冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した   作:ゔぁいらす

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ご無沙汰しております。7話です。
最近(というほど最近でもない)TS転生女幹部おじさんとヒーローをくっつけまくっていたので取ってつけたようなTS百合要素(と言えるのか?)もありまぁす!


第七話 エマージェンシー!主従の縁

 正義のヒーロー装鋼騎士シャドーVXは絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 水力を強大なエネルギーに変える研究をしていたところをアポカリプス皇国に目をつけられてしまった佐々木博士を助けるため狭霧のジンと共に上久保ダムへと向かった月影瞬だったが、ジンが囚えられてしまいアポカリプス皇国に手を貸すことを拒んだ佐々木博士共々処刑が決定されてしまう。

 

 そんな二人を助けようと瞬は果敢にVXへと姿を変え立ち向かったが怪人ガイオレンの圧倒的防御力の前にデモンブレイクを破られた上アポカリプス皇国が周到に準備していた罠に嵌りダムの地下深くに秘密裏に作られていたVX処刑用の牢獄に閉じ込められてしまったのだ。

 

 その牢獄はVXのデータを解析して作られており持ち前の攻撃力も壁に設置されたVXの力を弱体化させるレーザーにより無力化され、更にその壁がじわじわとVXに迫り彼はただ圧死の時を待つだけという状況だった。

 

「くそぉぉぉっ……こんな所で! また俺は誰も助けられないのか……! ぐあぁぁぁっ!! 力が……力が入らない……だめだ……まだなにか……なにか脱出の手立てはあるはずだ……!!」

 レーザーに力を奪われ、その場で膝をつくVX。

 博士とジンを助けられない無力感、そして刻一刻と迫りくる死を前に彼の叫びだけが深い深い地下牢獄に虚しく響き渡る。

 

 しかし最後まで希望を捨てないVXのその足掻く姿を嘲笑う高笑いとヒールの音を響かせて現れたのはアポカリプス皇国の女幹部マルデュークだった。

 

「無様ねVX! どうかしら特注の牢獄、そしてアナタの棺桶の居心地は?」

 勝ち誇った笑みを浮かべ彼女は鉄格子越しに立つ事で精一杯になったVXを嘲る。

「ぐっ……俺はこんな所では死なんぞ……!」

 VXはそんなマルデュークを睨み返すが身体からじわじわと力が抜けていきその場で膝をついてしまい、その間にも壁はVXを押しつぶそうと左右から彼を押しつぶそうと迫りくる。

 

「あらあら口だけはまだ元気みたいねぇ……そんな減らず口ももう聞けなくなると思うと清々するわ。あ、そうそう。もう死んじゃうんだし冥土の土産に教えてあげる。佐々木博士と裏切り者ジンの処刑は正午に上久保ダムの頂上にて決行されるのよ。貴方が死んだという知らせとともに二人の処刑は決行。その後ダムを管制室に仕掛けた高性能爆弾で爆破して水没した街の人間皆貴方の元に送ってあげるから! それじゃ、短い余生をアタシに傷を付けた事を後悔しながら終えると良いわ! おーっほっほっほ!! おーっほっほ……ゲホッゲホッゲホッ!!!」

 マルデュークは高笑いの最中唾液が気管に入ってしまったのか突然むせてしまい咳を連発し始めた。

 

「ゲホッゲホッゲホッ……ウッ……オエェェェッ…………ふぅ……と、とにかくアナタもジンももう終わりなのよ!! さようならVX!!」

 マルデュークはなんとか咳を止め息を吐くと何事もなかったかのように捨て台詞を吐きその場から去っていった。

 

「ま、待てマルデューク!! 畜生……!! 最後に観た景色がアポカリプス幹部の高笑いに失敗して酷いむせ方をした所で終われるかぁ……!! 俺は生きて……生きて……生きて今夜もジンとマリ子さんと優雅な夕食を楽しむんだァァァァァァァ!!!!!」

 今にも壁に押しつぶされそうなVXが生への渇望を込めた叫びを上げたその瞬間、不可思議なことが起こった。

 

 VXの身体が眩い光に包まれたのだ。

 その光りに包まれたたVXは一陣の風へとその身を変え、迫りくる棘のついた壁と鉄格子をすり抜け勝ち誇ってその場を去ろうとしていたマルデュークの髪を大きくたなびかせながら追い越しジンと博士が処刑されるというダムの頂上目掛けて吹き抜けていく。

 

 次の瞬間ゴンと牢獄の壁と壁がぶつかる重い鉄の音が響きダムの頂上でジンと博士の処刑を執行せんとしていた怪人の耳にその音が届いていた。

 

「ガハハハ! 無敵のVXもとうとうミンチになっちまったようだぜ! 裏切り者のお前もドジャーリ1の堅牢さを誇るこのガイオレンがすぐに後を負わせてやるッ!!」

 勝ち誇った笑いを浮かべながら巻き貝のような怪人ガイオレンが腕につけられた貝をドリルのように回転させジンの方へにじり寄っていく

 

「クソッ……もうダメか……瞬……マルデューク様……」

 ジンはドリルの回る不快な音とその鋭利な先端を眼前にしてマルデュークから託された密命を果たせない後悔、そして友の死を聞きすべてを諦め目を閉じる。

 

 しかし次の瞬間一陣の風が吹き抜け今にもジンの胸を突き刺さんとするガイオレンのドリルを切り裂き吹き飛ばした。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!!! な、なんだ!?」

 突然のことに驚くガイオレン。

 そして吹きすさぶその風は博士とジンを包み込むと柱に縛り付けられていた二人を解放し、つむじ風の様に逆巻きながらその姿を人の形に変化させていく。

 

「……瞬……なのか……?」

 その姿を見たジンはそう思わず呟く。

 

 そして風が吹き抜ける中から現れたのは……

「俺は風……! 悪をかき消す静かなる旋風! VXッ……アトモス!!」

 人の姿を形作った風はガイオレンに向けてそう見栄を切ってみせた。

 

 そう。彼こそは絶望の中で最後まで希望を捨てなかったVXの感情にエンペラージェムが呼応してさらなる進化を遂げた姿! VX-アトモスなのだ! 

