冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した 作:ゔぁいらす
東京灼熱地獄計画が阻止されてから数日が経った。
あの日は色々あったものの最終的に良い気分で終われたのだが、その後が更に大変だった。
次の日、仰々しい防護服の様なものを身にまとった科学者戦闘員の主任が部屋にやってきて
「お風邪をお引きになられたとお伺いいたしましたが、地球由来の未知のウイルスの可能性があります。恐縮ですがご協力をお願いいたします」
なんて物々しい事を言い出し、看病してくれていたアビガストも濃厚接触者だからとかで俺達は二人まとめて検査という名目で医務室へ連行される羽目になったのだ。
医務室に着くや否や俺とアビガストは全裸にさせられ、まるでSF映画(いやまあSF映画みたいなもんなんだけど)のようなカプセルに入れられた。
その中でアームのようなものが口に突っ込まれたり全身をスキャンされたり、その様子を終始じっくり研究員たちに見られていたのは検査のためとはいえその状況はすごく恥ずかしかった。
しかし、その大仰な検査の結果は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
診断はアポカリプス星でも確認されているごく軽度な風邪だったらしく、それが判明した途端こちらが逆に申し訳なくなる程に主任や他の科学者戦闘員たち総出でまるで企業が傾くレベルの不祥事でも起こしたとでも言わんばかりの勢いで謝られた。
恐らくマルデュークのこれまでの所業から鑑みるに
「そんなしょうもない風邪如きでこんな手間かけさせるんじゃないわよ!!」
とでも怒鳴られ、最悪粛清されてしまうとでも思ったのだろう。
地球侵略に来たエイリアンが地球の風邪にかかって全滅したみたいなSF映画もあった気がするし前世でも新型の感染症をただの風邪だと対策を侮っていたら世界を巻き込む大惨事になってしまったなんてことも記憶に新しい。
だから検査の内容自体は恥ずかしかったけど警戒することに越したことはないしそれが未知の惑星で感染した可能性のあるものともなれば仕方のない事なんだとは思う。
検査が終わってからというもの別に症状もそこまで酷くないし最低限は
「お言葉ですが風邪なのに業務をなさるなど正気ですか? 今は風邪が完治するまでお部屋でゆっくり静養なさってください」
と主任に弱々しく言われ、
アビガストからも
「どうかご無理なさらないでくださいマルデューク様。風邪は万病の元と申します。どうかご安静に……」
と言われたのでお言葉に甘えて大人しく休ませてもらうことにした。
重めの風邪どころかヤバめの感染症にかかっても気持ちの問題だとかアイツは出社したとか問答無用で這ってでも出てこいとか怒鳴り散らしてくる会社とどっちが悪の組織なんだか……
そんなこんなで休みをもらい自室で特に何をするでもなく1日を過ごしていたのだが、そういえば俺の意識が目覚めてからというものなかった気もする。
マルデュークの趣味なのかアポカリプス星ではこれが当たり前なのかやはり部屋の内装がおどろおどろしくて少々落ち着かなかったが、部屋に居る間はずっとアビガストがつきっきりでいつも以上に身の回りの世話をしてくれていて、ただの風邪でそこまでさせてしまっていることが少々忍びなかった。
戦闘員達の統率やその他諸々の業務は
「お任せください。このグラギムがマルデューク様の代わりを命をかけて承ります! ですからマルデューク様は何も考えずごゆっくりお休みください!」
と爽やかに言ったグラギムが代わりにやってくれていて、復帰後の引き継ぎもスムーズに行われた。
その間の彼の仕事ぶりを見ているとやっぱり俺なんかよりずっと幹部に向いてるよなぁ……と思えてしまう。
そんな人望も厚く仕事もできる彼を見ていると仕事もうまく行かずいつも謝ってばかりだった前世の自分を思い出し、何かやらなくてはと決心したのは良いものの結局ここ数日何も自分から動けていないことに焦燥感を覚えていた。
それだけでなく、風邪が治ってからも恐らく戦闘員経由で聞いたんだろうけど
「瞬がやられたって一体どういうことなんですか!?」
と想に詰められ、焦って我を忘れた彼を落ち着かせた上であの日の事を一から説明するのも大変だった。
そんなこんなで風邪も治り、グラギムが大体の事を片付けてくれたおかげで特にやることもなかったので、多方面に心配と迷惑をかけてしまった事へのお詫びとお礼でもと思い立った俺は街へやってきて何か無いかと探している所だ。
これまで麻雀やテレビゲームなど戦闘員達にじわじわと地球の物や文化に触れてもらい、彼らの興味や関心は惹いていると感じていて、このまま続けていけば彼らの意識も少しは変えられるかもしれない。
さて、次は一体何にしたものか……
そんなことを考えながら、冷たい風が頬を撫でる街を歩いていると、ふと、昔懐かしい佇まいの駄菓子屋に目を奪われた。瓦屋根の古びた引き戸に、色褪せた暖簾。その奥には、子供の頃の宝物のような空間が広がっている。
足を止め、店内を覗き込むと未だに見かけるメジャーな顔ぶれから、最近はすっかり見かけなくなった幻のような菓子まで、様々な駄菓子やおもちゃが古めかしい木製の棚に所狭しと並べられている。
良いよなぁ駄菓子……
子供の頃、
「そんな物、身体に悪いから食べるものじゃありません!」
なんて親から言われてあんまり食べる機会もなかったんだよなぁ……
だからこそ小遣いでひっそり買ったり、友達の家や町内会の集まりなんかで出されたものを食べた時はなんだか背徳感のようなものも相まってとても美味しかったという記憶が脳裏に焼き付いている。
そうだ!
アポカリプス星の食事は基本的にドぎつい見た目の物ばかりだし、奇抜でカラフルな見た目のものも多い駄菓子なら戦闘員達にも受けが良いかもしれない!
それに何より安い。
これなら大勢いる戦闘員達配るのにもってこいだし地球の食文化に触れてもらえるしで一石二鳥だ。
そうと決まれば善は急げと、俺は駄菓子屋へと足を踏み入れた。
「うわぁ〜!」
店内に所狭しと並べられる駄菓子駄菓子駄菓子!
餅なのかなんなのかわからないフルーツの柔らかいヤツとか混ぜれば混ぜるほど色が変わるやつとかツボにぎっしり詰められたスルメとか!!
まるで子供時代にタイムスリップしたような(あながちその表現で間違ってはいないのだが)気分になり、余りの懐かしさに俺は思わず感嘆の声を漏らす。
テンションが上がり、同心に帰った俺は目を輝かせながら店を見回して駄菓子の品定めを始めた。
大の大人が駄菓子屋で目を輝かせ、両手に駄菓子を抱え込んでいるのが物珍しいのか、買い物に来ていた子供たちの好奇の視線を感じる。
しかし、そんな子供たちを尻目に俺はちびっ子たちよ。これが大人の力だぞとでも言わんばかりに躊躇なく駄菓子をいくつかピックアップして大胆に箱ごと手に取り、会計へ持っていく。
その量に店主のおばあさんも目を丸くしていたが、俺は得意気に会計を済ませた。
そして両手に抱えきれないほどの駄菓子の入った紙袋を担いで俺は駄菓子屋を後にする。
歩くたびにゴソゴソと音を立てる紙袋からは様々な駄菓子が顔をのぞかせていて今から食べるのが楽しみだ。
そういや俺がサラリーマンだった頃、通販サイトで昔好きだった駄菓子を見かけて箱で買ったけど歳のせいか胃がもたれてあんまり食べられなかったし昔ならいくらでも食べられる気がしてたのにすぐに飽きちゃったんだよなぁ……
あの時は流石に老いを実感したけどこの身体なら……
ああっ! 早く帰って久々に色々食べてみたい! いや、今一個くらい食べたって……
ってこれはあくまで戦闘員達への日頃の感謝とかお詫びも兼ねて地球の文化に親しんでもらったりしてもらうためのもので……
内心の欲望を必死に抑えつけ、何度も袋の中に手を伸ばそうとする自分にそう自戒しながらやっとのことでいつもの路地裏に戻って紙袋を一旦地面に下ろす。
「どっこいしょっと……流石に買いすぎたか……?」
とは言え、要塞にいる戦闘員の数を考えればこれでも一人に一つ行き渡れば良い方だろう。
ひとまずこれだけでも先に要塞の自室に転送して、追加の駄菓子やらアビガストに渡すお土産も探しに行かないとな。
そんなことを考えながら、慣れた手つきで転送装置の制御端末を操作する。
紙袋を自室へ転送していくとみるみるうちに駄菓子の詰まった紙袋が跡形もなく消え去り、端末には転送を完了したという表示が映った。
「よしっ。転送完了! さーて、改めて色々探しに行くかー」
そう言って軽く伸びをして路地裏を出ようとしたまさにその時だった。
首筋の後ろの方に電気が走るような鋭い痛みが走る。
次の瞬間、まるで全身の神経が麻痺したかのように体が痺れてその場に崩れ落ちてしまった。
「い……一体な……なん……」
痺れは加速度的に広がり、身体を動かすことはおろか言葉すらまとも出せなくなっていた。
視界がぼやけ薄れゆく意識の中、何やら人影のようなものが俺の目の前に立ち塞がったような気がしたが、その時には既に俺の意識は深い闇の中へと沈んでいた。
「……まだ目覚めないのですか? もしや殺してしまったのではないでしょうねぇ?」
「ゲギャギャギャギャぎゃ!!」
「そんな訳ねぇだろ! 俺を誰だと思ってんだ? 人間に使う時よりかは多めに注入してやったが死ぬ毒じゃねぇじきに目を覚ます」
そんな話し声が聞こえてきて俺は意識を取り戻しゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に見えてきたのはうっすらと切れかけの電球が光っている広々とした空間だった。
目を凝らすとそこには錆びつき埃をかぶった壊れた機器類が無造作に配置されていて、長年打ち捨てられているどこかの廃工場の様だ。
それに身体を動かそうとするとまだ痺れが抜けていない上、背中に冷たい感覚が走る。
何やら縄のようなもので身体を厳重に鉄の柱にでも縛り付けられているようで痺れも相まって全く身動きを取ることが出来ない。
俺、何者かに拉致られたのか!?
「な、なんだよこれぇ!」
俺は思わず情けない声を上げると、会話をしていた三つの人影がその声に気づいたのか鈍い音を立ててこちらに近づいてきた。
目がぼやけている上、薄明かりでよく見えないがその三人の姿は到底人間のものではなく、悍ましいほどに歪んだ影が暗闇に蠢いていた。
「キェーッ! やっとお目覚めですか? 待ちくたびれましたよ。アポカリプス皇国幹部マルデューク……」
甲高い叫びの直後それとは不釣りあいな程丁寧な口調で声をかけてきたのはひときわ大きく、闇に溶け込むような翼を持ち大きな耳とそこまで裂けた口を大きく開いた怪物だ。
「グギャギャー!!」
そして次に言葉にならない咆哮のような声を発しながら俺の顔を覗き込んできた怪物には8っつの目があった。
そのうち2つの目だけは妙に生々しい人間のものになっていて、その視線が俺を刺すように見つめている。
その2体の怪物は妙にリアルで生々しく俺は恐怖で身を縮ませる。
しかしそれと同時にどこかで見たことがあるような気がしていた。
「な? だから言っただろう? じきに目を覚ますって。それにしてもこんなにぐっすり寝られるのは少々想定外だったがな」
そんな2体の怪物を押しのけるようにして現れたのは強固な鎧をまとったような姿で右手に大きなハサミを持ち、頭部に尖った触手のようなものが一本生えた怪物だ。
その怪物もいかつい顔には不釣り合いなほど人間的な目をしていて、その瞳が俺をギラリと睨みつけてくる。
「お、おおおお前ら一体誰なんだ……!? は、離せ……んっ!」
俺は今の自分がアポカリプス皇国の女幹部であるという今の自分の立場も忘れて情けなく声を震わせ、か細く怪物たちに問いかけながら反射的に体を動かす。
すると体に巻き付けられている縄のようなものがギチギチと音を立て身体に食い込み痛みと痺れが走る。
「おっと、あまり動かないほうが良いですよ。その糸は特別性でしてねぇ……もがけばもがくほど貴女の身体を締め上げます。そちらの趣味がお有りでしたら存分にもがいていただいても結構ですが、いずれ貴女の身体を引き裂くでしょうが」
そんな様子を見た翼を持つ怪物が抑揚のない声で答えた。
その声は冷酷で一切の感情を読み取ることができない。
その横で八つ目の怪物が得意げに声にならない声を上げている。
なんかヤバい集団に捕まっちゃったのか……?
怪人とは言えどうみてもアポカリプス皇国の怪人とは違う様に見えるし……
それにしてもどっかで見たような気がするんだよな……
ってそうじゃない! 言葉が通じるならまずは対話を……
「お、俺なんかを攫ってどどどどうするつもりだ!?」
必死に絞り出せたのは上ずった声で最早取り繕うこともないそんな言葉だった。
「そんなの決まっているでしょう。我々の野望のためアナタには人質になっていただいたのです。まさか……」
「まさかあのVXとヤり合ってるアポカリプスの女幹部が呑気に街で買い物なんかしてるとは思わなかったがな。お陰でこうも簡単に捕まえられた訳だが」
ハサミを持つ怪物が、嘲るような口調で翼を持った怪人の言葉を遮り言葉を続ける。
「グギャギャギャギャぎゃ!」
そして八つ目の怪物は、再び意味不明な咆哮を上げ、今にも俺に襲いかかろうとしてきた。
「お待ちなさいツチグモローグ。拷問にかけるのはもう少し後です。事が済めば好きなようにしても構いませんから」
しかし、翼を持つ怪物が冷静な声でそれを制止する。
その言葉に八つ目の怪物不満げに唸り声を上げたが従順にその場に留まった。
ツチグモローグ……?
俺はその言葉でこの怪物たちの既視感の正体に気がついた。
ローグ……それは『装甲騎士シャドーVX』の前番組である『装甲騎士シャドー』に登場したモグローグが差し向けてくる怪人の総称だ。
それがわかれば芋づる式にモヤのかかっていた既視感が晴れていく。
目の前の8つ目の怪物はツチグモローグ。
『装甲騎士シャドー』第一話で瞬の父親である
その姿は生で見たからなのか
ツチグモローグは集団でシャドーに襲い掛かりその糸で苦しめたもののすべて彼に倒されたはずだけど……
その隣にいる翼を持った怪人はコウモリローグ……
『装甲騎士シャドー』の序盤から登場し主に偵察や誘拐なんかを専門にしていて、戦闘能力はそれほど高くないもののシャドーに見つかるたび逃げおおせたりシャドーが戦闘している最中に乱入してきてはすぐに居なくなったりして終盤までしぶとく生き残っていたずる賢いヤツだ。
でも最期は瀕死のダメージを負いながらもソルダークネスにシャドーが本拠地であるモグローグ神殿へと侵入したことを告げて前で力尽きたはず……
いや待てよ……? そういえば複数体居るような描写があったような気もするけど……
となると、もう一体のあのハサミのやつは……?
