魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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風の神社 ~宙

 

「お前は半端者の忌子、生きるに値しない。出ていくが良い。」

 

 …生まれながらに妖怪の血が混じり、村を追い出された。

 

「貴様は禁忌を犯した、これ限りで都に貴様の居場所は無い!」

 

 …謀略に嵌められ、あるべき地位を奪われた。

 

 

 全てを奪われた私達は、二人から一人になった。

 私達には、私達しか居なかった。

 

 一人の世界は好きだった。何が起きても裏切られない。何があっても孤独にならない。とても心地良い世界。

 

 ――――だからソレが起きた時、私達の世界を守るために刃を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属をかち合わせるような音が響く。

 

 剣も盾も無いのに、自分がかち合わせるその拳と蹴りからは黒鉄の音がする。

 

 怖い。恐ろしい。

 その硬さと、そして重さを感じ、心底そう思った。

 

「そこまで。」

 

 ピタリと、首筋に添えられた手刀。白魚のような形の良い指で作られたそれは、その実は鋼よりも硬く鋭い刀身。もしもあと一センチも深ければ、首が消し飛んでいただろう。

 

「……参りました。」

 

 手刀が収められるのを見て力が抜けてしまい、へなへな~っと膝がくずおれる。やっぱりこの感覚は、何時まで経っても慣れやしない。

 目の前に立つ師匠(魅魔)は、この時になると毎回殺しに来るからだ。

 

「ふむ、昨日より耐えられる時間は伸びたじゃないか。十秒だけ。」

 

「ぐぬっ…!」

 

 これは数ヶ月前から始まった、毎朝の組手だ。

 

 両者、魔力制御込みで徒手空拳での一対一。

 始めた理由は師に曰く、『魔法使いは肉体も資本だ』とのことである。また、これは魔力の高速循環と身体強化の演習でもあった。

 

 ちなみに毎度殺しに来ると言ったが、足元にはちょっとした呪詛が仕込んであり、どんな大怪我を負っても瞬時に治癒される。

 ……だからといって、朝が来るたびに命の危機を感じないといけないのはちょっと頂けないが。

 

 そして未だに勝ったことは無い。瞬殺じゃないだけ相当に手を抜いてくれているのだろうけど、何百戦しても勝ち目の糸口すら見つからないのは地味に傷つく。

 

 その場から動かすことさえ出来やしないのだ。殴り掛かった所で、回避からのカウンターで沈められる。かと言って、今回のように魔力を纏って防戦を主体にしても、基礎能力の差が大きい以上一瞬で押し切られて負けてしまう。

 

「やっぱり体の使い方に無駄が多い。魔術もそうだが、余計な力を抜くことを意識しなさい。脱力と緊張、その落差が大きければ大きいほど、鋭く速くなるからね。」

 

「でも難しいよー。」

 

 大体、力を抜けってなんだ。どれだけ抜こうとしても、人間である以上絶対に少しは力みが出る。

 

 でも魅魔は出来るんだから不可能ではないのだろう。それが余計に悔しい。

 一度隙を突いて魔力放出込みの本気でぶん殴ったことがあるが(今思えばわざと作った隙なのだろう)、身体が羽毛に変じたように手ごたえは無く、かと思いきや隕石のような裏拳が飛んでくる始末だ。あれは死ぬかと思った。

 

「神経の一本一本、筋肉の一筋一筋を意識して制御すればいい。魔力で強化した上でそれが出来るようになれば、他の魔法の扱いも段違いに楽になる。」

 

 勿論魔理沙はその土台にすら立てていない。魅魔は幾度も魔法を組み込んだ白兵戦を経験したから自然とこれが可能なのだ。

 筋力も、技術も、力の効率も、その全てが遥かに遠い。

 

 ぶすくれた魔理沙は、建物に戻ろうとした。その瞬間である。

 

 

 ――――魅魔が、あらぬ方向に振り向いた。

 

 

「えっ?どうしたの魅魔様?」

 

 不審に思った魔理沙が声をかけるも、魅魔は無視。否、そもそも彼女は弟子の声を耳に入れていなかった。

 

「この気配は……」

 

