冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した 作:ゔぁいらす
ロミニアが快復してから数日後、俺は地球へ降りていた。
理由としては変装用のスーツがこの間の作戦での瞬の襲撃やらアジトの爆破やらで戦闘員のものも含めてぼろぼろになってしまったからだ。
アポカリプス皇国の生地や縫製技術では地球の衣服のようにはならないようで、こうして買い出すほか無いらしい。
というわけで、変装用スーツを補充するためデパートの紳士服売り場を見て回っているのだが……
「ちょっと待ってくださいよぉ〜 この身体、まだイマイチ動き慣れてないんですから〜!」
安物のスーツを何着か手に取っていると、かわいい声が後ろの方から聞こえてくる。
声の方に振り向くと少女の姿になった想が紙袋を抱えてこちらに向かってきていた。
「ごめんごめん。付き合わせた上に荷物まで持たせちゃって。ちょっと歩くの早かった?」
「い、いえ……それは別に普通なんですけど……どちらかと言うとぼくの方がちょっと歩幅とかバランスとか……色々……スカートも落ち着かないですし」
想は股を内股にしてもじもじと小さな声で言った。
そんな彼の姿を見て、マルデュークとして目覚めて間もない頃の事を思い出す。
「うんうん。わかるよ。俺もはじめは色々大変だったなぁ」
「わかるならもうちょっと気を使ってくれても良いじゃないですかぁ〜! 連れて行ってほしいって言ったのはぼくですけど……」
一人で地球に降りても構わなかったのだが、以前モグローグに襲撃された事もあり想はボディーガードを買って出てくれた。
彼も戦闘員たちの生活スペースよりはマシな部屋を与えられているとは言え一日中ほぼ狭い部屋に籠りっきりなのも良くないのでこうして気晴らしに連れ出したのだ。
ただ、いつまた瞬と出くわすかもわからないし今二人を会わせるとどうなるかもわからないのでこうして物質置換装置を使って以前のように少女の姿に変身させている。
「そうだね。ありがとう想くん。もう他の備品は買い終えてるし、スーツを買い終わったらそろそろお昼ご飯にしよっか」
そう。
結局はこれが本音である。
備品を買うという名目で、さっさと目的を済ませて地球で作戦終わりの休暇を満喫してやろうと思っているのだ。
ちょっとのことで落ち込みがちな想も買い物の時は目を輝かせて楽しそうにしていることもあるし、今の彼に必要なのはきっと心身の安らぎと自由なんだと思う。
ソルダークネスとして日本を混沌の坩堝へ落とした過去は消えなくても今は楽しいこと、本来であれば出来なかった事を取り戻して少しでも彼の心の傷が癒えてくれる事を俺は望んでいる。
そうすればきっといつか彼の背負わされている
今の彼に不自由な生活を強いてしまっていることは紛れもない事実だけど……
だからこそこうして外を出歩ける間くらいはなるべく彼がやりたい事をやらせてあげたい。
これが俺の自己満足だとしても「装甲騎士シャドー」でも「シャドーVX」でも報われることがなく、モグローグの被害者でしかなかった彼が今はこうして再び自我を取り戻してこんな訳もわからないヤツに協力してくれると言ってくれているのだ。
それなら俺も最大限、彼に答えるしかない。
そうしてスーツを買い込み、会計を済ませて昼食は何にするかと街を散策しているとどこか懐かしい脂っぽい匂いが鼻をかすめる。
その方向に視線をやると赤い看板に黄色い文字のファストフード店が見えた。
「ハンバーガーか……」
若い頃はよく食べてたけどいつしか値段も割高だし歳のせいで食べるのが重くなって敬遠したたんだよな……
でも今なら……
「マルデュークさん、ハンバーガー食べたいんですか?」
ぼんやり店の看板を眺める俺を見た想がそう尋ねてきた。
まずい! 想のやりたいことをやらせてあげたいと思った手前これじゃ変に気を使わせてしまうかもしれない。
「あ、ああいや別にそういうわけじゃなくて懐かしいなー……って」
「懐かしい……? マルデュークさんが居た時代には無くなってるんですかあの店?」
「いや、流石にハンバーガー屋自体は残ってるよ。ただ……」
そういった瞬間、きゅるるっと形容するような可愛らしい音が聞こえてきて、想の方を見てみると彼は頬を赤らめながら腹部を手で抑えていた。
「ご、ごめんなさい……お腹なっちゃって……」
彼は慌てたようにそう言うと、自分の腹部をさすりながら不思議そうな表情を浮かべている。
そう言えは前に瞬を置換装置で女の子にしたときも自分の腹が鳴ったことに驚いてたっけ。
今の想はソルダークネスに改造された身体ではなく外見相応の少女の身体だ。
疲れだってするしお腹も減る。
そんな普通の人間にとっては当たり前に感じられるはずの感覚だが、改造されて普通ではなくなっている元の身体で感じるよりも今の少女の身体ではずっと強く感じるのだろう。
「もしかしてその感覚久しぶりだったりする?」
「そりゃもう! 元の身体だと空腹なんてよほどのことがない限り感じませんからね……って、なんでわかるんですかぁ!?」
「え、えーっとまあ……ちょっと前に似たようなことがあってね」
「な、なんですかそれ……ぼく以外にもあれを使ったってことですか!?」
想はじとっとした目でこちらを見上げてくる。
その表情は拗ねた少女そのもので、俺は思わず目を泳がせる。
「い、いやぁ……ちょっとした事故というか、成り行きというか……」
「誤魔化してますよね?」
「す、すみません……」
「まあ良いですよ。マルデュークさんだって一応は悪の女幹部をやらなきゃいけない以上そういう事もあるでしょうし聞かなかったことにします。でもこんな事、今後はぼく以外にはしちゃだめですからね!」
