冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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第十三話 戦慄の体育会系社会!

 あれから特に妙案を思いつく事も無いまま年が明けた。

 とは言えそれは地球での話なのでアポカリス要塞の中では特に何か年末年始に関するイベントなどあるはずもなく、想と軽く新年の挨拶を交わしたくらいで後はいつもと変わらぬ日常が流れている。

 怪物たち相手に会議したり女幹部として過ごす日々をいつもと変わらぬ日常と言うのもなにか違うような気もするが……

 

 そんなこんなで今日は新年一発目の侵略計画の決行日であり、要塞中心部にある会議室には俺を含めた四幹部とイビール将軍が集まっている。

 今回の立案担当はヘルゴラムだ。

 

「今回はヘルゴラム、貴様の番だな。 策を聞かせてもらおうか」

『ははっ、イビール将軍』

 将軍の言葉にヘルゴラムは軽く一礼をして今回の作戦の詳細を話し始める。 

『今地球人はどうやら暦の切り替わりに現を抜かしているようです。 気の緩んでいる今こそ人類を根絶やしにし、地球を我々アポカリプス皇国の手中に収める好機と考えております。そこで今回使うのはこれです』

 ヘルゴラムそう言いながら部屋にあるスクリーンを操作すると、そこには地球の周辺を回る人工衛星のようなものが映し出された。

 

「ヘルゴラムよ、これは何だ?」

「ふむ……それで何をしようと?」

「ケッ、また妙なガラクタを持ち出しやがって」

 その映像を見た他の幹部や将軍の反応は様々だ。

 そんな様子を気に留めることもなくヘルゴラムは更に作戦の説明を続ける。

『はい。こちらは所謂人工太陽で、擬似的な太陽光を東京に照射します。とは言え地球を照らす太陽とは比べ物にならない程低出力ですが私の計算では下等な地球人類を滅ぼすには十分と言えるでしょう』

「しかしヘルゴラム、このような物を使っては人類を根絶やしにするどころか地球の環境さえ変えてしまいかねないのではないか? そうすれば後に移住する我々はどうなる?」

 そんな自信満々のヘルゴラムに寡黙なドスチーフがそう尋ねた。

 すると彼はわざとらしくため息をついたような素振りをして見せ

『これだから下等なケダモノは……これを使って地表を焼くとでもお考えで? 私はそんな野蛮な方法を使って地球を手に入れようとは考えておりません。ただ少々東京の温度を上げてやるのです』

 そう声高に宣言した。

 

「それでどうなるってンだ? 暖かくなるだけだってンなら根絶やしにするどころかありがてェ事に思えるが? ケッ。敵に塩を送ろうってか?」

 ただ暖かくしてやることになんの意味があるのか理解できないジャドラーは首をかしげる。

『やれやれ相変わらずバカ丸出しのトカゲにもうんざりですね……今の東京の最低気温は約3度程、それを一気に39度にまで引き上げてやるのですよ。 そうすればどうなると思いますか? 急激な温度上昇により日本の経済の中心である東京は大混乱に陥り経済や物流はストップ。そうすれば自ずと愚かな地球人どもは互いに奪い合いを始め争い始めることでしょう。そして人々が弱った所で我々が日本を掌握する。という算段です。貴方の小さな脳味噌でもご理解いただけたでしょうか?』

 ヘルゴラムはスクリーンの映像でわかりやすく作戦を説明し終えた。

 

 そう。

 これも全て子供の頃に見た「装鋼騎士シャドーVX』そのままの作戦だ。

 人工太陽の影響で真冬の東京の気温は39度にまで上昇し、人々は熱中症で倒れたりと東京の街はヘルゴラムの目論見通り大混乱に陥ってしまう。

 

 ……という筋書きなのだが当時ですら子供ながらに寒い冬が真夏みたいになるならそっちのほうが良いじゃんと思いながら見ていたし、今となって(2020年代で)は真夏に39度なんてまだマシな方に思えるほどだ。

 ニュースやら政府が警報を出して不要不急の外出を控えるよう注意を促した所でそれを真に受ける人は少なく経済が止まることなど考えられない。

 

 それどころか気温が40度を越えようとも経済が止まるどころかエコロジーだ節電だなんてごもっともな理由を並べて経費をケチりたいだけの会社の方針により最低限の冷房の中俺は汗だくで遅くまで働かせられていたくらいだ。

 

 39度如きで大騒ぎができることに羨ましさを感じる程フィクションが現実を追い越してしまった事例と言っても良いのかもしれないが、そんな作戦で地球はおろか東京が壊滅する事など考えられないので俺はひとまず胸を撫で下ろす。

 

 そして次にマルデュークが発するセリフはこうだ。

「アンタの計画は分かったけれどVXはどうするのよ? 宇宙空間に放りだしたって死なないのよ? そんな事くらいでくたばるわけがないじゃない」

『もちろんどこぞの詰めの甘い誰かさんとは違いVXへの策も用意していますよ。現れなさい!』

 マルデューク(おれ)の言葉にヘルゴラムが本編さながらに言い返すと転送装置が光を放つ。

 

 今回転送されてくる怪人はトリプロス。

 人工太陽の制御装置を組み込んでいるカニのような見た目の3機に分離合体ができるロボット怪人だ。

 奇抜なデザインなんだけど合体とか分離は男のロマンだよなぁ……

 

 そんな事を思い出しながら転送装置の光を見つめているとその中から徐々にロボットが姿を表す。

 さて、トリプロスとの対面だ。

 と思っていたのだが光の中から現れたロボットは記憶の中のトリプロスとは少し違ったデザインをしていて……

 

 あれ……? 俺の記憶違いか? こんな見た目じゃなかったような……

 現れたロボットを俺が怪訝な顔で見つめていると

『これこそ我々ゴートレニグが今回の作戦の為に用意した工作兼対VX専用侵略兵器、クアトロスです!』

 ヘルゴラムは声高にその名を叫ぶとロボットは身体を4体に分離して見せた。

 えっ……

「クア……トロス? トリプロスじゃなくて……?」

 俺の知っていた展開とは違ったその名前を聞き俺は思わず声を漏らしてしまった。

 

『何を言っているのです? しっかりと4体いるでしょう? それとも貴女にはこれが3機に見えているとでも? もしそうであれば情報処理能力の低さに呆れざるを得ませんね。第一3機に分離した程度ではVXを倒せる訳が無いではありませんか』

 そんな慌てふためく俺を見てヘルゴラムは小馬鹿にする様に言った。

 いやいや本来は3機合体する怪人で戦う作戦を立ててたんだよあんた……

 

 しかしどういう事だ? 

 本編に登場しない怪人が出てくるなんて……

 もしかしてVXが本編より僅かに強くなっている影響でヘルゴラムも繰り出す怪人の強さを上げてきたって事なのか? 

「そ、そうよね……3機じゃダメ……よね」

 ここで取り乱しても意味がないので俺は平静を装いヘルゴラムにそう返すと彼は説明を再開する。

 

『このクアトロスは人工太陽の制御装置をそれぞれに搭載しており、戦闘と作戦進行どちらも同時の進行が可能です。 更にこのクアトロスは4機に分離・合体が可能で、分離と合体を繰り返すことによりVXを翻弄し必ずやヤツを血祭りに上げて見せましょう!』

 ヘルゴラムの言葉通りトリプロスもといクアトロスは何度も合体と分離を繰り返して見せ、そんな様子をイビール将軍は興味深そうに見つめていた。

 

「ほう……確かに突如その様な季節外れの高温に晒されれば脆弱な地球人類は混乱に陥ることは間違いないだろう。ヘルゴラムよ! 即座にその作戦を決行に移せ! こそVXを倒し、地球支配の足がけとして日本を陥落させてみせい!!」

『ははっ!』

 将軍の言葉にヘルゴラムが一礼をすると他の幹部たちもそれぞれの反応を見せる。

 寡黙なドスチーフは腕を組み、静かに頷き、ジャドラーはヘルゴラムが褒められている事が不服なようで「ケッ」と唾を吐くように笑った。

 

『行きなさいクアトロス! 東京を灼熱地獄に変えてやるのです!』

 ヘルゴラムがそう言うとクアトロスが傅くような素振りを見せ地球に転送されていく。

「ヘルゴラムよ、クアトロス単騎で向かわせても良いのか? 戦闘員も動員も必要だろう?」

 そんな様子にイビール将軍はそう問いかけた。

『いえ、不要です。所詮ゲニージュ。炎天下では戦闘はパフォーマンスが著しく下降し逆に足手まといになるでしょう? それにもう既に準備は整えてありますので今回の作戦にこれ以上の大規模な工作は不要。VXの戦力を解析したクアトロスの戦力であれば理論上単騎でもVXにも勝利できるでしょう』

 ヘルゴラムは自信満々に転送されていくクアトロスを見送った。

 こうしてヘルゴラム主導の東京灼熱地獄計画(本編でのナレーターによる次回予告での呼称)が開始されたのだ。

 

 人気のない河原へ転送されたクアトロスが地上から怪しい動きをして衛星軌道を周回している人工太陽を操作するとまばゆい光を東京へ向けて照射し始め、まだ正月ムードも抜けきらない真冬の東京はたちまち真夏の様な炎天下へと様相を変えていく……! 

