冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した 作:ゔぁいらす
「我が名において命ずる……日本要塞化計画を決行せよ!」
バルハダーの叫んだその言葉に部屋はしんと静まり返る。
日本要塞化計画?
バルハダーが出てきてすぐにそんな大それた作戦なんて立案されなかったはずだ。
もしかして俺のせいで事態が悪い方に動いてしまったのか?
それにしても東京23区の1つすら陥落させることが出来ていない現状で日本列島を侵略するどころか要塞にするなんてこと出来るとは思えない。
ここは意見した方が良いのか……?
いや、変に意見をして目をつけられるのは避けたい……
何せバルハダーの登場により幹部内のバランスが大きく乱れるからだ。
確かに彼はVXとも渡り合う程の実力者であり、幾度もVXを窮地に陥れることさえあった。
しかし彼は他種族の幹部たちを明らかに見下しているし、皇王直属であることを良いことに高圧的な言動や好き勝手にやったり他幹部の計画を邪魔したりという問題行動を繰り返して結果的にバルハダーのせいで計画が失敗するなんてことも思い返してみると少なくはなかった。
その上で他幹部への当たりも強く、組織の中では疎まれる存在になっていく。
だが妙にマルデュークには甘いところがあり、それもあってかバルハダーの登場で元より浮いていたマルデュークは組織内で更に孤立していくことになる。
つまるところこのまま彼を放っておけばマルデュークが破滅するさらなる要因になるということだ。
うーん……どうすれば……
俺が頭を悩ませていると
「待つのだバルハダー」
そう切り出したのはイビール将軍だった。
将軍も流石にその作戦が無茶だということは痛いほどわかっているだろう。
なにせ今の日本にはアポカリプス皇国の魔の手から幾度となく人々を守るシャドーVXが居るのだから。
「なんだ将軍、階級は貴様のほうが上とは言え皇王直属であるこのバルハダーに意見するのか? この我の言葉に異を唱える事は陛下の御意志に異を唱えるも同義と心得よ」
やっぱりそういうヤツだよなぁ……
まるでサラリーマン時代に居たグループ企業から出向してきた社員みたいだ。
現場の現状もロクに知らないで権威を振りかざして無茶な要求をふっかけてくるし、その上末端のお前らより俺のほうが立場は上だと言わんばかりに権威ばかりを振りかざしてくる。
思い出したら胃が痛くなってきた……
しかし将軍はそんな彼の脅しに屈することなく淡々と答えた。
「臣民に御心を砕かれている皇王陛下が計画の遅れに焦燥なさっておられる事も理解しておる。それも全ては我々の不徳のいたす所。それは詫びよう」
「ほう。自らの無能を認めるのか! それならば……」
勝ち誇ったバルハダーを遮るように将軍は更に続ける。
「しかし、だ。地球侵略最高指揮官の任を陛下より賜わっているのはこの私だ。陛下より解任の命が下っていない以上貴公の独断だけで指揮権を移譲することはできぬはずだが?」
「ぐっ……」
「それに、だ。貴公も聞き及んでいるだろう? VXの事も」
「VX……? フン! あんなものいくら我々に匹敵する力を持っていようとも所詮は取るに足らぬ原生民族の一匹に過ぎないではないか! そんな者一匹程度を何故そうも恐れる? 貴様ともあろうものが臆病風にでも吹かれたか?」
「恐れているのではない。現実を見ているのだ。現に我々は未だ日本の一都市すら完全に制圧できておらん。VXは我々の計画を幾度となく妨害しておる。その上一度の作戦に割くことの出来るリソースも限られておるのだ。この状態で日本全土を要塞化しようとすれば、結果として皇国の戦力を無駄に消耗させるだけだ。何より我々の目的は地球を第二の故郷とすること。原生民族を不用意に刺激し全面的な戦争となりこれ以上地球の環境が汚染されてしまえば元も子もない」
