冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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第十二話 激走!ニ大芦毛馬/夢と希望とクリスマス

 今日俺は足早にアポカリプス皇国の定例会議を終え、要塞を抜け出して船橋の競馬場へ向かっていた。

 

「ううっ…寒っ! 冬物のコートとかも買わなきゃなぁ」

 

久々に電車に乗ったが自動改札じゃない改札なんて何年ぶりかわからず乗るのに難儀してしまい他の通行人に変な目で見られたりしながら12月の寒風を浴びて競馬場に足を踏み入れた。

 

そこまでして競馬場に来たのは別に競馬にかまけに来たわけではなく、ちゃんとした3つの理由がある。

 

まず1つ目が今後の計画の為の軍資金集め、そして2つ目はこの世界について確認をする為・・・そして3つ目は個人的に見たかったからである。

 

まず1つ目の軍資金について、これまではマルデュークの私物を売って地球での活動資金にしていたがアポカリプス星産の怪しいものを買取店に持ち込み続けていずれ瞬に嗅ぎつけられでもしたら俺の正体がバレてしまうリスクがある。

 

瞬の直感の鋭さには恐ろしいものがあり、僅かな異変でさえアポカリプス皇国の仕業だと瞬時に嗅ぎ分けてしまう。

そこで街の買取店に地球外物質を大量に売りつける謎の女性なんていうのが噂になってしまえば彼に感づかれて俺の計画が水の泡になってしまうリスクがあり、瞬にバレず穏便かつ合法に集金をする方法を考えた結果ギャンブルで儲けるのが一番現実的だと考えたのだ。

 

博打で成形を立てる等私物を売るより更に現実からかけ離れているかと思われるかもしれないが、

タイムスリップできたら何をする?という問いに宝くじを買うとか馬券を買うと答える人が一定数居るだろう。

 

しかし宝くじの当選番号などいちいちも覚えていないがこの年のこの時期この場所で行われる有馬記念・・・その勝敗を俺は知っている。

 

勝ち馬さえ知っていればギャンブルでもなんでも無くそこにベットするだけでノーリスクで金が増えるというヌルゲーに様変わりするわけだ。

 

余り競馬に興味はなかったものの、前世で流行っていたスマホゲーを気休め程度に触っていたおかげで僅かにその知識はあったのでそのゲームをやっていたことにここまで感謝することになるとは思わなかった。

 

そして2つ目、この世界についてだが今のところVXが存在する事以外は俺が前世で暮らしていた世界と余り変わりない様に感じる。

 

つまるところこの有馬記念の勝敗が前世の俺が暮らしていた世界と流れは同じなのか異なるのかを知る指標になるということだ。

 

これで勝敗が変わらなければ時代の流れは俺の前世の世界と大体同じ様に進んでいく可能性が高まるし勝敗が異なれば俺の前世とは違う方向に進む可能性が大いにありうる。

それを調べるためにもこの有馬記念は非情に大きな意味を持つものと言えるだろう。

 

などとそれらしい理屈をつらつらと並べてみたが3つ目の理由こそが今回競馬場を訪れた最も大きな理由であり、今日という日。

1988年12月25日は競馬に興味のなかった子供時代の俺ですら父がぬいぐるみなんかを買ってきたり、連日テレビで取り上げられたりした影響で名前くらいは知っていた程有名な競走馬オオグリトップがライバルであるキュウビエックス相打つ伝説の有馬記念が開催される日なのだ。

 

そんな名勝負を生で見られるなんてまるで夢みたいだ。

 

俺は胸を高鳴らせて残り少ない有り金を全てオオグリトップに単勝でベットして会場にファンファーレが鳴り響き、伝説の有馬記念が俺の眼の前で始まる・・・

 

ゲートが開き一斉に駆け出す競走馬を見て、俺はこのまま行けばオオグリトップが勝つだろうと高をくくっていた。

 

しかし、会場の熱気やキュウビエックスの鬼気迫る追い上げにオオグリが本当に勝てるのか?

