冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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第十七話 高待遇アルバイトの罠

「宇宙開発に若い力を! 日給10万円、交通費昼食代支給。福利厚生充実の有限会社アポロ・テクノ・システムアルバイト大募集中でーす! 宇宙に興味ある学生の方大歓迎でーす!」

 俺はとある大学の入口で声を上げ、ビラを配っていた。

 これも衛星兵器を地球人に作らせる計画の為、変装させた戦闘員たちと都内の理系大学を回って人員を集めることにしたのだ。

「あ、あの……すすす少しお話を伺っても良いでしょうか?」

 募集のビラを配っているといかにもガリ勉そうな学生がそう声をかけてくる。

「ええ。もちろんよ! アナタも宇宙に興味がおありなのかしら?」

 俺はそんな学生に営業スマイルで答える。

「は、はいぃ! きょきょきょ興味ありますっ!!!」

 俺の笑顔に大体の学生はわかりやすいくらいうわづった声で答える。

「それじゃあその興味……我が社で役立ててみるつもりはない?」

 俺は自分でも恥ずかしくなるくらいに学生を誘惑する。

 そんな恥を晒してでも勧誘をしているのは瞬の友人をアルバイトに引き入れる為……

 彼がいれば計画は既のところで止められて地球はひとまず救われる。

 しかしそんな瞬の友人がどこの大学に通っているかなんて劇中で描写も無かったので、こうして計画のための人員確保という名目で手当たり次第に都内の大学で勧誘をかけているのだ。

 

 それにしても学生たちはビラなんかよりずっと俺のパックリ開いたブラウスからこぼれんばかりの胸元ばかりに視線をやっているのが丸わかりで、我ながら男って単純なんだなと思い知らされてしまう。

「お、お姉さん……お名前教えてもらっていいですか」

「ええ。アポロ・テクノ・システム新規プロジェクト担当主任の丸山です。よかったらお友達にも紹介して面接だけでも受けに来てね。電車賃も出しますから」

 俺はそう言って名刺を手渡す。

「はいぃっ! 是非っ! 行かせていただきます!」

 俺の営業スマイルに鼻の下を伸ばした学生は顔を赤くしながらビラを手にとって絵に書いたようにスキップをして歩いていく。

 いやぁ……この美貌でチヤホヤされるのも結構悪くないな……

 って違う違う……! 

 今の俺はアポロ・テクノ・システムという計画のためにでっち上げられた架空企業の新規プロジェクト担当主任の丸山……ということになっている。

 マルデュークは本編で変装をして計画のため暗躍していたことがあったが、そんなマルデュークの特技を存分に使わせてもらった。

 以前アビガストに話を聞いた通りウィラスで髪の色、それに長さを変えることが出来たため、今の俺はショートヘアで黒髪のいかにも真面目そうな女性社員と言った感じの風貌だ。

 それに化粧も少しやり方を変えてみると結構印象って変わるもんだな。

 なんて感心しながら俺はマルデュークからアポロ・テクノ・システム社員の丸山へと姿を変えたのだ。

 

 やけに感の鋭い瞬だがマルデュークの変装には作劇上の都合か毎回気がつかなかったし、実際マリ子として何回も会っているのにもかかわらず未だに正体を気取られる気配もない。

 つまりこの姿でなら瞬に正体がバレる心配も無く心置きなく勧誘ができるという寸法だ。 

「よーし! この調子でガンガン勧誘していくわよ!」

 

 

 それから俺は戦闘員たちを引き連れ、数日間都内の大学を何校も渡り歩いて勧誘を繰り返した。

 いやしかしこの時代の大学のセキュリティの薄さは少々心配になるものだし俺達の隣で怪しい勧誘をしているような所も結構あったし……

 悪の計画に利用している自分が言うのも変な話だが、この時代のおおらかさに危うさを感じながら勧誘を続けていった。

 

 そして面接当日。

 アポカリプス皇国の超技術で東京の一等地のオフィス街に空間を捻じ曲げ、会社のオフィスビルをでっち上げた。

 流石にこんな怪しい求人に乗ってくるヤツなんてそういないだろうと高をくくっていたのだが、面接会場として整えられた会議室の扉の前には驚くべきことに長蛇の列ができていた。

 嘘だろ? 

 不景気にあえぐ前世くらいのご時世ならば金欲しさに甘い話に乗る若者が絶えないのはわからなくもないが、未だバブルの熱気に浮かされている時期とはいえ学生たちの金への執着……もとい、未知のハイテク企業への関心は予想以上だった。

 どう考えても配ったビラ以上の人だかりだ。

 勧誘した張本人が自分で言うのもなんだが本当に良いのか? 

 こんな怪しい求人に何の疑いもなく乗っちゃって……

 と、応募者達が心配になってしまう。

 この頃問題になっていたが、高学歴ほどカルト宗教とかにのめり込みやすいってのもあながち嘘じゃなかったんだな……なんて事をこんなことで実感することになるなんて……

 

 そして俺は丸山として、次々と面接をこなしていった。

 その中には真っ当に熱意のある学生、待遇に釣られてやってきた学生、それに学生から話を聞いて来た大学教授まで大勢の応募者が現れたが未だに瞬の友人は現れない。

 

 ……もしかしてどこかで勧誘方法を間違えたのか? 

 そんな一抹の不安がよぎる。

 しかしこのエピソード外でマルデュークやアポカリプス皇国がどんな勧誘をしていたかなんてわからないし……

 そんな不安を抱えたまま面接は続いていき、とうとう最後の一人になってしまった。

 

「次で最後か……よしっ。では次の方、お入りください」

 俺が声を掛けると扉が開き、理系とは言い難い少々ガラの悪そうな青年が自信なさげに、しかしどこか必死な面持ちで入ってきた。

 

「し、失礼します! 城東大学工学部二回生、日浦 勇輔(ひうら ゆうすけ)です!」

 その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に電流が走った。

 ビンゴ。

 この日浦という男こそ瞬の旧友でありこの計画を崩壊に導くファクターだ。

 彼を採用さえすれば少なくとも衛星兵器が完成することはなくなる。

 俺と一緒に面接の補佐をしてくれている戦闘員から手渡された殴り書いたような履歴書に目を通しながら俺は平静を装い面接を続けていく。

「……日浦君ね。ええと、まずは志望動機を聞かせてもらえるかしら?」

 俺が問いかけると、日浦は膝の上で拳を握りしめて掠れた声で話し始めた。

「はい! 俺、宇宙に携わる仕事がしたいんです!」

 彼はそう胸を張って答えた。

「その理由を教えてもらえる?」

「一応宇宙工学を専攻してるんですが成績も下から数えたほうが早いくらいで教授からも『お前はもう単位も危ない、宇宙なんて夢のまた夢だ』なんてバカにされてて……それでも……どうしても宇宙への夢、諦めきれないんです。友人に、いつか月の石をくれてやるって約束したから……だから……たとえバイトでも、本物の衛星開発に関われるなら……何でもやります! 頼む!! 掃除係でも茶汲みでもなんでもいい! ここで働かせてください!!」

 日浦は頭を深々と下げ、俺はそんな彼の熱意に気圧されていた。

「ちょ、ちょっと……! まずは顔を上げて……」

「す、すみません……やっぱダメですよね俺みたいな落ちこぼれ」

 俺の声を聞き、彼は顔を上げるとそう自嘲する。

 そんな彼の寂しそうな笑顔は前世の社畜時代の誰からも期待されず、ただ使い捨ての駒のように扱われていた自分と重なるように思えた。

 しかしあの頃の俺彼とでは大きく違う事が一つある。

 どれだけ否定されようとも夢を諦めないその姿勢だ。

 そんな彼の何かを目指そうとするひたむきな姿はとてもまぶしく見えた。

 

 彼が実際どれほど賢いか、仕事ができるかなんてわかるはずもないが彼を採用さえしてしまえば彼がこの計画を瞬に知らせてVXが阻止してくれる。

 すなわち彼の採用は決まっているようなものなのだが彼の熱意に俺の心は揺り動かされていく。

 彼が作ることになるのは未来を照らす画期的な人工衛星なんかじゃない。

 人類を自滅へ導く恐怖の兵器なのだ。

 そんなことを知る由もない彼は宇宙への憧れ、そして自らの夢を語り続ける。

 良いのか? こんな真っ直ぐな青年を利用してその夢を踏みにじっても……

 俺の良心が叫ぶ。

 

 早く採用を告げればいいだけなのだが、そんなあと一歩を踏み出すことができずありきたりな質問を続け時間だけが過ぎていく。

 

「日浦くん、もし……もしよ? このプロジェクトが失敗した時、アナタはどうする? もちろん失敗の責任自体は我々社員が取ります。それでもアナタの夢は打ち砕かれることになるでしょう? その後アナタはどうするの?」

 俺は罪悪感からそんな意地の悪い質問を投げかけた。

 

「はい! その時は……確かに失敗ですけどまた宇宙に携わる方法を考えます! 友人が言ってくれたんです。失敗したって何度だって立ち上がって何度だってやり直せば良いって。たとえ初めの目的地にたどり着けなくってそうやって生きていたら少しはマシな場所にたどり着けるって……!」

