魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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空虚の巫女 ~Blood Rain

「こんにちは、魅……ぎゃふぅ!?」

 

 ゴアーン、という腹の底まで響くような間抜けな音が、朝っぱらの湖に響き渡る。

 

 魔理沙と一緒に朝餉の支度をしていた魅魔は、不埒な侵入者に向けてトラップの召喚魔法を起動させた。意地の悪いその罠は、以前言いたい放題抜かしてくれた腹いせも兼ねている。

 結果、中華の都で使うようなどでかい銅鑼(どら)が隕石じみて落下し、哀れなスキマ妖怪の頭を撥にして景気よく朝を告げてくれた。

 

「痛ったぁぁぁ……!ちょ、ちょっとひどくない!?」

 

「……魅魔様、あれ誰?」

 

「単なる泥棒さ、気にしたら駄目だよ。そんなことより魔理沙、卵は焼けたかい。」

 

「うーん、生っぽいからもうちょっと強火で……でも下手に魔力を注いだらお鍋が壊れちゃうし……」

 

「無視!?」

 

 盛大な歓迎に何時もの胡散臭いキャラをかなぐり捨てて抗議する紫だが、当の暢気な魔法使い達は魔法の練習を兼ねて卵と魚を焼くのに夢中である。思いっきり無視されてそろそろ怒りだすかガチ泣きしそうな妖怪の賢者に、流石に面倒になったのか魅魔が気だるげに問うた。

 

「ったく、何なんだい紫。私は見ての通り朝飯の準備の最中なんだが。」

 

「いや誰のせいだと……まあいいわ。魅魔、貴女に頼んでおいた件なのだけど――」

 

「きゃは、焼けた焼けた!魅魔様、熱い内に食べましょう!」

 

「はいはい、机の上に並べておきな。―――せっかくだ、お前も食べていくかい?」

 

「……いただくわ。」

 

 

 

 結局、先に食事を済ませてしまったほうが話しやすかろうと考えた紫は、魅魔と、そして名も知れぬ紅色の髪の少女と和やかに食卓を囲んでいた。紫も妖怪でありながら食事に道楽を見いだすタイプであり、丁度朝ご飯を食べていなかったこともあって、ご相伴にあずかったのである。

 決して、二人のマイペースさに心を折られたとかそんなことはないのだ、決して。

 

 そして、白米と魚と煮汁と卵焼きの朝食を終えて、熱いお茶の一杯を流し込んだ時、ようやく紫は話を切り出した。

 

「―――それで、その子が貴女の人造人間?随分と可愛がってるみたいだけど。」

 

「そうだよ。ほら魔理沙、挨拶は?」

 

「うふふっ、初めまして、得体の知れない妖怪さん。私は魔理沙、霧雨魔理沙。」

 

「…ええ、初めまして、魔理沙。私は八雲紫。貴女の師匠の古い友人よ。」

 

「そうなの?こんなに若く見えるのに。」

 

 何気ない魔理沙の言葉に、紫は思わず卒倒しそうになった。

 

 魔理沙に悪意は無い。単に師匠である魅魔が何千年と生きていることを知っているから、どう見積もっても十代前半か中頃にしか見えない紫がその古馴染みということに驚いただけ。

 …しかし、古今東西、妖怪だろうと女というのは若くいたいもので、自分の歳を自覚したくはないのが普通なのであった。大妖怪の中でも馬鹿げた歴史を重ねる紫なら特に。

 なお当の師匠は紫の反応に腹を抱えて大笑いである。

 

「……魅魔ぁ」

 

「くっくっ、まあいいじゃないか。それで、一体何の用事だい?」

 

「…釈然としないけど、まあいいわ。」

 

 咳払いを一つし、魔女の顔に視線を向ける。そこには、先ほどまでの普通の少女と見紛う可愛らしい様子は既に無く。

 

 『妖怪の賢者』の名に相応しい、清も濁も飲み込む冷徹な瞳だけが、そこにあった。

 

「―――改めて、そこの少女が、私の『人間』に対となる者なのね?」

 

「その通りだよ、八雲紫。」

 

 和やかな雰囲気を一変させた師匠と客人に、魔理沙はほんの少しの恐怖を覚えるが、それは紫にその華奢な腕を触れられたことで一気に増大した。

 

「ふゃっ!え、何……?」

 

「大丈夫よ。何もしないから、少しだけ目を見せてもらってもいいかしら?」

 

