①ヴェルドラ【92話 獣人達の主張】
「ヴェルドラ、大事な話があるんだけど」
その夜、俺は重大な決意と共にヴェルドラに声を掛けた。
例によって俺の庵へやって来たヴェルドラは、畳に寝っ転がって漫画を読んでいる。いつもだったら俺が先に寝て、ヴェルドラは一応俺に気を遣っているのか暗闇の中で『万能感知』を駆使して読書に没頭し、満足してから寝るというパターンだ。気ままな生活してるなあ。
「ム? ちょっと待てレトラ、今いいところで……」
「ほらあの……俺を伴侶にするとか、番にするとかいう」
ピタッ、とページを捲る手が止まった。
ヴェルドラは読みかけの漫画を躊躇なく放り出し、勢い良く身体を起こす。
「おお、その話か! ウム、いいぞ、聞こう!」
すっごい笑顔で反応されて、早くも心が折れそうになった。
な、何で良い知らせだって思い込んでるんだ……違うかもしれないだろっていうか、違うんだよ! ヴェルドラにとって良くないお知らせをしようとしている俺としては、とてもつらい。
ヴェルドラが畳の上に胡坐を掻いて、俺は向かい合う位置に正座する。お互いに甚平姿というリラックスモードだが、俺の方は罪悪感で心臓(無い)がバクバクである。
き、きついなあ……でも俺のためにもヴェルドラのためにも、いい加減ケジメを付けておかないと。
「今まではっきり言わなかった俺が悪いんだけど……ごめん。ヴェルドラとは結婚出来ないんだ」
しん、と部屋が静まり返る。静寂が痛い。
ヴェルドラから何か反応があるまでは……と、俺はじっと耐える。
「何故だ?」
数秒後にやってきた反応は、キョトンとした声だった。
怒るでも悲しむでもなく、ただ不思議そうな。
くっ……本当に良心にグサグサ来るなコレ……!
何故って言われても、『嫌だから』という絶対的な理由しかないんだけど、それを直球で言ってしまうのは人でなしのような気がする。断るにしてもやんわりと、ヴェルドラを傷付けないように……
「お前は以前、自分は男だからどうのと言っていたな……あれが理由か?」
先手を取って尋ねてきたのはヴェルドラだった。
そういえば、そんなこともあったな……ヴェルドラと初めて出会った封印の洞窟で。
──お前が成長した暁には、この我が娶ってやろうぞ!
──あ、いや俺男なんで……
思えばあの時、もっとちゃんと断っておけば良かったのだ。
それからヴェルドラはその話をしなくなったので、てっきり俺はお断りが成立したものだと認識していたんだけど……そんなことは全くなかった。ヴェルドラは今日まで変わらず、俺を娶る気満々である。ヴェルドラは俺の言ったことの意味がわからなかったから、とりあえずスルーしたんだろうなぁ……
「うん、まあ……そうだな。俺は砂に生まれ変わったけど、記憶も人格も前世から続いてるし、精神的には男のままなんだよ。長い時間を掛けて作られてきた自分って、なかなか変わるもんじゃないだろ……で、俺は男を結婚相手として見たことがないわけだから」
「……? 我は"竜種"である故に、男というわけではないのだが?」
「…………」
論破されてしまった…………
知ってるよ! "竜種"に性別がないってことくらい!
でも、俺はヴェルドラを男だと思っているし、恐らくはヴェルドラ本人もそうだろう。リムルそっくりの分身体を依代にしたはずなのに外見が変化して、このガッシリした男らしい姿が作り出されたんだから、ヴェルドラの自己認識はそこに映し出されていると言っていい。
「あの、ヴェルドラには兄弟がいるんだよな……お姉さん達の姿と比べてみたらどうかな? ヴェルドラは、お姉さん達と同じだと思う?」
「フム……? そう言われてみれば、確かに我は女ではないな」
普段あまり性別について考えたことがないんだろうヴェルドラは、初めて触れる問題を解くようにじっくりと思案して──そして、真剣な表情で俺を見た。
「つまり……姉上達のように、我も女になれば良いということか?」
「ヴェルドラはすぐそうやってフリーダムなこと言う……!」
女になれば俺と結婚出来るかって? 俺がキャパオーバーだからやめてください。
というかヴェルドラが女になったら、それ金髪シズさん(ガングロ)ってことでは……俺の中にあるシズさんのイメージが壊れる! 自重して! お願いだから!
