転スラ世界に転生して砂になった話   作:黒千

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※本編更新は12/16(木)から
※今回は小ネタにしては長いネタ二本立てです

 ソーカ【30話 ステップアップ】9歳
 リグル【54話 微睡の夜】9歳
(メインキャラ/目次何話頃の話か/レトラ外見年齢)


(小ネタ集③ ソーカ/リグル)

 

 ①ソーカ【30話 ステップアップ】

 

「ガビルー!」

「これはレトラ様、今日もおいで下さったのですな! ……ん? 何だソーカ、また来たのか?」

「レトラ様に護衛の任を仰せつかりまして」

 

 豚頭帝(オークロード)との戦の後、蜥蜴人族(リザードマン)の領地を発った私達は、二週間ほど前にこの町に辿り着いた。

 恩あるリムル様とレトラ様に仕えるお許しを頂き、私と部下達はソウエイ様の隠密部隊の一員に。兄上達は、封印の洞窟にてヒポクテ草という植物の栽培を任されている。

 そしてレトラ様は、兄上の元を訪れる際、時折私に護衛を命じてくださるのだ。

 

「ソーカ、道中はしっかりとレトラ様の護衛を務めたのだろうな?」

「ご心配には及びませんよ兄上。ムカデや蜘蛛ごとき、敵ではありません」

「その油断が命取りになるのだ! お前が第一に考えねばならんのは、何よりもまずレトラ様の身の安全なのだぞ!」

「そのようなこと、兄上に言われなくともわかっています!」

「二人とも仲良いねー」

 

 心外なことを仰りながら、レトラ様は朗らかに笑う。

 見た目だけなら幼い子供の姿をしているレトラ様だが、その実力は私よりも遥かに上だ。

 私はA-ランクの龍人族(ドラゴニュート)へと進化しており、洞窟に生息するB+ランクのエビルムカデをも圧倒する戦闘能力を身に付けた。だがレトラ様の場合、普段は静かに整えられている妖気を解き放つだけで、魔物達が一目散に逃げ出してしまうのだから。

 

「じゃあ、俺は遊んで来るから。ソーカはガビルとゆっくり話でもしてて!」

 

 そう言って、レトラ様は兄上の部下に連れられ、洞窟の奥へと向かう。

 砂妖魔(サンドマン)のレトラ様は、その『風化』と『造形』の御力で、兄上の部隊百名ほどの住居作りをお手伝いくださっているそうだ。どう考えても主君が関わるべきことではないのに、それを頑なに遊びだと言い張るのは、我々が恐縮してしまわぬようにとのレトラ様の御配慮だろう。

 

 そして、洞窟の魔物達を寄せ付けもしないレトラ様が、わざわざ私に護衛をお命じになるのは……恐らくは、町から離れた洞窟で働く兄上の様子が見られるようにというお気遣い。

 配下となったばかりの者にも、このように繊細なお心配りをされるとは──と、レトラ様の優しさに感謝している私の傍らで、兄上がジトリと目を細める。

 

「ところでソーカよ……お前は、レトラ様とは仲が良いのか?」

「ええまあ、レトラ様は日頃からよくお声を掛けてくださいますよ」

「むむ……いいか、それは何もお前にだけではないぞ! レトラ様は、我輩の所へも頻繁に遊びに来られるのだからな!」

「対抗しないでください兄上」

 

 まったく……我が兄の、この器の小さなことと言ったら。

 

「だが、待てよ……考えようによっては喜ばしいことかもしれんな?」

「は?」

「リムル様の弟君たるレトラ様の寵愛が得られるとあらば、その地位は安泰であろうからな! よし、今後も誠心誠意お仕えするのだぞソーカ!」

 

 唐突に笑い出す兄上には頭が痛くなったが……その真意は私にもわかった。

 蜥蜴人族(リザードマン)の一族に謀叛を起こし追放された身で、リムル様やレトラ様に仕えて一からやり直す──その境遇について、兄上自身には何の文句もないだろう。だが兄上は、己を慕ってついて来てくれた部下達や私達の立場までが、自分のために軽んじられてしまわないかと心配なのだ。

 

 リムル様やレトラ様のお人柄からしても、きっとそれは杞憂に終わる。

 兄上は少し調子に乗りやすい性格をしているが、武人としての在り方は一応私も尊敬するところだし……着実に結果を残す者の姿は、必ず御二方の目に留まるだろう。その働きが認められる日が来れば、表向きは兄上を破門した父上も、晴れて兄上を許すことが出来るのだ。

