冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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第六話 狭霧の暗殺者

 瞬のヒーローとしての裏側を見てしまいひょんなことから毎週会うことになってしまってから早一週間。

 ただでさえ中身が中年リーマンだというのにアポカリプス皇国の女幹部マルデュークとしてだけではなく、瞬を勇気づける謎の女性マリ子としての二重生活を送る羽目になってしまった。

 何だよこれ!! 

 そりゃ瞬と会って話ができる事自体に悪い気はしないけど悪の女幹部がヒーローと密会するなんてバレたら大問題どころじゃないぞ!? 

 と言ってもあれからまだ一度も瞬に会いには行っていないがあんな調子だと放っておいたらアポカリプス皇国が何かの間違いでVXを倒しちゃうかもしれないし気が気でない。

 更にとうとう順番が回ってきて今週はマルデュークの次なる作戦が実行に移される日だ。

 ああ……やっぱ女幹部も楽な仕事じゃないけど俺もできることはやらないと! 

 マルデュークの惨死を免れられれば自分の身の安全だけでなくアビガストだけでなく部下たちの運命すらも変えられるかもしれないのだから……

 図らずしもマリ子と名乗ったおかげで俺の知っている「装鋼騎士シャドーVX」の物語とは違う方向に話をすすめる事ができるかもしれない。

 そうと決まれば今週もVXを倒さない程度に悪の女幹部として悪事を働くとしよう! 

 こうして悪事を働けるのも良心が傷まないと言えば嘘になるけど瞬が絶対にその計画を阻止してくれるという安心感があるからこそだ。

「よ〜っし! 今週も無事故無災害で乗り切るぞ〜!」

 と気合を入れていると後ろから視線を感じる。

 振り返るとアビガストが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。  

「あ、あらアビガスト……おはよう……」

「はい。おはようございますマルデューク様、ご朝食の準備ができております。今日も私めが腕によりをかけてお作りいたしました」

 そう言ったアビガストは相変わらず声に抑揚もなく表情もあまり変わらなかったがフンと鼻息を上げどこか張り切っているように見える。

 これも少し前までは見られなかった事でいつも表情一つ変えず淡々とまるでロボットの様な女の子で俺が手を伸ばすたびに散々暴力を受けた故の反射なのか体をこわばらせる事も少なくなかった。

 しかし最近はそんな氷のような表情にどこか温かみを感じる様になっていて、それだけでなく体をこわばらせる事も少なくなった。

 これも俺がやったことが徐々に表れ始めているという事だと思いたい。

「わかったわ。いつもありがとねアビガスト。それじゃあ頂くわ」

 そうして今朝ももう見慣れたおどろおどろしい朝食をなんとか平らげる。

 アビガストが腕によりをかけてくれているからか日に日におどろおどろしさのスケールが増していっている気がするのだが味はその見た目に反比例するように毎度毎度悪くないのだが見た目と味のギャップがすごすぎて脳の理解が追いつかない。

 そうしてなんとかこれは美味しいものだと自分の脳を納得させながら朝食を終えた俺は最早手慣れた朝のルーティーンと化した化粧や髪の手入れを始めた。

 それにしてもこの髪長いし手入れが面倒なんだよな……

 風呂に入る時はちゃんと毛先まで洗わなきゃいけないし髪が湯船に浸からないように気を使わなきゃいけない。

 それに少しでも手入れをさぼろうものならすぐにゴワついてしまって格好が悪い。

 男の時なら多少髪がはねていても気にはしなかったが女幹部として戦闘員や他の幹部達に見られる手前、そういう訳にもいかないのだ。

 朝起きて寝起きのくたびれた顔を見ながら髭を剃るという面倒な作業は無くなったがそれ以上に朝にやることが多くなり時間と労力がかかっている。

 女の人って毎朝これなんだもんな……電車の中で化粧する気持ちもわからなくもない様な……

 アビガストには全部独りでやると意気込んではいたもののこれだけの作業を毎朝こなすのにはそこそこキツい。

 そこで俺はせめて髪の手入れだけでもアビガストに手伝ってもらえないかと尋ねてみた。

 すると

「髪……ですか? しかしマルデューク様……以前汚らわしい手で髪に触れるな……と」

 アビガストはそう伏目がちに言った。

 やっぱりそうかーッッ!! 

 どこまで酷い女なんだよマルデューク! 

 こんな可愛い子の手が汚いわけ無いだろ!! 

 通りでアビガストが全く俺の髪に触らない訳だよ!! 

 そんな事を言っていたなら尚更早くそんな事は撤回しなくては

「アビガスト……ごめんなさいねそんな事を言って……貴女は全然汚くなんてないわよ」

「し、しかし私は……身よりもなく貧民街で長らく過ごしていた身……そんな私めが貴女様のお美しい髪に触れるなど」

「自分で言っといてなんだけどそんな事気にしないで! なにせ毎日三食しっかり料理を作ってくれている貴女の手が汚いわけないじゃない! だから勝手だけどもう一回お願いさせて? アタシの髪を梳いてくれないかしら?」

「良いのですか?」

「もちろんよ! アタシなんかよりずっと女の人の髪のことは分かってるでしょうし」

「マルデューク様…… はいっ! このアビガスト……この命にかえてもやり遂げてみせます!」

「もうっ! そんなにかしこまらなくっても良いのよ? それじゃあお願いね」

 アビガスとは深く頷くと俺から櫛を受け取って髪を毛先まで優しく梳かしてくれる。

 ああなんか他人にこんな長い髪を梳かされるなんて今までにない経験だしドキドキするな……

 鏡に写ったマルデュークは少し挙動不審になっていたがアビガストはそんな事も気にせず真面目にそして必死に俺の髪を整えていく。

 その手さばきはさすがというかまるで頭を撫でられているように心地の良いもので……

「はぁっ……マルデューク様の髪を私が……なんてしなやかでお美しい……それにいい匂いも…………こほん…………いかが……でしょうか?」

「うん! 気持ちいいわアビガスト。 明日からもずっとお願いしても良い?」

「私が……ですか?」

「ええ。前にアナタはアタシしか居ないって言ってたわよね? アタシにだってアビガストしかメイドは居ないんだから!」

「私……だけ…… 私だけ……」

 アビガストはその言葉を噛みしめる様につぶやきながら最後の仕上げをしてくれた。

 