どれだけ記憶を辿っても、シャドーにあんな怪人は居なかったはずだ。
俺がそんな事を考えていると、ハサミの怪人が苛立ちを露わにした。
「おい! 何をボケーっとしている!? 貴様は今我々モグローグの手の中なんだぞ!?」
ハサミの怪人はそう声を荒げ、その鋭いハサミをカチカチと鳴らす。その音に、俺は一気に現実に引き戻される。
しかし、現実に戻ろうとも眼の前には確かにテレビで見たことのある怪人達が居て、こちらを憎悪に満ちた目で睨みつけている。
その異様な光景、そして身動きも取れないこの状況では生殺与奪の権を全てこの怪人たちに握られている事を再認識し俺は身体を震わせる。
「ひっ、も……申し訳ありませんっ!」
条件反射で、俺は謝罪の言葉を口にした。
情けないと分かっていても身体が勝手に震えクセのように染み付いた言葉が出てしまう。
「おやおや? 何やら聞いていた評判と違いますねぇ……もっと冷酷で無慈悲でプライドの高い女だと伺っていましたが」
コウモリローグが、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「フン。大したことねえな。結局コイツも群れの中でだけでしかイキがれずこうして一人になればただ怯えるだけしか能のないただのアバズレって事だろ?」
ハサミの怪人が、俺の醜態をあざ笑うかのように言い放つ。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
ツチグモローグも二人につられる様にけたたましい鳴き声で追随し、怪人たちは口々にそんな事を言って、俺を笑い者にする。
彼らの嘲笑が廃工場に不気味に響き渡った。
「突然東京が真夏の様に熱くなり夜が訪れなくなったあの日、アナタがとある居酒屋から出ていくのを見かけましてねぇ。それに相当呆けておられた様でしたので、その後をつけさせていただきましたが全くお気づきになられなかったもので」
ひとしきり笑い終えた後、コウモリローグはそう言った。
ま……まさか、あの日こいつにつけられてたのか!?
確かにあの日の帰り道、一瞬何か薄気味悪い悪寒のようなものを感じた。
あれは急に寒くなったからでも風邪を引いたからでもなくコウモリローグの殺気を感じてたからだったのか!?
もしそうなら確かにVXが絶望的なピンチから勝利して浮かれていたとは言え迂闊だったとしか言いようがない……
というかモグローグの怪人が生きてるなんて聞いてないし見たこともないしそんなの警戒するわけないだろ!
「コウモリローグからそれを聞いてあの路地裏で張っていたら呑気に駄菓子なんて買い込んでノコノコと現れたからそこを襲わせてもらったというわけだ」
そんなコウモリローグに続いてハサミの怪人が得意げにハサミを鳴らし、頭部の触手のようなものをうねうねと動かす。
「お手柄でしたねぇサソリローグ。シャドーと渡り合ったアポカリプス皇国の幹部をいとも簡単に捉えるとは」
「当たり前だ」
コウモリローグの労いの言葉にサソリローグと呼ばれた怪人は当然のように答える。
サソリローグ……?
そんな怪人は居なかったはずだ。
どれだけ記憶を辿ってもこの怪人がシャドーと戦っていた場面どころか見た覚えすらない。
それどころかモグローグの怪人は終盤戦えないと判断された者や逃げようとした者は処刑怪人タチウオローグに処刑され、残った僅かな怪人たちは全てシャドーに倒されるか本拠地の神殿の崩落に巻き込まれて全滅したはずじゃ……
少なくともシャドー本編のナレーションではそう説明されていたはずだ。
第一『シャドーVX』にモグローグの怪人が現れたエピソードなんてものは存在しない。
それなら眼の前に居るこの怪人たちは一体……
「も、モグローグの怪人は全滅したんじゃ……僅かに逃げ延びた生き残りもタチウオローグに殺されたって……」
俺は混乱と恐怖に苛まれながら震える声で問いかける。
「よくご存知で。しかしそれは大きな間違いです」
「ああ。そう簡単に殺されてたまるかってんだよ」
「確かにあのタチウオローグは数少ない怪人たちを感情的に処刑して回っていたようですがヤツ一匹ごときでそんな事ができるとでも? ヤツは役立たずは全て始末したと報告したようですが、我々は全国に散り散りに潜伏していたのです。ヤツ一匹が短期間で片付けられる数など僅かなもの。我々がこうして生き永らえたのは、当然と言えるでしょう」
「グギャー!! グギャギャぎゃ!!!」
コウモリローグは冷淡な口調で事の真相を語り、ツチグモローグもそれに釣られて感情を爆発させるかのように狂喜の叫びを上げる。
「落ち着けツチグモローグ……俺達はシャドーへの復讐、そしてモグローグ再興の為これまで息を潜めていた。そのチャンスがこうして転がり込んできたというわけだ!」
「ええそうです。屈辱にまみれ生き恥を晒した甲斐があったというもの……それもとうとう報われる! ついに同族、同胞の無念を晴らすチャンスがやってきたのです! なにせあのお方がご復活なされたのですから!!」
どうやらこいつらはタチウオローグの処刑から逃げ延びた生き残りの怪人たちらしい……
一体どうなってるんだ……?
そんな生き残りの怪人たちが俺なんかを攫って一体何をする気なんだ……?
「お、俺なんかを人質に取ってどうするつもりだ……?」
俺は必死に平静を装いながら、それでも震える声で問い返す。
「そんなこと決まっているでしょう。アナタを取引材料に使い、アポカリプスの軍門に下ったソルダークネス様を奪還し、再びモグローグを率いていただくのです! あのお方であれば強化されたシャドーとも渡り合える。それをあろうことかアポカリプスはこき使うなど言語道断! あのお方は貴様らの下に収まるお方ではない!!! ああ……おいたわしやソルダークネス様……貴方様を我々がすぐにでも救い出して差し上げます」
翼を持つ怪物が、ソルダークネスへの絶対的な忠誠心を滲ませる声で力説する。
「そうだ。ソルダークネス様は再び我々を導いてくださる……! あのお方のお導きで再び我らモグローグは栄華を取り戻すのだ!!」
サソリローグもまた目を輝かせながら右手のハサミを高らかに掲げながらそう続け、同調するようにツチグモローグも雄叫びを上げた。
その言葉には狂信的な崇拝と過去への執着が垣間見える。
「……俺のハサミも、毒も、あのシャドーに試す機会もなく終わっちまった。だがこうして生き残り、再び日の目を浴びる時が来た。今度こそソルダークネス様の元で俺の力を存分に振るってやる……!」
サソリローグはそう言って腕のハサミを大きく掲げた。
「グギャ! グギャギャギャギャ……ソル……ダグー……ネヅ……ザマ……グギャギャー!!」
ツチグモローグもまた、狂信的な叫び声を上げている。
彼らの妄執は、俺の想像を遥かに超えていた。
「……ソルダークネス様は我々にとっての希望。あの絶対的な力……! あのお方の力さえあればこそ我々のシャドーへの復讐とモグローグの再興は成就できるのです……ですからアナタにはその計画の為存分に役に立っていただきますよ」
コウモリローグの声は先ほどよりも感情がこもっているように聞こえ、そこにはソルダークネスへの盲信が滲み出している。
「そうだ! ソルダークネス様がいれば日本は今度こそ我々モグローグのものとなるのだ!」
サソリローグの声は興奮で上ずり、狂信的な熱を帯びていた。
「グギャ! グギャギャギャ!」
ツチグモローグもそれに呼応するように言葉にならない狂喜の叫びを上げ、廃工場の薄暗い空間で蠢く。
その八つの目には、屈辱を晴らし野望を果たす決意がギラギラと輝いている。
コウモリローグもまた冷酷な口調の裏に抑えきれぬ昂揚を滲ませ、ソルダークネスへの絶対的な忠誠を再確認するように翼を震わせた。
彼らの瞳に宿るのは歪んだ野望と、シャドーへの復讐心だ。
だが、その光景を目の当たりにした俺の胸には怒りと共にどうしようもない哀れみが込み上げてくる。
彼らの信奉するソルダークネスはもうどこにもいないのだから。
本当のソルダークネス……いや、陽黒想はこんな狂気じみた野望に付き合うような男じゃない。
モグローグの非道な改造手術によって気弱で優しい彼の本当の人格は封じられ、脳改造によりソルダークネスという偽りの覇王としての人格を植え付けられて傀儡の次期王として担ぎ上げられていただけだ。
想はようやくそんな忌々しい呪縛から解放されて本来の自分を取り戻したんだ。
彼はインドア派で、ちょっとスケベな気はあるけど根は真っ直ぐで真面目で優しい年相応な青年だ。
あの
俺の知っている『シャドーVX』での彼最後の最後まで陽黒想として自由を得ることは出来なかった。
そんな彼は今、背負わなくても良いはずの自分の過去と過ちと運命に向き合いながら新しい一歩を踏み出そうとしている。
それなのに怪人たちはそんな事を知りもせずソルダークネスが蘇ったという上辺だけを見て過去の幻影にしがみついてる。
「ソルダークネス様こそ我々の希望! あの絶対的な力さえあれば次こそ憎きシャドーを打ち倒し、モグローグは栄華を再び取り戻すのです!」
コウモリローグの声にはどこか狂信的な響きがある。
しかしモグローグはシャドーの手によって2年前に壊滅している。
これは紛れもない事実のはずで、いくら残党が僅かにいようともシャドーにすら勝てなかった怪人たちが更に強化されているVXに敵うわけがない。
「そうだ! ソルダークネス様のお導きがあれば次こそは俺のハサミも毒も、必ずお役立てすることがきる!」
しかしサソリローグもまた腕のハサミをカチカチと鳴らし、復讐の炎を燃やしていてソルダークネスの下であればモグローグを再興できると信じて疑っていない様に見える。
いや、それを信じることだけが彼らの生きる意味になってしまっているのだろう。
そんな彼らの言葉はとても空虚に思えた。
「感謝しますよマルデューク……貴女がソルダークネス様を蘇らせてくださったおかげで我々にも勝ちの目が出てきた。そしてこうしてそのアポカリプスの女幹部である貴女を捕らえることも出来たのです! 天佑は我々にある! 我らが覇王ソルダークネス様を我々のもとに返していただきましょう! 今こそモグローグ再興の時なのです!!」
「そうだ! 貴様ら如きがあの崇高なお方を使役するなどあってはならんのだ! あのお方こそこの世界を統べる時期黎明王にふさわしい……あのお方こそこの星の真の支配者なのだ!!」
ソルダークネス……いや想の事なんて何も知らないでよくもまあ好き勝手に……
彼らの身勝手な妄執に俺の中から怒りがふつふつと湧き上がってくる。
彼がどれだけ自分の過去を悔いて、ソルダークネスとしての罪を背負って苦しんでいるかこいつらは何も知らない。
いや、知ろうともしないんだ。
ただ野望を叶える偶像として、自分たちの都合の良い心の拠り所として存在しない「ソルダークネス」を盲信してるだけだ。
本来であれば哀れな戦士でしかなかったソルダークネスだが、この世界では自我を取り戻す事ができたんだ。
せめてこの世界では彼には笑っていてほしい。
ソルダークネスとしてではなく一人の青年陽黒想として生きていてほしい。
これは俺の独善なのかも知れないが、こんな奴らの歪な妄執のためにために想を利用されるよりはずっとマシだ!
彼はもうモグローグを率いる覇王なんかじゃない!!
陽黒想だ!
彼ぐらいの年頃ならまだまだ遊びたい盛りでしたいことだってあっただろう。
そんな青春と時間をすべて邪悪な陰謀と運命に奪われた彼にやっと人生を取り戻すチャンスが巡ってきたんだ。
そんな彼を再び忌々しい過去に縛り付ける事など誰にも許されて良いはずがない。
俺の胸の中で怒りと哀れみがぐちゃぐちゃに混ざり合い、とうとう我慢の限界を超えた。
こんな何も知らない奴らが想を苦しめようとしているのを見過ごすわけには行かないと腹の底から煮え滾るような義憤が湧き上がってくる。
「いい加減にしろ! 彼のことなんか何も知らないくせに!!」
俺は縛られたまま精一杯声を張り上げると騒がしかった怪人たちが一気に黙ってこちらを睨みつけてきた。
柱に括り付けられた身体がギシギシと軋み、怪人たちの視線も相まって身体には刺すような痛みが走る。
「お前らの信奉するようなソルダークネスはもういないんだ! モグローグの再興? シャドーにすら勝てなかったお前らがそんな事できるわけ無いだろ!? そんな妄想につきあわされちゃ彼だってありがた迷惑だろうね!! きっとそんなのとつるむのが嫌になったから彼は俺と組んだんだよ!!」
言葉が止まらない。
俺の叫び声が廃工場の錆びた壁に反響し、怪人たちの動きが一瞬止まる。
「今なんと言いましたか……?」
コウモリローグの冷たい声が廃工場の空気を切り裂く。
巨大な翼が不気味に揺れ、その瞳には侮蔑と怒りが滲む。
「グギャギャ! ギャアア!」
ツチグモローグも八つの目をギラつかせ、まるで俺を喰らわんばかりに咆哮を上げた。
「よくもほざいたなクソアマァ! 」
サソリローグがハサミをカチカチと鳴らし、頭部のサソリの尾を不気味にうねらせながら一歩踏み出してきた。
「ひっ……! す、すみませ……」
その迫力に俺の心臓が一瞬縮こまり、いつものクセでそんな言葉が出てしまう。
なんでこんな奴らに謝らなければいけないんだと思いながらも自分の気の弱さを呪った。
ん?
……いや、待てよ?
怪人たちの悍ましい姿と縛られて身動き取れない状況に飲まれてたけどよく考えたら俺、今はあのマルデュークなんだよな……?
一応シャドーVXと渡り合える程度には戦える身体のはずだ。
……ってことは、VXは愚か強化前のシャドーにすら勝てなかったモグローグの残党相手なら負けることはないのでは……?
怒りが逆に頭を冷やして、ようやく今の自分が何者かを思い出した。
ツチグモローグもコウモリローグもシャドーに倒されている。
サソリローグも本編には出ていない怪人とはいえ所詮はモグローグ怪人に過ぎない。
それに第一
幸いサソリローグの毒とやらも僅かに痺れは残るがこうして意識もはっきりしている。
きっといつも通りにやれば電磁ムチくらいは出せるだろうし所詮インフレにおいていかれた過去作の怪人だ。
そんなのに現行作品の女幹部であるマルデュークが負けるわけがないはずだ!
