冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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第十五話 倒れたメイド少女!

「アビガストしっかりして……! 大丈夫よ。すぐに診てもらえるからね!」 

 俺は要塞の長い廊下をアビガストを抱きかかえ医務室へ走る。

 彼女を抱きかかえた時、その軽さに驚いた。

 初めはこの身体がそれなりに筋力があって軽々持ち上げられているだけかとも思ったがそれにしても軽すぎる。

 アポカリプス星人やら地球人のこの位の年頃の女の子の平均体重がどうとかは知らないが確実にそれを下回っていることには間違いない。

 こんなか細い華奢な身体でいつも(マルデューク)の身の回りの世話をたった一人でこなしてくれていたんだ。

 そんな事とうにわかりきっていた事だのはずだけど、こうして抱きかかえた時に感じた軽すぎる身体がそれをまざまざと物語っている。

 クソっ! これだけ近くにいたのにアビガストの異変一つ気付いてやれないなんて……

 ぐったりして息を上げる彼女に俺の心の中は自責の念で押しつぶされそうになる。

「マルデューク……様……申し訳……ありません……お風呂の準備を……しないと……いけないのに……」

 アビガストは青白い顔で弱々しく呟き、その言葉が胸を締め付ける。

 こんなになってまでそんな事を……

「そんな事今は考えなくていいから!」

 俺は彼女にそう声をかけていると、やっとのことで医務室のドアに差し掛かる。

 

 生体認証で安々と開いたドアの先には休憩を取ろうとしていたのか先程配っていた駄菓子と得体のしれない色の液体の入ったコップを持った科学戦闘員主任がいた。

 完全に気を抜いていた彼だが俺の姿を見るなりコップを手から落としつつその場で姿勢を正して立ち上がる。

「ま、マルデューク様!? い、如何されたのですか?」

 その表情や声には恐怖の色が伺えた。

 そりゃまあ休憩中に怖い上司がいきなりすごい勢いで部屋に入ってきたらこうもなるか……

 でも今はそれどころではない。

 苦しそうなアビガストを助けてもらわなければ! 

「はぁ……はぁ……急患なの……アビガストが急に倒れて……すごい熱で……とにかく診てあげてくれないかしら?」

「は……はい! 今すぐに……!」

 主任に状況を伝えると彼はSF映画でしか見かけないような近未来的なデザインのベッドの上にアビガスト寝かせるように指示された。

 そこに彼女を寝かせると主任は何やらハイテクそうな端末をかざし、ベッドに備え付けられたたモニターを弄り始める。

 その横でベッドに横たわり苦しそうに息を荒げるアビガストの姿は辛そうで見ていられなかった。

 

 しばらく主任の診断を待っていると彼の視線がモニターからこちらへと向かい

「ふむ……やはり少々重めの風邪ですね。マルデューク様が罹患されたものとおそらく同じものですので薬を飲んで安静にしていれば数日もしないうちに完治するかと」

 彼の一言で俺は安心すると同時に彼女が風を引いた理由が気になった。

 この間風邪を引いた俺をつきっきりで看病してくれていたのだから間違いなく俺が彼女に風邪を移してしまったのだろう。

「風邪……それじゃあやっぱりアタシが移しちゃったのかしら……」

「そ、それは……」

 俺の言葉を聞き明らかに言いにくそうに主任は視線を逸らし、言葉を濁す。

 彼は完全に萎縮していて、その態度から十中八九アビガストがこうなった原因は俺が風邪を移してしまったことが原因なのは間違いなさそうだ。

 しかしそれをはいと答えてしまえば

「何? アタシが悪いとでも言いたい訳!?」

 なんて怒鳴られるか最悪殺されると思っているのだろう。

 主任はおどおどした様子で更にモニターをいじりながら言葉を続ける。

「あ、あの……後はこちらで処置をいたしますので……マルデューク様はお部屋お休みください……。貴女様のお手を煩わせるわけにはいけません。彼女は我々医療チームが責任を持って治療いたしますので」

 その声は震えていて、俺の視線を避けるようにチラチラとモニターや床に目を泳がせていた。

 ここまで萎縮されるとこっちが申し訳なくなるんだよな……

 しかし本来であればこの主任はマルデュークが胸元に傷を残された事に怒り狂って今頃とっくに死んでいたであろう人物だ。

 既にそんな修羅場を何度もくぐり抜け、同時に些細な理由でマルデュークに大怪我を負わされたり殺されたりする戦闘員たちを見てきただろうだからここまで怯えるのも無理はない。

 それはそれとしてやはり改善に努めようとも一度付いてしまったイメージを払拭するのは難しい事を痛感させられる。

 そんな時、

「マルデューク……様……わた……しは大丈夫……です……から……捨てないで……捨てないで……」

 アビガストのうわ言みたいに弱々しい声が聞こえた。

 彼女の方に目をやると苦しそうに息を荒げてうなされている。

 一体夢でマルデュークにどんなひどい仕打ちを受けているのだろうか? 