 

 作戦進行を俺を含めた幹部たちと将軍は会議室で見守っていると、突如気温が急上昇した東京では厚着をする人々が汗を流しながらコートを脱ぐ姿や熱中症で倒れる人々が映し出された。

 

『みなさん、驚くべきニュースです! 本日、東京地方は真冬とは思えない異常な暑さに見舞われています。正午時点で気温はなんと39度を記録! まるで夏が戻ってきたかのような一日です!』

 街の巨大ビジョンに映し出されたニュースではアナウンサーが東京に起こった異常を伝えていて、ヘルゴラムは勝ち誇った様な素振りを見せる。

『愚かな地球人共……せいぜい苦しむが良いでしょう……!』

 そう呟いたのだが

『オフィス街では季節外れの猛暑の中汗だくで出勤する人々の姿が見受けられます!』

 とアナウンサーが言うと新橋の様子が映し出され、スーツを手に抱え、ワイシャツの袖を捲ったサラリーマン達が汗を掻きながらオフィス街を歩く姿が映し出され……

 

「な、何故地球人達はこの暑さでも平然と外に出ておるのだ……!?」

 その様子を見たイビール将軍は驚きの声を上げた。

 そりゃそうだよ。

 真夏日になったくらいで会社が休みになる訳が無い。

 流石に地球人……いやサラリーマンを舐め過ぎだ。

 更にアナウンサーは

『街ではこの季節外れの猛暑を活かし、お台場のビーチで水遊びを楽しむ家族連れや、アイスクリームを手に笑顔を見せる若者たちの姿も見られ、『冬なのに夏気分!』と喜ぶ声も聞こえてきます。一方で、気象庁は『原因不明の高温』と発表し、日射病への注意を呼びかけています。確かに暑さで体調を崩す方も増えており、救急車も出動中です。市民の皆様、外出の際は水分補給を忘れず、無理のない範囲で季節外れの夏模様お楽しみください!』

 と締めくくりながらレジャーを楽しむ人々の姿の映像が映し出された。

 

「ヘルゴラムよどうなっておるのだ!? 39度の光熱に地球人は耐えられず経済が止まり東京は混乱に陥るのではなかったのか!?」

 イビール将軍は季節外れの異常気象で混乱に陥るどころか暑さを楽しむ地球人の姿を見て恐れおののき、ドスチーフも表情に焦りの色を滲ませる。

「地球人……取るに足らぬ存在だと思っていたがこの様な強かさを持ち合わせていたとは……」

 いやいやそんな驚くことでもないだろ……

 と思っているとジャドラーがゲラゲラと笑い声を上げ

「ハンっ! 自滅させるどころか楽しんでるようにしか見えねェぞ?! この作戦は失敗だな!」

 そう言いながら減るゴラムを見つめた。

 

 そんな状況に陥ったヘルゴラムはしばらく黙り込んだ後

『こ、これは作戦の第一段階に過ぎません。このまま人工太陽を継続して照射し続ければ私の計算では4日足らずで東京は陥落します。 愚かな地球人共……何も知らないまま短い余生を呑気に過ごしているが良いでしょう……』

 と苦し紛れに言った。

 

 流石にそうはならないだろうし何より地球にはVXが居る。

 トリプロスもといクアトロスが人工太陽の制御だけでなく打倒VXの命も受けている手前交戦に持ち込めさえすればVXが勝って俺がテレビで見た通り東京灼熱地獄計画を一日足らずで止めてくれるはずだ……! 

 トリプロスがクアトロスに変わっていることだけが不安要素ではあるのだがきっと瞬ならやってくれると俺は自分に言い聞かせた。

 

 しかし経済が止まるような様子がなく初めは強がっていたヘルゴラムは業を煮やしたのか

『えぇい! クアトロス! それではまずは取るに足りない人類よりも先に厄介な一番の不安要素であるVXを抹殺しなさい!』

 クアトロスにそう指示を出す。

 よし! 瞬が嗅ぎつけてくれるより先にクアトロスの方から出向いてくれるなら好都合だ。

 

 ヘルゴラムの指示を受けたクアトロスは飛行形態に変形し、東京めがけ飛び立った。

 そしてVXをおびき寄せるため炎天下の街に降り立ち現れ暴れ始めたのだが……

 

『そこまでだアポカリプス! この異常気象は貴様の仕業だな!』

 暴れるクアトロスの前に瞬が颯爽と現れ、立ちはだかる姿がスクリーンに映し出される。

 その姿とセリフはテレビで見たままで、たとえトリプロスがクアトロスになった所できっと彼はこの計画を阻止してくれるだろう。

 

『ノコノコと現れましたね月影瞬……行きなさいクアトロス! 今日こそVXを血祭りにして差し上るのです!!』

 その姿を見たヘルゴラムが指示を出すとクアトロスは瞬に襲いかかり巨大な爪を彼めがけて振り下ろす。

 その瞬間

『展ッ……装!!』

 瞬は既の所でVXに姿を変え、その爪を両腕で受け止めてみせた。

 次の瞬間VXの足元にクモの巣状の亀裂が走りクアトロスのパワーの強さを見せつける。

「ぐっ……なんてパワーだ……!」

 こんな演出無かったような……

 やっぱり3体合体から4体合体になった事でパワーも上がってるのか? 

 で、でもVXが負けるなんて事はありえないはずだ。

 きっと最後にはいつもみたいに逆転勝利して悪の野望を打ち砕いてくれる。

 俺はそう自分に言い聞かせながらスクリーンを見つめていると

『いかがです? クアトロスのエネルギー出力は最新の情報から解析したVXの約4倍! ヤツは自分自身4人を同時に相手取っているに等しいのです!! さらに……』

 ヘルゴラムがそう言いかけた所でクアトロスの肩部から生えているキャノン砲からレーザーが放たれ、爪を受け止めていたVXは回避も防御もままならずに吹き飛んでしまう

『ぐあぁぁっ!!』

 

『クアトロスの武器は爪だけではありませんよ? 太陽光を収束させたレーザー砲。その威力は理論上VXの装甲さえも貫きますのでせいぜい身を持って味わってくださいね』

 ヘルゴラムの言う通り吹き飛ばされたVXの肩部装甲がえぐれていた。

 どうやら既の所で回避をして急所への命中は避けられた様だが、そのレーザーは生半可な攻撃で傷一つつかないVXの装甲であるヴァーテックスクロスにいとも容易くダメージを与える事ができる威力であることを物語っている。

 

 こんな展開昔見た「シャドーVX」には無かった。

 キャノンなんてトリプロスにはついてなかったしそれどころかここまでのダメージを与えるなんて……

 

 そんな攻撃を見せつけられたもののVXは怯むこともなくよろよろと立ち上がりなんとか攻撃を加えるが、クアトロスの猛攻に距離を詰めることすらままならない。

 

 そこでVXはVXアトモスへ姿を変え身体を風に変える能力を使いクアトロスの猛攻をすり抜けながら距離を詰め攻撃を続けていく。

 しかし、クアトロスの強固な装甲はスピードと特殊能力特化であるVXアトモスのパワーでは傷すら付けられず徐々に彼は消耗していった。

 

『こうなれば一か八かだ……! 招雷ッ! デモンカリバー!!』

 VXアトモスは空中で再度シャドーVXの姿に戻り左腕に埋め込まれたエンペラージェムからデモンカリバーを引き抜き

『デモンッ……ブレイク!!!!!』

 高らかに必殺技を叫んで剣をクアトロスへ振り下ろす。

 しかしまだクアトロスはまだ分離さえしていない。

 そんな相手にデモンブレイクなんて使ったら……

「ダメだ! そんな攻撃じゃ!!!」

 思わずそう叫んだその瞬間砂埃が高く巻き上げられVXとクアトロスを包み込む。

 

『はぁ……はぁ……やった……のか……?』

 砂埃が徐々に晴れ、肩で息をするVXの姿がスクリーンに映し出された。

 そして更に砂埃が晴れていくとデモンブレイクを回避するため4体に分離していたクアトロスが彼を取り囲むように立っていて……

『何っッ!? 4機に分離した!?』

 VXは驚きの声を上げ、スクリーン越しにそれを見ていたヘルゴラムはそんな様子も予測済みだと言わんばかりに余裕の素振りを見せている。

 

『ここでデモンブレイクを出してくる事も予想済みです! 確かにその技を受けてしまえばクアトロスとてひとたまりもないでしょう。しかしながら回避してしまえばそんなもの痛くも痒くもありません! さぁ、クアトロスα・β・γ・δ! デモンストレーションはそろそろ終わりで良いでしょう。VXにトドメを刺しなさい!』

 

 ヘルゴラムの指示を受け、4機に分離したクアトロスは連携の取れた攻撃でVXを痛めつけていく。

 αとδから放たれるキャノンはVXの装甲を灼き、βとγの爪が彼を切り裂く。

 スクリーンに映し出されたその光景は凄惨なもので、ここまでVXが苦しめられている戦いを俺はいまだかつて見たことがなかった。

 

「く……そ…………ここで倒れるわけには……」

 そんな中でも立ち上がろうとするVXめがけクアトロスβの目が彼を捉え、巨大な爪を突き立て、VXの腹部を貫き彼の断末魔が会議室に響き渡った。

 そしてVXは瞬の姿に戻りその場に力なく倒れ込む。

 

「VXが……敗けた……」

 これまでVXがピンチに陥ることも敗北することも無かったわけではなかった。

 しかし彼がここまで成すすべもなく倒され、さらにその展開が見たこともない予期せぬものだった為俺はその場で立ち尽くした。

 

『フフフ……これで計画における一番の障壁は除去できました。後はじわじわと東京が壊滅する様子を観測するとしましょうか……クアトロス、所定の位置へ戻り引き続き計画を進行しなさい』

 ヘルゴラムがそう言うとクアトロスは各機が飛行形態に変形してその場を飛び去ったところで映像が途切れる。

 

「よくやったヘルゴラム! あのVXをこうも容易く下すとは……」

『いえ。イビール将軍、これは計画の単なる通過点に過ぎません。この計画の主眼は東京を壊滅させ我々のものとすること、そしてひいては日本をアポカリプス皇国前線基地とする事なのです。ですから賛辞はそれまで取っておいていただければと』

 感嘆の声を漏らすイビール将軍に対して声色一つ変えずヘルゴラムは淡々とそう言いそんな彼の態度にジャドラーとドスチーフは不満げな顔を浮かべる。

 

 そして東京灼熱地獄計画はこのまま続行し経過を見るという将軍の指示が出されその日は解散となった。

 

 将軍からの解散の号令を聞いた途端俺は会議室を飛び出し長い廊下を大急ぎで自室へ向かう。

 途中ハイヒールのせいで何度か躓きそうになったので俺は気づけば靴を脱ぎ捨て裸足で走っていた。

 

 瞬の安否はわからないが、相変わらずアポカリプス皇国の詰めが甘かった事が不幸中の幸いだ。

 確かに彼は腹を貫かれて戦闘不能にはなったが死亡が確認されたわけではないし「装鋼騎士シャドー」の頃、ソルダークネスに腹をえぐられて海に落とされてもパワーアップして蘇ったことのある彼があんな事で死ぬはずがない。

