魅魔様一人やと会話が減ってしょうがないんや…
旅行…というか放浪が終われば、またいつも通りの研究と研鑽の繰り返しだ。
アトリエに帰って来た魅魔は、まず持ち帰った旅の成果を確かめる。
役に立ちそうな素材は分別して倉庫に入れる。
今回なら、山ほど手に入った魔狼の骨は魔力をよく通す導線に、毛皮は頑丈な緩衝材に、内蔵は魔力を効率的に取り出せる燃料となる。道中邪魔だったからと刈り倒した大木は、木の魔力を多く含む為に、木属性の魔道具の建材になる。
こういった風に、蒐集したものを分別し、次々と倉庫に投げ込んでいくのだ。
幾らあってもすぐに使い尽くしてしまうような消耗品や、滅多に手に入らない希少品、魅魔が個人的に気に入った代物などは、すぐ取り出せるように工房内のコンテナに放り込んでいる。
術式を書き込むのに丁度いい紙材や、触媒として使い込む宝石や鉱石。
――そして、最大の成果とも言える、水晶で形づくられた心臓など。
「あの神殿を作った奴らは、相当祀ってた神様とやらに入れ込んでたらしいねえ。魔法使いとして以上に、宝石職人として褒められるべきね。」
そう魅魔が評する程には、その心臓の出来上がりは見事なものだった。
形は正しく寸分の狂い無く、人間の心臓そのもの。曇り一つ無い透明が、工房の窓から差す光を吸い込んで輝いている。
これだけでも悪趣味さに目をつぶれば大したものだが、コレの真価はまた別にある。
おもむろに魅魔は目を閉じて、自身の魔力を手に持つ心臓に流しこんでみる。
するとどうしたことか。
神経など通っていないはずの心臓が唐突に脈動し、心臓を通る気流が一気に加速された。
「鉱石で人体の一部を完璧に再現するか。これをしようと思えば、細胞単位で人間のものと同じ構成にして、像と完璧に同期させる必要がある…。相当、鉱石加工に秀でた魔法使いがいたみたいね。」
この心臓は元々、あの神殿に安置されていた、崇拝対象と思しき神の像に嵌め込まれていたものだ。どうもあの像、本物の生き物のように自律して動けるものだったらしい。
像を動かすために、エネルギーとして魔力を行き渡らせる目的でこの心臓は作られたのだと、魅魔は当たりをつけた。
つまるところ送るものは違えど、役割は人間の心臓と同じである。魅魔も、その役割を持つだけの道具を作るのならともかく、全く同じものを作れと言われたら、確約は出来ない。
自分の力で確実に再現できないものは、魔女にとって宝物。
故にこれは彼女にとっては、貴重なコレクションの一つに認定された。
「何で像を動けるようにしたのかは分からないけどね。せっかくだし、これは飾っておこうか。」
(―――或いは本当に、神の憑坐にでもするつもりだったのかしら。神降ろしの台座として…?)