 その瞬間、頭に過ったのはアビガストが俺を看病してくれた時のこと。

 

 あの時アビガストは高熱で寝込んでいた俺のために

「お風邪の時はこちらが一番です」

 と、得体のしれない毒々しい色のスープを用意してくれたのだ。

 見た目は相変わらずドぎつくただでさえ食欲もなくとても飲める気にはなれなかったが、彼女の善意を無下にもできず無理やり飲んでみると見た目とは裏腹にとても優しい味がした。

 そして気づけばすんなり飲むことができ、熱と悪寒で苦しんでいた身体も少し楽になった気がした。

 それからも数日の間つきっきりで俺を看病をしてくれて、肉体的にも精神的にもとても支えになってくれていたのだった。

 

 それに、どんなに重い風邪を引いても看病は愚か誰にも心配されないどころか小言を言われる孤独や辛さを俺は嫌と言うほど知っている。

 きっと自分が風邪を引いたことよりそれが原因で任された仕事ができなくなった自分を責め、その事を怒られるのではないかという恐怖やプレッシャーが更に彼女を苦しめているのだろう。

 彼女にそんなつらい思いをさせたくはない。

 本当ならきっとこのまま主任や医療班に任せるのがベストなのだろうが、俺の名を消え入りそうなか細い声で呼ぶ彼女を置いてこのまま一人部屋に戻るなんて事はできなかった。

「主任、この子はアタシが看病するわ。必要な薬とか教えてもらえないかしら?」

 俺の言葉を聞いた主任は目を丸くして、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべる。

「ま、マルデューク様……失礼ですが使用人にそこまでのお心遣いを……?」

 その声には遠慮がちながらも驚きの色が混じっていた。

 そりゃそうだ。

 彼にとって悪逆非道で無慈悲なマルデュークがメイド一人をここまで気にかけるというのは確かに変なのかもしれない。

 しかしそれはあくまで本来のマルデュークの話。

 今の俺はマルデュークであってマルデュークではない。

 いつも身の回りの世話をしてくれる彼女に気遣いをするくらい当然だ。

「当たり前よ。アビガストはアタシにとってたった一人のメイドでかけがえのない存在なんだから」

「は、はぁ……左様でございますか……」

 俺の言葉を聞いた主任はぽかんとした顔をする。

 しかし、かけがえのない存在なのはアビガストだけではない。

「もちろんアナタもよ。アタシの怪我、それにグラギムやソルダークネスを治してくれてありがとう。こう見えてすごく感謝してるのよ?」

 シャドーの凶刃に倒れたマルデューク(おれ)だけでなく本来であれば死んでいたはずのグラギム、そして本来であれば自分を取り戻すこと無く散っていくはずだったソルダークネスに想としての人格を呼び覚ましたこの主任も俺にとって……いいや皇国にとっても非常に重要な人材だ。

 そんな貴重な人材を何も考えずに切り捨てるなんて何考えてんだアタシ(マルデューク)は……! 

 そんなんだから俺がイメージを払拭するのに相当手こずってるんだぞ? 

 と自分自身(マルデューク)に恨み節を浮かべてみるがそれをぶつける相手は返事をしてくれないどころか今は俺がそのマルデュークなのだ。

 いくら怖がられようとも地道にやっていくしか無いのだろう。

「い、いえ! とんでもございません……! 私は医療に従事するものとして最善を尽くしただけで……それにマルデューク様、貴女様のその玉体に傷を残してしまった……あの時のマルデューク様も相当取り乱していらっしゃいましたしそんな私めにその様なお言葉……」

 俺の言葉を聞いた主任は一瞬顔を赤らめて嬉しそうな笑みを浮かべたが慌てて首を振って謙遜する。

 あの時取り乱していたのは胸元に傷が残ったからじゃなく目が覚めたらこの身体(マルデューク)になっていてワケがわからなくなってたからなんだけど……

「謙遜しないの。傷の事もももう気にしていないから。名誉の負傷ってヤツ? それに今こうしてアタシが元気でいられるのもアナタが助けてくれたからなのよ? アナタのその力はきっと……いいえ間違いなくアポカリプス皇国にとって貴重な財産だわ! 驕らない程度に誇りなさい?」

 未だに彼自身もマルデューク(おれ)の傷を治せなかった事を心残りに思っている様だったので俺は胸を張ってそう言ってみせた。

「そ、そんな……私めには身に余る勿体なきお言葉です……ですがマルデューク様がそうおっしゃるのであれば謹んで拝受させていただきます」

 主任は一瞬黙った後、そう言って深々と頭を下げる。

「そんなかしこまらなくて良いわよ。それじゃアビガストに飲ませる薬とかを頂こうかしら? これもアタシの撒いた種だし、休むのはアナタの方。アタシは十分この間風邪で寝込んだ時に休ませてもらったから。ね?」

「しょ、承知いたしました。では……」

 主任はそう言って端末を操作すると、部屋にある何やら物々しい機械が音を立てて動きはじめた。

「な、なんなのこれ……」

「こうすれば自動で必要な薬剤を生成、調薬してくれるのです。実はですね、この機械は……」

 主任は突然早口で機械の説明をし始めたのだが話が高度すぎて俺にはよくわからず、アポカリプス皇国の科学力が地球のはるか上を行っていることだけは理解できた。

 その説明の途中で機械から無機質な音がして、窓のような部分が開くとそこにはいくつかの錠剤と液体の入った瓶が置かれている。

「おっと、話している間に薬が出来上がった様ですね」

「へ、へぇ……ハイテクなのね」

「はい。相当年代ものですがまだまだ現役ですよ!」

 これでも古い機械なのかとアポカリプス脅威のテクノロジーに感心していると、主任は先ほどとは打って変わってわかりやすく丁寧に薬の用法なんかを説明してくれた。

「ありがとう。助かるわ」

「マルデューク様のお役に立てたのでしたら幸いです」

 

 ひとまず主任に言われた通りアビガストに薬を飲ませると、それまで息を荒げ苦しそうにしていた彼女の表情が目に見えて和らいでいく。

 そう言えば俺が風邪で寝込んでいる時、アビガストから薬を貰ったがそれもこの機械が作ったものなんだろうか? 