 彼は少し考えた後力強い口調でそう言った。

 きっとその友人というのは瞬のことなのだろうというのがなんとなく分かる。

 彼はシャドーに改造される以前から誰かの心を救うヒーローだったんだとテレビでは描かれることのなかった彼の過去を垣間見れて少し温かい気持ちになった。

「……そう。良いお友達が居るのね」

「はい……! 高校卒業してから全然会えてないですけど……それでも今の俺があるのはアイツの言葉のおかげなんです!」

 彼のその真っ直ぐな言葉に俺は心が揺らぐ。

 しかし彼には挫折から立ち直れるだけの強い気持ちがある。

 彼をこの計画に引き込む為にはそう信じるしかなかった。

「……日浦君、よく聞いて? 我が社は過去の成績よりも熱意や情熱を大切にしているの。貴方のその情熱、うちのプロジェクトには必要よ。だから……明日からその情熱、我が社で役立ててくれるかしら?」

「……それって……」

「採用ってことよ。こちら、契約書ね。目を通して明日持ってきて」

「……え? ほ、本当ですか!? 俺みたいな、落ちこぼれの……教授からも見放されたような奴でいいんですか!?」

 日浦は信じられないといった様子で身を乗り出した。

 その瞳の輝きがあまりにも純粋で、俺の胸の奥がキリキリと痛む。

「ええ。アナタのような人材を私達は探していたの。これからしばらくの間、よろしくね」

「ありがとうございます! ありがとうございます!! 俺、死ぬ気で頑張ります!」

 日浦は書類を受け取ると椅子から立ち上がり、何度も何度もこちらに向かって頭を下げた。

 その姿はかつてやっとのことで内定を手に入れたあの頃の俺の姿そのもので、その後そんな喜びが苦しみに変わった俺からすれば見ていて吐き気がするほどの罪悪感が込み上げる。

 ごめん日浦くん……俺は君のその真っ直ぐな気持を踏みにじる事になる。

 最低だよほんとに……

 でもこれが地球とアポカリプス皇国のためだから……

 俺は自分に言い聞かせるように何度も心の中ででそう繰り返した。

 

 劇中では彼はこの後計画の恐ろしい真相を知り、絶望の中衛星兵器の設計書を持ち出し、戦闘員たちに追われている所を偶然再会した親友の瞬に助けを求めることになる。

 彼の気持ちを裏切ってしまうことはもう決まっているけれど……今の俺にできるのは彼が「ここは自分の居場所だ」と信じてくれている間だけでも最高の待遇と称賛を与えてやることだけだった。

 

 採用が決まった彼は笑顔で部屋を後する。

「待って!」

 気づけば俺は彼を呼び止めていた。

「どうしました? 俺、なにか忘れ物でも?」

 やっぱりこの仕事、アナタには向いていないわ。

 アナタほどの情熱があればもっと良い仕事先が見つかるわよ。

 なんて言って彼をこの場から逃がしたい。

「い、いえ。アナタの働き、期待しているわ。明日から我が社の一員として働いてもらうわけだから……これ。お祝いよ。何か美味しいものでも食べて帰りなさい」

 しかしそれも出来ず、俺は微笑んで当たり障りのないことを言って彼に封筒を手渡す。

 中には、俺のポケットマネーの一万円札が入っている。

 今の俺が彼にしてやれる償いなんて前払いだけどこれくらいだ。

 せめてうまい飯でも食うかなにか欲しいものを買う足しにでもしてほしい。

「えっ、そ、そんな……! まだ働いてもいないのに……」

「いいのいいの。これも福利厚生の一環。これから頑張ってもらうための先行投資よ。……だから受け取って?」

 俺の言葉に、日浦は目を潤ませる。  

「ありがとうございますッ……!! 丸山主任、俺一生ついていきます! それじゃあまた明日からよろしく頼みますっ!」

「一生ってこれ……短期バイトよ? まあいいわ。それじゃあまた明日……ね」

 彼は封筒を握りしめ、爽やかな笑顔を浮かべて廊下を駆け抜けていった。

 一生なんて言わないでくれよ……

 俺はこれから君に一生恨まれるかもしれない相手なんだぞ……? 

 そんな自責の念に駆られながら俺は彼の背中を見送った。

 

 部屋に戻り、深く椅子に背を預けて大きくため息をつくと隣の戦闘員が不思議そうにこちらを見つめている。

「どうかした? アタシの顔になにかついてる?」

「い、いえ……お言葉ですがマルデューク様、あの様な暑苦しいだけの男、本当に計画に必要なのでしょうか?」

「熱意の無いヤツや金目当てのヤツよりはマシよ。それに、あれくらいのバカのほうが扱いやすいでしょう? ボロ雑巾のように使い潰してやるんだから!!」

 俺は自分が最低な悪役であることを自分自身に自覚させる様に心にも無い返事を返すのだった。

 

 そうして画期的な人工衛星開発プロジェクト……もといアポカリプス皇国の侵略兵器建造計画が本格的に始動した。

 それから数日、開発室は学生たちの情熱が渦巻く異常な空間と化している。

 俺は主任として毎日学生たちの間を回り、進捗を確認していて、特に日浦は他のアルバイトとは比べ物にならないほど取り憑かれたように衛星の開発に没頭していた。

 

「丸山主任! 見てください! このエネルギー増幅回路、理論上の数値をさらに五%上乗せできました!」

「……ええ、すごいわね。でも日浦君、あまり根を詰めすぎないでね?」

「何言ってるんですか! 俺、今が人生で一番楽しいんです。丸山主任が信じてくれたから俺……自分の可能性に気づけたんです!」

 そう言って笑う日浦に、俺は引きつった笑みを返すしかない。  

 皮肉な話だ。

 前世でブラック企業に使い潰された俺が、ここでは理想の上司を演じることでかつての自分のような若者の能力を限界まで引き出してしまっている。

 日浦や他の学生たちが頑張れば頑張るほどに地球を焼き払う衛星兵器の完成が近づく。

 この歪な構造に俺の胃は毎日のようにキリキリと悲鳴を上げていて、胃薬が手放せなくなっていた。

 

 そんなある晩のこと。

 ほかのアルバイトが皆オフィスを後にする中、日浦は夜の遅くまで一人で設計に没頭していた。

 労働基準法なんてあってないようなこの時代とは言え、こんな夜遅くまで作業をしているのは見ていて心配になってくる。

 

「あら? まだ居たのね」

 ここは企業などではなくあくまでアポカリプス皇国の計画ということで、妙な真似を起こさないようにと部屋の様子はずっとモニターで監視されているので部屋に誰が居るかなんてわかりきっているのに一人で机に向かう彼に白々しく声をかける。

「はい、この辺り……もうちょっとで改善できそうなんです……!」

「そう……でも頑張り過ぎは身体に毒よ? 体調を崩したら元も子もなくなっちゃうわ」

「はい……でももう少し……もう少しやってみたいんです」

 俺の言葉を聞きながら作業を続ける彼のその目には確かに熱意が宿っていた。

 これが若さの無せる業なのか……それとも彼の宇宙への情熱がそうさせるのか。

 彼のそんなひたむきな姿を見ていると俺は今にも罪悪感に押しつぶされそうになってしまう。

 

 それからしばらく掛ける言葉も見つからないまま作業に没頭する彼の背中を眺めていると

「やったぁ!」

 突然日浦が声を上げ、俺は身体をビクリと強張らせる。

「ど、どうしたの?」

「やりましたよ丸山さん! このジェネレータの出力が上がったんです! これで理論値ですが稼働時間が伸ばせるはずです!! えーっとですね?」

 彼は子供のように嬉々としてどこがどう改善されたかを説明してくれた。

 それもこれも全てが無駄になるなど知る由もなく……

 彼のそんな純粋な姿を見る度に俺の心はキリキリ締め付けられていく。

「……日浦くん、お疲れ様。こんなのしか無いけれど少し休んだら?」

「あ、ありがとうございます!」

 俺は温かい缶コーヒーを日浦に差し入れると、彼は椅子に腰掛け美味しそうにコーヒーを飲み干す。

「ぷはぁっ! やっぱ一仕事終えた後の一杯は最高ですね!」

 彼は笑顔で言う。

 コーヒーなんていつしかくたびれた時眠気覚ましのために無理矢理流し込むだけの飲み物だと思っていた。

 しかし美味しそうに飲む彼を見ていると、本当にやりたい仕事を終えたという充実感が何倍にもコーヒーを美味しく感じさせているのだろうと思うとそんな彼のことを俺は少し羨ましく思える。

「……そう。それは良かったわ。でも……どうしてそんなに頑張れるの?」

 

 俺がそう尋ねると彼は遠い目をして口を開く。

「俺……本当は宇宙飛行士になりたかったんです。でも……宇宙飛行士になるには頭もお金も全然足りなくてその夢もいつの間にか諦めてました。それからは自暴自棄になってグレてた時期があったんです。あの時の俺は本当にどうしようもないヤツだった。学校にもロクに行かず喧嘩に明け暮れる日々……そんなある日、友人が俺に言ってくれたんです。失敗したって何度だって立ち上がって何度だってやり直せば良いって。たとえ初めの目的地にたどり着けなくってそうやって生きていたら少しはマシな場所にたどり着ける……って。あっ、これ、面接の時にも話しましたっけ?」

「ええ。そうね」

「そんなアイツがいたから、俺はもう一度夢を見てみようって……明日に生きようって思えたんです。だから、俺はいつかアイツに胸を張って俺は宇宙の仕事をしてるんだって言ってやりたい。お前のお陰で俺はこうしてたどり着けたぞって! あいつ……いまどこで何やってんだろうな……もしその友人と会えたら丸山さんにも紹介しますね!」