そんな恐れすら感じてしまい

 

「行けぇ!!オオグリィ!!そのまま行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

歓声の湧き上がる競馬場で気づけば俺は柄にもなく大声で叫んでいた。

 

周りは中年のオヤジばかりで若い女が叫んでいるのが珍しいのか彼らがチラチラと横目でこちらを見ているが今はそんな事等どうでもいい。

 

二匹の芦毛馬が繰り広げるデッドヒート。

そのレース、更にレース場のただならぬ雰囲気を肌身で感じ、俺もその中の一部と化していた。

 

そして永遠かとも思われるようなレースは2分33秒で決着がつき、史実通りオオグリトップが1/2馬身の着差で1着をもぎ取り会場には様々な感情の入り混じった歓声が会場を揺れんばかりに響き渡った。

 

よかった。

ひとまず今後起こる事象は俺が生きていた世界と同じ方向に進んでいくようでひとまず胸を撫で下ろす。

 

興奮冷めやらぬ中、胸を躍らせて当たり馬券を払い戻す。

これだけあれば当面の活動資金は問題ないだろう。

 

大量の札束を大事にしまい込み、さーて帰りにパーッとやろうとかアビガストや戦闘員達、それに想にもちょっと良さげなお土産でも買って帰ろうとか時期的にイビール将軍へお歳暮を送ったほうが良いのだろうかとかそんな事を考えながら競馬場を後にしようとしていると何やら聞き覚えのある声がしたような気がして恐る恐る声のした方に目をやってみると…

 

「うわぁぁぁ〜ん!!キュウビエックスゥ〜なんで負けちゃったんだよあそこでぇ〜」

「おいおい瞬、やめろって。大の大人がそんな地べたでひっくり返って泣くんじゃねぇよ恥ずかしい…」

そこにはまるで子供のように声を上げて地べたに寝転び大号泣する瞬と、彼をなだめるジンの姿があった。

 

なんでいつも行く先々で瞬と出くわすんだよ!!

 

いや別に悪い事をしている訳でも無いし問題無いといえばそうなのが、結果的に馬券で荒稼ぎしてしまった為後ろめたさは感じる。

 

よりにもよってこんな所で瞬と出くわしてしまった不運を呪いながらも彼が気になってしまいこっそり影から彼らを観察することにした。

 

「だっでぇ〜だっでざぁ!いままでオオグリには負けたことだってなかったんだぞ!それにキュウビエックスは今日が引退試合だったんだ!ここで華やかに引退試合を飾ってもらって年末ぐらいちょっと奮発して良さ目なレストランとか予約してマリ子さんをデートにでも誘おうとおもってたんだよぉぉぉ!!!それなのにデート誘うどころか帰りの電車賃もなくなっちゃったんだぞ!?」

 

話を聞くに瞬も有馬記念を見に来ていた様で、見事に有り金を全て溶かしてしまったらしい。

そんな彼を見たジンはやれやれと頭を抱えている。

 

瞬も競馬とかやるんだ。

こんな所本編じゃ流せないからだろうけど本編外だと瞬もやはり年相応の青年なんだな…

 

なんだか俺の事呼んでるっぽいし声かけてあげたほうが良いのか?

でもギャンブルとかやるような女だと思われたくないし………

 

「あーはいはいわかったわかった。ほら立てよ瞬…電車賃は俺が立て替えてやるからさっさと帰ろうぜ? それにほらマル…じゃないマリ子さんだってクリスマスは忙しい……かもしれないだろ?だから元気出せって。な?」

「なんでお前にそんな事がわかるんだよぉ!!」

「えっ、えーっと…それは……なんとなくだよ!ほらさっさと帰るぞ?」

駄々をこねる瞬をなんとかしてジンが連れて帰ろうとする様子を遠巻きに見ていると。

 

「おう姉ちゃんそんなとこぼーっと突っ立ってんな邪魔だ!」

「うわぁっ!! あいててててて…」

突然通行人のおっさんに後ろから体当たりされ、ヒールを履いていた俺はバランスを崩してその場で転んでしまった。

 

やっぱスニーカーとか動きやすい靴も買っといたたほうが良いか…

 

そんな俺の声を聞きつけたのかこれまでジンに引かれてびくともしなかった瞬が突然立ち上がり…

 

「今マリ子さんの声がした気がする!!」

彼はキョロキョロとあたりを見回す。

 

雑誌か何かに1.5Km先の囁き声さえ聞き取る聴力を持つとか書かれてたけどその地獄耳は伊達じゃないって事か!?