 

「VX……あの罠は貴様では脱出不可能だったはずだぞ……!? 何故生きている!?」

ガイレオンは驚きの声を上げる。

 

「ああ。確かにVXのままでは脱出できなかった。しかしこのアトモスの力は身体を風へと変貌させる。そして脱出できた。あの鉄格子も俺の力を奪うレーザーも地下深い牢獄も全てすり抜けてな!!」

新たな力を得たVXはそう答え見栄を切って見せた。

 

「なんだとォ!! わざわざこの俺にミンチにされるために地獄から舞い戻ったかァ!!!」

 ガイオレンは片腕を破壊された事とVXを仕留め残ったことに腹を立て両腕のドリルを回転させながらVXアトモスへと向かっていき彼の身体を勢いよく貫く。

 

「ガハハ……所詮姿が変わっただけの子供騙し……そんな死にぞこないガイオレンの敵ではないわ!!死ね!VX!!」

 ガイオレンは勝ち誇ったように笑ったがその突き刺したドリルには手応えが無い。

 目の前のアトモスの腹には確かにドリルが貫通しているがまるで刺した感触もアトモスが苦しむ様子もないのだ。

 

 次の瞬間アトモスはドリルをすり抜けるようにして身体を離し拳を一撃ガイオレンに食らわせた。

 

「何ぃ!? この俺の攻撃がすり抜けただとォ!?」

「言っただろう? アトモスの力はその身を風へと変える事。お前の攻撃では俺に傷一つ付けることは出来ん!!」

「小癪なぁ!! それならばこのドリルの回転で吹き飛ばしてくれる!! それにの俺のこの防御力の前に成す術もなかった貴様などいくら見た目が変わった所で恐るるに足らんわァ!!!」

 ガイオレンは高速でドリルのラッシュをアトモスに放つ。

 しかしその全てがアトモスの身体をすり抜けていき彼は再び身体を一陣の風へと変貌させガイオレンの堅牢な殻の隙間に入り込んだ。

 

「ぐっ……な、なんだ……身体が……内側から…………ぐっ……バカなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 堅牢なガイレオンの殻を直接破壊することは不可能だと踏んだVXは身体を風に変え殻の隙間から内部に侵入し攻撃を試みたのだ。

 

 内部の弱点を突かれたガイオレンは苦しみだすと木っ端微塵に爆発四散し、その爆風の中から吹き抜けた一陣の風が再びアトモスの姿を形作っていく。

 

「VX……! 無事だったんだな!! でもまだダムに仕掛けられた爆弾が……」

 戦いを終えたアトモスの元にジンが駆け寄ってくる。

 

「安心しろジン。牢獄を脱出した時、一緒に全ての爆弾を処理してきた」

「……なんでもありかよ……しっかし俺正直もう駄目かと思ってたぜ……」

アトモスの言葉を聞いたジンは腰が抜けたのかよろよろとその場にへたり込んだ。

 

「ああ。俺もそう思った。でもまたお前と……マリ子さんに会いたい。その一心で諦めなかったからまたエンペラージェムが力を貸してくれたみたいだ」

「くうっ……泣かせるねぇ……やっぱすげえよ!」

「この力で……必ずアポカリプス皇国の野望を砕いてみせるぞ!!」

 最後まで諦めない心が瞬に新たな力VX-アトモスをもたらしガイオレンを打ち倒したのだ。

 

 しかしアポカリプス皇国の侵略の魔の手はとどまる所を知らない。

 

 新たな力を手にした彼はアポカリプス皇国との戦いに身を投じる覚悟も新たにするのだった……! 

 

 

「はぁぁぁぁぁよかったぁぁぁぁ……」

 アポカリプス皇国が上久保ダムに密かに建設していた牢獄へ続く地下道でマルデューク……いや俺はそんな新たな戦士の誕生の一部始終を水晶玉を使って覗き見ていて無事に今回もVXが勝利したことに安堵の息を漏らしていた。

 

 いくら絶体絶命のピンチから脱出することが分かっていたとは言え目の前で見ているとヒヤヒヤするのなんの……

 それに盛大に高笑い失敗してむせちゃったな……もうちょい練習しといたほうが良いのか……? 

 

 今回もなんとかマルデュークとしてVXを話の筋道通り新たな形態であるVX-アトモスに強化させることができた。

 

 このVX-アトモスこそVXがチートと言われる所以の大部分であり身体を風に変えることで物理的攻撃はもちろんのことその他すべての攻撃を無効化してしまうという敵に回せば恐ろしい能力を持っている。

 

 つまり俺がここで下手なことをすればVXがアトモスの力を得られない可能性もあり、そうなればアトモスの力無くして勝てない敵も今後どんどん出てくるので避けては通れなかったという訳だ。

 

 ひとまずそんなヒーローの強化イベントを無事こなした俺はこうして一人安堵していた。

 それに本来アトモスになった時は生への渇望だけを叫んでいた瞬が今回はマリ子(おれ)の名前も叫んでくれていて彼の声に俺は胸を躍らせ上機嫌のまま鼻息混じりに転送装置を使い要塞へと戻り急いで服を着替える。

 

 この後にマリ子として瞬といつもの居酒屋で会う約束があるからだ。

 ある時はアポカリプス皇国の女幹部マルデュークとして、そしてまたある時は月影瞬を影で支える謎の女性マリ子として昼間は悪の計画を進めVXを追い込みそんな瞬の話し相手として食事をともにする。二重生活は結構ハードなのだ。

 

 転送装置の記録は誤魔化さなくちゃいけないしこうして俺がひっそり瞬に会っているなんてことがアポカリプス皇国の人間に知れたら大問題だ。

 

 それにマリ子の正体がマルデュークだと瞬に勘付かれるわけにもいかない。

 いつかそれを明かす時が来るかもしれないがそれは少なくとも今ではない。

 

 これでも一応細心の注意を払って……

 

「うーん……化粧ももうちょいちゃんとしといたほうが良いかな……? いつもスーツじゃ味気ないしそろそろちゃんとした女物の服にも手を出すべきか……? でも女物の服なんてわからないし尚更俺が子供だった当時の女の人のファッションセンスなんて……それに髪型もちょっとくらい弄ったほうが瞬も喜んでくれたりするのかな……?」

 

 そんな事をつぶやきながら鏡とにらめっこして髪を手櫛で撫でたりしていると鏡の隅に自分以外の人影が映る。

 

「うわぁぁっ!!」

 思わず振り返るとそこに立っていたのは部屋着のジャージを大事そうに抱えたアビガストだった。

 

「あ、アビガストか……びっくりさせないでよ」

「マルデューク様……もうお帰りだったのですね……。驚かせてしまったのでしたら申し訳ございません。何度かノックしたのですが御返事がなくお戻りになる前にお寝間着の方を準備しておこうと思っていたのですが……」

 