「はい……出来上がりました。 いかが……でしょうか?」

 仕上がった髪はいつも以上に艷やかに見えた。

 そりゃ見えもしない後ろを手探りで櫛で梳かすより他の人にやってもらったほうが綺麗にまとまるよな……

「ありがとねアビガスト。それじゃあ今日も行ってくるわ!」

「はい。行ってらっしゃいませマルデューク様。 今夜もご夕食を用意してお待ちしておりますので」

 そう言ってアビガストは俺を見送ってくれて、いつもよりしっかり決まった髪をなびかせながら今日も幹部同士の会議へと向かう。

 

 今日はアビガストの手伝いもあってか初めて部屋に一番乗りでついた。

 いつもの厳つい顔ぶれが居ないとそこは不気味なくらい静かでおどろおどろしいデザインのオブジェと変に近未来感のある機械が並べられた異様な空間だ。(いや幹部たちが居ても十分異様な空間ではあるんだけど……)

 そうこうしているとヴェアルガル区画に通じる扉が開き

「……おや? 今朝はマルデュークに先を越されたか。 しかし貴様がこうも早くやって来るなど明日は雨でも降るのではないか?」

 ドスチーフがそんな皮肉を投げかけ自分の席に腰を下ろす。

 それからしばらくしてドシドシと足音を響かせジャドラーがやってくると俺を見て驚いたような表情を浮かべた後少しつまらなそうにため息をついた。

 そして会議の時間丁度にヘルゴラムが現れる。

『おやおや皆さんお揃いで。 毎度毎度お早い到着ですね。 私は正確に時間を刻んでいるのでそんな非効率な事をしなくても定刻丁度にここに来られますがやはりあなた方はそうも行かないようで なんと不便で非効率な生物なのでしょうか……』

 いつものようにヘルゴラムはそう言って自らが最も完璧なのだと言わんばかりに俺たちを見下してくる。

 そんなヘルゴラムにジャドラーやドスチーフが反応して声を荒げるとそれを諌めるようにイビール将軍が現れるというのがお決まりだ。

 そして今週の作戦担当である俺が今回の作戦を発表する。

 今回の作戦は瞬のやさしさに漬け込んだもので、アポカリプス皇国から逃げ出してきたと偽って刺客を瞬の元に送り込みその隙を突き暗殺するというものだ。

 そして転送装置が怪しい光を放ち、そこから現れたのは地球人と寸分違わぬ青年で、転送が完了するやいなや俺の前に跪いた

「狭霧のジン……招集に応じ馳せ参じました」

 良い声で言ったその青年こそ狭霧のジンである。

 彼は瞬を倒すために差し向けられた刺客であり、狭霧流という拳法の使い手であり何度もアポカリプス皇国を脅かす者たちの暗殺に成功してきた名うての暗殺者だ。

 そんなジンは刺客として差し向けられるのだが本心では捨て駒のように扱われ、マルデュークにも見捨てられた所を瞬と触れ合う事で最終的にアポカリプス皇国と袂を分かち、瞬の心強い相棒として第二の人生を歩みはじめるというのが本来の筋書きである。

 この作戦が本来の筋書き通りに進めば孤独に戦いを続けるVXの味方としてだけでなく、裏であそこまでうなだれている瞬の心の支えになってくれるに違いないしターゲットを瞬に絞った作戦だから被害も最小限で済む! 

 これなら今回は俺の知っている通りに進めればきっと上手くいくはずだ。

 そのためにはジンをアポカリプス皇国から離反させる原因を作らなければいけない。

 その原因とは瞬との交流による心境の変化はもちろんのこともし作戦が失敗した時に瞬諸共自爆する爆弾を仕掛けられていた彼が本当に組織から信頼されているのかと瞬に問われて心がゆらぎ、最終的にVXの力で爆弾のみを破壊されたおかげで晴れて自由の身となる。

 そして敵であり騙していた自分を助けた瞬に感銘を受けアポカリプス皇国を離反するというものであった。

 心苦しいがジンにはアポカリプス皇国を裏切ってもらわなければ瞬側に大きな戦力低下を引き起こす事になる訳でこの作戦だけは筋書き通りにやらなければ……

 そう決意を固め、その日の会議が終了し、ジンとともにゲニージュの区画へ戻る最中

「マルデューク様、少々よろしいでしょうか?」

 突然ジンは立ち止まりそう声をかけてきた。

 ど、どうしよう……

 アポカリプス皇国に対する不信感とか不満を抱かせないといけないわけだし

 ひとまず冷たくしなきゃいけないよな……? 

 でも初対面の部下にキツく当たったり無視したりするとさすがに可哀想だし……

「な、なにかしら?」

 俺は結局普通に返事をしてしまった。

「マルデューク様にお会いできて光栄です! 俺、必ずこの作戦を成功させてみせます……! 身寄りのない俺を一流の暗殺者に育て上げてくれた皇国に報いなければいけませんからね!」

 そう真っ直ぐな瞳で向き直って俺を見つめてきた。

 ああっ……そんな目で見られたらこれから裏切らせなきゃいけないのにそれができなくなっちゃうだろ……!! 