 頬を引き攣らせ、焦点が合わないほど目を見開いている。見たこともない表情。驚愕、歓喜、疑問、虚脱が綯い交ぜになった坩堝。

 

 初めて見る師の表情に魔理沙は不安になり、気を戻す為に耳元で大声を叫ぼうとした。

 だがそれは、再びの魅魔の一言で遮られる。

 

「魔理沙。」

 

「えひゃい!?」

 

 重く深い、静かな声。それだけで足が縫い留められた。

 

「急用が出来た。お前はアトリエで魔術の復習をしておきなさい。」

 

「急用?何日で戻るの?」

 

 思わず問い返す。この鬼気迫る様相からして、今回はかなり只ならぬことが起きたと見えた。もともとこの人がふらりと何処かに消えてしまうことは数多いが、こんな状態ではいつ戻るかも分からない。

 

「……数週間は掛かるだろう。私が戻って来るまで、アトリエには誰一人入れないように。結界の発動法は分かってるね?」

 

「うん。気をつけてね、魅魔様も。」

 

 思わず漏れた弟子の心配の声を、誰に向かって言ってんだいと強気に笑い飛ばす。

 

 三日月の杖を呼び出し、石突を突けば閃光が走る。

 風と共に土埃が巻き起こり、煙が晴れた時には魔女の姿は消えていた。

 

 

 

「……あ、結界」

 

 呆然としている暇はない。

 再起動した魔理沙はすぐさまアトリエに入って扉を三重に施錠し、更に仕掛けを動かすべく魔法工房に入る。

 

「こんな時の為に、ちゃんと私に使えるように再調整してくれたんだから。」

 

 工房の中央で、ぐおんぐおんと静かに唸る集積魔力炉。アトリエ全体の術式に魔力を供給するメインエンジンだ。

 

 身長百四十センチ台の魔理沙からしてみれば、見上げねばならぬほどに巨大なそれ。根元に近づくと、複雑に魔法陣の絡み合った貴石の石板が埋め込まれている。魔理沙にも扱えるように簡略化した操作基板。

 そっと手を翳し、魔力を流し込んで操作した。

 

 魔法を使うのは魔理沙ではなく、アトリエに多様多彩に仕組まれた魔術的な仕込みだ。柱から壁、床の隅々まで術式が組まれ、家具の配置までが意味を持っている。

 未だ魔理沙には理解の及ばぬ領域。だがブラックボックスは、扱い自体は子供でも出来る。陣を操り、目的の魔法を使わせた。

 

 周りの景色に薄もやがかかり、忽ち館が霞に覆われたように見えなくなった。

 

 呪詛の宝典・終章。恒常発動結界魔法。

 ――――『永劫天秤の呪い』

 

 屋敷に働くあらゆる力、あらゆる干渉を一切合切はねのける、強力な結界型呪詛。これがかかっている限り、時間の流れも、四つの力も、因果律の変化さえ完璧に隔絶してしまう。

 つまりは、変化が拒絶されるのだ。何があろうが時空は変化せず、アトリエは決して掠り傷一つ負いやしない。

 

「地震、暴風、雷、隕石。何が来たって耐えれるのよー。」

 

 よっと、とベッドに飛び込む。スプリングがギシリと鳴った。

 

 こうして魅魔が出かけることは初めてではない。自分が生まれてから頻度は減ったそうだが、それでも何度か家を留守にすることはあった。

 それでも、あんなに気迫を剝き出しにすることは今までになかった。それがどうにも魔理沙を不安にさせる。

 

 何が起きたか、事情は聞かなかった。聞いたところで意味はない。自分では傍観者にすらなれはしないのだから。

 

「大丈夫、だと思うけど。」

 

 

 不意に口角に触れる。言葉に反して、それは醜悪に弧を描いていた。

 それは、もう一つの感情の発露。

 

 ……身を焼く、恋焦がれるような渇望。

 

 あの人があんなに真剣になる、それほどの力の持ち主がいるのだ。それもこの世界の何処かに、自分の手の届く場所に。

 

 それを考えるだけで、少女の本能が、欲望となって沸き立ってしまう。

 知らずの内に、お腹の下が熱くなる。

 