 それをクアトロスやヘルゴラムは勝利した事に気を取られてあの場にそのまま放置したのだからまだ瞬を助けられる可能性は十分にあるはずだ。

 自分にそう言い聞かせながら俺は自室めがけて走る。

 

 自室に戻るやいなや俺はメイクも直す暇も無く慌てて服を着替え、転送装置の制御端末を使いVXが先程まで戦っていた街の地点に転送座標をセットする。

 

 俺が行かった所で何ができるかもわからない。

 それでも今は瞬の無事をこの目で確かめたい。

 無事でなくても何かしてあげたい。

 いや、それどころか瞬のことだし今頃にはケロッとして俺を見つけたら「マリ子さ〜ん」なんて言いながら何事もなかった様にこちらに向かって走って来るかもしれない。

 頼む瞬……生きててくれよ……

 

 俺は祈るように制御端末を操作し、転送装置の光に包まれて瞬が倒れているであろう街の近辺へ移動した。

 

 転送された街の路地裏からみた街の様子は1月だと言うのに太陽がアスファルトをジリジリと焦がし、救急車のサイレンが街中に響き渡っていた。

 本来であればもう既にVXが勝利し人工太陽も停止していたはずの頃合いなのだが、クアトロスが健在な限り人工太陽は止まることはなく、本来であればそろそろ日も傾く頃合いなのだが人工太陽が真上から東京を照らし続けていて、その傍らでは白い満月がうっすらと浮かんでいる。

 

 39度なんて大したことはないと豪語したは良いものの直面してみるとどのみち暑いことに変わりはない。

 それに夏物の服なんて用意していないし、いつものクセでよりにもよってレディーススーツを着込んで来てしまったせいでその刺すような日差しと冬の乾燥した空気によってカラカラに暑い外気が即座に俺の全身を包み込み、レディーススーツの厚い生地が汗でじっとりと肌に張り付く。

 

「うぅっ……暑ぅ……! まるで砂漠みたいじゃないか……! もっと涼しい服も用意しとくべきだった……」

 

 思わず顔をしかめ流れる汗を袖で拭いながら、スーツのジャケットを脱いで腕に引っかける。2020年代の感覚じゃ39度は「今日はまだマシだな」なんて思える程度だけど、この重装備じゃまるでサウナに放り込まれた気分だ。

 

 しかし今はそんな事を言っている場合じゃない。

 とにかくVXとクアトロスが戦っていた場所へ向かわないと……! 

 

 目的地へ向かうため汗を垂らしながら街を歩いていると、いつまでも沈まない太陽のしたで何も知らず呑気に夏のような陽気を楽しむ半袖の人々が居る反面、厚着のままフラフラ歩く人々や、道端で倒れうずくまる人の姿が目に入る。

 救急車のサイレンが街の各地で鳴り響き、アスファルトから立ち上る熱気が視界を歪ませていて、街の壁面のモニターでは

『みなさん、続報です! 東京地方は夕方を迎えても気温が下がる気配がありません。依然として39度を記録し、空はまるで昼間のような明るさです! 気象庁は引き続き原因不明の異常高温と発表し、市民に水分補給と休息を呼びかけています。また、日射病での緊急搬送が増加しており、救急医療体制が逼迫しています! こまめな水分補給を心がけてください! 命を守る行動を心がけてください! 繰り返します……』

 東京を襲う異常や高温注意報をアナウンサーが伝えているニュースが流れている。

 

 あんな計画大したことはないと思っていたがそれは間違いだったようだ。

 あれはあくまでVXが東京灼熱地獄計画を早期に食い止めてくれたから大事に至らなかっただけで、このまま人工太陽が止まらず何日もこの状態が続けば夜が来ることさえなく延々とこの灼熱の太陽が東京の街を照らし続け徐々に東京は疲弊していきヘルゴラムの言う通り最終的にはアポカリプス皇国の手に落ちてしまうかもしれない。

「急いで瞬を見つけないと……」

 俺は現実に直面して焦燥感に駆られながらVXとクアトロスが戦闘を繰り広げた場所へと急いだ。

 

「着いた……!」

 目的地にたどり着くと、その周辺には規制線が張られていた。

 その規制線の中心には血痕やモニター越しに見たクモの巣状のヒビが入ったアスファルトやそこら中に光熱で焼かれて溶けたた壁や巨大で鋭利な刃物で切り裂かれた電柱等戦いの痕跡が残る光景が広がっていて戦いの熾烈さを物語っている。

 しかしそこに瞬の姿はなく、彼が倒れていたであろう場所には途切れてはいるものに引きずった様な血痕が残されていた。

 

 誰かが瞬を移動させたのか? それとも彼が自力で……

 とは言え今はそれを確かめる術がないし、なにせ俺は瞬の連絡先も住所も何も知らない。

 いつもは約束した日時にあの店に行くだけで彼に会えるし、必要もないと感じていたからだ。

 というかこの時代には携帯電話もまだ普及しておらず、こういう時に即座に連絡が取れない事に俺は今更ながら不便さと苛立ち、そして歯がゆさを感じた。

 

 こうなったら心当たりを探すしか無い。

 心当たり……となればもうあの場所しか無い。

 俺は毎週彼と会う居酒屋へ向けて走り出した。

 

「オヤジさん! 瞬は来てますか!?」

 やっとのことで居酒屋にたどり着き、息を上げながら居酒屋ののれんをくぐるがそこに瞬やジンの姿はなく季節外れのアロハシャツを着た店のオヤジが一人暇そうにジョッキを拭いていた。

「おっ、マリ子さんじゃねぇか。いらっしゃい。でも悪いね。瞬のヤツなら昼頃急ににジン君と一緒に出ていったっきりまだ戻ってきてねぇんだよ。アルバイト中に出ていってどこほっつき歩いてんだか……それにしても暑かったろ? 汗だくじゃねぇか。ほら、まあ水でも飲みな」

 そう言ってオヤジは水をカウンターに出してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「いやぁしかし急にどうなっちまったんだろうねこの天気は……この暑さじゃせっかく仕込んだおでんも売れやしねぇし商売上がったりだよ。で、何か飲むかい?」

 何も知らないオヤジは呑気にそんな事を言っていたが今はそんな事をしている場合ではない。

 ひとまず出された水を俺は一気に飲み干し……

「あ、あの……瞬さんってどこに出かけてるかとか心当たりは無いですか?」

「ん? 瞬の心当たりか……アイツいつも急にいなくなったと思ったらしばらくしてぼろぼろになって帰って来るんだがいつもどこで何してるんだか……それにしても今日は遅ぇし……あっ、そうだ! マリ子さん、アイツもしかしたら家でサボってるのかもしれねぇ。暑い中悪いんだが良かったら見てきてくんねぇかな? ここの近所なんだけどさ」

 オヤジに瞬の居場所を尋ねると予想外の提案が返ってきた。

「へっ……家?」

「ああ。俺が呼びに行ってやっても良いんだが店空けるわけにも行かねぇからな……そうだ、ちょっと待ってくれな」

 そう言うとオヤジはメモを取り出し何かを書き始め……

「ほらよ。簡単な地図で悪いけどな。もし家で寝てたら俺の代わりにキツく言っといてやってくれ」

 簡単な地図と住所の書かれた紙を俺に手渡してきた。

「えっ、そんな……瞬の家の住所なんてこんな軽々しく本当に教えても良いんですか?」

「なんでだい? マリ子さんと瞬ってそう言う関係じゃなかったのかい?」

「ち、違いますよ! まだ……いや多分……そう……ただのお友達ですって!」

 オヤジの何気なく発した言葉に俺は暑さとは別の何かの影響で急に顔が内側から熱くなり必死に否定する。

 そ、そうだよな……俺と瞬は悪の組織の女幹部とそれと敵対するヒーローで……単なる飲み友達で……俺が子供の頃に憧れて居た人で……

 ってああもうっ! 

 今はそれどころじゃないんだ!! 

 瞬が大変な時に何を考えてるんだ俺は……

 俺は恥ずかしさをごまかすよう軽く髪をくしゃっと掻いた。

「ほほう……ま、減るもんじゃねぇし瞬も困らねぇだろ。そうだ。これも持っていきな。もし家でサボってたんならこれ食ったらさっさと戻ってきて仕事手伝えって伝えといてくれな」

 オヤジはそんな俺の様子を微笑ましそうな表情で見つめた後、タッパーに包んだおでんの入ったビニール袋も渡してきた。

「は、はい……わかりました」

 軽々しく住所を教えられた事には少々驚いたが、おおらかな時代だったおかげで瞬の居場所の手がかりを手に入れられたことに感謝する。

「そんじゃ頼んだよ」

「はいっ!」

 俺はメモとおでんを受け取って店を飛び出し、メモに書かれた瞬の家へ向かって走り始めた。

 

 道中何度か救急車とすれ違い、老人が家から運び出される所にも遭遇した。

 通りかかった公園の時計は8時をさしているというのにいまだ真っ昼間の様な明るさで、町中の自動販売機からは冷たい飲み物が全て売り切れていて、町の商店にも【水売り切れです】と書かれた紙が張られている。

 そして……

 

「おいこら休むなぁ!」

 どこかの野球部だろうか? ユニフォームを着た坊主頭の少年が数人汗をダラダラと流して歩みを止め後ろから追いかけてきた竹刀を片手に自転車に乗った中年男性に大声で怒鳴られている。

「すみません監督……そろそろ水を飲ませてもらえないでしょうか……」

 その中のひとりが息を上げながら力ない声でそう言うのだが……

「何バカなことを言ってやがる! そんな甘ったれたこと言ってるから練習試合に勝てねぇんだぞ! 文句があるならさっさと帰れ! 他の部員は何も言ってないだろ! わかった。その甘ったれた根性俺が叩き直してやる! 町内あと2周追加! 他のやつも連帯責任だ! それが終わったらノックやるからな!!」

「う……うっす……」

 中年男性に怒鳴られ野球部員達はふらふらとランニングを再開する。

 その光景に上司に怒鳴られる自分が重なって見えて、見てはいられなかった。

 