将軍の言葉にバルハダーの唇が歪む。
悔しげな沈黙が数秒続いた後、彼はようやく吐き捨てるように口を開いた。
「……まあ良い。しかしいつでも貴様に地球侵略の任を努められる能力がないと判断すればそれを皇王にお伝えした上で解任できる権限を私が持っている事を忘れるな。私は貴様にその能力がないことを直に見定めるためここまで赴いたのだからな!」
バルハダーはそう吐き捨てたが、それはほぼ負け惜しみの捨て台詞に他ならなかった。
「しかしだバルハダー。貴公の言う通り地球に前線基地すら十分に用意できていない現状は確かに問題であることに間違いはない。拠点の確保は必要不可欠だろう。であればひとまず四国を標的にするのはどうか? マルデュークの報告書によればあの地は本州とは隔絶されておりVXの守りも相対的に手薄だ。計画の目標を日本全土から四国に変更し、そこを我々の侵略の足がかりとするのはどうか」
将軍の言葉にバルハダーの唇がさらに歪み、少し拗ねたように彼はようやく頷いた。
そして……
「……ふん。まあ、いいだろう。では我が名において命ずる……四国要塞化計画を決行せよ!」
彼は再び尊大な口調でそう言って見栄を切って見せる。
俺はその言葉に聞き覚えがあった。
「シャドーVX」でバルハダーがアポカリス要塞にやってきて放った第一声がこの言葉だったのだ。
中盤に四国を舞台にしたエピソードがあった。
だがそれは恐らく初めから四国を標的にしたものではなく、将軍から提示された妥協案だったのだろう。
俺は思わず、イビール将軍の鉄仮面をちらりと見上げる。
VXの作中では描かれなかった
現場の実情をきちんと把握した上で上層部の無茶な要求を真正面から押し返した上フォローもしつつ具体的な妥協案まで引き出す将軍の手腕と器量に俺は感服していた。
サラリーマン時代の上司たちとは大違いだ。
あんな理不尽な出向社員みたいなヤツにここまで堂々と意見できる人なんて、前世では見たことがない。
こんないい上司に巡り合ったのは初めてだし、出来ることなら一生ついていきたい……けどそうもいかないよな。
と俺は内心で毒づく。
将軍……いやアポカリプス皇国が進めようとしているのは俺のかつての母星である地球を侵略する計画だ。
いくらテレビで見ている時は敵として描かれるだけだった彼らの内情や尊敬できる所を知ったとしてもアポカリプス皇国のやろうとしている事は侵略以外の何物でもない。
いくら全ての計画をVXがことごとく阻止してくれるという信頼感があるとは言え、その侵略計画に片足を突っ込んでいる俺も同罪と言えば同罪だ。
だからこそ俺も早い所将軍のように地球とアポカリプス星どちらにとってもベターな妥協案を見つけ出さなくてはならない。
俺が考え事をしている間にも将軍とバルハダーの会話は続いていて
「結果が伴わなければ容赦はせんぞ」
「承知した。我々にも地球侵略の任を拝命した以上は意地がある。次こそは陛下へ吉報をお届けしてみせよう。良いか貴様たち! 皇王陛下へ次こそは良い知らせをもたらすのだ!!」
将軍の声に、3幹部たちは深く頷く。
俺も釣られてその場で深々と将軍に跪いた。
そして、次の会議までにそれぞれの幹部へ四国要塞化計画用の作戦を立案するという議決が出てこの日の会議は終わった。
将軍や他の幹部たちがぞろぞろと自分たちの区画へと戻っていき、部屋には俺とバルハダーだけになると
「マルデュークよ、私の部屋まで要塞の案内を頼めないか? 貴様が統治する区画と兵たちの状況を見ておきたいのだ」
と、彼は先程までの尊大な口調とは打って変わって柔らかな口調でそう言った。
「へっ!?」
まずい……これは下手を打って幹部としての素養が無いと判断されれば俺の首が飛ぶのでは……!?