 

「何を言い出すかと思えば……レトラ様が、そのようなくだらない贔屓をされる御方だとでも?」

「なっ、そんなことは言っておらぬだろう! 主の覚えがめでたいということは、信頼を置いて頂いているということに他ならんのだからな!」

「それが短絡的だと言うのです。そもそも、私がレトラ様に特別のお引き立てを頂いていることなどありませんよ。仮にそうだとしても、レトラ様はただ──」

 

 はた、と私はそこで言葉を切る。

 

「ん? ただ……何だ?」

「いえ、何も?」

 

 恐らく私だけが知っている、レトラ様の小さな秘密。

 それをこうも簡単に兄上に教えてしまうのは勿体ない気がして、私はそっと口を噤んだ。

 

 

 

「ソーカ」

「はい、ソウエイ様」

 

 それからまた日が過ぎ、諜報部門の長であり私の直属の上司であるソウエイ様に呼び出された。

 今日も冷徹な瞳で私を見下ろしながら、ソウエイ様は静かに口を開く。

 

「最近、レトラ様と懇意にしているそうだな」

「いえ、私など……レトラ様には時折、労いの御言葉を頂く程度です」

「レトラ様の御希望で護衛を務めることも多いようだが」

「それは……レトラ様の御厚意で……」

 

 レトラ様の護衛は、以前は鬼人族(キジン)の方々の専属任務だったそうだ。それが今では、あまり皆を煩わせたくないというレトラ様の御考えで、護衛が必要な場合のみ、手の空いている者にレトラ様が御命令くださるというものに変わったらしい。よくレトラ様のご予定を確認する幹部達の姿を見掛けるのはそのためで、それはさながら争奪戦のようだとも囁かれている。

 そういう事情からすれば、幹部でもない新参者の私に護衛を命じて頂けるのは、とても名誉なことなのだが……まさか、その件で何か……? 

 

「咎める気はない。お前は腕も立つ、レトラ様の護衛として申し分ないだろう」

「ソウエイ様……」

「その上での話だが、レトラ様がお前をお望みであるならば……今後の俺への護衛命令を数件、お前に与えても良いと考えている」

「え……?」

 

 何ということだろうか。ソウエイ様がレトラ様を心から敬愛し、大切に思っていることは知っている。そのレトラ様の護衛を私に託しても良いと、ソウエイ様は仰ったのだ。それを任せるに値するとソウエイ様にお認め頂いたことには、湧き上がる喜びが抑えられない。

 

 ただし、常に冷静で端的なソウエイ様にしては、やや歯切れの悪い物言いだった。

 やはり本心では抵抗があるに違いない。主君の御傍に仕え、その身をお守りすることを至上の誉れとするならば、その御役目を他者に譲るなど苦渋の決断のはずだ。だがそれがレトラ様のお望みならと、ソウエイ様はお考えになったのだろう。しかし……

 

「あの、ソウエイ様……大変光栄なお話ではありますが、私には少々荷が重いかと」

「不満か?」

 

 ソウエイ様の瞳が不穏な光を帯びる。レトラ様の護衛という重大な任務を辞退することは、ソウエイ様にとっては許し難い所業であるようだ。私は一体どうすれば良いのですかソウエイ様。

 だが、如何にこの上ない大役であっても、流されるままに拝命してしまってはいけない。

 

「レトラ様がソウエイ様へ護衛を命じられるのであれば、やはりソウエイ様が任務に就くべきと存じます。レトラ様は度々私にお声を掛けてくださいますが、それには理由がありまして……」

 

 兄上もそうだが、ソウエイ様も誤解している。

 レトラ様が私をお望みでいらっしゃるという事実など、どこにもないのだ。

 ならば、この誤解を解くためには──

 

「実は、レトラ様は…………」

 

 ソウエイ様は黙して、私の言葉の続きを待っている。

 周囲に妙な静けさが下りる中、私は意を決して口を開いた。

 

「……角が、お好きなのです…………」

「……角?」

 

 

 

『あのさ、ソーカは龍人族(ドラゴニュート)になったんだよな……角って出せる?』

 