そう思うとこんな圧倒的に危機的状況でも一気に気が大きくなってきて……
「俺……じゃなかったアタシを誰だと思っているのかしら? アポカリプス皇国血染めの紅爵、マルデューク様よ? シャドーVXとも渡り合えるこのアタシが、あんた達みたいな死にぞこないの残りカスごときににどうにかできると思っているのかしら? 戦闘能力だけじゃなく頭もアタシたちアポカリプス皇国軍よりもう〜んと弱い様ね!」
俺は渾身の啖呵を切って、ニヤリと笑ってみせた。
……つもりだったけど縛られたままドヤ顔してる自分、客観的に見たらめちゃくちゃ滑稽じゃないか?
いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「貴様……言わせておけば! ソルダークネス様は俺たちの全てなのだ! 貴様の様なアポカリプスの小娘に崇高なあのお方の何が分かる!?」
サソリローグは俺の言葉に怒りをあらわにし、横ではツチグモローグも怒りの雄叫びを上げている。
怒れるうちに怒っておくがいいわ。
「ええ分かってるわよ。少なくともアンタ達よりはずっとソルダークネスのことは知ってるつもりよ! あなた達、あの人と一緒に食事もしたことないでしょう? アタシとあの人はもうそういう事をする仲なの。その程度のあなた達があの人の何を分かるって言うのかしらねぇ〜おーっほっほっほ!」
アタシは挑発するように高笑いを決めてみせた。
見るからに怪人たちの表情や動作が怒りの色を見せているが勝てると分かってさえいればそんなものもう怖くもなんとも無いのよ!!
「貴様ァ!!」
とうとう怒り狂ったサソリローグの爪が俺に迫る。
さーて多少身体は痺れているけれどここは電磁ムチをビシッと出して華麗に拘束から脱出してこいつらを血祭りにあげるわよ!
「今に見てなさい? 3匹まとめて血祭りに……」
と言いかけた時だった。
いくら手に意識を集中しても電磁ムチが出るところか手がじんわりと温かくすらなりもしない。
それどころか手足は動かせるはずなのに力が思うように入らない。
そして
「ぶへっ!!!! な……なんで……?」
頬に鋭い痛みと血の垂れる感覚が走り、さっきの啖呵の勢いはどこへやら一気に血の気が引いて俺の顔がみるみる青ざめていく。
「グギャギャ! ギャハハハ!」
ツチグモローグが、まるで俺の情けない姿を見て嘲笑うように叫ぶ。
「フン、随分と威勢がいいと思ったら、ただのハッタリか」
サソリローグがハサミをカチンと鳴らし、頭部の尾を俺に向けながらニヤつく。
「言っただろう? お前には特別性の神経毒をたっぷりと注入してやったとな。お前はあと半日はまともに動けないだろう。ついさっきまでぐっすりおねんねしてた事で証明済みだろ? 意識だけはっきりする様にしてやったのはソルダークネス様を従えるなどと傲慢を働いたお前が屈辱に表情を歪ませる様をじっくり見てやるためだ!」
「えっ!? は、半日……!?」
俺は思わず叫んでしまう。
半日って……! それじゃこいつらを倒すどころか脱出すらままならないじゃないか!
いつもそうだ……肝心な時に役に立たない。
そんな不運も前世から引き継いでしまっているらしい。
「ハハッ! どうだ 俺の毒の威力は! もう一発くらってみるか? 次はそうだな……俺達の言いなりになるようにでもしてやるか? 毒の調合もどのくらいにすれば良いかの加減は大体分かったからな。ソルダークネス様を屈辱的な目に遭わせた報いを受けるがいい!」
サソリローグがジリジリと近づいてくる。
頭部の尾がクネクネと動き、毒液が滴り落ちる。
地面に落ちたそれがジュッという音を立てて鼻を突く臭いとともに蒸発している。これ絶対ヤバいやつだろ!
「ひ、ひいいっ! や、やめてくださいっ! お許しくださいぃ〜!!」
気づけば俺は情けなく叫びながら必死に身体を動かそうとするけどそんな事をしたところで拘束から逃れることは出来ないどころか更に俺の身体をキツく縛り上げていく。
くそっ、せっかくマルデュークらしく啖呵切ったのにこのザマか……
今だけはシャドーVX相手にも物怖じ一つせず渡り合っていた本物のマルデュークが羨ましく思える。
サソリローグのハサミが俺の目の前でカチカチと鳴り、毒の尾がググッと近づいてくる。
コウモリローグは冷ややかな目で俺を見下し、ツチグモローグは興奮したように蠢きながら言葉にならない叫びを上げている。
もうダメだ……
いくら身体がマルデュークだとは言え所詮中身は気弱なおっさん。
そんな俺にどうにかできる相手じゃなかったんだ……
ごめん……想……
たすけて……瞬……
万事休すと思ったその瞬間、バァンという大きな音とともに廃工場の壁に穴を穿ってそこから何かが飛んできた。
その何かが俺の頬をかすめた次の瞬間サソリローグの頭部に直撃する。
「ぐぉッ!?」
サソリローグがその場に勢いよく倒れ、他の怪人たちの視線が一斉にそっちに向いた。
「グギャ!?」
「な、なんなのですか一体……!?」
「痛ェなぁ……! なっ? ヘルメットだと……? チィッ! こんなもんどこのどいつが!?」
飛んできたものは真っ赤なフルフェイスのヘルメットで、サソリローグはよろよろと立ち上がり怒りに身を任せてハサミで叩き潰した。
すると
「おうおうおう! 女1人相手に3人でかかるたぁダセェ事してんなぁ」
そんな声がどこからともなく廃工場に響き渡る。
「サソリローグをこんなもので膝をつかせるとは一体何者ですか!?」
コウモリローグがそう叫び、警戒し辺りを見渡した。
すると重い鉄のドアがギイイッと軋みながらゆっくり開き、辺りは一瞬の静寂に包まれる。
そして誰かがそのドアを潜り足音を響かせて工場の中に踏み込んでくる。
暗闇に浮かぶその人影は暗くてよく見えなかったが歩きながら見覚えのある構えを取り……
「……転装」
その掛け声と共に一瞬で蒸気に包まれその姿を変えた。
蒸気の中から現れた薄明かりに照らされるその銀のボディと薄暗い闇に光る緑の目……
その姿はまるで……
「シャドー……だとぉ!?」
その姿を見たサソリローグが声を上げる。
確かにその姿は瞬……いやシャドーVXの以前の姿であるシャドーにそっくりだ。
しかしそのシャドーは瞬よりも背丈は小さくボロボロの真紅の特攻服のような物ををまとい胸元には07という文字が刻まれている。
「瞬……じゃないのか……?」
「そ、そんな事あるわけがありません……! シャドーがパワーアップして生まれたのがVX……つまりシャドーは今存在していないはず……!」
コウモリローグが驚愕の声を上げ、その素振りには焦りの色が見て取れた。
突如現れた赤い特攻服のシャドーを見て狼狽えるサソリローグとコウモリローグだったが、ツチグモローグはその姿を見て興奮したのか息を荒げながら掛けて飛びかかる。
「グギャ!? シャドー……ゴロヅゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
「オラァ!!」
しかし飛びかかってきたツチグモローグをそのシャドーは軽くいなし、荒々しい声とともに放たれた渾身の拳がツチグモローグの顎に直撃する。
その一撃で廃工場の隅に山積みになっていたガラクタの山の中へと叩きこんだ。
「ンだよ大したことねぇな。あと2匹か……お前らもブッ潰す」
そのシャドーはそんな軽口を叩きサソリローグとコウモリローグを指差して睨みつける。
「な、何者なのですかアナタは…… シャドーが我々の眼の前に現れるなど……!」
先程まで余裕ぶっていたコウモリローグは予想外の来客に恐怖の色を滲ませた。
「いや待て! こいつは……!」
サソリローグが何か気づいたように叫ぶ。
「聞いたことがある。富士山麓の基地でヤツ模した戦闘訓練用の改造人間が作られてたってな……たしかフェイクシャドーとか言ったか? あの07の刻印がその証拠だ。あいつはきっとそのフェイクシャドーの7号だ! 全員訓練で使い潰されて死んだと聞いてたがまさか生き残りが居たとはな……」
な、なんだよそれ……!? 俺も聞いたことないしそんなの見たこともないぞ!?
「なんですかシャドーのまがい物ですか……驚いて損をしましたよ」
サソリローグの言葉で再びコウモリローグは何事もなかったかのように冷静な口調で吐き捨てる。
「ああ。ヤツはエンペラージェムも埋め込まれてねぇ出来損ないの紛い物だ!」
「ハンっ! 出来損ないかどうかは
その声は、荒々しくもどこか軽快だった。
フェイクシャドーと呼ばれたその戦士が怪人たちに手の甲を上にして手招きをして挑発する。
「おもしれェ! 出来損ないでもシャドーはシャドーだ! 出来損ないなんて軽くぶっ倒して俺の力がシャドーを遥かに超えていることを証明してやる!」
「来な? オレが相手してやる! 月の代わりに、ヤキ入れてやるぜ!」
啖呵を切って構えを取ったフェイクシャドー相手にサソリローグが襲いかかった。
そんなサソリローグ相手にフェイクシャドーは荒々しいファイトスタイルで応戦し、しまいには廃工場に落ちていた鉄パイプやらドラム缶なんかまでも使いながらサソリローグと渡り合う。
その戦う姿はヒーローと言うよりもヒールのプロレスラーやヤンキーの喧嘩を見ている様だった。
そんな荒々しい戦いは互角……いや、フェイクシャドーに僅かに分があるように見えた。
フェイクシャドーの鉄パイプがサソリローグのハサミを弾き、廃工場の床に火花が散る。
「ぐっ……まがい物のくせになかなかやるじゃねぇか……」
「ったり前だこのダボ!」
フェイクシャドーはドラム缶を蹴り飛ばしサソリローグめがけて拳を振り上げる。
その刹那
耳を塞ぎたくなるような金切り音が廃工場に響き渡り、フェイクシャドーの動きがピタリと止まりその場で苦しみ出した。
よろめくその身体に、ラクタの山から白い糸がビュッと飛んできた!
「クソっ! な……なんだ!?」
糸はフェイクシャドーの腕と足に絡みつき、瞬時に身体を締め上げる。
「グギャ……ギャ……!」
それはガラクタの山から這い出てきたツチグモローグが最後の力を振り絞って放った糸だった。
だが、その攻撃を放った直後ツチグモローグは断末魔の呻き声を上げ、力尽きてガラクタの山に沈んだ。
「よくやりましたねツチグモローグ……アナタの死は無駄にしませんよ?」
コウモリローグが暗闇から現れ、その翼がバサリと動く。
こいつの超音波攻撃がフェイクシャドーを怯ませたんだ。
「ハッ! 隙ありだ、出来損ない!」
サソリローグはチャンスとばかりにハサミをカチカチ鳴らしながらフェイクシャドーに襲いかかる。
糸で動きを封じられたフェイクシャドーは抵抗もできずにサソリローグの猛攻を受ける。
「ぐっ……あぁっ! くそっ!」
フェイクシャドーは立ち上がり拘束を解こうともがくもその度にツチグモローグの糸はぎりぎりと彼の体を締め付け、さらにコウモリローグの超音波が再び響いて反撃どころか体制を立て直す暇すら与えられない。
サソリローグのハサミがその隙を突き、フェイクシャドーの胸にハサミの一振りが直撃。
銀の装甲に火花が散り、フェイクシャドーはとうとうその場に倒れ込んでしまった。
「ハハッ! シャドーもどきが! 所詮エンペラージェムもねぇまがい物が俺に……俺達に勝てるわけがない! 他のまがい物の所へ送ってやる! 死ね!!」
サソリローグが頭部の毒尾を振り上げたその時……
「お待ちなさいサソリローグ」
突如コウモリローグが割って入り冷たくサソリローグを静止した。
「チッ……ンだよこれからって時に……こんな出来損ないに情でもかけるつもりか?」
彼は舌打ちしながら尾を下ろす。
睨みつけるフェイクシャドーに対し、コウモリローグは歩み寄り不敵な笑みを浮かべた。
「いやはや我々も少々人手不足でしてねぇ……アナタも実験台とは言え我々同様モグローグの技術で強化改造された
フェイクシャドーはその申し出に糸に縛られたまま顔を上げ、吐き捨てるように笑う。
「ハッ! 何を言い出すかと思えばそんな事かよ! オレはお前らみてぇなのとつるむ気はさらさらねェよ。それにな、オレはあの人に誓ったんだ。お前らをブッ潰すってな!」
明らかに不利な状況でも彼は物怖じせず高らかにそう宣言してみせた。
「愚かな……それではサソリローグ、我々に楯突いた事を後悔するよう十分に苦しませてから殺して差し上げましょうか」
コウモリローグはそんな反応を見て苦虫を噛み潰した様な顔をし、冷たくそう吐き捨てた。
「ッたく……無駄な時間を取らせるんじゃねぇよ」
サソリローグが待っていましたと言わんばかりにニヤリと笑い、ハサミを振り上げる。
抵抗しようとするたびコウモリローグの超音波がフェイクシャドーを再び怯ませ、逃げ場のない二対一の攻撃が始まる。
最早それは戦いなどではなく一方的なリンチだった。
ハサミと翼の連撃がフェイクシャドーの赤い特攻服と装甲を切り裂き、火花と彼の苦しむ声が廃工場に響きわたる。
「ぐっ……! くそ……!」
フェイクシャドーの動きが徐々に鈍っていきとうとう頭も地についてしまった。
そんな彼の首をサソリローグはぐっと左手で掴むとそのまま宙へ持ち上げる。
「がっ……あぁぁっ……!!」
サソリローグの手がぎりぎりとフェイクシャドーの首を締め上げ、宙に浮いた足がジタバタと激しく動く。
「ハッ! これで終いだ紛い物! 生きながら身体の中からじわじわと壊死する毒をぶちこんでやる! 俺達に楯突いた事を後悔しながら死んでいけ!! 裏切り者の出来損ないには相応しい最期だ!」
苦しむフェイクシャドーにトドメを刺すべくゆっくりと頭部のサソリの尾が彼の首元へと迫る。
「キェーッキェッキェ!! いやはやまがい物とは言えシャドーが苦しむ姿を拝めるというのは気持ちが良い……! さあサソリローグ、存分にそのまがい物を苦しめて殺すのです!」
「ああ! 言われなくてもやってやる! ついに……ついにこの手でシャドーを……シャドーをぶっ殺せる日が来たんだ!!」
サソリローグの高笑いが廃工場に響き渡り、隣ではコウモリローグも勝ち誇った笑みを浮かべてその光景を鑑賞している。
そんな光景を俺は柱に縛りつけられながら見ていることしか出来なかった。
「くそっ! なんで動けないんだよ……!! うぐっ!!」
動こうとしても身体は思うように動かないどころか更に糸が身体に食い込む痛みだけが強くなっていく。
真意はどうあれフェイクシャドーは俺を助けてくれた。
そんな彼が今目の前でボロボロにされて殺されようとしてるというのに俺は助けに行くどころかこの拘束から抜け出すことさえできず見ていることしかできない。
心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が止まらない。
焦燥感から身体を僅かに動かすも、その度ツチグモローグの糸は身体をキツく締め上げ、痺れが身体を駆け巡る。
ああ……いくら身体がマルデュークになったって結局俺はうだつの上がらないダメなサラリーマンのままなんだな。
マルデュークの力を持ってすればあの怪人たちを倒すくらいの事容易なはずなのに、シャドーVXみたいにかっこよく誰かを助けることはおろかここから一人で抜け出すことだって出来やしない。
自分が情けなくて嫌になってくる。
それじゃテレビの前で見てた頃と……いいや上司の理不尽にすら何も言い返せなかったあの頃と何も変わらないじゃないか。
……でも本当にそれでいいのか?