そこまで考えたところで、魅魔は首を振って思考を打ち切った。狂信者の作った代物の役割など、幾ら考えてもキリがない。
そもそも、神など大抵ろくでもない奴ばかりだ。平然と気まぐれで他人の営みを滅茶苦茶にする彼らを、魅魔は信用はしても信頼することはない。
「整理も終わったし、研究の方を進めようか。」
そんなことを呟きながら、彼女は工房の魔道具達を起動させた。
魔法使いの工房は、魔法を極める為の研究棟である。同時に、彼らにとって恐らく、一生で一番時を費やす部屋であろう。
それほどまでにこの場所は重要であり、故にここに凝った細工や装飾を巡らすものも多い。
彼女も例にもれず、自身の工房を、一目で分かるような高級そうな部屋に整えていた。
壁には赤地に金糸細工のタペストリーがかかり、天井からは明るく発光する鉱石を、シャンデリア風の装飾にした照明が下がっている。部屋の隅には、書斎のそれよりも何段か大きい本棚が、明らかに異様な雰囲気の本たちを胎に収めている。机の上では先程稼働し始めた道具たちが、健気に仕事を果たしていた。
その内の一つに向かって、魅魔は座り込む。同時に、幾つもの記録紙と魔導書が、本棚から飛んできた。
これらは皆、魅魔が自身の研究を執筆、編纂したものである。
その中から、星と月に関する研究を書いている最中の記録紙を取り出した。
「今のところ、扱いに困っているわけじゃあないんだけどねえ。もう少し効率よく、月の魔力を抽出したいところ…」
ペンを構え、頭を回転させ始めた。
実のところ、彼女は魔法使いという種族として、最高峰とも言える領域にいる。故に実力、万能性を鑑みるなら、別にこれ以上馬鹿真面目に魔法の研究など進める必要など全くない。
「って、口先の得意なだけの脳筋共は言うんだろうけど。」
―――だがそれはそれ、これはこれだ。
そんなものは魔法・魔術の何たるかを知らぬ、部外者の戯言に過ぎぬ。
『魔法使い』とは、魔法の、神秘の最奥にたゆまず進み続ける者。
歩みを止めた『魔法使い』など、最早『魔法使い』ではない。
理屈どうこうではない、種族としての生理反応だ。妖怪が人を脅かし喰らうのと同じく、魔法使いは魔法を窮める。
その
魅魔もまた、その性に心の髄まで憑りつかれた生粋の魔法使いである。
むしろ他の魔法使いよりも長らく務めている分、一入とも言えた。
「星の位置による魔力の収集効率の上昇は、多分これ以上は見込めないか…。それをするぐらいなら、いっそのこともっと広範囲からかき集めるようにした方がいいかね。現状、まだまだ利用出来ていない星もあることだし。」
呟きながら、杖を床に突く。そして詠唱。
「…………e,d……yu…,……re.」
――――『魔力の胎動』
次の瞬間、星から降り注いでいた魔力が、一斉に魔女に取り込まれた。星々が降らせる魔力を、魔法を利用して吸収、圧縮し、いつでも使えるように待機状態にしたのである。
しかしながら、魅魔は不満げな顔。
「ダメだねやっぱり。ただ範囲を増やして集めるだけじゃあ大して違わない。吸収できる星を増やせればいいんだけどねえ。」
彼女の現在の研究は、天体魔法の強化、効率化だ。
これらは雑味の少ない魔法な分、簡単に高威力を叩き出せる……理論上は。
純度が高いというのは、言い換えれば繊細ということ。一つの差異で効率も結果もコロコロ変わる。
彼女をして扱いづらく、つまりは未だに果ての見えない、発展の余地ある魔法だった。
「或いは別系統の力を組み込むのもありかも知れないね。霊力、神力、どれもまだ試せていないし。どれ、手始めに術式に組み込んでみようか。」
研究の基本は、実験と考察。物は試し、やってみて考える。そこは、科学であろうと魔術であろうと変わらないのであった。
倉庫から幾つもの魔道具や遺産を取り出し、魔法陣の術式に組み込んでみたり。
他人の書庫から失敬した、魔導書の理論を利用してみたり。
星見図を見て、新しい星の配置による影響を調べてみたり。
人外特有の休息の要らない身体を存分に生かして、何百時間も思いついたことを実践し、記録し、更に応用する。これまで数え切れないほど繰り返してきた作業だったが、何百年経っても彼女はこの研究の時間が好きだった。
人ならざる者たちは、皆例外なく精神娯楽、時間潰しに飢えている。打ち込めるものがあるならば、妖生をかけて挑むのは必然と言えた。
魔法の研究を進めるのもその一環。
落ち着いた雰囲気を好む魅魔らしいといえば魅魔らしい。
……が、どんなに穏やかな時間であっても、必ずや終わりが来るというもので。
「お邪魔しますわ、魅魔。」
その蜂蜜のように蕩けた声が、工房に立つ自分の背後から聞こえた時、魅魔は平穏な時間が終わったことを悟ったのだった。