 急に柔肌に触れられて驚く魔理沙を、紫は宥める。そして、その美しい瞳で魔理沙の顔を覗き込んだ。

 

 

 紫の、本物の紫水晶よりもなお美麗に輝く瞳は、三界のあらゆるを見渡す叡智の瞳。星の域すら越えて世界を観測するその目は、魔理沙の肉体も内面も、容易く見通した。

 

(……種族は人間。肉体もそれにたがわぬ脆弱なもの。しかし魔力の保有量だけは別ね。靈夢に匹敵、或いは凌駕する力の深さ。それを齎すのは、大きく変じさせられた巨大で純朴な魂、そして……)

 

 普通は分かるはずもない情報を照魔鏡の如き目が照らしあげ、手に取るように紫の脳裏に走らせる。優雅な風体を崩さぬままに熱心なその様子に、意外と熱くなりやすい性格は変わっていないなと、魅魔は苦笑した。

 そして、そのまま視線を弟子の方に向ける。暢気な魔理沙といえども、少しは怖がっているだろうと見てみれば――

 

(―――綺麗。)

 

 しかして、対する魔理沙の瞳は、夕焼けよりも深い真紅に染まっていた。

 

 自分を隅々まで見通す紫紺を、真紅が恐怖など知らぬとばかりに見つめ返す。それは、目の前の女の力の大きさに憧れたからか、或いはその叡智を示す紫紺の美しさに魅せられたからか。まるでどこかの花妖のようなルビーアイは、無意識に目の前の力を見通し手に入れようと、残酷なまでにいっとう輝いていく。

 

「はい、おしまい。もう大丈夫よ。」

 

「あっ……」

 

 しかし、そんな不可思議な時間は、紫が声をかけて魔理沙の腕を離したことで終わりを告げた。先ほどまでの怯えようは何処へやら、魔理沙は思わず残念そうな声を上げた。

 少女の様相に紫は首を傾げたが、気にすることでもないかと、魅魔に向き直る。

 

「ちょっと見てみたけど、この子なら大丈夫でしょう。いい仕事をしてくれたわね。」

 

「当たり前さ。私が直に育てた弟子だよ?不足があってたまるもんですか。」

 

 紫の反応に、魅魔が太鼓判を押す。一見すれば単なる親バカ師匠バカだが、大魔女にして大悪霊の魅魔から見たその評価は普通に重い。事実、彼女が()()()()梃入れしたのであろう魔理沙の潜在の力量は、紫から見ても愛娘(靈夢)に並ぶものだった。

 

 これならば、構わない。紫は「本題」を切り出した。

 

「さて、魅魔。前に貴女と話した時に、私の育てている子を紹介すると言ったわね?」

 

「ああ、お前の『理想郷』の核になるって人間だろ?調停者として育てているんだったか?」

 

「そう。――――そして、それとは関係なしに、貴女は一度あの子を見ておくべきよ。」

 

「……?」

 

 紫の言に、魅魔は疑問符を浮かべた。ただ紫はお構いなしに、百聞は一見に如かずとスキマを開いてしまったが。

 ついてきて頂戴。言外にそう言いながら、紫紺と黄金の貴婦人は、大目玉が幾つも浮かぶ暗い異界に身を躍らせる。

 

「……まあいいか。魔理沙、少しここで留守番していなさい。そう何日もしない内に帰るから。食べ物は好きなのを出して食べていいからね。」

 

「はーい。気をつけてね、魅魔様。」

 

 誰の心配をしているんだい、そう言って笑いながら翠の髪を翻して、魔女も暗黒の異空へと飛び込んだ。

 

 

 

 スキマが閉じても、暫く魔理沙はぬぼーっと虚空を見つめていた。

 

 師匠の心配はしていない。あの咲き誇る紫色の花のような女性は魅魔と知り合いのようだったし、そもそもうちの師匠については心配する方が無駄だ。

 世間なら一人前と認識されるほどには腕を上げてようやく認識できたが、あの人は既にある種の()()使()()()()()()()()に位置している一人。弟子としての贔屓目抜きに、まず殺すことは不可能だと断言できる。

 

 なら何故彼女たちが行った後も、スキマのあった場所を見つめているのかという話だが。

 

(――――()()()()()。私と繋がる、何かが。)

 