素直に認めると、想は呆れたようにため息をつく。
だがその顔はどこか楽しそうでもあった。
「わ、わかったよ……努力する」
「ところであの……ハンバーガー久しぶりに食べたい……です」
「え?」
「学生の頃、瞬たちとよく寄ってたんですよ。部活帰りとか……」
そう言って、想は少しだけ遠くを見るような目をした。
瞬。
その名前を口にした瞬間、彼の表情に微かに影が差す。
きっと今でも思い出すのだろう。
普通の若者として友人たちや瞬と何気ない日常を笑っていた頃の記憶、それにソルダークネスとして地球を手中に収めようと人々を恐怖のどん底に突き落とし、何度も
それでも彼は、ちゃんと前を向こうとしているはずだ。
赤と黄色の看板を見る彼の目にはそんな過去を苛むだけではなく、どこか希望のようなものをのぞかせているように感じた。
「じゃあ決まりだね」
「はいっ!」
俺たちは並んで店の自動ドアをくぐる、
昼時の店内は学生や家族連れで賑わっていて、油の匂いとざわめきが妙に懐かしい。
ああ……こういう空気、最後に味わったのいつだったっけ。
会社帰りに一人で牛丼屋なんかに寄ることはあっても、気軽にファストフード店へ入るなんて随分長いこと無かった気がする。
最後に入った時は営業がうまくいかなくて足早に帰された時時間を潰すためにコーヒーだけ頼んで何もするでもなく小一時間ほど居座っていた記憶が最後だ。
結局その後会社に戻って上司にいつものように怒鳴られたんだけど……
うっ……なんか俺も嫌なこと思い出しちゃったな
しかし、そんな俺をよそに想は物珍しそうに店内を見回している。
「わぁ……久々だなぁ」
「注文どうする?」
俺がそう尋ねると彼はじっとメニュー表を見つめる。
「えっと……それじゃあぼくはこの新商品のてりやきバーガーのセットで……お願いします」
「てりやきバーガーね。俺は何にしようかな……」
てりやきバーガーか……
今となっては定番中の定番だけどこの頃はまだ発売したての新商品だったんだな……それにあのメニューが無いなとかこんなメニューあったっけ? なんて思いながら、カウンターの上に備えつけられたメニュー表をぼんやりと眺めていたその瞬間、俺は目を疑った。
「……安っ!」
思わず素で声が出てしまった。
商品の値段が大体俺の記憶の半分以下の価格で並んでいる。
「う、嘘だろ……ビッグバーガーが360円……?」
「え? 普通じゃないですか? それでも他のバーガーに比べたら高いですし」
「い、いや……俺が生きてた頃だともうちょい高くなってるというかなんというか……」
そう言った瞬間、想はきょとんとした顔で首を傾げた。
「へぇ……何十年か後ってハンバーガーは高級品になってるんですか?」
「ああいや、高級品ってほどじゃないんだけど……その……」
どう説明したものか……
いくら説明しようとも脳裏によぎるのはニュースで嫌というほど聞いてきた世知辛いワードと前世の鬱屈とした日々の光景ばかり
「もしかして未来ってそんなに大変なんですか?」
表情から想が何かを察したのか少し不安そうに尋ねてくる。
ま、まずい……瞬が命をかけて守った未来が暗いものになってるなんて想には口が裂けても言えない……!
「いやっ!? そ、そんなことないよ!? ほら、色々便利になってるし! スマホとかインターネットとか……」
「すまほ?」
「あっ……えーっと未来の携帯電話みたいなやつで……」
「携帯ってあの肩から提げられるカバンみたいな電話ですか? さっき歩いてる時広告で見ましたけど……」
「う、うんまあそんなとこ……あははは……」
「それとハンバーガーにどんな関係があるんですか?」
「うっ……それは……」
想の言う通り全く関係もないし弁明にもなっていない。
もちろんこの時代よりはるかに良いこともたくさんある。
色々便利になったし医療だって進歩した。
そんな便利さを享受しておきながら昔は良かった。
なんて軽々しく言うつもりもない。
しかし終電に追われながら働いていた自分の人生を思い出すとどうしても「未来は明るいよ!」と今を生きる若者である想に胸を張って言い切ることができなかった。
「……やっぱり未来でこの先何か悪いことでもあるんですか?」
想が不安そうにこちらを見上げる。
その問いに、俺は慌てて首をぶんぶん振った。
「ち、違う違う! そんなことないって! えっと……その……便利だし! ゲームとかも映像とかすごい綺麗になるし! オンラインだよオンライン!」
「は、はぁ……」
「そ、そう! すごいんだよ! だから全然大丈夫!」
我ながら中身のないフォローだった。
想もたぶん察しているのだろう。
けれど彼はそれ以上追及せず、くすっと小さく笑った。
「マルデュークさん、なんかすごく焦ってません?」
「い、いや……そんなことないよ?」
「いや絶対ありますって」
じとっとした視線を向けられて、俺は思わず目を逸らした。
危ない危ない。
これ以上未来の話をすると俺の社畜時代の愚痴が漏れ出してしまう。
そんな事聞いたって何も楽しいことがないのは飲み会で上司の話を聞いていてつくづく思っていたから俺はそこで話を切り上げた。
「と、とにかく注文しよう! 並んでるし!」
「話逸らしましたね?」
「逸らしてないです! とにかく、想くんは今は今を楽しんで生きれば良いんだって! 俺だってそうするつもりだから!」
そんなやり取りをしながらレジへ向かう。
制服姿の店員に注文を伝えると、想は可愛らしい財布をカバンから取り出しかけた。
「あ、ぼく払います。一応お小遣いももらってますし」
「いやいや、今日は俺が出すよ色々付き合わせちゃってるんだからおじさんにもそれくらいさせてよ」
「……それじゃあお言葉に甘えます」
ぺこりと頭を下げる仕草が妙に女の子らしくて、周囲の客がちらちらこちらを見ていた。