「そ、そう……頑張ってね」

 俺はそんな熱い瞳から目をそらしつつそう答えるしかなかった。

 そしてラウンジに差し掛かると非番の戦闘員達が自由時間を楽しんでおり、その光景を見たジンは目を丸くしていた。

「マルデューク様……一体この有様は……」

 グラギムも始めは驚いていたし余程想像と違ったのだろう。

 ま、実際ここも俺の記憶が目覚めてすぐは誰も居ないマルデューク専用の寂しいラウンジだった訳だし……

「折角頑張ってくれてるんだからこれくらいの事はしてあげないとね」

「良いのでしょうか……?」

「ええ。もちろんジンも自由に使ってくれて良いのよ?」

「なんと! マルデューク様……話に聞くよりずっとお優しいお方だ…… そんな御方の下で直々に働けるなどなんという幸せでしょうか! それに生で見るとなおにお美しいですし……」

 ああやめろやめろ!! 

 そんな羨望の眼差しで俺を見ないでくれ!! 

 サラリーマンやってた頃は毎年できの良い新人が入ってくるたびにオドオドしてたくらいなのにそんな俺をここまで慕ってくれる可愛い部下に危ないことなんかさせたくなくなっちゃうじゃないか!! 

 逆にここまで慕ってくれてるジンを裏切らせるってマルデュークと皇国は一体何をやらかしたんだよ……

 いや、そこは瞬の人柄に惚れたって事にしておこう……

 そんな会話をしているとどこからか視線を感じ、その方に目をやると戦闘員が何か言いたげな様子でこちらを見ていた。

 あの戦闘員はたしかこの間俺が転んだのをこっそり見てた戦闘員だったような……

「どうしたのかしら? なにか用事?」

 そんな戦闘員に声をかけると彼はビクりと体を硬直させ気をつけをする

「は、はい……! 自分はその……ジン殿にあこがれおりまして……こうしてお目にかかれてとても嬉しく存じておりまして……」

 戦闘員は緊張しているのか声をところどころ裏返しながらそう言った。

 やっぱり二つ名が付いてるくらいだから戦闘員達の間でも有名だったんだなぁ……

 そんな事を思っているとその戦闘員の方にジンがてくてくと歩いていき……

「おっ、俺のファン? 嬉しいね。こんな汚れ仕事ばっかりやってる俺にファンが付くなんて光栄だよ」

「は、はい……! ご活躍は聞かせて頂いておりますっ!」

「そんなかしこまらなくても大丈夫だって!」

「それで……その……こちらにサインと握手を……」

 そう言って戦闘員は色紙みたいなものと変わったデザインの筆記用具をジンに差し出す。

 アポカリプス皇国にもそういう文化はあるんだな……

 それにしてもジン良いやつすぎるだろ!! 

 声も良いし確かに瞬を支える三枚目なコミックリリーフっぽい立ち回りではあったけどこっちに居るときからずっとこんな感じだったの!? 

「あーはいはい。応援ありがとね。 それで名前は……?」

「マガーと申しますっ!」

「はいはいマガーくんねっと…… はいどうぞ! 大事にしなよ〜こういう仕事やってる手前いつ死んじゃうかわかんないからさ」

 ジンはそう言いながら差し出されたものにすらすらとサインを書いて戦闘員に手渡し、気前よく握手にも応じた。

「は、はいッ! ありがとうございますッ!! 一生大事にします!!」

 そう言うと戦闘員は足取りを軽くして走り去ってしまった。

「いやぁ……やっぱ良いっすね応援されるって……こんな俺でもなんだかヒーローになれたみたいだ」

 そう爽やかな顔で戦闘員を見送るジン。

 こんな好青年にどうやってアポカリプス皇国を裏切らせろと……? 

「ね、ねえジン……くん? アナタっていつもそんな感じなの?」

「え、ええそうっすよ。暗殺者なんてやってる手前暗そうだとか寡黙そうだとか言われるんスけど俺みたいな身寄りのない最下層はこれくらいできないとここまで上がってこれないですもん。もしかして予想と違ってて驚きました?」

 そう自嘲気味に笑うジンを見てもうこんな子に何故あんな命令を下さなければならないのかという母性……いや老婆心のようなものさえ感じてしまう……ってアタシは母親でも老婆でもないっ……じゃなかったまずそれ以前に男なんだけど……

 そうこうしているうちにサインを貰った戦闘員の話を聞きつけたのか戦闘員達がわらわらと集まってきて今回も戦闘員主導で歓迎会が開かれることになった。

 最早当初の予定など忘れ、戦闘員達の熱意に押される形で俺はそんな歓迎会に許可を出し参加していた。

 

 そしてラウンジには戦闘員達が集まりジンの歓迎会が始まってしまい、ジンの隣で乾杯の音頭をとったのはグラギムで、二人が話しているのを俺は後ろから眺めていた。

「いやはやこのグラギム……狭霧のジン殿とお会いできる日がこようとは……!」

「もしかしてそういうあんたは騎士団のグラギムさん!? いやぁほんとに生きてたんすねぇ〜やっぱり華々しい騎士様は違うなぁ……」

「いやいやそんなものではないですよ。全ては私を信じてくれたマルデューク様……そしてここで死ぬわけには行かないという執念と医療部門の方々の尽力で拾われた命ですから」

「騎士団ってもっとプライドの高い奴らの集まりかと思ってましたけどグラギムさん意外と謙虚なんですね……」

「ああ。もう武器も鎧も憎きVXに破壊されてしまい騎士団と名乗るのもおこがましいくらいですが傲慢さは自らの足を掬いますからな」

「いやぁほんとに〜かっこいいなぁ…… 実は俺も最初は騎士団志望だったんすけどね……?」

「……ああそうか……貴殿は身よりも無い身でしたか……実力よりも血族の気高さが優先されるというのも考えものですな…… 騎士団に所属していた私が言うのもおこがましい話ですが……」

「いえいえ気にしないでくださいよ! 今の仕事も悪くないっすよ? 俺を応援してくれてる子もいるみたいですし……今の仕事に不平不満ばっか言ってるとその子に顔向けできなくなっちゃいますから」

「なんと……よくできた御方だ。これからも共にアポカリプス皇国のより良き未来と民の安息の為頑張りましょう! グニア・アポカリプス!!」

 そう言うとグラギムとジンは熱い握手を交わし、戦闘員達が大いに湧き上がった。

 本当にここは悪の組織なのか……? 