「ごめん、性別の話はやめようか……俺もよくわかんなくなってきた」
うーん、正確に言えば俺達は無性だから、最初から性別が迷子みたいなところあるもんな……なのに、それをお断りの理由に持ってくるのは、ちょっと不毛なやり取りだったかもしれない。
「それよりも……俺達は親子だろ? 普通、親子は結婚しないもんなんだよ!」
「何故だ?」
俺としてはこっちが主題だったんだけど、思ったより説明が難しい。種の存続……遺伝子的に不利になる……世間で言われている一般的な理由は説明してみたが、それが精神生命体にも当て嵌まるかどうかは疑問だ。じゃあもう後は倫理的な問題しか残らないので、俺がどう思っているかが重要になってくる。
「えーと……俺は、親子では結婚しない文化の中で育ったから……ものすごく違和感があるっていうか、何かが違うっていうか……俺は、良くないことだと思うよ」
本人達が良ければいいとか、そういう考え方もあるだろう。他人のことだったら口うるさく言う権利もないが、自分のこととして考えると……やっぱり俺はモヤモヤとして、何か嫌だなあと思うのだ。
「お前の考えでは……我らは親子であるから、番になることは出来ぬと言うのだな?」
「うん」
ヴェルドラはそうかと答え、静かに考え事を始める。
俺が良くない、っていうのは問答無用で大きな理由になるはずだ。ヴェルドラは、俺にその気がないのにムリヤリ話を進めてくるような奴じゃないし、これで納得してくれたらいいんだけど……と、ヴェルドラを眺めていた俺は、一つの想像に行き当たってしまった。
(……あれ? このパターンは……)
もしかして、だけど……
もしヴェルドラが、さっきみたいに。
じゃあ親子をやめれば良いのかって言い出したらどうしよう…………
(……そ、それは……嫌だ、なあ…………)
ぞくり、と走った寒気に身震いをする。
寒いんじゃなくて、それはハッキリとした恐怖だった。
「親子である限り……ウーム、そういうものなのか…………」
漏れ聞こえてくるヴェルドラの呟きに、俺の焦りは一層増した。
い……嫌だって、言えばいいんだろうか。
俺は親子やめたくないって。
でも、それって意味あるのか?
親子でいたいって頼み込んで続けてもらう関係に、一体何の価値があるんだ?
それが簡単に捨てられる程度のものでしかないなら──
「だがレトラよ! 我は、お前の親であることを止めるつもりは決して無いぞ!」
「…………う?」
堂々とふんぞり返って、ヴェルドラは宣言した。
まるで俺の心を読んでいたかのような、そんなわけないけど、完璧なタイミングで。
「お前が駄目だと言うなら仕方あるまい、その理屈に従おう。我が伴侶として迎えたいのは山々だが……我は無理強いする気はないのだ、お前に嫌われては元も子もないからな!」
至って明るく、引きずった様子もなく、ヴェルドラは笑う。
目的のためなら女になることも辞さない(?)ヴェルドラが、俺との親子関係をやめるつもりはない……そこだけは譲れない、捨てられないって、思ってくれてるのか…………
俺と結婚するより、俺と親子でいる方が大事だって…………
(…………それは、嬉しいな)
ん?
待てよ、待てよ…………俺は何が嫌だったんだ?
もしかして、俺がモヤモヤしてたのは、ヴェルドラと結婚するのが嫌なんじゃなくて……
ヴェルドラと親子じゃなくなるのが嫌だっただけ……?
え、じゃあ、何だ?
ヴェルドラが宣言通り、ずっと親子をやめないでいてくれるつもりなら……
それなら、俺はどうなんだ?
いいのか?
結婚しても…………?
