「私はマスターの元から離れさせて頂きます」
少女がそう放った一言は、人気がない路地裏に響き渡り、同時に遊太の心にも突き刺さった。
「──え⋯⋯?」
少し間が空けて、ようやく遊太は口を開くことが出来た。しかしその第一声はあまりにも不甲斐ないものであった。
「なので、最後にマスターに一言だけ声を掛けてから立ち去ろうとしたんです⋯⋯。ただ、マスターが1人きりになる瞬間があまりなかったもので⋯⋯カード化してマスターのポケットに潜んでおりました⋯⋯」
少女の声があまりにも多くの感情が込められているように遊太は感じた。そしてそれが遊太の思考を掻き乱した。
「ちょっと待ってくれ! 浮幽さくら! お前が俺の元を離れるのは勝手だ。ただ、なんで離れなくちゃいけなくなったかの理由だけ教えてくれ!」
遊太はひたすら困惑した。そしてその気持ちをそのまま少女に尋ねた。
「それは⋯⋯。すいません、お伝えすることは出来ません⋯⋯。とにかく、私自身の問題です⋯⋯」
少女は今まで遊太に向けてきた視線を申し訳なさそうに逸らす。
遊太は何も言うことが出来なかった。
一緒に時間を過ごしてきたと言ってもカードはカードであり、遊太にはそれ以上の事はわからない。少女自身の問題なぞ検討もつかないし、引き留めようがないのだ。
「マスター、本当にすいません⋯⋯。では失礼します⋯⋯」
遊太が黙っている間に少女は懐からカードを出し、遊太から距離をとった。
「『生者の書-禁断の呪術―』⋯⋯」
少女がそう唱えるとカードから生者の書が実体化し、開いたページが光り輝いた。
「マスター、本当に今までありがとうございました⋯⋯。さようなら⋯⋯」
「浮幽さくら⋯⋯。ごめんな、分かってやれなくて」
遊太は別れ際にそう言葉を絞り出した。
浮幽さくらは生者の書の中に入り、そして生者の書は消えた。少女が去る間際、遊太には少女が悲しそうな顔をしているように見えた。
──遊太、帰宅。
俺はあの後少しその場に留まってから、路地裏を出て家に帰った。
浮幽さくらはどこに消えてしまったのだろうか、二度と俺の元には帰ってこないのだろうか。そんな考えが俺の家へ帰る足を重くさせた。
ガチャッ
玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
ドアを開けた音を聞いてリビングから母さんが出てきた。
「おかえり遊太。遅かったわね? 友達と遊びに行ってたの?」
「まぁ⋯⋯そんな感じかな」
「遊太またあの渡って奴と遊んでたの? 決闘者って交友関係狭そうだもんねー」
「うるさいな。確かに遊んでたのは渡だけど他に友達居るから⋯⋯ってアレ?」
「遊太? どうしたの? ⋯⋯ってえぇ!?」
一瞬で異変に気がついた俺はうさぎの手を引っ張って階段裏に連れていった。
──階段裏
「──何よいきなり引っ張ってこんな場所に連れて来て!」
「おい! うさぎ! なんでお前母さんが居るのに堂々と出てきてんだよ! しかも母さんも特にお前が居ることに疑問持ってなさそうだったし!」
「へ? あぁ⋯⋯そうか、そういや説明してなかったわね。さすがに遊太のお母さんにこれからバレずに過ごすなんて無理があるから手を打たせて貰ったわ」
「手を打った? っていうかお前カード化出来るんだからそれでいとけば問題ないだろ」
「カード化するのに一々力を使わないといけないし、カードの中で留まっておくのも意外と大変なのよ。だからお母さんが私が居ても気にしないようにしたの」
そう言って幽鬼うさぎは1枚のカードを遊太に見せる。
「何だこのカード? えっと⋯⋯<ブローニング・パワー>⋯⋯。サイキック族をリリースして魔法・罠効果か召喚・特殊召喚無効にするカウンター罠がどうしたんだ?」
「これを実体化させてお母さんの脳の認識機能をいじくりました!」
「⋯⋯はぁ!? お前、母さんに何やってんだよ! なんか他のことにも影響が出たらどうすんだよ! そもそもカードの効果と関係ねぇじゃねぇか!」
「大丈夫、大丈夫、弄ったのは本当に私にだけの脳の認識機能だけだから。ちなみにカードの精霊は自分と関連がありそうなカードだったら大体のものを一時的に実体化させて使えるのよ」
「はぁ⋯⋯まぁいいか⋯⋯。うさぎを母さんに隠しながら生活するのもきついしな。あれ? そうなると母さんはうさぎを何として認識してるんだ?」
「あぁそれは⋯⋯」
うさぎが口を開こうとすると、キッチンから母さんが俺たちを呼び出してきた。
「遊太ー? うさぎちゃーん? ご飯もう出来たから早くリビングにおいでー!」
「⋯⋯ご飯食べながら説明するわ!」
そう言ってうさぎはピョンピョン跳ねながらリビングに向かって行った。
なんかよく分からないが母さんとうさぎの感じで物凄い嫌な予感がする。そんなことを思いながら俺はリビングに向かった。
──リビング
「はい、じゃあ手を合わせて!」
「「「いただきます」」」