本人は気付いていないらしい。
いやまあ、今の想はどう見ても可愛い女の子だからな……。
この少女が少し前まで人類を根絶やしにしようとしていた超古代文明もグローグの首魁だとは誰も思わないだろう。
そして想のてりやきバーガーのセットと、合わせて俺はこれからまだ街を歩くことを考慮して控えめにハンバーガーのSサイズセットを注文し、席に番号札を立てて待っているとしばらくして店員が頼んだ商品を持ってきてくれた。
トレーに並ぶハンバーガー、ポテト、紙コップのジュース。
見慣れたデザインとは少し違うが懐かしさを覚えなんだか妙に胸が高鳴る。
なにせ俺もハンバーガーを見るのは前世ぶり。
経過時間で言えば想より遥かに久しぶりなのだから
「おお……」
「なんでマルデュークさんの方が感動してるんですか」
「だってこういうのほんと久しぶりで……!」
そんな俺を尻目に想が紙に包まれたてりやきバーガーを両手で持ち上げる。
照りのあるソースがバンズの隙間から少しだけ覗いていて、彼は目を輝かせながら小さく息を飲んだ。
「いただきます」
そう言うと彼ははむっと小さな口でてりやきバーガーにかぶりつく。
「……っ!」
次の瞬間、想の表情がぱあっと明るくなった。
「お、おいしい……!」
まるで初めて甘いものを食べた子供みたいな反応だった。
甘辛いソースの香りに、シャキッとしたレタスの食感。
少女の身体になっているせいか頬張る動作一つ一つが妙に小動物っぽくて、見ているこっちの頬まで緩んでしまう。
「そんなに?」
「はいっ……! 前にこの姿で焼き鳥を食べた時もそうでしたけどやっぱり全然味覚の感じ方が違うんですよ! それにしてもなかなかいけますねこの新商品!」
「うんうんそうだよね。今は新商品かもしれないけど未来では定番も定番ド定番の商品になってるから!」
「そりゃそうですよ! こんな美味しいんですから!」
想は俺の言葉にうなづきつつ口元にソースを付けながら夢中で夢中でてりやきバーガーを食べつづける。
その姿を見て俺も自分のことのように嬉しくなり、気づけばそんな彼の姿に見惚れていた。
その横顔を見ていると以前少女になった瞬と一緒に食事をした時のことを思い出す。
あの時の瞬も、変わってしまった身体に戸惑いながらも久々に感じたであろう当たり前の感覚を噛み締めていた様に見えた。
想も同じく失った時間を、まるで一つ一つ拾い集める様に味わっている。
想は本来なら記憶も失ってシャドーVXへの復讐だけのために蘇っててりやきバーガーなんてものは食べられないどころか想としての自我を取り戻すこともなく最後は力尽きるんだよな……
そんな彼が今美味しそうにハンバーガーを食べる姿がなんだか胸に来てしまって、俺は思わず目を細めた。
「なんですかさっきからぼくの顔ばっかり見て……なんかついてますか?」
気がつくと想はじっとりとした目で俺を見つめていた。
その口には勢いよく食べたからかバーガーのソースが付いている。
「ああいやその……口にソース付いてるよ!」
俺はそう言ってトレーに置かれていた紙ナプキンで彼の口を拭く
「わぁっ! こ、これくらい自分でできますよぉ!」
「良いから、ほらちょっと大人しくしてて!」
そして、拭き終わると彼は頬をぽっと赤くする。
「今はこんな姿ですけど僕、子供じゃないんですよ?」
ぷくっとふくれっ面でそう言った想の顔を見て俺の胸はトクンと脈打つ
か、かわいい……瞬が女の子になった時も感じたけどやっぱりこれって母性本能ってヤツなのか……!?
いやいや俺は男だぞ!? そんな訳……どっちかと言うと俺がそういうシュミに目覚めちゃったってことか!?
い、いや……俺は断じてロリコンでは……!
内心で全力ツッコミを入れているのを見て、瞬は再び俺をじっとりとした目で見つめていた。
「マルデュークさん?」
「はっ!? ハイなんでしょうか!?」
「さっきからニヤニヤしてないでマルデュークさんも早く食べないとハンバーガー冷めちゃいますよ?」
「そ、そうだね あはははは……」
俺はごまかすように笑いながら包み紙を開き、約200年……前世ぶりのハンバーガーとの対面を果たす。
包み紙から現れた相変わらずメニューに載っている写真とは似ても似つかないその薄っぺいフォルムにはもはや懐かしさを超えた感動さえ覚えていた。
そしてゆっくりと一口齧ったその瞬間……
「…………んんっ!?」
口に入れて最初に感じるパンの甘み、それを追うように肉汁と塩味が押し寄せてきて、二口三口と更にかぶりつくと息もつかせずケチャップとピクルスの酸味が口の中を駆け抜けていく。
そして噛むほどに口の中でそれが混ざり合って脳を刺激し、一瞬時が止まった可能様な錯覚にさえ陥った。
「う、うまい……っ!!」
思わずそんな声が漏れ、頬には涙が伝っていた。
「ま、マルデュークさん? いくらなんでも泣くほどじゃ……」
ポテトをつまみながら心配そうにこちらを見つめる想を他所に、俺は本能のままハンバーガーを喰らう。
うまい。
うますぎる。
そして気づけば鼻から突く油の匂いに誘われてもう片方の手でポテトをつまみ、なんとも言えない脂っこさと塩辛さが再び体中に染み渡っていく。
そして極めつけにセットで頼んでいたコーラでそれを全て食道へと流し込んでいき……
「っつ……はぁーっ! 最……高……♡」
俺は気づけば久々に食べたジャンクフードの虜になっていた。
中年サラリーマンだった頃、ハンバーガーなんてLセットで頼もうものなら胃もたれして翌日まで重さが残るし、健康診断の数値も気にして気づけば敬遠するようになっていた。
しかし今の体は違う。
なにせ以前の俺より幾分か若い……いや厳密に言うと年齢的には遥かに上なんだけど
それでも体の年齢は遥かに若い!