 

「お、おいそんな訳…瞬お前…馬券外したショックで」

しかしジンは競馬場なんかにマルデュークが居るわけがないと瞬を心底心配している。

 

「そんな訳あるか!絶対今のはマリ子さんの声だね!」 

 

瞬辺りをキョロキョロと見渡し、とうとう俺と目があってしまった。

 

「あーっ!!!」

「やば……!」

「お、おい瞬!どこ行くんだよ!?」

瞬は俺を見つけるや否やこちらに猛ダッシュで走ってくる。

 

「マリ子さん……大丈夫ですか? 立てますか?」

彼は先程まで子供みたいに駄々をこねていたのが嘘のように彼は決め顔を作って俺に手を差し伸べてくれた。

さっきまでの情けない瞬の姿を見ていた手前複雑な心境のはずだったが、俺は僅かに胸が熱く高鳴るのを感じながら彼の手を取る。

 

「え、ええ。ありがとう…瞬さん。 どっこいしょっと」

「怪我はないですか?」

「え、ええなんとか…」

「いやぁそれにしても奇遇ですね!こんな所で会うなんて。クリスマスも捨てたもんじゃないってことですね!」

俺を立ち上がらせるや否や瞬は目を輝かせてこちらを見つめてくる。

 

「おい瞬!何急に走り出して…って本当にマル……じゃねぇマリ子さん!?どうしてここに?こんなとこで何してんすか!?」

それに遅れてジンもこちらにやって来た。

 

ジンも競馬場にマルデューク(おれ)が居る事に相当驚いている様で目を丸くしている。

 

「あら、ジンさんもご一緒だったんですね〜すっごい偶然〜あははは〜」

「ほ、ほんとですよ! 今日はお仕事で?」

俺は白白しく言って見せるがジンは困惑の表情を浮かべつつそう尋ねてきた。

 

お仕事。

つまるところアポカリプス皇国女幹部として競馬場で何か良からぬ作戦を企てているのか?

ということだろう。

 

はいと言うには具体性はないがいいえと言っても嘘になる。

それに今後の活動資金集めのために競馬やりにきました!なんてジンには格好悪くて言えないよなぁ…

 

「い、いえ。今日はプライベートなの。私、オオグリトップのファンで……」

俺はひとまず馬券が的中した事は伏せ、あくまでプライベートだという事にしておいた。

「そ、そうなんですか!俺もオオグリの事好きなんですよ〜これからはオオグリの時代が来そうですよね!」

「いやいやさっきまでキュウビエックスとかいう馬がどうのこうの言ってただろお前……ま、そういう事にしときますよ一応。」

すると瞬はそう答え、ジンはすかさず呆れた顔で言った。

 

「ところでマリ子さん、この後ご予定は……? 今日はやっぱりお忙しいんですか…?」

瞬はすかさず遠慮がちにそう尋ねてきたので

「え、ええ。少し買い物にでも行ってから瞬さんに会いにいつもの居酒屋へいこうかと……」

「ホントですか!?ほらみろジン!マリ子さんはクリスマスでも俺に会ってくれるって言ってるぞ!」

そう伝えると余程嬉しかったのか瞬の顔がぱぁっと明るくなり、先程まで否定的だったジンの背中をバシバシと叩く。

 

「あーはいはい。わーった。わーったから…! てか痛っ、痛ぇって!!」

「そうだ!ここで会えたのも何かの縁。ですから今日は趣向を変えていつもより良さげな都心のレストランにでも行きませんか? 俺がご馳走しますから!」

「えっ?」

瞬に誘われるのは嬉しいが、さっき全財産スったって言ってなかったっけ?

 

「おいちょっと待て!その金はどっから出んだ? マリ子さん、聞いて下さいよ!こいつさっきこの競馬ってので今月のバイト代全部スッちゃったんですよ? 瞬お前、ま〜た俺から金借りるつもりだろ?」

「おいバカ!それを言うなよジン……! い、いえなんでもないんですよ?あははははは」

ジンに痛い所を突かれ、瞬は苦笑いを浮かべた。

 

というかジンにお金借りたりしてるのかよ瞬…事情が事情とは言えあんまりお金の貸し借りとかはしない方が……

俺は瞬の私生活が少し心配になってしまうし金銭のトラブルは瞬とジンの関係にヒビを入れてしまう可能性だってある。

それだけはなんとしても阻止しなければ……!

 

「瞬さん?賭け事は程々にしなきゃダメよ? あとそんな理由でお金借りるのもダメ。 それに私、いつものお店でも全然問題ないの。アナタとお話できるなら。それに私もあのお店好きだし」

「あぁっ……マリ子さん。なんて優しい人なんだ…!それなら今日もあの店で一杯やりましょう!いやぁマリ子さんとクリスマスを一緒に過ごせるなんてもう俺これから賭け事は一切やりません!!」

流石にジンにあらぬ負担をかけるわけにもいかないし、あそこの焼き鳥も美味しいので瞬にはそう伝えると彼は目に涙を浮かべながらそう言った。

 

「お前は調子いいやつだよ全く……」

そんな彼の様子を見てジンは呆れて頭を抱えている。

 