 いや……悪の組織というよりは一つの国家だしこっちにはこっちの正義もあるんだよな……

 って駄目だ! ついアポカリプス皇国の方についちゃうところだった。

 いくら母星が滅びかけてるからって他の星に住む人達を根絶やしにして第二の故郷にするなんて絶対に正しくないはずだ。

 でもこのままじゃアポカリプス皇国は滅ぶだけ……

 そんな未来どうやって変えていけば良いんだ……? 

 そう考え込んでいると

「マルデューク様! いかがされましたか浮かないお顔をされて…… 折角のお綺麗な顔が台無しだ。 今日は我々の新たなる友の着任祝いなのですからささ……どうぞ……」

 グラギムが気を使ってくれたのかお酒を注いでくれたのだがその心配りに尚更心が痛むのだった。

「装鋼騎士シャドーVX」では悪い部分ばかり切り取られていたけれどここに居るみんなも本当の目的は母星の同胞を救うことなんだよな……

 和気藹々と歓迎会を楽しむグラギムやジン、それに戦闘員たちを見ているとそんな事を痛いほど感じてしまった。

 

 そんな歓迎会も終りを迎え、俺は一人トボトボと静かな廊下を歩いて自室へ戻ると

「おかえりなさいませマルデューク様…… お召し物お持ちいたします」

 アビガストが俺を出迎えてくれた。

 彼女に羽織っていたマントを手渡し、俺はそのままベッドに倒れ込むと

「本日も大変お疲れさまでした。 お風呂の準備も済ませてあります。 お疲れでしたら先にマッサージを致しましょうか?」

 アビガストは続けてそう尋ねてきた。

「え? う、うん……それじゃあお願いしよう……かしら」

 俺はベッドにうつ伏せになるとアビガストは一声かけてから俺の背中に優しく手が触れた。

「んっ……」

 回を重ねるごとに彼女のマッサージの腕が上がっていくのを身を以て感じ、指先で背中を撫でられるだけで体の芯まで凝りをほぐしていくような感覚に俺は思わず声を漏らしてしまう。

 まるで彼女の指先から俺を心の底から癒そうという気持ちがそのまま伝わってくるかのようだった。

 アビガストの手付きに身を委ねる様に俺の意識はそのままゆっくりと優しいまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

「おい! 立って居眠りするとはいい度胸だな!!」

 そんな声で俺は目を覚ますとそこは勤めていた会社で目の前にはいつも怒鳴ってくる上司が椅子にふんぞり返って鬼の形相でこちらを睨みつけていた。

 あれ……? 俺何してたんだっけ? 

 あっ、そうだ。

 納期が昨日までの案件が間に合わなかったんだっけ……

「申し訳ありませんでした」

 俺は最早反射的に頭を下げる。

「これで何度目だ!? ええ? 頭に栄養が行ってないんじゃないか?」

 上司の怒り方がいつもと違う様に感じた。

 すると上司はおもむろに俺の胸ぐらに手を伸ばしたかと思うと俺の胸をぎゅっと掴んできた

「ふわぁぁっ! な、何するんですか!?」

「栄養が全部こっちに行ってんだろ……? ええ?」

 そのまま上司は俺の胸をむにむにと揉んでくる

「ちょっ……男の胸なんて揉んでなんのつもりですか……?」

「はぁ……男ぉ? そんなエロい身体して男な訳ないだろうが!」

「えっ!?」

 ふと顔を下に向けると上司の指が膨らんだ俺の胸にめり込んでいて、顔を横に向けるとガラスに反射した鏡像にはサイズの合っていない男物のスーツを着た赤い髪の女性の胸を上司が揉んでいる姿が映っていた。

 もしかしてこれって俺……!? 

 確かにガラスに映った赤い髪の女性は驚いた顔でこちらを見つめていて、その間にも上司はそんな女性の胸を揉み、俺の胸にも触れられている感覚がたしかにあった。

「ちょっ……やめ……あんっ♡」

 俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。

 その声は妙に甲高くまるで女のようだった。

「ほんと仕事はできないくせにそんなエロい身体しやがって…… 仕事をミスした罰だ。ちょっと触るくらい良いだろう……? 減るもんじゃないんだからなぁ…」

上司がそう大義名分を得たようにニヤニヤといやらしい目で見つめて更に激しく俺の体を弄り倒してくる。

「あっ……ひぅっ♡や……やめて……くださ……やんっ♡俺ほんとに男なんですってば!」

そのくすぐったいやら気持ち悪いやら怖いやら様々な感情が入り乱れる中、俺は自分が男だと甲高い声で言うくらいしかできなかった。

「何が男だこの野郎…… どう見たって女じゃないか。変な意地張るのは辞めたらどうだ?」

 更に上司は俺のズボンを下ろし、トランクス越しに尻と太股を撫でてきた。

「や……やめろぉ……!」

「なんだよそんな可愛らしい声出して…… そうだ。一発ヤらせてくれたら秘書にしてやるぞ……ぐへへ……嬉しいだろ? なんせこんなエロい身体してんだからどうせ私生活でも淫乱なんだろ?え?」