食べた端から熱量に変換されていくみたいに身体が軽い。
それに腹にずっしりと溜まる感覚が全くと言っていいほどない。
ただただハンバーガーのジャンクさに酔いしれていられる。
この若さこそがジャンクフードを楽しむうえで最も必要なものであることを今俺はひどく痛感したのだった。
もう血糖値も怖くない!!!
ああ、やっぱり若いって良いなぁ……
そして気づいた頃には少なめに頼んでいたハンバーガーのセットをあっという間に全てを完食してしまっていた。
「ごちそうさま……」
「えっ、もう食べ終わったんですか?」
「だってSサイズのセットだったし……」
そこまで口に出すも未だに想のトレーにはポテトと半分近く残っているてりやきバーガーが置かれていて、Sのセットくらいでは今の俺は満足することなど出来なかった。
「ごめん想くん、おかわり……してきても良い?」
「い、いや……別にぼくに許可なんか取らなくてもいいと思うんですけど……」
「うん! それじゃあビッグバーガーのセット追加で頼んでくるよ! ちょっと待ってて!!」
俺は大急ぎでカウンターへと走り、追加でビッグバーガーのセットを注文する。
「ふぅ〜やっぱこれだよなぁ」
ビッグバーガーの乗ったトレーを持って席に戻った俺を想は心配そうに見つめてくる。
「2個も食べちゃって大丈夫なんですか?」
「だってさぁ! 俺、記憶が戻ったのは最近とは言えこの身体になってから大体200年くらい食べてなかったんだよ!? それに全然重さも感じない……こんなの食べない選択肢はないよ!」
「に、200年……」
「そうだよ! それにオッサンだった頃はビッグバーガーなんて重くて食べられなかったし……想くんももう少し大人になったらわかると思うけどこういうのは食べられる時に食べとかなきゃいけないんだよ!!」
俺の熱弁は異様な熱を帯びており、気づけば他の客からの注目の的になっていた。
その刺さるような視線を感じて、俺は正気に戻りしゅんと縮こまる。
「と、とにかく……いつものノリで少なめに頼んだけど俺……じゃなくて私、この身体じゃ全然物足りなかったってこと……よ。それにやっぱり若いって良いなって思った……のよ」
「は、はい……」
辺りの視線を気にしてたどたどしい女言葉で控えめの力説を続けると、想は深く頷いたのだった。
「ふぅ〜食べた食べた。ハンバーガー屋をこんな幸せな気分で出るのは本当にいつぶりだろうなぁ〜」
久々のハンバーガーを堪能した俺達は店を出る。
店内に籠っていた生温かな油の匂いをのひんやりとした外気が清涼剤のように鼻を突き抜けかき消していく。
俺は一つ大きな深呼吸をして自分の腹部を優しく撫でた。
店を出る頃には胃が持たれてもう当分は食べたくないとか思っていたのが嘘みたいだ。
店内に籠っていた生温かな油の匂いを、ひんやりとした外気が清涼剤のように鼻を突き抜けかき消していく。
俺は一つ大きな深呼吸をして自分の腹部を優しく撫でた。
店を出る頃には胃がもたれてもう当分は何も要らないとか思っていた前世が嘘みたいだ。
「……マルデュークさん、本当に満足そうな顔してますね」
隣を歩く想が、抱えた紙袋の隙間からこちらを見上げてくすりと笑う。
少女の姿のまま内股気味に歩くその足取りは店に入る前よりもどこか軽やかだった。
「そりゃあね。胃もたれを気にせずビッグバーガーをガツガツいけるなんて前世の俺からしたら奇跡みたいなもんだから! 若いって素晴らしいよ、本当に」
「はは、またそれですか」
並んで歩行者天国の雑踏を抜けていく。
午後を過ぎた街は買い物客や学生たちで溢れていた。
誰もがアポカリプス皇国の魔の手が迫っているとも知らずに笑顔で平和な日常を享受している。
これこそが瞬が人知れず守っているものなのだとすれ違う人々を見てしみじみと思う。
そんな人混みを二人で歩きながら、寄り道をして戦闘員達へのお土産や、想が気になっている漫画やゲームなんかを買ったりした。
「いやぁ……結構色々買っちゃったね」
「ですね……ちょっとおねだりしすぎちゃったかもしれないです……」
お互いに大量の紙袋を抱えながらそんな話をしていると、突然想の足が止まった。
ショーウィンドウに映る自分をじっと見つめていた彼は、ぽつりと掠れるような声で呟いた。
「……マルデュークさん。前に、ぼくに話してくれましたよね? この世界がこの先どうなるかって」
「え? あ、ああ。まあね……」
急に真剣なトーンになった想に、俺は少し身構える。
「そのお話が本当なら……ぼくは……マルデュークさんもこの後、死んでしまうんですよね」
街の喧騒が一瞬だけ遠のいた気がした。
「……怖く、ないんですか?」
その問いは俺の胸の奥底に冷たい楔のように突き刺さった。
怖くないわけがない。
前世で過労死寸前の社畜だった俺が、気づけば昔見ていた特撮番組の女幹部にになっていて、しかも待っているのは誰からも見限られて無惨に処刑されるという未来。
「そりゃあ、めちゃくちゃ怖いよ。死にたくないからできる範囲で色々やってる訳で……」
俺は一歩を踏み出し、ゆっくりと歩きながら、胸の内を整理するように言葉を紡いだ。
「……でもね、不思議と絶望はしてないんだ」
「え……?」