「ねぇ、アタシが風邪で寝込んでいた時に飲んだ薬ももしかしてこの機械が作ったものなの?」

「ええ。こちらで調薬したものを彼女に渡しておきました」

「そうだったのね」

 図らずしもあの時の薬の出どころがわかってしまった。

 あの日彼女はここまで来て薬をもらってきてくれていたのか……

 それに飲んだ薬が効いたのか俺は数日もしないうちに完治したし、この機械の性能は確かなものらしい。

 アビガストも俺と同じ風邪なのならば薬さえ飲めばすぐに元気になるだろうとひとまず胸を撫で下ろした。

「本当に助かったわ。いつもありがとうね」

「いえいえ。私はただ任されている仕事をしたまでですから。また何かございましたらお気軽にお呼びつけください」

 そう言った主任から俺は数日分の薬や役に立つだろうと様々なものを受け取り、アビガストを抱きかかえて今度は彼女に負担をかけないようゆっくり自室へと戻った。

 

 その道中で彼女は眠ってしまったようで、俺は起こさない様細心の注意を払いひとまず自分のベッドにそっと寝かせる。

 顔はまだほんのりと赤いが、すやすやと寝息をかいて眠る彼女の額に主任から貰った何やらひんやりとしたシートを貼り付けた。

「ふぅ……大事にならなくて良かった良かった……」

 彼女の寝顔を見てやっと落ち着けた俺は椅子に腰掛け安堵の息を漏らす。

 

 アビガストの寝息だけが静かに部屋に響く中、俺はしばらく彼女の姿をじっと見つめる。

 額に貼った冷却シートのおかげかさっきよりは少し楽そうに見えるけど、顔はまだ赤く時折小さく震えている。

「さ……さむ……い……」

 彼女は消え入りそうな声で小さく唇を動かす。

 見ると彼女のメイド服は汗でじっとりと濡れていて、このままじゃ寝冷えして風邪が悪化してしまいそうだ。

「このままじゃダメだよな……着替えさせないと……」

 いや待て

 自分の口から出た言葉に理性がストップをかける。

 見た目は(マルデューク)だとはいえ中身は40手前のおっさんだぞ? いくら看病のためとはいえこんな年頃の女の子の服を脱がせるなんて……

 良いのか? 

 いやいや、別に俺はアビガストにやましい気持ちなんか抱いてないし? 

 それに看病するって言ったのは俺だし? 

 と自分を正当化しようと試みるがやはり眠っている少女の服を脱がせることには抵抗がある。

 しかしこのまま放っておくわけにもいかないし……

 というかアビガストが苦しんでるってのに一体何を考えてるんだ俺は……! 

「やるしかない……よな? 大丈夫。アタシは女……アタシはマルデュークなんだから……なにもやましいことはないし看病するだけ……それに裸だって何回も見てるしなにもやましいことなんか……」

 自分に言い聞かせ、恐る恐るアビガストのメイド服のボタンに手を伸ばす。

 いくら看病だと言い聞かせるが、そう言い聞かせるたびいけないことをしているんじゃないかという理性が俺の胸の鼓動を高鳴らせ指を震わせる。

 メイド服のフリルが妙に凝ってて、ボタンが小さくて外しにくい。

 やっと一つ外したところで、

「んぅ……」

 とアビガストが小さくを上げる。

「う、うわっ! ご、ごめん! 起こすつもりじゃ……!」

 アビガストが小さく声を上げ、俺は心臓が止まりそうになる。

 慌てて飛び退くが、彼女は目を閉じたままかすかに寝返りを打っただけだった。

 ホッと胸を撫で下ろし、気を取り直してやっとのことでボタンを全部外す。

 

 汗で湿ったメイド服をそっと剥がすと、彼女の華奢な体が露わになった。

 あまりにも軽くて、壊れそうな体。

 彼女の白い肌には、火傷や切り傷のような痛々しい傷跡や痣がいくつも刻まれている。

 それを見た瞬間、胸が痛んだ。

 こんな傷を負わせたのは、誰でもなくマルデューク(おれ)なんだ。俺自身の記憶にはないとしても今は俺がマルデュークなんだからこの責任は俺にある。

 こんなに大切な人を傷つけてきた過去のマルデュークに腹が立つ。

 しかしそれと同時にアビガストが風邪を引いてしまったというのにそれに気づかずこき使っていた俺も結局俺も同じじゃないかと申し訳なさがこみ上げる。

「アビガスト……ごめん……」

 彼女の傷を見る度、アビガストに謝ったりこれ以上酷い目に合わせないと誓ってきたけれど彼女はいつも変わらぬ表情で

「これは私が悪いのです。マルデューク様が気に病むことではありません。これからも至らない事がございましたらご遠慮なくご指導ください。どんな折檻でもお受けいたします」

 なんていつもと変わらぬ抑揚のない口調で言うだけだ。

 

 口ではそう言ってはいるものの立場上「私の身体を傷物にした貴女を絶対許さない!」

 なんて言えるはずもないだろう。

 それにいくら俺が取り繕った所で過去にやったことも傷跡も消えるはずはなく、こうしていつも献身的に俺の身の回りの世話をしてくれているとは言え本当はアビガストがマルデューク(おれ)の事を恨んでいるのではないかという一抹の不安は拭いきれずにいる。

 結局「シャドーVX」の本編でもアビガストが実際の所マルデュークにどんな感情を抱いていたのかは断片しか描写されてはいないし、本当の所彼女がマルデュークを恨んでいたかどうかまではわからない。

