「さて、そろそろ行くとしようかね。」
早朝、魅魔はそんなことを口走った。
今回は、キッチリいつもの魔女の服を着こみ、更には外出の支度まで済ませている。
何をするのかというと、旅である。
彼女は、通常の魔法使いのように、一人でアトリエに引きこもって研究をするだけの、根っからの研究者ではない。
研究や研鑽はしていても、思い立ったら即館を飛び出す。そしてそのまま何年も帰って来ないこともある、自由過ぎる放浪者でもあるのだ。
その道中で、自分以上に自由で凶暴な花妖怪や、自分を滅殺しに来る地獄の使いなんかと殺し合うこともあるが、まあ些細なことである。
「今回は、北の方を彗星が指したからそっちに行ってみようかしら。
前は…、何だったか、風に誘われて迷ったんだったかね。」
基本魅魔の旅には、これといった目的は無い。
星が瞬いたからとか、お菓子が上手く焼けたからとか、本当に適当極まりない動機であてもなく彷徨うのだ。
道程も特に決めず、徒歩であったり、魔女らしく飛行であったり、異界を介してテレポートすることだってある。
「どうしようかねえ。昨日は殊更月が良く輝いていたし…決めた。歩きにしよう。」
杖の石突で地面を一突き。
それだけで、緩められていた館の結界が締め上げられ、侵入防止の魔法の仕掛けが、一斉に活性化する。
魅魔は、鼻歌を歌って上機嫌そうに、此度の旅をはじめた。
道中は、余り特筆すべきことはない。
やったことといえば、大体が襲い掛かってくる魔法生物の狩猟と捕獲ぐらいだ。
魔力を吸って生きる神秘に近い生物を魔法生物と呼ぶが、彼らの身体は良い生体素材になる。
そんな訳で、昼夜問わず気性の荒い彼らの襲撃を受けては、皆殺しにするか生きたまま捕らえるかで素材を回収していた。
しかし、そんな中でも探せば珍しい物は見つかるもので。
一応小規模の工房に近い神殿が見つかったりもした。
小さくとも神殿の造り自体はしっかりしたもので、どうも神を祀ることと、よりその神に奉仕する為に魔法の研究をしていたらしい。
まあこの悪霊にはそんなこと関係ないので、持ち主もいないならいいだろうと遠慮なくあさられてしまったが。
因みに、その中でも一つ、彼女の興味を殊更に引くものがあったりする。
そんなことをしながら北に足を進めて早一ヶ月。
魔女はそこで、はじめてその歩みを止めた。
「…ほう、こりゃ凄い。人間も中々に面白いことを考え付くもんだ。」
そんなことを言いながら、魅魔が首を上げて眺めているのは、北極海に存在する巨大な「門」である。
赤錆びていても、かつての威容を感じさせるその佇まいは、見るものを圧倒する何かがあった。
ここは北極、地球の最果てである。
一般の人間どころか、魔術師や魔法使いであっても、近づくのをためらう魔境であった。
しかし、敢えてこの地で魔法の研究を進めていた、物好きな人間たちがいたのである。
その僅かに残った遺産が、この門なのだ。
道中色々な魔法生物を捕らえたり、様々な遺跡を掘り返したりしながら一ヶ月。
彼女は、この最果ての場所で、ようやく足を止めたのだった。
「材質は、鉄と金が主体。
そこから魔力が行き渡るように、色々と触媒を混ぜ物にしてあるね。
そして吸い上げるのが、地上の地磁気か。
地球が発する大き過ぎる磁力を、ちょいと拝借して魔力に変換して溜め込めるように細工してある…。
溜まり切ったところで一気に解放して、異界の門を開くって寸法かい。
行き先は…、まあ、どうせ
自然や星々ではなく、地下の最奥にあるコアが発する磁気の力を借りて、半永久的に魔力を溜める発想と技術。
彼女が感嘆したのはそこだった。
「私も触媒の扱いやら、星の魔力の支配には自信があったんだけどねえ。
成程、地球の磁力は盲点だった、感謝しとくよ。」
彼女はただの怨霊ではなく、地球の全ての人類に憎悪と激情を持つ悪霊である。
故に本来は人間の魔術師や人間出身の魔法使いに感謝などせず、ただ呪ってやるのが常なのだが…。
そこはそれ、これはこれ。
魔法使いの端くれとしては、新たな知見を与えてくれた者には、感謝を示すのが道理というもの。
だからこそ、分からないことが一つ。
「しかしまあ、ここまで発展させておいて、どうして放棄したのかねえ。
私なら、心血そそいで完成させたものを投げ捨てたりはしないんだが。
少なくとも保存魔法を必死になってかけるところ……んん?」
と、そこまで考察しておいて、魅魔は思わず疑問の声をあげた。
何かがおかしい。
放棄された、ただの遺構であるはずなのに、未だに何故か違和感と圧力を感じる。
「ちょっと待とうか、これは…ああ、なるほどねえ。
合点がいったよ。
別にコイツ、ただの廃棄物ってわけじゃあなかったんだね。」
もう一度、更に精確に状況を精査して感じ取れるのは、微弱に流れる魔力の痕跡。
地磁気の変換で流れる魔力ではない、この門の機能を
「となると、未だにこれを使ってあの場所に行き来しているやつがいるってことか。
まだまだ現役ってことだね、気に入ったよ。
また今度、来てみようか。」
彼女は明確にこの場所を記録・記憶することに決めた。
旅先での場所を殆ど忘れてしまう彼女にしては、非常に珍しいことに。
そうときまれば、と幾つもの魔法を、この場所を刻む為に引きずり出す。
杖を構えて、目的の魔法を起動する為の魔法陣を展開。
呪文を唱えた。
「……a…,……mus,…u……….」
―――『天蓋羅針盤』
次の瞬間、彼女のまわりに、巨大な全天の星空が発現した。
地球、月、太陽系は勿論、彼女の何百年もの宇宙の観測で積み上げた星々の模型が、架空の天蓋の中で瞬いている。
もっとも、今回用があるのは地球のみ。
地球のモデルを拡大した。
そこには、これまで魅魔が訪れた場所の中でも、覚えようと決める程重要な場所が幾つか、正確な座標に記録されている。
極東の中心部であったり、かつて月の都があった大陸中央であったり、個人的に交流のある魔法使いや妖怪の住処であったりなどだ。
続いて、杖を一振り。
―――『星海の観測鏡』
―――『精密な星時計』
―――『月光算術塔』
三種類の魔法を稼働し、星々の測量と時間の測定、それらを複雑怪奇な演算で組み合わせる。
普通の脳なら頭がパンクするが、星と月の魔法を扱う故に、星々の位置と影響を常に把握しなくてはならない彼女にとっては慣れたもの。
あっという間に正確な現在の位置をはじき出し、地球のモデルに座標を記録した。
そして指を鳴らして全ての魔法を停止し、魔法陣を収めれば、キラキラと白く輝く北極の大地が戻ってきた。
「さてさて、収穫もあったことだし、家に帰って研究に戻ろうか。
いいものも手に入ったし、また進展がありそうだねえ。」
行きは徒歩に決めたが、わざわざ帰りもそうするとは言っていない。
何の躊躇も無く軽い深度の異界と空間を繋ぐことを繰り返し、館までショートカット。
彼女の第■■■■回目の旅行は、これにて幕を閉じた。
靈異伝まで何話かかるんだろ…