「……ええ。私も会ってみたいわ」

 その親友はおそらく……今、この星を守るために一人で戦ってるんだよ。

 なんて言えるはずもなく切なすぎる日浦の独白に、俺は泣きそうになるのを必死に堪えた。

 

「そうだ! このプロジェクトが無事に成功したら丸山さんも一緒に飲み行きましょうよ! アルバイトの奴らだけだと野郎ばっかりで花がなくってさ……」

「ええ。成功したら……ね」

 このプロジェクトの成功。

 それはすなわち人類の滅亡を意味し酒を飲み交わす事もできない。

 しかしそんな事彼に言えるわけもなく、俺は当たり障りのない言葉を返して日浦が足取り軽く会社を後にするのを見送ることしか出来なかった。

 

 瞬、いいやもう誰でも良い早くこの計画を止めてくれ。

 だれか日浦にこれは悪魔の計画なんだって伝えてくれ。

 だんだん小さくなっていく彼の背中を見つめながら俺は心の底でそんなことを願っていた。

 

 そんな願いとは裏腹に事態は予想を超えて加速していく。

 日浦を中心とした学生たちの熱意はアポカリプスの超技術と化学反応を起こし、想定よりも遥かに早く設計図を完成させてしまったのだ。

 

「主任! できました! 衛星のコアシステム……完成です!!」

 開発室に響き渡る歓声。

 日浦たちは抱き合って涙を流している。

 

 だが、俺は戦慄する。

 設計図を覗き込むと、そこには本来の劇中よりも遥かに高精度で、凶悪な破壊力を持つ兵器に転用できる全容が記されていたのだから。

 マズい……ホワイトな環境を与えすぎて本物の『人類滅亡兵器』が出来上がっちゃったじゃないか! 

 このままじゃ本当に地球が終わってしまう! 

 頼みの綱の日浦もこの計画を怪しむどころかアルバイトの中心で称賛を浴び、涙を流して設計図の完成を喜んでいた。

 もういっそ彼にだけこっそり本当のことを伝えるか? 

 いや……そんな彼の努力を踏みにじること俺には出来ない。

 だからといってこのまま進めば彼らにとって最悪の結末が待っている。

 いっそ何も知らないまま終を迎えたほうが彼らは幸せなんじゃないか? 

 そんな最低な考えが一瞬脳裏をよぎる。

 ああクソっ! 

 これが純粋な青年の夢を弄んだ俺への報いなのか? 

 その報いでこの星の人々が危機にさらされるのか……? 

 頼むVX……助けて……助けてよ……

 俺は心の中でただただ祈るようにそう繰り返すことしかできなかった。

「さーてこれから更に忙しくなるぞ! 俺達の手で日本の……いいや世界の未来を切り開くんだ!」

「「「「「「おう!!」」」」」」

 そんな俺の苦悩とは裏腹に、日浦の言葉で他のアルバイトたちが一丸となり更に士気が上がっていく。

 自分たちが人類を滅ぼす計画の片棒を担いでいるとも知らずに……

 

「首尾はどうだマルデューク?」

「ええ。順調ですわイビール将軍。想定よりも早く衛星兵器の建造に取りかかれそうです。明日からは更に金に目がくらんだ愚かな地球人どもを寄せ集め、自らを滅ぼす衛星を組み立てさせにかかりますわ」

 俺は基地に戻りイビール将軍へ作戦の中間報告をしていた。

「おお。それは素晴らしい」

 俺の報告を将軍は嬉しそうに聞き入れてくれる。

 そりゃ邪魔なVXの妨害も入らずこんなにスムーズに事が進んだとあれば俺が将軍の立場ならきっと小躍りする程だろう。

「そうか。とうとう地球が我らアポカリプスの手に……! と、その割には浮かない顔をしておるな。何か不安要素があるのか?」

 計画の成功が見えている事にイビール将軍は胸を躍らせているようだったが、俺の内心が気取られたのか将軍は心配そうに尋ねてきた。

「い、いえ……そういう訳ではないのですが……」

 はい! このまま計画が成功してしまうのが不安でたまりません! 

 なんてイビール将軍に面と向かって言えるはずもなく、何でもありませんとだけ言ってそのまま俺は司令室を後にした。

 

 司令室を出た俺の足取りは鉛のように重かった。

 このままでは俺の保身と良心が同時に破綻する。

 設計図が完成してしまった以上、あとはただ衛星をその通りに組み上げるだけだ。

 そうなればいよいよ後戻りができなくなる。

 

 どうする……? 

 日浦や学生たちの夢をこれ以上歪な方法で踏みにじりたくはない。

 でも、俺が今さらこれ実は人類を滅ぼす兵器だから。

 なんて告げたところで、あんなにやる気に満ちた彼らが納得するはずもないだろう。

 

 胃に穴が開きそうな苦悩を抱えながら、俺は人気のない要塞の廊下を歩いていると……

 

「……マルデューク様」

 

 ふと物陰から声をかけられた。

 声の方に目をやると、そこにはロギアスが立っている。

「あ、なんだ、ロギアスか」

 俺がそう呼ぶと彼はキョロキョロと辺りを見回し……

「はいっ。誰も見ていないようですから、こっそりと……ぷはぁっ。やっぱりこの鎧……蒸れるったらありゃしないですよぉ〜もうちょっと通気性よくならないですかねぇ〜」

 彼女はゆっくりと鎧を脱ぐと彼女は先程までの低く落ち着いた声ではなく可愛らしい声で独り言を言いながら俺の傍に歩み寄る。

「流石ですマルデューク様、もう地球侵略まであと一歩ですね!」

「……ええ。そうね」

「でもぉ〜なんだか最近、マルデュークさま元気がないみたいですぅ。もしかして、あいつらに情でも移っちゃいましたぁ?」

「……っっ!」

 彼女の鋭い指摘に俺は言葉に詰まる。

「……マルデューク様はお優しい方です。私のような汚れものにもこうしてお心を砕いてくださったんですから。きっとあの地球人達にも後ろめたいとか思ってらっしゃるんですよね?」

 彼女は俺を見透かすように言った。

「い、いや……アタシはそんな出来た人間じゃないわよ……」

「ふぅ〜ん……でもご安心ください。その気になればあの地球人たちの始末はこの私が全て引き受けますから! マルデューク様はいつもみたいにでんと構えてくれていればそれで大丈夫なのですよ!」

 ロミニアは胸を張った。

 きっと俺の優しさとやらを彼女は歪んだ解釈で捉えてしまっているのだろう。

 それは当然だ。

 大前提として地球人の若者を騙し衛星兵器を建造しそれで人類を根絶やしにする。

 それは紛れもなくマルデューク(おれ)自身が発案した計画で、そんな(マルデューク)が計画が成功することを憂いているなんて彼女に考えつくわけが無いのだから……

「もし……もしVXとやらがマルデューク様をふたたび傷つけるようなことがあれば、このロミニア……いえ、騎士ロギアスとしてこの命に代えても討ち果たしますぅ! だから、どうかそんなに悲しいお顔をなさらないでください!」

 そんな彼女の言葉を否定できるわけもなく

「ええ。ありがとう。頼りにしているわ」

 そう返すだけで精一杯だった。

 するとロミニアは再度兜を被り……

「それでは私は修練がありますのでそろそろ失礼致します。グラギムが手合わせをしろとうるさいので……」

 再び低い声でそう言うと修練場の方へ歩いていってしまった。

 

 そして翌日。  

 ついに衛星の部品の製造が始まろうとしていた。

 本来であれば計画に気づいた日浦がそろそろ未完成の設計図を盗んで脱走をする頃なのだが、そんな兆しすら見せないどころかもう計画は第二段階に進みつつある。

 しかし運命の歯車は、俺の予想もしない角度から更なる急加速を始めた。

 

「おはようございます! あの……丸山主任! 紹介したいやつが居るんです。衛星を建造するにあたって人手がさらに必要だと伺ってましたので……」

 日浦が嬉々としてそう話しかけてきた。

「え、ええ……誰かしら?」

「紹介します! この間話した親友の月影瞬です!」

「ど、どうもはじめまして……日浦の友人の月影です」

 彼に連れてこられたのは誰でもない月影瞬その人であった。

「…………げぇっ!? し、瞬っ!?」

 彼を見て思わず声を上げてしまったが、俺は大きく咳払いをしてなんとか誤魔化す。

「そ、そう……この方が……でもここ何年か会ってないし連絡もつかなかったんでしょう?」

「そうだったんですけどいやぁ……偶然ってのもあるもんですね! 昨日他のバイトといっしょに設計図完成の打ち上げをして飲み屋をハシゴしてたんですよ! それで何軒目かでふらっと立ち寄った焼き鳥屋でこいつとバイトしてるところにばったり出くわしましてね?」

 日浦は旧友との再会を嬉々として語ってくれた。

 どうやら日浦は飲み歩いているうち、瞬が顔を出しているあの居酒屋を訪れたらしい。

 そして瞬が定職についていないことを知り、彼をこのアルバイトに誘ったとのこと。

「そ、そうだったの……それはよかったわねぇ」

 俺は目を泳がせながらそう答える。

 経緯はどうあれとにかく瞬がきてくれた! 

 瞬ならきっと持ち前の直感でこの計画が悪魔の計画であることを看過してくれるはずだ! 

 

 俺は藁にもすがる思いで瞬を見つめるが、彼もそんな俺の顔をじっと見つめてくる。

 ど、どうしたんだ? 

 もしかして俺がマリ子だって……いいやマルデュークだってバレた!? 