そして競馬場を後にした俺達はいつもの居酒屋にやって来た。

 

「おっ、マリ子さんじゃねぇか!いらっしゃい! とりあえずいつものでいいかい?今ビールと用意するからちょっと待ってくんな。 これ、サービスね」

店に入ると店のオヤジがいつものように俺達を迎えてくれてお通しの枝豆を出してくれた。

 

「いつもありがとうございます………」

「良いの良いの。アンタみたいな美人さん、居てくれるだけで店が華やぐんだからこれくらい安いもんよ。所でそれに瞬にジン! どうだった有馬? 馬券は当たったか? いや。ここに居るって事は多分そういう事なんだろうな。 皆まで言わなくてもわかるよ。ま、今日は一本くらいご馳走してやるから飲んで忘れるこったな」

オヤジはそう言って瓶ビールをドンと置いた。

 

「え、おやっさん良いの!?」

「一本だけだからな。後はバイト代から引いとくからな。」

「そんなぁ…酷いよおやっさん!今日はクリスマスなんだぞ? あっ、そうだ!せっかくマリ子さんも居るんだしなんか洒落たもの無い?ローストチキンとかシャンパンとかさ!」

「馬鹿野郎!ウチは焼き鳥屋だぞ? そんな浮ついたモンは置いてねぇよ。ほら、焼けたから焼き鳥とおでんで我慢しな! 今日はいつもより客足も少ないもんでおでんは良く染みてて美味ぇぞ〜?」

そう言ってオヤジはいつも通り焼き鳥と良く染みたおでんを出してくれた。

温かな湯気と良い匂いを漂わせ、出汁を吸って茶色く染まったおでんの具は見るからに美味しそうで、野外で冷えた身体にはたまらない。

 

「すみませんマリ子さん……頑固オヤジの地味な古臭い店で」

しかし瞬はやはり少し見栄を張りたかったのかそんなおでんを前にして申し訳無さそうに言った。

「おいこら一杯出してやったのになんて言い草だお前は……ほら、お前もちっとは手伝うんだよ!」

「い、いえいえお構いなく〜……」

 

こうしてクリスマスの夜にいつも通りの酒盛りが始まる。

 

店のラジオから流れる懐かしめなクリスマスソングを聞きながら焼き鳥や小鉢料理が並べられていき、いつもと余り代わり映えのしない飲み会が始まる。

 

それにしても誰かとクリスマスを過ごすなんていつぶりだろう?

前世ではクリスマスなんて…いいや年末年始もいつも通り仕事でそんなものは有って無いようなものだった。

仮に気まぐれでそれらしいことをするとしてもコンビニでパッサパサのチキンを買って一人寂しく明◯家サンタを見るくらいだ。

もうそれが当たり前だったし極稀に呼ばれる飲み会では割り勘なのに上司の自慢話や説教を聞かされるだけで楽しいと思ったことも無かったし一人のほうが気楽だとさえ思っていた。

 

それだけでなくマルデュークも他人と食事を共にすることをしなかった。

俺の記憶が蘇るまでの食事は基本的にいつも一人だ。

自分自身以外に興味がなく他人を信頼していなかった彼女にとって誰かと食事を共にするという事自体無意味で馬鹿らしいことだと思っていたのかもしれない。

 

しかし今はたとえ華やかでなくてもこうしてだれかと他愛もない会話をしながら焼き鳥を頬張り酒を飲み交わして笑い合ったりする事も悪くないなと酔いが回ってバカやってる瞬とジンを見ながらしみじみと思う。

 

こんな楽しいクリスマスいつぶりだろう。

泥酔していて憧れの姿とはかけ離れているがあの瞬とこうして食事を共にしているなんて楽しいクリスマスを送れていたであろう頃の俺が聞いたら驚くかな?

 

それでも俺は瞬やジンには自分が女幹部で中身がおっさんであるというボロを出さないようにこれまで心の何処かで遠慮をしていて一線を引いている。

それは本当の意味で食事を共にしていると言えるだろうか?

瞬とジンに大きな隠し事をしている後ろめたさを覚えてしまう。

 

でも今日くらい少しハメはずしても良い…よね?

