魅魔様見聞録   作:無間ノ海

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賢者信憑 ~Rival

 

 「……は?」

 

 私は、ポカンと口を開けた。

 クスクスと笑う紫。

 

 いや待て。コイツ、今何と言った。友人?私がか?

 

「落ち着いてくれたみたいね。もう一度言ってあげましょうか?貴女の友として放ってはおけなかったのよ。」

 

 妖力と魔力の放出は、既に止まっていた。

 …昔から意味不明な奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。多分前代未聞だろう。神の荒御魂、災厄そのものとまで謳われたこの私をよりにもよって単なる人情で助けようとした大馬鹿は。

 

「貴女の心持ちも分からないではないわ。人間と違って妖怪にとっては自分の存在意義は何よりも重要な柱ですもの。でも今の貴女はそれ自体が揺らいでいて、何か新しい転機が必要なのよ。だからわざわざこのことを貴女に依頼しに来たわけ。」

 

「…良いだろう。そこまで言うのなら話は聞こうじゃないか。」

 

「話が早くて助かるわ。」

 

 ―――この判断が正しいものなのかは、私には分からない。

 しかし、いつも胡散臭いだけのコイツの瞳が、純真な決意と信頼の色を浮かべているのが見て取れた時。

 今回ばかりは少しだけ、信用してやろうという気になったのは確かだった。

 

 

 

 

「……成程。じゃあ要するに、幹部として各地の力ある者を集めて来いってことだね?理想郷の創設、運営を円滑にする為に。」

 

「そういうこと。私一人で実行するには、規模が大き過ぎるわ。なにせ……」

 

 ―――世界中の幻想の存在を、一点にかき集めるのだから。

 

 紫の考えたことは、随分とまあ、頭のネジが残さず吹き飛んだとしか思えないような代物だった。

 

 妖怪や神、その他の伝承に残る人外達は例外なく人の感情に起因する存在だ。

 妖怪ならば、恐怖。神ならば、畏敬や崇拝。

 

 そういった感情や精神性によって彼らは存在している。いわばエネルギー源だ。

 故に彼等の存在そのものが、人間共の抱く感情に絶対的に依存していると言ってもいい。

 

 今現在、人間は幻想を抱いている。畏怖、恐怖、崇敬といった感情を人外達に向けているのだ。その幻想は妖怪が、神が、この世界に充分力を持って存在出来る原因となる。

 この状態では彼らの力は強く、この世の存在として当たり前に実在できる。

 

 しかしながら、そこにはいずれ限度があるのだ。人は光をもって闇を祓い、文明を築き上げて天敵を駆逐する。恐ろしいもの、分からないものが存在しうる夜闇をその賢しさをもって打ち壊すだろう。

 

 そこには、人外達が居られる居場所など何処にも無い。かつての幻想は忘れ去られ、そこにいた者達は痕跡すら残さず消え去るのだ。

 

 ……そんな予想を、紫は私に話した。そして私にとしても、その予想には大いに賛同できる。

 人間の成長能力は妖怪のそれとは根本的に違う。儚く数の多い人間と、強固で絶大な妖怪の単なる価値観の違いであるそれは、しかしいずれ両者の力関係を逆転させうる。

 

「私はその時に備えて理想郷を造り上げる。人妖を問わない、忘れ去られた者達の行き着く最後の楽園として。」

 

 世界中の幻想の存在がその力を弱めた時、理想郷に導かれ引き込まれるように細工をする。そのために張るのが、常識と非常識を内と外でひっくり返す、稀代の大結界。

 『幻と実体の境界』。

 

「これを張って、理想郷の中に忘れ去られた者達が行きつけるようにします。そして、世界中から幻想が失われたその時、もう一つの結界をもって理想郷を永劫に封鎖するわ。」

 

 世界から彼らが完全に忘れられた瞬間に、理想郷を完全なる論理結界で隔離する。その強力無比の結界をもって、外と内の行き来や干渉を完璧に封じる。

 

 これで非常識達が常に存在出来る、ケージの完成というわけだ。

 

「だが人間はどうする?幾ら世界中の神秘を流れ込ませても、畏れを抱く人間がいないんじゃ話にならんだろう。それに、お前の理想にも沿わないはずだ。」

 

「ええ、だから今のうちに人間を引き入れ、畏れを持った状態で隔離するの。彼らが闇を祓う力を完成させず、我らのことを忘れない限り流れ込んだ者たちは永遠に存在出来る。勿論彼らが滅びてしまっては元も子もないから、安全対策は最高のものを用意するわ。」

 

「…飼い殺しってわけかい。共存かどうかは疑問符がつくね。」

 

 そう言うと紫は苦々しく顔をしかめた。無理もない、やはり限度があったのだろう。形として人妖の共存は出来ても『共栄』は不可能だったということだ。まあこればかりは二種族間の関係上仕方のないことなのだが。