「ち……ちが……俺は……俺は…………」

 

「俺は男だぁぁぁっ!」

 

 そう声を上げるとぼやける視界には禍々しい色をした天井が広がっている。

 ああ何だ……夢か……

 未だに上司に叱られてる夢はよく見るけどとうとう夢の中でも俺、マルデュークになってたな……

 それにあの上司……セクハラしてるのを揉み消してるって噂があったけどまさか俺がその被害を受ける夢を見る事なんて我ながら酷い夢を見たもんだ……

 あんなのが居るんだから人類を根絶やしにしても……

 ってそんな個人的な感情と私怨で関係ない人たちを巻き込むわけにも行かないか……

 それにしても夢の中でまで上司にされたい放題ってどうなんだよ……折角夢の中でもマルデュークになってたんだから一発ぶん殴ってやるくらいはしても良かっただろうに情けないなぁ……

 自嘲気味にため息をつきながら目をこすった腕を見ると腕には化粧がこびりついている。

「やば……またメイク落とさずに寝ちゃった…… 早く落とさなきゃ……それにシャワーも浴びて髪も……」

 そう自然に思う辺り既に女としての生活が徐々に板についてきてしまっている自分がさっき見た夢のせいもあって怖くなる。

「はぁ……本当に俺……これからどうすりゃいいんだろ……」

 そんな時ふと身体に重さを感じ、その重さの方へ目をやるとアビガストが床に膝を付き俺の腹の上に頭と腕を置いて突っ伏すようにして眠っていた。

 腹の上に重いもが乗ってると悪夢を見るって聞いたことあるけどホントだったのか……

「あ……アビガスト!? さっきの寝言とか聞かれてない……よな? おーい……アビガストさーん……?」

 恐る恐るそんな彼女に小声で声をかけてみるがすうすうと寝息を立てて熟睡をしているようでほっと胸を撫で下ろした。

 すると

「むにゃ……」

 アビガストが口を開き─

「マルデュークさまぁ……お慕いして……おりま……」

 そんな寝言をポツリと呟いていた。

「アビガスト……」

 可愛らしい寝顔と寝言に俺は胸をときめかせ、恐る恐る彼女の頭に手を伸ばす。

 これくらいは……良いよね? セクハラじゃないよね……? 

 先程の夢もあってか少し心配になりながら俺は彼女の頭を優しく撫でるとアビガストはほんの少し笑みを浮かべたような気がした。

 アビガストの見てる夢の中でも優しいマルデュークだったら良いな……

 この胸の高鳴りは男としての欲望なのか……それとも女としての母性みたいなものなのか……

 そんな事はわからなかったがただただ俺のために精一杯尽くしてくれる彼女が愛おしくてたまらなかった。

 俺は気持ちよさそうに寝息を吐くアビガストを起こさないようにしてゆっくりとベッドを降りて彼女に布団をかけてやり、面倒な女としての寝る前のルーチンワークを慣れた手付きで全てこなして再びアビガストの隣で眠りについた。

 

 次の日、アビガストは居眠りしてしまっていたことを怯えながら謝ってきたがそんな彼女を優しくなだめた。

 あんなかわいい寝顔が見れたんだから怒るなんてとんでもない! 

「アビガスト? アタシのために頑張ってくれるのは嬉しいけれど疲れたらしっかり休養をとるのよ? アナタが体調を崩したらアタシも心配しちゃうから」

「はい…… マルデューク様がそうおっしゃるなら今後は一層健康管理に気を配ります」

「そんなに気を詰めないの! 疲れた時は疲れたって言ってくれていいからね?」

「……はい。 お気遣いしていただきありがとうございます……!」

「それじゃあ今日も行ってくるわ!」

「はい。行ってらっしゃいませ。マルデューク様」

 こうしてアビガストに見送られ、その日も悪の女幹部マルデュークとしての一日が始まった。

 

 今回は時間をかけて瞬に付け入る作戦の為、ジンが地球へと送り込まれる日だ。

 その際に戦闘員と共にジンを転送し、まるで戦闘員に追われて逃げてきたかのように瞬に見せつけるのだ。

 そして転送装置の前で今回作戦に参加する戦闘員とジンを見送るため俺も装置の前までやってきていた。

「それじゃあ頑張ってね」

「はい。我々の安息を邪魔するVXとやらを必ずや暗殺しアポカリプス皇国の障壁を取り除いてみせます!」

 ジンは笑顔で得意気に語り戦闘員達と共に地球へ転送されていった。

 どうしよう……本当に大丈夫かな……? 

 もし何かの手違いで本当に瞬が殺されたりしたら……

 そんな不安が俺の胸をよぎるがそこからはテレビで見た通りに瞬とジンは出会い、行動を共にし始めた。

 その時ふと俺は思い出す。

 しまった! 

 ジンに爆弾を仕掛けるのを忘れてた!! 

 アレがないとジンに不信感を抱かせられないじゃないか!! 

 あわわわわ……どうしよう……! このままじゃあと一週間もしないうちに瞬が殺されちゃうかもしれない……!! 