 二人が入り込んだ空間の裂け目。あそこから一瞬だけ伝わってきた気配。それがどうにも魔理沙の気を引いて仕方がないのである。

 

 決して悪い感じではないのだ。例えるなら、今までずっと会えなかった最愛の旧友をちらりと見かけて惹かれるような、或いはずっと探し求めていた自分の半身をようやく見つけたかのような。

 あえて言うのならば―――『運命の相手』というやつか。

 

 比翼連理、自分と対になって然るべき者。感じたことのない未知の感情に、幼い魔女の心はどうしようもなく揺れるばかり。

 

「……考えても分かんないわねー。忘れちゃいましょ。」

 

 ただ、考えても分からないことに思考を巡らせ続けるほど彼女も酔狂ではない。理解不能なものは理解不能と、思考を早々に断ち切った。

 

 

 だが『魔法使い』ではなく、『霧雨魔理沙』の直感が告げていた。アレはその内、自分の目の前に現れると。

 

 そしてその時は、然程遠い未来ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここよ。残念だけど、今貴女はあの子に姿を見られると困るから、ここから覗いてもらうほかないわ。」

 

 紫と魅魔が黒い空洞を抜けた先は、異空間の大広間だった。先程通っていたトンネルと同じような空間で、しかし今度はどこまでも続いているかのように巨大な領域である。

 空間に浮かび床を埋め尽くすラプラスの大目玉は七色に輝いていて、周囲の視界は十分に明るかった。

 

 ―――スキマ。八雲紫の真骨頂たる、無限に広がる異空間。ありとあらゆる世界の狭間に存在する、紫の牙城にして象徴。

 

 相も変わらず悪趣味な空間だと魅魔が周りを眺めていると、唐突に紫は漆黒の扇子を一薙ぎした。すると、何もなかった虚空に、ピィッと切れ込みが入り光が漏れ出す。

 そしてそこから、ビニールにカッターを沿わせたかように綺麗な一文字の断裂が空間に入り、そこが身の丈程もある大口を開けてスクリーンの如くその先の光景を映し出した。

 

「ここで見ていて頂戴。すぐに分かるから。」

 

 言うなり紫はどこからか椅子を取り出して寛ぎ、鑑賞する姿勢に入ったので、説明よこせと睨みつけていた魅魔も諦めてそれに従った。

 

 美しい場所だった。

 桜や梅の並木を始め、四季の風情を感じさせる自然の調和は、そうとしか形容できない。そしてそれに見事に彩られた建物が一つ。

 朱色の鳥居に注連縄や賽銭箱が据え付けられた、小さな建物。しかし小さくとも、それは立派な『神社』であった。

 

(……神社、確か極東の建物の一つだったか。神を祀る神殿の一種と聞くけれど…うん?)

 

 魅魔が脳内の記憶を引きずり出していたが、それはすぐに中断された。本殿から誰かが出てきたのである。大きな幣を持って、風に黒髪をたなびかせる小さな少女。境内を歩いて、どこかへ向かおうとしているらしい。

 

 

 ――――そしてその少女を一目見た瞬間、魅魔の時間は凍りついた。

 

 見間違えるはずがない、あの忌々しいほどに鮮やかな紅白を。

 勘違いするわけもない、あの穢れ無き透明で美しい霊力を。

 

 何百年と昔の記憶がフラッシュバックする。頭の中で、チリチリとあの光景が光っている。

 

 忘れられるものか。

 忌々しい術で妖力を、怨念を、魂を切り離されたあの痛みを。恐ろしい霊力を放つ太極の宝玉で、自分の半身を砕かれた屈辱を。抑え込まれた自分の力を、地獄の底に封じられたあの瞬間を―――!!

 

「博麗――!!」

 

 自身の身体を焼いてしまうのではないかと感じるほどの悍ましい妖気が魅魔から漏れ出した。

 

 身を焼くほどの憎悪、赫怒、絶望。ありとあらゆる真っ黒な負の激情が、魔力と妖力と混じり合い、空間を埋め尽くしていく。

 並の人間なら肌で感じただけで発狂するような暗黒のエネルギーは、干渉不可能なはずのスキマすら力ずくで破壊してしまいそうになっていた。

 

 だから、ここに魅魔に並ぶような大妖怪がいたことは幸運だっただろう。主に開放されたらここら一帯の人間が残さず死にかねなかったという意味で。

 

「はいそこまで。」「ぐっ!?」

 