「俺はさ、前世ではただ会社と家を往復するだけの、何のために生きてるか分からない人間だったんだ。でも、マルデュークとして目覚めてからの日々は……その、悪の組織の幹部なんてとんでもない役職だけど、前世より遥かに充実してる。だから……もし、万が一、作中通りに殺される運命が変えられなかったとしても、前世のまま死ぬよりは後悔はないかもしれないって、心のどこかで思っちゃってるのかもしれない」
それは、偽らざる本音だった。
だが、俺はそこで言葉を区切り、想を振り返ってにやりと笑ってみせた。
「なーんてね! 格好いいこと言ってみたけどやっぱり死にたくはないよ! だって、アポカリプス皇国の皆も思ってたよりずっといい人たちだって知れた。思い立った時は自分だけ助かれば良いやなんて思ってたけどそうもイカなくなっちゃったからやらなきゃいけないことが山積みだし……」
俺は想の頭に、そっと手を置いた。
「それに君にこうやって、 本当はあたりまえだったことをあたりまえだって思えるようになってほしい。だから俺はそう簡単には死ねないよ。もちろん想くんだって殺させない」
言葉を紡ぎながら俺はマルデュークとして目覚めてからこれまで出会った顔ぶれを思い浮かべていた。
不器用だけど努力家なロミニア、おちゃらけながらも意外と真面目なジン、愚直で武人肌なグラギム、マルデュークからひどい仕打ちを受けても顔色一つ変えず面倒を見てくれるアビガスト。
内面ではビビりながらもなんだかんだで慕ってくれている戦闘員達に俺や想達の命を繋いでくれた恩人の科学主任。
そして過酷な運命に翻弄されながらもこうして今となりに居る想。
彼らはテレビの画面の向こうで見ていたただヒーローに倒されるだけの敵怪人ではなく、地続きの命として確かに悩んだり笑ったりないたりしながら生きている。
そんな彼らのは俺にとってかけがえのない存在だ。
だからこそ俺は破滅の未来をなんとしてでも回避しなければならない。
いくら元のマルデュークが酷すぎたとは言え初めは孤独で途方もない目標だったかも知れないが、今では協力してくれるジンや想がいる。
彼らが信じてくれたのだから俺もそれに答えなければ……
想は俺の手の温もりを感じるように、少しだけ目を細めた。そして、何かを堪えるようにフッと微笑む。
「……やっぱり不思議な人ですね。でも、安心しました。あなたがそのつもりなら、ぼくも……全力で、あなたに命を預けられます」
「頼りにしてるよ想くん」
そうして俺たちはしばらく街を歩き、買い出しの荷物を抱えながら、月の裏側に浮かぶ前線基地「アポカリス要塞」へと帰還した。
自室に戻ると、俺は想をブカブカな男物の服に着替えさせて物質置換装置を起動すると想の姿が少女のものから青年のものへと戻っていく。
「ふぅ……。あの姿も姿で普通の人の感覚があるとは言えやっぱり元の身体の方が落ち着きますね」
想は自分の手のひらを握ったり開いたりしながら、ほっと息を吐いた。
「お疲れ様。付き合ってくれて助かったよ」
今回調達した物を整理した後、変装用のスーツの束を抱えて念のためソルダークネスに変身したと共に要塞の廊下を歩いていると、前方に聞き覚えのあるドタバタとした足音が響いた。
「マルデューク様ぁ────っ!!」
「うおっ!?」
次の瞬間、ロミニアが、もの凄い勢いで俺の胸元へと飛び込んできた。
退院したばかりだというのに、凄まじい突進力だ。
衝撃で後ろに倒れそうになるのを、想が支えてくれた。
「ロ、ロミニア!? 危ないじゃないの、急にどうしたのかしら?」
「どうしたもこうしたもありませんっ! どこを探してもいらっしゃらないのでロミニア……とっても心配したのですよ!?」
俺の衣装の裾をギュッと掴み、涙目で怒るロミニア。
「心配かけてごめんなさい。前の作戦で使い物にならなくなっていた備品を調達しにちょっと地球まで降りてたのよ」
「そ、そんなぁっ!! ロミニアちゃんに内緒で地球に降りるなんて水臭いです! 」
相変わらず絵に描いたような懐きっぷりだが、ふと、彼女の視線が俺の斜め後ろへと向いた。
その瞬間、ロミニアの表情から甘えが消え毛が逆立つ。
「……で、なんでよりによってアンタが地球で調達した物資を持ってるんですか?」
ロミニアが睨みつけた先、そこには静かに佇む
流石に二人で買い物がてら遊んだりしてました〜なんて言えないし……
「あ、ああ……彼、地球人でしょう? 人手も欲しかったしアタシ達より勝手もわかるから連れて行ったのよ」
俺はそれとない返事をした。
すると……
「いくらそいつが過去にシャドーVXを追い詰めた相手だか何だか知りませんが、所詮は過去の話でもとはと言えばそいつも下等な原住民族じゃないですか! マルデューク様の護衛なら、このロミニアがいます! 荷物持ちだってなんだってお役に立てます! なのに、どうして……ロミニアじゃなくそんなヤツを……!」
ロミニアは想を悔しそうにキッと睨みつけながら
「どうしてそんなヤツをわざわざお側へ連れて行くんですか……! ロミニアじゃ、マルデューク様のお役に立てないっていうんですか!?」
一通り感情を爆発させたと思えば彼女は声を上げて泣き始めた。
ここで「いやー、想くんが部屋に引きこもりっぱなしだったからさー」なんて腑抜けた本音を言えば、アポカリプス皇国としての示しがつかない。