 

「ちょっと二人共…!俺も仲間に入れて!!」

俺は勢いよくジョッキのビールを一気に飲み干し、肩を組み笑い合う二人の中へ飛び込んでいった。

 

そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、酔いつぶれて眠った二人の分まで会計を済ませる。

 

「本当に良いのかい?アイツらの分まで貰っちゃって?」

「ええ。いつもお世話になってますからこれくらいはしなくちゃ。二人が起きたら楽しいクリスマスをありがとうって伝えておいてください」

俺の言葉にオヤジは笑顔を浮かべ、代金を受け取った。

「そうかい?俺の方もクリスマスつっても特に変わったことしてやれなくて悪かった。二人にゃちゃんと伝えとくな。」

オヤジにそう言われ、軽く会釈をして店を出ようとした時ふと想の顔が思い浮かぶ。

自分だけ楽しんでおいて協力してくれている想にだけ寂しい思いをさせる訳にはいかない。

せめて彼にも何か買って帰ろう。

「オヤジさん、お土産におでんと焼き鳥いくつか包んでもらえますか?」

「おう!まいどあり!今日はサービスしとくよ!!あっ、そうそう!ちょっと冬至にゃ遅いんだけどこれ、町内会で配ってるのを貰ったのが余っちゃってさ。今日も寒い中競馬場まで行ってきたんだろ?女の子は身体冷やしちゃいけねぇし良かったらこれ、風呂にでも入れて温まってよ」

そう言って店のオヤジは頼んだよりも多くのお土産と柚子を渡してくれた。

「ありがとうございます。」

「瞬が誰かとクリスマスを過ごした…なんてここ何年も聞いてなかったからさ、アイツも今日はいつにも増して楽しかったと思うよ。俺からも礼を言っとく。ありがとなマリ子さん」

「いやそんな…私は何も……」

俺がそう言いかけるとオヤジは首を横に振った。

「いいや。アンタやジン君と会うようになってから瞬が暗い話をすることも減ってさ。多少はいい顔するようになったよ。こっちとしてもアイツの辛気臭ェ話に毎度付き合わされるのもたまったもんじゃなかったし、もしマリ子さんがよかったらこれからも顔出してやってよ。来年のクリスマスは多少洒落たこと出来るように準備しとくからさ」

来年のクリスマス……

このまま俺の知る「装鋼騎士シャドーVX」通りに進めば俺がその日を迎えることはない。

しかし確実にそうじゃない方向に話は進みつつあるはずだ。

それを良い方向へ向けられるかはたまた更に悪い方向へ向けてしまうのかは俺にかかっている。

 

「はい……!きっと……いいえ必ず!!」

「それじゃ、また来てくんな! 今度はまた姪っ子ちゃんも連れてさ!」

「……はい!ごちそうさまでした、美味しかったです。また来ます!」

俺は来年もここで瞬と会う事を心に誓い店を後にして要塞へと戻るのだった。

 

要塞に戻った俺はとある部屋の前にやって来ていた。

 

「想君?まだ起きてる?」

部屋のドアをノックし彼の名前を呼ぶとドアがゆっくりと開き、ソルダークネスがぬっと顔を出す。

 

ここは、VXを戦闘不能にした功績からソルダークネスこと想に与えられた個室なのだ。

しかし、仲間に引き入れようとして失敗したシャドーの前例がある為作戦行動中以外は外出を禁じるという実質軟禁状態という形になっている。

 

軟禁と言っても管理を任されているのは俺なので自由に出歩いたりすることを許可することも出来なくもないのだが、当面の間はそういう事にしておいた方が戦闘員達や他の幹部にも申し訳が立つだろうという事で彼も納得してくれていた。

 

そんな想にもせめて少しだけでもクリスマス気分を味わってもらおうと俺は彼の部屋を訪ねたのだ。

 

「マルデュークさん…どうしましたこんな時間に?」

「用事の帰りに偶然瞬と会ってあの居酒屋で飲んでたんだけど今日ってクリスマスでしょ? 流石に想くんだけ留守番じゃ悪いかなーって。今から一杯どう?居酒屋でお土産買ってきたんだけど」

俺は店でお土産として包んでもらった焼き鳥とおでん、それに缶ビールを彼に見せる。

 

「そ、そうか。地球はもうそんな時期なんですね。とにかく詳しい話は中へ」

彼に部屋の中へ招き入れられ、ドアが閉まると同時にソルダークネスの鎧の隙間から蒸気が吹き出し、それに包まれた彼の身体が想の姿へと変わっていく。

 

「ふぅ…やっぱりこっちの方が落ち着きます。でも要塞の中をこの姿でうろつくのは少々憚られるので…それに結構あの姿肩こるんですよね…ふぅ……狭いですけどとりあえず座ってください。」

 

「そうなんだ。想君も大変だね…… ちょっと準備するね?」

彼も俺同様事情は違えど素性を隠している身。

こうして叙情を知る者同士個室で話すのも心が休まる。

俺は想に促されて置かれたちゃぶ台の前にあぐらをかいて座り、彼も向かい合って腰を下ろした。

 