 魅魔が素っ頓狂な声をあげて前のめりにふらついた。同時に、暴力的な炎獄の妖気が霧散する。

 何のことはない、正気に戻すために紫が魅魔の頭を愛用の日傘で思いっきりフルスイングしただけだ。

 

 すっかり正気に戻って恨めしげにこちらを睨む魅魔に、紫は言った。

 

「貴女の気持ちはわかるけど、今は彼女には手を出さないで。約束を忘れたわけじゃないでしょう?」

 

 その一言に以前紫と交わした約束を思い出す。『今は』手を出してはいけないのだと。――約束を破ってはならない。

 

「……すまないね。怨敵の前だから理性が飛びかけたよ。」

 

 落ち着きを取り戻した魅魔に、紫は安堵の溜息をついた。流石に魅魔が理性を失って暴れだせば、たとえスキマといえどあっという間に破壊されかねない。

 

(……でもまあ、仕方がないのでしょうね。)

 

 

 嘗て人類史上最大最悪の悪霊であった魅魔は、しかしとある人間たちの決死の奮闘によって、自分の半身とも言える妖力と、人類に対する憎悪のほとんどを奪われ、地獄にて封印された。

 滅ぼすには強大に過ぎるそれらは、何百年と経った今でも封印の術式によって地獄にて隔てられ、眠り続けている。

 

 そして彼女を封じた稀代の陰陽師。彼らこそ何を隠そう、『博麗』の血の始祖たる者たちなのだ。

 

 その当時のことを当事者でない紫は知らない。だが、ほぼ存在しないに等しい記録を辿る限りは、その昔、本格的に魅魔が暴走し全人類を絶滅させようとした為に、彼らが文字通り自らの身を捧げることで、彼女を含む地上の厄介者を纏めて封印することに成功したのだという。

 

 噓か真か、封印に成功した者達は、陰陽師と妖怪の二人一組だと聞いている。妖怪と人間が共同戦線を張るという、紫の最も望ましい姿がそこにはあったのだろうか。

 

(そして彼らの遺した唯一の至宝こそ、私が預かっている()()()()らしいわね。流石に危険すぎるから靈夢には持たせていないけれど…)

 

 今も本殿に眠っている、自分ですら危険だと感じるほどの、博麗の至宝。もしかしたら、過去に魅魔もアレを見たことがあるのかもしれない。

 すっかり落ち着いて観戦ムードに入ってしまった友人を横目で見ながら、紫はそんなことを考えていた。勿論、愛娘の雄姿もしっかり目に焼き付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひぃぃ!やめ……!!」

 

 ズンッッッ!!!――グチュリ。

 

 轟音と共に吹き飛んだ地面と、生々しく飛び散る鮮血に肉片。目出度いはずの紅白の衣装が、血煙に染まる草花と同じく、ざあざあと降り注ぐ血の雨のせいで赤一色に変わってしまった。

 

 他ならぬ自分がやったことだというのに、(靈夢)はそれを、何処か他人事のように見つめていた。

 

(――――こんなものか。)

 

 こんなものだというのか。人が恐れるはずの、妖怪というものは。今しがた皆殺しにした者達のように、幣の一振り、札の一投げ、針の一本で砕け散る、そんなにも脆いものなのか。

 

 ……それは分からない。もしかしたら、私よりも遥か格上の者もいるのかも知れない。だが、どうでもいい。

 

 仇なすならば殺すのみ。そうでないなら捨て置くだけ。

 

 至極単純で白と黒しかない行動原理を、私は矛盾を孕んだまま、曖昧模糊に受け入れる。おおよそ人間のそれではない心持ちは、私が狂っているのか、それとも博麗の血による能力のせいか。

 

 ふわふわと浮いた、現実味のない半透明の世界。

 私が見ているのは、いつだってそんな世界だった。

 

 

 

 

「どうぞ。」

 

「ありがとう、頂くわね。」

 

 里周りの妖怪を残らず駆除した後、私は里一番の大屋敷、稗田家の本邸に来ていた。さすがは名家の接待というべきか、出てくるお茶菓子は私でも高級品とわかるような銘菓である。おいしい。

 

 私が、何時ものような出涸らしではない、熱くて濃いお茶を楽しんだのを見てから、目の前に座る少女―――稗田阿礼は、話を切り出した。

 

「改めて、博麗靈夢さん。私たちの依頼を受けて頂き感謝致します。やはり貴女にお願いして正解だったようですね。」

 