それにアポカリプス皇国の人々は地球人を「侵略予定の星に済む取るに足らない邪魔な存在」程度にしか思っていないのだ。
何より彼女も差別で苦しめられていた側のハズだが立場が変わればこうも簡単にそんな言葉を吐き捨てられる事がショックだった。
しかし実際にアポカリプス皇国の人々に比べ、地球人は技術力も寿命も全てが劣っていると言ってもいい。
それに、未だ作戦で一度しか地球に降りていないロミニアが出会った数少ない地球人は騙して集められたにせよ高待遇に釣られて一時の欲のために地球を売る様な人々で、地球人は皆そうだと彼女は認識しているのだろう。
その認識の溝は、そう簡単にどうこうできるほど浅いものではないだろう。
わんわん泣き喚くロミニアを尻目に俺は想にこっそり
「ごめん、今から言うことは方便だから軽く流して」
と軽く耳打ちをした後俺はふぅ……とわざとらしく冷ややかなため息をつき、女幹部の仮面を被った。
「ふん、何もわかっていないのねロミニア」
「……え?」
「アタシが、彼を対等な護衛として連れて行ったとでも思ったのかしら? 冗談はやめてちょうだい。ただの道案内兼、荷物持ちよ。そんな役割をアナタに任せるなんて役不足ではないかしら?」
俺はあえて想の方を見ずに、冷酷な言葉を並べ立てる。
「皇国の高貴な戦士であるアナタやグラギムを地球で連れ回してみなさい。戦闘員達に示しがつかないでしょう? それに目立ってVXを呼び寄せてしまったら元も子もないでしょう? その点この男も元々は原住民族。使い潰すにはこれ以上ない適任でしょう?」
横にいる想にチラリと視線をやると、彼は俺の意図を察したようにただ静かに俯き、従順な道具のフリをしてくれていた。
その健気さが逆に辛い。
そして視線を恐る恐るロミニアの方に戻してみると……
「ま、マルデューク様ぁ……ロミニアが間違っていました。マルデューク様が私を連れて行ってくれなかったのは愛あればこそだったのですね……?」
目に涙を浮かべて彼女はこちらを見つめていた。
よ、よかった……なんとか好意的に捉えてくれたようだ。
「ええ。もちろんよ。なにせアナタもあのVXとの戦いで生き残った誇り高き戦士なんですから。これからも皇国の……いいえアタシの為に働いてちょうだいね」
俺がそう言って、ロミニアの頭を優しく撫でてやると、彼女の顔が瞬時に一変した。
さっきまでの凶悪な敵意はどこへやら、頬をほのかに染めに染めて喉をぐるぐると鳴らし始めた。
「 は、はい! そうですよね! 申し訳ありません、私としたことが、マルデューク様の事を疑うような真似を……!」
チョロい。
ものすごくチョロい。
「分かれば良いのよ。彼だって地球人だってアタシ達からしたら取るに足りない原住民族だからって甘く見ないことね。敵とは言え見下すのは辞めなさい。
俺は撫でていたロミニアの頭からそっと手を離し、少しだけ声のトーンを落とした。
「アナタの言う通り地球人は寿命も短く脆くて浅ましい私欲のために同胞を裏切るような民族かもしれないわ」
「……はい! あんな連中、我々の足元にも及びません!」
ロミニアがゲニージュとヴェアルガルのハーフとして、皇国内でどれほど理不尽に虐げられ、自身の血を呪ってきたかを以前彼女は聞かせてくれた。
誰よりも差別される側の痛みを知っているはずの彼女が、いざ自分より確実に下だと定めた存在を見つけた途端同じ理屈で地球人を嘲笑う。
皮肉な話だがそんな差別される立場から身分も性別さえも隠して己が実力だけでのし上がってきたのが彼女だ。
だからこそ彼女の目に映った弱さに甘んじている者達が許せない側面もあるのかもしれない。
それにロミニアにとって、先の作戦で集められた人々が餌につられてのこのことやってきた間抜け達にしか見えておらず、騙されているとも知らないまま自らの文明を破壊する兵器を必死になって作っている様は滑稽に映っていたのだろう。
しかし俺は知っている。
結果的に地球を売る様な行いをしてしまったとは言え決して彼らが欲望だけで動いていなかった事を……
彼らを突き動かしていたのは待遇だけではなく人工衛星を完成させて世界を良くしたいという使命と夢だった事を。
それを利用したのは紛れもなくアポカリプス皇国だ。
しかし、そんな卑劣な計画もロミニアにとってはアポカリプス皇国の崇高な地球侵略計画の一つでしかなく彼女にそんな理屈を問いたところで意味はないだろう。
しかし彼女にも知ってほしい。
俺が君やグラギム……それに戦闘員達をただ倒されるだけの敵キャラではなく必死に今を生きている人々だと知れた様に地球人……瞬や想も生まれた星や種族は違えど君と同じ様に何かに悩んだり喜んだりしながら日々を生きているという事を……
「ええ。確かに地球人は哀れに見えるかもしれないわ。だからといって地球人を取るに足りない原住民だと侮っていてはいずれアナタ自身が足を元をすくわれるわよ」
「え……? 私が、ですか?」
ロミニアが、不思議そうに首を傾げる。
「そうよ。脆くて弱いからこそ、彼らは時にアタシたちの想像を超える牙を剥くの。現に、アタシはシャドーを侮った結果このキズを負わされたのよ? このアタシにキズを付けたシャドー、そしてシャドーと同等の力を持つ彼が本当に取るに足らない存在だって思うのかしら?」
俺はそう言ってシャドーに斬りつけられた時に出来たキズを指でなぞってみせた。