しかし嫌ですとも言えないしバルハダー一人で行かせれば弁解のチャンスさえ失ってしまう。
それなら俺に拒否権なんて無いじゃないか……
「え、ええ。承知しましたわ。それではこちらへ……」
絶対にボロを出してはいけないと俺は心の中で何度も自分に言い聞かせ、努めて平静を装いながらバルハダーを先導して廊下を歩き始めた。
背後から彼の視線を感じてどうも落ち着かない。
さっきまでの尊大な口調が柔らかくなった分、逆に何か別の意図があるんじゃないかと疑ってしまう。
やがてラウンジに差しかかった時。
戦闘員たちが休憩時間らしくテーブルを囲んで談笑しているのが見えた。
俺が先日地球で調達した菓子や飲み物を前に、比較的穏やかな表情を浮かべている。
それを見たバルハダーの足が止まり
「……なんなのだあれは」
とイビール将軍と話していたときのような冷淡な口調と視線で戦闘員たちを睨みつけた。
「戦場に赴くべき兵士の分際であろうことかマルデュークに与えたラウンジを我が物顔で占拠するとは何事か! 見せしめに一人二人の首を取って……!」
そう言って腰のサーベルを引き抜こうとするバルハダーの前に俺は立ちふさがる。
「お、お待ちくださいバルハダー様!! これは私の判断にございます!!」
「ほう……? 詳しく聞かせてもらおうかマルデューク」
彼の視線がラウンジでくつろぐ戦闘員からこちらに移り、俺はまるでヘビに睨まれたカエルの様に固まってしまう。
しかしここで俺が戦闘員たちを守らなければ彼らは間違いなく見せしめに粛清されてしまうだろう。
部下を守る事も上司の努めだ……
イビール将軍が無茶な要求から俺達4幹部を守ってくれたように俺も戦闘員たちを守らないと……
俺はそう自分を奮い立たせ震えをこらえて口を開く。
「戦闘員たちも連戦続きで疲労が溜まっています。適度な休息を与えなければ、かえって戦闘効率が落ちてしまうのです。必要な補給と休息は作戦成功のために不可欠で、そのためにラウンジの使用をこのマルデュークめが許可しました。 何せこのラウンジを一人で使うには些かこの私めにとっては広すぎるので……へ……へへへ……」
あまりの緊張から変な笑いが出てしまったが、そんな俺をバルハダーがじっと見つめてきた。
マズい……!
もしかして怒らせちゃったか?
「す……すみません……ここここの責任はすべてわたしにあります……叱責や処罰についてはこの私めに……」
俺は半泣きになりながらそんな事を言って許しを請うていた。
しかし彼の表情からは怒りの色が消えていて……
「……貴様の判断……か」
彼はゆっくりと頷くとサーベルを抜こうとする手を収めた。
「へっ?」
「ならば良い。貴公が現場を把握しているのだろう。兵士の状態を第一に考えるのは指揮官として当然の事だ。貴様も一兵士にも心を配る事ができるようになったのだな」
あまりにも拍子抜けするほどあっさりと事態は収まった。
先ほどのイビール将軍とのやり取りといい「シャドーVX」での傍若無人な態度といい、もっと現場を無視して権威を振りかざすタイプだと思っていたのに思っていたよりもやけに物分かりが良い。
もちろん油断はできないが、少なくとも今のところは最悪の展開にはなっていないようだった。
「あ……ありがとうございます……」
そしてバルハダーが食事をとりたいというのでラウンジ奥の個室で二人で食事をしたが、最早料理の見た目がどうとか気にする暇もなく、味すらロクにしなかった。
「ではそろそろお部屋の方へ……」
食事を済ませて個室を出た俺達は再び歩き出し、バルハダーの部屋が用意されている区画へと案内を再開した。
彼のための客室は、ゲニージュ区画の中でも特に格式高い一室が用意されている。
廊下を曲がってその扉の前に到着したところで俺は小さく息を吐く。
なんとかここまで無事に来れた……。
このままさっさと帰れたら最高なんだけど……
「こちらがバルハダー様のお部屋でございます。アポカリプス皇国からはるばるここまで来られてお疲れでしょう? 本日はごゆっくりお休みくださいませ。それでは私は……」
そして逃げるようにその場を立ち去ろうとしたその瞬間
「待てマルデューク」
「はいぃっ!?」
バルハダーに呼び止められ俺は体を硬直させる。
「入れ。話がある」
「は、はい……」
なんだろう……?
俺なんかやっちゃった?
さっきのラウンジの件で説教でもされるのか?
それとも食事のマナーがなってなかったとか?