 そう言って彼女は身を強張らせる。

 恐らく驚かせた報復を受けると身体が条件反射的に反応してしまっていて、彼女の心と身体に刻み込まれたマルデュークの仕打ちはそう簡単には消えないのだろう。

 

「大丈夫よアビガスト! 気にしないで? それにジャージもありがとう」

「左様……でございますか。ところでそのお召し物……またお出かけでございますか?」

 相変わらず抑揚のない声で彼女はそう言った。

 

「え、ええ……次の侵略作戦の為にちょっと極秘で地球に調査へ行こうと思って……」

「でしたら御夕食はどうされますか?」

「え? ああ今日は要らないわ。たまにはアナタも休みなさい?」

「……そう……ですか……それではお寝間着の方ベッドに置いておきますね……失礼いたします。何かございましたらいつでもお呼びつけください。それでは行ってらっしゃいませマルデューク様……」

 俺の言葉を聞いたアビガストは少し寂しそうに顔をうつむかせた後抱えていたジャージを丁寧にベッドの上に置くと一礼して俺の部屋を出ていき再び部屋の中で一人きりになり俺は安堵の息を漏らす。

 

「はぁ……なんとか怪しまれずには済んだみたいだけど……」

 部屋に一人になった俺は再び鏡に向き直り入念にマリ子用のいつもより薄めのメイクを続ける。

 

 そして一通りマリ子への変装を済ませた俺は小型の転送装置の座標を瞬と毎週会うのが恒例になっている居酒屋の近くに設定し作動させた。

 

 そして居酒屋の前で立ってしばらく待っているとジンが一人で走ってやって来る。

「マルデューク様……いえマリ子さん!!」

「あら? 今日は瞬と一緒じゃないの?」

「ええ……ちょっと折り入ってお話がありまして途中で巻いてきました」

 そう言ったジンの表情はどこか深刻そうだった。

 

「……どうしたの? とりあえずお店の中で話しましょうか?」

「い、いえ……店のオヤジに聞かれるのもまずいと思いますのでこちらで……」

「え? いい……けど……?」

 そう言ってジンは俺を居酒屋近くの路地裏に連れてきた。

 

「……今日のVXの戦い……見ていましたか?」

 そこでジンは更に思いつめた様にそう俺に尋ねてきた。

 

 何の話かと思ったら瞬の活躍を自慢したいのだろうか? 

「ええもちろん! やっぱアトモスすっごくかっこいいよな! ……じゃなくてかっこよかったわよね! お……アタシ興奮しちゃって!」

 俺はテンションが上がって早口で話し始めていたがジンの表情は暗いままだ。

 

「マルデューク様がVXにそのようなご感想をお持ちとは……しかしそうも言っていられないのでは?」

「……ジン? どうかしたの?」

「……はい。確かにあのアトモスとかいうVXの新しい力のおかげで俺も死なずに済みましたが本当に奴を野放しにしたままでも良いのですか?」

「……へっ?」

「俺だって……せっかくダチになれたアイツを手に掛けるなんて真似は出来ることならしたくない……それは本心からです。しかしこのままVXが強くなり続ければアポカリプス皇国を救うより先に瞬にアポカリプス皇国が滅ぼされてしまうのではないでしょうか?」

 ジンのその言葉で俺はハッとなる。

 

 強化フォームの登場なんていう一大イベントを間近で見て俺は浮ついていて肝心なことを失念していたのだ。

 VXを筋道通りに強くする事、それはすなわちアポカリプス皇国壊滅へのカウントダウンを進めるということに他ならない。

 

「え……ええ……で、でもそれより先にアタシ達がなんとかすれば……」

 俺は苦し紛れにそう答えてみるがジンは俺の顔を真っ直ぐ据わった目で見つめてくる。

 

「暗殺者たるものいつでも最悪のケースは想像しておくものです。もし奴がアポカリプス皇国を滅ぼすと判断した場合……俺はVXを……瞬をたとえ刺し違えてでも殺しますよ。友人の命と母国の命運……天秤にかけるなんてことはできませんがそれと同じくらい皆が母国のために頑張っているのに俺の個人的な感情で母国を滅ぼそうとしている奴を止めずに指を加えて見てるだけなんて事もできません! ですから俺に命令してください……! 瞬を殺せと……貴女の命ならばやれる気がするんです。この身に変えても……」

 ジンのその言葉と表情には覚悟が滲み出しており、いつもブラウン管越しにおちゃらけた明るい彼の表情ばかり見ていた俺は圧倒されてしまう。

 

「ちょ……ちょっと待ちなさいジン……」

 そうだ。

 ジンは俺の知っている「装鋼騎士シャドーVX」と同じ様に瞬と仲間になった。

 しかし俺の知っている筋書きとは違いアポカリプス皇国を見限り裏切って瞬の味方に付いたわけではない。

 

 いくら瞬とジンの間に友情が生まれていたとしても彼はあくまで自ら裏切り者の汚名を被りアポカリプス皇国と地球どちらも救いたいというマルデューク命によりスパイとして瞬の近くに潜伏しているだけに過ぎない。

 

 つまりジンを一応は瞬だけではなく俺の味方として引き入れることは出来たもののその反面でこのまま俺の知っている話通りに進めれば瞬がジンによって暗殺されるかもしれないという新たなフラグが建築されてしまったのだ。

 

 ジンの人の良さはテレビで見ていた時だけでなく面と向かって話しているだけでも分かる程だ。

 そんな彼が原作では完全にアポカリプス皇国と袂を分かったものの今のジンはそれも出来ないでいる。

 彼も瞬とアポカリプス皇国の板挟みになり苦悩しているのだ。

 

 俺がやったことはもしかすると失敗した時もろとも自爆する爆弾を彼に仕掛け瞬の暗殺を命じた本来のマルデュークよりも残酷なことだったのかも知れない……

 

 それに比べて俺はただ瞬を生かし地球を救うためにできるだけ筋道通りに話を進めることくらいしかできていない。

 そりゃ多少は俺の知っているマルデュークよりは戦闘員達からの人望も厚くなったが今はただそれだけで、もっと時間に余裕があると思っていたが実は残された時間はそうないのかもしれない。

 

「俺はどうすれば良いのですかマルデューク様……貴女の命さえあれば俺はいつだって無慈悲な暗殺者に……!!」

 そうジンが言った時…

「おーいジーン! 置いていくなよー!」

 

 今自分の生死について語られている事など全く知る由もない瞬ののんきな声が通りの方から聞こえてくる。

 