 39度なんて大したことはないとは言ったがこの頃の時代の人間はまだ適切な暑さとの付き合い方を知らないんだ……

 昔は根性論が今よりもずっと素晴らしいものとされていた時代だったろうしクーラーに抵抗のある人も今よりずっと多かったのかもしれない。

 それが更に被害を拡大させているんだ。

 このままでは人々が適切な暑さとの付き合い方を見出すより先に東京は消耗し、アポカリプス皇国の手に落ちてしまうかもしれない。

 今すぐにでも人工太陽を止めなければならないが、頼みの綱であるVXも人工太陽を制御するクアトロスに敗けてしまった。

 だからといってアポカリプス皇国の女幹部である立場上(マルデューク)が表立って皇国に反するような事はできないし、同じく皇国の軍門に降ったポーズを取っている想にもその様なことはさせられない。

 今クアトロスを倒してこの東京灼熱地獄計画を止め、東京の街に平穏を取り戻す事ができるのはシャドーVX……瞬ただ一人なのだ。

 

 しかし彼に全てを任せきりにする訳にはいかない。

 俺にも何かできることがあるはずだ……そう自分に言い聞かせながらメモを頼りに急いで瞬の家へ向かった。

 

「……ここか!」

 そこは俺が学生の頃住んでいた所より少し小綺麗な程度の古臭いアパートだった。

 メモに書かれた部屋番号のドアの前に立ち、インターホンすら見当たらず俺はドアをノックする。

「あ、あのー……瞬さん? 瞬さん居ますかー?」

 頼む瞬……ここに居てくれ……

 祈るようにドアをしばらくノックし続けてていると……

 

「ったくなんだよこんな時に……新聞と牛乳なら間に合って……ってマルデューク……様!? 何をしに来たんですか?」

 ゆっくりとドアが開き、ぬっと顔を出したのはジンだった。

 彼は一瞬驚いた様な表情をした直後、訝しむように俺を見つめている

「じ、ジン!? 瞬は!?」

「まずは俺の質問に答えてください! ここに来たのは皇国からの命令ですか? 瞬の死体か首を回収してこいとでも……? それとも己が武勲のためですか? 返答によっては俺は……」

 俺の言葉を遮ったジンの目には明確に敵意と殺気が宿っていて、これだけ暑い中だと言うのに背筋にゾワッと悪寒が走る。

 その目はいつもの朗らかなものではなく、彼が暗殺者であることを思い起こさせる冷たく鋭い目だった。

 

 ジンからすれば瞬を戦闘不能に追い込んだ組織の女幹部が手負いの彼の前に現れた状況に他ならないのだからこうなるのも当然だろう。

 まずは誤解を解かなければ……! 

 

「ち、違う! 俺……いや、アタシはただ……瞬が心配で……」

「心配……!? 貴女は瞬をあんな目に遭わせた組織の幹部でしょう? ……それを言ったら一応は貴女の部下である俺も同罪ですが……」

「そ、そうなんだけど……でもそれが本心なの。別に今から瞬をどうこうしてアポカリプス皇国へ売り渡そうなんて考えていないわよ……第一今の状況をなんとかしたくて……それにむら松のオヤジさんから差し入れも貰ってきたの。……おでんだけど」

 俺は警戒を解くために店のオヤジから貰ったビニール袋を見せつける。

 それを見た軽くため息をつきジンはしばらく黙り込んだ後

「……わかりましたよ。正直貴女の事をどこまで信じれば良いのか最近よくわからなくなってきています。ただこれまでも十分に瞬を殺せるタイミングはあったはずなのに貴女はそれをしなかった。それに俺と初めて会った時に貴女から命じられた地球とアポカリプス星どちらも助ける方法を探すという言葉……俺はそれを信じたい。ただし少しでも怪しい動きをすれば俺はこの身に代えてでも……」

 ドアを開けてくれた。

 

「あ、ありがとうジン……」

「アイツもマリ子さんに見舞いに来てもらえたほうが少しは気が楽になるでしょうし」

 そう言って部屋に通されるとそこは六畳一間の小さな部屋で、その中心では古めかしい扇風機がガタガタと音を立てながら忙しなく回っていて、その隣では瞬がボロボロの布団で苦しそうな表情を浮かべて眠っていた。

 ひとまず息があることを確認できて俺はほっと胸をなで下ろす。

「瞬の容態は……?」

「……はい。一応生きてはいます。俺は瞬に民間人の避難誘導を任されていてそれをやり終えてアイツの元に向かった時には既にあの得体のしれないロボットにやられた後でした」

 そうしてジンはその後の一部始終を語ってくれた。

 ジンが戻った頃には既に瞬はクアトロスから腹に大穴を開けられその場で倒れていたこと。

 本来であれば助からないほどの致命傷のはずだったが息はあった為ジンが大急ぎでアパートへ連れ帰ってきたこと。

 瞬が改造人間である手前病院へ連れて行くわけにも行かず、それどころか「今は病院も大変だからこんな得体のしれない俺が迷惑をかけるわけには行かない。俺は大丈夫だから」と息も絶え絶えに彼がジンに伝えたこと。

 ジンはできる可能な限りの手当をしてそれからずっと看病を続けているが瞬は最後に大丈夫だからと言ったきり意識を失いずっとうなされたように寝込んでいる事を

 

「そ、そうだったの……ジン、瞬を助けてくれてありがとう」

「……貴女にそう言われるとなんだか複雑です。でも本当に瞬を助けるべきだったのか……今の俺にはそれが正しいのかどうかもわかりません」

 ジンがそう言うと瞬が苦しみだしたので彼は瞬の額に当てられた濡れタオルを交換する為部屋の蛇口をひねる。

「クソッ! もう水の蛇口を捻ってもこの暑さで湯みたいなのしか出てきやしねぇ! もう氷もないしポンコツな冷蔵庫は役に立たないし……俺は一体どうすれば良いんだよ! なあ瞬! マリ子さんが来てくれてんだぞ! 目ェ開けろよ!! いつもどれだけ傷だらけになってもマリ子さんを見かけたらそれまでの傷が嘘みたいに元気になるだろ!? いつもみたいに気の抜けた声でマリ子さ〜ん! って言ってるのを聞かせてくれよ!!」

 どうやら外気のせいで水道も相当温まってしまったようでぬるくなったタオルをしぼって瞬の額にかけながら結局それ以上のことが出来ていないことに彼は打ちひしがれていた。

 

「……ジン」

「クソッ……! 少し前までは暗殺者としてもてはやされていい気になってヒーローを気取ってたのに今の俺は何も出来ねぇ……眼の前で苦しんでいる地球で出来た初めての友達一人助けることも……地球の人々を守ることも……それどころか母星の人々の為皇国に歯向かう眼の前の手負いの敵を手にかけることさえも……マルデューク様! 俺は一体どうすりゃ良いんです? もういっそこの場で瞬を殺せと命じられたほうが俺も……瞬だって楽になれるはずなんです! でも……でも俺はきっとそう命じられてもコイツに刃を向けられる自信がありません……ううっ……俺は……俺はぁ……」

 ジンはやり場のない怒りや焦りを俺にぶつけてその場に崩れ落ち、涙を流した。

 

 ジンが瞬と共に行動をしているのは本来の「シャドーVX」と違い皇国への忠義心のゆらぎや彼と結んだ絆からではなくあくまでマルデューク(おれ)の司令があったからだ。

 

 しかし瞬と行動し地球で暮らしているうちにジンの心境にも確かに変化があり、今の彼は間違いなく命令だけでなく自分の意志で瞬の隣に居る。

 しかしそれが本来の「シャドーVX」と違いアポカリプス皇国への情念も捨てられていない彼自身を苦しめているのだろう。

 そんな彼の優しさに漬け込み俺は綺麗事を押し付けてしまっているのだ。

 その責任は上司として……いいや一人の人間として俺も背負わなければならない。

 

「ジン……きっとそれだけ瞬とこの星もアナタにとってかけがえのないものになったのね。アタシのからの命令はその時から変わらないわ。地球とアポカリプス星、どちらも助かる最善の道をアタシと一緒に探すこと……それだけよ」

「マルデューク様……」

「……ってそんな偉そうなことを言っておきながらアタシ自身もまだ具体的にどうすれば良いかもわからない。それでジンがアタシに疑問を持つのも仕方のない話よ……それでも、そんなアタシにも今何かできることがあるかもしれない。そう思って瞬を探しに来たのよ。それだけは信じて?」

「……はい。そうですよね。貴女がその気になれば俺なんかひとたまりもない。こんな状況で瞬をどうにかしようと思えばわざわざこんな回りくどい事しなくて良いですもんね」

「ごめんなさいねジン……そしてありがとう。こんなアタシを信じてくれて」

 俺の言葉に、ジンは涙をぬぐいながら小さく頷いた。

 暗殺者の鋭さは薄れ、代わりに疲れ果てた表情が浮かんでいる。

「そんな大層な事じゃありません。ただ俺は地球とアポカリプス星どちらも救いたいという貴女の言葉を信じたい。ただそれだけの事です」

「それでもいいわ。少しでも信じてくれるなら今はそれだけで十分よ」

 俺は瞬の昏睡する姿を見下ろし、胸が締め付けられた。

 布団の上で苦しそうに息を上げている彼を見てると、本編のあの無敵のヒーローがこんな状態でも生きてることに、ほっとする反面、焦りも湧いてくる。

 

「このままじゃダメだ。いつもならどんな傷を受けても数時間もすれば怖いくらい何もなかったみたいにケロッとしてるってのに今日は傷の治りも遅くて……こんなに受けたダメージでずっと苦しんでいる瞬、初めてなんです」

 ジンが立ち上がり、瞬の額に新しい濡れタオルを乗せながら呟いた。

 確かにこの間もソルダークネスに相当痛めつけられたはずなのに包帯をそこら中に巻いた姿でこちらに走ってきたくらいだ。

 そんな彼の治癒が今回に限って遅い原因は何だ? 

 あれだけの致命傷を受けてもこうして生きているということは最低限の生命維持自体は行われていそうなので変身機構やエネルギーの源であるエンペラージェムに何かしら不具合があるわけではないはずだし……

 それどころか変身機構を破壊して宇宙へ投げ出されても死ぬどころか月の光を浴びてシャドーVXに進化して帰って来るくらいで……

 ん? 

 月の光……? 

 まさか……! 