 しかし本来の流れでは瞬と心を通わせアポカリプス皇国とマルデュークを裏切っているので少なからず彼女にマルデュークを恨めしく思う気持ちはあったのだろう。

 もしそうだとしても嫌な顔ひとつせず(マルデューク)に付き従ってくれている彼女にそんな思いをさせてしまっているかもしれないという不安がただただ俺の胸をきりきりと締め付けていく。

 そして彼女の傷だらけの身体に地球で買っておいた柔らかいタオルでそっと当てようとするが手が震えてうまく力が入らない。

 やっとのことでタオルを身体に当てると

「ん……ぁっ……」

 とアビガストは小さな声を上げ、俺は身体を飛び退かせる。

「ごごごごごごめんアビガスト!!! どこか痛かった? それとも力が強すぎたとか!?」

 俺はそう言うが彼女は返事をすることもなく寝息を上げている。

「なんだ寝言か……と、とにかく早く着替えさせないと本当に身体が冷えちゃうじゃないか……よしっ!」

 俺は覚悟を決め、自分の両頬をパンと叩き彼女の身体の汗を拭き取っていく。

 しかしその度彼女の口からは吐息が漏れ、乱れた髪に熱で火照ったその顔もどこか艶っぽく見えてしまいなにやらいかがわしいことをしているような気分になってしまう。

「はぁ……こんな時にいかがわしい事考えるなんて最低だな俺は……」

 そんなことを呟きながらやっとのことで一通り汗を拭き終え、彼女の乱れた髪を指でそっと整えた。

 こんなこと前世の俺だったら絶対できなかった。

 いや、そもそも自分のことに精一杯でこんな風に誰かを大切に思うこと自体前世じゃなかったかもしれない。

 新しい服を着せる前に、濡れたタオルで彼女の額や首筋の汗をそっと拭く。

 彼女の肌は火照っていたが、ほんの少し熱は引いてきている気がする。

 いつも無表情な彼女の寝顔はどこか子供みたいで、守ってやりたいって気持ちが込み上げてくる。

「もうこんな傷、絶対に増やさせないから……約束するよ」

 彼女の髪を撫でながら俺はそう呟いた。

 

 そして、いつか着てもらおうと買っていた可愛らしい部屋着へ着替えさせ、布団をかけてやる。

「はぁ……やっと終わった……ひとまずこれで安心かな……」

 終わった頃には俺の方が汗だくになっていて、鏡を見るとマルデュークがヘトヘトの顔でこちらを見つめていた。

 

「アビガスト……俺、少しは君にとって良い主人になれてるのかな……?」

 俺は眠る彼女に聞こえないくらいの小さな声でそう呟くが彼女から答えは帰ってこない。

 

 他人の看病なんてしたことのなかった俺はそれからも主任のアドバイスを頼りにしながら手探りでアビガストの額のシートを定期的に張り替えたり薬を飲ませたりとつきっきりで看病を続けていた。

 時々彼女がうなされるたび、彼女を撫でたり手を握ったりを繰り返しているうち、気づけば俺は一瞬意識を手放してしまう。

 

 はっとした次の瞬間、メイド服を着たアビガストが立ってこちらを見つめていた。

 もうそんなに快復して……もしかして相当寝ちゃってたのか? 

「あら、アビガスト? もう風邪は大丈夫なの?」

 彼女にそう問いかけるが、彼女の反応はいつもと違った。

 まるで知らない他人を見るような、わずかに恐怖をにじませた視線で俺を見つめていたのだ。

 彼女のそんな目は、初めて見るものだった。

 なんだろう……? やっぱり勝手に服とか脱がせたことに怒ってるとか? 

「ど、どうかしたの? アビガスト?」

 俺は違和感を覚えながら声をかけると

「貴方は……誰なのですか……?」

 彼女はまるで怯えているように声を震わせて言った。

 俺は一瞬言葉を失い、慌てて答える。

「ど、どうしちゃったの? アタシはマルデュー……ク……えっ!?」

 女言葉で返そうとした瞬間、喉を震わせて出た声に俺は愕然とした。

 俺の声……!? 

 その声はいつもの甲高いマルデュークの声ではなく聞き慣れた俺自身の男の声だった。

 驚いて鏡を見るとそこには見慣れたマルデュークの姿はなく、くたびれたスーツを着た疲れ果てた顔の中年男の姿が映し出されていたのだ。

「嘘をつかないでください! 貴方のようなみすぼらしい男がマルデューク様であるはずがありません! ここはマルデューク様のお部屋です! マルデューク様をどこへやったのですか!?」

 アビガストは怒りに満ちた目で俺を見つめて声を荒げる。

 彼女の言葉に頭が真っ白になっていく。

「ち、違うの! 俺……いやアタシは……!」

 アタシはマルデュークなの! と言い返そうと口を開いても喉から出てくるのは野太い男の声。

 焦りと恐怖が胸を締め付ける。

 どうして? 俺はマルデュークだったはずだ……

 それなのになんで俺、元の中年男性に戻ってるんだ!? 