頭の中で、自分に問いかける声が響く。
今の俺はそんな前世の俺じゃないだろ?
ただテレビの前で大人たちに用意された物語を食い入るように見ているだけの視聴者じゃないし、上司の理不尽な責任転嫁にすら言い返せない気弱な中年サラリーマンでもない!
今のお前はアポカリプス皇国の冷酷無比な女幹部マルデュークなんだろ?
アポカリプス皇国の四大幹部、シャドーVXとも渡り合える程の力を持ってるんだろ?
その運命を変えるために……アビガストや想……それにジンや瞬……みんなを少しでも幸せにするために生きていくって決意したんだろ!?
それなのに眼の前で苦しむ人一人助けられないでどうするんだ!?
瞬が……VXがどれだけ傷ついても人々を助ける姿に何度も勇気をもらったはずだ。
今のお前がやるべきことはここで呑気に見ていることじゃない。
眼の前で苦しむあのフェイクシャドーを助けることだろ?
少しくらい瞬から……シャドーVXから貰った勇気を誰かに分けてやることも出来ないでどうするんだ!!
俺は歯を食いしばり、身体に食い込む糸に対抗するよう力の上手く入らない身体に精一杯力を入れる。
フェイクシャドーの装甲がサソリローグのハサミで砕け、毒尾が振り下ろされようとするその瞬間──
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は、ありったけの気合を込めて叫び手に力を集中させる。
頼む動いてくれ
ここから抜け出してあのサソリローグの攻撃を一瞬止めるだけでいい!
いや、フェイクシャドーに巻き付いたあの糸を切ってやるだけでもいいんだ!!
なんでもいい……!
彼を助けるんだ!!
そう心の底から思った時、身体の奥底か、熱い何かが湧き上がってくる。
サソリローグの毒でロクに動かないはずの身体がビリビリと震え始め、手のひらが徐々に熱を帯び始めたのだ。
その熱は加速度的に上がっていきぼんやりと光りを放つ。
次の瞬間手から青白い光がスパークし、自分を縛り付ける糸を焼き切り俺は縛り付けられていた柱から落下した。
「はぁ……はぁ……だ、出せた……電磁ムチ……」
俺はよろよろと立ち上がる。
まだ痺れは残ってるけど少幸いしは身体も動かせるようになったみたいだ。
これならフェイクシャドーを助けられるかもしれない……!!
「な、なんだと!? 俺の神経毒を受けて動けるはずが……! 一体どうやって解毒した!?」
そんな様子をみたサソリローグが驚愕の声を上げ手を止める。
今がチャンスだ ! ありったけの一撃をお見舞いしてやる!!!
「そんな事、俺が知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「な、何っ!? さ、サソリローグ!! 早くもう一度神経毒を……! ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
慌てふためくコウモリローグとサソリローグ相手にそう叫び手から伸びる電磁ムチを力いっぱい振り上げると2体の怪人は軽々しく吹っとんだ。
そして俺はぐったりと倒れるフェイクシャドーにおぼつかない足取りで歩み寄り彼を縛り付ける糸を電磁ムチで焼き切って拘束を解いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「な、なんだよアンタ……結構面白ェことするじゃねぇか。悪ぃ。助けてやるつもりがカッコ悪ぃとこ見られちまったな。でもあんがと……礼を言うぜ」
俺が手を差し伸べるとフェイクシャドーは手を取ってゆっくりと立ち上がった。
「おのれおのれ!! どこまで我々モグローグを愚弄すれば気が済むのですか!? 2人共生きて帰れるとは思わないでください!」
「面白ェ! 死にぞこない2匹程度このサソリローグの敵じゃねェってことを分からせてやる!!」
吹き飛ばされていた2体の怪人は怒り狂ってこちらへ向かってくる。
「色々聞きてェ事もあるが話はあいつらをぶっ倒してからだ。悪ぃけどもうちっとだけ手、貸してくんねぇか?」
まだ身体は本調子ではないがこうして立って動けたんだ。
俺にだってヒーローと肩を並べて戦うくらいのこと……!
「……はい!」
フェイクシャドーの言葉に俺は深く頷き、迫りくる怪人相手に構えを取る。
だが次の瞬間耳を劈く超音波が響き、頭が割れるような痛みが走り俺は思わず耳をふさいだ。
隣りにいたフェイクシャドーの動きが再び鈍る。
「くそっ! またか!」
「フン! 我が超音波は聴覚が強化された改造人間だけでなく人間よりも優れた身体能力を持つ貴女にも効くのではないですか? 更に周波数を上げてやれば……!」
コウモリローグが翼をバサバサと動かし、さらなる音波を放つ。
「ぐっ……あぁっ……!」
俺もフェイクシャドーもその場で耳をふさいでうずくまる。
くそっ! このままじゃ二人まとめてやられてしまう……
幸いこの超音波はサソリローグにも効くからなのかヤツは俺達から離れた場所で手のハサミを研いでこちらの様子を伺っている。
しかしこのままでは超音波が止まったその瞬間ヤツのハサミ攻撃が襲いかかってくるだろう。
何か……なにか打開策は……
なにか反撃の糸口を探すため薄暗い辺りを見渡し俺はあるものを見つけてその時ふと俺の脳裏に妙案がよぎった。
この電磁ムチ……一応は電気も帯びてるんだよな……
それなら……!
俺は祈るように一か八か電磁ムチを伸ばす。
しかしそれはコウモリローグでもサソリローグめがけてでもない
「ハッ どこ狙ってやがる!!」
「ふん! そんな見当違いの攻撃で我々が倒せる訳がないでしょう!」
コウモリローグがゲラゲラと笑った次の瞬間俺の手から伸びた電磁ムチが工場のブレーカーに命中した。
そしてバチバチとスパークが起こり、工場の機械たちが息を吹き返すように動きを初めたのだ。
ビンゴ! 電磁ムチのエネルギーを流し込めばもしかして工場の電力を一時的でも賄えるかもしれないと思ったが上手く行った!
そして機械の可動と共に暗電球や蛍光灯がバチバチと音を立てて光りだし、闇に包まれていた廃工場に煌々と明かりが灯る。
「ギャァァァァァッ!! ま、眩しいっ!!」
光に弱いコウモリローグは急に光りだした照明の光りを浴び、思わず目を手で覆い超音波を止めた。
その隙を突いて俺は電磁ムチでコウモリローグを拘束する。
「ぐあぁぁぁぁっ!! は、離せッ! 離しなさい!!」
ダメだ……
本来のマルデュークの力ならこのまま相手を丸焼きにでも縛り上げて八つ裂きにすることも容易なはずだがやっぱりまだ本調子じゃないみたいだ。
それならやることは一つ……!
「フェイクシャドーさん! 今ですっ!!!」
「おう! オラァァァァァァァァァッ!!」
俺は電磁ムチで拘束したコウモリローグをそのままフェイクシャドーめがけて投げつけると彼は渾身のパンチをコウモリローグに食らわせた。
「ぐっ……あ………………モグローグはふ、不滅ッッッ……ソルダークネス様……万歳!!!!!!」
その攻撃を受けたコウモリローグはよろよろと立ち上がるも断末魔を上げながら爆発四散した。
「さて、うるせぇハエは消えたぜ? 後はお前だけだ蟹虫野郎!」
フェイクシャドーがサソリローグを睨みつける。
「貴様ァ! よくもコウモリローグを!」
サソリローグが怒り狂い、頭部の毒尾をクネクネと動かす。
その尾の先端から緑と紫が混ざったドロドロの毒液が滴り落ち、床をジュウッと溶かす。
「ハハッ! 今度は特別な毒だ! 触れただけで骨まで溶かす強酸性の毒をくらえ!」
サソリローグが毒尾を振り上げると毒液が飛び散り、廃工場の柱が触れた瞬間に溶け始める。
そんな毒をサソリローグは四方八方へ撒き散らし始めた。
「うわぁぁっ!! そんなの聞いてないって!! ひぃぃぃっ!!」
既のところで避けた毒液が俺の右隣にあった機械に当たると、それはいとも容易く形を変える。
まだそんなやばい毒を隠し持ってたのか!?
いくら動けるとは言え一滴でも浴びればどうなるかわからない毒液を避けながら攻撃を加えるには些か今の状態では心もとない。
それからの俺は反撃することは愚か毒液を避けるので精一杯だった。
そんな俺とは裏腹にその辺りにあったガラクタを盾にしながらフェイクシャドーはサソリローグへ向かっていき鉄パイプで応戦している。
しかしその強固な鎧を撃ち抜く決定打になる攻撃が繰り出せないのかただただ毒液を避けては攻撃を加えるという状況がしばらく続いていたその時、フェイクシャドーは一瞬の隙を突いて一か八かの攻勢に出た。
サソリローグへ飛びつき羽交い締めにしたのだ。
「へへっ! いくら自分の毒液だからってこれほどの威力だったら自分にかかっちゃたまらねぇだろ? こうして密接しちまえばもう怖くねぇって訳だ」
「グゥゥッ……まがい物風情が! 離せっ! 離しやがれ!」
ジタバタと抵抗するサソリローグをフェイクシャドーが必死に押さえつけている。
次の瞬間フェイクシャドーの視線がこちらに向いた。
「おい! ビリビリムチのねーちゃん!」
それって……俺のこと?
「は、はいっ?」
「ビビってんじゃねえ! 手から出るそれでアイツの頭のあれをぶった切れ! そんくらいならできンだろ!?」
……そうか!
そうすればあの尻尾を無力化できるかもしれないってことか!!
