①リムル【21話 オークロード①】
オークロード達との戦に向けて、町では取り急ぎ準備が進められている。
今日は、俺とレトラの衣装合わせ──と呼ばれて来たのだが…………
「ああ……丹精込めてお作りした甲斐がありましたわ」
「リムル様、レトラ様、とってもお可愛らしいです!」
「ええ、本当に……!」
ノコノコと製作工房へやって来た俺達は、シュナやシオンやゴブリナ達の異様なテンションの高さに押され、何かがおかしいと思う間もなく彼女達の着せ替え人形となってしまった。
俺が着せられているのは、袖や裾など至る所に使われているフリルの作り込みも見事な、シックなピンク色に染め上げられたワンピース。水色の髪は三つ編みツインテールにされ、爪もピカピカに磨かれて……俺の人間形態はシズさん譲りの美少女だからなのだが、本当に人形のようだな。
はあ、と溜息が出る。製作部門には俺達の戦闘衣装を任せていたから、てっきりそのための採寸やら何やらの打ち合わせだと思っていたのに……騙された。
俺もレトラも五、六歳程度の子供の姿ではあるが、人間のように日々背が伸びたり体型が変わったりはしないため、改めて採寸の必要などないことにもっと早く気付くべきだった。
「御二人とも、本当によくお似合いですわ」
「次はもっと繊細な布地をたっぷりと使って、ふんわりとした衣装を作りましょう」
「布をもっと鮮やかな桃色に染めることが出来れば、よりお可愛らしくなるのでは?」
「あ、動かないでくださいね! 今、描き取っていますので!」
俺とレトラはいくつものクッションと共に部屋の真ん中に座らされており、女性陣は俺達をうっとりと眺めながら、更なる改善案とやらで盛り上がっている。すっかりオモチャにされてしまっているな。
以前、衣服を作って欲しいとシュナ達に頼んだ際、参考になればとシンプルな普段着のデザインを木片に描き殴ったことは覚えている。だが、そのついでに悪ノリで描いた様々なデザイン画が、まさかこんな風に参考にされるとは思わないじゃないか……
もう何度目かになる大きな溜息を吐き、隣へと目を向ける。
そこには、全てを諦めたような顔をして座っているレトラがいた。
俺と同じく、フリフリのワンピースなのかドレスなのかわからない衣装を着せられていて、それは俺の服より少し明るいピンク色だが、いわゆるお揃いというやつだった。頭のそれは何て言うんだっけ……ヘッドドレス? 髪の短いレトラには、レースとリボンがあしらわれたそれが抜かり無く飾られていた。
「うーむ、レトラ……似合うなあ、お前……」
「いや……リムルには敵わないよ……」
「いやいやお前の方が」
悪代官と越後屋の会話に近いものがあるな。
レトラの表情は完全に死んでいるが、はっきり言ってその衣装は何の違和感もなくレトラに似合っていた。
後はいつものように笑ってくれれば、完璧な美少女(または美幼女)となるのだが……まあ仕方ない。女装を無理強いされたこの状態では、そんな心の余裕はないだろう。
「ところでお前って……砂だからか、すべすべしてるよな」
「んっ」
何気なく手を伸ばして、レトラの頬に触れた。
手の平を滑らせると、陶器のようにすべらかな肌の質感がよくわかる。砂スライム形態のこいつのボディはサラサラで触り心地が良く、『造形』した身体でもそれは同様だった。
いくら顔を近付けても、シミとは一切無縁のきめ細かな肌が映るだけで、レトラの美少女っぷりをこれでもかと引き立てている。これを監督したという、ヴェルドラさんの底力恐るべしだ。
「んんー……リムルのスライム細胞も、人のこと言えないだろ」
お返しとばかりに、レトラが俺の頬に手を伸ばしてきた。
するすると肌を撫でる感触がこそばゆい。
「うっわ肌つるつる。これは女の子に羨ましがられるやつだ……敵視されるまである」
「レトラ、くすぐったいって」
レトラの子供らしいふっくらとした頬をつまむ。柔らかい。
そんなことをすれば当然レトラからもささやかな報復が来て、互いの頬をふにふにと弄り合う応酬がしばらく続き……やがてバカバカしいやり取りに堪え切れずに、二人で噴き出した。
早くも自分の格好を忘れてしまったらしいレトラが、機嫌良く満面の笑みを見せる。
女装させられてからテンションガタ落ちのレトラだったが、やっぱりこいつはこうして笑っている方が可愛い…………ん?