 わけもわからず取り乱している間にもアビガストはこちらを心底軽蔑するような視線で睨みつけてきて、思わず彼女に太い手を伸ばすと……

「近づかないで! それにマルデューク様の口調を真似するのをやめなさい! 貴方のどこがマルデューク様なのですか! 貴方のようなどこの馬の骨とも知らぬ地球人の男がマルデューク様を騙るなど……!! 恥を知りなさい!! マルデューク様を……返せ!!!」

 聞いたこともない程強い口調でそう声を上げるアビガストそして

「マリ子さん……俺を……俺達を騙してたんですか?」

 俺の背後から聞き慣れた声がする。

 振り向いてみるとそこには瞬にジン、更にグラギムを筆頭にアポカリプス皇国の戦闘員たちが俺に冷ややかな視線を送っていた。

「私が仕えているのはマルデューク様だ! 貴様のような下賤の輩ではない! まして貴様のようなもののために我々は命をかけた訳ではない!!」

 グラギムが普段の忠実な態度とは裏腹に、鋭い刃のような言葉を突き刺す。

「そうっス! アンタみたいなオッサンに何ができるんスか!!」

「そうだそうだ!!」

 グラギムに続き戦闘員達は口々に俺が本来マルデュークでない事を口々に攻め立て、彼らの言葉がナイフのように突き刺さる。

 

「マリ子さん……いや、誰だか知らないけどさ、マルデューク様のフリをして俺たちを騙して利用して楽しいかよ?」

 ジンが軽薄な口調でしかしその目に宿る軽蔑は本物だ。

 いつもは気さくに話しかけてくる彼の冷たい声に、俺の心がさらに締め付けられる。

「い、いや……それは…………」

 ジンから目線を逸らすろ瞬が鋭い視線を俺に向けている。

 その目は正に悪を前にした怒りの表情だった。

「お前みたいな弱っちい地球人のオッサン如きがアポカリプス皇国の未来を語る資格はない!」

 戦闘員の一人が更に吐き捨てるように言う。

 その声には皇国への忠誠とマルデュークへの尊敬が込められている。

 それなのに今の俺はそのどちらも裏切っているのだ。

「偽物め! マルデューク様の気高さを穢すな!」

 別の戦闘員が叫び、まるで俺をこの場から排除しようとするかのように前に進み出る。

 その目は俺がただの「地球人のおっさん」にしか見えていないことを物語っている。

「い、いや……俺はただ……アビガストに……」

「私を幸せにしたい……? 私の主人を奪って騙しておいてどの口がそれを言うのですか?」

 そしてアビガストはトドメとも言うべき言葉を俺に放った。

 彼女を守りたいと思ったのは本心なのに……俺が偽物だとバレたらこんな風に拒絶されるのか? 

「嘘つき!」

「お前には何もできない!」

「マルデューク様を返せ!」

「地球人の分際で俺たちを騙した罪は重いぞ!」

「女のフリしてて気持ち悪いんだよオカマ野郎!!」

「あのまま死んでればよかったんだ!」

 戦闘員たちの声がまるで嵐のように俺を飲み込みそれぞれの言葉がナイフのように俺の心を切り刻む。

 そうだ。

 マルデュークのフリをして俺は皆を騙してるんだ。

 でもそれは少しでも自分(マルデューク)の末路を……そしてアポカリプス皇国の命運をマシな方向へ持っていきたいという一心で……

「ち、ちが……俺はただ……自分にできることをやりたくて……」

 震えた声でそう言い返そうとしても、彼らの言葉は止まらない。

 嘘つき、偽物、無能──そんな言葉が頭の中で反響していく。

 それは前世の上司の詰問と同様……いやそれ以上に俺の存在を否定しているように感じた。

 ダメだ……結局俺は環境が変わったって何も変われちゃいなかったんだ。

 皆ただ外面がマルデュークだから付いてきてくれているだけで中身にはなんの価値もない。

 なんの……価値も……

 

「違う!」

 

 俺は思わず叫んでいて、その瞬間辺りが突然暗転する。

 次に視界に映ったのはぐっすりと寝息をかいて眠るアビガストの姿だった。

 胸が締め付けられるような不安がじわじわと広がり、激しく脈打つ胸を押さえる。

 しかし、視界を邪魔するやけに長い前髪にそれをかき分ける細い指と黒く尖った爪。

 それにずっしりと重みを感じる胸元……

 眼下には豊満な2つの膨らみがぶら下がっていて、そこに細長い手指を這わせると感じるやわらかさとくすぐったさの入り混じった様な感触。

 頬に触れるとヒゲ一つない艷やかな感触が指に伝わる。

「あれ……? 俺……」

 そう呟いた俺の喉を震わせて出たのは聞き慣れた甲高い声。

 俺の身体……マルデュークに戻ってる……? 

 本来自分の体ではないはずのこの女の身体に俺は安心感を覚えていた。

 そして徐々に意識がはっきりとしてきて、床に膝を立ててベッドに突っ伏していた事を理解する。

 どうやら俺は気づかないうちに眠ってしまっていたようで、シーツにはメイクが魚拓のように張り付いていた。

 よかった……どうやら夢をみていただけらしい。

 ゆっくり痺れる足を立たせ確かめるように鏡の前に立ってみるとそこには最早見慣れたマルデュークの姿が映っていて俺は安堵の息を漏らす。

 

 そしてアビガストの方に目をやると彼女は熱も引いてきたのかぐっすりと眠っている。

 本当のマルデュークはアビガストを傷つけていた。

 今の俺はそんな彼女を傷つけまいと良い主人を演じようとはしているがそれは結果的に彼女を欺いている。

 それが彼女を更に傷つけることになりかねないということを再認識し、その事実にさらなる罪悪感を覚えた。

 

「そうだよな……俺、アビガストを騙して……」

 そこで俺は言葉を止める。

 もし、アビガストは俺が本当はマルデュークではないと知ったらこの子は一体どんな顔をするだろうか? 

 さっき見た夢のように完全に拒絶されてしまうのだろうか? 

「マルデューク様を返せ!」

 夢で見たあのアビガストの怯えた顔と言葉が俺の頭から離れず、もし本当に俺の正体がバレてしまったらと考えると怖くて怖くてたまらなかった。

「マルデューク……こういう時アンタならどうするんだろうな……」

 鏡に向けて俺はそう問いかけるがもちろん彼女は何も答えてくれない。

 

「マルデューク……様……?」

 そんな時、アビガストの弱々しい声にハッとする。

「あ、アビガスト!?」

 声の方へ顔をやると彼女が体を起こしこちらを見つめていた。

 だ、大丈夫だよな……? 