「──よし! ならば、我の取るべき道は一つ!」
「っ!」
大きな声に意識を引き戻され、俺はビクッと肩を揺らした。
良いことを思い付いたと言いたげな満面の笑みで、ヴェルドラは言い放つ。
「我は、お前の気が変わるまで待つことにしよう!」
「……ハイ?」
「要するにだ、我らが番となることについて、お前自身が納得しておらぬのだろう? だとすれば、我は待つのみ。いずれはお前の考えも変わるかもしれぬからな!」
あれ!? この人、全然諦めてないな!?
ていうか今、俺が危なかった……! 落ちかけてた!
親子で結婚するのは駄目だって言っといて、親子でいてくれるなら結婚しても良い、は明らかに頭おかしいんだよなぁ……いくら俺でも、生涯に関わることで適当になるのはダメだ……!
「い、いや、時間を無駄にするのは良くないよ……いつまで待っても同じだって……」
「気にするな、我に寿命は無い。時間はたっぷりあるからな」
何でそんなにポジティブなんだ……すごいぞヴェルドラ。
うーん、ヴェルドラが待つって言ってるものを、俺が止めることは出来ないけど……
「でもそれ……ずっと俺の考えが変わらなかったら、損するのはヴェルドラだろ?」
「そうでもないぞ? 我に愛しき我が子がいるということは、何があろうと変わらぬのだからな」
ヴェルドラは機嫌良く、ヒョイと俺を抱き上げた。
いつものように胡坐の上に乗せられながら、俺はヴェルドラを見上げる。
やっぱりヴェルドラと結婚する気はないけど、これだけは言っておきたかったからだ。
「あの……俺、ほんとに、ヴェルドラのこと好きだよ」
「ウム、知っている。だが、何度聞いても良いものだな! もう一度言ってくれ」
俺は別に、結婚してもしなくても。
ヴェルドラのことはずっと好きなんだろうなぁ、と思った。
*****
②ディアブロ【97話 会議~魔国連邦】
幹部会議が終わった直後、俺はファルムス王国へ戻る前のディアブロを捕まえた。
連れて来たのは俺の執務室。防視防音の遮断結界も展開済みだ。
「レトラ様、お話とは……?」
「俺、ディアブロに悪いことしたなあって……」
デスクの前に立つディアブロを見上げる。
さっき椅子を勧めたんだけど、立ったままでいいと固辞されたので仕方無く。
俺は会議中からずっとディアブロに対して申し訳なさでいっぱいだった心情を、ようやく吐き出した。
「ディアブロが元気なかったのって、この前俺がファルムスから帰る時に……もう口利かないって言ったやつが原因だよな? ごめんな……」
「い、いえ! レトラ様はその高潔な御心で、私に猶予を与えて下さいました……同じ過ちを繰り返さぬよう、戒めとしてあの御言葉を下さったのだということは、理解しております……!」
そ、そんな感じだったかな……?
俺が喚き散らかしただけだったような気もするけど……
『俺を姫って呼ぶんだったら──ディアブロとはもう口利かないからな!』
思い返してみたが、やっぱり俺がキレていただけ……いや、ディアブロが言うんだから、あれにはそういう高尚な意図があったんだろう。そういうことにしておこう。
で、ちゃんと理解してくれていたなら……ディアブロは何で落ち込んでたんだ?
焦りながら俺をフォローしてくれたディアブロが、辛そうに目を伏せる。
白い手袋で覆われた拳が、微かに震えていた。
「私は自分が許せません……レトラ様に御不快な思いをさせるなど、我が下僕と同列の許されざる所業──ああ、愚かな己を八つ裂きにしてやりたいと、何度考えたことでしょうか……!」
いや、思い詰め過ぎなんだわ…………
流石にレイヒムとは同列にならないっていうか……町の皆を奴隷にって言われて怒ったのと、姫様って言われて怒ったのを並べないで欲しいよね。俺の心が狭いみたいに思えてくるだろ!