気付けば、周りはやけに静かだった。
俺とレトラを飾り付けてキャイキャイとはしゃいでいた女性陣が、いつの間にか皆で息を詰めてこちらの様子を窺っている。レトラも彼女達へ目を向け、何となく異質な空気を察したようだ。
「……終わった? もう着替えていい?」
「いえ、レトラ様! 大変恐縮ですが、もうしばらくそのままで……!」
今にも砂に戻りそうな勢いのレトラを、シュナが止める。
というか、そのままってどのままだ。
よくわからないが、大人しく座ってればいいのか……え? 何? レトラから手を離すなって?
*****
②シュナ【43話 留守番】
「失礼致します、レトラ様。お茶をお持ち致しました」
俺の庵に、お茶を運んで来てくれたのはシュナ。
和室の机の前に座り、広げた木片を眺めていた俺は顔を上げる。
「お勉強中でしたか?」
「ちょっとね。報告書の内容をまとめようと思って……」
「まあ、御立派です。ですが根を詰め過ぎてはいけませんわ、休憩に致しましょう」
木片を片付けた机の上にお茶の用意がされて、部屋に紅茶の香りが広がる。お茶請けには、こんがり焼いたスポンジにジャムを挟んでカットした新作のケーキが添えられていた。
早速、ケーキの端をフォークで切り分けて口に運ぶ。
「んー……美味しい! 俺、シュナの作るお菓子好きだな。いつもありがとう」
「本当ですか? ああ、良かった……」
やや緊張した面持ちで俺の反応を待っていたシュナが、ほっと表情を綻ばせる。
それは、最近俺の周りでよく見掛けるのと同じ顔だった。
「なあ、シュナってさ」
「はい」
「シュナだけじゃないけど……皆、俺のこと子供だと思ってるよな?」
「え?」
キョトンとシュナが小首を傾げる。
最近……そう、この前の幹部会議の後から。俺がドワルゴンに行けなくなったと決まった後、皆がやけに俺を構ってくれるようになった。皆はいつもと同じように優しいんだけど、どこか俺の様子を窺うようにして……俺の態度が普通とわかると、今のシュナのように安心した顔になる。
俺は最近、皆からご機嫌斜めと思われていて、総出であやされている状態なのだ。
異議あり!
──と、叫びたくもなるだろう。
俺は機嫌悪くない! ドワルゴンに行けないからって、臍を曲げたり八つ当たりしたりするほど俺は子供じゃない! 態度が普通なのは、俺の機嫌が普通だからだよ!
「子供だなんて……わたくし達は皆、レトラ様を敬愛しておりますわ」
その言葉を疑う気はない。
例えば、このケーキも凄まじく特別仕様だった。少しずつ生産されるようになってきた貴重な砂糖が使われたジャムに、アピトの蜂蜜がたっぷりと混ぜ込まれたハニーケーキ。
リムルの協力がなければ材料を調達出来ないような、今の魔国で出せる最高級クラスのお菓子が、特に何もない日のお茶請けとして気軽に出てくるのはおかしいと思うよ……これは間違いなく、気落ちしている(らしい)俺のためにと作ってくれたものなんだろう。それは嬉しいんだけど……
「何か違うんだよな……俺がもうちょっと、リムルみたいに頼り甲斐のある感じになればいいの?」
「うふふ、レトラ様はリムル様のような御方になりたいのですね」
ほらそれ。背伸びする子供を微笑ましそうに見守る目をしないで欲しい。
シュナには自覚がないのかもしれないが、いつも言動の端々に、小さい子を相手にしてます感が滲んでるんだよなあ……どうしても俺は弟属性、みたいな先入観があるんだろう。
「レトラ様はリムル様の弟君ですもの。リムル様がレトラ様をとても大切に思っていらっしゃるように……わたくし達も、レトラ様には日々健やかにお過ごし頂ければと願っております」
俺がリムルの弟なのは一生変わらないので、そこは良いとして……百歩譲って、年上の人達に子供扱いされるのは仕方ない。でもシュナはどう見ても十代の女の子だし、前世の俺よりは年下だよな? そういう子にすら子供扱いされているのは、ちょっと俺のプライドに触れるところがあるようなないような。
うーん、重要なのは見た目か?
