魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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間話 御霊の黎明①

 

 

 ―――生まれながらに、排斥を受けた。

 

 

「きゃあああ!この子、この子、角が……!」

 

「鬼子だ!村へ近づけてはならん!」

 

 それは血のように鮮やかな赤髪でも、高い霊力のせいでもない。

 ただ生まれた時に、二本の角を持っていたから。

 

 ただそれだけのこと。

 それだけで村の長が、そして親を含めた村の者が、臍の緒すら取れていない私を、忌子として幽閉するには十分だった。

 

「此奴を座敷牢に繋げ。決して抜けれぬよう重々に縛をかけるのだ。」

 

 一人で道行けるようになるまで、私の世界は小さな座敷牢だけだった。暗くて、狭くて、汚くって、這いずる虫たちと一緒に毎日のように飢えに溺れた。

 

 牢は村の隅。空地の古い納屋代わり。鎖で手足が千切れそうなほどきつく縛られ、食べ物といえば三日に一回投げかけられる僅かな粗食。

 罵詈雑言すら届かない、クライクライ箱の中。

 

 それでも口減らしに殺されなかったのは、村の傍で流れる鬼子の血は災いを呼ぶという、馬鹿らしい伝承のため。

 いっそ一思いに殺してくれた方が、幾分か生き地獄を見ずに済んだものを。

 

 だから、一人で歩けるようになった瞬間、すぐに追い出されたのだ。遠く離れた地でその命を散らすことを願って。

 追放。其の実、死刑。

 

「半端者の忌子がこの村を生きることは許さん。出て行け、どこへなりとも。」

 

 門を潜るその時まで石を投げられた。

 

「早く出ていけ、おぞましい!」

「これ以上村を穢すな、混ざりものが!」

 

 自分が悲しいのか、喜んでいるのか、狂っているのかも判らぬまま、私は門をくぐった。

 

 

 

 

 初めて知る外の世界は、厳しかった。

 残酷だった。

 

 けれど、無慈悲ではなかった。

 

 小動物を狩れば、その日の肉が取れる。木の実を割れば、腹を満たせる。泉を見つければ体を清め、喉を潤せる。自ら生きる活力を得られる。

 それは、私にとって生まれてこの方知ることすら出来なかった幸福。

 

 もちろん、都合のいい事ばかりではない。

 猛獣は恐ろしいし、野鳥には食べ物をかすめ取られる。豪雨の鉄砲水で流された時もあった。

 

 だが何よりも―――妖怪。

 夜は彼らの世界だ。人の血肉に飢え、闇に紛れて爪を振るってくる。当たっていれば私など一瞬で死に、喰い貪られていただろう。まあ細っこい小娘の肉など、ろくな腹の足しにもなるまいが。

 

 だから夜は恐れるしかない。

 人である私は夜を歩けない。六つの餓鬼に何が出来るというのか。暗闇に身を浸し、彼らの赤い目がこちらを向かぬよう静かに息を潜める他ない。生物としての本能が、私に最適な行動を選択させていた。

 

 

 だが、浮世とは斯くも理不尽なもので。

 

 木の枝でついた傷から零れた血の匂いに感づかれたのか。

 とうとうその存在を妖怪にばれてしまった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 見つかったのなら、もうどうにもならない。

 逃げる。自然において弱者にはそれ以外の手が残されないのだ。

 

「ギジャアアアア!!」

 

「クワゼロ、グワゼロ……!!」

 

 走る。走る。走る。

 醜悪な叫びと漂う腐臭。心の底から氾濫する恐怖と気持ち悪さを押し殺し、みっともなく涙を垂れ流して走り続けた。

 

 けれど、幼過ぎて、満足に育っていない私の身体は、どうしようもなく貧弱で。

 消耗が過ぎ、数里もいかぬうちに倒れてしまった。

 

「あ、なんでっ!」

 

 足が、動かない。逃げたいのに。走りたいのに。

 もう限界だった。

 

 振り返れば、迫る牙。

 

(もっと、生きてたいのに…せっかく逃げ出せたのに…!)