「ど、どうしたのかしら? わ、私の顔……なにか変かしらっ!?」

 上ずった声で瞬に尋ねると

「い、いや……あの、どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 瞬が怪訝そうに首をかしげた。

「い、いいえ! 初対面よ! どこにでもある顔だものアタシ……じゃなくて私! おほほほほほ……」

 俺は咄嗟に笑って誤魔化すと、瞬は

「そうですよね。失礼しました」

 と軽く頭を下げた。

 はぁ……良かった。

 俺だって気付いてないみたいだ。

 と、安堵する反面、俺の正体に気付かないどころか瞬が本当に何も疑うことをしないことに寂しさや悔しさを覚えていた。

 ここで貴様! マルデューク……!? とでも言ってくれたほうが気が楽だったのに……

「そ、それじゃあ月影さん? あとはこちらのものが説明しますから……ふぅ……」

 俺は瞬を戦闘員に任せ、今日から新たに参加するアルバイト達の控えている部屋へ案内した。

 

 そして設計班の日浦達は設計図の図面を頼りにパーツの製作に取り掛かる。

 アポカリプス脅威のメカニズムで取り揃えられた機材はこの年代の地球のものより遥かに制度の良いものらしく、学生たちは目を輝かせて機材の説明を社員に化けている戦闘員たちから聞いていた。

 

 ど、どうしよう……本当に衛星の建造が始まっちゃったぞ……? 

 それに瞬も何一つ怪しんだりさえしてないどころかちゃっかり事前研修を受けてるっぽいし……本当にこのままじゃ地球は……

 

 アルバイトたちが嬉々として作業をする様を俺は直視することすらできなくなっていた。

 だれか……この計画を止めてくれ……! 

 マルデュークという立場がある手前自分でこの計画を止めることも出来ない無力感に打ちひしがれていた。

 

 それから地獄のように長く感じる時間を過ごしていた次の瞬間

 

「皆すぐ手を止めて逃げるんだ! ここは未来を明るくするベンチャー企業なんかじゃない! ここはアポカリプスの兵器見城向上なんだ!! 君たちが作っているのは画期的な人工衛星なんかじゃない! 地球を侵略するための衛星兵器なんだ!! 君たちは騙されているんだ!!」

 突然勢いよく扉を蹴り飛ばし血相を変えた瞬が部屋に入ってきてそう叫んだ。

 瞬……やっぱり瞬ならこの企みに気付いてくれると思ってたよ……! 

 彼のその言葉を聞いて俺は心に縛り付けられていた鎖から解放された様な気分だった。

 しかしそんな俺の心境とは裏腹に、瞬を日浦たちアルバイトは冷やかな目で見つめる。

 彼らの中に誰一人として瞬の言葉を信じるものは居なかったのだ。

「おいおい何ってんだよ瞬。アポカリプスだ? 騙されてるだぁ? そんなわけないだろ? 別に何も怪しいことなんかさせられてねぇし給料だって毎日手渡しでしっかり満額もらってるぜ?」

 日浦がそう言うと他のアルバイトたちもそうだそうだと声を合わせ作業を再開する。

「良いからみんな! 俺の話を聞いてくれ!!」

 瞬は更に続ける。

 どうやら彼は事前研修の最中尿意を催しトイレを探したそうで、その際にトイレと間違えてこの基地を東京の一等地にあると錯覚させる空間湾曲装置とそれを操作する戦闘員が居る部屋に偶然入ってしまったそうだ。

 相変わらずなんて豪運なんだ……

「俺と一緒に居たアルバイト達は皆既に避難させた! 後は日浦! お前たちだけなんだ!!」

「またまた〜これは未来のための大切な仕事なんだぜ? そんなわけないですよねぇ丸山さん」

 瞬の必死の説得を誰一人まともに聞くものはおらず、日浦も半分バカにしたような口調で俺にそう尋ねてきた。

 しかしそんな彼の問いに対して俺は答えることが出来ずにいた。

「……丸山さん?」

 俺が一言も発さないことを不審に思ったのか、日浦の視線が徐々に疑いへと変わっていく。

 しかしその瞳の奥には、まだ俺への……いいや彼自身の夢への望みを覗かせているようだった。

 

 ごめん。

 本当にごめん、日浦。

 瞬の言っていることは全て本当なんだ。

 俺は理想の上司でもなんでもない。

 俺は君たちの熱意と努力と夢を利用した最低なヤツなんだ。

 そんな最低野郎がやるべきことは一つしかない。

 

 俺は心の中で日浦達に深く深く謝罪し、そして……「丸山」としての仮面を、自らの手で引き剥がす決意を固めた。

 

「ふ……ふふふ…………おーっほっほっほっほ!!」

 

 開発室に氷のように冷たく、そして傲慢な高笑いを俺は響き渡らせる。  

「丸山……さん……?」

 すがるような日浦の声をかき消すように俺は高笑いを浮かべかけていた眼鏡を床に叩きつけ、ヒールの踵で粉々に踏みつぶした。

「バレてしまってはしょうがないわね!」

 同時に変装のために使用していたウィラスを解き、黒髪を鮮やかな深紅へと変え、スーツを脱ぎ捨ていつもの奇抜な服装へと早変わりして見せつける。

 

「ま、丸山……さん……。嘘だろ? 何だよその姿……!」  

 正体を明かした俺の姿を見て絶句する日浦。

 その瞳からはみるみる光が消え、絶望が広がっていくのがわかった。

 更に部屋にいたアルバイトたちもざわめき立ち動揺が広がっていく。

 俺はそんな彼らから目を逸らさず、劇中通りのマルデュークとして邪悪な嘲笑を浮かべた。

 

「あらぁ、まだわからないのかしら? ほんっっとアナタみたいな純粋なバカは扱いやすくて助かったわぁ〜こうして人類を破滅に導く衛星兵器の設計図まで完成させてくれたんだもの!」

 俺はわざと日浦たちが血の滲むような思いで書き上げた設計図を扇子で払うようにして床にぶちまけた。

「そ……そんな……悪い冗談だよな……? なぁ……嘘だって言ってくれよ丸山さん……」

 日浦やアルバイト達は口々に驚きを口にする。

 しかし日浦はまだ現実を受け入れられないのか縋る様に居もしない女の名前を虚しく呼んだ。

「嘘ですってぇ? アポロ・テクノ・システムなんてそんなご大層な名前の会社……それに丸山なんて女この世のどこにも存在しないわ! ここはアポカリプス皇国の秘密建造基地。そしてアタシは四大幹部が一人、血染めの紅爵マルデュークよ!」

 

 俺はそんな彼に現実を叩きつけるように大見得を切ってみせた。

「嘘だ……。だってあんなに優しくしてくれて……それも全部ウソだったってのかよ……俺たちの技術に期待してるって言ってくれたじゃないか……!」

 彼の悲痛な言葉に胸が引き裂かれそうに鳴る中、俺はさらに追い打ちとばかりに毒を吐く。

「期待? ええ、期待していたわよ! アナタたちの安い自尊心をおだててやれば、地球人特有のしぶとさでアタシたちの想像以上の兵器を作り上げると思って利用しただけよ! 期待通り自分で自分の首を絞める縄を、あんなに嬉しそうに編むなんて……。ほんっと笑っちゃうほど下等でおろかで滑稽だわ! おーっほっほっほ!!!」

 俺は更に彼らの感情を逆撫でするようにもう一度高笑いを浮かべる。

 見せつけるように笑ってみせるが内心では罪悪感で押しつぶされそうだった。

 でも今はこうするしか無い。

 君たちの夢を踏みにじり利用した絶対的な悪としてその悪魔のような計画をシャドーVXに打ち砕かれること。

 それだけが今の俺にできる君たちへの唯一の償いだから。

 

 憎んでくれ、日浦。

 君がまた立ち上がる糧になるのなら俺のことなんか一生恨んでくれても良い。

 こんな偽物の成功体験なんて君にとっては毒でしか無い。

 君を救えるのはこんな仮初の成功体験なんかじゃなく隣にいるその本物のヒーローだけなんだから……! 

「嘘……だ……全部ウソだったってのかよ……」

 眼の前で起こった出来事の異様さに逃げ出すバイトや怒りをあらわにするバイト……

 彼らは様々な反応を見せたが、日浦はその場で膝から崩れ落ちていた。

「マルデューク……! 貴様ぁッ!!」

 友の絶望する姿を見た瞬は怒りをあらわにし俺を睨みつける。

「日浦! 俺は後から追いつく! だから他の人達を連れて逃げるんだ!」

 瞬は日浦にそう声をかけた。

 そうか……瞬は他の人間に正体を明かしていない。

 このままじゃ瞬はVXに転装できないんだ……! 