「見てみたいなあ……会いたいなぁ……」

 

 相反する鬱屈した情動を抱え、少女はくるまるようにして、鬱蒼と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が疾駆する。風を切って、森を貫いて突き進む。

 

「方向はこっち……どんどん強くなる……」

 

 既にかなりの距離を走ってきた。直感の反応はうるさいほどに強くなっている。

 間違いなく、この先に何かあるのだ。

 

 それに此処まで来て分かったことがある。

 

(焦っているのかしら?こんな背筋が凍ることは今までに無かったのに。)

 

 焦燥。

 それが靈夢をここまで急がせている理由だ。顔には出ていないが、目的の場所に近づくほど、体の芯が凍るような焦りが胸の奥から湧き上がる。最初は好奇心から近づいてみたが、今はそれ以上に放っておいてはいけないという感情にかられている。

 

 生存本能を煽り立てる、そんな存在がこの先にいるのだ。

 

「今は真冬でもないのにね。」

 

 気を紛らわせるように冗談を言いながら石畳を踏み割り、更に加速し続ける。地面に罅が入って砕け散るたびに、小さな体は砲弾と化して突き進んだ。

 

 

「これか……」

 

 果たして北東の先にあったのは、ぽっかりと開いた『穴』だ。

 

 山の中、岩壁の崖下に大口を開けるようにして、まさしく「一寸先は闇」な空洞が出現しているのである。

 

「こんなもの前には無かったよね。どう見ても普通の洞窟じゃないし。」

 

 そう言い切れる理由は、この洞窟の周りに起きている異常性だった。

 この辺り一帯の空間が捻じれるように曲がっている。重力の働く方向もおかしく、さっきから木の葉が空に向かって落ちている。

 明らかにただの地形ではない。

 

「此処まで来たんだから……」

 

 ―――入らないわけにはいかないわね!

 

 爆音を奏で、闇へと身を躍らせた。

 

 

 

「うーん……」

 

 ―――広い!!!

 

 靈夢が抱いた初めの感想はそれである。

 

「傍目じゃただの小さい洞窟なのにね。」

 

 そう、この穴。

 空間が相当歪んでいるらしく、外から見ればただの洞穴。しかし内側は、もう一つの世界が裏返しに秘められているのかと思うほど、巨大な領域だった。

 

 内部は宇宙を思わせる漆黒の空間。

 夜空を彩る星屑の代わりに、紫色の得体の知れない球体が、そのべらぼうにでかい体躯を見せびらかしている。白い満月よりも、遥かに巨大な紫色の星だ。

 

 果ては窺えない。この空間が余りにも巨大すぎるのだろう。何も無い暗がりは、奈落を四方八方に延ばしたようにも見える。落ちたら帰って来れる保証はない、というか十中八九永遠に落下し続けることになる。

 

 少なくとも、精神的に良い光景ではないことは確かだった。

 

(道が有るのはありがたいわね。私はろくに飛べないから。)

 

 カンカンっと、つま先を地面に叩きつける。ブレる気配もない頑丈なそれは、黒と紫の宙域に不自然に浮いた、透明な唯一の地面。

 無限に伸びるクリスタルにも似た二本の道は、この暗黒領域を渡る為の光の橋のよう。欄干や手摺はないが、そこはご愛嬌というやつだ。

 

 地上ではまずお目にかかれない景色を物色しながら、靈夢は物怖じせずに道を突き進んだ。

 

 

 

 何キロの距離を踏破しただろうか。

 変わり映えのしない道を遠慮会釈なく踏み躙り、新幹線のように駆け抜ける。

 

 いい加減肥えた目が飽きを訴えてくるころだった。

 

「なにこれ??」

 

 景気よく突っ走っていた靈夢の前にいきなり立ちふさがったのは、紅と黒で構成されたタイル……を面白おかしく並べた集合体。

 より正確に言うなら、赤い梵字が刻まれた黒地の正方板が数十枚、不思議な形に並べられているのだ。

 

 そして問題は。

 

「これじゃ通れないんだけど。誰よ、こんなもの置いた奴は。」

 