 

 諦めて目を閉じた。

 でも諦めきれなかった。悔しかった。もっともっと、生きていたかった。光の世界を歩みだしてしまったから、無明から一歩踏み出してもう戻りたくなかったから。

 

(お願い、誰か助けて…)

 

 きっと彼らは、気づいていなかったのだ。私もだ。

 彼らが私に理不尽を振りまくなら、彼らにも理不尽が降りかかってもおかしくない。至極当然、当たり前のこと。

 

 ―――その祈りを聞き届けたのは、神でも仏でもなかった。

 

 

 

 

 

 ―――その祈りは、きっと誰にも聞こえていない。だが私は、確かにその声を聞き届けた。

 

 

 修験道の修行が一環として、山に籠り身を清める。精進潔斎とは少し違うそれは、我が一族が綿々と紡いだ伝統。

 自然での祈禱によって霊力を高め、霊山を生き延びることで力を蓄える。

 

 父も、祖父も、行ったこと。代々陰陽寮に優秀な人材を輩出する一族が秘伝の試練。

 

 我が名は白霊神幸(はくれいみゆき)。陰陽道を修め、都に仕え妖と戦う白霊家の長子。いずれは私が家を継ぎ、盛り立てる。

 

 だから私も、山を生き延び優秀な陰陽師になるのだと、意気込み確信していた。

 

 二日目の夜。

 獣除けの火を焚き、妖除けの護符を使いながら、ひと眠りに陥る寸前だった。

 

「……?誰ぞ、そこにいるのか?」

 

 頭の中に微かに反響するような声。助けを求めるような、悲痛な声。

 

 神々の下さる神託などではない。紛れもない人の声。

 

「見放すわけにはいかんな。」

 

 人を救うことを躊躇う者は、陰陽師にはなれない。

 我らは時として、無辜の民を救うために躊躇なく自分や仲間の命を差し出す決断を求められる。

 

 残酷で、悲しい事実だ。だがそれでも人を助けられる者だけが、そういった任に身を置ける。

 そうでなければ、妖怪と戦うことは出来ない。

 

「間に合えばいいが……」

 

 陰陽師の矜持に従い、風と同化して疾駆した。

 

 

 

 光だった。

 

 後から思えば、霊術による光輝だったのだろう。だがそれを知らない私は、いきなり光が現れ、瞬く間に妖怪たちを焼いたようにしか見えなかった。

 それはもう一つの太陽。夜を照らす地上の光球。

 

 そして彼らが灰と消え、光が過ぎ去った後に。

 

 そこにいたのは一人の男の子。

 烏帽子を被り、絹の狩衣を着て、清潔さと高貴さを隠し切れない美男子。私と何もかも真逆な存在。

 

「娘よ、お前は誰だ。妖怪か?」

 

「……人間。助けてくれたのは、貴方?」

 

「応とも。私は白霊の神幸という。人間と言うならとにかくついてこい。休める場所に連れて行こう。」

 

 周りに人間として見られず、自身もまた周りを人として認めていなかった私は、その日初めて『人』に出逢った。

 

 

 

「……ほう。して、村の者は?」

 

「分からない。村を離れてから、誰とも会ったことがない。」

 

「ふむ。」

 

 血のように赤い髪を持ち、鬼のような二本の角を伸ばす麗しい少女。

 それが私が助けた者だった。

 

 見た目には鬼の子のように見えるが、本人は自身を人間と信じて疑わないし子供同然の非力であるので、おおよそ人間と見ていいだろう。

 しかし。

 

(聞けば聞くほど不遇なものよ。生まれた時より忌子とは。)

 

 彼女の語る経歴は、それは酷く惨いものだった。

 

 生まれた時より姿形により幽閉され、字も諱名も与えられず、この年になるまで人間どころか獣畜生にもしない仕打ち。よく衰弱死しなかったものだ。

 挙句追い出され、望外の生き様を見つけたと思えば、妖共に襲われる始末。

 