 それならこちらも人払いをするまでだ。

「機密情報に触れたこの子達を生かして返すと思ってるのかしら? 行きなさい!」

 俺はそう声を掛けると社員として振る舞っていた戦闘員たちもスーツを脱ぎ捨ていつもの仮面と全身タイツの姿で瞬やアルバイト達へ襲いかかる。

「日浦! 皆も早く逃げろ!」

 アルバイトたちに襲いかかる戦闘員を瞬は一人で迎え撃ちながらアルバイトたちを部屋から逃がしていく。

 しかし日浦にその言葉は届いていないのか、はたまた立ち上がる気力さえ失せてしまったのか彼はその場でうずくまったままだった。

 そんな彼に戦闘員が襲いかかるが既のところで瞬が止めに入る。

「日浦! お前はこんなところで終わって良いのか!? あの日言っただろ? 失敗したって何度だって立ち上がって何度だってやり直せば良いって! お前にはそれができる力がある! だからお前はこうしてここに来たんだろう? だから立て! 立って走れ!!! 日浦勇輔!!」

「瞬……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 瞬の言葉を聞いた日浦は慟哭する。

「日浦! 手を!!」

 瞬は日浦に手を差し伸べ、彼は瞬の手を取った。

 そして立ち上がった日浦は部屋の外へと駆け出していく。

 そうだ。

 それで良いんだ。

 徐々に小さくなっていく日浦の背中を俺も静かに見送った。

 

 しかしこれで終わりではない、なにせここに居るのは邪悪な計画を暴露された悪の女幹部、そしてその計画を打ち砕かんと立ちふさがる正義のヒーローなのだから。

「フンっ! もうあんなバカども用無しよ! 設計図さえあれば後は兵器を用意するだけ。衛星兵器が完成すればアナタといえどもう手出しできない!! 我々アポカリプスの勝利よ! せいぜい故郷が同胞の作った兵器で焼かれていく様を指を咥えて見ているが良いわ」

「おのれアポカリプス! よくも日浦の……人々の熱意と夢を弄んだな……許せんッッ!!」

 日浦を見送った瞬はキッと俺の方を再び睨みつけ拳を握る。

 そして……

「転ンンンッ装ッッ!!」

 変身ポーズを取ると彼を眩い光が包み、その姿はシャドーVXへと変貌していく。

「装甲騎士! シャドー! V!!!! X!!!」

 彼は名乗ると同時に見栄を切ってみせる。

 その瞬間壁を突き破っててロギアスが現れた。

「マルデューク様ここは私にお任せを。 貴様……VXと言ったか? マルデューク様の計画を阻んだ罪……その命を以て贖うが良い!」

 ロギアスは怒りに震えた声で槍を構える。

「任せたわよロギアス。VXを見事討ち取ってみせなさい!」

 俺は彼女にそう告げ、部屋を飛び出す。

 本当は彼女を戦わせたくない。

 でも、俺にはまだやるべきことがあった。

 

 部屋を後にした俺は、戦闘員達を呼び集めていた。

「これで全員ね?」

「はい! 負傷者も全て移動完了しております!」

「上出来よ。聞いて、この基地を放棄するわ。あなた達は転送装置を使って先に要塞に戻りなさい」

 俺のやるべきこと。

 それは戦闘員たちを避難させることだ。

 VXが攻めてきた時を想定して事前に避難経路やその手順をしっかりと戦闘員達に周知させておいたおかげで、なんとか作戦に参加した戦闘員全てが予定の場所に集まっている。

「し、しかしロギアス殿がまだ……」

「ロギアスならアタシが……アタシが必ず連れて帰るわ。だからあなた達は今すぐ要塞へ!」

「いえ! まだいけます! 我々も最後まで戦います!! せめてVXの首だけでも!」

 俺は必死に避難誘導をしようとするがまだ動ける戦闘員達はVXと戦うと言って聞かない。

 そんな彼らを、俺は手から出した電磁ムチで地面を叩きつけて黙らせる。

「これは命令よ? このマルデューク様の命令が聞けないのかしら?」

「は、はいぃっ! そ、総員待避準備!! 動けるものは負傷者を連れて転送装置を作動させろ!」

 俺の一喝で辺りは一瞬で凍りつき、戦闘員達は一斉に避難を始めた。

 最後の一人を見送った俺はロギアスとVXの戦う部屋へと急ぐ。

 

 先程の部屋ではロギアスとVXが死闘を繰り広げており、俺は祈るようにそんな二人の戦いを見つめる。

 頼むロギアス……いいやロミニア……死なないで……

 もし何かあれば俺がVXを止めるつもりで彼らの戦いを影から見守り続けるが、ロギアスとVXの激突はテレビ越しで見ていたものの比ではない程熾烈を極めていた。

 

「はあぁぁぁッ!」

 ロギアスの槍が空気を切り裂き、そのスピードでVXを翻弄しつつ無数の光の槍を飛ばして装甲を火花と共に削る。

 対するVXも負けじと瞬時に距離を詰め、拳を叩きつけた。

「お前が……お前たちが日浦達の夢を……心を傷つけ踏みにじった!」

「知れたこと! 所詮弱き者の志など更に強い物に利用し搾取されるためだけのものだ!」

「何をォ!?」

「まもなくこの星は我々アポカリプス皇国の物になる。その前に奴らは一時でも心地よい夢が見られたのだ。奴らも本望だろう?これから滅びの運命をたどるとも知らずにな!」

「そんなこと俺が絶対にさせん!させてたまるか!!」

「フン! だからどうした! 御託を並べたところで奴らはぬけぬけと母星を我々アポカリプスへ売ったのだ! そんな愚かな地球人を貴様が救う価値などありはしないだろう!」

「黙れェ!!!」

 日浦への想いがVXの力をかつてないほどにまで高めていた。

 

 その戦闘の余波で開発室の精密機器が次々と爆発し火の手が上がる。

 燃える部屋の中で最初は互角だった戦いも、徐々に差が開き始めた。

 スピードと手数でVXを翻弄していたロギアスだったが、そんな攻撃をを紙一重でかわしてVXは強烈なカウンターを叩き込んでいく。

 その度ロギアスの動きは鈍っていき、徐々にVXが優勢に転じていった。

「がっ、あぁッ……!」

 そしてとうとうVXの重い一撃がロギアスの腹部に直撃し、彼女の身体を大きく吹き飛ばして壁に叩きつける

「ロミニア……!」

 俺は瓦礫の影で思わず声を上げそうになる。

「まだだ……マルデューク様の為にもここで倒れるわけには……!!」

 膝をつき、槍を杖にしてかろうじて立ち上がろうとするロギアス。

 だが、その鎧の隙間からは苦しげな吐息が漏れていた。

 もはや彼女に戦う力が残っていないことは明白だ。

 しかしVXは攻撃の手を緩めず

「これで終わりだ! 召雷ッデモン……カリバ──ッ!」

 VXが必殺剣の名を叫び、ブレスレットから引き抜くようにして呼び出すと、立とうとするのもやっとなロギアスをめがけじわじわと距離を詰めていく。

 きっとその様子はテレビ越しに見ていれば聞き慣れた勝利BGMが鳴り響き、ヒーローが悪を成敗するワンシーンに過ぎない光景だろう。

 しかし立場が変われば、敵にトドメを刺そうとするVXのその姿はとてつもなく恐ろしいものに感じられた。

「トドメだ! デモンンンンンンブレイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 VXは遂に必殺技を高らかに叫びながら剣を振りかぶってロギアスに飛びかかった。

 光の剣が振り下ろされ、ロギアスを切り裂こうとしたその瞬間──。

 

 その剣を俺は電磁ムチで受け止めていた。

 俺は無我夢中で飛び出していたのだ。

 死なせない……!

 俺のエゴで……少しの間だけでも部下だった日浦や他の学生たちは失ってもこの子は……ロミニアだけは……!! 

 しかし電磁ムチ越しにデモンカリバーを伝う凄まじいエネルギーが伝わってくる。

 少しでも手元が狂えばデモンカリバーが俺の身体を引き裂くだろう。

 以前は強化前のシャドーだったから事なきは得れたものの今の彼のデモンブレイクをモロに受けてしまってはいくら幹部クラスの力を持っているとしてもひとたまりもないはずだ。

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 VXの怒りと殺意の滲んだ叫びが辺りに響き渡り徐々にその刃が俺の身に押し迫る。

 鬼気迫る彼の声と力に今にもちびりそうだが少しでも気を抜けば全てが終わりだ。

 

 こんなところで俺が死んだらロミニアは……いいやアポカリプス星は俺がテレビで見た通りの末路を辿ってしまう。

 それにせっかく和解の目が見えてきた想にVXがマルデュークを倒したなんて話が耳に入れば二人の決別は決定的なものになり、TVで見た展開よりも悲劇的な戦いを招いてしまうだろう。

 それだけはなんとしても避けるんだ。

 俺だってまだこの身体でやりたいことだってやるべきことだってたくさんあるこんなところで死んでたまるか! 