 

「ジン、もしかして……瞬の回復が遅いのは、この明るさのせいなんじゃないかしら?」

「明るさ……ですか?」

 本編の設定が脳裏に浮かぶ。

 月の光がシャドーのエンペラージェムに反応して強化されたのがVX。

 つまるところエンペラージェムが月の光の力を何倍にも増幅させてシャドーVXに力だけでなく驚異的な回復能力をもたらしているのではないか? 

 いつもどれだけボロボロになっても次の週には何食わぬ顔で戦っていたのにもしっかりと理由があったんだ! 

 しかし今は人工太陽が夜になっても東京を照らし続けてるせいで、月の光が届かないんじゃないか? 

 もしそうだとすれば東京灼熱地獄計画は大したことのない計画どころか本来は長引けば長引くほど不利になることも含めて東京の市街地だけでなくVXにも十分すぎるほどに効力のある作戦だった事になる。

 

 俺はそんな仮説と今回の東京灼熱地獄計画をジンに話すとジンは怪訝そうな顔をしてしばらく考え込んだ後

「……た、確かに。どれだけダメージを受けても一晩経てば完全に回復していました。それが夜と月に関係があるというのも納得はできます……というか詳しいですねマルデューク様」

「そりゃずっと見てて……いや敵の弱点をリサーチするくらい当然でしょ?」

「そ、そうですか……それなら早い所その人工太陽を止めないと!」

 彼の瞳に希望が灯った気がして、人工太陽を止める方法について何か知らないかとでも言いたげに俺を見つめる。

「そう……なんだけどあの人工太陽を制御しているのがあのクアトロス……VXを倒したロボットなの」

 俺は一瞬その視線に押されそうになったけど、正直に答えるしかなかった。

「ということはあのロボット野郎を倒さないことには人工太陽を止められないってことですか!? クソッ……クソぉッ!! 瞬ですら敵わなかったアイツをどうやって倒せと……?」

 ジンが床に拳を叩きつけ、その音が狭いアパートの部屋に響いた。

 俺は視線をそらし、言葉を探す。

 仮に瞬の回復を妨げているのが今頭上で東京を照らし続けている人工太陽なのだとしたらジンの言う通りそれを制御しているクアトロスを倒さない限り瞬は回復しないということだ。

 

 あるいは瞬が回復するまで待つという選択肢もあるが、彼のダメージ回復を待っている間も更に東京の被害と混乱は広がっていく一方で、それまでの間にアポカリプス皇国が本格的に東京侵攻へ乗り出してしてしまうかもしれない。

 恐らく悠長に待つ時間は残されていないだろう。

 

「でもアタシがクアトロスと戦うわけにもいかないし……」

 そんな事をすればクアトロス経由でヘルゴラムに知られ、即刻反逆とみなされ戦う以前に身体に埋め込まれた爆弾によって粛清されてしまうだろう。

 そんな事情をジンも理解してくれているのかそれ以上何も言うことはなかった。

「クソッ……八方塞がりかよ……俺にあのロボット野郎を倒せるだけの力があれば……」

 瞬を回復させるには人工太陽を止めなければいけない。

 しかし人工太陽を止めるには瞬さえ刃が立たなかったクアトロスを倒さなければならない。

 瞬に敵わなかった相手に勝てるわけがない。

 そんなループに陥りジンは無力感に打ちひしがれていた。

 

「瞬がこんなになってまで戦ってたってのに俺はただ見てるだけなのか? 俺が皇国で暗殺者やってた頃ならこんな感情なんて持たなかった。標的を仕留めて、命令をこなして……それで良かった。でも今は……!」

 ジンが瞬を見下ろし、苦しげに言葉を吐き出した。

「アイツと地球で暮らして、初めて国に仕えることよりも何か大事なものができた気がしたんです! 瞬が自分の身を犠牲にして傷ついて……それでも笑って馬鹿騒ぎして……そんな日々が俺の中ではいつしかかけがえのないものになってたんです。でも今、俺には何もできねぇなんて……!」

 その言葉に、俺の胸が締め付けられた。本編の瞬はどんなピンチでも立ち上がってきたヒーローだ。

 でも、今の彼はただの傷だらけの人間でしかない。それでも、ジンの言う通り、瞬はまだ生きている。

「いや……まだ希望はあるかもしれないわ」

 俺がそう言うと、ジンは縋るように顔を上げた。

「希望……? そんな瞬ですら倒せなかった相手にどうやって戦えっていうんですか!!」

 ジンの声に苛立ちが滲む。

 しかし、その奥に何か熱いものが芽生え始めてる気がした。

 俺は息を吸って、言葉を続ける。

「たしかにクアトロスを止めなきゃ何も変わらない。でもさっき言ったわよね? クアトロスがあの人工太陽を制御しているって」

 確かにヘルゴラムはそう言った。

 それに本編のトリプロスが倒されると同時に人工太陽も爆発したのだ。

 すなわち人工太陽とクアトロスもトリプロスと同様にリンクしているのかもしれない。

 今はそれに賭けるしか無い! 

「希望的な意見だけど仮に倒せなくても一時的にクアトロスの機能を停止させればその間は人工太陽も止まるんじゃないかしら……? 短時間でも夜を取り戻して少しの間でも月の光を瞬に浴びせられれば……!」

「一時的に……機能を停止?」

「そうよ。もし人工太陽の機能を一瞬でも止められれば瞬に月の光を届けるチャンスができる!」

 俺は必死に言葉を紡いだ。

 正直、確信なんてないただの希望的観測だ。

 しかしそんな僅かな希望を瞬は何度も手にしてVXは勝利を掴んできた。

 今はそんな僅かな希望を信じる他に東京の危機、そして瞬を救う方法は無い。

 そんな俺の言葉を聞いたジンは瞬の昏睡する姿を見下ろし、しばらく黙り込んで布団の上で微かに息をする彼を見つめながら拳を握りしめる。

「……確かに、そういう可能性はあるかもしれません。ですが……俺にそんなことができるでしょうか? 瞬ですら敵わなかったクアトロスを一時的でも止めるなんて……」

 ジンのその声にはまだ無力感が滲んでいた。

 しかし、先ほどまでの絶望するだけの彼とは少し違い、わずかに希望を見出そうとする様に見えた。

「ジン……そんな勝算のない戦いに部下であるアナタを巻き込みたくはないのだけれど……」

「……まだ俺のことを部下だって言ってくれるんですね」

「当たり前じゃない! いくら瞬と共に行動しているとは言えアタシの言葉を信じてくれた大切な部下よ!」

「そうですか……それが聞ければ十分です。分かってます。貴女が表立って動けないことも……今クアトロスを止められるのは俺しかいないってことも」

「……ジン」

「それに勝算のない賭けならもう既に貴女のこの命令に乗っかった時からずっとやってます。それが今更少し増えた所で変わりませんよ」

 ジンはそう言うとニカっと笑ってみせた。

 それはジンが瞬と何気ない話をしたりする時に見せる優しい顔で、そんな表情を見た俺の胸が熱くなる。

「ありがとうジン……」

 こんな時、結局他人に任せる事しかできない自分が最も無力だと痛感させられる。

 

「ジン! こんな事を言うのも変かもしれないけれどせめてアタシに何かできることは……」

「何かできること……ですか。それならそのおでん、もらえませんか?」

「へっ……良い……けれど」

 俺は店のオヤジから貰ったビニール袋からタッパーと割り箸を取り出し、ジンに手渡した。

「いただきます。やっぱおやっさんのおでんは最高だなぁ……寒い中で食べられたらもっと美味いんだけどなぁ……」

 そんな事を言いながらジンはおでんを噛みしめるように食べ始め、あっという間に全てを平らげ手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした。 ……よっし食料補給完了! クアトロスの潜伏場所は分かってるんですよね?」

 そう言ってジンは自分の両頬をぱんと叩き立ち上がった。

「え、ええ……恐らく」

 ジンに尋ねられた俺はカバンに入れてきた水晶玉を取り出し念を送ってみる。

 すると今朝クアトロスが降り立った地点と同じ場所で人工太陽を操作しているのか何やら怪しい動きをしていた。

 更に意識を集中し、クアトロスのいる場所の周辺を見渡すと大きな橋が見え、看板には奥多摩大橋と書かれている。

「クアトロスは奥多摩大橋の下にいるわ!」

「奥多摩……ここからなら全力疾走すれば1時間もかからない距離だな。わかりました」

 

 ジンは頷き押し入れからなにか色々と取り出し、服を着替えると

「えーっと……マルデューク様に出来ること……でしたっけ? もう一個お願いして良いですか?」

 そう俺に尋ねてきた。

「ええもちろん! 出来ることならなんだって!」

「瞬のこと、頼みます」

 笑顔でそう言うと彼は部屋を飛び出していく。

 その背中に迷いはなく、ただ瞬を救うための覚悟を感じ取れた。

 俺も何か言おうとしたけど、言葉が詰まって何も言えず、灼熱の街へと飛び出すジンの背中をただ見送ることしか出来なかった。

 

 それから俺はジンに言われた通り苦しむ瞬を看病しながら水晶玉を使い彼の様子を確認するとジンはものすごいスピードで走りながら奥多摩方面へと向かっていく。

 

 それから1時間程経った頃、ジンがあの大橋へ差し掛かりそこから勢いよく橋の下に流れる川にめがけて飛び降りる姿が水晶に映し出された。

 そして着地した先にはクアトロスが先程見たときと変わらず突っ立って怪しい動きをしている。

『やい鉄クズ野郎! この狭霧のジンが相手してやるぜ!』

 ジンは河原に落ちていた石をクアトロスに投げつけると構えを取って挑発してみせる。

 それに気づいたクアトロスは動きを止めてジンの方に向き直り肩から生えたキャノンで攻撃を加え、それを既の所で回避するが避けた先の川が一瞬で干上がるのを見た彼は恐怖で顔を歪めた。