 私は貴族の子、陰陽師の世継ぎとして生まれたからにはその苦しみは味わったことがないが、それでもその村の者が異常で、狂っていることはよく分かる。

 

 憐れむ気はない。それは生き様への侮辱に値するから。

 ただ、よくぞ生き伸びたとその戦いを称賛するのみだ。

 

「お前はこれからどうする。また今日のようなことがあっては助けられんぞ。」

 

「でも、行くところがない。」

 

 それはそうだ。妖の子と見紛う貧民の女児など、一体誰が引き取るだろうか。運が良くても、どこぞの好色家に囲われるだけか。

 

 ……一度首を突っ込んだ身だ。見殺しには出来なかった。

 

「この山は私の家系が代々管理してきた山だ。麓にそのための別邸がある。もしよければそこに住むか?」

 

「いいの?私がいるって分かったら……」

 

「構わん。どうせ誰も寄り付きやしない。」

 

 確かに彼女は妖怪の見た目だが、危険ではないし、何より小さな女童である。

 何故かは分からないが、どうしても親身になってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後彼女は別邸に身を置き、数年に渡り静かに暮らしていた。

 私は彼女に食べ物を差し入れたりしながら、無事元服し陰陽寮に入った。

 

 時の陰陽博士を師事し、その生来の才を鍛冶場の鉄の如く鍛え上げ、若衆の中でも格段の実力者と目されるほどには力をつけていたのだ。

 そんなある時のことだった。

 

神幸(みゆき)よ、お前は祝言を挙げんのか。」

 

 宮中の務めを終え休もうとしている時に、同僚の得業生に言われたのだ。

 因みに神幸はれっきとした私の名だ。代々妖怪と戦ってきた家系故、厄除けに女児のような名を頂いている。

 

 祝言、婚礼。私の歳で結ばれていない者の方が少ないし、もちろん一族の次期長であるからには考えた。のだが。

 

「正直、誰かと結ばれる気にはなれん。良縁にも恵まれんしな。」

 

 ……大嘘である。

 本当は、そういうことを考えると何故か別邸にいる彼女の顔が映るからだ。どうしてか気になってしょうがないのである。

 それに彼女を庇護している以上、誰かと結ばれる資格などない。未婚にして子連れの貴族長男。控えめに言っても避けられるが道理よ。

 

 もっとも、そんなことを知る由もない周りから見ればおかしな話なのだが。

 

「かー、御堅い!みっともないって言われそうなもんなのに、やっぱり次期陰陽頭様は違うのかねえ。」

 

「よせ、滅多なことを言うものじゃない。」

 

 多分に皮肉や嫉妬が混ざった言葉だった。

 

 いや、これは私の考えすぎか。

 少なくとも目の前のこの男は私の親友で、一切の邪気を人に抱かない男である。単に私をからかっただけだろう。

 

 しかし、実際に私への嫉妬や疑念を幾らか耳に入れたことはある。若造に過ぎないにも関わらず出世を繰り返す私が、鼻についているのかもしれない。

 今の状況……

 

(そう長らくは匿えんな。――よし、決めた。)

 

 以前より、やろうと心に決めていたこと。

 陰陽寮に於ける第二の目標。陰陽師として大成する、それと異なるもう一つの目的を達成することに決めた。

 

 

 

 

 私は、あの男児に拾われて以来、その身を彼の山荘に置いていた。

 既にあの時から数年が経過している。

 

 暮らしには不自由していない。都の貴族に比べれば貧相かも知れないが、少なくとも私にとっては極楽に等しい。

 好きなものを食べ、清潔な寝床で眠り、命を脅かされない。何と有り難いことか。

 

 それに比べれば、外に出られない不自由は気にするほどでもない。第一にまず死なないことだ。貧弱な娘の私が外に出ても食い殺されるだけである。

 

「ふう……終わった。」

 

 文机の書物を閉じて大きく伸びをする。

 

 今私がやっているのは勉強だ。読み書き、宮中の礼儀作法、お琴に華、或いは護身術に霊術。

 少年――神幸が持って来てくれた資料を四苦八苦しながら読み込んでいる。時には荘にある道具を引っ張り出して実際にすることもある。

 