うう……早くここから逃げたい……
でもヘタを打ったら俺の首も飛びかねないし……
「そ、それでは……失礼します……」
拒否することもできず、俺は恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れた。
扉が背後で静かに閉まる音がした瞬間、空気が一変する。バルハダーはまずマントを脱ぎ捨て、次に黒い兜を外した。
端正な顔立ちが露わになったその瞬間……
「まるちゅわ〜ん! 会いたかったよぉ〜!! ちゅっちゅ〜」
「うおっ!?」
突然猫なで声のバルハダー背後から抱きついてきた。
さっきまでの冷徹な面影は微塵もなく、甘い声を上げて俺の腰に腕を回して密着してくる。「僕、ずっと待ってたんだよ? まるちゅあんが地球に行ってから、毎日毎日会いたくて仕方なくって……」
「は……? はあっ!?」
な、何だコイツ……!?
さっきまでの冷徹な口調が嘘のように気持ち悪い口調で顔を俺の肩に擦り寄せ、頰を擦りつけてきて俺の脳内が真っ白になる。
「はぁ……やっぱりまるちゅぁんはいい匂いだなぁ……」
「ひっ……! ちょ……ちょっと……おやめくださいバルハダー様……!」
俺は必死に体を離そうとするが彼の腕力は想像以上に強く離れることができない。
しかも顔が近い。
香水か何かなんだろうか? 甘い……というか妙な匂いがして生理的な拒絶反応が湧き上がり背筋に悪寒が走る。
俺も体は
よかった……俺、心までは女になってなかったみたいだ……
ってそんな一安心してる場合じゃない!!
バルハダーは作中でこんなキモいキャラじゃなかったはずだぞ!?
一体どうなって……
これも俺が色々作中とは違うことをやってきた影響なのか……!?
そう考えている間にもバルハダーは俺の身体をいやらしく撫で回し顔を密着させて来ていて、気づけば俺の目は涙で潤んでいた。
「ちょ……近い……です……やめ……はうっ!」
知らない男に言い寄られるってこんなに気持ち悪かったんだ……
生前のセクハラ上司に露骨な嫌悪感を抱く女性社員達の気持ちが少しわかった気がした。
するとバルハダーは力を緩め、しゅんとした表情で俺を見つめてきて……
「まるちゅぁん、もしかして僕のこと嫌いになっちゃった?」
「あ……あの……それは一体どういう……?」
話が飲み込めず、俺は彼に尋ねる。
「だってぇ〜今日のまるちゅぁんずっとよそよそしいんだもん……僕達ぃ〜皆にはヒミツだけど婚約者でしょ?」
「えぇっ!?」
そんな設定見たことも聞いたこともない!
俺は大慌てでマルデュークとしての記憶を思い起こさせると薄っすらと彼の記憶が浮かび上がってきた。
それは本当に薄っすらとで
逆玉
とか
キモいけど成り上がるために利用する
とかそんなワードと嫌悪感が脳裏を過る程度だった。
どうやらマルデュークはバルハダーの立場を利用するためだけに近づいていたようで、気がつけば婚約者ということになっていたらしい。
しかしそれを公にするのは地球を侵略し終えてからという約束をしていた様で、そのせいで作中ではそういった描写がなかったんだろう。
しかしこれで他の幹部やイビール将軍には当たりの強い彼が妙にマルデュークにだけ甘かったのにも合点がいった。
「いつもは僕のこと呼び捨てなのに『バルハダー様』とか、かしこまった敬語ばっかり……それにいつもみたいにビリビリさせてくれないしぃ……」
「あ、あの……ビリビリって……?」
俺が思わず聞き返すと、バルハダーは頬をほんのり赤らめて、うっとりしたような目をする。
「僕がこうやって情熱的に君を求めるのを、手のひらからビリビリって電磁ムチで止めてくれるやつだよ〜 なんだか今日のまるちゅぁんはよそよそしいけどいつもよりずっと触らせてくれるからさぁ……」
バルハダーが俺の右手をそっと掴み頰に押し当てると掌がじんわりと熱を帯びているのに気づく。
マルデュークとしての身体が無意識に電磁ムチを放つための力を集め始めていたのだ。
いくら成り上がりのために利用して近づいたとはいえあのマルデュークがこんな所業を耐えられるはずがない。
こんな濃厚なスキンシップを受け続けられてさすがの彼女も堪忍袋の緒が切れ、思わず電磁ムチが出てしまったのだろう。
その光景が容易に想像できた。
それにしてもいくらバルハダーがマルデュークに骨抜きにされているとしても立場が遥かに上である皇王直属のバルハダーをぶっ叩いて無事で済む訳がない。
マルデュークは一体これまでどうしてたんだ……?