「わ、わかりましたっ! 当たれぇぇぇ!!」
俺は電磁ムチに全力を込め、サソリローグの頭から生えた毒尾めがけて振り下ろした。
すると尾はスパッと切り裂かれて切断された先端が床に落ち、フェイクシャドーはすかさずサソリローグを蹴り飛ばして距離を取る。
「グオオッ! 俺の尾が!」
サソリローグが絶叫したその瞬間、切り裂かれた尾の切片からとめどなく毒液が溢れ出し制御を失ったそれはサソリローグ自身の身体に勢いよく降り掛かった。
「な、なんだ!? ぐあああ! 俺の……身体が……!」
サソリローグのが自らの毒に侵され、その強固な鎧のような身体がいとも容易く溶け始める。
「溶ける……熱い……苦しい……痛いッッ……コウモリローグ……いいや誰か……誰かたすけて……たすけてくれよソルダークネス様ァァァァァッ!!!」
それからは苦悶の言葉にならない声を上げながら彼の身体はドロドロに崩れ落ち、ついには緑と紫のブクブクと沸き立った泡になってしまった。
「うわっ……」
俺はそんなサソリローグの最期に思わず顔を背ける。
マルデュークも死ぬ時はこんな感じでドロドロに溶かされて死んでいったからそんなシーンとさっきまでサソリローグだったものがダブって見えてしまったからだ。
しかしこれでひとまず危機は脱せたはずだ。
これも助けに来てくれたこのフェイクシャドーのおかげだ。
彼が助けに来てくれてなかったら今頃どうなっていたか……
助けてくれたお礼を言わないと……
「あ、あの……」
そう声をかけようとしたその瞬間、廃工場の天井が軋み壁が崩れ始めた。
おそらくサソリローグの撒き散らした毒液がもともと弱っていた鉄骨か何かにかかって建物の重みを支えきれなくなったのだろう。
「やべえ! 派手に暴れすぎたか」
フェイクシャドーはそう言うと、俺の手をおもむろに掴んだ。
「逃げるぞ!」
「へっ……? ちょ!」
俺はフェイクシャドーに手を引かれ、崩れ落ちる廃工場を駆け抜ける。
ガラクタが落ち鉄骨が倒れる中、俺たちはギリギリで外に飛び出した。
直後、おそらく俺が電磁ムチから供給した電力のせいで電気系統がショートしたのか崩壊した廃工場から炎と煙が舞い上がる。
「はぁ……はぁ……なんとか……助かった……」
俺は腰が抜けて地面にへたり込み、息を切らす。
隣でフェイクシャドーも肩で息をしながら、ボロボロの特攻服を揺らしていた。
「ビリビリムチのねーちゃん! アンタなかなかやるじゃねぇか!」
腰が抜けてへたり込んだ俺の隣に典型的なヤンキー座りをしたフェイクシャドーがそう声をかけてくる。
「はぁ……はぁ……それはどうも……はぁ〜……一時はどうなるかと思った……」
怪人たちに捕まってから今まで生きた心地がしなかったが、こうして夜風にあたっていると生きて帰ってこれたことを実感し、安堵の息を漏らしながら俺は煙がモクモクと上げ、夜空を炎で赤く染める廃工場をぼーっと眺めていた。
本当に助かった……。
それにしてもマルデュークの身体、やっぱりすごいな……
VXと生身で渡り合えるだけのことはある。
未だ電磁ムチの熱がじんわりと残る手のひらをまじまじと見つめ、自分がマルデュークであることを再認識させられると同時に、その力を恐ろしくも感じた。
冴えないサラリーマンだった俺がこんな大ピンチを切り抜けられるなんて夢みたいだ。
とは言えこのフェイクシャドーが居なければ俺は助かっていなかったかもしれない。
やはりお礼を……
「あ、あの……フェイクシャドー……さん? 助けていただいて……」
と、そこまで言いかけた次の瞬間遠くからけたたましいサイレンの音が近づいてきた。
どうやら廃工場の崩落と爆発の騒ぎで警察と消防が駆けつけてきたらしい。
そのサイレンの音を聞いたフェイクシャドーは大急ぎで立ち上がり俺の腕をガッと掴んだ。
「うわっ、やべえ! 見つかったら面倒だ。行くぞ!」
そう言うと彼は再び俺の手を引き廃工場の裏手へ連れていき、そこに停めてあった真っ赤なバイク跨った。
「乗れ! 後ろ!」
「え、バイク!? 待って、俺……じゃなくて私、ヘルメットとか持ってないし……」
「うるせえ! アンタの分はさっき蹴り飛ばして工場に置いてきちまってんだよ! グズグズしてたら二人まとめてパクられんだろ! さっさと乗れ、ビリムチ女!」
「は、はいぃ!」
フェイクシャドーに怒鳴られ、俺はビクッとして渋々バイクの後ろに跨る。
「ちっとばかし飛ばすぜ? 振り落とされねぇ様にしっかり捕まってな」
そう言うとフェイクシャドーはアクセルを吹かし、バイクは唸りを上げて勢いよく走り出した。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
風を切り裂くように走るバイクから俺は振り落とされないよう必死にフェイクシャドーにしがみつく。
それからしばらくしてフェイクシャドーは河川敷の静かな場所でバイクを停めた。
月明かりが川面に映り、まだ僅かに工場からの煙たい臭いがまだほんのりと鼻をかすめる。
「ふう……ここまで来りゃひと安心だろ。ほら、いつまでもしがみついてねぇで降りな」
「は、はい……」
フェイクシャドーに言われるがままバイクから降りると、彼もバイクから降りた。
すると彼の身体を蒸気が包み、再び姿が異形の姿が人の形へと戻っていく。
そして蒸気が晴れて現れたその姿に俺は驚きの声を上げた。
「お、女……の人?」
そこに立っていた彼……いや彼女は赤い特攻服に身を包んだ見るからにガラの悪そうな金髪の女性だったのだ。
「ンだよ、ビリムチ女! 女じゃ悪ィってのか?」
驚く俺を見て彼……ではなく彼女は不満げにこちらを睨みつけてくる。
その眼光は鋭く、先程睨みつけられたツチグモローグとはまた違う威圧感に俺は身を強張らせた。
「い、いや、そういう訳じゃ……ただちょっと驚いちゃって……すみません」
突然自分の知らないシャドーとそっくりなヒーローが現れてしかもそれが女だったなんて驚かないほうがおかしいだろう。
「オレは
「えっ!? あ……えーっと……ま、マリ子……です」
ここでマルデュークと名乗るわけにも行かず俺はとっさに瞬たちに使っているのと同じ偽名を名乗った。
「マリ子かぁ……羨ましいなぁ……一発で女だって分かる名前ちっとばかし憧れるよ。ともかくアンタを助けに行ったはずがダセェとこ見られた上逆に助けられちまった。改めて礼を言うよ」
「い、いえいえそんな……お礼を言わなきゃいけないのはこちらの方です。俺……じゃなくて私の方こそ薙山さんが助けに来てくれてなかったら今頃どうなっていたか……」
「蒼海でいい」
「へっ?」
「あんま好きじゃねぇんだよ名字で呼ばれんの。なんかかたっ苦しくてよ」
「は、はい……それじゃあ蒼海さん……」
一体フェイクシャドーとは何者なのか……とか何故俺を助けてくれたのか? とか色々聞きたいことはあったがそれからしばらく話を切り出すことができず、ぼんやりと月明かりに照らされる川を眺めていた。
「なぁ」
「は、はいっ!?」
突然声をかけられ俺は思わず身体を硬直させてしまう。
そんな様子を見た彼女の月明かりにうっすら照らされた横顔はどこか寂しそうだった。
「やっぱ怖えか? オレのこと……」
確かにガラの悪いヤンキーにしか見えないし普通に考えてそんな人に声かけられたら怖いという印象を抱かれても仕方ないとは思うけど彼女の言っている事はおそらく今の容姿についてではない。
きっと先程コウモリローグが言った同じバケモノという言葉を気にしているのだろう。
それならば恩人を拒絶したと思われるわけにも行かないため俺は必死に首を横に振った。
「そそそんな滅相もない! お、私も似たようなものだから……! それにあの姿で戦ってる蒼海さん……かっこよかったです」
ま、まあ今の俺も大まかな括りに入れれば怪人と言えば怪人だし間違ってはいない……はず。
「……そうか。ならいい。アンタにも辛い事があったんだろうな。話したくねぇなら深く聞きゃしねェよ」
ふぅ……とにかくなんとか誤解は解けたみたいだ。
それに確かに見た目や口調は威圧的だけど怪人たちに単身で突っ込んでこうして俺を助けてくれたじゃないか。
悪い人ではないはずだ。
別に身構える必要も怖がる必要もない。
そう思うと肩の力が抜け、途端に寒さからか鼻がムズムズとしてきて……
「ぶぇっくしょいっ!!!」
思わず大きなくしゃみが出てしまった。
「冷えちまったよな。流石に冬の河川敷はさびー……そうだ! 助けてくれた礼もしてぇし風邪でも引かれちゃ寝覚めも悪ィ。大したことはできねェけどちょっくら付き合ってくんねぇか?」
「へっ? は、はい……私で良ければ……」
彼女の誘いを断るわけにも行かないまま、俺は再びノーヘルでバイクに乗せられた。
それからしばらくゆっくりと走っていると、銭湯の前でバイクは止まる。
「せ、銭湯……ですか?」
「ああ。汚れちまってるし寒ィしそういう時は風呂に限るってもんさ。それに礼っつってオレにゃこんくれぇしかできねぇしさ……」
「で、でも」
「いいから! おっちゃん! 大人2人! タオルも頼むな」
そう言って蒼海は番台に金を渡し、タオルを受け取るとズカズカと入口にかけられたのれんをくぐっていく。
流石に善意は受け取らなきゃいけないと俺も銭湯に足を踏み入れた。
のれんをくぐった先には古き良き絵に描いたような昭和の銭湯の風景が広がっていて、銭湯なんて何年ぶりだろうとか近所の銭湯は軒並み閉店しちゃって長らく行く機会もなかったななんて事を考えながら脱衣場のある青いのれんの方に向かおうとしたところで彼女に肩をぐっと捕まれる。
「おいマリ子、そっち男湯だぞ?」
「へっ!? あっ……そ、そうですよね……ははは……」
しまった!! 今の俺女の身体だった!
もう十分慣れたとは思ってたけど銭湯なんて久しぶりだしこの身体で銭湯に来るのは初めてだし……
というかいくら身体は女とはいえ心は40手前のおっさんなんだぞ……?
女湯なんて入って良いのか……?
やっぱり流石にマズいんじゃ……
「あ、あの……私……やっぱり裸見られるの恥ずかしいなー……なんちゃって……」
「なに言ってんだ? ま、この時間誰も居ねぇから安心しなよ。それに女同士なんだし恥ずかしがることねェだろ?」
女同士……間違っちゃいないんだけど尚更年頃の女性と二人っきりで入浴なんてそれはそれで尚更まずい気がするんですけど!?
「そそそそういう事ではなくてですね……」
「そんなホコリまみれの格好のままのが恥ずかしいっての。ほら、手もこんな冷えちまってる。さっさと行くぞ」
「ひゃぁぁぁっ!」
蒼海はそう言って俺の手をぎゅっと掴むと半ば強引に俺を女湯へ引き込んでいった。
ここまで来たら断るのも悪いし変に挙動不審になる方が逆に不自然だ。
アタシは女……アタシは女……女湯に入るのが当たり前……
と自分に何度も言い聞かせ、赤い女と書かれたのれんをくぐり初の女湯へと足を踏み入れることになってしまった。
「ここが女湯……」
確かに寂れた銭湯だが脱衣場は特に男湯と変わり無い様に見える。
しかしそんな様子が面白かったようで蒼海は笑った。
「ははっ! おもしれぇなアンタ。なんの変哲もねぇ女湯だろ?」
「そ、そうですね……わ、私、あんまりこういう所来たことなくって……」
「へぇ〜それじゃあマリ子、アンタって結構お嬢様だったり?」
「い、いや……それほどでも……ないような……」
緊張でしどろもどろになりながらそう答えていると蒼海はおもむろに何のためらいもなく俺の眼の前で服を脱ぎ始めて俺は思わず手で目を覆った。
「ウワーッ!! な、何いきなり脱いでるんですか!?」
「何言ってんだアンタ……これから風呂入るんだ。脱いで当然だろ?」
「そ、そうですよね……ははは……」
そうだ……今のアタシは女……別に目の前で他の女の人が脱いでも何も感じない……!
そう心の中で自分に言い聞かせても胸の鼓動は素早く脈打ち、視線は自然に彼女の方へ向いてしまう。
彼女の身体はスレンダーだが筋肉質で先程の戦いを感じさせない程傷一つない瑞々しい肌をしていてこれも改造人間の治癒能力なのかな……って何真面目に分析してんだこのスケベオヤジ!!
何年頃の女の子の裸をチラチラ見てんだよ!!
「あん? 何かオレの顔についてっか?」
「い、いえ! 何も!!」
「ならいいけどよ。ほら、アンタもさっさと脱ぎな?」
「え、は……はい……」
ここまで来たら逃げるわけにも行かないしとにかくここは穏便に……
俺は恐る恐る服を脱いでいく。
すると
「お、おい……マリ子?」
「はいぃっ!?」
次は何だ!? 俺またなんかやっちゃったのか!?
「その腹の傷……」
蒼海はそう言って俺の腹の方を指さしてきた。
そうだ。
マルデュークの腹にはVXに切られた傷があったんだ!
見慣れてるしいつも腹出してるからもう気にしてなかったけど普通腹にこんなでかい傷あったら気にしないほうがおかしいよな……
「えっ、あっ……これ……ですか……?」
どどどどうしよう……流石にVXに切られましたー! なんてバカ正直に答える訳にも行かないし……
どう返そうか考えていると蒼海が突然俺の腹を撫でてきた。
そんな彼女の目には憐情と怒りの色が滲んでいるように見える。
「ひあぁぁぁっ!? な、なんですか!?」
「そうだよな……アンタもモグローグにやられたんだよな……辛かったろ……? それにあの蜘蛛ヤローに縛られた所にも痕ついてるじゃねぇか。こんな美人の身体を傷物にしてよ……やっぱオレ……あいつらのこと許せねェよ。悪ィな、アンタの事情も知らないでこんなところに連れてきちまって…………こんな傷、誰かに見られたくねェもんな」
そう言いながら彼女は俺の腹の傷跡を優しく指でなぞった。
「んっ……ひゃっ♡どこ触って……ってへっ……?」
どうやら蒼海は俺もモグローグに改造された被害者で、腹の傷もその時の傷跡だと勘違いしているようだ。
でもせっかく銭湯に連れてきてもらったのに傷のせいで入るのを尻込みしてたと思われたら悪いよな……
「そ、そうなん……ですよ。 で、でもこう見えてお風呂は大好きですよ!」
ここは変に訂正したりすると話がややこしくなりそうだからひとまずそういう事で話を合わせつつ傷のことはそこまで気にしていない様に振る舞うことにした。
「そ、そうか……それにその入れ墨……」
「へっ!?」
しまったマルデュークの腹にはアポカリプス皇国の紋章を象ったタトゥーも入ってるんだ!
これも普段出しっぱなしにしてるからもう気にも留めなかったけどやっぱ気になるかな……
や、やばいっ! 最悪俺がアポカリプス皇国のマルデュークだってバレる!?
「あ……いや……これは……」
「イカしてんじゃねぇか。でもよ、最近そういうのうるせぇから気ィつけろよ?」
そう言って壁の方を指差すと
【入れ墨のある方お断り!】
と書かれた紙が張ってあった。
「ま、今日は幸いオレとアンタ以外いなさそうだし黙っといてやる。それに誰かが入ってきてもオレがその傷も入れ墨も見られないように守ってやっから気にすんな。ほら、さっさと入ろうぜ」
「は、はい……ありがとうございます……」
なんだ……こっちも単に気を遣ってくれてただけか……
俺は胸をなでおろし、彼女に促されてとうとう浴場へと足を踏み入れた。
浴場に足を踏み入れると湯気がモワッと立ち込めていて、タイル張りの壁に昭和の懐かしさと湯船から漂う熱気が漂っている。
前世ぶりのそんな古き良き日本の風景といえるその景色とぬくもりは、緊張と冬の河川敷の寒さでガチガチだった身体をじんわり解しくれた。
しかしそれと同時に壁のタイルがピンク色だったりここが女湯だということを視覚的に訴えてきてそんな男は足を踏み入れることの出来ない領域に踏み込んだ事に背徳感を覚えていた。
いくら人も居ない上女の身体だと言えやっぱり俺なんかが入って良いような場所じゃないのでは…………
俺が尻込みしていると、蒼海は黄色い湯桶を手に取りズカズカと浴場を進み、湯船に桶を突っ込むとその湯を頭から被って湯船に飛び込んでいく。
その姿は最早男らしいと言っても良いくらいには威勢がよく、湯がザッパーンと辺りに飛び散る。
「はぁ〜やっぱ寒い日に入るでっけぇ風呂は最高だな。ほら、マリ子! アンタもさっさと入って温まりな!」
蒼海が湯船の中からこちらに手招きをして、ニヤッと笑う。
「は、はい……! 失礼します……」
アタシは女、アタシは女……!
必死に自分に言い聞かせ、俺は軽くかけ湯をしてから恐る恐る湯船に足を入れる。
「熱っ! いけど……」
芯まで冷えた身体に湯船のお湯は熱く、縛られていた部分に少々ヒリヒリと痛みを感じられたが、その熱がじわじわと身体に伝わっていく。
「はぁぁぁぁぁ〜」
気持ちいい……!
身体がじんわり温まり、今日一日の疲れが溶けていく様で自然と表情が緩んで声が出てしまう。
今日は本当に色々なことがあったなぁ……
買い物に出かけただけだったのにモグローグの生き残りに捕まって……それからシャドーそっくりなフェイクシャドーに助けられてそのフェイクシャドーが実は女の人で……
今、そんな彼女と一緒に風呂まで入っちゃってるんだよな……
今日あったことを整理しているとどうしても蒼海と……女性と一緒に同じ湯船に浸かっているという事を意識してしまい、目のやり場に困りながらも気がつけば彼女の方をちらちらと見てしまう。
「ん? どうかしたか?」
って考えてんだスケベオヤジ!! 今の俺は女なんだって言ってるだろ!!
善意でこうして銭湯に誘ってくれた彼女をそんな邪な目で見るなんて男としても女としても最低じゃないか!!
俺は自責の念から湯に思いっきり顔を突っ込む。
「ごぼごぼぼぼぼごぼごぼ……!!!」
「お、おい……! 急に何やってんだアンタ!?」
「ぷはぁっ……ゲホッ! ゲホッ……!! い、いえ……なんでもないです……気にしないで」
「ははっ! やっぱアンタ面白ェな!」
そんな俺を見てまた蒼海は笑った。
それからしばらく湯船に浸かっていると、次は彼女がこちらをじっと見つめていた。
次はなんだろう……やっぱり怪しまれてる?
「なぁ」
「は、はいぃっ!?」
彼女に声をかけられて俺は再び身体をビクリと強張らせる。
次は何を言われるんだ……?