立場とキズを盾にするのはいささか卑怯に思えたし、いくらなんでも主語を大きくしすぎたような気がするが、それでもロミニアには十分だったようで……
「……っ」
彼女は申し訳なさそうに口を噤む。
「アタシがこの男を側に置いているのは、地球人の底知れなさを観察して利用するためでもあるの。彼らをただの見下す対象としてしか見られないのならその時点で戦士としてのアナタの成長は止まるわよ」
ロミニアはハッとしたように目を見開き、それから深く頭を下げた。
「このロミニアが浅はかでした! マルデューク様の深いお考えを斟酌することが出来ず……」
「分かれば良いのよ。さあ、これから調達した物資を戦闘員たちに配るからアナタも手伝ってくれるかしら?」
「はいっ! お任せください、マルデューク様!」
ロミニアは笑顔を浮かべた後
「……別に私、悪いとは思ってませんし貴方の事、認めてませんから」
想の手からひったくるようにして紙袋を受け取って先程までの媚びるような声色が嘘のような低く小さな声で吐き捨てた。
やはり彼女の目には以前の欲にまみれた人々も想も同じく弱い立場に甘んじて強者に媚びへつらっているだけの存在に映っているのかもしれない。
そんな彼女の認識を変える事はすぐには難しそうでこれはまた大きな課題が産まれてしまったなと思いながら、俺達は戦闘員たちに買い出しした物資を配るためラウンジへ向かった。
そして一通り地球で買い出ししたスーツやついでに買った土産物なんかを一通り戦闘員たちに配り終えた俺は、想の部屋で彼に深々と土下座をしていた。
「すみませんでしたッッッ!!!」
「ちょ、ちょっと……頭上げてくださいマルデュークさん! 僕別に何も思ってないですから!」
「で、でも……想君を荷物持ちだとか利用価値があるとか言っちゃって……」
「しょうがないですって……幹部としての立場もありますしきっと僕があの子の立場だったとしたら同じ様に見下してたでしょうし……というかソルダークネスなら絶対そうしてたと思います……だからなんというか昔の自分を見てたみたいで……」
彼のその言葉には重みがあった。
確かにモグローグも身体を強化改造した自分たちこそが地球を統べるに相応しい存在であり、今を生きる人間など取るに足らない存在であると吐き捨てていた。
一時にそんな思想に支配されていた彼だからこそロミニアの言い分にも一定の理解があったのだろう。
「で、でも……俺、せっかく信じてくれた君を裏切るようなことを言ったんだよ?」
「あれが嘘だってことぐらいわかってますって。ハンバーガーを一口食べただけで泣くような人が地球人を見下すわけないじゃないですか」
彼にそう言われ先程のことを今になって思い返してみると、急激に顔が熱くなっていく。
俺、いい歳こいたオッサンのくせに、ハンバーガーを一口食べただけで本気泣きしてたんだ……
そんな時間差でやってきた事実に、俺は土下座したまま顔を上げられなくなる。
「お、俺……そんなに泣いてた……?」
「はい。それはもう。 しかもビッグバーガーについても力説してましたし……」
「うう……穴があったら入りたい……」
悪の組織の冷酷非情な女幹部が、ジャンクフードの美味さに感動して涙を流す。
もしグラギムやロミニアに知られたら、畏怖の念が別の意味で消し飛ぶ自信がある。
「まあ、でも」
想はくすくすと笑いながら、地面に突いた俺の手を優しく引っ張って頭を上げさせた。
「そんなマルデュークさんだから、ぼくは信頼できるんです。……だから、さっきの事なんてこれっぽっちも気にしてませんよ。それよりせっかく色々買ったんですから開けましょうよ!」
そう言ってずっしりと物の詰まった紙袋を目を輝かせて彼は手前に持ってきた。
「想くん……君は本当にできた子だなぁ……」
彼の優しさに、俺は再び涙が出そうになる。
それからしばらく、地球で買った前世の俺からすれば懐かしい漫画やゲームを二人で読んだり遊んだりした。
「えっ!? ジョナ●ンって死ぬんですか!? というかジョ●フって誰!? スタ●ドってなんなんですか!? 僕がソルダークネスになってる間に一体何が……」
漫画を読み進める度そんな新鮮な反応が見れて彼を見ているだけで面白かった。
「へぇ〜当時から読んでたんだ。俺がちゃんと読み始めたの5部からだよ」
「5部!? 更にそんな続くんですかこれ!?」
「えっ、ああうん……」
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎていき……
「それじゃあ俺はそろそろ部屋に戻るよ。今日は付き合ってくれてありがとうね」
「はい、おやすみなさい、マルデュークさん。こちらこそ色々楽しかったです」
彼に見送られながら想の部屋を後にして俺は長い廊下を渡って自室へと戻った。
ドアを開けるとふわりと香ばしいような匂いが鼻腔をくすぐる。
「おかえりなさいませ、マルデューク様。もう既に夕食のご用意は済ませてあります」
そう言ってアビガストに迎えられ、相変わらず一人で使うにはだだっぴろいダイニングのテーブルの上には、すでに彼女の手によって夕飯の用意が整えられている。
相変わらずおどろおどろしい料理の並んだ食卓に、昼に食べたハンバーガーが恋しく思えてしまう。