「くっ……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 負けてたまるかぁぁぁぁあぁ!!!」

 俺は体の奥から力を解放するイメージで叫び、デモンブレイクを弾き返した。

 必殺必中のデモンブレイクを跳ね返されたVXはその場に倒れ込む。

「何ッ! デモンブレイクを弾き返した……だと……!?」

 よかった……なんとかデモンブレイクを止められたぞ……

 正直九死に一生を得て今すぐにでもその場にへたり込みたい気分だったが、今はそんな事をしている場合ではない。

 ロミニアを助けるためにも瞬には悪いがここを引き下がるわけには行かないのだ。

「アタシ、これでも幹部なのよ? 他と一緒にしないでほしいわね」

 俺は自分を奮い立たせる様にそう言ってみせた。

「……ッ!? マルデューク!」

 VXはこちらを睨みつけてくる。

「……マル、デューク様……どうして……」

 背後でロギアスが呆然と呟く。

「フン、自分の不始末を部下に押し付けたままじゃ、アタシの気が済まないのよ! アナタはそこで見ていなさい? すぐにVXを血祭りにあげてやるから。さぁVX、今日こそこの傷のお礼をしてあげるわ!」

 俺はかっこをつけて彼女に言い放ち、そのままムチを力任せに振り回しながらVXをロミニアから引き離しつつ立ち向かう。

 しかし真に狙うのはVXではない。

 周りにある衛星兵器の痕跡だ。

 これさえなくなればアポカリプス皇国の計画は失敗し、VXが戦う理由は薄れるはずだ。

 俺はわざと大きくムチを振り回し、日浦たちが完成させた設計図が載ったデスクや、衛星のコアパーツを模した機器を次々と破壊していく。

 火花が散り、辺りに散乱した紙が燃え上がった。

 更に作りかけのパーツや機材がみるみるうちに崩れていく。

 その度、日浦や他のアルバイト達と過ごした日々が俺の脳裏を過ぎる。

 作っていたのが破壊兵器だったとは言え彼らの努力と情熱は確かに本物だった。

 そんな彼らの血と涙の結晶がいとも簡単に炎と俺の電磁ムチが消し去っていく。

 ごめん皆……でも地球を守るには今はこうするしか無いんだ。

 こんなものが少しでも残っていたら地球を滅ぼしてしまうかも知れないのだから……

 俺のムチの猛攻に、優勢だったとは言えロギアスとの戦いで消耗していたのかVXが押され始める。

「……くっ、このままでは」

 VXが弱音を吐くタイミングを俺は見逃さなかった。

 次の瞬間、俺は胸の谷間に忍ばせていたスイッチを取り出して赤いボタンを押す。

 すると次の瞬間建物が音を立てて揺れ始め……

「マルデューク……一体何をした!?」

 俺が押したのはこの基地の自爆スイッチだ。

 押した瞬間基地が崩壊を初めたのだ。

「決まってるじゃない。アナタをこの建物ごと道連れにするのよ! そうすれば兵器は出来なくても地球侵略は決まったも同然! さようならVX。この基地もろとも消えてなくなるが良いわ! おーっほっほっほ!!」

 俺は高笑いを浮かべつつ崩れていく外壁を盾にし、VXから距離を取ってロミニアのもとに急いだ。

「待て! マルデューク……! ぐあっ! このままではまずいか……!!」

 崩れる瓦礫の向こうでVXの声が聞こえる。

 しかし彼ならこの程度、難なく乗り越えられるだろう。

 今はそれよりロミニアを助けないと! 

 

「ロミニア! ロミニア!!!」

「マルデューク……さま……」

 倒れていたロミニアは俺の呼びかけに力なく答える。

 彼女の鎧は砕け、所々から獣人の素肌があらわになっていた。

「アポカリス要塞へ帰るわよ!」

「マル……デュークさま……わた……しはもう足手まといでしかありません……だから……私のことは……捨て置いて……」

 彼女がそう言っている間にも建物の崩壊は激しさを増していく。

「何言ってるの! アナタも一緒に戻るのよ!」

「もう……いいんです……マルデュークさま……あなたが……わたし……の……こと……みとめてくださっただけで……それで……もう……じゅうぶん……だから……」

「馬鹿っ!! アタシを誰だと思ってるの? 誰よりも残虐で欲しいものはどんな手を使っても手に入れるゲニージュ地球侵略作戦参謀マルデュークよ!? そんなアタシが部下一人助けられないとでも!? アナタがなんて言ったってアタシは絶対アナタを連れて帰る! だから……だから死ぬな! ロミニア!! くそっ! この鎧重いな……ごめんロミニア!」

 俺は彼女の名前を叫び、彼女の鎧を砕いて脱がせて持ち上げた。

 

 そこからはよく覚えていないが、ロミニアを抱えて必死に崩れていく廊下を走っているうち光に包まれ気がつけば戦闘員達の心配する視線が俺を見つめていた。

「マルデューク様……!」

「皆! マルデューク様が戻られたぞ!!」

 戦闘員の一人が俺の無事を知り声を上げる。

「戻って……これた?」

 辺りを見渡すとそこは確かに要塞の転送装置の前だった。

 どうやらなんとか戻ってこれたらしい。

 しかし今はそれどころではない。

「アタシは良いから! 早くロギアスを……!!」

 俺は抱えていたロギアスを医務室へ連れて行こうとするが、そんな俺を彼らは奇異の目で見つめていたのだ。

「其奴がロギアス殿……?」

 一人の戦闘員が首を傾げてそういうのを皮切りに戦闘員達はざわざわと声を上げ始めた。

「おいおいロギアスって混血の女だったのかよ……」

「俺、こんなやつにコキ使われてたのか……混血の分際で……」

「こんなのがグラギム様と引き分けたなんてグラギム様のご活躍に泥を塗ってるっス!」

 戦闘員たちがロミニアの姿を見るや否や、口々に心無い言葉を投げかけていく。

 ロミニアから断片では聞いていたが、差別が皇国に深く根ざすものであることを彼らの表情や言葉からひしひしと感じる。

「ちょ……ちょっとあなた達……!」

 彼らを黙らせることなどマルデュークの力を以てすれば簡単なことだろう。

 しかし恐怖で押さえつけたところで彼らの心には響かない。

 表面上をいくら取り繕っ立ってそれだけじゃ意味はないんだ。

 ロギアスは……いいやロミニアはそんな差別を恐れてずっと自分を偽ってやっとのことでこの地位まで上り詰めたっていうのに……クソっ、俺は一体どうすれば…………

 

 俺が何も言えずに居ると

「ええいお前達! やめんかァ!!」

 そんな怒鳴り声が聞こえ、声の方に目をやるとそこにはグラギムが立っていた。

「ぐ、グラギムさん……? 聞いて下さいよロギアスの野郎薄汚い混血だったんッスよ!?」

 戦闘員の一人がグラギムにそう言うが彼の反応は予想に反して冷静で……

「だからどうしたと言うのだ?」

「どうしたって……混血は薄汚くて下劣で……」

 グラギムの反応が予想外だったのか、戦闘員も言葉をつまらせる。

「確かに混血の中には下劣なものも居る。しかし下劣なものが居るのは混血も純血も同じ事。そこにいる戦士の戦いをお前達は見ていなかったのか? こやつはあの憎きVXと戦い、貴様らが逃げる時間を稼いでいたのだぞ? その戦いを否定するのか? そんな誇り高き戦士を侮辱するというのならお前達のほうがその戦士の何倍も下劣で薄汚いわ! 恥を知れ!!!」

 グラギムの言葉に辺りがしんと静まり返る。

「それにロギアスと模擬戦で引き分けたとお前たちには伝えていたな? 実は戦績では私が負け越しているのだ。それでも此奴を悪く言うというのであれば私はそれ以下ということになるな」

 静まり返った戦闘員達相手にグラギムはおどけてみせた。

「グラギム……」

「申し訳ありません。こやつらの非礼は教官である私の責任です。彼らには私の方からキツく言っておきますので……マルデューク様は早くロギアスを医務室へ……!」

「う、うん! 分かったわ! ありがとう!!」

 グラギムに言われるまま、俺はロミニアを抱えて医務室へと走った。

 

「これはたまげました。ロギアス殿が混血の……それに女性だったとは」

 運び込まれてきたロミニアを見るなり科学主任は目を丸くする。

「アナタも彼女を軽蔑するの?」

「い、いえ……ただただ彼……いいえ彼女の身体能力に驚いているのです。本来混血はウィラスもろくに使えず、だからといって本来のヴェアルガル程の身体能力も持たないとされています。しかし彼女の戦闘データを見る限りそのスピード、そしてウィラスを組み合わせた戦法にも合点がいきますな」

 主任はロミニアを医療カプセルに入れるとつらつらと説明を始めた。

 早口でよくわからなかったが、混血は本来純血よりも能力がどっちつかずになりがちとのことで、それはロミニアも例外ではないらしい。

 しかしながら彼女はヴェアルガルの身体能力、そしてゲニージュ固有のウィラスを純血よりも少ない弱点を補い合うように併用し、戦っていたそうだ。

 その戦法は他でもなく彼女の努力の賜物だと主任はテンションを上げて説明していた。

 やっぱりロミニアって凄い子だったんだ……

「で、ロミ……じゃなかったロギアスは助かるの?」

「ええ。命に別状はありませんしこの程度なら以前のグラギム殿やマルデューク様に比べれば症状は遥かに軽いです。数日安静にしていれば回復するでしょう。なんせヴェアルガルの治癒力は我々よりはるかに高いですからね」

「そっか……よかったぁぁぁぁぁ」

 主任の言葉を聞いた俺は安堵の息を吐き、安心するとこれまでの疲労が一気に噴出したのかその場で力が抜け、へたり込んでしまった。

 

 それにグラギムや主任みたいな差別をしない人も皇国に居ることもわかり、ロミニアの存在が戦闘員達の認識を変える事に一役買うのではないかという単の希望も見えてきた。

「マルデューク様もVXと一線交えたと伺っております。お疲れでしょう? 後は我々医療班に任せておやすみください」

「え、ええ。ありがとう……」

 

 主任にそう言われてゆっくりと立ち上がり自室へ戻った。

 そんな俺をアビガストは出迎えてくれたのだが、ぼろぼろになった俺を見るや否や彼女は風呂と着替えを大急ぎで用意し、更に髪の手入れまでしてくれた。

 

 風呂から上がり髪や肌の手入れを終えた俺は、ジャージに身を包んだ俺は力なくベッドに倒れ込む。

「ふぅー……なんとかなったな……」

 脱力した時ふと思い出したのは怒りと殺意をこちらへ向けて迫りくるVXの姿だった。

 瞬が優しい青年であることは知っているし、VXが戦うのは地球を守るためであることなど百も承知だ。

 しかし、それを理解している上でも彼と敵対している当事者としてVXが恐ろしい存在であることをここまで実感したのは初めてかもしれない。

 悪の組織の幹部が最終回付近まで死なないなんていうのはあくまでメタ的に終盤での展開を盛り上げるために生きながらえさせられているからであり、今の俺は行動次第でそんな展開とは異なる方向に進むことができる可能性がある。