 

「そこは妥協するしかないわ。それにゆくゆくは改善出来るかも知れない。」

 

「まあ、言いたいことは分かった。出来るだけ境界の揺らぎを防ぐためにも、力のある連中を予め引き込んでおいて出来れば協力させるんだね。私の伝手を探ってみるよ。物好きな奴ならいい返事がくるかもしれない。」

 

「お願いするわ。そういう輩に後から入られて無茶苦茶されると困るのよ。彼らには結界内のパワーバランスを保ち、秩序を維持する為の中心となってもらいます。」

 

「……けど私の件はどうなのよ?私の衝動を抑えることには繋がってないと思うけど。」

 

「ええ、そっちはもう一つの依頼に関係があるのよ。」

 

「は?」

 

 おい待て今なんて言った。―――もう一つ。

 

「二つもあんのかい!?」

 

「正確には、大きく分けて二つよ。一つは先ほど言った通り、各地の協力的な有力者を集めること。もう一つは、キーとなる結界そのものに関係があるわ。」

 

「えー、面倒くさい…」

 

 思わず溜息をついてしまった。

 しかも紫の面持ちがより引き締まったから、恐らく頼みの本命はこちらだろう。こりゃあ後で報酬は弾んでもらわなくてはいけない。

 

「話を続けるわよ。先ほど話した二つの結界のうち、後者の内外封鎖の論理結界の方は、ある人間に管理させるつもりでいるわ。貴女には彼女を鍛えてあげて欲しい。」

 

「更にとんでもないことを頼んできたね。私に人間を鍛えろ?蟻に言葉を話させろっていう方が、まだ現実的だよ。」

 

 つまりは不可能ということだ。何の冗談だよ、一体。

 そんな感じで文句を言うと、コイツは待ってましたと言わんばかりに笑顔になった。正直胡散臭い。

 

「勿論、直接魔法や技術を叩き込めなんて言わないわよ。貴女なりに、彼女の霊力の才を伸ばす手段を取って頂戴。神のように、気まぐれな試練を与えるでもいい。妖怪として、絶望と力への渇望を与えるでもいい。或いは、切磋琢磨するような相手を与えるでもいいわ。

 ただし……」

 

 そこで言葉を区切る。笑みはいつのまにやら消えていた。

 

「機が満ちるまで、決してあの子を殺さないで。もし故意に死なせたら、私が貴女を殺すかもしれない。」

 

 そう言い切った紫の目には、まるで子供を目の前で奪われた獣の母のような強すぎる赫怒の炎が宿っていた。

 長生きはしてみるものだ、まさかコイツがこんな目をするなんて。

 

「…アンタがそこまで入れ込む人間なんて珍しいね。もしかして、アンタが親代わりをしてるのかい。」

 

「…そうよ。彼女を一目見て、私の理想を任せられるのはこの子しかいない、と思ったの。才能的にも、人間としても。」

 

「でもなんで人間に?アンタか、同格の妖怪を核にすれば良いだろう。仮に幾ら強かろうと人間の寿命は短いわよ。そこまでのリスクを背負う必要があるのかい?」

 

「私はあくまで管理者、そしてゲートキーパーよ。調停者にはなれないわ。」

 

 理解した。コイツがその人間に期待しているのは、結界を維持する為のコアとしての役割、そして結界内の人妖の調停者としての役割だ。

 内部の小競り合いやパワーバランスの崩壊を抑えるための切り札ということだろう。

 

 コアの役割は兎も角、調停者は内部の人間と密接に関わる以上は人間でなくてはならない。人外には、人を本当の意味で治めることは不可能だ。

 人間は良くも悪くも、違うものを排斥する。いうなれば癌に対する自浄作用のようなものだ。価値観も生態も違う存在を、連中は己らの守護者として、味方として見ないだろう。

 故にその席を戴くのは人間でなくてはならないのだ。

 

 外側を管理する妖怪代表としての自分と同じような、内側を調整出来る人間代表を作るつもりなのだろう。

 

「そんな訳で、彼女には大妖怪や神をも調伏出来る人間になって貰う必要がある。だから敵としての指導役には、貴女が適任というわけ。」

 

 貴女なら、余計な手加減はしないでしょう?