しかし、見た目はアレだが、一口食べてみれば普通に美味いのがアポカリプス皇国の料理の凄いところである。
見た目は違えど味覚は地球人もアポカリプス星人もあまり変わらないということなのだろう。
「うん、美味しいわ。いつもありがとう、アビガスト」
「勿体なきお言葉です。マルデュークさま……」
アビガストは嬉しそうに目を細め、静かに控える。
スプーンでスープを口に運びながら、俺はふと、先ほどのロミニアとのやり取りを思い返していた。
地球人を見下すロミニア。
そして、かつてソルダークネスとして人間の蹂躙を指示していた想。
そこでふと興味が湧いた。
今の彼女が……アビガストが地球のことをどう思っているのかを
「ねえ、アビガスト」
「はい、いかがなされましたか?」
「アナタは……地球人のことを、どう思っているかしら?」
俺の唐突な質問に、アビガストは不思議首を傾げた。
「そうですね……。中には、大変下劣な者たちもおります。マルデューク様ともあろうお方をよってたかって口説こうとする輩や、軽々しく手を引っ張って走り出す輩……」
アビガストの口から出たのは思いのほか冷静で、冷徹な評価だった。
恐らく後者はチャラ男に絡まれていた時に助けてくれた瞬のことだろう。
「しかし──」
アビガストはそこで言葉を区切り、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「彼らの生み出す文化には、一定の評価をせざるを得ません。衣服の縫製技術……あれは見事なものです。皇国の技術とは異なる、繊細な美しさがあります。それに、以前マルデューク様がごちそうしてくださった地球の料理……見た目は不格好ではありました」がどれも非常に美味で刺激を受けております」
「……そう……なんだ」
「何より……マルデューク様。私にとって、善悪の基準はすべてマルデューク様にございます。マルデューク様が下劣で踏みにじる下等な存在であるとお仰るのであれば、きっとそうなのだと存じております」
「……そう。ありがとう、アビガスト」
俺はそれだけ答えて、固まる前のセメントのようなスープを飲み干した。
アビガストの答えは、ロミニアのとは違っていた。
しかしそれは、裏を返せばマルデュークが右と言えば右、左と言えば左という、盲目的な狂信でもある。
もし俺が、原作の「血染めの紅爵マルデューク」としてまま暴虐の限りを尽くせば、彼女はどこまでも地球人を見下し嘲笑うだろう。
けれど、俺が「地球人にも良いところがある」と示し続ければ、彼女たちの認識の溝も、少しずつ埋まっていくかもしれない。
俺という中間管理職の肩にアポカリプス皇国と地球の未来が、文字通り全て乗っかっている。
その事実の重さに、ハンバーガーを食べてももたれなかった胃がキリキリと痛むのだった。
そして次の日、
今日は会議がなかったはずだが、突如イビール将軍からの招集がかかった。
突然のことにすっぴんだった俺は大急ぎで化粧を済ませて部屋を飛び出し、いつもの会議が行われている部屋へと向かうと、そこでは既に他の幹部達、そしてイビール将軍までもが転送装置の前にひざまずいている。
何やらただならぬ雰囲気に、俺も恐る恐る空いているスペースで他の幹部たちと同じ様に跪くと……
『揃ったようだな……』
そんな声が部屋の中に響くやいなや転送装置が激しく光を放ち、その光の中から仰々しい兜を被り、マントをたなびかせた青年が姿を現し、幹部とイビール将軍は更に深々と頭を垂れたので俺も同じ様に深々と頭を下げた。
すると乾いた足音が部屋に響き渡り、
「面を上げよ、前線基地の将星たちよ」
低く冷徹に響く声に促され、俺たちはゆっくりと顔を上げる。
光の中から現れたその青年は端正な容姿をしていながらも、その瞳には凍りつくような冷酷さが宿っていた。
身に纏う漆黒の鎧とマントには勲章のようなものが大量につけられており、彼が母星でどれほど高い地位にいるかを雄弁に物語っている。
青年は腰に手を当て、平伏する幹部や将軍をまるで虫ケラでも見るかのような冷ややかな視線で見下ろすと、朗々とその名を響かせた。
「アポカリプス皇王直属、バルハダー准将である」
俺は彼のその容姿、そしてその名を知っていた。
暗黒皇爵バルハダー。
彼は地球侵略作戦の進捗が芳しくないことにしびれを切らしたアポカリプス皇王がお目付け役として遣わした皇王直属の大幹部だ。
性格は残虐で自己中心的。
その性格から他の幹部とも衝突が絶えない……ってあれ?
これほぼマルデュークと変わんないな……
「地球侵略という大命を帯びながら、いたずらに時間を浪費するだけの無能どもめ。皇王陛下も、貴様たちの不甲斐なさには心底呆れ果てておられる。やはり蜥蜴や畜生如きに権利を認めるべきではなかったのだ。ゲニージュのみであればこの様な星、容易に侵略できていたものを……」
その言葉に、ジャドラーが悔しそうに拳を握りしめるが、反論は許されない。
本国からの特使の言葉はすなわち皇王陛下の言葉そのもので、階級ではイビール将軍より下ではあるものの皇王直属というだけで将軍よりも立場上は格上の存在だ。
そんなバルハダーはマントを大きく翻し、声高に叫ぶ。
「生ぬるい侵略ごっこはここまでだ。我が名において命ずる……日本要塞化作戦を決行せよ!」