 神幸が勧めてくれたのだ。何もせず家に籠るくらいなら、有限の時を有効に使おうと。

 苦だとは感じない。学ぶという行為を許されなかった私には、そのどれもが新鮮で鮮烈だったから。

 

「そういえば、来てくれるのが今日だったっけ……」

 

 この建物には人は寄り付かない。それこそ白霊の当主ですらだ。いるとしても、それは彼だけ。

 

 彼は数週おきにこの別荘を訪れ、いろんなものを私に差し入れてくれる。

 食料、小道具、衣服。その他諸々。そのどれもが人生で一度も見たこともないような素晴らしいもの。

 

 何でそこまでしてくれるのか、と聞いたことはあったが、

「なに、私が放っておけんだけだ。気にしなくていい。」

 とはぐらかされただけだった。

 

「……何でだろ。」

 

 彼と一緒に居ると安心する。湯につかっているように心が暖まる。親に代わって、兄のように見ているからだろうか。

 

 ―――けれど、最近顔が火照る。

 心と頬が熱くなる。私の髪のように焔色になる。苦しい、痛い。なのに不思議と嫌じゃない、味わったことのない感覚。

 

 ひょっとして私は病気なのだろうか。だとしたら厄介に過ぎる病気だ。

 

「あの人には言えない。頑張ってるのに、邪魔したくないもの。」

 

「何がだ?」

 

「うひゃああああぁ!!?」

 

 びっくりした、びっくりした!

 後ろを振り向くと、暢気そうな表情をした輝かしい美少年。一体何時の間に上がって来たんだろうか。

 いつもなら安心感を覚える顔に、今日ばかりは苛立ちを覚えた。

 

「ん、どうした?」

 

「知らない!!」

 

 

 

 

 呼んでも返事がないもので確認しにきてみたら、何故かこっぴどく怒られてしまった。

 これは、女性としての恥じらいを覚えてくれたということだろうか。嬉しいような、申し訳ないような、である。

 

 

 怒る彼女を宥めすかし、大事な話があると言って席に着かせた。

 

「……私の正体?」

 

「ああ、それを探り出す。」

 

 彼女は私の話に首を傾げた。まあ無理もない、訳の分からない話をしている自覚はある。

 

「君の身体は、人間とも妖怪ともつかぬ特別なものだ。単なる畸形ならどうとでも治療できたのだが……」

 

「ちょっと待って!私は、やっぱり人間じゃないってこと!?」

 

 瞳が驚愕と恐怖に塗り替えられる。

 人間じゃないと言われて、村での苛酷な迫害の記憶が脳裏に甦っているのだ。

 

「落ち着いてくれ。たとえ妖怪だとしても、私は君を放逐したりしない。」

 

 震える手を握りしめて、呼吸を整え落ち着かせる。何分もしているうちに、ようやく冷静になってくれた。

 これだから話したくなかったのだ。巻き込んでしまう自分の無力さが不甲斐ない。

 

 同時に、彼女を此処まで追い詰めた村の屑共に、気が狂うほどの殺意が湧いてくる。

 

「ここ数年で改めて分かったが、やはり君は完全な人間ではないのだろう。霊力と妖力が混ざっているし、その角も畸形にしてはしっかりしすぎている。」

 

 突きつけられる残酷な事実に、彼女の目が潤む。衝撃、諦観、悲愴。

 それでも私を信じて、泣きださずに話を聞いてくれた。

 

「残念ながら、私の力だけでは君を完全な人間の体に直すことは不可能だ。だから陰陽寮の記録を閲覧し、完全な人間に戻す方法を探す。」

 

 これこそが、陰陽寮での地位を確立した理由。あそこは都の所有する妖怪・神・その他人外に関する記録を全て一手に管理している。

 その中であれば、彼女を人間に変化させる手立てがあるはずだ。

 

「そして人間に戻った暁には……」

 

 宮中に来るといい。

 

 

 

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