俺の人間形態が大人っぽく成長したら、俺の扱いも変わるかな?
「それじゃあさ。俺がもっと成長して、シュナより背が大きくなったら……その時は、子供扱いはやめてくれる?」
シュナは少し驚いたような顔をして、すぐにふんわりと微笑んだ。
「はい。レトラ様の凛々しいお姿を、心待ちにしておりますわ」
シュナとそんな話をした翌日。
昼食を食べに向かった食堂で、ベニマルが深刻そうに切り出してきた。
「あの、レトラ様……シュナに求婚したってのは本当ですか?」
「何の話!?」
何で噂になってんだよ! しかも身に覚えが無いし!
「成長して頼れる男になったらどうとか」
「そんなことは言ってないと思う」
「使用人達がそう聞いたと……」
そういえばあの時、庵の庭を掃除してくれていたゴブリナ達がいたような……誰かの耳に届いて、尾ヒレが付きまくった可能性はあるな。
シスコン気味のベニマルは可愛い妹を嫁に出すことには抵抗があるのか、メチャクチャ複雑な内面を何とか抑え込んでいるような顔をしていた。
「いや、流石に驚きましたね……リムル様が寝込んでしまった気持ちもわかりますよ」
「寝込んだの? 大丈夫なの?」
リムルもシュナのことは妹か娘のように大切にしているし、嫁に行くとなるとショックなのかな……と見せ掛けて、俺が思うにリムルはアレだ。自分よりも先に、俺に彼女が出来たと思って衝撃を受けたんだろうな。
とりあえずリムルもベニマルも安心していいよ、違うから。
「しかし妹の慶事となれば、俺は祝福し……」
「──いい加減になさいませ、お兄様!」
俺が誤解を解く前に、シュナが駆け付けてきた。
シュナも予想外の噂を聞いて驚いたんだろう、真っ赤になってベニマルを叱り付ける。
「レトラ様はただ、お慕いする兄君様であるリムル様のように成長したいという決意を、わたくしにお話しくださっただけです! 純真なレトラ様に、そのような下心などあるわけがないでしょう!」
うん、そうだな……シュナに子供扱いされるのはちょっとなーと思っただけで、求婚とかそういうことは全く考えてなかった……もし俺の言い方が悪くて、シュナにも誤解を与えてしまっていたらどうしようかと思ったけど、頭の良いシュナは妙な勘違いをしなかったようだ。
まあ今の俺、見た目が九歳児くらいだからな。何を言われようと、普通は求婚されてるとか思わないよな。本末転倒のような気もするが、子供の姿で良かった!
というか、俺がリムルみたいになりたい超お兄ちゃん子のようにシュナに大声で流布されてしまったが、否定するとまたややこしくなるので、それは甘んじて受け入れようと思う……
今度からはもう少し考えて発言しないと……
あと、誰かリムルに、誤報だって伝えといて?
*****
③ベニマル【48話 国主代理②】
「あ、レトラ様、お戻りですか。お疲れ様です」
国主代理となった俺の仕事場、リムルの執務室へ戻ると、ベニマルが来ていた。
ちょうど部屋を出ようとしていたところだったらしく、俺に気付いて頭を下げたベニマルは、部屋の奥にある大きな執務机を指す。
「警備隊からの報告書が出てますよ。机の上に置いておきました」
「うん、ありがとう。目を通しとくよ」
ベニマルとすれ違い、机に向かって歩く俺の背後で──
「! ……レトラ様!」
「えっ?」
突然上がった大声に、足を止めて振り返る。
扉に向かいかけていたベニマルが、何やら勢い良く引き返してきた。
「レトラ様から、甘い匂いがするんですが……!」
「(犬か)」
鬼気迫る顔で何を言い出すかと思ったら……しかしそう言われると、俺には心当たりがあった。
「あーうん、そうかも……今、ゴブイチの厨房でクッキー作るの手伝ってたんだ」
明日は、寺子屋の子供達と約束したお茶会の日。
それに持って行くクッキーを、俺はつい先ほどまでゴブイチと一緒に焼きまくっていたのだ。
ずっと厨房にいた所為か人間の嗅覚は麻痺してしまっていたようだが、意識的に『超嗅覚』を使ってみれば確かに……熱された砂糖やバターのしっとりした匂いが、髪や服に染み付いていた。
「クッキーとは……?」
「お菓子だよ。砂糖も使った甘いやつ」
言いながら、俺はサラッと身体を崩す。
一旦全て砂にして、新しく人間形態を作り直して、と。よし、これで匂いは取れ…………
「何で消すんですか!?」
「ダメなの!?」
消すなって? え……じゃあ、戻す……?