「し、しかし……私がバルハダー様を殴打するなど……」
「うんっ! あんなに強く叩かれたの初めてで痛いのに気持ち良かったの! まるちゅぁんに叱られると、なんだか頭が真っ白になって……ふふっ」
バルハダーは頬をぽっと赤くして小さく笑った。
こいつドMかよ!!
俺は内心で絶叫する。
冷徹で高圧的な皇王直属の新幹部が実はマルデュークにデレデレの甘えん坊でドMだったなんてなんかショックだ。
多分マルデューク本人も勢いでムチを出した時は生きた心地はしなかっただろう。
しかしそれが逆にいい方向に作用して今の関係に至る……という訳かと俺は自分の中で少し納得した。
それにしてもバルハダーという新たな脅威となりうる存在が現れたと思ったら別ベクトルですごくめんどくさいヤツだったなんて先が思いやられるなぁ……
俺は内心肩をがっくりと落としたが同時に頭の片隅で邪悪な思惑が浮かぶ。
いや……この状況、上手く使えば現状を打破するチャンスなのでは?
原作では全くと言っていいほど描かれなかった二人の関係。
皇王直属の彼がここまで
しかしそれは同時に皇王に近いものに素性を知られてしまうリスクも遥かに増大する事を意味している。
……それでもこのチャンスを使わない手はない。
俺は中身はこんなでも一応の立場は悪の女幹部だ。
彼には悪いけどこの立場と美貌を使って男の一人や二人手玉に取って上手く自分の都合のいいように使ってやる。
俺は深呼吸をして、わざとらしい微笑みを浮かべて彼を見つめる。
「ごめんなさい。アナタに会うのが久しぶりだから少し緊張してたの。ただでさえ作戦も失敗続きだったでしょう? それにこんな傷までつけられて……醜態をアナタに晒すのが恥ずかしくて……」
俺はそう言いながらシャドーによってできた腹の傷を扇動的な指使いでゆっくりと撫でてみせた。
次の瞬間、バルハダーの表情が一変した。
「そうだよ……その傷! シャドーVXに付けられたんだよね……!!」
彼は俺の手を掴むと、傷を凝視しながら声を震わせた。
冷徹だった准将の面影は完全に消え、瞳に怒りの色が宿る。
「許さない……絶対に許さない……! 原生民族の分際でまるちゅぁんを……! 僕のまるちゅぁんを傷つけるなんて……!」そう吐き捨てたかと思うと、急に肩を震わせ始めた。
「う……うう……!」
「ど、どうしたの!?」
次の瞬間、彼の目から大粒の涙が溢れ出た。
「 ごめんね……まるちゅぁん……! 僕が……僕が君を地球へ行かせるのを止めなかったせいで……こんな怪我までさせて……! 全部僕のせいだよ……! ううう……! もっと早く僕がちゃんと結婚しようって言ってれば……わざわざキミをこんな前線に向かわせなくても済んだのに」
バルハダーは俺の胸に顔を埋めて子供のように泣き出した。
自責の念が溢れ出ているのがわかる。
なんだ。
……結構いいところもあるじゃんなんて俺は内心でそう思った。
少なくとも、原作の冷酷な幹部像だけではない。
その純粋さは悪いものではなかった。
だが……それでもやはりキモさが勝ってしまう。
密着する体温、甘い声、涙で濡れた頰。
男性からこれほどまでに熱烈に、しかもこんな形で求められている現実が生理的な嫌悪感を増幅させていく。
多分マルデューク本人も武勲を上げて成り上がりたかっただけじゃなくコイツから逃げたくて地球侵略作戦部隊の参謀として立候補した所も少なからずあるんだろうな。
なんて恐らく初めて彼女に心底から同情した。
しかしこれはこの状況は十分利用できるのでは?