緊張で胸が張り裂けそうになる中彼女は口を開く。
「乳ってデカいと浮くってホントなんだな」
「へっ!? きゃぁっ!!」
俺は彼女にそう言われ、ぷかぷかと湯船に浮かぶ自分の胸を見ると何故か自分の胸が他人に見られているのが恥ずかしくてたまらなくなり反射的に手で隠して甲高い声を上げていた。
その声は高い天井に反響して思ったよりも響いてしまう。
「おいおいなにも隠さなくっても良いだろ? アンタ、すげぇ乳もでけーしそんでもって、髪もサラッサラで赤いのも綺麗だよな……羨ましい。どうやったらそんな綺麗に染められんだ?」
やけに容姿を褒められると今の自分の体がマルデュークのものであると理解しながらも自分のことのように思えて自然と頬が緩んでしまう。
「い、いえいえ……私はそんなんじゃ……」
「きっとあの人もオレみたいなのよりアンタみたいなのの方が好きなんだろうな……はぁ……オレももう少し女っぽかったら少しはあの人に振り向いてもらえたのかな……」
そう言えば廃工場で戦ってるときもそんな事言ってたような……
「あの人……って?」
俺は好奇心から彼女にそう尋ねる。
すると高い天井を見上げ、彼女は遠い目をして口を開いた。
「ああ。……あの日、オレを助けてくれた恩人さ」
「恩人?」
「あの人が助けてくれてなきゃきっとオレはここに居ない。多分富士の樹海で他の奴等みたいに殺されてただろうよ」
一応はシャドーと同等の力を持った彼女を救える人物。
そんな人物の心当たりは一人しか見当たらなかった。
「それってもしかして……!」
俺はそう尋ねると蒼海は頬をぽっと赤らめ小さく呟く。
「ドーさま……」
「へっ?」
「シャドーさまだよ! アンタも名前くらいは知ってんだろ?」
やっぱりそうか!
聞き慣れた名前にテンションが少し上ってしまったが、そんな彼の名前を発した蒼海の顔は先程までのガラの悪いヤンキーのものではなく恋する乙女のようになっていた。
「シャドーってあの装甲騎士シャドーの事……ですか?」
「……ああ。俺はあの日あの人に助けられたんだ」
そう言うと蒼海はシャドーと出会った日の出来事を話し始めた。
2年ほど前のある日。
彼女は北関東では名の知れたレディース暴走族の
富士樹海近くを通りかかった時モグローグの怪人に遭遇。
襲いかかってくる怪人相手に蒼海は他の仲間を逃がすため果敢に立ち向かった。
幸い仲間たちを逃がすことには成功したものの、いくら喧嘩に明け暮れているとは言え齢18歳の少女が怪人相手に勝てるはずもなくそのまま捕らえられてしまう。
そして富士樹海奥深くにあるモグローグの基地へと連れて行かれ、強制的に手術台へと運ばれてそこで激しい痛みと苦痛を感じながら意識を失った。
次に意識を取り戻したときには
そんな体の変化に驚くのもつかの間、変わり果てた自分の姿そっくりな異形達が自分を捕らえた怪人や他の怪人達に殺される所を目撃する。
その凄惨な光景の中胸部に06と書かれた異形から自分たちはフェイクシャドーと呼ばれていて、怪人たちの訓練用に拉致され改造された改造人間であることを彼女は教えられた。
そんな彼から人間の姿への戻り方やこの基地の中での立ち回り方を教えてもらい、改造され大幅に向上した自分の身体能力に驚きながらも二人はなんとか協力して基地を脱出しようと画策する。
しかし、脱出を決行した道中でフェイクシャドー06は彼女をかばって死亡してしまうがそんな06の犠牲もあり蒼海はなんとか基地を脱走する事に成功。
幸い怪人と出くわした場所で乗り捨てていたバイクは無事だったようでそれに乗ってなんとか東京へ戻り、暴走族の仲間と再会することに成功したそうだ。
それ以来彼女は自分が富士の樹海で経験した事はすべて悪い夢だった。
と、自分にそう言い聞かせ再び暴走族としての日常へと戻った。
しかし有り余るその力を抑えるのに精一杯で自分が人間でなくなってしまった事を日に日に強く感じていたある日のこと、
彼女が暴走族の集会へ向かう為たまり場として使っていた町外れの廃墟へ向かうと、そこには先程まで仲間だったものとそれを蹂躙する怪人達の姿があった。
どうやら怪人たちは脱走した蒼海を探しており、とうとう彼女の居場所を嗅ぎつけていたらしい。
怪人が現れたタイミングは最悪で、その時彼女はその場に居なかった。
その時、メンバーたちは蒼海の復帰祝にと彼女に内緒でパーティーの準備をしていたのだ。
そんなタイミングに怪人たちは手慰みとばかりにその場に居たメンバー達に牙を剥いたのだという。
凄惨な光景に言葉を失っていた彼女に怪人たちはこれもすべて貴様が逃げ出した報いだと口々に告げたそうだ。
怒りに身を任せて怪人たちに襲いかかった蒼海だったが、力及ばず怪人たちに殺されそうになったその時、どこからともなくシャドーが現れ彼女を窮地からから救ったのだという。
「そ、そんな事が……」
やはりそんなエピソードは思い返す限り『装甲騎士シャドー』には存在しない。
この世界でしか起こっていない出来事なのか?
「……ああ。この世にヒーローなんて居ねぇ。あの日まではそう思ってた。でもあの時のシャドー様の月明かりに照らされた姿はなんつーか……すげえ綺麗でかっこよかったんだ。あれがヒーローっていうんだって思った」
蒼海の言葉にはシャドーへの憧れが滲んでいて、更に話を続ける。
彼女を連れ戻すために現れた怪人達をシャドーはいとも簡単に倒していった。
戦いを終えた後彼は蒼海に震えた声で
「僕が来るのが遅かったばっかりに……君以外助けられなかった。ごめん」
と言ったそうだ。
彼女はその時の彼の声と姿が今も忘れられないという。
シャドーの圧倒的な力を見た蒼海は彼ならフェイクシャドー06や仲間たちの仇を討ってくれると思い、富士樹海にモグローグの基地があることを伝えて彼をそこまで案内した。
そして二人で怪人育成を主に目的としていた富士樹海に作られたモグローグ基地へと乗り込み、そこに居たフェイクシャドーへ改造するため拉致された人々を助け出して基地を破壊することに成功したのだという。
「それで……! その後どうなったんですか!?」
気づけば俺は彼女の話に聞き入っていた。
自分の知らないシャドーの活躍を知りたいという好奇心を抑えられなくなっていたのだ。
「ああ。それで全部終わった後、オレはあの人にこれからもずっとモグローグをぶっ潰すためアンタと一緒に戦う。だから一緒に連れて行ってくれって言ったんだ。でもあの人は首を横に振った。それでオレは自分が女だから足手まといになると思われたのかと思ってそれはオレが女だからか? って聞いたんだよ」
そしてシャドー……瞬は彼女にこう言ったという
「こんな戦いで傷つくのも……傷つけるのも僕一人で十分だ。君はまだ後戻りできるから……その身体で苦労することもあるだろうけれど君にはすべてを忘れて人として生きていてほしい。君が、皆が安心して暮らせる平和を僕が必ず掴み取ってみせる。僕が君に出来る償いはそれくらいだから」
と。
そう言い残し彼は夜の闇の中へ消えていき、それっきり会うこともなかったそうだ。
「そん時のあの人はすごく寂しそうに見えた。誰かが支えてやんねぇとって思った。でもその言葉にはすげぇ重み……みてぇなものがあってさ。追いかけることも何か声をかけることも出来ねぇでオレはしばらくそのまま突っ立ってることしか出来なかった。それまでのオレは自分に敵うヤツなんて誰も居ねェと思い込んでた。でも結局は仲間も何もかも守れねぇ非力な存在だってことを思い知らされちまったんだよ。だけどあの人がそう言うんならって少しは真面目に生きてみようって思ったんだ」
それからというもの蒼海は率いていた暴走族もメンバーが居なくなった事で事実上の解散となってしまい、土木工事のアルバイトなんかをして生活をするようになったそうだ。
趣味のバイクを弄りながら日銭を稼いで生活するという日々がしばらく続き、モグローグの侵略が表面化し、激化の一途を辿っていたある日、とうとうモグローグが壊滅した事を知る。
その日から時間が経つにつれモグローグの怪人たちの襲撃により荒廃していた町にも人と活気が戻り、やっと平和な日々を人々が送れるようになったと思ったのも束の間。
彼女はモグローグの残党が未だに暗躍していることを知った。
仲間の仇を討つという約束を守ってくれたシャドーをこれ以上モグローグと戦わせるわけには行かないと彼女は人知れずそんなモグローグ残党から人々の平和を人知れず守るため戦う決意をしたのだという。
「そんでもって今日、あの廃工場の辺りで怪しいヤツらが悪さしているって噂を聞いて嗅ぎ回ってたらあの場面に出くわしたってわけだ」
「そ、そうだったんですか……」
「結局あの人との約束は破っちまったし今オレがこうして戦ってるって聞いたらきっと悲しむと思う。でもこうしてアンタを助けられたんだ。悪い気はしねェしきっとシャドー様も許してくれる……よな?」
「はい。……きっとしゅ……シャドーも分かってくれると思います」
「ああ。そうだと良いな。それによ、こうして戦ってると仲間も出来たんだ。科学者やら超能力を持ってるガキとかさ……みんなシャドーに助けられたんだとよ。今度は自分たちがシャドーを助ける番だって言ってさ! それにモグローグの生き残りのも良いヤツも居てよ、皆で日本全国に潜伏して悪さしてるアイツらから人知れず人々を守ってるんだぜ? 言わばアンチモグローグ連合つー感じだ!」
彼女曰くモグローグ残党から人々を守るため各地にネットワークのようなものが形成されているらしく、
それを繋いでいるのは過去にモグローグから技術や能力に目をつけられたり拉致された所をシャドーに助けられた人々で、そんな人達が協力して無辜の人々をモグローグ残党の魔の手から守っているらしい。
確かに彼女の挙げた人々には聞き覚えがあり、彼らの登場するエピソードはシャドー本編で見たことがある。
彼女の話を聞いて『シャドーVX』にモグローグ残党が現れたなんて話がなかった理由が分かったような気がした。
きっとVXが相手をする以前に彼女やその仲間たちが人知れず戦っていたからなのだろう。
そして俺がテレビ越しに見ていたシャドーの活躍以外でも彼は幾度も多くの人を救っていて、彼女もその一人なのだと悟った。
彼の勇気が彼に助けられた人々にも勇気と立ち上がる力を与えていると知った俺は胸と目頭が熱くなる。
俺はこれまで傷つきながら最後までソルダークネスを……想を助けるために一人で戦い続けたシャドーが、瞬が最終的に報われることのないまま物語が幕を閉じた事をどこか哀れに思っていた。
しかし彼女のようにシャドーに助けられた人々に立ち上がる勇気と希望を与えたのならば彼の戦いはこの世界で生きる人々にとっても、巡り巡ってそれが瞬の助けになっているのなら彼自身にとっても決して無駄ではなかったのだ。
シャドー……いや、瞬がモグローグの脅威に立ち向かいながらどれだけ多くの人を救い、希望を与えてきたのか。
『装甲騎士シャドー』の物語では描かれなかった彼の戦い。
そして蒼海のような一人の少女がシャドーに救われたことで自ら立ち上がり、モグローグの残党と戦い続けていること。
そして彼の救ってきた人々が間接的に瞬を、そして無辜の人々を助けるために立ち上がった事。
そんな事を考えると胸に込み上げる熱を抑えきれなかった。
「……うっ……ぐすっ……!」
気づけば、俺の目から涙がボロボロと溢れている。
湯船の水面に涙が落ち、ぽちゃんぽちゃんと小さな波紋を作った。
「うわっ! な、なんだよマリ子! 急に泣き出してどうした!?」
蒼海が慌てたように湯船の中で身を乗り出し俺の顔を覗き込む。
彼女のガラの悪い口調とは裏腹に、目には心配そうな色が浮かんでいる。
「い、いや……この歳になると涙もろくなっちゃって…… ただ、なんか……シャドーが……そんな風に人を救って、勇気を……ぐすっ……与えてたなんて……!」
言葉が途切れ途切れになり、俺は思わず両手で顔を覆う。気づけば鼻水も垂れるくらいにはなっていて、女の子の前でここまで泣くなんて情けないことこの上ないが瞬の事を思うと涙が止まらなかった。
「お、おいおいアンタそんな歳でも無いだろ? おい泣き止んでくれよ! なんかオレが泣かせちまったみてェじゃねぇか! 第一そんな泣くような話でもなかったろ?」
「……ううん……なんか……蒼海さんがモグローグに負けずに戦ってるって、すごいなって……。私ももっと頑張らなきゃって思って……」
俺は鼻をすすりながらつい本音を漏らしてしまう。
蒼海は少し驚いたように目を丸くし、すぐにニヤッと笑った。
「へえ。意外と熱いヤツなんだな、アンタ。……ま、わかるよ。オレも、シャドー様に救われて、なんかこう、自分を変えなきゃって思ったからさ。オレ、ちっとはあの人に近づけてんのかな……」
蒼海の声には、シャドーへの尊敬と、どこか切ない想いが混じっていた。
俺は涙を拭いながら、彼女の横顔を見つめる。
彼女もまた、自分の正義を貫いている。
俺がマルデュークとして、みんなを救おうと決めたように。
「……蒼海さん、ありがとう。話を聞かせてくれて」
俺は湯船の中で小さく頭を下げるろ蒼海は照れくさそうに鼻をこすり
「……別に、礼なんていらねえよ。それに起きちまった事はもうどうにもならねェしな」
とぶっきらぼうに答えた。
湯気の立ち込める銭湯で俺たちの会話はしばらく途切れ、ただ湯船の水音だけが静かに響いていた。
それから一通り体を洗ったり髪を洗ったりして風呂から上がると、身体はポカポカと温まりさっきまでの緊張と寒さが嘘のように消えていた。
脱衣場で服を着直しながら、蒼海がふと番台のそばにある古びた冷蔵庫に目をやる。
「お、あったあった! な、マリ子、風呂上がりにこれ飲まねえと締まらねえよな! おっちゃん! これ2つもらうな」
蒼海がニヤッと笑いながら、冷蔵庫から瓶のコーヒー牛乳を二本取り出す。
「え、コーヒー牛乳!? うわ、懐かしい……!」
俺は思わず目を輝かせる。
子供の頃、銭湯に行った帰りに親父がたまに買ってくれたっけ……。
あの甘くてほろ苦い味、別に何の変哲もないコーヒー牛乳なのに銭湯で飲むと特別なものに感じられた気がして好きだったんだよな……
「懐かしい……? ま、いいや。助けてもらった礼だ。オレが奢るぜ!」
蒼海が番台のおじさんに小銭を渡し、冷えたコーヒー牛乳を一本俺に放ってくる。
「うわぁぁぁっ……! あ、ありがとう……ございます……いただきます」
慌ててキャッチし、脱衣場のベンチに腰掛けこれまた昔懐かしい蓋開けを使って瓶の蓋を開けた。
ゴクッと一口飲むと、冷たくて甘い味が喉を通り、身体に染み渡る。
「ん~! うまい! やっぱ風呂上がりのコーヒー牛乳、最高だな!」
俺は思わず笑顔になり、蒼海も隣でゴクゴクと飲み干す。
「だろ? これよ、これ! ぷっっっっっっはぁぁっ!!!」
その飲みっぷりは俺なんかよりずっと男らしく見えた。
銭湯のタイルの壁に囲まれ、湯気とコーヒー牛乳の甘い香りが混じる中、俺はなんだか妙にリラックスしていた。
「蒼海さん、ありがとう。助けてくれただけじゃなくて銭湯と……コーヒー牛乳までごちそうしてもらって」
「ハハ、いいってことよ。オレも、モグローグの残党ブッ潰せてスッキリしたしな。それに助けられたのはお互い様さ。これでお相子ってとこだな」
蒼海が親指を立ててくる。
コーヒー牛乳を飲み終え、俺たちは脱衣場を出て銭湯の出口へ向かう。
「じゃ、そろそオレ、帰るわ。アンタがなんでアイツらに狙われたのかはわかんねーけどどうだ? 家まで送っていこうか?」
「い、いえ……それは大丈夫……」
「そっか、なら気を付けて帰んなよ。ま、アンタのそのビリビリムチがあればそんちょそこらの怪人相手に負けねぇだろうけどな!」
蒼海が赤い特攻服の襟を立て、バイクの鍵をジャラジャラ鳴らしながら駐車場に向かっていった。
夜の冷たい風が頬を撫でコーヒー牛乳の甘い後味が口に残る余韻に浸りながらさて、俺もさっさと要塞に帰って、戦闘員たちに駄菓子を……。
駄菓子……?
