魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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陰陽 ~Positive and Negative

 

 

「ちいいぃぃ……!」

 

 巨大な陰陽玉の回転が竜巻を起こし、そこに乗って飛んでくる高速の霊弾。

 ただトラップが仕掛けてあるだけの木偶の坊な障壁と違い、明らかにこちらを殺傷するための攻撃。明確な殺意が、そこにはあった。

 

 更にもう一つの攻撃。

 

 ギュウウウゥゥ――と回転が加速し、高速でこちらに向けて落下してきたのだ。

 その姿は、まるで自転する隕石。

 

(突進!?回避っ)

 

 ドン!!と地面を踏みつぶし、その場から消え去る。次の瞬間、黒白の隕星が地面を磨り潰した。ゴリゴリゴリッという耳障りな音が響き渡る。

 直撃すれば間違いなく粉微塵だろう。

 

 姿がブレるほどの高速で移動しながらも、靈夢は苦い顔だった。

 

(こちらを殺す気で撃ってくるわね。思考能力のない式神じゃない、あれ自身が一個の生命体……)

 

 ならば攻撃を与えて叩き落すしかない。

 

 腹を括り、回避から迎撃へスタイルを切り替えた。

 

「……だあっ!」

 

 初撃は蹴り上げ。

 霊弾の隙を見計らい、こちらの陰陽玉を蹴り上げる。

 

 放たれた紅白のボールは、光弾の弾幕を紙のようにぶち破り、そっくりな巨大陰陽玉に直撃した。

 

 ―――ガオオォン!

 

 横っ腹に与えられた圧力に耐えきれず、敵が力を漏らして発光する。

 

 効いている。どれぐらい耐久があるのかは知らないが、陰陽玉による攻撃は通じるし、無条件で攻撃を反射するようなふざけた能力も持っていない。

 無論これで倒せるとは思わない。だが効いているなら、確実に削れる。

 

(ならば倒れるまで殴るのみ!)

 

 跳ね返ってきた陰陽玉にお札を叩きつけて張り飛ばし、更なる追撃をかけた。

 ギシリッ、と敵の回転軸が傾ぐ。

 

 ついでとばかりに敵方にも直接札を投げつけた。予想はしていたがこちらは完璧に弾かれてしまう。だが放たれてきた光弾は打ち消した。

 

 いける。

 このまま削っていけばいずれ行動不能に陥るだろう。反撃もギリギリながら対処可能。術式発動不可能に追い込めばこの薄気味悪い結界も解除されてゲームセットだ。

 

 ―――そう思っていた矢先だった。

 

 

 

「矢張りお前は、完全だ。」

 

 陰陽玉が輝き、熱した鉄のように姿が変わる。

 うつろに響き渡る二重の声。

 

「人の守護者、世界の調停者。」

 

 巨大な球体から、煌びやかな人型へ。

 

「我が子孫、我が末裔。その完成形。」

 

 現れたのは、陰陽師の男。魔術師風の女。

 

「……冗談キツイわよ。」

 たらり、と冷や汗が流れた。

 

「「故に継げ。我らの力を。」」

 

 三態へ変容し、再び門番が牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何千もの狭間の異界を炙り出し、そこに身体を滑り込ませる魅魔。気分はモグラである。

 

『確実に近づいてきている。もうすぐ辿り着けるはず。』

 

 泳ぐようにして異界への突入と離脱を繰り返し、無限大の道をショートカットする。

 もう一つの自分の気配はどんどん大きくなっていた。

 

 そうして、踏破できないはずの距離を潜り抜け。

 

「ここだね。」

 

 どぷんっ、と異界を潜りぬけて、その世界に降り立った。

 

 

「なるほど、此処に出たか……」

 

 その光景を一目見て、魅魔は納得の声を上げた。

 

 そこは、炎と暗黒に覆われた領域。

 魂を浄化し焼き祓う炎の海と、地上の光が齎す『影』が降り注ぐ世界の裏側。

 

 

 ―――『地獄』。

 

 

 此処こそが、半身を封じていると思しき場所だった。

 

「懐かしい。ほんとに変わってないわね、いやそりゃあそうなんだけど。」

 

 何もかも、悪霊となる前の記憶のままだ。

 一面が赤と黒に包まれたおどろおどろしい景色。遥か向こうには富士山どころかエベレストも超える剣山が幾本も聳え、それすら上回る超大な火柱が空間を支えるように延びている。ここにはないが、幾万の魂を納める祠や十王の坐す審理の殿などもあったはずだ。