少なくともバルハダーからまだ聞き及んでいない情報をそれらしく聞き出せば今後を左右できる糸口が掴めるかもしれない。
正直まだ少し鳥肌が立っているが今後のことやアポカリプス星の今後に比べればこれくらいのこと……
俺は覚悟を決めてゆっくりと彼の頭に手をやった。
「……いいのよもう済んだことだもの。それにキズは残っちゃったけれど命が助かったからこうしてまたアナタと会えたのよ?」
俺はぎこちなく彼の頭を撫でながらできるだけ優しい口調で言う。
バルハダーはしばらく俺の胸に顔を埋めたまま嗚咽を繰り返していたが、徐々に落ち着きを取り戻していく。
俺は彼をソファに座らせ、隣に腰を下ろして話を続けることにする。
バルハダーはマルデュークと婚約はしているもののマルデュークが相当煙に巻いていたらしく、一応は地球侵略作戦が成功するまでは結婚もしないし公にもしないという約束になっているらしいこと。
本国では地球侵略の遅延に対する不満がかなり蓄積しており、他の前線部隊からの陰口も少なくないこと。
しかしアポカリプス星人自体地球人よりも遥かに長命であるため未だに本国にはそこまで焦りの色は無いこと。
皇王陛下自身は細かい進捗より結果のみを求めていること。
バルハダーがここまで来た真の理由はイビール将軍の解任権限を盾にしつつ実際にはマルデュークの安否を確認する事が本当の目的だったこと。
だから強い言葉を使いながらもイビール将軍を結局最後まで解任することが無かったことに合点がいった。
他の三幹部に対しては相変わらず見下しているが、マルデュークの言うことであればある程度は尊重するつもりであること。
そういった情報を甘える彼の話に相槌を打ちながら少しずつ引き出していく。
どれも「シャドーVX」のを見ていただけでは決して見えなかったアポカリプス皇国本国の生々しい事情ばかりだった。
一通り話を聞き終えた終えた俺はそろそろ切り上げようとその場でゆっくり立ち上がる。
「そろそろおいとまさせてもらうわ。アナタも疲れているでしょう? 長旅の後だもの。ゆっくり休んで。また明日。ね?」
「えっ……まるちゅぁんもう行っちゃうの? せっかく久しぶりに会えたのにぃ〜」
「ええ。アタシも地球侵略作戦を任されてる参謀としてまだやらなきゃいけないことが色々あるのよ。あんまり怠けてたらイビール将軍より先にアタシがクビにされちゃうわ」
「やだやだ〜そんなの下々の奴らにやらせとけばいいでしょ? それにまるちゅぁんの事は絶対にクビになんかしないしさせないからさぁ〜だからもうちょっとだけ……」
バルハダーは名残惜しそうに俺の手を握ってきて体に再び悪寒が走ったが、それをなんとかこらえ俺は優しくたしなめるようにそれを振りほどいた。
「今日はダーメ。アタシ達婚約はしたけれど地球をゲニージュのモノにするまではあくまでお友達で居ましょう? って言ったでしょ?」
「うん……わかったよ。おやすみ、まるちゅぁん」
「ええ。おやすみなさい」
彼が寂しげに答えるのを聞いて俺は速やかに部屋を出る。
扉が閉まった瞬間ドッと全身から力が抜けた。
「……はあ……」
壁に背中を預けたままその場にへたり込みそうになる。
マルデュークになってからこれまでのどんな苦境よりも精神をこの短時間ですり減らした気がする。
いくら
今後の彼のことを考えると頭痛がする。
……そうだ。
まずはこの事を協力者の想に伝えておかないと……
俺は重い体に力を入れて立ち上がり、想の居る独房へ向かって歩き出す。
「想君、ちょっと話があるんだけど……」
「ちょっと待ってください……はいっ! もう開けてくれても大丈夫です」
「お邪魔するね」
そんな彼の声を聞いて独房のロックを解除し足を踏み入れるとそこは最早様々な私物を買い込んだ快適な個室と化している。
大慌てで片付けたであろう形跡が見られるが地球で調達した漫画やゲーム、スナック菓子の袋が乱雑に積まれ、ベッドの上には読みかけの漫画雑誌が広げてあり、最早独房ではなく一見ただの引きこもり青年の部屋だ。