3人で食事の挨拶をする。母さんは不思議に思っていないのかも知らないが、俺にとっては違和感が凄い。
「うさぎちゃんごめんね、いつもの自分家の味とは違うかもしれないけど⋯⋯美味しい?」
母さんが心配した目でうさぎを見つめる。息子ながら本当に母さんに申し訳ないと思う。
「はい! とても美味しいです! こんなに美味しい料理を今から長い間食べられると思うと幸せです!」
「本当? 良かった! お代わりもあるからどんどん食べてね」
まったりとした食事の時間が流れる。うさぎはご飯を食べるのに夢中で一向に俺との関係性を話す気配がない。
痺れを切らした俺は直接母さんに聞いてみることにした。
「あの⋯⋯母さん? うさぎって、俺とどんな関係だったっけ⋯⋯?」
「あれ? 遊太とうさぎちゃん、知り合いじゃなかったの? さっき話してたからてっきり知ってるのかと思った。うさぎちゃんはね」
「そうですね、自己紹介するのを忘れていました」
母さんの発言にうさぎが割り込んできた。
「私は叔母さんの妹の娘、つまり遊太君から見て従兄弟の
「え、あ、あぁ⋯⋯。よろしく⋯⋯」
幽鬼うさぎの今まで見たことがない礼儀正しい態度にたじろぎつつ返事をする。
「良かったわねぇ遊太。こんな可愛い子とこれから一緒に暮らせるのよ? 本当に感謝しなさいよ?」
「はいはい、分かったよ母さん。感謝します感謝します」
うさぎの方をチラッと見てみると、さっきまで曇りのない笑顔だったのがほくそ笑むかのような笑顔に変わっていた。
とにかく、色々と母さんがうるさいのでご飯をすぐに食べ終え、自分の部屋に戻った。
──遊太の部屋
俺は部屋に入るとベッドに飛び込んだ。今日も色々な事がありすぎて非常に疲れた。
浮幽さくらのこと、幽鬼うさぎの行動、そんなことを今重く考え過ぎたらこの疲れは取れないだろう。
そう思って俺はスマホのアラームを1時間後にセットして眠りに着いた。
──50分後
──俺は自分の布団に何かが入って来ているのに気づいて目が覚めた。
そして、その入ってきている奴の腕を捕まえた。
「──!? あんたなんで起きてんのよ!?」
やはり入ろうとしていたのはうさぎだった。捕まった手を振り払い部屋のドアの方に後退する。
「ってかなんで俺の部屋来てるんだよ⋯⋯一応お前は従兄弟なんだから母さんに見つかったら不味いだろ⋯⋯特に俺が」
俺は眠い目を擦りながらうさぎに話しかける。
「そこら辺は叔母さんの認識妨害すれば無問題だわ。あと⋯⋯さっきのは⋯⋯その⋯⋯」
「さっきの? あぁ⋯⋯布団に入ろうとしてたことか?」
「ち、ちが、さっきのはえっと⋯⋯その⋯⋯」
「あのなぁ⋯⋯いくら俺が朝お前に悪いことしたからって、寝てる時にイタズラしようとしないでくれよ」
「⋯⋯え?」
幽鬼うさぎが呆気に取られた顔を見せた。
「違うのか? 朝お前を隠すために抱き寄せたのを根に持ってると思ったんだけど。だから母さんにも面倒臭い認識妨害をして俺に仕返ししようとしてたんじゃないのか?」
「はぁ⋯⋯。焦って損したわ⋯⋯。はいはいそういう事です! イタズラしに来たんですけど起きちゃったなら仕方ないので叔母さんから使っていいって言われた部屋に戻ります!」
「なんで不機嫌そうなんだよ⋯⋯」
うさぎは力強く立ち上がって、勢いよくドアノブを引いて部屋を出て行こうとした。
「──あ、もしかして」
うさぎが出ていく瞬間に俺は口を開いた。
「一日中お前を家に置いてけぼりにして学校に行った挙句、渡と遊んで帰りが遅くなったから⋯⋯とか⋯⋯?」
うさぎの様子を伺いながら恐る恐る尋ねてみた。しかし、うさぎは何も言わず、ただドアを閉めて立ち去ってしまった。
「まぁ流石にそれは自意識過剰⋯⋯か。そんなことあるわけないしなぁ⋯⋯ってあ」
──うさぎの部屋
うさぎの部屋はいわゆる書庫で、遊太の父親の読書趣味が高じて作られたらしい。
遊太の父親は現在は転勤で他県に行っているらしく、帰ってくることはあまり無く、使う機会も無くなったので、うさぎの部屋になった。
幽鬼うさぎは部屋に入るとすぐにベッドに顔を埋めた。
「何よ⋯⋯ちゃんと考えれば分かるじゃないの⋯⋯」
うさぎの顔はさっき冷めた時のぶり返しで非常に熱くなっていた。
そして、それを噛み締めるようにベッドの上で転がった。
ドンドンドン
そんなことをしているのも束の間、いきなり書庫のドアを叩く音が聞こえた。
幽鬼うさぎは顔のニヤケを落ち着かせ、頭を冷やしてドアを開けた。
訪れてきたのは遊太だった。
「⋯⋯何の用? 遊太? まさかさっきの発言が合ってるかを聞きに来たんじゃないでしょうね。まぁそんなの合ってる筈が──」
「違うんだうさぎ。実はさっき、今日中で1番言っておかないといけないことを言うのを忘れてた」
そして俺は今日あった浮幽さくらの件について幽鬼うさぎに伝えた。
「あのさくらが⋯⋯!?」
俺の話を聴き終わったうさぎは唖然とした表情を浮かべていた。