「おおやべぇ……さすがVXを倒しただけのことはあるな……こんなの一発でも食らったら即刻オダブツだ……」

 ジンは額に冷や汗をかきながら戦闘姿勢を取ってクアトロスに向かっていく。

「頼むジン……!」

 俺はただ祈ることしか出来ないままジンとクアトロスの戦いを見守っているとクアトロスの猛攻をジンは軽やかな動きで躱しながら距離を詰めていく。

 そしてなにやら煙玉のようなものを地面に叩きつけるとクアトロスが明らかにこれまでと違った挙動を取り始めレーザーを見当違いな方向に発射し始めた。

『ヘヘッ! ガッチガチの戦闘タイプとやり合うのは初めてだがこう見えてもゴートレニグ相手の暗殺も結構数はこなしてるんでね!』

 ジンは得意げにそう言った。

 恐らくあの煙玉にはゴートレニグ(ロボット)怪人のセンサーかカメラを狂わせる作用があるのだろう。

 しかしその混乱も長くは続かず、クアトロスは動きの鈍い合体形態よりも分離して数で圧倒したほうが有利と考えたのか4機に分離をしてジンめがけ襲いかかる。

『ちっ……! 分離しやがったか! 1対4とは卑怯じゃねぇか? ま、暗殺家業なんかやってた俺が言えた口でもねぇけどな!』

 クアトロスα、β、γ、δがそれぞれ異なる方向からジンを囲み、αが巨大な爪を振り下ろし、βがレーザーを発射しする。

 ジンは素早く身を翻し、川沿いの岩陰に飛び込んで攻撃を回避した。

『へっ! 数だけ多くてもなぁ!』

 ジンは岩陰から飛び出し、腰に仕込んでいたナイフを手に持つとクアトロスγ脚部にナイフを突き刺し、その隙に頭部に何かをくっつけた。

 しかしその背後からδが高速で接近し、鋭い爪でジンを狙う。

『くそっ!』

 ジンは間一髪で転がりながら回避し、汗と泥にまみれた顔を上げた。

 

 水晶玉越しに見えるクアトロスの動きは正確無比で、4機が連携してジンを追い詰めていく。

 αが地面を叩いた衝撃波でジンを怯ませ、βがレーザーで追撃する。

『動きが速すぎる! だがッ!』

 ジンは歯を食いしばり、煙玉をもう一つ地面に叩きつけた。

 白い煙が広がり、クアトロスのセンサーが再び混乱を始めた。

 レーザーが川面を焦がし、αの爪が空を切る。

『今だ!』

 ジンはその隙を掻い潜り、クアトロスβに飛び乗った。

『ゴートレニグなら電子頭脳がどこかに……そこか!』

 βの胸部に発光する部分見つけると、彼は先ほどγの頭部にくっつけたものと同じものをβの胸部にくっつけた。

『よしっ! これであと2体!』

 ジンはβから素早く離れ、αとδにも同じ様に隙を突いては発光する部分に何かをくっつけた。

 そしてジンは4機から距離を取り何かスイッチの様な物を取り出すと……

 

『うまくいってくれよ!』

 祈るように彼がスイッチを押し込むと4機のクアトロスにくっつけられていたものが同時に爆発を起こし、4機はまるで電源が切れたおもちゃのようにその場で動きを止めた。

『ヘヘッ! どうだいジン様特製のジャミング弾の威力は! これで情報通信は遮断したからヘルゴラムから指示を受けているお前らは衝撃とジャミングのダブルパンチでしばらく動けないだろうな! 瞬! さっさと目ェ覚ませよぉぉぉぉぉ!!』

 ジャミング弾によりクアトロスが機能を停止すると、まるで照明を落としたように空が急に暗くなりジンはそう叫んだ。

 やはりクアトロスと人工太陽はリンクしているようで人工太陽も機能停止し、東京に夜が戻ってきたのだ。

 

 月の光が優しくアパートの窓から差し込み、瞬の身体に降り注ぐ

「やった……やったよジン……!」

 俺はこのチャンスを逃すまいと少しでも瞬の身体に月の光が当たるようにカーテンを全開にし、水晶玉を月にかざしてそこから反射した光も瞬に当てるようにした。

「頼む瞬……起き上がってくれ……ジンを……東京の街を救ってくれ……!」

 俺は祈りながら月の光を瞬へ浴びせたが、そんな祈りを打ち砕くように再び空は真っ昼間の様な明るさを取り戻す。

 きっとクアトロスが再び動き出したのだ。

 水晶玉に再び念を送りジンの様子を確認すると、彼は再び動き出したクアトロスに囲まれていて絶体絶命の状態だった。

『クソッ……! もう動き出しやがったか……こうなりゃ瞬を信じるしかねぇな』

 ジンはその4機に対して大立ち回りをして見せるが回避をするにも限界があり、徐々に彼は疲れの色を見せ始める。

 このままではジンが倒されてしまうのも時間の問題だ。

 しかし最後のチャンスはもう使ってしまった。

 このままではジンは……そして東京はもう……

 絶望する俺を他所に水晶玉の中ではまだ瞬の復活を信じているのか必死にジンはクアトロスに抗っている。

 こうなったら俺が粛清を覚悟してでもジンを助けに行くべきか? 

 いや、ここから奥多摩まで移動するのは時間がかかりすぎる。

「瞬……起きてくれよ……貴方は最強のヒーローだろ……? みんなを助けてくれよ……!」

 俺は声を絞り出しいまだ目覚めぬ瞬にそう声をかけることしかできなかった。

 その時だった

 瞬の左腕が緑色の光を放ち、みるみるうちに彼の傷口が塞がっていく。

 そして彼の身体がピクリと動いた次の瞬間、ゆっくりと瞼が開き……

「あれ……ま、マル……!?」

 瞬は俺の顔を見るや否やゆっくりと体を起こし、気づけば涙を流し彼をぎゅっと抱きしめていた。

「ああ瞬……よかった……よかった……」

 きっとジンの勇気が奇跡を不可思議な事を呼んだのだ。

 ジンのもたらしたあの一瞬の月の光が瞬のダメージを癒やし、彼を目覚めさせてくれたに違いない。

「あ、あれ……? マリ子……さん? どうしてここに?」

 瞬は不思議そうに言った。

 そりゃ目が覚めて急に自分の家に招いたこともない人がいればそうもなるだろう。

「どうしたもこうしたも無いわよ! オヤジさんから家にいるかも知れないから呼んできてって頼まれて……それで家に来てみたら傷だらけで寝たきりになってたから……」

 俺は瞬にこれまでの一部始終を自分がマルデュークであることがバレない範囲で急いで伝えた。

「そうでしたか……それはカッコ悪い所見せちゃいましたね。所でそのジンは……?」

「えっ、ああジンさんなら用事があるとかで奥多摩大橋に行くって出ていって……」

 俺の言葉を聞いた瞬はその言葉から何かを察したのかゆっくりと立ち上がり、枕元に畳まれていたいつも着ているジャケットを羽織った。

「そう……ですか。俺もちょっとジンの所に行ってきます。色々してもらいっぱなしで悪いんですけど少し家を開けるんで留守番は頼みました。帰ってきたらおやっさんの店で一杯やりましょう」

「……ええ。待ってるわ。必ずアナタとジンさんと私の三人で飲むんだからね?」

 俺の言葉に瞬はコクリと頷くと部屋を飛び出していった。

 

 そして一人ぼっちの部屋で再び水晶玉を覗くとジンは今にも倒れそうな状態で……

『クソッ……もうジャミング弾も煙玉も弾切れか……畜生……すみませんマルデューク様……それに瞬……俺はもうここまでかもしれません。それでも地球で過ごした日々も悪くは……無かったです……くッ……』

 ジンはそう呟きその場で膝をついた。

 そんな彼めがけγの巨大な爪がとどめを刺そうと彼めがけて振り下ろされる。

 

 その瞬間

 

 一陣の風が吹き、何かが爪を食い止めた。

『ジン! 大丈夫か!?』

 そこに居たのはVXアトモスで、クアトロスγの爪を受け止めていたのだ。

『ったく……起きてんならもっと早く来いっての……』

 そんな彼にジンはそう返して笑って見せる。

 恐らく瞬は部屋を飛び出してVXアトモスに変身し、身体を風に変えて奥多摩まで移動したのだろう。

 俺は瞬が間に合ったことに心から安堵した。

 

 そしてVXアトモスはシャドーVXに姿を変えるとそのままγを蹴り飛ばし

『ジン、まだやれるか?』

 そう言ってジンに手を差し伸べた。

『おいおいこれまで散々戦わされた俺にまだやれるかだって……? ちょっとなら付き合ってやるが帰ったらおごりだからな?』

 ジンはそう軽口を叩いて彼の手を取り再び立ち上がる。

『家でマリ子さんを待たせてるんだ! さっさと終わらせるぞジン!』

『ったくこんな時にもマリ子さんかよ……ま、それもお前らしい……か。さぁ、第三ラウンドと行こうぜ? 瞬……いいやVX!』

 立ち上がったジンとVXは4機のクアトロスに向けて改めて構えを取った。

 

 そんな二人めがけてクアトロス達は統率の取れた連携で襲いかかるがVXとジンも負けてはいない。

 互いに連携の取れたコンビネーションでクアトロス達に的確にダメージを与えていく

『やはり分離している時の方が攻撃の通りが良い! このまま各個で撃破するぞ!』

『言われなくても!』

 以前の敗北と先程までの劣勢がウソのようにVXとジンは攻勢を強めていく。

 ジンが先程与えたダメージによるものなのか僅かにクアトロス達の動きにも鈍りが見え始め、それを不利だと判断したのかクアトロスは再度合体し、レーザーを乱れ打ちし始めた。

 

 そのレーザーを回避するため二人は橋の柱を盾にして簡易的な作戦会議を始める。

『どうするVX? これじゃ近づけないぜ?』

『ああ。それならアトモスしか無い』

『お前、それで一回負けたんだろ? 馬鹿の一つ覚えか?』

『たしかにそうだった。でも今はお前が居るだろ?』

『ったくどいつもこいつもほぼ丸腰の俺にどれだけ無茶させりゃ気が済むんだよ……わーったよ乗ってやるよ。その代わり次は絶対決めろよな?』

 二人は互いを見つめ合い頷くと勢いよく隠れていた柱から飛び出す。

 VXは再びVXアトモスに姿を変え、能力で身体を風に変えて天高く飛び上がった。

 

 風へと身を変えたアトモスを照準にしてレーザーを乱れ撃つクアトロスだが、レーザーはアトモスをすり抜けていく。

 クアトロスめがけて突撃したアトモスは、風と化した身体を一瞬で収束させ、再びシャドーVXの姿に戻り、

『招雷ッ! デモンカリバァァァァァァァ!!』

 必殺剣の名前を叫び、彼は左腕からデモンカリバーを引き抜く。

 その一連の動きは、まるでクアトロスとの初戦を再現しているかの様だった。

 