 その声を聞くとジンは唇を噛み彼の呼び声に応え路地裏から通りに出ていった。

「おーうやっと来たか。お前が遅いんだよぉ! 待ちくたびれたぜ!」

 通りの方から聞こえるジンの声は先程までの殺気を一つも感じさせないいつものおどけた調子の声で、殺意をほんの一瞬で消せる辺りやはり彼の暗殺技術は超一流であることがド素人の俺にもすぐに理解できた。

 

「そりゃ無いだろ!? あれ? マリ子さんは? まだ来てないのか?」

ジンと落ち合うや否や瞬はあたりを見渡し俺を探す。

そんな彼にジンは複雑そうな表情をあらわにしていた。

 

「お、おう……待ちくたびれたって言って路地裏の自販機でタバコ買ってたぜ?」

「そっかー待たせちゃったかーそりゃ悪い事したなぁ……今日俺が勝てたのもマリ子さんのおかげみたいなモンだしいつも情けない所ばっかり見せてるし……今日は俺がごちそうしちゃおっかな! そしたらマリ子さん……ちょっとは俺のこと見直してくれたり……するかな?」

「バカ言え! とりあえずまずは遅れたこと謝ってからだろうが! それに他人に奢れるほど稼いでねーだろ?」

「はいはい分かったよ……で、マリ子さんは路地裏にいるんだな? マリ子さ〜ん!」

 瞬の声を聞いて俺は恐る恐る路地裏を出た。

 

「は、は〜い……」

「マリ子さん! 遅くなってすみませんでした!! それと今日も来てくれてありがとうございます!! 毎週貴女に会うの俺凄く楽しみにしてるんです!!」

 瞬のその笑顔が今は胸に突き刺さる。

 

「い、いえ……私も今来た所ですから……ねえジンさん?」

「え、ええそう……! そうだったような気もするなぁ……」

 ジンは気まずそうに俺に話を合わせてくれた。

 

「ささ……今日も一杯やりましょうよ! ほんとはもっとムードのあるオシャレなお店にお連れしたいんですが……」

「おいおい瞬それは俺も連れてってくれんのか?」

「なんだよ俺はマリ子さんと話してんだ!」

「へぇへぇわかりましたよ……おやっさん邪魔するぜ〜」

 そんな二人の話を聞きながら居酒屋の暖簾をくぐるといつもの親父が俺たちを暖かく出迎えてくれてもはや定位置になったカウンターの席に三人隣り合うように座る。

 

 そこまでは今まで通りなのだがジンの先程の言葉が頭の中でぐるぐるとリフレインし俺はそれどころではなく瞬の言葉が半分も頭に入ってこず出された料理も味がしなかったような気がした。

 

「……さん! マリ子さんってばぁ……!」

瞬に方を叩かれはっとなる。

どうやら考え事をしているうち瞬に声をかけられていたようだ。

 

「な、何かしら瞬さん?」

「今日はずっとなんだか難しい顔してますしもしかして俺が遅刻したから機嫌悪くしちゃいましたか……?」

 どうやら考え事をしていた事が顔に出てしまっていて、瞬に気を使わせていたようだ。

「そうだぞ瞬! マル…………じゃないマリ子さんだってなぁ……多分色々あるのにこうやってお前のワガママに付き合ってくれてんだぞ! そうですよねぇ!?」

「へぇっ!? そそそそそんな事無い……わよ?」

突然ジンに話を振られた俺は軽くパニクってしまいそんなたどたどしい返事しかできなかった。

 

「ところでマリ子さんは何のお仕事をされてる方なんですか? 俺もっとマリ子さんのこと知りたいんです」

「え……!? えーっと……それは……」

 更に畳み掛けるように瞬はそんな質問を投げかけてきて俺とジンは凍りついた様に固まる。

 

「おっ、そりゃ俺も気になるねぇ……こんな美人さんが日曜日にまでスーツ着て何してる人なのか!」

 俺とジンの事など気にもとめずに居酒屋の親父も興味津々にこちらを見つめてきた。

「い、いや瞬におやっさん……!! いくらなんでも女の人にそんなプライベートな質問は失礼だぞ……!」

 ジンも苦し紛れの助け舟を出してくれたがここで逆に変にはぐらかすと尚更怪しまれてしまう。

 

 しかし流石に悪の女幹部やってます! なんて正に今その悪の皇国と戦うヒーローを前にして言う訳には行かないし……

 

「え、えーっと……その……外資系企業の……中間……管理職……的な?」

 

 一応間違ってないし外星系資本の組織……? というか国だし……

 

「へぇ! お姉さん若いのにそんないい職就いてんのか! やっぱ時代はグローバルだよなぁ……瞬にも見習ってほしいもんだ!」

 

 おやじの反応を見てジンはひとまず胸をなでおろしたのか安堵の息を吐いていた。

 

 とりあえず当分はこれで通そう……それっぽいことを言ってはぐらかすしかない。

「い、いえ……そんな良いものじゃないですよ……ほぼほぼ休みもないし上司と部下の間で板挟みで……」

「マリ子さん……! そんな激務の中俺なんかに会いに来てくれるなんて感激ですッ! 俺これからもがんばりますね!! だからこれからも俺に会いに来てください……それだけが今の俺の支えなんです!」

 瞬はそう言って俺の両手を取りこちらを見つめてきた。

 

 その顔は酔っ払って居るのもあるだろうが悪を前にした殺気を感じる顔ではなく呆けきった顔をしている。

 

 彼と会うたび子供の頃憧れた彼のヒーロー像がどんどん崩れていってしまう。

 でもそんな瞬も年相応な若者って感じで可愛いんだよなぁ……ああ……若いって良いな……って俺何考えてんだ!? 

 

 それに俺……こんな瞬に見つめられて……今日はあんまり飲んでないしさっきジンに言われた事もあってそれどころじゃないのに顔も熱いし胸もドキドキして……

 

「は……はい……わたしも……瞬さんと一緒に御飯食べるの……好き……だから……」

 うわぁぁぁ何いってんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 

 まずい……何かすごい事を言ってしまったような気がする!! 