 

 そんな心持ちが透けて見える。生かさず殺さず戦ってやれ、というわけだ。正直死ぬほど面倒である。

 

「大体、かなり難しいことは分かってるんでしょ?殺さない自信なんてないよ。幾ら手加減していても死ぬかもしれない。」

 

「……その時は潔く諦めるわよ。あの子がその器ではなかった、荷が重かったということでしょう。ならばどのみちあの子は死んでいた。それを課した責は、全て私にあるわ。」

 

「―――そうかい。」

 

 本当に全てを吞み込むつもりなのだろう。何もかも受け入れんとする決意の色がその声からは聞き取れた。

 

 ……ならば僥倖、仕事は仕事だ。この私が持てる力でもって、そいつの才の全てを余すことなく引き出してやる。

 

「そして、その子が『完成した』と思ったら、魅魔。―――貴女は今度こそ彼女と、全力全霊で戦っていいわ。」

 

「『機が満ちるまで』ってのはそういうことか。……でも正気かしら、その子死ぬよ?」

 

 そいつがどれほどの天才かは知らないが、流石に齢幾十にもならないような小娘にどうこうされるほど私は甘くない。客観的に見ても本気でやりあえば人間よりは私の方が力は遥か上だ。

 

「別に命の奪い合いをしろとは言わないわ。貴女の納得できるようなルールで、『人間』である彼女と存分にやり合って構わない。その勝敗は指定しないわ。いずれにしても、決着が着いたら、貴女の精神は安定しているでしょう。」

 

「私の悪意を受け止められる器を作って、完成したら戦えってことか。……分かったよ。受けてやる。ただし、報酬はこれ以上ないほど取らせて貰うからね。」

 

 観念してそう言うと、紫は満足げに笑って扇子をとりだし、バサッと広げた。

 

「そう言ってくれると思ったわ。頭の回る貴女相手だと交渉が楽ね。報酬の件は、また後日に決めましょう。」

 

「はいはい、どうもありがとう。で、今すぐ理想郷に行けば良いのかい。」

 

「今はまだいいわ。有力者へ渡りをつける方を先にして頂戴。それと――」

 

 まだ何かあるのか、言葉に間が出来る。

 

「さっき言ったかも知れないけど、出来ればあの子には切磋琢磨出来る友人が欲しいの。有り体に言えばライバルね。それが一人いるだけで全然効率が違うわ。」

 

「冗談はよしておくれ。今度は人間の子育てをしろって?」

 

「別にその子は普通の人間である必要はないわ。もちろん種族的には人間であって欲しいけど。純粋培養の、貴女特製の人造人間(ホムンクルス)とかなら貴女も殺意が沸いたりしないでしょう?」

 

「……ふむ……」

 

 予想だにしない言葉が飛んできてしまった。顎に手を当てて考えてみる。

 確かにその発想は今までに無かった。自分の生み出した人造人間なら別に恨んだりはしない。魔法の研究にも役に立つかも知れないし、メリットは有る。

 

 今までは人造人間など単なる実験材料でしかなかったが、方針を変えてみるのもありといえばありだ。

 

「それに、もしもその子が貴女に並び立てるほどに優秀なら、貴女の研究を手伝ってくれるんじゃない?」

 

「そうかもしれないね。……よし、ついでだ。作ってやろう。」

 

 結局考えてみたが、新しい知見というのは手間暇をつぎ込んで余りある報酬。悩んだ末、受けることにした。

 

 

 ―――そしてこの時の紫の口出しが、私のその後の運命を戻しようがない程に捻じ曲げてくるなんて、予想だにしなかったのだ。

 

 

 実のところ、この時私は、適当にある程度の実力を持っただけの肉人形でも作ってやるつもりだった。単なる訓練相手程度なら、戦闘能力だけで十分だろうと。

 ……しかしそんな考えは、次の一言で残さず吹き飛んだ。

 

「まあ、貴女の育てた人間が幾ら優秀でも、うちの子には敵わないと思うけど。」

 

「―――ああ?」

 

 私の魔法と技術が、その小娘に劣っているって?……上等だよ、ええ?

 

 そうまで言うなら、その娘を上回る、最強の人造魔法使いを作ってやろうじゃないか。古今東西、何処を探してもいないような、史上最強の人造魔女を。

 

「上等だよ、紫ぃ…!!」

 

「あら、やる気になってくれたみたいで嬉しいわよ、ふふふ。」

 

 上手く乗せられているのは、理解している。だが此処までコケにされては、いっぱしの魔女として看過出来ない。理屈ではない、魔法使いとしてのプライドの問題だ。

 

「ともかく、確かに伝えたわ。後日うちの子を見せるからそれまで好きに動いていて頂戴。」

 

「いいだろう、目にもの見せてくれるよ……!」

 

「頼もしいわね。それじゃ。」

 

 そこで話を切って、紫は扇子を横に薙いで真っ暗なスキマを開く。そしてスキマにずるりと滑り込んで、姿を消した。

 

 とんでもない話が舞い込んだが、これもまた一興。

 やるからには全力で。それが私のすべきことだ。

 

 気炎を上げながら、私は人体関係の魔導書をありったけ呼び出した。

 

 




というわけで、第二登場人物はゆかりん。
二人は昔からの悪友のような関係です。
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