 その集合体が完全に道を封鎖しており、行く手を阻んでいるということか。目的地はこのさらに先、進みたければ撤去するほかない。

 

 そしてもう一つ、気になる点。

 

「これは、鳥居?……こんな禍々しい境内があってたまるもんですか。」

 

 まるでこの先が本殿である、と言わんばかりに据えられた朱塗りの角張った和風のアーチ……即ち、鳥居だ。更に赤黒のタイルの障害物は、その鳥居と重なるように配置されている。

 言うまでもないが、これまで神社の面影など影も形も無かった。なのに急に現れた鳥居。靈夢が小首を傾げるのも、仕方のないこと。

 

 分からないなら調べるしかない、とタイルに触れてみる……が。

 

「!?かったっ……!!」

 

 硬い。硬すぎる。

 鉄塊だってここまで頑丈ではないだろう。

 

 壊してみようと攻撃をかましてみるが、案の定全て無意味。

 練り上げられた健脚の蹴りも、お祓い棒による剣聖の如き鋭い斬撃も、ゼロ距離からの渾身の霊撃すら弾かれた。

 

「ぜえ、ぜえ……だれが作ったのよ、こんなもの……!」

 

 全力の攻撃を連発したせいで、怪物フィジカルの靈夢といえど、流石に疲労が隠せない。

 

 恐ろしく堅牢に造られた代物だ。梵字の持つ力からして、おそらくは内側を封じ外界を遮断する結界の一種。それ自体は凡百と変わらない。

 だが余りにも硬すぎた。この自分が一撃一撃に力を込めて、それでなお罅割れるどころか揺らぎすらしない。空間固定などというインチキですらなく、ただただとんでもなく頑強なのだ。

 紫ですら、これほどのものを造るのは一苦労ではなかろうか。

 

(打つ手なしか……?)

 

 普通なら、諦める。

 だがここまで来たのに手ぶらで帰りたくはないし、何より異常な気配はこの先。結界越しにも感じ取れる馬鹿げた気配。こんな奴を放置しては満足に眠ることさえ出来ない。

 

 

 打つ手なし……本当に?

 

 あるではないか。

 自分の直感に従い、持ってきたものが。何時もの装備では足りぬのではと、持ってきたものが。あらゆる妖怪を滅ぼすに値する、破壊の宝玉が。

 自分に操れるか、などとどうでも良い。

 

 ―――この鬱陶しい壁を、叩き割れるならばそれで良い。

 

「……ハッ」

 

 肺の空気を入れ替え、胸の内に抱えた宝物を取り出す。暗黒の異界の内側に在ってなお、その輝きは衰えることはない。

 こんこんと霊力を大海のように溢れさせる、太極の球体。恒星の如き無限に等しい力を一抱えに秘めた、博麗の至宝。

 

 掌を壁に向ける。特大の弾丸に運動エネルギーを叩き込む為の砲台。

 爆薬は自分の霊力だ。蒼い燐光とともにエネルギーが逆巻き、薬莢代わりに腕に収斂される。

 

「持っていきなさい……!!」

 

 躊躇うことなく、砲撃のように陰陽玉を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「靈夢が消えた……?」

 

 紫は不意に顔を上げた。

 

 この世界で、彼女に観測できない場所は無い。

 その力に、距離も時間も関係ない。

 愛娘の気配を、見失うわけもない。

 

 なのに見失った。

 

 はてさて、これは一体どういうことか。

 答えは彼女の優秀な従者が持って来てくれた。

 

「紫様、境界に引き込まれたことで『神玉の封印』に緩みが発生しました。靈夢は恐らくそこに迷い込んだのかと。また、陰陽玉を持って行ったようです。」

 

「なるほどね。」

 

 音もなく現れた藍の言葉に頷く。

 能力を使って見えないということは、自分すら干渉できないほど隔離能力に優れた場所に引き込まれたとしか考えられない。

 

 『神玉の封印』――それは博麗神社の裏に巧妙に隠された、有り得ないほど強固に構築された謎の封印。紫ですら、解呪に五日は掛かると思わせた傑作。

 現世と異界を分断していた、古の防壁。

 