 この町にやって来て間もない頃、レトラ様はこっそりと私にそう尋ねた。

 リムル様に名を頂き進化したことで、私や部下達の姿は、蜥蜴人族(リザードマン)の頃とは比べ物にならないほど人間に近いものとなっていた。皮膚を龍鱗に変え龍の姿に近付く『龍鱗化』のスキルを上手く調整すれば、逆に龍の角や翼を消すことも可能だ。人間の町での諜報活動に役立つだろうそれは有用な能力であり、私は人間の姿を取る訓練も行っていたのだが……

 

 そのお申し出に驚きつつも角を出現させると、レトラ様は大層お喜びになった。

 美しい琥珀色の瞳が、キラキラと輝きを増して私を見上げる。

 

『うん、やっぱり可愛い! ありがとうソーカ!』

『えっ? あ、は、はい……?』

 

 可愛いなどと、それまで聞いたこともなかったような言葉に私は唖然として、屈託無く手を振って去るレトラ様を見送った覚えがある。その時はわけがわからないばかりだったが、次の機会に「レトラ様は角がお好きなのですか?」と恐る恐る尋ねてみると、レトラ様は少しばつの悪そうな顔で笑った。

 

『あー、まあ……でも、もちろん角だけ好きってことじゃないからな?』

『では、兄上のことはどう思われますか?』

『カッコイイと思うよ! 龍の角あるし、翼もあるし!』

『すると……レトラ様は龍の姿がお好きなのでしょうか?』

『えーと、何ていうか……ガビルはガビルっぽくて格好良いよねって意味で……ソーカはソーカっぽくて格好良いし、角もあって可愛いよ!』

 

 何かと角に言及されるレトラ様はやはり角がお好きなのだ、と理解するのは簡単なことだった。

 この魔物の町では、角を持つ者は多い。龍人族(ドラゴニュート)である私や兄上や部下達、レトラ様がよくお可愛がりになっている黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)のランガ殿……そして当然、鬼人族(キジン)のソウエイ様にも角はあるのだ。

 

「ですので……決して、私ばかりがレトラ様に御贔屓にして頂いているわけではないのです」

「……そうか」

 

 複雑そうな顔をして、ソウエイ様が頷いた。

 角の有無だけで扱いを変えるなどという差別をレトラ様がするはずもないので、レトラ様のささやかな嗜好は、これまで誰にも知られることはなかったのだろう。角の収納が可能だった私が、たまたまそれに気付けたというだけの話で。

 

 私にレトラ様の護衛任務を与えてくださるというソウエイ様の案は、白紙となった。

 これで良い。レトラ様がソウエイ様に護衛を命じたとして、それなのに私がやって来るようであればレトラ様は大変驚かれるだろう。レトラ様のことだから、きっとソウエイ様は忙しいのだと納得され、不満があってもそれを言い出すことはないのだろうし……いくらレトラ様を思っての判断であっても、ソウエイ様にはそういった配慮が足りないように思う。

 

 リムル様の計らいで、私は憧れのソウエイ様の配下となることが叶った。進化後の姿が人間に近かったのも、ソウエイ様のような御姿に少しでも近付きたいという私の願いも多少なりと影響していたのだろう。だが私は龍人族(ドラゴニュート)で、鬼人族へと進化する道はない。

 それでも、この龍の角を──龍人族(ドラゴニュート)である私を肯定してくださるレトラ様の御言葉に、私は胸の内にほんの少しわだかまっていた心残りが溶けて消えたような、そんな軽さを感じたのだ。

 

『レトラ様。よろしければ、角をお出ししましょうか?』

『え、本当? じゃあ……ありがとう!』

 

 あれから何度か、そうお伺いを立てる度に、レトラ様はとても嬉しそうに笑ってくださった。

 それは私に穏やかな充足感を与えるものだったが……そろそろ、潮時だったのだろう。そのために要らぬ誤解を招くようでは、レトラ様にもソウエイ様にも御迷惑が掛かってしまう。

 せっかく私だけが知ることの出来たレトラ様の小さな秘密を、もう二人で共有することが出来なくなるのは、少しだけ残念には思うけれど。

 

 

 後日、どこからかこの話を聞き付けたシュナ様やシオン様が、念入りに角を磨いてレトラ様のお傍でソワソワとしている様子が見られるようになったとか、ならなかったとか。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 ②リグル【54話 微睡の夜】

 

 目を覚ます。

 砂の俺に本来眠りは必要ないため、擬似睡眠から覚醒しただけの話ではあるけど。

 

 夜明け前の室内はまだ薄暗い。

 少し『音波感知』を意識すれば、隣の布団から聞こえてくるのは微かな寝息だ。

 

 さらり……と、俺は潜っていた布団から出た。

 そのまま、さらりさらり、砂の身体を崩しながら隣の布団を這い上る。

 小高い山のようなそれを踏破した俺は、その天辺で、ぽいんぽいんと砂ボディを弾ませた。

 

「リグルド、おはよう!」

「む──……レトラ様?」

 

 厚みのとんでもないリグルドの大胸筋の上から呼び掛けると、目を開けたリグルドが俺を見上げ、すぐに状況を把握した顔となって笑う。

 

「おお……そうでした、昨夜はレトラ様の庵にお招き頂いたのでしたな」

 

 それそれ。最近俺に不眠症状が出ているので、一緒に寝て欲しいとリグルドに頼んだのだ。

 いざリグルドを呼んで事情を打ち明けると、反応がすごかった。「何とまさかそれほどまでにレトラ様にご負担が掛かっていたとはそのような事態に陥るまで何も出来ずこのリグルド一生の不覚ああどうすれば医者か回復薬かそれともリムル様に連絡を」「やめてー!」で、何とか事無きを得たけど。

 

「レトラ様、おはようございます。昨夜はよくお休みになりましたかな?」

「うん、眠れた! 付き合ってくれてありがとう」

「それはそれは、何よりでございます。安心致しましたぞ」

 

 俺がちゃんと眠れたと知り、リグルドも嬉しそうだ。

 後は暗いうちに庵を抜け出して自室へ戻ってもらうだけでいい。俺の不眠はあまり周囲に知られたくないので、これまで何人かに添い寝を頼んできたことも当然秘密だ。証拠を残さないために、リグルドが使った布団や浴衣をサラサラと砂にしながら、何気なく考えを口に出す。

 

「これでベニマル、ハクロウ、クロベエ、リグルドには来てもらったし……他に誰かいるかな……俺と一緒に寝てくれそうな……口の堅そうな人……」

 

 ソウエイはなー、頼めば来てくれると思うけど……分身体がイングラシアのリムルの護衛に行ってるし……町周辺の警戒網の要でもあるソウエイには、任務を優先して欲しい。

 じゃあゴブタとか……うーん、あんまり隠し事が得意じゃなさそうなのがネックだ。よりによってシュナやシオンの前でポロッとやらかす未来が目に浮かぶようで、悪いけどゴブタもやめとこう。

 

「レトラ様。では、リグルはどうですかな?」

「え? リグル?」

 

 んー、と首を捻る。

 リグルか……ゴブリン村からの古株組で仲は良いし、口も堅いだろう。

 リグルドに頼んだので次はリグル、という選択肢は、俺だって考えなかったわけではないんだけど……

 

「リグルってさあ、真面目だろ……俺の部屋なんかに呼んで、ぐっすり眠れるかな?」

「心配は御無用ですぞ。レトラ様のためとあらば、リグルも必ずや御役目を全うするでしょう!」

「そんな大袈裟な話じゃないよ……」

 

 まあ、本当にそんな大袈裟な話ではない。ちょっと隣で寝ててくれればいいだけだし、大丈夫かな? いくらリグルが真面目な奴でも、そのくらいならやってくれるかな? 

 リグルにはリグルドから伝えておいてくれると言うので、今夜庵に来てもらうことにした。なるべく誰にも気付かれないように、という注意もしっかりと。

 

 

 そして夜。

 

「し、失礼致します、レトラ様……!」

 

 あ、これはダメっぽい。

 庵にやって来たリグルを出迎え、一秒でそう確信した。

 ピーンとした背筋に、直角的なお辞儀……見るからにガッチガチなんですけど?

 考えてみれば鬼人達やリグルドは、配下の中でも肝の据わった者揃いだったかもしれない。一緒に寝て欲しいって頼んでも、皆驚くのは最初だけで、すぐに平気な顔して寝てくれるもんなあ……

 

「リグル、来てくれてありがとう。これでも飲んで落ち着いて!」

「い、頂きます……」

 

 リグルを茶の間に案内し、蜂蜜酒(ミード)にレモン系柑橘類の果汁を加えて氷を浮かべ、はちみつレモン風にしたウェルカムドリンクをお出しする。最近もう何人も庵に招待しているため、俺のおもてなしスキルがジワジワと上がってきているのだ! 

 ただし厨房から材料を調達すると、俺が普段しないことをしていると怪しまれる恐れがあるので、材料は全て過去に取得した構成情報を用いて『造形再現』で用意した。一応それも説明しているが、誰にも嫌がられたことはない。

 

「あの、レトラ様……最近あまりお眠りになっていないそうで……」

「そうなんだよ、上手く寝付けなくてさ……俺がつられて眠れるように、リグルには横で寝てて欲しいんだ。やってくれる?」

「は……はい! 私でお役に立てるのであれば……!」

 

 だから、そんなに気合い入れなくていいって。

 リグルが先に寝てくれないと、たぶん俺も寝られないんだけど……ホントに大丈夫? 

 

 

 

 ◇

 

「……リグルー」

 

 暗闇の中から声がする。

 明かりを消した室内で、隣の布団に潜っているレトラ様だ。

 はい、と上擦る声で返事をすると、レトラ様が途方に暮れたようにぽつりと零す。

 

「寝ろってば……」

「申し訳ありません……!」

 

 布団を顎まで引き寄せ、ぐっと強く目を閉じた。

 レトラ様が砂からお作りになった浴衣に着替え、砂からお作りになった布団に入って、もうどのくらい時間が経っただろう。眠れないと焦れば焦るほど、逆に頭の中は冴えていく。

 

(…………眠れるわけがない!)

 

 正直に言うのなら、その一言に尽きる。

 敬愛する主の御一方であるレトラ様と同じ部屋で横になった状況で、一体どうすれば心を落ち着けて眠りに落ちることが出来るのか。親父殿は俺になら出来ると言っていたが……やはり、普段から何事にも動じず堂々としているベニマルさん達であればいざ知らず、俺では無理があったのだ……! 

 

 レトラ様もお困りのご様子だった。

 まさか、俺が眠ることも出来ないとは予想されていなかったのだろう。

 このままではレトラ様のお役に立てないことも、レトラ様に落胆されてしまうことも恐ろしかった。何とか……何とか眠らなくては──……

 

「──よーし、眠るの中止! リグル、今日は朝まで語り明かすぞ!」

 

 隣で、ばさりと布団が跳ね除けられる音。

 砂スライム姿で布団に入ったはずのレトラ様が、人化した姿で現れる。

 

「お……お待ち下さいレトラ様! 必ず眠ってみせますから……!」

「いーからいーから。俺はリグルと話したい気分になったんだよ」

「そ、それでは意味が……」

「眠りたいリグルには悪いんだけど、今日は俺に付き合って徹夜して?」

 

 レトラ様にゆっくりお休みになって頂くことが俺の役目のはずなのに、それすら満足に果たせない俺を追い出すこともせず……レトラ様はさも御自身の我侭であるかのように笑う。

 不甲斐ないことこの上ないが、眠らずに起きていることなら今の俺にも出来るだろう。ホブゴブリンの体力と日々の鍛錬のお陰で、一晩くらい寝なくとも体調に影響はない。

 

 魔鋼製の明かりが枕元に置かれ、ぼんやりとした光が灯った。

 枕を抱えてうつ伏せになり頭から布団を被ったレトラ様と、些細なことを語り合う。

 

「ユーラザニアの農地を視察中に聞いたのですが……畑では時々、規格外に大きな果実や野菜が収穫されることがあるそうです。意図して育てることの出来ないそれは"精霊の恵み"と呼ばれ、王城へ献上されるほど品質も良く、豊かな土地の象徴であるとか」

「大味なのかと思ったら、美味しいんだ? ウチの農作物ではそういう話聞かないよな……何が違うんだろ」

「リリナさんもまだ見たことがないようで、もし我が国で"精霊の恵み"が採れたら、真っ先にレトラ様とリムル様に召し上がって頂くと言っていましたよ」

「いいね、食べてみたい!」

 

 レトラ様は特に町の外の話を好まれる。

 俺が使節団を務めたユーラザニアの話や、警備隊が森の各地で見聞きした出来事、新たな食べ物に関する情報なども、レトラ様にとっては興味を引かれる話であるようだ。

 

「あっリグル、この前言ってた、鼠人族(ワーラット)の集落で育ててる食用花を少し分けてもらったってやつ……解析結果が出たんだけど、俺達も普通に食べられる花なんだって」

「そうでしたか。その鼠人族(ワーラット)達は、野菜や穀類も食していると聞きましたので、取引は可能かもしれません。ご興味がお有りでしたら、早速状況を──」

 

 レトラ様はリムル様がお出掛けになる度、リムル様の代理として町を治めて下さっている。

 たまに森を散歩されるくらいで、恐らくジュラの森から出たことがないレトラ様だが、やはり外の世界で見聞を広めたいという御希望はあるはずだ。

 

 リムル様がお戻りになり国が落ち着けば、きっとレトラ様にも他国を訪問する機会が来るはず……そう声をお掛けしようとして、浅い考えだと思い留まる。

 先日、リムル様のイングラシアへの長期滞在が決まったばかりで、まだ帰国の見通しは立っていない。リムル様不在の中、懸命に国を守っていらっしゃるレトラ様に、不用意にリムル様のことを思い出させてしまうのは酷だろう。

 

 少なくとも今、楽しげな笑顔を見せているレトラ様に安堵する。

 俺はレトラ様のお役に立つどころか、ご迷惑をお掛けしただけとしか思えないが……レトラ様が心安らかに笑っていて下さるのならば、それ以上の望みなどないのだから。

 

 

 

 ◇

 

「ん……?」

 

 目を開ける。枕から顔を持ち上げ、瞬きを一つ。

 隣の布団で眠っているリグルを見れば、昨夜のことはすぐに思い出せた。

 

 あれから丑三つ時くらいまで話し込んでいるうちに、リグルがウトウトしてきて動かなくなって、おお眠れたじゃん、と俺もちょっとだけ枕に顔を押し付けて……で、寝落ちしたんだな! 眠れたということは、お互い精神的にリラックス出来たということだ。よかったよかった。

 うーん、障子に眩しい陽の光が透けていて、気持ちの良い朝…………

 …………朝? 

 

(朝になってる──!?)

 

 そ、外が明るい! 朝だこれ! やらかした、寝坊だ……! 

 何でウィズは起こしてくれな──そうだ、眠るの中止って、ウィズにも言っといたんだった……! やっぱり『言承者(コタエルモノ)』だからなあ……俺に頼まれなかったことには、ウィズは応えられないんだろう。

 俺は布団を飛び出し、リグルの布団をべりっと引き剥がす。

 

「リグル、起きろ! おはよう!」

「え……うわっ!? レトラ様……!?」

 

 うわっ、は聞かなかったことにしてあげよう。

 それよりもうすぐ朝食の時間だ。俺がいつも通りに食堂へ現れなかったら、誰かが様子を見に来てしまうかもしれない……早くリグルを撤収させなければ! 

 

「ごめん寝坊した! 誰か来る前に急」

「っ……レトラ様!」

「どうした?」

「ご命令通り眠れなかったばかりか、徹夜の御役目すら果たせず、大変申し訳ありません……!」

「それはいいから!」

 

 まったくもってどうでもよろしい! 

 俺に付き合わされてるだけなのに、真面目すぎるのも考えものだな……

 

「とにかく証拠隠滅しないと……急いで浴衣脱いで! 俺が布団片付けるまでに着替えてなかったら、浴衣溶かすからな!」

「は、はい……!」

 

 リグルを茶の間へと追い立て、サラリと布団を砂にして『吸収』。

 まあ、二秒もあれば終わるので……俺は即座に、隣の部屋へ突撃する。

 

「時間切れ! はい『風化』!」

「うわあ!?」

 

 着替え始めてすらいなかったリグルの背中をポンと叩くと、浴衣はサラァと儚く崩れ去った。証拠隠滅完了! リグルは早く服着てね! 

 俺の庵は結構奥まった場所にあるので、多少騒いでも表の道まで聞こえることはないはずだが、この時間帯ではこっそり帰ってもらおうにも不安が残る……そこで、大慌てで身支度を終えたリグルを『影移動』で人目に付かない場所まで送り、全てを無事に終わらせたのだった。

 

 リグルは最後まで俺に謝り通していて、気にすんな! と何度返したことだろう。

 却ってリグルには悪いことをしてしまったな……次があればもっとこう、リグルにもすんなり眠ってもらえるように、俺の方でも何か安眠対策を考えておこうかな? 

 

 

 




①ひっそりとバレていた角フェチ
②勝手に庵を護衛中のソウエイ(朝になってしまったが誰も出て来ない……)ハラハラ



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