「そういえばディアブロ、俺のこと避けてただろ? あれから今日まで、一回も会ってないもんな?」
「それは……と、とてもレトラ様に合わせる顔が無く……!」
思い詰め過(略)。
俺も少しだけ、変だなとは感じてたんだ……この一ヶ月間、ディアブロからの報告はいつもリムル経由で更新されていて、あ、今日ディアブロ来てたんだ、会えなかったなーって思ったことが二、三回ほど。気付けよって話なんだけど、まさか避けられてるなんて思わないから……!
「何でかなって思ってたけど……あれはちょっと酷いんじゃないか?」
「た、大変申し訳ありませんでした……どうか、どうかお許し下さい……!」
ディアブロが深々と、頭を下げて謝罪する。
その必死さを見ていると可哀想になってくるが……これで手打ちに出来るだろう。お互いに。
「うん、許すから、俺のことも許してよ。俺はそこまでのつもりじゃなかったんだけど、ちょっとキツイ言い方だったな、ごめんディアブロ。この話はもうこれで終わりにしよう?」
「レトラ様……」
「俺は本当にディアブロには期待してるんだ。いつもよく働いてくれてありがとう、今担当してる作戦もディアブロならきっと上手く行くから、頑張って欲しいな!」
その大事な任務に就いているディアブロの足を、一ヶ月間も引っ張ってた俺は何なんだよ……って謝りたい心境ではあるけど、そんなことをしてもまた謝罪合戦が始まるだけなので抑える。
会議でもやったような激励は、やはりディアブロを立ち直らせる効果が高いようだった。これでいい。後悔するより、前向きに考えることの方がよっぽど大事だ。
「というわけで、ディアブロに景気付けの褒賞を与えようと思います」
「え?」
「何がいい?」
「え……?」
突然の展開に、ディアブロは要領を得ない顔で思いっきり困惑していた。
俺としては、こんなことで一ヶ月も悩ませてしまったお詫びのつもりだが……ディアブロが恐縮してしまわないように、ご褒美という建前で話を進める。
「この前言ってただろ、『この素晴らしき日に、是非お願いしたき儀が』って。あの時言ってたアレは嫌だけど……絶対に嫌だけど、やり直しのつもりでさ。他に何かお願いがあったら聞いてあげるよ」
「め、滅相もございません……! これ以上、私がレトラ様に何かを望むなど……」
「何もないなら良いけど……俺もうこんなこと言い出さないかもよ? いいの?」
「…………」
ぐっと口元に力を込めて、ディアブロが考え込んでいる。
お、これは何か願い事がありそうだな。ディアブロはもう俺を怒らせるようなことは言わないだろうから、その範囲内でなら、大体のことは聞いてあげるつもりだ。
「で、ではレトラ様……恐れながら……」
「うん」
「今一度……」
「うん」
なかなか続きを言わないディアブロを根気強く待つ。
そしてディアブロは、懺悔とか告解とかそういう類の悲愴感に近いものを感じさせる必死な声で、振り絞るようにしてそのお願いを口にした。
「どうか、今一度、レトラ様のためにお茶を御用意させて頂けましたら……!」
「超ささやか……!」
一生のお願いみたいな空気で言うやつじゃないからそれ!
しかも、俺がお世話される側だな……そんなんでいいの? 本当に? 肩揉みぐらいならするよ俺? 前世のカフェバイト経験を生かして俺がお茶を淹れてもいいし、どうせならディアブロも一緒にお茶を飲んで寛いで欲しいところだけど、ディアブロはそれを望まないだろうからな……
オッケーと許可して、またディアブロに紅茶を淹れてもらった。
お茶請けも添えられていて、ディアブロが用意してくれたのは美味しそうなメレンゲパイ。ウチの厨房では毎日料理の研究が行われており、何らかのお菓子も作られているが、上手く交渉してきたようだ。
お茶とお菓子と雑談で再びティータイムを満喫し、ありがとう楽しかったと告げると、テーブルの傍に控えるディアブロは心底嬉しそうに笑うのだった。
ついでに俺からは、俺型ベビーカステラを『創造再現』して提供した。
めちゃくちゃ喜ばれた。
良かった!
①一応、ヴェルドラを振った話です
②魔国の乙女枠