 今の俺、ちゃんとマルデュークだよな……? 

 さっきの夢のせいでそんな不安が脳裏をよぎる。

「何やら……大きなお声が聞こえましたが……いかが……なされましたか……?」

 つい身構えてしまったけれど、彼女から向けられる視線と言葉はいつもと変わらぬものだった。

「えっ!? もしかして起こしちゃった? だ、大丈夫! ちょっと……そう! ゴキ……を見ちゃって! 久々だから驚いちゃったのよ! 安心なさい! ちゃんと退治しといたから……あははは……」

「ごき……?」

 俺はそんな気丈に振る舞うと彼女は不思議そうに首を傾げた。

「と、ところで体の調子はどう……?」

「……はい。マルデューク様がお側にいてくださったおかげで大分ましに……なりました。それにこのお召し物もマルデューク様が着付けてくださったのですか……?」

「え、ええそうよ」

「申し訳ありません……マルデュークさまのお手を煩わせてしまって……お食事もお風呂も何もできておりませんし……それに私如きがマルデューク様のベッドを……すぐに退きます。それにお食事の準備いたしますから……」

 彼女はそう言ってベッドから降りようとするので俺はそれをとっさに止めた。

「アタシの心配なんかしないでアナタはまだ休んでなさい」

「……しかしお食事のご準備が……使用人の私が主人のマルデューク様にお手を煩わせるなど……」

「良いから! 今はそんなことも考えなくても。いつもアナタ一人に任せっきりなんだもの。たまにはゆっくり休まなきゃ……ね?」

 立とうとするアビガストを諭すと彼女は小さく頷いたがどこか納得していない様子で……

「しかし……まるで様のお役にも立てない私に価値なんて……」」

「今は休むことだけに集中すること! それまでアタシの事を心配したり仕事のこと気にしたりするのは禁止。アタシのことを考えるのは元気になってからで大丈夫だから。それまでの間、そのベッドはアナタが使いなさい? それにアナタに価値がないなんて誰が言ったの? アナタがこうしてそばに居てくれる。それだけでアタシは十分。だから今はゆっくり休んで?」

「よいの……ですか……?」

「ええもちろん。こんなことでもないとアナタ、休まないでしょう? だから今だけでもゆっくり休んで? それを咎めたりなんてしないわよ。元はと言えばアタシが風邪を移しちゃったのが悪いんだもの。元気になったらまたアナタの作る料理を食べさせてね」

「……はい。大変恐れ多いですが……お言葉に甘えさせていただきます……」

 アビガストは安心したように目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。

 俺は彼女の寝顔を見ながら先ほどの悪夢を振り払うように頬を優しく撫でた。

 

 主任の言った通り熱も引いてきたみたいだしこれで一安心かな……

 そう思うと俺の腹がぐうと音を立てた。

「そっか……昨日から飯食ってないや。アビガストにも何か食べさせてあげないとな」

 そう思い立った俺はラウンジへ向かった。

 

 ラウンジは朝食を取っている戦闘員達でごった返していたが、俺の姿を見るなりまるでモーゼが海を割るようにラウンジに併設されている食堂のカウンターまでの道ができた。

「ま、マルデューク様!? いかがされたのですか?」

 食堂の調理担当戦闘員が驚いた顔をする。

「ちょっとメイドが風邪で倒れちゃって御飯食べられなくなっちゃったのよ。アタシにも食事、もらえるかしら?」

 俺がそう言うと

「少々お待ちください…… お前ら!! マルデューク様が食事をご所望だ!! 他のヤツらと同じ飯なんか食わすわけにはいかねェ!! とびきり最上級のものを最優先でご用意しろ!!!」

 そう厨房に大声で叫ぶ。

「ちょっと待って!!!」

 俺はそんな戦闘員を呼び止めた。

「な、なんでしょうかマルデューク様……」

「い、いやそんな気を使ってくれなくても大丈夫だから……えっと……その……そう! 視察よ視察! 普段戦闘員達がどんなものを食べてるのか知りたくてね。だから皆が食べているものと同じものを頂戴。それとスープみたいなのがあれば余分に一ついただけないかしら?」

「は、はい……! 只今!! おいお前ら!! マルデューク様は今日の朝食メニューをご所望だそうだ!! 死ぬ気で作れよ!! こほん……それではマルデューク様……席について少々お待ちを」

 そう言われて俺は席につくと戦闘員達が遠巻きに俺を眺めながら朝食を取っている。

 な、なんか落ち着かないなぁ……

 しかしいつも俺の食事はアビガストが作ってくれているけれど戦闘員たちはどんなものを食べているんだろうか……? 