 

 ちなみに言うまでもないが、此処は部外者がそう易々と侵入できる所ではない。

 魔界に並んで無限大の面積体積を持つこの世界は、地上から最も遠く遠く離れた死者の国だ。あわよくば入れても、地獄を満たす超高熱に捲かれて死ぬだけである。

 

 だが逆に言えば、特大級の厄ネタを封じる場所としてはもってこいだ。

 

 下手な封印では手に余ると判断して、わざわざここに自分を叩き落した判断は忌々しくも称賛に値する。

 まあ、この魔女が大昔はそのレベルでヤバかったという証左なのだが。

 

「まっ、だからって破れないと思ったら大間違いだよっと……ん?」

 

 得意げに独り言を漏らすうちに、おかしなことに気が付いた。

 

 ()()()()()()()()

 

「……妙だね。」

 

 地獄なんだから誰もいないのが当たり前、とはならない。地獄や是非曲直庁は基本的に超巨大組織で、十王を筆頭に数え切れないほどの閻魔や鬼神長とその下の神霊や妖怪が勤務している。

 

 つまり、不気味なれど割と活気があるはずなのだ。

 なのに誰もいない。

 

「ここら一体から全員を退避させた?」

 

 魔法で見てみても、周囲には誰もいない。

 明らかに異常だ。何者かの思惑があったとしか思えない。

 

「権限からして、指示を出したのは十王クラスか?けどこんな広範囲の者を退避させる意味なんて……」

 

 疑問は尽きない。ここまで明らかな異常は正直無視したくはない。

 

 だがこれ以上は考えても分からないため、目的地に向かいながら調べることにした。

 

 幸いにも、位相はここで合っている。後は飛んでいけば着く。

 一刻も早く身体を取り返す為に、魅魔は炎を眼下に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは男だった。

 こちらを指差して、技を唱えた。

 

「『震』」

 

 空間全体がぐらぐらと揺らぎ、こちらの動きを阻害する。霊子を巻き取られ、強化や霊術の効率がガクンと下がった。単純だが厄介な効果。

 

 続いての二撃目。

 

「『霊波』」

「っ!」

 

 霊力を伴う巨大な衝撃波。ほぼ全面をカバーする範囲と、腕を掲げてガードしてもなおビリビリとこちらを揺さぶる威力。

 

 わざと自分から後ろに吹き飛ぶことで衝撃を殺し、転がって受け身をとる。

 

「攻撃範囲が厄介ね……」

 

(それに此奴ら人間じゃない。余りにも行動が機械的すぎる。)

 

 正体は霊魂をそのまま刷り込んだ変幻自在のゴーレムか。

 つまり息切れや幻術によるヒューマンエラーは狙えないということ。

 

 そこに怯みはしても臆することはない。すぐに態勢を立て直し、冷静に陰陽玉を操った。

 お祓い棒で弾き飛ばした砲弾が、男の芯に直撃する。一瞬の硬直。

 

 その隙に追撃をかけた。

 

 何度も御札を投げて陰陽玉の軌道を修正し、連撃を叩きつける。術の範囲はともかく威力はそこまでではないので強引に攻撃を繋ぎ続けた。

 

「『霙』」

 

 陰陽玉の形の時と同じ、白い霊弾を雨と降らせてくる。しかしこちらは数が少ない代わりに、威力速度共に大幅に上昇しており、さらに追尾機能まで付いていた。

 

 流石にこれは受けるわけにはいかないので、一度下がって回避。バック転の要領で弾丸を回避すると、逸れた弾で地面がビシバシと割れていく。

 

 弾を撃ち終え、途切れなかった応酬に一瞬だけ隙間が空いた。

 

(今!)

 

 霊力のブーストをかけ、地上からの対空飛び蹴り!