 

「おい聞いたかジン! 俺のことマリ子さんが好きだって!! おやっさん! 熱燗追加!! 今日は飲むぞぉ〜!!!」

「おいおいお前のことが好きだとは言ってねぇだろ……」

 俺の言葉を聞いて舞い上がった瞬を見た後ジンはやれやれと呆れた顔で頬杖を付き俺の方をなんとも言えない目で見つめてきた。

 

 それからというもの(ほぼ瞬が一人で盛り上がって)三人での酒盛りは続き、とうとう酔いつぶれてしまい……

 

「うう〜マリ子さぁん……永遠のために貴女のためにぃ……」

 そんな事をうわ言のように言いながら瞬はカウンターに突っ伏している。

「おいおい勘違いでぶっ倒れるまで飲む奴があるかよ……こんな奴の為に悩んでるのがバカバカしくなってくるぜ……」

 そんな瞬を見て更にジンが呆れてため息をついた。

 

 すると……

「マリ子さん、それにジン君……いつも瞬に付き合ってくれてありがとうな」

 居酒屋のおやじが店じまいを始めながら小さな声でそう言った。

「お、おやじさん? 俺は別に何も……」

 おやじの言葉が先程まで瞬を殺すと言っていたジンの胸に突き刺さったのかその表情が再び少し暗くなる。

 

「あんたらとここで飲むようになってから久しぶりに瞬が幸せそうな顔してるのを見れて俺も嬉しいんだ。あいつに何があったか知らねぇけどさ、少し前まではスキさえあれば俺の前で思いつめた顔して弱音ばっか吐いてやがった。最近はそんな事も減ってきたしきっとあんたらのおかげだな! なんつって……こんな奴だけどこれからも瞬のこと……よろしく頼むな」

 おやじはそう言ってカウンターに突っ伏した瞬を優しく見つめる。

 

「んん〜? おやっさぁ〜ん? なんか言ったかぁ?」

「な、何でもねぇよ! そろそろ店じまいだ! いつまでも寝てねぇで片付け手伝え片付け!!」

「ええージンにやらせてくださいよぉ〜」

「何いってんだ! 今日はお前が9割飲み食いしたモンばっかなんだぞ! 甘ったれてねぇでさっさとやれ!」

「はいはいわかりましたよぉ〜うっぷ……ちょっと起き上がるから待ってくれよおやっさん……」

 瞬はそう言うとよろよろと立ち上がり始めた。

 

 そんな彼を尻目に会計を済ませていると

「マリ子さん、それにジン君。今日はもう遅いし後はこいつに後片付けさせるから気ぃつけて帰んなよ? あとこれお土産。残りモンだけどおでん。明日くらいまでは保つと思うからよかったら温めて食べてくれな」

 おやじはそう俺たちに気前よくおでんを詰めたタッパーを渡して笑顔で見送ってくれた。

 

「は、はい……ごちそうさまでした」

 そんなおやじの笑顔を見て先程まで瞬を殺すと意気込んでいたのが後ろめたくなったのかジンはおやじから目をそらしてタッパーを受け取る。

 

「おやっさんごちそうさんです……」

 そんな彼に掛ける言葉も見つからないまま俺は二人で店を出た。

 

 それからしばらくお互いに何も話さずに店を離れ人もまばらになった夜道を歩いてしばらくすると……

「あ、あの……マルデューク様……」

 ジンが重い口を開く。

 

「な、何かしら……?」

「油断しきった今なら奴をきっと殺れます……ですから俺にご命令を……たとえあいつが居なくなっても俺が地球の人たちもアポカリプス皇国の人たちも守れるよう2倍頑張りますから……ですから……」

 そう言ったジンは固く拳を握り震わせている。

 

「……ジン……そんなことアタシからは命令できないわ……」

「ど、どうして! あいつを放っておいたらきっとアポカリプス皇国侵略部隊はあっと言う間に全滅させられてしまいますよ!?」

「わかってる……わかってるわよそんな事……でももしVXが居なくなったらほんとうにアナタ一人でアポカリプス皇国の精鋭たちから地球の人々を守れるの?」

「そ……それは……しかし……」

 その言葉でジンは今朝の戦いで人質に取られVXを窮地に陥らせた原因を作ってしまった事を思い出したのか言葉を詰まらせた。

 

 自分自身力不足で女幹部としての手腕も足りていない状況を棚に上げてジンの弱さを指摘するなんて卑怯な真似本当はしたくなかったが彼を説得するには今はこれしかない。

 

「理想論だけでアナタをアポカリプス皇国と地球の板挟みにする過酷な命令を出してしまった事は本当に申し訳ないと思ってるわ……でも……でもアタシはアポカリプス皇国も地球もどちらも無くなってほしくないの……それはジンも同じでしょう?」

「確かに……それを覚悟して貴女の命を受けましたし出来ることなら俺だってそうしたいですよ……」

「地球を護るためには悲しいかなVXの力は必要不可欠なのよ……瞬だけに頼らなきゃいけないってのもおかしな話だけれど……ごめんなさいジン……アナタにそんなつらい思いをさせたのも全部アタシが至らなかったから……だからお願い! アタシにもう少しだけ時間をちょうだい!!」

 俺はそう言ってその場でアスファルトに膝を付き深々とアポカリプス皇国式の土下座をした。

 

「ちょ……ちょっと!! アポカリプス皇国侵略部隊四幹部の一人である貴女が俺なんかにそんな事をするなんて!! 頭を上げてください!!」

 プライドが高いと噂になっているマルデュークがまさか目の前で土下座をするなんて思っていたなかったのかジンは驚きを隠せない様だった。

 

「アタシは……ジンにも瞬にも……悲しい顔はさせたくないの……だから……そのためにアタシももっと頑張るから……だから瞬を殺すなんて悲しいこと言わないで欲しいの……」

「わ、わかりました……貴女の思いは充分わかりましたから! だからお顔を上げてください!!」

「うう……本当に分かってくれた……?」

「……ええ。わかりましたよ。それにあのおやじさんの嬉しそうな顔まで曇らせるわけにはいきませんからね……でもあくまで待つだけですからね? 本当に瞬がアポカリプス皇国を滅ぼそうとした時は命をかけてそれを止めます。止めてみせます! そのために俺ももっと強くならないと……!」

「ありがとうジン……やっぱりアナタ優しいのね」

「そんな優しいだなんて……きっとそれは瞬やあのおやじさん……それに貴女のおかげですよ」

 そうして俺はジンと瞬の暗殺を再び延期する約束、そしてこれからも地球とアポカリプス皇国の双方を救うため瞬を側で観察する任務を続けてくれると約束してくれた。

 

 

 そうして俺はジンと別れ要塞の自室に戻ると一気に疲れが出てスーツを脱ぎながら奇抜なデザインのベッドに倒れ込む。

 

 するとベッドに置かれていたジャージからは洗剤の匂いだろうか? ふんわりと良い匂いが鼻をかすめた。

 