 そして予想が合っていれば一大事だ。

 平静を装っているが、その脳はいつになく猛回転していた。

 

(確かに陰陽玉ならあの結界も突破できる。きっと陰陽玉が鍵になっていた。)

 

 靈夢が踏み込んだ結界内は、観測すら不可能な異空領域だ。見えなかったのはそれが原因。

 そこまではまだいい。問題は、

 

(中にいる連中、よねえ。)

 

「……藍。先に不躾な来客に残らずお帰り願うわ。原因も恐らく、封印の『中』よ。」

 

「承知いたしました。しかし……」

 

 靈夢は?

 言いたいことは分かる。

 

「どのみち術式領域を突破できない以上、今の私達に手出しは不可能よ。それに、中の連中はこんな塵どもとは比較にもならないでしょう。」

 

 ぐしゃり、と足元のゴミ(死体)を踏みつぶす。緑色の血が飛び散った。

 

 現在、紫たちは正体不明の異界からの侵入者を相手取っている最中だった。そしていきなり現れた、封印を介して幻想郷と紐づいた別世界。

 何も関係がないと見る方がおかしい。

 

「だから私たちはそこの招かれざる客人のお相手よ。中のことは出来る者にやらせましょう。」

 

 振り向く。

 

 黒。

 明らかに地上の生物ではない、さりとて妖怪でも神でもない。

 影を液状にして、子供が粘土細工代わりに好き勝手に固めたような、名状のしがたい化け物がそこにいた。

 

 

 ()()()()()

 

 

「っ!何時の間にっ」

 

「××××××!!」

 

 イソギンチャクにも似た触手を凄まじいスピードで、藍に振り下ろす化け物。

 判断は一瞬。即座に札をばらまいて式神使役、十二神将を降臨させてガードしようとするも。

 

(間に合わん!)

 

「×××ッ」

 

 黒の毒手が、藍の柔らかそうな肢体を串刺しにしようとして。

 

「×、」

 

 声が途切れた。

 怪物の判読不可能な声が切れた。

 

 触手が全て根元から刻まれた。

 

 怪物の身体が赤い劫火に包まれた。

 

「……!!!」

 

 自分の惨状に気づき、悲鳴をあげて逃げ出そうにも、恐ろしい火力の火炎はそれを許さない。

 物理的に存在を許さない破壊の火に、嬲るように神経を直接炙られ、筋肉と内臓が焦げていく。あっという間に細胞の一つ一つが焦がされて蒸発していく。

 

 黒焦げの死体すら残すことなく、化け物は灰にかえされた。

 

 見ると、主人が藍に向けて、オペラグローブの指先を伸ばしている。

 

(ああ、そうだ。忘れていた。)

 

 自分が死ぬわけがない。何故なら、最強たる己が主がここにいるのだから。

 至極単純な斬撃と火炎の術でも、彼女の規格外の妖力にかかれば、一つ一つが万死の一撃と化す。鬼とは違う方向性で、完成された究極の個。

 

 自分の未熟さ、情けなさに反吐が出る。

 だが反省は後だ。

 

 周りに目をやった。

 十尺はある一つ目の巨人。さっきのよりも大きいイソギンチャクモドキ。平原を大群で埋め尽くす黒い魔獣。皆飢えて、目につくものを片端から喰らわんと涎を垂らす。

 異界の醜悪な化外たちの大行進。

 

「呆ける暇はないわよ、藍。私達の愛しい箱庭に、埃を溜めるわけにはいかないもの。」

 

 主は変わらず、従者を頼っているのだから。

 

「そうですね。情けない姿をお見せしました。」

 

 パンッと両頬を叩き、気合を入れる。

 

 

 ――――『二重黒死蝶』

 

 ――――『飯綱権現降臨』

 

 

 真っ黒に染まる即死の呪力を孕む、赫と蒼の美しい蝶が群れだす。

 

 修験道の神より十三種の加護を賜り、神徳により力を跳ね上げる。

 

 

「「去ね。」」

 

 

 平穏を乱す化け物どもに、二人の怪物が牙を向いた。

 

 

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