「……あ────!!!」
その瞬間、俺の頭に雷が落ちたような衝撃が走りぽかぽかと温まっていたはずの身体から一瞬でさっと血の気が引いた。
「カバン……」
俺は慌てて自分の手元を見る。
そこには、やはり銭湯のタオルしかない。
「うわぁぁぁっ! やばい! カバン、置いてきちゃった!?」
俺は思わず頭を抱えて叫ぶ。
おそらく怪人に捕まった時そのまま置いてきてしまったのだろう。
いや、下手すると怪人たちに持っていかれて今頃工場の下敷きに……?
転送装置の制御端末もそのカバンの中だ。
あれがなきゃ要塞に帰れない!
「うそ、うそ、うそ! どうしよう! 」
俺の声に気づいたのか蒼海が走ってこちらに戻ってきた
「おい、マリ子? どうしたんだよ、急に慌てて」
「カ、カバン……! 路地裏に置いてきちゃったみたいで……! あの中に大事なもの入ってて……それがないと帰れないんです!」
俺は半泣きでまくし立てる。
蒼海は一瞬呆れたように眉を上げ、すぐにニヤッと笑った。
「ハハッ! アンタ、ほんとドジだな! まぁでも、こんな夜中にあの路地裏に戻るのは危ねえぞ? モグローグの残党がまだ居るかもしれねえし、警察も廃工場の騒ぎでパトロールしてるだろうしな」
「うぅ……でも、でも……!」
「ったくしゃーねえな。オレの家、近所なんだ。とりあえず今夜は泊まっていきなよ。そんで朝になったら路地裏にカバン探しに行こうぜ。オレも一緒に探してやっから」
蒼海の提案に俺は一瞬言葉に詰まる。
見ず知らずの人の家に泊まるなんて……しかも、年頃の女性の家に!?
いや、俺も今は女の身体だとはいえこんなの犯罪なんじゃ……
「え、でも、迷惑じゃ……」
そう断ってみるがバイクで連れてこられてここがあの路地裏からどのくらい離れたどこなのかもわからないし地図アプリはおろかスマートフォンなんて便利なものはこの時代には存在しない。
第一財布もカバンの中でこの寒い夜中に手持ちもアテもなくさまよい歩くのは賢いとは言えないし……
「いいから! ほら、さっさと乗れよ! グズグズしてたら風邪引いちまうぜ?」
蒼海に半ば強引に手を引かれ、俺はまたしてもバイクの後部座席に乗せられていた。
「うわぁぁっ! またこれ!?」
「ガタガタ言うな! しっかり掴まってろよ!」
蒼海のバイクが再び夜の街を走り出し、俺は必死に彼女の背中にしがみつく。
しばらくして、蒼海は古びたアパートの前にバイクを停めた。
外壁はコンクリートが剥がれ、階段の手すりは錆びついている。
いかにも昭和の香りが漂うボロいけどどこか懐かしい雰囲気の建物で、瞬の住んでいるアパートよりも少しはマシ程度の建物だった。
「ここがオレの城だ。ま、ボロいけどよ」
蒼海がバイクを降りながら笑う。
俺は恐る恐るアパートを見上げ、彼女の後をついて階段を上る。
80年代後半の年頃の女性の部屋ってどんなんだろう?
なんか、こう、可愛い感じの部屋とか……?
いや、……変に意識したら逆に変に思われるかも……平常心平常心……
「おじゃましまーす……えっ?」
そんなことを考えながら、ドキドキしながら部屋のドアを開けると部屋は狭いワンルームで、鼻をタバコの匂いがかすめ、床にはバイクのパーツや工具が散乱していた。
テーブルには空のビール缶とタバコの吸い殻が転がり、洗濯物は適当に干されたままで女っ気なんてものは微塵も感じさられない。
俺は拍子抜けして、思わずポカンと口を開ける。
「ハハッ、なんだよ、その顔! 女っ気のねえ部屋で悪かったな!」
蒼海が笑いながら、床に散らばった工具を適当に蹴って片付ける。
「い、いや、そういうわけじゃ……! ただ、なんか……こう、もっと可愛い部屋かと思って……」
「ハハ! オレにそんなの期待すんなよ! こんな
蒼海がドヤ顔で胸を張る。
俺は苦笑いしながら部屋を見回す。
学生時代のアパート暮らしを思い出すような雑然とした雰囲気だ。
「とりあえず座れよ。なんか飲むか? 冷蔵庫に麦茶と……うーん、ビールしかねえな。アンタ酒とか飲む方か?」
「そ、それじゃあお言葉に甘えてビー……」
確かに飲んで不安を和らげたい気分だけど酔っ払って変なこと口走るわけにはいかない!
「い、いや、やっぱり麦茶でいいです!」
俺はそう即答した。
「ハハ、マジメだな。ま、良いけどよ」
と蒼海は笑いながら冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出し、コップに注いで渡してくれた。
そして何故か彼女はコップを自分と俺の分以外もう一つ用意し、もう一つを棚の上に置いては手を合わせた。
その棚には暴走族時代の写真だろうか?
蒼海を中心にしていかつい特攻服に身を包みバイクに跨った少女たちが写っていた。
「蒼海さん……それって……」
「ああ。オレの仲間たちだ。もうオレ以外みんなこの世にゃいねーけどな」
蒼海の声にはどこか遠くを見るような寂しさが滲んでいた。
「こんな事しても意味ねーのは分かってる。でもコイツらのこと絶対忘れるわけにはいかねーんだ。だからこうして毎日手、合わせてんだ」
蒼海の声は、普段のガサツな調子とは裏腹に、静かでどこか重い響きがあった。
俺は彼女の言葉と棚の上の写真を見つめながら、胸にずっしりと重いものがのしかかるのを感じ、銭湯での蒼海の話が頭をよぎる。
モグローグの基地から逃げ出した蒼海を追って、怪人たちが彼女の仲間たちを無残に殺したこと。
笑顔でバイクに跨っていたあの少女たちが、モグローグの犠牲になったこと。
俺はアポカリプス皇国の女幹部として、地球を侵略する側にいたはずなのに……こんな風に、モグローグの被害を受けた人間の痛みを目の当たりにすると心が締め付けられる。
俺だって、仲間を失いたくない。
だからといってこんな無辜の人々を苦しめてまでアポカリプス星を助けようとも思えない。
地球もアポカリプス星も救いたい。
蒼海が仲間を忘れずに戦い続けているように俺も自分の信念を貫かなきゃ……。
「……蒼海さん、すごいなって思います。辛いことがあったのにこうやって仲間の方々を想い続けて戦ってるの……」
俺の小さな呟きに、蒼海は一瞬目を丸くし、すぐに照れくさそうに鼻をこすった。
「ハハ、なんだよ、マリ子。急にマジメなこと言うなよ。……まぁ、ありがとな。オレにはこれくらいしか出来ねぇからよ」
蒼海は照れ隠しなのか鼻を指で掻いて笑う。
彼女の笑顔には、強がりと優しさが混じっていた。
部屋に静かな空気が流れ、俺は自分の使命を改めて心に刻んだ。
「まあなんだ、湿っぽい話は趣味じゃねぇんだ。ほら、さっさと飲めよ。茶請けもあるぜ」
そう言って蒼海はせんべいや柿ピーをちゃぶ台に置いた。
それからしばらく出されたせんべいや柿ピーをつまみながらお茶を飲んでいるととなんだか妙に落ち着いてきた。
蒼海の無造作な生活感が俺の社畜時代のダメな自分を思い出させて、ちょっと懐かしい気がしたからだ。
「なぁ、マリ子。アンタ、なんか変な女だよな」
蒼海が床に座り込み、麦茶をグビグビ飲みながら言う。俺はドキッとしてコップを持つ手を止める。
「え、変って……!?」
もしかしてなんかバレたか……!?
「いや、なんつーか……めちゃくちゃ美人でスゲェ力も持ってンのに、なんかドジでさ。しかもやけに涙もろいし。……アンタ、どっかの世間知らずのお嬢様かと思ってたけど、なんか妙に所帯臭ぇんだよな」
「うっ……そ、そんなこと……!」
「ま、変なのはオレも人のこと言えねえけどな。結局はあいつらの言うところのバケモンさ」
蒼海が自嘲気味に笑う。
その笑顔にどこか寂しさが混じっているのを感じて胸が痛んだ。
例え悪の野望の為に作られたとしても……例えシャドーの紛い物として作られたとしても今の蒼海はもう倒されるだけの紛い物じゃない。
彼女自身の意志で誰かのために立ち上がったのならそれはきっと……本物のヒーロー……なんだと思う。
「そんなことない! ……です。フェイクシャドーの姿も、すごく強くてかっこよくて……ヒーローって感じでしたし……」
俺の言葉に、蒼海は一瞬目を丸くし、すぐに照れくさそうに頭をかいた。
「ハハ、なんだよ、急に褒めんなよ! 照れるじゃねえか。……まぁ、でも、ヒーローってのは言い過ぎだ。オレはただ、シャドー様に恩を返してぇだけだからさ」
その言葉に、俺はまた胸が熱くなる。
蒼海のシャドーへの想いは、状況は違えど瞬から勇気や希望をもらい、少しでも彼の手助けができたら良いと思っている俺にも通ずるところがあるのかもしれない。
「そうだ! マリ子、アンタもアンチモグローグ連合に参加しねぇか? アンタみてぇなのが居てくれれば百人力なんだが…………」
「へっ!? か、考えときます…………」
ただでさえシャドーVXと戦う悪の組織の女幹部をやりながらこうしてマリ子として二重生活をしているだけでも今の俺は手一杯なのでやんわりと断った。
「そうか、まあ無理強いはしねェよ。実際もうモグローグの事は思い出したくねェってヤツも大勢居るからな。忘れてくれ」
俺の返答に彼女は少し残念そうな顔をした後、タバコを一本ふかす。
それからしばらく彼女と他愛ない会話をしばらくしていると
「ふわぁぁぁぁぁ…………疲れたしそろそろ寝るか。オレは床で寝るから、布団はアンタが使ってくれ」
蒼海が大きなあくびをしてそう言って、部屋の隅に積まれた薄い布団を引っ張り出してくる。
「え、でも、俺……じゃなくて、私が布団使うなんて、悪いですよ! 蒼海さんが……!」
「いいからいいから! 客人を床で寝させるわけにいかねえだろ? ほら、さっさと寝な! そんじゃオレは寝る」
そう言って蒼海は床で寝っ転がり、ボロボロの特攻服を布団代わり被るとていびきをかいて眠ってしまった。
「い、いいのかな……お邪魔します」
蒼海に押し切られ、俺は恐る恐る布団に横になる。
そんな……出会って間もない女の人の布団で寝るなんて別にやましいことはないはずなのになんかドキドキするな……
ゆっくり掛け布団をかけると布団にはタバコの匂いが染みついているけど、ほのかにフローラル系……? のいい匂いがした。
シャンプーなのかな……
そんな布団にくるまっていると、カバンの安否や帰れなかったらどうしようという不安も徐々に薄れてきて気づけばなんだか妙に安心感を覚えていた。
タバコとシャンプーの匂いに包まれ、今日の激しい出来事を思い出しながら俺はスーッと眠りに落ちていく。
翌朝
夜明け前のまだ薄暗い空の下、蒼海のバイクが再び路地裏の近くに停まった。
「マリ子、この辺か?」
蒼海がバイクのエンジンを切り、ヘルメットを外しながら言う。
俺もヘルメットを外して後ろから降り、冷たい朝の空気で少し震えながら周りを見回す。
「は、はい……この辺のはず……!」
路地裏は昨日の騒ぎのせいかゴミや落ち葉が散乱していてちょっと荒れている。
もしカバンが無かったら……
もし怪人たちと共に工場の下敷きになっていたら……
もし誰かに持ち去られていたら……
そんな不安が更に増大していき、息を上げながら辺りを見渡すと……
「あった……!」
路地の隅のゴミ箱の影に、カバンがそのまま放置されていた。
大急ぎで中身を確認すると財布も転送装置の制御端末もちゃんと中に入っている。
「ああよかった……! ほんと、よかった……!」
俺はカバンを抱きしめて思わず安堵の息を漏らし、その場で腰が抜けて脱力してしまう。
「ハハ、よかったじゃねぇか。これで一件落着だな」
蒼海がバイクに寄りかかりながら笑った。
彼女の笑顔に釣られ、俺もつい笑ってしまう。
「……蒼海さん、本当にありがとうございます。助けてくれただけじゃなく、泊めてもらってここまで送ってくれて……」
「いいってことよ! オレもアンタみたいな面白い女と知り合えて悪くなかったぜ」
蒼海が親指を立て、ニヤッと笑う。
「俺……私も! 蒼海さんと出会えて良かった! なんて言ったらいいのか……こう言うのが正しいのかわからないけど応援して……ます!」
「へへっ! 嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか。じゃ、気をつけてな。またどこかで会えたらなんか面白い話でもしようぜ。こんどはアンタの話もちっとくらいは聞かせてくれよ。じゃあな!」
蒼海はそう言ってバイクに跨り、ヘルメットをかぶる。
エンジンの唸り音が朝の静けさを切り裂き、彼女は一気に走り去っていった。
俺は手を振ってそんな彼女を見送りながらふと思う。
蒼海……フェイクシャドー07……。
彼女もまた、シャドーの戦いが残した希望の一つなんだ。
俺も負けてはいられない。
瞬や想、ジン、アビガスト……それにみんなのために、俺ももっと頑張らなくちゃ。
俺はそう思いを固めながら転送装置の制御端末を操作し、光に包まれた。
次に目を開けるとそこは見慣れた自室。
相変わらずおどろおどろしい内装だけど、蒼海のアパートの雑然とした雰囲気から戻ると、なんだかホッとする。
と、その瞬間──
「マルデューク様!」
部屋のドアがバタンと開き、アビガストが勢いよく飛び込んできた。
次の瞬間、彼女は俺に飛びついてきて、俺をぎゅっと抱きしめる。
「うわっ、アビガスト!? ちょ、ちょっと、落ち着いて……!」
俺は慌ててカバンを床に置き、彼女の勢いに押されてよろめく。
アビガストの顔を見ると、その目にはくまができ、腫れぼったい瞼が赤く染まっている。
一晩中一睡もせず、俺の帰りを待ってくれていたんだ……。
そのことが、彼女の疲れ果てた表情から痛いほど伝わってくる。
「マルデューク様……! ご無事で……本当に、本当に良かったです……! 一晩中、どこに行かれたのか、もしやあの憎きシャドーVXに襲われたのではと……私がそばにいれば、こんなことには……!」
アビガストの声は震え、目には涙が滲んでいる。
普段は冷静な彼女が、こんな風に取り乱す所を見たことが無かった俺は彼女に御礼の品を買いに行くどころかそんな思をさせてしまっていた事に罪悪感を覚えた。
「ご、ごめん、アビガスト! 心配かけて……! ちょっと、買い物が長引いちゃったただけよ! でも、ほら、無事だから! 大丈夫だから!」
俺は慌てて彼女の肩をポンポンと叩き、なんとか笑顔で誤魔化そうとする。
アビガストはまだ少し泣きそうな顔で、俺をじっと見つめる。
「……本当に、ご無事で……。マルデューク様が一晩経っても戻られないなんて、初めてのことでしたので私……私……」
その言葉に、俺はハッとする。
蒼海の話、彼女の暴走族仲間たちがモグローグに奪われたことを思い出す。
あの写真の笑顔、蒼海の麦茶を供える姿……。
アビガストも俺が消えたら同じように感じるのかもしれない。
仲間を失う痛み、俺だって絶対味わいたくない。
しかし現在進行系でアポカリプス皇国もモグローグと同じ、事を地球に済む人々にやっている。
それは俺がここで女幹部をやっている以上は避けられない事だ。
だからといって変に逸脱した作戦を取ってしまえばシャドーVXが敗北してしまう可能性もある以上辞めることも出来ない。
血染めの紅爵の異名の通り
でもこの現状を変えられるのもまた、今は俺しか居ないはずだ。
それならせめてやれることはやっておきたい。
それにアビガストには幸せに生きていてほしい。
「ごめんなさい。もう心配はかけないようにするから……。だから許して……ね?」
俺は彼女の頭を軽く撫でる。アビガストは目をパチパチさせて、ようやく小さく頷いた。
「……はい、マルデューク様。……ありがとうございます。申し訳ございません……取り乱してしまって……」
せめて彼女の気を少しでも紛らわせるもの……
そうだ! 昨日買い込んだ駄菓子があるじゃないか!