 

 ほぼ直線軌道で男の顎をかちあげたその格闘術は、負傷こそ与えられずとも、上から降ってきた陰陽玉に脳天を直撃させることに成功した。

 

 ここにきて男が動きを見せた。

 

 その一撃にとうとう耐え切れなくなったのか、仕留めきれないことにしびれを切らしたのか。

 男の姿が影と消え、代わりに角を生やした魔術師風の女が出てきたのだ。

 

「ちょ、だからそれは反則……!」

「『風鎌爪』」

 

 咄嗟にジャンプ。

 刹那、見えない巨大な爪が地面を引っ掻き、何本もの平行な傷が地面を走った。

 

 直撃すれば間違いなく輪切りだ。絶対に当たってはいけない。

 

 何度も何度も執拗に、靈夢のいる座標を風の鎌が断裂する。恐るべしはその威力と連射性、鎌鼬でもここまで悪辣ではなかろう。

 

(でも慣れてきた。もう当たらない。)

 

 だが一度見れば適応は出来る。段々と靈夢も余裕を持って躱せるようになっていった。

 

「『槍燐』」

 

 それにも飽き足らず、更なる凶悪な魔術を飛ばす女。魔力を巻き込み、魔法陣が煌めく。

 男が範囲を重視した東洋の術を使うなら、女は威力重視の西洋の術か。

 

 まもなく現れたのは、摂氏にして三千度を超える炎の槍。一瞬にして女を中心に放射状に槍が形成されていく。何本もの紅炎の槍先が宙の靈夢を狙った。

 空中で靈夢は身動きは取れない。当たれば消し炭だ。

 

(だったら!)

 

 空中で身体を反転させ、術式に霊力を流し込む。握りしめた右手が霊光に満たされる。

 回避不可能ならば、迎撃するまで。

 

「霊気、解放……」

 

 ――――『封魔陣』

 

 封印の式が光壁となって拡散する。魔を封ずる聖なる方陣。それは突進してきた炎の刃を逆に吹き散らすのみならず、女の身体を粉砕しようと猛烈な圧力を叩きつけた。

 並の妖怪なら当たった瞬間圧死だ。

 

 だが男の時と同様、女にダメージは通らない。体幹がぐらついただけだ。頑丈さは陰陽玉であった時と変わらないのだろう。

 しかし構わない、どうせこれで倒せるとも思っていない。あくまで隙を作る牽制だ。

 

 本命は。

 

「締鎖!」

 

 回転して宙を漂う陰陽玉が、不自然に加速された。まるで鎖に繋がれ、思いっきり引っ張られたように。

 そしてその行き先は。

 

「……!」

 

 気づいたときにはもう遅い。

 

 ゴガァン!!と轟音をたてて、無慈悲な霊宝が女の頸に直撃した。

 

 ――――光が、弾けた。

 

 

 

 

 

「何よ、ここ……」

 

 気づけば靈夢は一面真っ青の世界から一転、ある街の中に立っていた。

 

 活気のある街だ。行商が大声で道行く客を呼び込み、幾軒もの建物が並んでいる。そして目の前にあるのが、中心と思しき巨大な建造物。

 もしや、噂に聞く京の都とやらだろうか。

 

「幻術?いや……」

 

 視点で分かる、これは恐らく誰かの記憶の中だ。

 あの時自分は、陰陽玉で女の頸を折ったはず。その時の光に飲まれて今ここにいる。あるいは女の負傷がトリガーになって、記憶の共有が発動したのかもしれない。

 

 視点の人物は線が細いが、背の高さからして男か。白い絹服を肩から掛けて歩いている。

 

(どうにもならないわね。終わるまで待ちましょうか。)

 

 先と違い、この術に害意はない。身体を自由に動かすこともできない以上、この悪夢が覚めるのを待つしかないようだ。

 

 どうにかなる。その直感に従って、映画鑑賞の気分でその視界を眺めることにした。

 

 

 

 記憶は続く。

 

 

 

 ―――生誕。奇跡。悲劇。裏切り。決意。融合。落胤。継承。

 

 

 

 ―――迫害。殺意。真実。嘆願。刃。秘匿。抱擁。

 

 

 

 そのどれもが、残酷で、狂っていて、荒唐無稽で、そして哀しい記憶。

 靈夢をして、心にクるものがあった。

 

 ――――そして全てが終わった時、それが現れた。

 

 

「……やっと分かったわ。これ、アンタ達の生前の記憶なのね。何とも苦しい人生だったじゃない。」

 

 目の前に立つ、二人の人物。

 人間の陰陽師と、妖怪の魔術師。

 

 彼らは戦った時のように無機的で冷徹な目ではなく、我が子を見つめるような穏やかな慈愛の目を向けていた。

 

 そして、その言葉も、また。

 

『そうだ、靈夢。今のは私達の記憶であり、同時に君が受け継ぐべき歴史だ。』

 

『我が儘に付き合わせてごめんなさい。どうしても知っておいて欲しかったの。今の生き残りはあなただけだから。』

 