そしてちゃぶ台に居酒屋で買ってきたお土産と缶ビールを広げてささやかなクリスマスパーティーの準備が整う。

 

「それじゃ、そこまで大した事出来ないけどメリークリスマス!」

俺は缶ビールを開け乾杯しようとしたが、想は何やら複雑そうな顔をしていて・・・・

「本当に良いんですかね?僕なんかがクリスマスを祝っちゃって。人々を散々苦しめて街を混乱に陥れたようなヤツが……」

想はまだモグローグの幹部、ソルダークネスとして自分がしてきた所業を悔いているようだった。

 

過去は消えないとは言え想は操られていたのだからそこまで気に病む必要は無いと思いつつも、自分自身にもマルデュークとしての過去の所業を悔いる気持ちがある手前少しは理解できる。

しかしだからこそ辛い過去や十字架を背負った想にもささやかな幸せを少しでも感じてほしいのだ。

「いいのいいの。今の想君はなにも気負いすることなんて無いよ!俺だって似たようなもんだしそれに今日くらいは、ね?」

「は、はい。ではメリークリスマス…」

俺は想を説得すると彼は恐る恐る缶を差し出してきたので二人で乾杯を交わす。

 

そして俺は軽くビールを煽ったのだが想は飲まずに缶を見つめていて…

「どうしたの想君?ビール苦手だった? 一応缶ジュースも持ってきてるけど」

「ああいや…そう言えば僕、お酒を飲むの初めてだなって…」

「あ、そうだっけ!」

そうか。

彼が暗黒文明モグローグに拉致されソルダークネスへと改造されたのが18歳の頃。

それからは脳手術と洗脳のせいで人格を邪悪なソルダークネスのものに塗り替えられていた。

それから約4年が経った今、やっと想自身の人格と姿を取り戻したのだからそれまでの間にお酒を飲むタイミングなんて無かったはずだ。

この間居酒屋に行った時は女の子の姿になっていて流石にあの姿ではお酒を飲ませられなかったし…

 

「ど、どうする?それならジュースにしとく?」

「いえ。僕ももう飲める年になってますし、この間瞬とマルデュークさんが美味しそうに飲んでたのを見てて羨ましいなとは思ってました。ほんとはアイツと二十歳になったら一緒に飲みたかったんですけどね…」

「そっか。そうだよね。初めて酒を飲む相手がこんな知らないおっさんでごめんね。」

「いえ、こうしてお酒が飲めたのもマルデュークさんのおかげですから。その…嬉しいです。いただきます」

そう言って想は恐る恐る缶を口に運び、初めてのビールの味を噛みしめるようにゆっくりと飲み始めた。

 

「これがビール…なんか苦いですね」

「ま、まあ最初はそうだよね。そのうち慣れるよ」

「慣れますかね…?」

「うん、きっと。 来年のクリスマスは瞬とも一緒に笑ってお酒飲めるようにお互い頑張らなきゃね!それと遅いかもだけど成人おめでとう!乾杯したついでにそれも祝っちゃおう」

「…はい!」

こうして俺と想はビールを飲みながらささやかなクリスマスを過したのだった。

 

「うぃ〜ひっく…やべ……ちょっと飲みすぎたかも……」

結局あの後想の部屋で以前買ったファミコンで対戦したりしていたら取り繕う必要もなく学生時代に男友達と過ごしたクリスマスのような開放的な気分になってついつい飲みすぎてしまい、心配する想には気丈に振る舞って部屋を飛び出してきた。

 

しかし自室まで続く長い廊下を歩いているうち徐々に気持ちが悪くなってきて、壁に手をつきながらやっとのことで自室へとたどり着く。

 

「はあ…た、ただいま……」

「マルデューク様! ……おかえりなさいませ。ご心配しておりました…………いかがされたのですか!?」

ロックを解除して部屋に入るとアビガストがこちらに駆け寄ってきて俺の体を支えてくれた。

「ご、ごめんアビガスト…うっぷ!」

先程まで食べたり飲んだりしていたものが逆流してきたがアビガストの前で格好悪いところは見せられないと俺は必死に耐えるが彼女は心配そうに見つめてあたふたしていてる。

 

「いえ…お帰りをずっとお待ちしておりました。 ひとまずは楽になさってくださいませ」

アビガストはそう言いながら俺を支え、手際よくジャージに着替えさせて椅子に座らせてくれた。

 