 原作にはなかった自分のしでかしたミスがどう転ぶか分からない俺は気が気ではなくジンと瞬の動向を祈るように部屋に置かれた水晶で監視し続けた

 そんな心配はよそに時にはジンが車に惹かれそうな子供を助けたり、瞬と語り合ったりと彼らは物語の筋書きに沿って徐々に親交を深めていき、数日が経過した。

 

 その日は本来ならば暗殺計画が進行しない事にしびれを切らしたマルデュークがタイムリミットを告げるためにジンに会いに行くシーンがあった日だ。

 その日、マルデュークは地球に転送される直前にジンの身体に爆弾を仕掛けた事とその爆弾はあと24時間で爆発することを告げ、瞬と半ば強制的に戦うことになるのだが……

 最早爆弾すら仕掛けていないが一応は筋書き通りにすすめるため俺は地球へと降り立ち、待ち合わせていたジンと会うことにした。

「マルデューク様! お久しぶりです!」

「どう? 調子は」

「すみません……どうも奴はスキがあるようでなくて……」

「そう……よかった……」

「よかった……?」

「いえ……こっちの話よ。 そうだ。地球でもう数日過ごしてるけどどうかしら? 食べ物とか……」

「ああ飯ですか? いやぁ……見た目は食い物かどうか怪しいものばかりでしたけど食ってみるとなかなかいけますね! 特にカレー? とかハンバー……なんとかとか……おっとすみません……遊びに来てるわけじゃないのに……」

 アポカリプス星の食事は地球人からしたら異様な見た目をしてるしその逆も然りでアビガストも最初は怪訝な顔をしてたから心配だったけどジンの口にも合ったみたいだ。

「良いの良いの。立ち話もなんだし少しどこかでご飯でも食べながら話しましょうか」

「えっ、悪いですよそんな……ただの経過報告なのに……」

「まだ途中でも頑張ってる部下は労ってあげなきゃ! さ、何か食べたいものはあるかしら? アタシも地球の食べ物は大好きだから何でも良いわよ?」

「マルデューク様もお好きなんですか!? うーん……それじゃああれなんてどうでしょう?」

 そう言ってジンが指差したのは焼肉店だった。

 焼き肉かぁ……焼き肉なんて金も行く気力もなかったし一人で行く気にもなれなかったから久しく行ってなかったなぁ……

 それにマルデュークとして生活していた300年近い年月が上乗せされるから尚更だ。

「焼き肉かぁ……アタシも食べたくなってきちゃった! 良いわね行きましょ!!」

 俺はそのままジンを連れて焼き肉屋に入った。

 そして席について俺はメニューを開くとひとまずライスとサラダ、それに枝豆とビールを二杯と肉の盛り合わせを注文する。

「すごいですねマルデューク様……なんというか手慣れてると言うか……」

「そりゃひさしぶ……じゃなかった! しっかりと敵の情報は仕入れておくものよ」

「わざわざ敵地の食事の知識まで入れておくなんてマルデューク様流石っすね!」

「いやいやそれほどでもないわよ」

 そうこうしているうちにビールと枝豆が運ばれてくる

「なんですこの泡まみれの汁は……」

「地球のポピュラーなお酒よ。 アポカリプス星のよりちょっとアルコールはキツめかもしれないけどこの枝豆と一緒に食べると美味しいの んっ……んっ……んっ……ぷはぁーっやっぱうめぇ……! じゃなかったすっごく美味しいっ!」

 俺は手本を見せるようにビールを飲んで見せると美味しそうに見えてくれたのかジンも恐る恐るビールを口に運んだ。

「はぁっ……! これなかなかいけますね! なんというか染みるというか……」

「でしょー?」

 ひとまずジンもビールを気に入ってくれた様で安心するとそこに店員さんが肉の盛合せを持ってきてくれた。

「あっ、お肉も来たわそれじゃあ食べましょうか」

「それじゃあ早速……! イタキダマース! でしたっけ?」

「いただきますね」

「そうっすそれです! 瞬のやつ食う前に言えってうるさいんすよ」

「地球だと当たり前の挨拶だからね」

「ではありがたく……イタダ……きまーす!」

 次の瞬間ジンは割り箸で直接生の肉を取ろうとするので俺はそれを急いで止めた。

「ちょっと何してんの!?」

「何ってこの赤いの美味そうなんで食おうかなって……」

「焼かなきゃお腹壊しちゃうわよ! これは個々にあるトングを使って……」

 俺はジンに焼き肉の焼き方をレクチャーする。

「それで表面が茶色くなってきたら食べるのよ」

「へぇ……これ生じゃ食えないんですか……ありがとうございます。 それにしても変な色っすねぇ……赤い時の方が綺麗だったのに」

「色は気にしないでとにかく食べてみて!」

「は、はい……」

 ジンは恐る恐る焼いたカルビを口に運び……

「う、美味いっ! なんというか口の中で汁みたいなのとしょっぱいのとが広がってく感じで……!」

「でしょでしょ? ほら、まだいっぱいあるんだからたーんと食べて。今日は俺……じゃなかったアタシのおごりだから! それつけて食べるともっと美味しいわよ?」

 ジンにタレをつけて食べてみる事を促すと更にジンはガツガツと肉を食べ進めていく。

「ありがとうございます! いやー……まだ任務も成功してないのにマルデューク様直々にここまでしていただけるなんて夢みたいですよ〜!」

「でしょでしょ……アタシも焼き肉食べれてうれしいし! あっ、店員さん? 塩タン4人前追加で

 !」

 こうして最早任務の話等忘れて俺とジンはただただ焼き肉を楽しんでいた。

 それからしばらく焼き肉だけでは飽き足らずデザートに杏仁豆腐も頂いた所でジンは幸せそうに腹を擦っている。

「いやぁ……食った食った……それにこのビール……とかいう酒……なかなか来ますね……こんなの食っちゃったらもうこの星征服するのなんて辞めたくなっちゃいますよ……なんつって」