ベニマルの謎の迫力に押された俺は、もう一度身体を崩して『造形再現』を実行……サラサラと砂から作った人間形態は、さっきまでの俺を完璧に再現していた。
「あ、元に戻りましたね。また甘い匂いがします……!」
「何だかこう、匂いの発生源って言われると微妙な気持ちなんだけど……良かったね……」
「それで、クッキーってのはどんな菓子なんです?」
「つまんでサクッと食べる感じの……このくらいで、薄くて……俺みたいな形してて」
「レトラ様みたいな……?」
「それはゴブイチが……いやあの、ベニマル? 近い、なんか近い」
さっきから少しずつ、じりじりと、ベニマルが寄って来ている。
そろりと後ずさる俺の些細な抵抗には気付いていないのか、甘い匂いに吸い寄せられる性質でも持っているのか、ベニマルがごく自然な動作で身を屈める。
「そのクッキーというのも……こんなに甘い匂いがするんですか?」
「まあ、そう……だね……?」
「レトラ様みたいに……」
普段あまりない距離まで鼻先を近付けてきたベニマルは、一瞬呆けるように考え込んで。
間近で俺と目を合わせ、それは、と真剣に呟いた。
「──美味そうですね」
……クッキーのこと言ってるよな!? 俺じゃないよな!?
俺を喰っても美味くない……っていうか、俺は砂だから!
砂なんて、絶対に食物連鎖のどこにも入ってないと思ってたのに……!
ベニマルから逃れようと後退させていた踵が、ゴン、と重厚な執務机に当たって止まる。
うわ!? しまった、逃げ場が……く、喰われる──……!?
スルッ、と影の中で動いた気配。
差し込む陽射しが落とした影から出現し、あっさりとベニマルの背後を取ったその人物──ソウエイは、手にした苦無をベニマルの首筋に突き付けながら、ゾッとするような凄味で低音を響かせた。
「止まれ。それ以上レトラ様に近付くな」
「……いたのかお前」
「貴様のような悪漢を始末する護衛としてな」
ソウエイ──!!
そうだ、リムルがドワルゴンに行ってる間、俺の影には護衛としてソウエイがいるんだよ! まさかこんな形で活躍の機会が来るとは思ってなかったけどな!
身内の不始末な事態にソウエイがガチめにキレてしまっていたので、本当にベニマルを始末してしまう前に落ち着いてもらった。ベニマルも正気を取り戻したようなので、では遠慮なく。
「ベニマル、そこに正座! 説教する!」
今のはちょっと頂けないので、キッチリ反省してもらうとしよう!
「あのなベニマル? 甘いの好きなのは知ってるけど、あれはないわ」
「本当に申し訳ありませんでした……」
「怖かったのでああいうのはやめてください」
「もうしません……」
「ソウエイからも一言」
「次はその命無いものと思え」
普通に怖い。
ソウエイから溢れ出る殺気が本物なので、ベニマルは本当に気を付けて……
甘い匂いにカッとなったとか、言い訳にならないからね……まあ正座どころか土下座の体勢で、真剣に謝罪と反省を口にするベニマルの言葉は信じてもいいだろう。
しかしスライムのリムルはともかく、
美味いのは俺じゃなくてクッキーなので、俺を喰わないでください……という意味も込めて、ベニマルとソウエイにはクッキーを一枚ずつあげることにした。
だけどそのクッキーがゴブイチの努力により完璧に俺の姿をしていたため、(レトラ様だ……)(レトラ様だ……)という心の声がありありと伝わってきた上に、食べた感想が「やっぱり美味いですね!」「レトラ様のようです」だったので、何が何だかよくわからなくなった。俺を喰わないでください!
①漫画版四巻の女装ネタ。本編に入れたかったけど、入れられる空気じゃなかった。
②九歳なので求婚はまだ早い。
③クッキー焼いて、影にソウエイがいて……と、ここまで好条件な時期は他にないのですが、ベニマルが事案だったので書くのをやめました。(でも結局今回)
※来週、小ネタ集②を更新したら終わりです