「こ、これじゃまた前みたいに分離して避けられちゃうんじゃ……」

 俺は水晶玉越しにそう呟き、不安が現実となる様にクアトロスが4機に分離しようと動き出す。

 しかしその瞬間、何かがクアトロスの巨体に絡みつき分離を阻む。

『へへっ! アポカリプス暗殺部隊特製ワイヤーのお味はどうだ? もう分離はさせないぜ!』

 ジンがVXの攻撃のタイミングに合わせ、クアトロスにワイヤーを巻き付けていたのだ。

 黒光りする細い線が敵の装甲に食い込み、分離を封じている。

 クアトロスも負けじと鋭い爪がワイヤーを振り払おうと動き、次の瞬間バチンと音を立ててワイヤーが切断されてしまった。

 しかしジンの表情に焦りはなく、再度分離を試みるクアトロスだったが一度分離が阻害された影響か、わずかなもたつきが生じていた。

 その一瞬こそがVXに勝利への道を開く。

 既にクアトロスを照準に捉えていたVXにはそれだけの隙を与えるだけで十分だったのだ。

 クアトロスが分離するより先にデモンカリバーの刃がクアトロスの身体に突き立てられる。

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! デモンッッ……ブレイクゥゥゥゥゥゥゥ!!!』

 VXは高らかに必殺技を叫び刃を装甲に深く深く突き立てるとクアトロスは炎上し、4機に分離しながら大爆発を起こした。

 そして爆炎の中からVXが現れ、一人静かに佇んでいる。

 

「やったぁぁぁ! VXとジンが勝ったんだ!!」

 それを水晶玉越しで見ていた俺は喜びのあまり声を上げて飛び跳ねる。

 すると真っ昼間のような明るさだった空は再び夜を取り戻し、優しい月の光が東京の街を照らし始めた。

 クアトロスが倒されたことで人工太陽も留まって東京に今度こそ本当の夜が戻ってきたのだ。

 

『本当に助かったよジン……ありがとう』

『なぁに今更だろ相棒』

 水晶玉を覗くと月明かりに照らされた二人はがっちりと握手を交わしていて、その二人の間には計画や命令など介在しない友情が確かに存在することが感じられる。

 

 それからは急に寒くなった事にジンが文句を言ったり奥多摩から家まで徒歩で戻るなんてどうかしてるとかそれくらい我慢しろなんて言い合いをしながら二人は帰路についたのだった。

 

 それから2時間程水晶玉で二人の様子を見ながら待っているとアパートのドアが開かれ……

「た、ただいま戻りましたマル……いいやマリ子さんほんっっと瞬が来るのが遅かったから一時はどうなるかと思いましたよ」

「いやぁ……色々あって遅くなっちゃいました」

 肩を支え合ったボロボロの二人が帰ってきた。

 俺は大急ぎで水晶玉を隠し、そんな二人に駆け寄ってぎゅっと抱きしめる。

「おかえりなさい二人とも……本当に……本当に無事で良かった……」

「そ、そんな大層なことじゃないですよ。な、なぁジン?」

「えっ? あ、そ、そうだな……マリ子さんは本当に心配性だなぁ……あはははは……」

 ジンはわざとらしく笑って見せた。

 マリ子(おれ)が何も知らない一般市民という体で瞬と接している手前、ジンなりに気を遣って話を合わせてくれているんだろう。

 その軽い調子と笑顔を見ていると、さっきまでの命がけの戦いがまるで夢だったみたいに思えるがジンの活躍がなければこうして再び3人で笑い合うことも無かったかもしれない。

 自分よりずっと強い相手に立ち向かい、友と東京の街を救った君も立派なヒーローだよ。

 心の中でそう呟きながら、ジンの笑顔を見つめた。

 彼は暗殺者としての冷徹な過去を背負いながらも、瞬のために、東京のために、あんな無茶な戦いを挑んで勝利を掴んだ。

 瞬を信じてたった一人でクアトロスに立ち向かい、あのジャミング弾で一瞬の夜を取り戻して瞬の意識を呼び戻してくれたんだ。

 あの勇気がなければ、瞬は目を覚ますことさえなかったかもしれない。

 更にジンが活路を切り開いたことでVXはクアトロスを倒すことも出来た。

 

 それに比べて俺は結局見ているだけで何も出来なかった。

 胸の奥が締め付けられるような感覚が広がる。

 どれだけ言い訳を並べても、結局俺は水晶玉越しにジンの戦いを見守り、瞬の回復を祈ることしかできなかったのだから。

 瞬を探しに地球へ降りたのだってただの衝動で、具体的な策があったわけじゃない。

 俺がやったことと言えば汗だくで街を走り回り、居酒屋のオヤジに教えられ運良く瞬の家にたどり着いただけ。

 結局クアトロスを止めたのも瞬を復活させたのも全部ジンの力だ。

 

 子供の頃、「装鋼騎士シャドーVX」に憧れて、瞬みたいなヒーローに少しでも近づきたいって夢見てた。

 あの無敵のヒーローがどんなピンチでも立ち上がる姿に、どれだけ勇気をもらったか分からない。

 でも、今の俺はヒーローどころか、どれだけ綺麗事を並べた所で結局の所アポカリプス皇国のマルデュークでしかない。

 アポカリプス星と地球を両方救うなんて綺麗事をジンに押し付けて、自分は安全な場所で高みの見物。

 それに元はと言えばトリプロスがクアトロスになったのも恐らく俺がこの「シャドーVX」の世界をかき乱したしわ寄せなのだろう。

 そのせいで瞬が必要以上に傷つき、ジンが命を懸けて戦ったというのに俺はただただ無力だった。

 

 いや、違う。無力なんじゃなくて、動けなかっただけだ。動こうとしなかっただけかもしれない。

 ジンは瞬のため、僅かなチャンスの為に勝てないと分かっていた相手と戦った。

 瞬は瀕死の状態からでも立ち上がって東京を救った。

 二人とも、自分の命を賭けて何かを取り戻したのに、俺は今回一体何ができたって言うんだ? 

 俺は自分自信に問いかけた。

 

 すると

「そうだマル……マリ子さん? おやっさんから伝言を預かってたんすよね? 言ってやってくださいよ!」

 ジンが軽い声で俺に問いかけてくる。

「えっ、ああ……そうだったわ。仕事ほっぽりだしてどこほっつき歩いてるんだー……って。見つけたらきつく言っておいてくれって伝言を……」

 俺の言葉を聞いた瞬の顔が真っ青になった。

「やば……今日結局一日店の手伝いすっぽかしちゃったよ! おいどうするジン……!」

「どうするもこうするもねぇだろ。謝りに行くぞ」

「……そうするしかないな」

「わ、私も一緒に謝るから……ね?」

 

 そうしてさっきまでの暑さがウソのような真冬の冷え込む夜道を歩いて三人でいつもの居酒屋へ向かうと、もうとっくに閉店時間を過ぎているはずなのに入口にはのれんがかけられ戸からは光が漏れている。

 

「た、ただいまー……」

 瞬が恐る恐る引き戸を開けると……

「遅ぇぞ瞬! どこほっつき歩いてたんだ? ったくこんな遅くまで帰ってこねぇなんて心配したじゃねぇか」

「いやぁ……ちょっと用事があってさ、オヤジさん」

 瞬が頭をかき、ジンが苦笑いする。オヤジはそれ以上追求せず、ニヤリと笑った。

「まぁいいさ。どうせお前らまた何か無茶してたんだろ? ほら、座んな。結局今日は全然お客さんもこなくてどうしようかって悩んでたとこだったんだよ」

 俺たちはカウンターに通され、オヤジはそう言いながらビールとおでんを出してくれた。

「おやっさん……良いのか?」

「ああ。マリ子さんには悪いがこんなのもう煮えすぎててお客さんには出せねぇからな。さっさと片付けちまってくれ」

 遠慮がちに尋ねた瞬にオヤジはそう言った。

 その言葉を聞き瞬とジンは二人で顔を見合わせ、昼から何も食べていなかったのかオヤジに例を言うと出されたおでんに手を付け始める。

 

「いやぁ、こんな寒い夜におでんが食えるなんて最高だな、なぁジン」

 瞬が目を輝かせ、ジンも頷く。

「まったくだぜ。寒い時に食うおやっさんのおでんはやっぱ格別だからなぁ。そんじゃあ俺達の勝利を祝ってかんぱーい!」

 ジンはおでんとビールに目を輝かせ、ジョッキを高らかに掲げた。

「何だか知らねぇが、今日は特別に朝まで開けといてやるよ。その代わり後片付けはしっかりやるんだぞ?」

 とオヤジは笑い、俺と瞬もジョッキを重ねる。

 

 それからはいつものように他愛もない会話をしながら飲んでいたのだが、自分が何も出来ていない事に負い目を感じて遠慮がちにちびちびと飲んでいた。

 そんな一歩引いた所から見るジンは最早俺から任務を受けたからなんて理由ではなく本心から瞬と友情を育んでいる事が感じ取れた。

 

 そんな様子を見て俺は微笑ましく思う反面本当にここにいても良いのだろうかという疎外感に駆られた。

 しかし二人とも無事で良かったと心から思うこの気持ちだけは本物だ。

 俺が何もできなかったとしてもジンが瞬を救い、瞬がジンと一緒にクアトロスを倒してくれた。それで東京に夜が戻って、街の人々が少しでも安心できたならそれでいいじゃないか。

 と俺はビールを煽りながら自分を慰めるように言い聞かせた。

 

 でも、次は違う。次は俺だって何かしたい。

 何かできるはずだ。

 アポカリプス皇国に縛られていても、俺にだって出来ることがもっとあるはずだ。

 俺にだって出来ることが……

 そんな事を考えていると

「マリ子さぁ〜ん……さっきからなんでそんな暗い顔してるんですかぁ〜?」

 もう出来上がっていた瞬がそう俺に声をかけてくる。

「え、あ……なんでもないわ。ただちょっと考え事してただけで……」

 慌てて笑顔を作って誤魔化したが、俺は今度こそ見てるだけじゃなく二人の為に……そして地球とアポカリプス星の為に動かなければと心に決めた。

 その時

「マリ子さぁ〜ん……今日は本当にありがとうございました。貴女が背中を押してくれたから今こうやって皆で酒と美味いおでんが食えてるんすよぉ〜」

 酔いが回ってふにゃふにゃになった笑顔で、ジョッキを傾けながら俺を見つめてくる。

 その言葉に、俺は一瞬言葉を失った。

「え……?」

 俺が背中を押した?