早速アポカリプス星人にどの程度受けるかも気になるし渡してみよう!!
「そうだ! ほら、アビガスト、見てこれ! 心配かけたお詫び……って訳じゃないのだけれど」
俺は昨日転送していた紙袋からカラフルな駄菓子を取り出し、彼女に見せる。
「こ、こちらは……なん……でしょうか?」
アビガストが目を丸くして、興味津々にパッケージを眺める。
「よくぞ聞いてくれたわ。地球の食べ物なの。結構派手な見た目をしているからアナタでも抵抗なく食べられると思って!」
俺はニヤッと笑って、フルーツ餅を彼女に手渡した。
「わあ……綺麗……です。こちらは大切に保管しておきます! 家宝にしさせていただきます!」
「い、いや食べてよ……食べ物なんだから」
アビガストは、少し戸惑いながらもじっとパッケージを見つめる。
「マルデューク様……こんな私にまで……ありがとうございます」
彼女の声はまだ少し震えてたけど、目にはさっきより力が戻っていた。
「いつもお世話になってるんだから気にしないで。それでね、アビガスト。この駄菓子を日夜頑張っている戦闘員たちにも振る舞ってあげたいのよ。手伝ってくれるかしら?」
「は、はい! かしこまりました! 」
そしてアビガストに手伝ってもらって大量に買った駄菓子をラウンジへ運び、マルデュークの回復記念と称してのパーティーが行われた。
初めは配られた得体のしれない駄菓子に戸惑う戦闘員達だったが、一人が口にして美味いと言うと大量にあった駄菓子はものすごい勢いで数を減らしていき、あっという間に無くなっていった。
よかった。駄菓子はアポカリプス星人にも通用するんだ。
と、別に自分が作ったわけでもなんでもないのに元地球人として鼻が高かった。
そしてパーティーは終りを迎え戦闘員たちもまばらになってきた時のこと
「マルデュークよ、話がある」
そう厳しい声色で話しかけてきたのは想……いやソルダークネスだった。
「あら? 何かしら?」
俺も彼同様周りに戦闘員が居る手前女口調でそう返す。
話ってなんだろう……?
「……ここでは話しづらい。我の部屋まで来るが良い」
「ええ。そうしましょうか」
彼の部屋についていくと、ソルダークネスの身体が蒸気に包まれ想の姿へ変化する。
「ふぅ……聞きましたよマルデュークさん! 昨日一晩帰ってこなかったって!! 僕も心配してたんですから!! 駄菓子買うだけでそんな時間かかんないですよね!?」
部屋に戻った途端先程までの厳しい口調とは比べ物にならない優しい口調で彼は言った。
「ご、ごめん……ちょっと色々あってさ……」
そう誤魔化すと彼が俺の腕の方に目をやって急に腕を掴んで持ち上げてきた。
「そ、想君!? 何……?」
急にそんな事をされたもんで俺は顔を真赤にして胸の鼓動を高鳴らせてしまう。
「この怪我……どうしたんですか?」
「へっ? 怪我!?」
彼に言われて腕に目をやるとツチグモローグの糸に縛られた部分ががうっ血して痕になっていた。
「あ、ああこれ……?」
俺は隠しても仕方がないとモグローグの残党に襲われた事やフェイクシャドーの事を一部始終を彼に話した。
するとその名前を出した途端彼の表情が暗くなる。
「フェイク……シャドー……」
「えっ、想君知ってるの? そんな話テレビで見てた時にはなくて俺知らなくてさ……」
「はい。直接見たことはないですけどその作戦を立案したのは
「違うよ! 今の想君とあの頃のソルダークネスと君は違う! 気に病むことじゃないよ!」
俺は思わず声を上げ、想の暗い表情に胸がチクッと痛んだ。
フェイクシャドーの話をうっかり出してしまったのは俺だ。
そのせいで想に辛い過去を思い出させてしまったなんて……
「想君、あの頃のソルダークネスはモグローグに操られてたんでしょ? それって、君の意思じゃないよね? だからさ、自分を責めないで」
俺はできるだけ明るく、笑顔で言う。想は一瞬目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……マルデュークさん、優しいんですね。でも……僕がフェイクシャドー計画を立てたのは事実で、しっかり記憶もあるんです。その蒼海さんや彼女の仲間たちを酷い目に遭わせた事実も消えません。操られてたとはいえ、僕の手が汚れたことには変わりない……」
想の声は小さくどこか自分を責めるような響きがあった。
俺はそんな想を見ていてもたってもいられなくなる。
「想君! だったらこれから取り戻せばいいでしょ! 蒼海さんもモグローグによって不本意に与えられた力を誰かを助けるめに使ってた。今の君にも同じことが出来るはずだよ!」
俺の勢いに、想は少し驚いたように目を見開く。
そして、ゆっくりと、ほんの少しだけ笑顔を取り戻した。
「……マルデュークさん、ほんと、熱い人ですよね。……ありがとう。少し、気が楽になりました」
「へへ、でしょ? 俺、マルデュークとして、みんなをできるだけ不幸にさせないのが目標なんだから! 想君も、笑顔でいてよ!」
俺はニヤッと笑い、想の肩を軽く叩く。
想は照れくさそうに頭をかき、ようやくいつもの優しい表情に戻った。
「でもマルデュークさん、昨日みたいに、一人で地球に買い物行くのは危ないですよ。もうモグローグの残党たちに貴女があの辺りをウロウロしているってことは知れ渡ってるでしょうし……。でも地球に行くなとは言いませんよ。瞬のこともありますからね。ですから次からは僕も連れてってください。……その時は、ほら、あの機械でまた女の子の姿にしてもらっても構いませんから」
想が遠慮がちに言う。
俺は一瞬「えっ!?」と声を上げ、すぐにニヤニヤしてしまう。
「想君、もしかして女の子の格好にハマっちゃったとか?」
「ち、違います! ハマってないです! ただ、目立たないように、それに瞬にバレないようにするならあれがベストだと思っただけですっ!」
想が顔を真っ赤にして手をブンブン振る。
そんな彼の必死に否定する姿がすごく可愛く思えて、つい笑みがこぼれていた。
「ハハ、冗談、冗談! でも確かに危なかったから、次からはよろしく頼もうかな? せっかくだしあの姿に似合う服とか選んであげたいし」
「もう……マルデュークさんったら……あんまりからかわないでくださよ……」
と呟きながら、想は照れ笑いを浮かべる。
よかった。少しは気が紛れたみたいだ。
その時俺の腹がぐうと音を立てた。
結局先程のパーティーでは戦闘員たちに駄菓子を渡しすぎたせいで自分の分がほぼほぼ残っていなかったのだ。
そんな腹の音を聞いた想が何かを取り出す。
「お腹すいてるならこれ食べませんか? さっきの駄菓子パーティーで配ってたのを後で食べようと思って取っておいたんです。 腹の足しになるかどうか怪しいですけど」
それは懐かしいレトロなデザインの駄菓子のパッケージで、中には真ん中に穴の空いた吹くと音がするラムネ菓子とおまけと書かれた箱が入っている。
「これ、僕と瞬が子供の頃よく食べてたんです。駄菓子屋でいつも取り合いして……。どっちのほうがデカい音が出せるかとかどっちのおまけのほうがすごいかとか張り合ったり勢い余って喉につまらせたりして……」
想の声にはどこか温かい思いが滲んでいて、俺は目を輝かせて箱を受け取った。
「うわ、いいね! じゃあ、想君と瞬の思い出を俺も一緒に味わっちゃおうかな! ……なんちゃって」
俺は袋を開け、ラムネ菓子を一つ取り出して口に加え息を吹き込む。
するとヒューという音が部屋に響き、想も同じ様にラムネを吹いた。
一通りその音を楽しみ、口の中でラムネを噛み砕くと甘酸っぱい味が口に広がる。
こうして想と一緒にラムネを遊びながらを食べているとなんだか子供の頃に戻ったような気分になった。
想もゆっくり噛みしめるように食べていて、少しでも楽しかった頃の事を思い出してくれていたらいいな。
と思いながらそんな彼の横顔を見つめる。
「……美味しい。やっぱりこの味、瞬と一緒に食べてた頃を思い出すな」
想の笑顔はどこか切なげで、でも穏やかだった。
俺はそんな想を見ながら思う。
瞬も、想も、蒼海も、みんな大切な人を守るために戦ってる。
俺もマルデュークとして……出来ることをやらなくっちゃ。と。
「想君、さ。いつかきっと瞬とも一緒に、この駄菓子食べられると良いね。皆で笑ってさ。もちろん今の想君の姿で!」
「……うん、そうですね。マルデュークさん約束ですよ?」
想が小さく頷き、俺たちはラムネ菓子を分け合いながらしばらく思い出話に花を咲かせた。
想と別れ、俺は自室に戻る。ラムネ菓子の甘酸っぱい味がまだ口に残っていて、なんだか心が温かい。
「ふふ、駄菓子パーティー、成功だったな! 戦闘員たちも喜んでたし、想ともいい話ができたし……!」
俺は上機嫌で部屋のドアを開けるとアビガストが迎えてくれたのだが何やら目が虚ろで様子がおかしい
「……おかえりなさいませ……マルデュークさ…………ま……」
その瞬間彼女はその場に力なく倒れてしまった。
「……アビガスト!?」
さっき渡したフルーツ餅の空のパッケージが握られていて、顔は青白く額にはうっすら汗が滲み、かすかに震えている。
「う、うそ、ちょっと! アビガスト!? 大丈夫!?」
俺は慌てて駆け寄り、彼女の肩を揺さぶる。
まさか、駄菓子に何か……!? いや、そんなわけない! でも……彼女の息が少し荒くて、熱っぽい?
「……マルデューク……様……もうしわけ……ありません……これから……おふろの……準備を……」
アビガストがかすかに目を開け、弱々しい声で呟く。
俺はハッとして、彼女の額に手を当てる。
……熱い! こ、これ、もしかして俺の風邪が移っちゃったのか!?
「アビガスト、ごめん! 俺のせいで……! 大丈夫、すぐ医務室に連れてくから!」
「い、いえ……使用人の私がマルデューク様にご面倒をおかけするわけには……」
アビガストはそう言ってゆっくり立ち上がろうとしたので俺はそれを止める。
「良いから! 今はそんな事考えなくても!!」
俺が風邪で寝込んでいる時はずっとつきっきりで看病してくれていたし、昨日も一晩中俺の帰りを寝ずに待ってたみたいだし……ただでさえ体調が悪かったろうに俺が帰らなかったせいでこんなことに……!
俺のせいだ、ただでさえ風邪気味だったアビガストに心配かけたばっかりに……!!
それなのに彼女は自分より俺の心配ばかり……
このままじゃいけない。
彼女がこうなった責任は俺にあるんだと罪悪感が胸を締め付ける。
「アビガスト、絶対大丈夫。大丈夫だから!」
アビガストの弱々しい寝息を聞きながら、俺は彼女を抱き抱えて部屋を飛び出し医務室へと走った。