「うう……どうなるかと思った……それにしてもやっぱり俺……まだ何もアポカリプス皇国の為に出来てないんだな……」

 ジンを仲間に引き入れた結果このまま俺が筋書き通りに行動していれば地球が救われるという訳ではなくなってしまった。

 

 しかし瞬のことだ仮にジンに暗殺を仕掛けられたところで難なく切り抜けてしまうだろうがそれでは駄目だ。

 自分だけ傷つくことから逃げてばかりは居られない。

 

 最初は自分がテレビで見ていたマルデュークの様な無残な末路を辿りたくない一心だったがこんな俺を慕ってくれるグラギムや戦闘員達……それにいけ好かないけど自らの種族を守るために頑張る他の幹部達や俺を2度も信じてくれたジンの為にも最善の方向に持っていく義務が俺にはある。

 

 それが出来るのは現状アポカリプス皇国の末路をこの世界で唯一知る俺だけなのだから……

 

 それから暫くするとドアをノックする音がして……

「マルデューク様……お声が聞こえたのですがお帰りになられていらしたのですか?」

 アビガストの声がドア越しに聞こえてきた。

 

「え、ええ! さっき帰ってきた所!」

「それでしたら少々失礼してもよろしいでしょうか……?」

「え、ええ。良いけれど……」

 すると扉がゆっくりと開きアビガストが一礼をして部屋へ入ってくる。

「ど、どうかしたのかしら?」

「マルデューク様……おかえりなさいませ」

「ただいまアビガスト」

「その様な格好でお化粧も落とさずにお休みになられてはマルデューク様のせっかくの麗しいお顔が台無しです……おつかれでしたら私めにご就寝の準備をお手伝いさせていだだけないでしょうか……?」

「あ、ありがとうアビガスト」

 俺がそう言うとアビガストはこころなしか少し広角を上げフンと鼻息を強く吹いた。

 

「それでしたらまずはそのお召し物をお脱ぎになってください。お風呂の準備は出来ていますから」

「え、ええ分かったわ」

 そう言えばいつも俺が買えるタイミングを見計らってお風呂も最適な温度にしておいてくれてるんだよな。

 今日は帰りが遅くなっちゃったけどそれまでずっと待ってくれてたのならアビガストにも悪い事しちゃったかな……

 俺はそんな事を考えながらアビガストに連れられ一人で入るにはだだっ広い風呂の脱衣所へ向かう。

 

 そこでアビガストに脱いだスーツを渡して俺は浴室へと足を踏み入れシャワーを浴びる

「ふぅ……危うくあのまま寝落ちしちゃうところだったけどシャワーって気持ちいなぁ……この身体になってから風呂がどれだけ重要かってのを再認識させられた気がするんだよな……それにむふっ……この胸も誰にも邪魔されずに拝めるし……」

 やっと最近になって自分の裸を直視する余裕も出てきた俺は水を弾くたわわな膨らみを撫でながらシャワーを満喫し、化粧を落とし洗顔で顔を洗った。

 洗顔なんて男の頃はめんどくさくて滅多にしなかったけどこれもマルデュークになって増えた日課だ。

 

 化粧を落とすついでだし化粧を落とさないと次の日が大変だから背に腹は代えられないんだよな……それに綺麗になれば瞬だってもっと俺のこと……

 ってだから何考えてんだ俺は! 

 

 いくら瞬がなんか俺に好意みたいなのを抱いてるからって俺は男なんだぞ!? 

 身体は確かに女なんだけどさ……

 そんな事を思いながら俺は男の頃とは比べ物にならない艶とハリのある自分の肌を撫でるようにして顔を洗っていく。

 

 顔を洗い終えそのまま身体を洗おうと石鹸を泡立て股に手を伸ばそうとしていると鏡の隅に自分以外の人影が映っていた。

 

「ウワーッ!! お、俺は何もいかがわしいことなんてしてません!! ただ健康と清潔を守るために自分の体を洗おうとしていただけで……!!」

 俺は反射的にに映った人影に弁明を試みたがそこにはバスタオルを巻いたアビガストが立っていてそんな俺のことを不思議そうに見つめていた。

 

「……ってアビガスト? どどどどうしたのかしら?」

「マルデューク……様? 驚かせてしまったのでしたら申し訳ありません。ノックをしてもお返事がなかったものですから……もしよろしければ私にお背中流させてくださいませんか? 以前は途中で鼻血をお出しになって倒れてしまわれましたので……」

 そう彼女は小さな声で言った。

 

 こんな可愛い子にタダで背中を流してもらえるなんて断る理由なんてないよな? 

 いやでも40近い俺がこんな女の子と一緒に風呂入るなんて事案だぞ事案!? 

 仮にこのくらいの年の娘が居たとしてもそうだ。

「い、いや……気持ちは嬉しいけれどそれくらい自分でできるから……」

 俺はそう彼女から目をそらしながら言った。

 

 すると

「ご迷惑だったでしょうか……?」

 そう彼女は消え入りそうな声で言った。

「違う違う!! そういう事じゃなくて……」

「最近はマルデューク様……お一人で様々なことをするようになられたので……もう私など必要ないのでしょうか……?」

 そう言った彼女の声はまるで怯えているように震えていた。

 

 一人でやるなんて一人暮らし歴ももう数えたくなくなるくらいだったし皆当たり前のことだったから……

 それに今日は瞬と会う事で頭がいっぱいになっていて気を使ったつもりだったがアビガストにとっては相当効いてしまっていたらしい。

 

 それで浮ついて出ていったらジンに深刻な顔はされるし俺って本当に何も考えてなかったんだなと更に自責の念に駆られてしまった。

 

 ただ炊事とか洗濯とかをやってくれてるだけでも充分にありがたかったんだけどそれ以上にマルデュークは身の回りのことはみんなアビガストにやらせてたんだろうな……

 そんなマルデュークが急に自分の仕事を盗ってきたもんだからもしかしてアビガストは(マルデューク)が機嫌悪くしてるとか新手の嫌がらせとか虐待か何かと勘違いしてるのか……? 