 ということは生き残るどころか終盤に差し掛かるより早く死んでしまうことだってあり得るということだ。

 一歩間違えればあのまま殺されていたかもしれないし訳で、未だデモンブレイクを受け止めた手が少し震える気もする。

 こんな恐怖をグラギム、それにロミニアや他の怪人たちは感じながら戦っていたんだ。

 今自分が生きてこうしてベッドで横になれている今になって自分がVXとの戦いを生き延びたのだという実感が遅れてやってきた。

「はぁ……もしかして結構ヤバいことしてたのか……俺?」

 大きく息を吐いたがその瞬間脳裏に過ぎったのは日浦のことだった。

 ひたむきに机へ向かう姿、希望に満ちた顔で夢を語る姿、涙を浮かべて人工衛星の設計図が完成した喜びを分かち合う姿。

 彼のそんな情熱を俺は踏みにじったんだ。

 

「日浦……大丈夫かな……」

 VXがあの程度の爆発で死ぬわけがないので良いとしても日浦……そして将来有望な若者を俺が傷つけてしまった事は事実だ。

 そんな彼らがどうなったのか俺は不安で居ても立っても居られなくなり、重い体を起こして再びスーツに袖を通して部屋に隠された小型転送装置の操作端末を取り出した。

 

 今日は瞬との週一回の約束の日だ。

 今日くらいすっぽかしてもいいだろうと思っていたが、きっと瞬はあの居酒屋でぼろぼろになりながらも待ってくれているに違いない。

 それに瞬も現場に居合わせていたのだから少なくとも日浦や参加していた他のアルバイト達の事をやんわりと聞くこともできるはずだ。

 未だVXの事を思い出すと恐怖で少し震えるが、部屋にある小型の転送装置を作動させていつもの路地裏に着くや否や瞬が居るであろういつもの居酒屋へと急いだ。

 

 そして引き戸に手をかけようとしたその時。

「まあそんな落ち込むなよ。きっと良いこともあるって」

 瞬の声が店の中から聞こえてきた。

 よかった。

 瞬は無事だしちゃんと約束を守って店にみたいだ……

 俺は胸を撫で下ろす。

 でも誰と話しているんだろう? 

 ジンか? 

 そんな事を考えながら引き戸に手をかけて開くと目に飛び込んできたのは

「あっ、マリ子さん! 今日も来てくれたんですね!!」

 俺の姿を見るなり笑顔を浮かべた傷だらけの瞬。

 そんな彼の笑顔を見て、当たり前だがいつも通りの優しい彼だったことでVXへの恐怖が少し和らぐ。

 そして……

「今日は紹介したいやつがいるんですよ!! ほら、この人が話してた飲み友達のマリ子さん! お前も挨拶しろよ」

「……ど、どうも……瞬のダチの日浦ッス……」

 その隣で飲んでいたのは日浦だった。

 よかった……ふたりとも無事だったんだ……

「そうだマリ子さん! 聞いて下さいよ! 今日こいつの紹介で新しいバイトに行ったんですけどね……?」

 瞬の口から語られたのは旧友日浦に誘われて東京のオフィス街へアルバイトに行ったが、突然その会社が崩落し、命からがら逃げ出したものの外に出るとそこは栃木県の山奥だったという話だった。

 アポカリプスとかなんとかの話はうまい感じにぼやかされていたが俺もその場に居たからまあ知ってるんだけど……

 彼らがオフィスを出たらその先は栃木県だったというのも次元湾曲装置により東京のオフィス街にポータルを作っては居たものの基地自体は栃木県某所に構えていたからだ。

 瞬や日浦達はあの基地を脱出し、栃木からやっとのことで帰ってこられたらしい。

 良かった……みんな無事で。

「いやぁ不思議なこともあるもんですね。それで俺、こいつとさっきやっとのことでここまで帰ってきたんです! なぁ日浦! 再会して早々人を変なバイトに誘った罰だ。今日は朝まで付き合ってもらうからな〜?」

「……ああ」

 無理に明るく振る舞う瞬に対して日浦はそっけなく答える。

 相当今日の出来事が効いているんだろうか……

 そう思うと俺は罪悪感で押しつぶされそうになってしまう。

 しかし次の瞬間……

「まあそう落ち込むなって! またやり直せばいいだろ?」

「……」

 瞬はそんな彼を笑って励ますが彼は言葉を発しない。

 瞬……今はそっとしてあげたほうが良いんじゃ……

 すると

「……かよ……」

 日浦が小さな声で何かを言った。

「ん〜? なんか言ったか日浦?」

「俺がこんなことで落ち込むと思ってんのかよ!」

 突然日浦はニッと笑顔を浮かべる。

「お前が言ってくれただろ? 俺は何度だって立ち上がれるって。そうさ! その通り!! いつまでもクヨクヨしてるのもガラじゃねぇ! それにこの男日浦! 転んでもただじゃ起きねぇよ!!」

 そう言って彼はポケットから何かを取り出した。

「お、お前それ!!!」

 瞬はクシャクシャに丸まったそれを見て目を丸くする。

 それは確かに彼らが設計していた衛星の設計書の一部だった。

「これ、俺が設計した設計書の一部……逃げる時に持ってきたんだ。例えこれが人類を滅ぼす為に使われようとしてたものだったとしても……これを元に俺は本当に画期的な人工衛星を作って見せる。瞬、俺……もう一回明日に生きてみることにするぜ!」

「日浦……!! お前ってヤツは!!!」

 日浦の顔は希望に満ちており、そんな彼の表情を見た瞬も笑顔を見せた。

「ま、もし俺がまた悪魔に魂を売りそうになったらお前が殴ってでも止めてくれるだろうしな! まあそうならないように努力するつもりだけどよ」

「おう日浦! その意気だ!!」

 彼の言葉を聞いた瞬は彼の背中をバンと叩く。

「痛ぇよ瞬!」

 全部基地もろとも消し飛んだと思っていたけれどまだ残ってたんだ。

 たしかにその設計図は悪意の計画によって作られたものだ。

 しかしその設計図に込められた日浦たちの情熱や夢は決して悪意によるものではない。

 きっと彼なら……悪の計画の為に用意されたものだって世のため人のための技術として有効に使ってくれるはず。

 それくらい彼の努力が報われたって良いはずだ。

 俺はそんな事を思いながら二人を優しい目で見つめていると…………

「ところでマリ子……さんだっけ? 俺達どっかであったことありましたっけ?」

 突然日浦は俺の顔を見つめてそう尋ねてきた。

 も、もしかして俺が丸山だってバレてる……!? 

「い、いえ……初対面よ? 人違いじゃないかしら……あははは……はじめましてぇ〜マリ子でぇ〜っす……うふっ♡」

 俺は必死に誤魔化していると

「おいこらマリ子さんにガン飛ばすなんて失礼だそ日浦! すみませんマリ子さん。コイツ元ヤンなもので……」

「あぁ? 誰が元ヤンだコラ……いや……すんません……ちょっと知り合いに似てる気がしたんですけど気のせいだったッス……せめてその人と一杯位酒くらい飲み交わしてみたかったんスけどね……もうそれは叶いそうにないッスけど」

 瞬にたしなめられ、彼は寂しそうに呟いた。

 よかった……とりあえず俺が丸山だとはバレていないみたいだ。

 ごめん日浦……

 君の夢を踏みにじっておいてすごく虫が良くて勝手なことだって分かってる。

 でも君のその夢……俺は陰ながら応援することしか出来ないけど……

 俺はずっと応援してるよ。

 俺はそう心の中で日浦にエールを送った。

 

「それでは日浦との再会と新たな夢への出発を祝して〜ほら、マリ子さんも」

「え、ええ」

「「「乾杯ー!!」」」

 瞬の乾杯の音頭で、俺は二人とジョッキを交わしてビールを飲み始める。

 するとその瞬間店の引き戸が開かれ……

「おい瞬! 朝から新しいバイトに行くって言ってずっと帰ってこねぇと思ってたらこんなところで何やってんだ!!」

 ジンがズカズカと店に入ってきた。

「おっ! ジン! いいタイミングで来たな! 紹介するよ。小学校から高校までの同級生で親友の日浦。で、こちら俺の舎弟のジン!」

「誰が舎弟だ誰が!!」

「ともかく瞬のダチってことだろ? ダチのダチってことは俺とジンももうダチってことだよな! よろしく!!」

 日浦はすぐにジンと打ち解けた。

 そして彼らはくだらない話や思い出話しに花を咲かせつつ朝が来るまで飲み明かし、そんな様子を俺は少し離れた所から見つめるのだった。

 

「いやぁ〜ちょっと飲みすぎちまったかなぁ……あ、そうだぁ〜そういやアイツ…………想はどうしたんだよ〜」

 外から朝日が差し込む店内で、酔いつぶれていびきを掻いて眠るジンを他所にベロンベロンに出来上がった日浦が思い出したように瞬に尋ねると、同じくベロンベロンに出来上がっていたはずの瞬の酔が一瞬で冷める。

 いくら事情を知らないとは言えその質問は瞬の地雷だぞ日浦……! 

