魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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湖のアトリエ ~Hideout

 

 星空の下で、少女が笑っている。

 

「私ね、大きくなったらこの力で皆を助けるの!」

 

 暗い部屋の中で、少女が首を傾げている。

 

「■■■、それなあに?何をするの?」

 

 水晶と鎖に覆われて、少女が叫んでいる。

 

「やめて!どうして!?どうしてこんな事するの!?」

 

 灰と死体の上で、少女が慟哭している。

 

「なんで…?なんでなのよう…!」

 

 

 

 

 

 

 自然からの魔力を豊富に蓄える湖。

 そのほとりにある森の中で、高度な結界と攻性魔法で隠蔽、防衛された、草木に覆われる古びた洋館。

 そこが魅魔の本拠点、アトリエである。

 

「…何だ、夢かい? …私らしくもないねえ、全く…」

 

 そんな独り言を苦りきった顔で呟きながら、魅魔は天蓋付きの大きなベッドからのそのそと体を起こした。

 

 既に太陽は昇りきっているのだが、普段から生活リズムも何もないぐうたらな彼女からしてみれば十二分に早起きであったりする。

 ぼさぼさになった髪を無造作に広げて、ふわあ…、と大きな欠伸をして今にも二度目の夢の世界へと旅立ちそうなその様には、長い時を生きた大魔法使いの威厳などとても見受けられない。

 …あるいは一欠けらの色気と可愛らしさならあるかもしれないが。

 

 しかしまあ、こんな様子で外に出るというのは、如何に世間に無頓着な魅魔とてしたくはない。

 というわけでベッドから身を乗り出して、そのままぱちんと指を鳴らせばあら不思議。

 その残響が部屋に響きわたるや、部屋中にある家具が一斉に動き出した。

 ベッドの布団はしわ一つ無く綺麗に伸び、昨日の夜に床に散らかしていた魔導書や記録の類は一瞬で本棚の中に飛び込み、淡い黄色の寝間着は何時もの深い青の魔導士服に早変わり。

 最後に三角帽子を被って杖を手元に呼び出し、ようやっと一息ついた。

 

 散らかりまくっていた雑多なものを片付けて現れたのは、黒い木材で作られた何ともシックな雰囲気を漂わせる部屋だ。

 大きな黒い文机が目を引くここは、魅魔の書斎兼寝室である。魅魔の過ごすこの家の部屋は、基本的にこの書斎と隣の魔法工房、そして彼女が旅で集めてきた山ほどの魔法関連の素材や希少品等が保管してある倉庫の三つだけ。

 偶に気まぐれで部屋を増築することもあるが、ほぼ全て空き部屋と化しているのが実際のところだ。

 

 特徴的な翠の髪を綺麗に撫で付け終えた魅魔は、続いて隣の自分の工房に入った。

 

 中は外観からは想像も出来ない程に大きく、何かを抽出している最中の試験管や、勝手に記録を付けているタイプライターのような魔道具、過去から未来千年分の星見図等々が置かれている。

 そして中心部に、工房のみならずこの館全体に魔力を回すメインエンジンである集積魔力炉が塔のように聳えていた。

 一通り見回して検知魔法を走らせ、異常がないことを確認した魅魔は、うむ、と満足げに頷いた。

 

 彼女のような魔女、というか魔法使いは、基本的に魔力と呼ばれる科学の定義には存在しないエネルギーを元手に、魔法を扱うことを生業とする種族である。

 種族という言葉の通り、魔法使いは人間ではない。

 正確には、生まれつき魔力や魔法を操って生きている先天的な魔法使い。

 そして捨食・捨虫の法という、食欲と睡眠欲を放棄し、自身の成長を停止させる魔法を会得することで、不老長寿の人外と化した後天的な魔法使いの二種類がある。

 

 いずれにしても、人としての理をかなぐり捨てた外法の種族なのだ。

 魅魔も、睡眠や食事はあくまで嗜好品の範疇であり、別に必須というわけでもない。(そもそも彼女は悪霊であるから、たとえ魔女でなくとも人外なのだが。)

 

 そして、彼らにとっては自己の魔法の研鑽は至上命題である。

 個々人によって目的のテーマこそ違えど、それを極めあげることに何の疑問も持たず、倫理を踏み倒し一切の手段を選ばないという点については、魔法使いというのは共通している。

 

 だからこそ、魔法使いにとって自身の工房は、必要を通り越してもはや不可欠と言ってもいいのだ。

 

 因みにだがそれだけに、工房にはまた別の防衛システムが張り巡らされている。

 具体的には館の中でもこの部屋だけが異界化されて空間がずらされており、碌な対策無しに踏み込めば折り畳まれて空間の狭間に永遠に取り残され、よしんば工房に入れても精神に直接作用する術式で精神をすりつぶされて発狂し、様々な属性に対応した攻撃が秒間何千回と叩き込まれて焼き尽くされる羽目になる。

 

 一通りの作業を終えた魅魔は屋敷の外に出て、湖のほとりで椅子を出して座り込む。

 霊体の脚なのに意味あるのかと思われそうだが、彼女にとっては落ち着くためにあるに越したことはない代物なのだ。

 そのまま無造作に適当な釣り竿を呼び出して、水面に針を投げ込んだ。

 

 別に魔法で水流を起こして魚をかき集めるでも、錬金術で強力な釣り餌を作るでもすれば魚など幾らでも集まるのだが、余り彼女は釣りに関してそういったことをしなかった。

 それは、この行為が何故か彼女の精神を落ち着かせるのに丁度良かったからだろう。

 

 悪霊であるが故に常に激情と怨念に晒されながらも、魔女として魔力を緻密に操り魔法を精巧に動かす為に、冷静な精神を常に保たなくてはならない。

 そんな彼女にとっては、釣りというのは材料集め以上に自分の心を落ち着かせる為の、いわば儀式なのだ。

 

 とはいえ、だからといって反則をしていない以上、釣れるかどうかは運次第なわけで。

 

「釣れないねえ…。こりゃあ今日の予定は無しにして、気長に待つかな。」

 

 釣りの結果だけで一日の予定を丸々キャンセルするのは、実に気まま吞気な彼女らしいと言えた。

 因みに、今日一日の釣果である大型の淡水魚三尾は、冷凍されて巨大倉庫行きになったとだけ言っておこう。

 

 




次回は旅に出るかも。
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