 そう笑いながら言ったジンの言葉を俺は聞き逃さなかった。

「本当にそう思うの?」

「えっ……? い、いや……そりゃアポカリプス皇国の為にもなんとしてでもこの星は我々のものにしなきゃいけないのは分かってるんですよ……? それに俺、ここに来るまで地球人は我々よりも遥かに野蛮で下等な人種だって伝えられてました。でも……飯は美味いし……見ず知らずの俺に優しくしてくれるなんて……本当にあの瞬とかいう奴を騙してまでやることなのかなって……それに俺……なんでですかね……? 地球人の女の子を助けちゃったんですよ。 なんか勝手に身体が動いてて……これからアポカリプス皇国の為に滅ぼさなきゃいけないはずなのにおかしいですよね」

「ううん……おかしくないわよ」

「えっ!?」

「ジンは本当に優しいのね」

「い、いやぁそんな……もう優しいなんて言えるほど綺麗な手じゃないですから俺……でもあの子にありがとうって言ってもらえた時……俺もヒーローになれるのかな……なんて思っちゃって……おかしいですよね。何人も皇国の邪魔になる奴を消してきたはずなのに……」

「ジンはヒーローになりたかったの?」

「……はい。本当は俺みたいな弱い立場の人たちを助けたかったんです。それでも身分の壁とか色々あって気がついたら暗殺者になってました。 誰も俺みたいな事をしなくて良くなるようにって思って今はやってますけど難しいっすよねヒーロって……」

 ジンは悲しそうに少し泡の残ったグラスに入っている溶けかけの氷を見つめながらつぶやく。

 やっぱりジンは優しい人なんだな……

 俺、こんな良い奴にマルデュークみたいに非情にはなれないや……

 でも待てよ……? 

 これはアポカリプス星の運命を変える重要なファクターになるかもしれない……

 それにずっと一人で考え込むより仲間は多いほうが良いし……

 俺がもし処刑されても地球だけなら瞬が救ってくれるはずだから……! 

「それなら今からでもなれば良いじゃないヒーローに」

 ここは二人しか居ないクローズドな空間……それならいっそのことジンには瞬を支えつつ俺の手伝いをしてもらおう! 

 でも問題はジンがその申し出を受けてくれるかどうか……

 もしかすると俺が逆に反逆者だとリークされてしまう危険性さえある。

 しかしジンはそんな事をするような奴だと俺は思いたくないしジンも地球とアポカリプス星もどちらも助かる方法があることも信じたい。

 なら当たって砕けるだけだ! 

「それは瞬を殺してアポカリプス皇国の英雄になれってことですか……?」

「違うわ。 アナタが本当にやりたいことをしなさい。アタシからは瞬を暗殺するために信頼を勝ち得る為スパイとして潜伏を続けてるって上には報告しておくから。もちろん無期限でね。アタシも全力でやるつもりだから」

「それってつまり……」

「アナタを裏切り者だって言う人が出てくるかもしれない。それにアナタを慕ってくれていた戦闘員の子が悲しむかもしれない。でもね、それでもアナタがこの星の事もアポカリプス皇国の皆もどちらのことも好きなら……その覚悟ができるならどちらも助かる最善の道を一緒に探してみない……?」

「マルデューク様も……そう考えてらっしゃったのですか?」

「……ええ。この話は全て二人だけの内緒ね? この極秘司令……受けてくれるかしら?」

 するとジンは唇を噛みしめると頬に涙を一筋流し─

「最善…か。 綺麗事かもしれないですけどいい言葉ですね。そのためにできることがあるのなら俺……その任務精一杯やらせてもらいますっ!」

 ジンは深く頭を下げた。

 

 それからジンは改めて瞬の下で地球もアポカリプス星もどちらも救う道を模索する手伝いをしてくれると約束してくれた。

ジンと別れ要塞に戻った俺は作戦変更の手続きを皆に伝え諸般の手続きを終え、戦闘員たちにもジンはスパイとしてこれからも引き続き瞬の元に潜伏を続行するという説明をした。

一部複雑そうな顔をしている者も居たけど結果が出るまではそれも仕方のないことだと今はそう思うしかない。

 

そして本来ならばマルデュークが提示していたリミットによりジンと瞬が戦っていたであろう頃、

 ジンは地球に送り込まれた経緯、そして地球もアポカリプス星も救いたい事を瞬に話し、謝罪した上で共に戦うと約束する所を俺は水晶から見守っている。

 経緯は違えどガッチリと手を握り合う二人の姿が水晶には映し出され俺はホッと胸を撫で下ろした。

 はぁ……なんとか上手く行ったのか……? 

 いや、上手く行ったかどうかはこれからわかることだ。

 俺もより一層気を引き締めなきゃ……!

 

 そんな時ふと瞬との約束を思い出す。

 そうだ! 今日は瞬と約束してた日曜日じゃん……! 

 流石に初日から約束を破るのはまずいと俺は大急ぎで女物のスーツに袖を通し、マリ子の姿に変装すると部屋にある転送装置を作動させて先週瞬と出会った居酒屋むら松へと向かった。

 流石にまだ早かったようで、店の前でしばらく待っていると晴れやかな表情をした瞬が手を振ってやってきた

「おーい!マリ子さーん! よかった!一方的なお願いだったのに本当に来てくださったんですね! 約束守ってくれてありがとうございます!!」

そう屈託のない笑みを浮かべて駆け寄ってきた瞬のあどけない表情を見て俺の胸はドクンと高鳴り顔がほんのり赤くなったのを感じる。

くそっ……なんでただ会っただけでこんな事になっちゃうんだよ……!