 少し興味が湧いてきた。

 しばらく待っていると先程の調理担当戦闘員が食事を持ってこちらにやってきた。

「お、お待たせいたしました……本日の朝食メニューでございます」

 震える手でそう言って俺の目の前に置かれたのはよくわからないゼリーのような物やなにかのブロック状のものにペースト状のもの、それにタブレットのようなものとスープというSF映画で見るような近未来的料理そのものだった。

「こ……これが……戦闘員達の朝食……」

「も、申し訳ございません!! やはりこんなものマルデューク様のお口には合いませんよね! 今すぐ作り直させますので!!」

 戦闘員は料理を下げようとしたがせっかく作ってもらったのにもったいない。

 それにただでさえ忙しいだろうに俺のためだけに別の料理を作らせる訳にも行かないし……

 何よりこれがどんな味なのか俄然興味が湧いてくる。

「待って! アタシ……こういうの食べてみたかったの!!」

「……へっ?」

「しっかりいただくわ。お気遣いありがとう」

「は、はぁ……左様でございますか……そ、それではごゆっり……」

 そう言って戦闘員は逃げるように厨房へと戻っていった。

 

 しかしいつも食べてるドギツイ色と見た目の料理もそうだけどこれはこれで脳が食べ物だとギリギリ理解を拒むレベルのインパクトがあるな……

「い、いただきます」

 俺は恐る恐る得体のしれない料理を口に運ぶが……

 うん。

 不味くはない。

 が、特段美味しいわけでもない……

 アビガストの作る料理はいつも見た目はともかく美味しいから味覚がズレているというわけではないだろう。

 ただ妙に腹に溜まる感じはするし戦闘食糧といった感じなんだろうか? 

 次にスープを口に運ぶがこれはスープというよりスープ風味のお湯…………? 

 いくらなんでも味が薄すぎる。

 戦闘員が毎日3食これを食べてるんだとしたら駄菓子に感動するのも頷ける。

 そしてアビガストが作る料理はそうとう上質なものであろうことも伺えた。

 次は戦闘員の食事についても何か改善した方が良いかもしれないな。

 

 そんな事を考えながら俺は出された料理? を完食した。

 凄く美味しい! とはならなかったが妙に満腹感がありたまに食べたくなる様な……そんな里朝食だった。

「ふぅ……美味しかったわ。ごちそうさま」

 トレーをカウンターへと返却する。

「ゴチ……ソウサ? おっしゃっていただければトレーは私共が片付けましたのに……と、ともかくマルデューク様のお口にあっていれば幸いでございます!」

「いいのいいの。これくらいはさせて頂戴。それとあのスープ……もう一つもらえるかしら」

「は、はい! ご用意しております!!」

 そう言って瓶に入ったスープを手渡してくれた。

 

 部屋に戻る最中、長い廊下で俺は考えていた。

 アビガストも昨日から何も食べていないはずだ。

 いくら体調を崩して体調が悪いとは言えなにか食べないことには元気も出ない。

 こんな薄味のスープだけじゃ流石に味気ないだろうなぁ……

 だからといってアポカリプス皇国の得体のしれない食材を調理でもしようものならかえってアビガストに迷惑をかけるかも知れないし……

「そうだ! 馴染みのある食材ならあるじゃないか!」

 俺は大急ぎで部屋に戻り、わずかに残っていた駄菓子をからコーンポタージュ味のスナック菓子を取り出す。

「よーし……これを使ってっと」

 スナック菓子の袋を叩いて中身を砕き、底の深い器に粉状になったスナック菓子ともらったスープを入れてかき混ぜた。

 味のついたお湯程度だったスープはスナック菓子を溶かしたことで僅かにとろみが付き、多少はスープと言っても良い代物にはなったはずだ。

「具も欲しいな……」

 それだけでは物足りないだろうとさらに小さなカルパスを一口大にちぎって作ったスープに浮かべてみる。

「よしっ! これなら少しはマシかも」

 

 俺はありあわせで作ったなんちゃってコーンスープをアビガストの元へ持っていった。

「おまたせアビガスト。食堂でもらってきたのだけれどこれくらいなら食べられるかしら? お腹になにか入れなきゃ薬も飲めないわよ?」

「……はい……ありがとうございます……」

 アビガストはベッドに腰掛け、渡した瓶のスープをゆっくりと飲み始める。

 口に合うかな……

「も、もし口に合わなかったら言ってね? 何か他のものをもらってくるから」

 そんな俺の心配を他所にスープを飲む彼女の顔色は昨日に比べれは遥かに良くなっていて、すぐに飲み干してしまった。

 そして一緒に渡した薬を飲み終えると、彼女は小さく息をついた。

「マルデューク様……こんな私のために……わざわざ食事まで……ありがとう……ございます。 こんなスープ……初めて飲みました」

 アビガストが弱々しい声で、でも心から感謝するように言う。

 彼女の目は、あの悪夢で見た冷たい視線とはまるで別物だ。

「よかった。食欲も戻ってきてるみたいね」

 ほんのりと赤みが引いたいつもと変わらぬ顔に、かすかな笑みが浮かんでいるように見えた。

 完全には回復していないだろうけど、昨晩のぐったりした様子に比べればずいぶん元気になったように見える。

 

「本当に……ありがとうございます……。マルデューク様がこんなにも私のことを気にかけてくださるなんて……」

 薬を飲み終えた彼女のそんな言葉に俺の胸が温かくなる。

 しかし、それと同時に昨晩の悪夢が頭をよぎった。

 アビガストの軽蔑の視線、瞬やジンの冷たい非難、グラギムの怒り。

 彼らの言葉が頭の中で反響する。

 俺が本当はマルデュークじゃない。

 中身はただの冴えない中年男だとバレたら……彼女はこんな風に優しく微笑んでくれるだろうか? 