「構わないわ、どうせ弱い奴ばかりだったもの。元より妖怪にうろちょろされると私も困るしね。」

 

「……頼もしい限りですね。未だ若い身空なのに。」

 

「それはお互い様じゃないかしら。」

 

 阿礼は寂しげな笑みを浮かべた。

 

 

 神社のある山の麓に人が作った隠れ里があるという話は、元々紫や藍から聞いていた。その時はまあ、私には関わることではないだろうと聞き流していたのだが、つい先日そこから遣いが来たのである。

 里に来て、妖怪退治に手を貸して欲しいという嘆願。正直面倒だという気持ちの方が強かったが、紫が実戦に出ろと言うし、報酬も弾むということもあって山を下りたのだ。

 

 そして人里に着いた後、目の前にいる少女から正式に引き受けた依頼。それは、里の周囲に蔓延る低級の妖怪どもを全滅させよ、というもの。

 

 討伐隊を組んで繰り出す里の人とは別行動で、私も妖怪退治に動き出したのである。

 

 里を一歩出てみれば、出るわ出るわ、単なる化け化けから妖精、土蜘蛛に蟒蛇に夜雀、はては蟲妖怪の大蝗まで。妖共の悪趣味な見本市は、里のすぐそこにまで迫って来ていた。

 

 

 ――――全て滅ぼした。

 

 

 妖精たちは札の一発で一回休みにし、土蜘蛛の足は全て削いでやり、夜雀の翼を引き裂いた。大蝗は流石に蟲の大妖怪だけあって硬かったので、霊撃で甲殻を砕いてから幣の一閃で頭をかち割ってやった。

 復活は決して許さない。徹底的に、鏖殺し尽くした。

 

 

 ………初めて、妖怪を殺した。身体を砕き、封印で縛り、妖力の欠片も残さぬほどに霊力で焼き尽くした。

 

 なのに――何も感じなかった。

 

 鮮血で体を染めても、人の言葉で命乞いをされても、聞くに堪えないような断末魔を上げていても、私はその全てを踏みつぶして彼らを屠った。

 

 奴らが妖怪だから?人間の敵で、人を喰うから?……違う、そんなんじゃない。私はそれが現実であると分かっていながら、まるで何処か幻を見ているかのように見えていた。

 

 もし戦う理由があったのなら、例え相手が人間であっても、私は同じことをしていたはずだ。

 

 世界が……遠かったのだ。

 

 

「……靈夢さん?どうかしましたか?」

 

「あっ……ごめんなさい、ボーっとしてた。」

 

 気づいたら、阿礼が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。考え込んでしまったらしい。

 

(何をアホらしい、こんなに悩みこんだりして。私のガラじゃないわよ。)

 

 紫から『頭が春一色』なんて言われるほどには、私は能天気だ。妖怪をぶちのめしたぐらいでくよくよするような性格じゃないのだ。

 解らないなら忘れてしまえ。

 

「それで報酬っていうのは……」

 

「ああ、この里では結構都から外来の商人さんたちが品物を持ってきてくれるんです。金銭の代わりに、それをある程度融通しようかと思いまして。」

 

「ふーん……」

 

 …まあ話に聞く『京の都』とやらには行ったことがないし、珍しい食材やお菓子とか手に入るんなら、私としても悪くないと思う。そもそもこの時代お金は余り流通しておらず、使いどころに困っちゃうのだ。

 食べ物の方が大事なのである。

 

「それでいいと思うわ。どの道お金があっても殆ど使わないと思うしね。」

 

「分かりました。」

 

 報酬の件を纏めた後、阿礼とは幾つか話をして別れた。今後も頼ることになるかもしれないとか、神社への参拝も余裕があったら行うとか。

 

 

 そして、神社に帰ろうと里を横切っていた、その時。

 

 見たのだ。見てしまったのだ。

 

 道行く行商人が、手伝ってくれた退魔師たちが、家の小窓から顔を覗かせる幼子が。

 

 ――――皆一様に、恐怖の混じった目で私を見ていることを。

 

 まるでそこに、人ならざるものがいるかのように。妖怪が我が物顔で闊歩しているかのように。

 

 どうしてかは分からない。少なくとも私はその理由が思いつかなかったし、そもそもそれを気にするほど私は繊細ではない。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことも、幼かった私には分からなかった。

 

 

 

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