とは言えこんな広いとは言えない部屋で大人しくしてくれているんだからあまり文句は言えないよな……
少なくともこの光景はバルハダーには見せられないけど……
そんな事を考えていると想は俺の顔を心配そうに見つめてきた。
「マルデュークさん、顔色悪いですけどどうかしたんですか?」
「まあうん……色々あってさ……その相談も兼ねて来たわけなんだけど」
俺は彼の部屋の唯一まともな座椅子にどっかりと腰を下ろし、深く息を吐いた。
先程までボロが出ないようマルデュークを演じていた反動で、こうして気を使わず素の状態で話ができるこの状況を心地よくすら感じる。
そしてラウンジから持ってきた食事を彼に渡しつつ先程までの出来事を一通り彼に説明した。
「えぇっ!? 新たにアポカリプス星からやってきた冷酷無比な新幹部が実はマルデュークさんの婚約者でしかも変態だったって!?」
「ちょ……声がでかいよ想君!!」
「なんですかそれ……いや僕もあんまり人の事言えないですけど……」
「ごめん……俺も予想外のことが起こりすぎててまだちゃんと飲み込めてなくて……」
「ともかくマルデュークさんが昔見ていた『シャドーVX』ではそんな展開や設定はなかった……と」
「うん。でも展開や設定がなかったというより単にそういう描写がなかっただけで作中でも本当はそうだったって方が正しいのかも。あくまでシャドーVXが主役のヒーロー番組でアポカリプス皇国に密着したドキュメント番組じゃない訳だし逐一この要塞内の日常が描かれてた訳でもないし……実際本人も人目につく場所ではバレないように相当気は使ってたっぽいから。なにせソルダークネスじゃない想君の人となりだって『装甲騎士シャドー』ではほぼセリフのない回想くらいでしか出番がなかったから全然知らなかったからね」
「なるほど……というかそんなに出番少なかったんですねソルダークネスじゃない僕……」
想は納得しつつも少し複雑そうに笑った。
「でもその皇王直属の人がマルデュークさんにここまで弱いなら、上手く使えば現状を打開できるかもしれないじゃないですか。地球侵略計画だってある程度コントロールできるかもしれませんよ」
彼はあくまで好意的に捉えている様だ。
他人事だと思って……とも思ったが俺が伝えた情報の範囲内ではそれが自然な反応だろう。
「まあそうなんだけどさ……その前に伝えておかないといけないことがあって」
「なんです?」
「バルハダーはソルダークネスを目の敵にしてたんだよね」
「……僕を、ですか?」
「うん。所詮シャドーに負けた負け犬だとかなんとか言ってかなり敵視してた。今思えばソルダークネスをマルデュークが傍らに置ていた事にやきもちを焼いてたというか気に喰わなかったんだろうね」
「……なるほど。余計に身の振り方は考えないと……ってことですか」
「そうなるね。だから表立った動きは今まで以上に慎重にやらなきゃいけなくなるかも」
想は静かに頷く。
彼の瞳にはいつもの穏やかさとわずかな緊張が混じっていた。
「それに……さ」
俺はそこで言葉を止めた
本当はもっと伝えておかなければならないことがある。
このまま作中の通りに話が進んでしまえば、ソルダークネスは四国でバルハダーの策略によって死んでしまう。
シャドーVXと邪魔なソルダークネスを同時に打ち取るための罠。
ソルダークネス自身はそのことを知らされずに最終的に窮地に立たされたシャドーVXと人質にされた子供を助けるために命を落とす。
本来はそこで想の人格が蘇ったとか最後までソルダークネスのままだったとか役者の都合で死んでも元の姿に戻ることはなくソルダークネスのままだったとか色々とファンの間での語り草になっているけど今はそんな事どうでもいい。
このままでは近いうちに死んでしまうという事実を俺は口にできなかった。
ソルダークネスとして重ねてきた罪を悔いていた彼がようやく前を向き始めている。
そんな彼にその事を伝えれば瞬を助けるためならばと作中よりも率先して命を投げ売ってしまうかもしれないという一抹の不安が拭えされなかったからだ。