「ええ。アタシも会えてうれしい……から」

俺はそう答えるので精一杯だし傍から見たら本当に彼氏に会った彼女みたいになってるのかな……

俺男なのに……

「ささ、早く入りましょう! 今日はいいことがあったんです! 聞いてくれますか?」

「は、はいっ……!」

 そんな葛藤など瞬は知らずか俺を店の中へと連れて行く。

 ああ……すごい緊張するなぁ……

 と、とにかく俺が男だって事とマルデュークだってことがバレないようにボロを出さないようにしなきゃ……

 

 「いらっしゃ……おっ、瞬!今日は前のお姉さんも一緒か!」

 店に入ると店のオヤジが出迎えてくれて、瞬は俺を席に座らせるとその隣に座り

「おやっさん! とりあえずビール2つ! で良いですよね?」

 弾むような声で注文すると久しぶりに友達ができた事、それが以前大切な友達を失った心の穴が少し埋まったように思えた事を嬉しそうに語ってくれた。

 

 それからしばらく瞬の話に付き合っていると店のオヤジが何やらオーバーリアクション気味に胸のポケットを触り始め……

「おっといけねぇタバコ切らしちまった…… おい瞬! ちょっくらたばこ買いに行ってくるから店番頼むな」

「店番? この店そんな客来ないだろ? それにタバコなら前の自販機で……」

「うるせえな! せっかく人が気を使ってやってんだからそこは素直にハイって言っとけ! ま、そういう訳だから後は任すからな はぁータバコタバコ……」

 オヤジはわざとらしくそう言って店を出ていった。

 そして店には俺と瞬の二人きり……

 二人きり!? 

 気を利かせてとか言ってたけど店のオヤジもしかして二人きりにするために……

 そう考えると胸がバクバクと変な脈を打ち始める

 こんな時どんな話をすれば……

 何離せば良いんだろう……? 

 そりゃ実際に子供の頃憧れてたヒーローに会えたら聞いてみたいことだって一杯あるけど今の俺はあくまで街で偶然であった名もなき女性(モブ)……

 あまり不用意なことは聞けないし変にボロが出るのも良くない。

 どうしよう……

 そうだ! とりあえずここは当たり障りの無い会話で場をつなごう! 

「あ、あの……」

「ん? マリ子さんどうかしました?」

「ご趣味は……」

 ちが──────ーうっ! 

 これじゃあお見合いじゃないか!! 

 なんでこんな質問しちゃったんだ俺……

「趣味ですか……? そうですね……生きることですかね……なんちゃって……ごめんなさい。最近もう一つの仕事が忙しくてあんまり何もできてなくて……ははは……」

 瞬も酔ったせいなのか緊張しているのか顔を赤くしてそう答えた

 ああ……いい感じになるどころかますます気まずいなぁ……

 その後会話は長く続かず、二人きりの居酒屋はしんと静まりかえった。

 そんな時店の引き戸が開く音がして

「あ──ー!!」

 という声がした、驚いて引き戸の方に振り向くとそこにはジンが驚いた表情で立っていた。

「じ、ジン!? 用事があるからついてくるなって言っただろ!!」

「瞬がめかし込んで出かけるって言うからついてきてみたらこんな美人さんと呑んでるなんて結構済におけないじゃないか……ってあなたもしかしてマ…………!!!」

 そこまで言いかけた所で俺は大急ぎでジンの口を塞ぐ

「わーっ!! マスターならいまご不在でーす!」

「むぐぐぐ……な、なんで……」

「いいから……ちょっと来て……すみません瞬さん? 私この人とちょっとお話があるの! あははははは……」

 俺はジンに耳打ちをして強引に店の外に連れ出した

 

 そして店の隅に人を連れて行き手を離すと

「マルデューク様? こんな所で何やってるんですか? それもよりによって瞬といい感じにお酒なんか呑んじゃって……」

 ジンは不思議そうにそう尋ねてきた。

 見られてしまった以上は今後のためにも説明をしておくべきだろう。

「あ、あのね……? 実はアタシも……」

 俺は以前ひょんなことから瞬とこの店で会った事を話し、地球とアポカリプス星を救うため素性を明かさず瞬とコンタクトを取っているというそれっぽい理由を伝えた。

「そんなことが……」

「だから協力者がほしかったの」

「そういうことだったんですね! それでしたら任せてください!」

「あ、あとコレはアタシとジンだけの秘密だからね? アタシは瞬がVXだってことも知らないただの女性だってことになってるから……!」

「もちろんです! こう見えて拷問を受けても口を割らない訓練はしてますしマルデュークへの御恩もありますからね! しっかしいい匂いしますねぇこの店……折角だし俺も一杯やってこうかな!」

「えっ?!」

 そう言うとジンはずかずかと店の中に入っていき

「おーい瞬! 俺もここで飲ませてくれよ! 俺とお前の仲直り記念ってことでさ」

「何だよお前! ま、いいか……ここの焼き鳥は美味いぞ? なんせおやっさん秘伝のタレをつかってるからな」

「焼き鳥!? なんだそれ! 焼き肉とは違うのか!?」

「何いってんだよお前! 作ってやるからちょっと待ってな」

 そんな二人の声が聞こえてきた。

 はぁ……ジンって優しいし心強くはあるけどデリカシーがないというかもうちょっと乙女心をわかってほしいというか……

 乙女心!? 

 何いってんだ俺は!! 

 俺に乙女心なんてある訳……ない……よな……? 

 ま、まあジンがそれだけ瞬と馴染んでくれてるみたいだし今日のところは良いってことにしとくか……

「ちょっと二人で何話してるの〜私も入れてほしいなぁ〜」

 少しあざと目にそんな事を言いながら俺も店に入り、その日は夜がふけるまでボロが出ないように程々に3人で飲み明かした。

 

 

 こうして狭霧のジンという瞬にとっても俺にとっても心強い味方が一人増えたのだった。


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