「うぅ〜……飲みすぎた……」

「マルデューク様…少々失礼いたします……お身体に触れるご無礼をお許しください」

俺がうなだれていると彼女は軽く俺の腹部に手を当てると腹の奥がほんのり暖かくなり、気持ちの悪さが多少マシになった気がした。

 

「あ、ありがとう…今何かしてくれた……のよね?」

「……はい。マッサージの時に使うウィラスが少々役に立つかと思い……お役に立てましたでしょうか?」

「うん!すっごく楽になったわ! はぁ…アビガストはこんなに人を癒せるなんて……その特技は誇って良いと思うわよ!」

「……いえ。私のこの力など……マルデューク様のその傷を消すことも出来ない微々たる力です。そんなもの誇れる訳がありません……」

俺の言葉を否定した彼女は俺の腹の傷を指で優しくなぞる。

「アビガスト……」

 

彼女は以前疲れを癒やすウィラスを勉強していると言っていたがもしかするとシャドーにつけられたこの傷を治そうとしてくれていたのだろうか?

グラギムを蘇生させたあの科学者戦闘員ですら治せないと言っていたこの傷を?

 

「その気持だけでも凄く嬉しいわ。ありがとうアビガスト」

俺はそう言って彼女の頭を優しく撫でると以前のように体を強張らせることもなくなり、俺を…いいやマルデュークを信頼してくれている事を感じ取れた。

 

こんなに尽くしてくれるこの子を傷だらけにした自分自身(マルデューク)が許せないしこの子にも幸せになってほしい。

 

でもアビガストの幸せってなんだろう?

マルデュークに仕える事?

それとも話通り瞬に救われる事?

 

ただでさえ自分を出さない彼女の心の内はわからない。

それは心の内を彼女に隠している俺も同じことだがもっと彼女の事を知らなければ。

例え俺のこの身がどうなろうとも彼女だけはなんとしても幸せにしなければいけない。

それこそが俺がマルデュークとしてできる彼女への唯一の償いなのだから。

 

「マルデューク様、御湯はいかがされますか?」

「あ……そっか……お風呂!」

アビガストに尋ねられ、居酒屋のオヤジから柚子を貰った事を思い出す。

 

確かに身体も冷えてるし柚子湯と洒落込むのも良いかもしれない。

せっかくだから彼女にも柚子湯を楽しんでもらおう。

 

「ねぇ、アビガスト?アタシ今日は一日外で出歩いて冷えちゃったし容易をしてくれるかしら?それにこれもあるの。アナタもどう?」

俺は柚子を2つ取り出すとアビガストは不思議そうに見つめる。

 

「それは何でしょう? 何かの目玉でしょうか?」

目玉・・・ということはアポカリプス星にはこんな目玉の生き物がいるんだろうか……

「違うわよ!地球の果物でこの時期はお風呂に浮かべて入ると体が暖まる………っていう習慣があるんですって」

「そうなのですか」

「だからそれが本当か試してみようと思ったの!勿論アナタにも実験台になってもらうわ!」

一緒に入ろうだなんて普通に言っても遠慮するだろうからアビガストにはあくまで実験だと言うことにすることにした。

 

「マルデューク様がそうおっしゃるのでしたら……それにマルデューク様のお身体に害が無いとも限りません。 謹んでその任、お受けいたします」

アビガストはそう言って深々と頭を下げる。

そんなかしこまらなくてもいいんだけどなぁ……

 

そしてアビガストは風呂の準備をしてくれて、浴室の大きな湯船に柚子を2つ浮かべた。

2つの柚子では足りないような気もするがこういうのは気分が大事だと自分に言い聞かせる。

 

すると

「マルデューク様…準備が整いました」

そう言って服を脱いだアビガストも浴室へとやって来て、柚子を浮かべた浴槽に恐る恐る身体を浸けた。

 

「今のところ特に異常はございません。これからどうすれば良いでしょうか?」

「その柚子を軽く握ってみてくれるかしら?」

俺の言葉に彼女は軽く頷くと言われた通り柚子をぎゅっと握ると湯船に柚子の果汁が漏れ出しほんのりと甘酸っぱい良い香りが浴質に漂い始めた。

 