「いや……なんでもない。とりあえず、今日のところはバルハダーのこと伝えに来ただけだから。どう? 何か必要なものとかない?」
俺は話をはぐらかして他の話題に切り替えた。
「いえ。この間買い出しに行ったばかりなので当面の間は大丈夫だと思います。それにこの間買ってくださったメガジェネシスがすごく面白くて! ゲームって数年でこんなに進歩するんですね」
彼は目を輝かせてこの間地球に降りた時に買っていたゲーム機を見つめる。
「うん。もう少ししたらドラダンの4も出るしファミシスの後継機も出るからさ……」
「ほんとですか!? うわぁ……楽しみだなぁ……」
俺にとってはもう昔懐かしい過去を彼はこれから起こる未来として胸を躍らせている。
そんな彼にもう少ししたら君は死ぬなんてやはり言うことは出来なかった。
大丈夫。
本来VXに倒されるはずだったグラギムだってロミニアだって助けられたんだ。
俺が頑張ればソルダークネス……いや想君だって助けられるはずだ。
いや、なんとしてでも救ってみせる。
「想君」
「はい! なんですか?」
「ドラダン4。出たら絶対一緒に遊ぼうね」
「もちろんですよ! 出来ることならマルデュークさんが面白いって言ってた5と8もよければご一緒しますよ! ……って地球がどうなるかもわからない瀬戸際なのにそんな先の話わからないですよね ははは……」
彼の笑顔に俺の胸がきりきりと締め付けられる。
俺にとってこの世界は過去に物語として見ていた世界。
それでも彼にとっては紛れもなく今にほかならない。
せっかくその今を取り戻したんだ。
それを奪うことなんて誰にもさせるわけにはいかない。
「うんやろう」
「……えっ?」
「4も5も6も7も8も9も10も11もモンスターズもクリエイターズも移植もリメイクも全部!!! いやまだ出てないけど12も13もその先も!!!」
「えぇっ!? そんなに出てるんですか……というかいしょ……く? リメ……イク? なんですかそれ」
俺は思わず声を大きくしていて、想はきょとんとした顔で首を傾げている。
「とにかく今は大変だし良いことばっかりじゃないかもしれないけどまだまだこの先楽しいことがいっぱい待ってるから! だから絶対!」
俺の言葉に想は少し戸惑った様な顔をした後ふっと柔らかく微笑む。
「……はい。わかりました。こうして僕の意識を闇の中から連れ出してくれた。それなら乗りかかった船です。最後までお供させてもらいますよ。貴方が以前から知ってた僕とは随分違うかも知れませんけど陽黒想として……そしてソルダークネスとして」
「……ありがとう、想君。君にそう言ってもらえると誰よりもずっと心強いよ。よ〜し。それじゃあ俺ももう一仕事してこようかな。四国要塞化計画の洗い直し!」
俺はゆっくりと立ち上がり肩を回す。
まだ疲れは残っているけど先ほどまでの重苦しい感覚は少しだけ軽くなっていた。
「僕に協力できることなら何でも言ってください。それと無理はしすぎないようにしてくださいね」
「うん。また色々お願いすると思うから頼むよ。それに無理は前世で散々させられてきたからもう十分だよ。無理はしすぎない程度に頑張るつもりだから安心してて」
俺は気丈に振る舞い彼に笑い返して見せて部屋を出た。
鍵のかかる重い音がして、独房の扉を見つめて俺は想を絶対に死なせない事、そして彼と瞬との和解がテレビで見た通りの悲しい別れにならない事を心から誓う。
きっとこの四国要塞化作戦での立ち居振る舞いが今後を大きく左右することは間違いない。
その気になれば四国を本当にアポカリプス皇国の手に落とすことだって出来てしまうかもしれない。
そうはならないように、しかし作中と全く同じ結末にはさせないように。
そして新たに現れた不安材料バルハダーの存在。
眼の前には障壁が山積みだ。
しかし俺自身にもマルデュークとして目覚めてから多少の積み重ねはあるはずだ。
今こそその積み重ねが試されるときなのかもしれない。
「よし……やってやる」
俺は小さく呟き独房のある区画を後にするのだった。