「いや……実はここ何年か俺も連絡を取れてなくて……」

 その問いを聞き、瞬の表情が一瞬で雲っていく。

「なんだよぉ〜アイツおまえン家の養子で兄弟みたいなもんだったろ〜? 引っ越したにしてもどこ行ったかくらいわかるだろうよ」

「……ごめん。わからないんだ」

「……そっか。悪ぃな。変なこと聞いちまったみたいで。でもよ、お前と想の間に何が会ったかは知らねぇけど今度はあいつも一緒に酒飲めたら良いな」

 瞬の暗い表情から何かを察したのか、日浦はそれ以上何も聞くことはなかった。

「……ああ。そうだな」

 そんな瞬の表情を見ていると俺もいたたまれなくなり……

「きっと出来るわよ! 想さんって人もきっと帰ってきてくれる……!! アタシもそうなるように頑張っちゃうわ……!! なんちゃって……」

「はは……マリ子さんがそう言うならそうなりますよね…………きっと……」

 俺は彼にそんな言葉をかけるので精一杯だったが、瞬は寂しそうに笑うだけだった。

 

 その日は結局気まずい空気のままお開きになり、俺は想やアビガストへのお土産を買って彼らと別れて要塞へと戻るのだった。

 

 それから数日が経ち、ロミニアがそろそろ退院するとの知らせを聞きお見舞いへ行くため医務室へ向かって廊下を歩いていると

「マ・ル・デュ・ー・ク・さ・まぁ〜♡」

 そんな甘ったるい声と騒がしい足音がものすごい勢いで俺の方に近づいてきた。 

 そして次の瞬間突然何かが俺に飛びかかってくる。 

「うわぁぁっ!! な、なにっ!?」

「マルデューク様ぁ〜お会いしたかったですぅ〜」

「その声……ロミニア!?」

 俺に飛びついてきたのはまだ医務室で治療中のはずのロミニアだった。

 彼女は喉をぐるぐると鳴らして俺をぎゅっと抱きしめ、頬を擦り寄せてくる。

「はい。貴女様のロミニアですぅ〜お陰様でこ〜んなに元気になったんですよぉ〜? ですからこうして予定より早く退院できましたぁ〜」

「ちょ……どこ触って……やんっ♡」

 ロミニアの過密なスキンシップで俺は思わず甲高い声を出してしまう。

 彼女の肉球のある柔らかな手が俺の胸を優しく揉んだのだ。

「えへへ〜マルデュークさまぁ〜こことかこことか凝ってるんじゃないですかぁ〜? ロミニアぁ〜実はマッサージとか得意なんですよぉ〜」

「あ……ひぁ……♡」

 彼女の言う通り、その手さばきはアビガストのじんわりと全身を優しく解していくようなマッサージとは違い、大胆に、そして正確にツボをその柔らかな弾力のある手のひらで刺激してくる。

 彼女の甘ったるい声とその手さばきに俺の脳が溶けそうになっていたその瞬間……

「ゴホン!」

 と大きな咳払いが聞こえて俺は正気を取り戻し、音の方向へ目をやるとグラギムが呆れた目でこちらを見つめていた。

「おいロギアス……退院すると言うから同郷の好で祝いを持っていってやろうと思ったのにこんなところで何をしているのだ?」

「へーんだ! もうロギアスなんてムサいやつは死んだんですぅ〜! ロミニアちゃんはこれからありのままを晒してマルデューク様のために生きるって決めたんですからね〜! だからお邪魔なアンタはどっかいってください! ふかーっ!!」

 ロミニアはそんなグラギムに対して毛を逆立てて威嚇をする。

 変わり果てたライバルの姿にグラギムも戸惑い気味だ。

「はぁ……お前とマルデューク様の間に何があったかは知らんし詮索もせん。忠義を尽くすと言うなら何も言わんがそれにしても距離が近すぎるのではないか」

「フンっ! アンタには関係ねーですよ! べーっだ! 早くどっか行ってください! 数日ぶりにこうしてマルデューク様と熱い抱擁を交わしてるんですから……ね〜? マルデュークさま? ロミ二アちゃん頑張りましたよねぇ〜? 優しいマルデュークさまならそんなロミニアちゃんのこと……褒めてくださりますよねぇ〜」

「ちょ……ちょっとロミニア? なんかキャラ変わってない……?」

「マルデュークさまが言ってくださったんですよぉ〜? ロミニアちゃんの事かわいーって……だからぁロミ二アちゃんもう自分に嘘をつくのはやめたんですっ! だからありのままのロミニアちゃんのこと受け入れてくださいねマルデュークさま♡」

「ちょ……ちょっとグラギム!? 見てないで助けなさい! アナタのライバルなんでしょ……あんっ♡そこ……やめっ……!」

 俺は胸元を執拗にマッサージ(?)してくるロミニアの攻勢に顔を真っ赤にしながらグラギムに助けを求めた。

「そう言われてましても……。 マルデューク様と此奴の間で何があったかは知りませぬが……」

「アンタはさっさとその見舞いとやらを置いてどっか行ってください!」

「ひゃんっ、そこはダメぇ……!」

 ロミニアはグラギムにそう言いながら俺の敏感な部分を攻め立てていく

「ダメなところなんてどこにもないですよぉ〜。マルデューク様を全身くまなく、ロミニアがほぐして差し上げますからぁ……♡」

 喉をごろごろと鳴らし、尻尾をぶんぶんと振り回しながら甘えてくるロミニア。もはやかつての威厳ある騎士の面影は微塵もない。

 

「ええい! いい加減にしろロギアス! 」

 グラギムが少し声を荒らげると、ロミニアはようやく俺の胸元から顔を上げた。

 そして、俺を背中に隠すようにしてグラギムをキッと睨みつける。

「うるせーですよ筋肉ダルマ! ロミニアの幸せを邪魔しないでくださいっ! ……あ、そうだ」

 ロミニアはぷいっと顔をそらし、グラギムに聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で、ぼそりと付け加えた。

「アンタなんかに情をかけられる筋合いはねーですが……あの時庇ってくれたのは……まあその……ありがとうございました。……あっ、勘違いしないでくださいね!? 借りを作ったままだとぐっすり寝れねーからしかたなくですよ!」

 絵に描いたようなツンデレぶりにグラギムは呆れを通り越して感心したように鼻を鳴らした。

「礼を言われる筋合いはない。私はただ誇り高い貴様の戦いを称えたまでだ。 そしてこれが退院祝いだ。受け取ってくれ」

 そう言っグラギムは何か入った袋を差し出すと、ロミニアは荒々しく受け取る。

「まあ好意は受け取っといてやりますよ。ただし恩を売ったなんて思わないでくださいね!」

 そんな悪態をつきながらロミニアは袋を開けるとそこから出てきたのはグラギムの身につけているものの色違いの全身タイツだった。

「な、なんなんですかこれぇ〜」

「ああ。私の着ているアポカリプス皇国謹製のトレーニングウェアだ。武器と鎧を失ったもの同士、来たるべき戦いに向けて鍛え直そうではないか」

 グラギムはそう言って爽やかな笑みを浮かべるが、ロミニアはそんな全身タイツを彼の顔めがけて投げつける

「ふしゃーっ!! 前言撤回ですっ! こんな悪趣味なもんいらねーですよ! こんなの着なくたってアンタになんか負けませんから!! ほら! さっさと戦闘員達のおもりでもしにいったらどうなんですか!?」

 よほど全身タイツが気に入らなかったのかロミニアは再び毛を逆立たせる。

「これは手厳しい……マルデューク様、その猛獣の扱いは貴女に任せる。私は修練にもどりますので。 ロミニア、貴公もあまり無礼のないようにな。では失礼する」

 グラギムはやれやれと首を振りながら立ち去っていった。

「えっ……ちょ……グラギム! グラギムー!!! カムバーック!!」

「ふぅ……おじゃま虫がやっとどこかへ行きましたね。さあマルデューク様、続きをするですよ……♡」

 ロミニアはそう言って舌なめずりをして鼻息を荒くする。

「え……ちょ…………これ以上はおれ………………うわぁぁぁあっ!」

 俺はロミニアを巴投げの要領で引き剥がし、逃げるようにに廊下を走る。

 

「うみゃぁ〜ん! 待ってくださいよぉ〜! マルデュークさまぁ〜」

 そんな彼女の明るい声が追いかけてくる。

 

 学生たちを騙して夢を弄んだ罪悪感は今でも俺の胸の奥に残っている。

 俺のやったことは、断じて許されることではない。

 けれど日浦は自分の手で再び歩み始めた。

 瞬は変わらずヒーローとして、友を信じ続けている。

 そして俺の後ろには、ありのままの姿で笑えるようになった部下が一人。

 

「マルデューク様ぁ〜今夜、マルデューク様のお部屋にお邪魔してもよろしいですかぁ? 情熱的な夜をお約束しますよぉ〜?」

「ちょ……そういうのはもう少し段階を踏んでから……!」

「えぇ〜!? それってぇ〜段階さえ踏めばOKってコトですよねぇ〜それならぁ〜今からその段階ぃ〜大急ぎで進めちゃいますぅ〜」

「違っ…………! そういうことじゃなくて!!」

「みゃははっ! やっぱりマルデューク様のそーゆー所ぉ〜可愛くて好きですぅ〜」

 殺風景な要塞の廊下に、場違いなほど明るい笑い声が響く。

 人類滅亡の計画は失敗に終わったけれど、俺の胃痛と騒がしい毎日はまだまだ続きそうだ。

 願わくばこんな日々が少しでも長く続いてくれることを俺は心の片隅で願うのだった。

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