 ジンのその言葉が頭の中で反響して、さっきまでの自己嫌悪が少し揺らぐ。

 確かに俺はクアトロスを倒すなんて無茶な作戦を直接実行したわけじゃない。

 でも、瞬の回復が月の光に関係してるという仮説を立てて、ジンにその可能性を伝えたのは俺だ。

 あの時、俺が何も言わなかったら、ジンはクアトロスと戦う決断をしなかったかもしれない。

 そう考えると……俺にも、ほんの少しは二人の勝利に繋がる何かがあったのかな?

「わ、私はそんな大したことしてないわ……」

 照れ隠しにビールを一口飲んで誤魔化そうとしたけど、ジンは首を振って続ける。

「いやいや、マリ子さんがあの時俺を勇気づけてくれなかったらきっと瞬も今ここにいませんでしたよ! なぁ瞬! お前ももっとマリ子さんに感謝しろよなぁ〜?」

「ああもううるせぇなぁ〜マリ子さんにはいつも感謝してるっての〜」

 無理やり頭を下げさせようとするジンに抗う瞬。

 そんなじゃれ合う二人の言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。

 

 確かに俺は今回表立って何かをする事が出来なかった。

 でも、こうやって二人に寄り添って希望を信じるきっかけを作れたなら……少しは二人の役にたてたのかもしれない。

 そう思うと少しだけ肩の力が抜けた気がした。

「……こちらこそありがとう二人とも。二人がそう言うなら私……もっと飲んじゃおっかなぁ〜親父さん! 生追加で!」

「おっ、良いねぇ〜俺も負けてらんないぜ! おやっさん俺も生追加! どうせ瞬のおごりだからな!」

「えぇーっ!? そりゃないぜジン! 俺だって頑張っただろ?」

 こうして、俺達三人は気づけば朝日が差し込むまで飲み明かしていた。

 

 そんな頃……

「ほら、そろそろ後片付けと今晩の仕込みだ」

 と言うオヤジの声ではっとなる。

 壁にかけられていた時計は朝の6時をさしていて、オヤジがつけたラジオからは

『昨日の異常気象は収束し本日の気温は例年並みとなっています。急激な温度変化による体調不良に引き続き警戒してください……ここで臨時ニュースです。本日午前6時33分頃……』

 そんなアナウンサーの声が聞こえてきて一気に目が覚めていく。

「も、もうこんな時間かぁ……」

「マリ子さんも遅くまで付き合わせて悪いね。あとはこっちでやっとくからさ! ほら瞬! お前もさっさと起きるんだよ。昨日サボった分しっかり働け! さぁてこれだけ急に寒くなったんだ。今日はおでんが飛ぶように売れるぞ〜」

 オヤジはそう言ってカウンターに突っ伏した瞬を揺り起こす。

「うぅ〜後5分」

「甘ったれた事言ってんじゃねぇ! ほら! 起きてお前の汚したカウンター拭くとこからだ!」

 再び寝ようとした瞬めがけオヤジは汚れた布巾を投げつけた。

 流石に彼らだけに片付けをさせるわけにはいかないと俺もカウンターの掃除をしばらく手伝ってから店を後にする。

「マリ子さんお気をつけて〜」

 未だ良いの抜けないジンが手を降ってそんな俺を見送ってくれた。

「うん、ジンもゆっくり休むのよ?」

 俺はそう返し、冷たい朝の空気の中いつもの路地裏に向かう。

 その時寒さのせいなのか何か背筋に悪寒のような物を感じ、路地裏に着くや否や急いで転送装置の準備を始めた。

 

 

 転送装置を起動させアポカリス要塞の自室に戻ると部屋の隅にはアビガストがじっと立っていた。

 そして俺を見つけるやいなや彼女はこちらに駆け寄ってきて……

「ま、マルデューク様……一体今までどこへいらしていたのですか? どこを探してもいらっしゃらなかったので私……とても心配しておりました」

 少々強めの語気でそう言った。

 何も言わず急に出ていっちゃったもんなぁ……

「あ、いやえーっと……そう! 地球に次の計画の下見に行っていたのよ! 心配かけてごめんなさいね。本当に大したことじゃないのよ? ちょっと時間がかかっただけで……」

 笑って誤魔化そうとした瞬間、喉の奥がムズムズしてきて

「ぶぅえっくしょぉんっ……ちくしょぃ……」

 大きなくしゃみとともに鼻水が垂れ、慌てて袖で拭った。

「……?」

 アビガストがそんな俺を目を丸くして見つめている。

「あ……いや……アタシとしたことが下品なくしゃみなんかしちゃって……おほほほほ……ほ……ほ……ほぇっくしょぃ!!」

 なんとか誤魔化そうとしたが更に大きなくしゃみがもう一つ。

 そんな俺を彼女はじっと見つめ

「マルデューク様……まさかお風邪をお引きになられたのですか?」

「い、いやそんなはずは……ふぁっくしょいぃっ!! ううっ……なんだよこれぇ」

 アビガストを余計に心配させまいとしようにもくしゃみと鼻水が止まらない。

 それに酔いのせいだと思っていたがなんだかくらくらするし頭もほんのりと暑い。

 さっき感じた寒気もこれのせいだったのか……? 

 そんな俺を見かねたのかアビガストは即座にジャージを持ってきた。

「とにかくすぐにお着替えになっててお休みになられてください! アポカリプス皇国作戦参謀が体を壊しては戦闘員達の士気にも関わります。それに……もし悪化などしたら私は……」

「う、うん……わかった。そうするわ……」

 俺はアビガストに言われるままジャージに着替えベッドで横になった。

 どうやら昼間の灼熱から一気に元の冬の寒さに戻った寒暖差のせいで風邪を引いてしまったらしい。

 情けないやら恥ずかしいやらで俺は布団に潜り込むしかなかった。

 

 しばらくすると、アビガストは得体のしれない何かの入った深めの皿をカートに乗せて戻ってきた。

「ありあわせではございまがこれを飲めば少しは楽になるかと思います」

「……へっ……? そ、それは何……?」

「風邪の時はこれを飲んで寝るのが一番です。もし一人でお食べになられる元気もないのなら大変恐縮ながら私めが……失礼いたします。お口をお開けになってください」

 そう言ってスプーンのようなものを使いその得体のしれない料理を俺の口の方に運んでくる。

 相変わらずアポカリプス皇国の料理は見た目がどぎつく、風邪気味だから尚更食べられる気がしない。

 しかしアビガストが心配してここまでしてくれた気持ちも無碍にはできず、俺は恐る恐る口を開ける。

 そして口のに入れられたどろっとした何かは見た目に反して甘くて優しい舌触りだった。

 数口食べていると、鼻が少しスッキリしてきた気がする。

 きっとアビガストが俺のために、風邪に効くものを作ってくれたんだろう。

 

 そのまま何度かスプーンを口に運ばれている時、ふと前世のことを思い出した。

 一人暮らしをしていた俺は、風邪を引いて寝込んでても誰も看病なんてしてくれなかったし、立ってられない程の熱が出ていても冷蔵庫にろくな物がなくて、コンビニまで這うように買い物に行ったこともあったしそんな状態で買い物をしていたら店員から露骨に「風邪移すんじゃねぇぞ」と言わんばかりの嫌な顔で接客をされたこともあった。

 更に上司からは「風邪程度で休むな」と電話越しに怒鳴られて、無理やり会社に出勤したこともあったっけ……

 

 でも今はこうしてアビガストがそばで心配してくれて、わざわざ何か作ってまで看病してくれる。

 見た目がアレでも、甘い味と温かさがじんわり身体だけでなく心にまで染みてくる様でアビガストが心を込めて作ってくれた事を感じ、気づくと目から涙がこぼれていた

「……ありがとう、アビガスト。本当に……助かるよ……ううっ……あれ……? おれ……なんで泣いてるのかな……」

 そんな俺を見たアビガストは表情を変えないままあたふたとし始め、

「ま、マルデューク様……いかがなさいましたか? ま、まさかお口に合いませんでしたでしょうか……」

 と心配そうに見つめてきた。

「ち、違うの! この料理……とっても美味しくて、それにアナタが看病してくれるのが嬉しくて…………ほんとうにありがとう」

 鼻声でそう呟くと、

「いえ、私はマルデューク様のメイドですから……これは当然の努めです。お褒め頂く様な事など…………」

 アビガストは一瞬驚いたように目を瞬かせたあと相変わらず表情を一つ変えずそう言ったが、頬が僅かに赤くなっているように見えた。

 

 そして得体のしれない何かを食べ終えると彼女は皿を片付け、そっと部屋の明かりを落としてくれた。

「それでは私は失礼いたします。もしなにかございましたらいつでもお気兼ね無くお呼びつけください。では、おやすみなさいませマルデューク様……」

 そう言ってアビガストは部屋を出ていった。

 

 しんと静まり返った一人の部屋の布団の中で俺は目を閉じるとジンと瞬の笑顔、それに浴びガストの顔が浮かんでくる。

 あの二人が無事で、東京に夜が戻り、こうしてアビガストに看病してもらえる。

 今はそれで十分なのかもしれない。

 

 ジンの「マリ子さんが背中を押してくれたから」という言葉で少し自信を取り戻せた気がした矢先さっそく風邪を引いてアビガストに情けない姿を見せてしまった。

 でも彼女に心配され、この温かさの中で眠れるのも悪くないと思える。

 まだ頭はぼーっとするし鼻水も少し残っているけど身体が芯からぽかぽかと温まってきて、だんだん楽になってきた。

 この心地よさにずっと甘える事は出来ないが、今夜だけは何も考えずこの暖かさに包まれていよう。

 心地よい温もりに包まれながら俺は静かに眠りに落ちていく。

 こうして、俺の長い一日は終わりを迎えたのだった。

 

 つづく

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