を受けながら、修行方針も決まった。
俺とウィズは、『思考加速』でやり取りをする。
(じゃあウィズ、精神体治して。それなら続きやってもいいよな?)
《了。心核への影響を考慮し、『天外空間』へ移動した上で復元作業を行います。また、精神体の復元に掛かる予想時間は約一時間……》
(そんなに待たせたらハクロウ帰っちゃうだろ! 十分でやって!)
《計算の修正を行います。完了まで約四十分……》
(お前、無理なら無理って言うよな? 言わないってことは出来るんだよな? じゃあ十分で!)
《……了。十分で行います。究極能力『
ウィズはめちゃくちゃ渋りながら返事をすると、ハクロウが休憩を許可してくれたのを見計らって即座に空間転移を行った。わざと長く時間を取って、ハクロウを帰らせようとしてたんだな……せっかく治した精神体をまたすぐに壊されるのが嫌ってこともあるだろう。
俺も無傷で済むとは思っていないし、きっとまたズタボロにされる。でも! ハクロウにガッカリされる方が嫌なので、何としても今日中に一本取ってやる……!
***
レトラの姿が消えてから、およそ十分後。
静かな修練場に佇んで待つハクロウの前方で、空間がひび割れる。
空中に発生した亀裂を蹴破るように勢い良く、麗剣を手にしたレトラが亜空間から飛び出してきた。
「──治った! ハクロウ、続き行くぞ!」
「ほっほっほ……それでこそレトラ様。では、参りますぞ……!」
①デート(途中まで)※リムルブルーは開国祭までに完成予定
②分身体は、命令されたこと以外は
③レトラに言わせればハクロウはずっと甘々おじいちゃん