「これ…なにやら良い匂いがしますね。特に身体に悪影響もなさそうです」

「そう?よかったわ」

するとアビガストはそそくさと湯船から出ようとする。

「ちょっとアビガスト、もう出るの?」

「……はい。異常がない事はわかりましたしマルデューク様のお邪魔になってはいけませんので」

「良いの良いの!アビガストも疲れてるでしょう?たまにはアナタも広いお風呂にゆっくり浸かってもいいのよ?アナタが満足するまでアタシは外で待ってるから…」

アビガストを引き止めると彼女は少し困ったような顔をした。

「しかしここはマルデューク様専用の浴場……私めが使うなど……それにこれ以上お待たせする訳には…」

折角柚子湯をアビガストに楽しんでもらおうと思っていたのだが彼女は相当俺に気を使っている様だ。

 

今更浴場を使うくらいなんとも思わないしいつも掃除から何からしているのはアビガストだ。

彼女がこの浴場を使ってはいけない言われはない。

しかし何を言ってもここはマルデューク専用の浴室だからと彼女は気を使ってしまうのだろう。

それなら……仕方ない!

 

「わったわよ!それならこうすれば良いんでしょう?」

俺はジャージと下着を脱ぎ捨てそのまま浴槽に飛び込んだ。

髪を湯船につけたら痛むとか自分より年下の女の子と一緒に風呂に入るなんて憚られるとか今はそんなことを気にしていられない。

「ま、マルデューク様……!?」

「こんな広いお風呂なんだもの。1人でも2人でも変わらないわ。一緒に入れば問題ないわよね? 折角の柚子湯、一緒に楽しみましょうよ」

年下の少女と一緒に風呂に入るなんて褒められたことではないだろうが今は女同士だし問題ない…はず!

とはいえ少女の裸を直視するのも憚られるので俺は極力そちらを見ないように明後日の方向を見つめる。

「……はい。マルデューク様がそう仰るのでしたら」

俺の行動に驚いたのか彼女は頬を少し赤らめ小さな声でそう言って湯船に肩まで浸かった。

 

ほんのりと香る柚子の匂いに包まれながら柚子湯に浸かっていると心なしかいつもより温まる気がして、今日一日冷え切った体にはたまらず

「あぁ゛〜あったまる〜」

気づけばそんな汚い声を出していた。

 

それからしばらくして

「マルデューク様…このユズというものを入れると体が温まるというのは本当の様です…私、体の芯からぽかぽかと暖かくて……」

アビガストは遠慮がちにそう呟き俺に体を寄せてきた。

どうやら彼女も気に入ってくれたようだが急に体を密接させてきて俺は別の意味で顔が熱くなる。

 

お、落ち着け俺…今のアタシはマルデューク…アビガストとは女同士だからこれくらいなんともない…なんとも…

 

自分にそう言い聞かせ何とか平静を取り繕う。

「そ、そう!?良かったわ。アタシもよ。 でもこれは柚子だけじゃなくアナタと一緒に入れたからかしら……?」

「わ、私と一緒……だから?そんな…恐縮です」

アビガストの頬はゆず湯で温まったからかいつもよりほんのり赤くなっている。

「ええ。本当にいつもありがとうねアビガスト。アタシ、もっと良い主人になるから……だからこれからもよろしくね」

「…………はい。こちらこそ不束者ではございますが、今後ともなんなりとお使いください。」

その時湯気や緊張でしっかり見ることはできなかったが、いつも表情を表に出さない彼女がにっこり笑っているように見えた。

 

ああ、なんて俺はバカなんだろう。

こんなに純粋にマルデュークのことを慕ってくれている女の子に緊張したりして…

せめて彼女の前では格好良くて優しいマルデュークでいてあげなくちゃ。

俺はそう思いながら体を密接させてくる彼女にさらに体をくっつけた。

 

それからしばらくアビガストと共に柚子湯を満喫し、互いに体を流したりしながらいつも以上に湯浴みを堪能して冷えた身体を心身ともに温め直す事ができた。

 

そして風呂を上がるとアビガストは湯船に浸かってしまった俺の髪を念入りに手入れしてくれた。

更に寝る準備まで手伝ってくれて、全てが済んだ俺はベッドに倒れ込む。

 

「ふう…幸せ」

ポカポカと温まった体に柔らかな布団。

これを至福と言わずになんと言おうか。

 

「おやすみなさいませマルデューク様。何かありましたらいつでもお呼びくださいませ」

「ええ。おやすみなさいアビガスト。アナタもゆっくり休むのよ?」

満足気な俺を見たアビガストは深く礼をすると自分の部屋へ戻っていく。

 

そして一人になった俺は今日一日のことを思い出すのだが、こんなに充実したクリスマスを過ごせたのはいつぶりだろう?

本当に今日は楽しかったなぁ。

そんな多幸感とぬくもりに包まれながら俺はゆっくりと目を閉じるのだった。

 

つづく

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