 

 確かにいつも怒鳴ってくる上司が変に優しかったり機嫌良さそうにしてると逆に怖かったりするけどさ……

「そ、そんな事ないわよ!! アビガストは必要でかけがえのない存在よ!? 身の回りの事を自分でやるようになったのは……そう! 貴女の負担をすこしでも減らそうと思って……もし地球に長期的に潜伏する作戦とかがあった時一人で何も出来なかったら困るじゃない……?」

 そう言った次の瞬間突然アビガストが俺の左腕を優しく両手で掴んでこちらを見つめてきた。

彼女の手は震えていて…

「私、その時はマルデューク様にお供させて頂きますから……私を置いていかないで……」

 必死に訴える彼女まるで怒られた親に取り入ろうとする子供のようで、いつも抑揚のない彼女の声には確かに感情が籠もっていた。

 

「お、置いていくなんてそんな……」

 そこまで言いかけた所で俺は言葉を詰まらせる。

 これから俺がしようとしていることは言わばアポカリプス皇国の命令に反することだ。

 

 置いていくなと言うことはそれに彼女を巻き込むことになる訳で……

 それにアビガストが俺を慕ってくれているのは俺がマルデュークだからだ。

 いつかその事を彼女に明かさなければいけない日も来るかもしれない。

 

 ずっと仕えていた主が実はある日を境に中身が中年のオッサンになっていたと知ったら彼女はどう思うだろうか? 

 そんな事を考えると彼女の厚意に甘えていいのか時々怖くなってしまう。

 しかし今目の前でこちらを見つめる少女の吸い込まれそうな瞳を見ていたら気の弱い俺には彼女を拒むことなんて俺には出来やしなかった。

 

 俺……いやアタシは女でマルデューク……アタシは女でマルデュークだから女の子のアビガストに背中流してもらっても何らおかしいことはないし不健全でもいかがわしくない……アタシは女でマルデュークだから女の子のアビガストに背中流してもらっても何らおかしいことはないし不健全でもいかがわしくない……

 そうなんとか自分に頭の中で何度も言い聞かせ呼吸を整えた。

 

「わ……わかったわ……それならお願いしようかしら。それにアビガスト。アタシはアナタを一人になんてしないわ。ずっと一緒よ……」

 結局俺はまた耳触りのいい言葉で彼女に出来るかどうかもわからない嘘をついた。

「ありがとう……ございます。 このアビガスト……この身が滅びるまで……いえ滅びようとも貴女様にお仕えいたします。不束者ですがどうかこれからもお願いしたく存じます」

 アビガストはどこか嬉しそうにそう言って丁寧に巻いていたバスタオルの裾を掴んでこちらに一礼をした。

 

 このまま俺に依存しているような状態ではきっとアビガストも幸せにはなれないだろう。

 その点で言えば俺の知っている本当のマルデュークの様にキツく当たって突き放すくらいのことはしなければいけないのだろうがそんな事俺に出来るわけもなく、地球人のオッサンには未だにアウェーなこの要塞の中でたった一人心を許せる相手をこちらから手放したり傷つける事もしたくない。

 

 きっと本当のマルデュークも自分以外誰も信じていないし興味もない中彼女だけは近くに置き続けていたことを考えると共依存の関係だったのかも知れない。

 それは今の俺にも言えることだけど……

 

 そんな事を考えているうちにアビガストは髪が傷んではいけないからと髪にタオルを巻いてくれて、それから背中をやさしく洗い始めてくれた。

 

「最近マルデューク様は身の回りの事をなんでもお一人でなさることがお増えになって休めと仰ったので私などもう不要なのかと……でも良かったです……マルデューク様が私を必要としてくださっていて……」

「あ、当たり前でしょう!? お洗濯物だって食事だってアナタがやってくれてるからアタシは幹部としてやってイケてるの! 不要になんてなる訳がないじゃない! 今日だっていつもお世話になりっぱなしだからちょっとでも体を休めてほしくて……」

「私にとってマルデューク様に仕えることだけが全てです……ですからそんな私にお気を遣われるなど恐れ多いかぎりです」

「いいのいいのそんな気負いしなくても……アナタのおかげで凄く助かってるわ。今日だってずっとアタシが帰ってくるの待っていてくれたんでしょ……? 気付くのが遅くなってごめんなさい」

「そ、そんな……私などに謝らないでください……そう言っていただけてそばに置いてくださるだけで私は幸せですから……それではお流ししますね」

 アビガストはそう言いながら最適な湯加減で背中の石鹸をアビガストは洗い流してくれた。

 

 マルデューク(おれ)の好みや心地のよい適温を彼女は熟知しているのだろうか? 正直今だに温度調整方法がよくわからない奇抜なデザインのアポカリプス皇国式蛇口から丁度いい温度のお湯を流してくれる。

 

「ありがとう。そこまで言ってくれてアタシも嬉しいいわ」

「では次は……よろしければお御髪も流させていただけないでしょうか……? 朝のお支度の時はマルデューク様の御髪に触れても良いとお許しをくださいましたがまだご入浴の時に洗ったことはありませんでしたので……」

 もうここまで来たら背中も頭も変らない。

 ならば今日は彼女の厚意に甘えるとしよう。

 

「え? 良いわよ? この髪凄く長くて洗うの大変なのよねぇ」

「ありがとうございます……それでは目に入るといけませんからお目を瞑っておいていただけますか?」

 アビガストはそう言って俺の長い髪を優しく丁寧に流し始めた。

 頭皮から毛先まで彼女の細い指は優しく撫でるようにシャンプーを染み込ませていきまるでマッサージされているような気分だ。

 

 きっとアビガストの指先から出ている癒やしの力も相まっての事だろうが他人に頭洗ってもらうのってこんなに気持ちよかったんだな……

「マルデューク様の紅いお御髪……本当にお綺麗です……私の薄汚い黒髪等足元にも及ばびません……」

「そんな事ないわよ! アタシは好きよ……アビガストの黒髪。艶があってキラキラしてて清楚だもの」

「……本当……ですか? 私……そんな事言われたの初めてです……黒髪は汚いといつも蔑まれていましたから……それでもマルデューク様だけは私の黒髪を悪く言うことはありませんでしたし……今こうして褒めてくださるなんて私……私……」

 確かに思い返してみてもマルデュークがアビガストに当たる時に吐く暴言は基本的に仕事の遅さや不満など揚げ足を取るような理不尽なことばかりでアビガストの容姿に関することは言っていなかったような気がする。

 しかしそれは単にマルデュークグラギム達の顔を全く覚えていなかったことからも分かるように余程他人に興味がなかったからだとは思うがアビガストはそう好意的に解釈していたようだ。

 

 ただ自分以外誰も入れないようなだだっ広いスペースを専有しておきながら身の回りの世話を彼女一人に任せていたということはどれだけ酷いことをしようともマルデュークはアビガストの事を信用していたと言うことだけは理解できるしアビガストもマルデュークに負けず劣らずきれいな髪をしていると思う。