 そんな恐怖が、わずかに胸を締め付けた。

「ね、ねぇ、アビガスト?」

 ふと、口をついて言葉が出る。

「はい。マルデューク様? いかがいたしましたか?」

 アビガストが少し驚いたように俺を見上げる。

 彼女の目はいつも通り何を考えているのかわからないものだったが、そんな彼女に見つめられて俺の心臓がドクドクと高鳴り、夢の中の彼女の冷たい目がフラッシュバックする。

「もし……もしよ? アタシが……本当はアタシじゃなかったら……」

 声が震える。

 彼女があの夢の目で俺を見るんじゃないか。

 俺を拒絶するんじゃないか。

 そんな恐怖が俺の言葉をそこで止める。

 こんなこと聞けるわけない。

 彼女に本当のことを話すなんて……やはり気の弱い俺にはできなかった。

「う、ううん! なんでもない! 忘れて! 変なこと言っちゃってごめんなさいね!」

 慌てて手を振って誤魔化し、鏡に映るマルデュークの姿を見る。

 真紅の長い髪、黒い爪、女性らしい曲線俺じゃないの俺の体。

 ホッとする反面、胸の奥に重い引っかかりが残る。

 俺は彼女を騙している。

 その罪悪感と彼女が真実を知った時の恐怖が、胸の奥の奥でささくれのようにチクチクと刺さっているようだった。

「マルデューク様……?」

 アビガストがそんな俺を心配そうな顔で俺を見つめる。

 その目にはあの夢の様な冷たい視線なんてどこにもない。

「あ……いや……ホントになんでもなくて……」

 妙な気まずい空気に俺が取り繕おうとしていると、彼女が静かに口を開いた。

「……私には、貴女しかいないんです。マルデューク様が本来どの様な方であっても……こうしてなんの価値もなかった私を側に置いていただけて、こんなにも大切にしてくださって……それだけで、私には十分です……」

 アビガストの言葉は弱々しいが、どこか確かな力を持っていた。

 彼女の目はいつも通りの無表情なのにどこか深いところに温かさがあるように見えた。

 そんな彼女の優しい瞳は俺の胸に生まれた不安や恐怖をほんの少しだけ溶かしていく。

「マルデューク様がそんなことを私に仰るなんて……何か、お悩みを抱えていらっしゃるのですか? 私のような者でも……お力になれるのでしたら……」

 そんな俺を察してかアビガストの声がかすかに震え、彼女の手がそっと俺の手を握りかえしてくる。

 彼女の華奢な指が俺の細い手に触れる感触が暖かくて胸がドクりと高鳴った。

 はぁ……ただでさえ今のアビガストは他人を心配してるような場合じゃないっていうのに変に心配かけさせちゃったかな……

 それなら今は嘘でもこの子を安心させてあげないといけない。

「ありがとうアビガスト。アナタは本当に良い子ね……アナタをこれ以上苦しませないように、アタシ……これからも頑張るから……」

 彼女の乱れた髪が顔にかかってるのに気づき、そっと指で払う。

 その瞬間、彼女の目が一瞬だけかすかに揺れた気がした。

「マルデューク様……」

 アビガストは小さく微笑み、安心したように目を閉じた。

 彼女の寝息が再び静かに部屋に響き始め、俺はそっと布団をかけ直す。

「おやすみなさいアビガスト。早く元気になってね」

 いつか本当のことを話せる日が来るかもしれないが今はまだその勇気がない。

 でも、彼女がこんな風に俺を信頼してくれるなら……許されるのならもう少しだけ今のマルデュークとアビガストの関係でいさせてほしい。

 彼女の寝顔を見て、俺は心の奥底でそう願った。

 

 それから数日が経ち、アビガストはあの日のことが嘘のように快復した。

 その日はこれまで作れなかったからと彼女がいつも以上に腕によりをかけて料理を作ってくれたのだが、それはもういつもの何倍もドギツイ見た目のもので……

 

 しかし久しぶりに食べる彼女の手料理は相変わらずとても美味く、気づけば全て平らげていた。

「ごちそうさま。やっぱりアナタの料理が一番ね」

「……ありがとうございます……マルデューク様……」

 その時、彼女が僅かに笑ったような気がして目を擦ったがそこにはいつもどおり無表情な彼女の顔があるだけだった。

「そうそうアビガスト。アナタ、もう少しご飯はしっかりたべなさいね?」

「……?」

 俺の言葉に彼女は首を傾げた。

「この歳になると若い子が美味しそうにご飯食べてる所を見ると嬉しくなるもんなの! アタシの分が少し減っても構わないからちゃんと食べること!」

「左様で……ございますか。マルデューク様がそう仰るなら……」

 俺の言葉にきょとんとしつつも彼女はそう言った。

「ええ。食べなきゃ元気もでないでしょう? それじゃ、アタシは今日もお腹いっぱい食べさせてもらったしお仕事頑張らなくっちゃね!」

「はい……お召し物のご用意、お手伝いいたします」

 確かに俺は今彼女を騙している。

 しかし、彼女にも幸せになってほしい。

 その気持だけは紛れもなく本物だ。

 だから……せめて彼女の前だけでも俺は彼女にとっての誇れる優しい主人(マルデューク)で居たい。

 

 そんな事を考えているうち俺の準備が整い女幹部マルデュークが出来上がる。

「マルデューク様……今日もお似合いです」

「ええ。アナタが着付けてくれているんだから当然よ! いつもありがとうね。それじゃ、行ってくるわ!」

「はい。いってらっしゃいませ……マルデューク様。お夕飯も腕によりをかけてご用意しておまちしております」

 今日も俺は彼女に送り出される。

 そんな日々が俺の中でもかけがえのないものになっていることをこの数日の出来事で再認識した俺はマントと赤い髪をなびかせて部屋を意気揚々と飛び出し今日も地球侵略計画を話し合う会議へと向かうのだった。

 

 つづく……




過去にシナリオを担当した小説作品「TSサキュバス」がコミカライズしました。
https://dlaf.jp/maniax/dlaf/=/t/s/link/work/aid/hnmn/id/RJ01433041.html
DLsiteにて大好評配信中ですのでコミケの電子版なんかを買うついでにお手にとっていただければ幸いです。

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