 まあこの記憶を見せられた時点で、彼らが自分に縁のある身であることは分かっていた。

 とはいえまさか。

 

「博麗神社を作った二人が、こんなところにいるなんて思わなかったけど。」

 

 彼らこそが、博麗家の始祖。神社と陰陽玉を作り、後世に遺した人物。封印システムと同化して、門番としてこの場所を守り続けていた。靈夢を始め、博麗の血は彼らから始まったのだ。

 それを聞いて、二人の顔に苦笑いが浮かんだ。

 

『悲願とはいえ、本当は君に重荷を背負わせる気はなかった。だが状況が変わってしまったんだ。このままでは現世が滅ぶ。』

 

『でも今の貴女では対抗できない。ならばせめて私達を通して……』

 

「はいはい。分かってるわよ、これがアンタ達の不器用な親心だってのは。感謝はしないけど、覚えておくわ。」

 

 それは彼女なりの最大級の賛辞。

 二人の行動が全て、死地に飛び込む子孫の自分への餞別だと知ったから。

 

『この先は天と地、魔界と地獄。その内君が追ってきた、現世に異変を引き起こしている元凶は魔界にいる。』

 

「は? 異変?」

 

 靈夢は知らない。現世で怪物の大行進が起きていることを。最悪の地獄絵図を辛うじて彼女の師たちが留めていることを。

 それらを彼らは、結界越しの観測によって知っていた。分かっていることを事細かに説明する。

 

「嫌な予感の正体はそれだったの。要するに元凶をぶっ飛ばして収めればいいのね。」

 

 その言葉に頷いた。

 

 ズッ……と二人の影が光の粒となって消え始める。その粒子は、靈夢の身体にどんどん流れ込み始めた。

 

『君は私達の願いそのものだ。それに見合う器を持って生まれてきた。だから合格だ、ここを通そう。』

 

『せめてもの助力に、貴女に残りの力を渡すわ。陰陽玉の主人も正式に貴女になる。忘れないで、私達は何時も貴女達と一緒にいる。』

 

 それを最後の言葉として、彼らは何も残さず消え去った。

 

 子孫への力と、遺志を除いて。

 

「ついでだし、叶えてあげましょうか。」

 

 そして、彼女は強い。重荷を重荷と思わぬほどに。在って当たり前と言わんばかりに、彼女は他者の想いを背負う。

 

 

 ―――前を見据える。新たな道だ。

 脈打つ真っ黒な太陽がこちらを見下ろし、何本もの深紅の柱が聳える領域。

 

「……安心しなさい。サクッと終わらせてきてあげるわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侵入者……間違いなく彼女ですな。承知いたしました。では、そのように。」

 

『うむ。其方に任せたぞ。』

 

 人影が歩いていた。

 虚空より齎される命に従い、厳かに返事をしている。

 

「それと、規定に基づき神殿の半径二千由旬より種別を問わず、あらゆる人員を退避させて頂きたい。巻き込めば確実に殺してしまいます。」

 

『解っている。既に手隙の渡し死神を遣わした。』

 

 三途の川の船頭たちの、せっかくの休暇が無残に潰れた瞬間である。今この時にも、彼らは数多くの鬼神や獄卒、罪人たちを大急ぎで連れ出していた。

 

「重畳。後はこちらにお任せを。」

 

『彼女の解放は人類史全ての呪いの解放を意味する。必ず防がなくてはならん。』

 

「認識しております。それでは。」

 

 ぶつりと念話が途切れる。

 

 人影は、自分の神殿の傍に腰掛けた。地獄の中でも、場違いに静かで青い色合いの空間である。

 

「さて、貴女はどう出るでしょうなあ。とは言えこちらも一介の仏の身。軽々しく封を解くわけには参りませぬ。」

 

 まるで侍のように古めかしい口調だった。

 

 後ろを見やる。

 

 そこには、水晶のように透明なガラス質の物体。アメジストに近い質感のそれには、まるで琥珀のように、中に人が閉じ込められていた。

 

 碧の髪を流し、死者の証である三角の白頭巾。学生服(セーラー服)にも似た白と青の衣装を纏う彼女は、一見死体に見えるほどこんこんと眠っていた。

 

「貴女と会うのはこれで二度目……今度こそ、貴女を輪廻のあるべき流れへ戻してみせましょうぞ。」

 

 人影は穏やかにくすくすと笑う。

 

 その身から、隠し切れない狂気と炎を溢れさせながら。

 

 

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