 

「もっと自信持ちなさい。アナタも充分に綺麗で可愛いんだから私などとか私なんかとか言うのはやめなさい」

「……ありがとうございます。マルデューク様ほどではありませんが……貴女様がそうおっしゃるなら……」

「当たり前よ! なんたってこのマルデューク様のたった一人の使用人なのよ? もっと誇りを持ちなさい! ここまでマルデュークに嫌な顔ひとつしないで着いてきてくれているんだからそれだけで大したものよ。……本当にありがとうね」

「……はい」

 アビガストは噛みしめるようにそういった後一言も話さず黙々と俺の長い髪を手入れし続けたが指の動きが軽くなるのを感じた。

 

 顔にはあまり感情を出さないけどこういった所で感情が出てくるらしい。

 彼女の手さばきに身を委ねているうちにコンディショナーまであっと言う間に終わり、その後は俺の長い髪が傷まないようにと髪を軽く結ってタオルを巻いてくれた。

 

「これで終わりです。お御髪を洗わせて頂いてありがとうございました……」

「お礼を言うのはアタシの方よ。ありがと、アビガスト。それじゃあそろそろお風呂に……きゃぁっ!」

 立ち上がろうとした瞬間床に石鹸が残っていたのか足を滑らせ甲高い悲鳴を上げて俺はすっ転んでしまう。

 

 しかしでかい胸と更にそのしたに何かが下敷きになったおかげかはたまた元より地球人以上に頑丈にできた身体だからかあまり痛みを感じなかった。

 

「いててててて……」

「マルデューク様……お怪我はありませんか?」

「え……ええ……大丈夫……だけれど………………!?」

 そんな声が真下から聞こえてきて目を開けるとそこにはアビガストの顔があった。

 どうやら転んだ時アビガストも巻き込んでしまったらしい

 が、これはどう見ても俺が急に押し倒したみたいな感じになってるじゃないか!! 

 

 なんだよこの少年漫画のラッキースケベみたいな展開は……!!!!! 

「あ、アビガスト……ごめんなさい……貴女こそ怪我はない……?」

「はい……私は問題ありません……身体が他人よりも頑丈なことだけが取り柄ですから……」

「そそそそう……だったわね……じゃなくて!! ごめんなさいすぐ退くから……」

「いえ……マルデューク様……貴女がお望みであれば私は……」

 アビガストは頬を赤らめこちらから目を逸らした。

 もしかして俺が急に押し倒したと勘違いしていらっしゃる! 

 そうじゃないだろそれにしてもマルデュークにやられた傷痕は痛々しいけど本当に綺麗だし可愛い顔してて……って違う違う!! アタシにそんな趣味は……いや待てよ俺男だし全然自然なのか……じゃなくてえーっとその……

 こんな年端も行かない女の子押し倒すって結構ヤバい状態なのでは!? 

「あ、アビガスト……? これは本当に事故で……どひやぁぁぁぁぁっ!」

 急いで立ち上がろうとしたが再び床で足を滑らせ身体を更に彼女に擦りつけてしまう。

 

 そりゃもう大きな胸の先が彼女の体の上をスライドして俺も自分でびっくりするようなくらい変な声を出しちゃいましたよ。

 

「ごごごごごめんなさい!!」

 俺は大急ぎで彼女から離れなんとか立ち上がれたがアビガストは一向に立ち上がろうともしないし返事もしない。

 

「あれ……アビガスト……?アビガストぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 彼女の顔を見ると鼻から一筋の血を流してぐったりと倒れていた。

 しかしその顔はとても幸せそうで

「マル……デュークさまぁ…………」

 とうわ言のようにつぶやいていた。

 

 俺は風呂どころではないと急いで彼女を浴場から担ぎ上げて鼻血を拭き取り、なんとか男としての欲望とか助平心とかを抑えながら濡れた彼女の身体を拭く。

 

「ふぅ……なんとかなった……今度は俺じゃなくてアビガストが鼻血出して倒れるなんてな……」

 裸でぶっ倒れた彼女をとりあえずは自室のベッドの上に寝かせたがこのまま裸のままじゃ風邪引いちゃいそうだし……

 

 でも寝てる女の子にメイド服なんて着方のわからないもの着せられないし……そうだ! なにもないよりはマシだろう。

 

 俺はとりあえずベッドに置いてあったメンズサイズのジャージを持ってきて彼女に羽織らせる。

 そして今晩着る寝間着が無くなった俺は脱ぎ捨てていたスーツを再び着て今晩は寝ることにした。

 

 社畜時代スーツのまま寝るなんてことはよくあったからこんな事は慣れっこだ。

 いつもはすぐに洗濯してくれてるから毎晩同じジャージを着れてたんだけどもう一着ぐらい買っといたほうがよさそうだな……今度地球に降りた時に買っておくか。

 

 ま、でもアビガストの幸せそうな寝顔が見れたから今日は良しとしよう。

「おやすみ……アビガスト」

 今日だけでいろいろなことがありすぎて限界だった俺はいつもより狭くなったベッドで真横に居る幸せそうな顔で気を失った彼女にそう小声で語りかけ布団を被り重くなった瞼をゆっくりと閉じるのだった。

 

 そんな次の日目を覚ますとアビガストが全力でアポカリプス皇国式の土下座をして謝ってきてそんな彼女をなだめていたらその日の幹部会議に遅刻してしまった。

 

 その日の幹部会議の議題は昨日の作戦の反省会。そしてVXの新たな姿についてで、まだこの状況でアトモスの能力は未知数だったので口を滑らせないようにするのに初めて見る理不尽な敵の強さに驚愕し、計画の失敗に苛立つ敵幹部(マルデューク)を演じるのに苦労した。

 

 そしてイビール将軍も幾度となく計画を打ち砕かれ、戦う度理不尽と言っていいほどに強くなるVXを見つめて苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

 

「VXめ……アレだけの対策をいとも簡単にくぐり抜けた上新たな力まで手に入れるとはヤツは化け物なのか? 侵略計画ももう少し別のアプローチを練った方が良いのだろうか……? そうだ! 例えば地球人の子供を一人連れてきて高待遇で我々の仲間に加える代わりに地球をアポカリプス皇国に献上すると言わせ……」

「そんな悪質で禁じられた感じなのは絶対にダメです!!」

 嬉々としてイビール将軍が出したそんな案を何故かはわからないが俺は必死で静止した。

 うん。何故だかわからないがその作戦は色々な意味でