雰囲気で楽しんで頂いたら結構です。
それと今更ですが、拙作は旧作とWIN版の時間は数百年単位で異なる設定です。
ご容赦ください。
休日をどこぞの花妖怪に滅茶苦茶にされた魅魔は、現在アトリエの書斎と工房で悪態をつきながら絶賛本棚あさりの真っ最中であった。
「やれやれ、まさか
そう言いながら魅魔は膨大な資料を次々と引っ張り出して、内容を確認している。
魔導書、記録紙、はたまたそれらにすら含まれない単なる雑紙メモ書き等々、一体何処にそんなに詰まっていたのかと言いたくなるような数の資料が散乱する様は、まさに混沌。
しかしそれでもお目当てのものは見つからないようで、魔女は資料を引き抜いては目を通して、後ろに放り出してはそれが地面に着く前に新しい資料に手をかけている、そんなサイクルが十数分たった今でも続いている。
そして苦節三十分、とうとう狙い目のものを本棚から引っ張り出した。
見た目は艶のある白金のような肌の、分厚い本。本物の銀より美しく照り映えるその姿は如何にもな高級の舶来品。
……しかし当然これはただ珍しいだけの本ではない、見るものが見れば間違いなく一目で背筋を凍らせていただろう。
―――その白銀の表紙からは、凄まじいという言葉すらも陳腐に思えるほどの星の魔力が吹き出しているのだから。
そして一冊でもこの手にある限り
「……集え。」
魅魔が手に持った本に向かって呟いたその一瞬で、その一冊に同期した六冊の本が空中に出現した。
「こんな制御の難しいものは置いとくに限るんだがね。まあもしこの間みたいなことがまたあっても困るし、仕方ないんだけど。」
ぶつくさと独り言を言いながら、七冊の本を丁寧に机の上に並べた。
その七冊の本はどれも色と装飾こそ違うが、同じように美しく装丁された書物である。
紅、白、紫、水、朱、黒、そして銀。
鮮やかな色合いに宝石による飾りや金糸銀糸の刺繡が加えられ、これ一つで芸術品として成立しそうなほどだ。…そして、とんでもない魔力を滾らせていることもまた同じ。
さてそもそもこれらが何なのかという話だが、結論から言うなら魔導書である。
ただし、他とは用途も性能も異なる『特別製』だが。
「こいつらを使うのはいつぶりになるかな……。最近は本格的な戦いなんて殆どしなかったし、腕がなまってないといいけど。」
魅魔がかつて数百年をかけ、その技術を総結集して作り上げた、
それが七冊の本の正体である。
通例、
自身の研究や研鑽の記録媒体、或いは弟子に魔法を教える時の教材として使うのが本来の用途。
しかし書かれた内容を上手く利用出来れば、これらは魔法を簡単に発動できる強力な『補助ツール』としても扱えるのだ。
ややこしい魔法陣などは全て魔導書内部に刻まれているのだから、あとは魔力を通して発動させればいい。一から陣を構築して発動させるよりずっと簡単である。
杖と並ぶ、魅魔の魔法使いとしての兵装。それがこれなのだ。
そして魅魔がこんな書物とは名ばかりの破壊兵器を作り上げた最たる理由は極々単純、自分の身を守るためである。
悪霊となった後にも、魔界を彷徨い、地獄に追われ、様々な苦難が降りかかる身であった以上、どうしても通常とは一線を画す戦闘能力が必要だったのだ。用済みとなってからは、気まぐれでヴワルに置いたり自分でも隠し場所を忘れたりしていたが、今回の幽香の襲撃やホムンクルスの作成の件もあって、久々にこれらを手元に集めたというわけだ。
「ふむ、一先ず必要なのは……」
彼女が手に取ったのは、紅色と白、銀色の書物。紅色を机の上の台に据え付け、白色と銀色をローブの懐に入れた。
そして残りは適当に本棚にぶち込んでおいた。まあ後でまた使うかも知れないが。
これらの魔導書には、これまで魅魔が研究し、作り、習得してきた魔法の真髄が刻まれている。それを属性、或いは種類によって七冊に分類しているのだ。
―――台に置いた血のように赤い紅色の書、『
肉体操作をはじめとする生体への干渉魔法を主とする。
―――それに対となるのが、雪のように美しく白い『
こちらは生物の精神や霊魂に作用する魔法を記している。
―――基礎となる五属性の魔法を羅列する紫紺の『
これには属性魔法の基本から応用まで、魔法使いが真っ先に極める内容を詰め込んである。
―――時間、或いは空間に直接干渉する魔法が収められた淡い水色の『時計の宝典』。
―――月を利用した魔法を編纂した煌びやかな朱色の『
―――呪いによる魔法を孕む漆黒の『
―――天体魔法をありったけ書き込まれた銀色の『
この宝典は色がそのまま名前になっているが、星の魔力は美しい銀色であることに由来していたりする。
以上が魅魔謹製の魔導書、全七種。当然ながらどいつもこいつも桁違いの危険物ばかりであった。
そんな本とは到底呼べない代物を開き、魅魔はテキパキと作業を進めはじめた。
取り敢えず用があるのは、化外の宝典と幽魂の宝典、白銀の宝典である。
化外と幽魂の方は、ホムンクルスの製作にあたって役に立つ魔法がないかの確認。
白銀の方は、単に最近荒事が増えてきたので持っておいた方がいいか程度の認識である。
結局、ホムンクルスを作るにあたって最大の課題は、元になる細胞すらも無いのに一から魔法使いの肉体をそう簡単に作れるわけないだろうという、至極当然にして非常に難易度が高いものだった。
禍々しい赤い本をパラパラと開き、自分が嘗て組み上げた魔法の中に役に立つものが無いか探す。
「お、あったあった。『もし魔法使いの肉体の代替品を新製する場合は、'紅夢の受肉'の使用が最も手早い解決策となろう。』
……ああ思い出した、確かにそんなのがあったっけか。」
化外の宝典・疑似生体作成魔法『紅夢の受肉』。
悪魔や吸血鬼などの魔力に強い適正を示す妖魔の血液を媒介とし、新たに疑似的な肉体を作り出す魔法。
作られた肉体は、魔法使いの骨肉と同質のものだ。魔力の伝導に優れるのである。
まあできるのは生物ではなくて単なる肉塊だが、そこは仕方がない。
魂が無いのなら、肉体が生物として働けるはずもないのだから。それについては、また別に考えがある。
そして
運の良いことだ、これなら高位の魔法の発動にも支障をきたすことは無い。
魅魔は掌に小さな小瓶を呼び出した。
その中には、溶かしたルビーのように色濃い鮮血。
すなわち、吸血鬼ゲルデンの血。
これを使い、新しく分子単位で人間と全く同じ体を作り上げるのだ。
他にも原材料は必要だ。
倉庫から要りそうなものを次々と呼び出していく。人間の肉体は勿論、哺乳類に限らず、魚類、鳥類、その他得体の知れない魔法生物の死体など。
魔力とこれらで、全く新しい肉体を構成する。
当然遺伝子情報は一から組み上げる。これらはあくまで分解してホムンクルスに作り直す為の材料に過ぎないのだから。
なにせ作るのは魅魔の誇りをかけた人造人間。余計な血など入れる必要は無い。
準備は整った。
宝典のページを開くと、何百何千と互いに重なった複雑な多重構造の魔法陣が姿を現した。
すかさず魔法陣に大量の魔力を流し込み、その眠っていた効力を覚醒させた。本来なら非常に複雑な陣と詠唱を必要とする上位魔法を、魔導書を利用して、より速く、より正確に。
ページと同じ魔法陣が足元の床にも出現したのち、それがみるみるうちに拡大してゆく。
そちらにも魔力を巡らせながら、構築されるであろう体の形をイメージする。
魔導書と床の陣が怪しい紫色に輝きだし、魔法の起動が始まった。
――――『紅夢の受肉』
瓶の蓋を開け、床の陣にパラパラと血を落とす。小瓶一本分しか無い貴重品だ、ここで使い切ってでも確実に成功させる。
魔法陣が血を吸い込んだ瞬間、紫電が走り光が一気に強くなった。
周りに並べられた生き物の名残が、宙で分かたれ、塵と消え、その塵が新たな肉体を形成し始めた。
一寸たりとも狂い無く、骨が、肉が、神経が、あらゆる細胞が現れ、繋がれる……。
これから作られる肉体は、自分と並ぶ魔法使いの'器'。故に妥協は無しだ、決して失敗は許されない。
既に魔法陣の輝きは工房どころかアトリエ中に満たされている。至近距離にいる魅魔には、もう白紫の色しか見えていない。
それでも魔力を注いで注いで注ぎ込み続けて―――
フッと、光が消えた。
太陽が落ちたかのように、あれだけ視界を焼いていた紫光が一瞬にして消え去ったのだ。光が消えれば、そこにあるのは何時も通りのアトリエ。
残ったのは、ただ一つだけ。
床に焼け付くほど魔力を注がれた魔法陣の上に、一人の少女が横たわっている。
とても小さな、綺麗な幼女だった。
服を纏わず、生まれたそのままの姿で彼女は瞑目していた。
肩に掛かるほどの髪は、己の中核となったものを示すかのように真紅であり、肌は真っ白。恐ろしく左右の均整が取れた幼い顔立ちに、人間としては少し尖ったエルフ耳。
その様を何も知らない者が見れば、素晴らしい腕を持つ人形師の傑作と勘違いするだろう。
それは何も、この子の容姿のせいだけではない。
すぐさま魅魔は杖を振って、周囲の領域ごと彼女の『時間』を止めた。
「さて、次はこいつに
慣れない魔法ではあったものの、どうにか最高に近い結果に終わり、魅魔はご満悦。
そして彼女の言う通り、未だにこの子は'生命'ではない。
血を核とし、死体をバラして繋いで作った、単なる'人形'に過ぎない。ここに魂を吹き込み、魂魄を完全なものにすることで、ようやく'生命'として完成に至るのだから。
しかしここで問題が一つ。
「今度は魂魄を作らないといけないんだが……。一からやるとまた彼岸の連中が五月蠅いからね……」
なにせ彼岸の是非曲直庁や地獄というのは、一言でいえば魂を管理し輪廻を適切に運行する為の巨大機関だ。
当然、勝手に魂を新造したり、或いは滅殺したりすれば地獄からの咎めは免れない。というか、もしやれば死に物狂いで殺しに来るだろう。
魅魔自身、輪廻から外れた悪霊という種族柄彼岸とは相容れないので、地獄の死神や鬼神とは何度も激突している。その為今更なんだという話ではあるが、しかしこれ以上そこの連中を刺激して追っ手が増えれば面倒なのは確かだ。
結論、魂は一から作らない方がいい。
「でもそうなるとどうしたらいいのかねえ。どこかから掻っ攫ってこようか…?」
方法として確実なのはそちらだ。そもそも幾ら魅魔でも、魂魄を完全に自力で作るのは難しい。
そうなると輪廻の輪から適当な魂を引きこんで吹き込む方が失敗はしづらいのだ。だが、こちらでも問題があった。
「でもなあ、どうせなら自分で全部組みたいのよね。大体引きこんだ魂の魔力が多いか少ないかなんて分からないし。」
魅魔が作るのは『自分と並ぶ魔法使い』。
魂の魔力の許容量は当然相当多くないとお話にならない。
……となると、残された手段は一つ。
「よし、決めた。」
まだ無垢な魂を持って来て、魔法で改造しよう。
魅魔が出した結論は、そんな外道の極致だった。
「全部自分では揃えられないけど、そこは仕方ないか。持って来た魂を限界まで改造して、最大限魔力に耐え切れるようにするだけで良しとしよう。」
新造ではなく改造ならば、地獄もお咎めなしとは言わないものの、ある程度こちらへの対応を後回しにするだろう。魂の数自体は増減していないからだ。
人間の魂は、やはり強固な自我と思念を持つ妖怪の魂と比べれば、あまり頑丈ではない。その為、人間の持つ魔力は許容量の問題で、妖怪のそれより少なくなってしまう。
最初から魔法使いを作るつもりならば、魂を最大限強くし、魔力の許容量を上げておかねばならないのだ。
方針は決まった、後は具体的にどう行うかを考えねばならない。
「そうと決まれば…、おいで『幽魂』。」
懐から飛び出してきたのは、早速出番が回ってきた霊魂魔法の神髄結晶。魂に干渉するならこれを使うのが一番手っ取り早い。
同時にその他の霊魂関係の記録紙や遺物なども取り出して、床に並べる。
魅魔は未だ未完成な少女の肉体を眺め、霊魂を改造し吹き込む為の具体的な方策を考え始めるのだった。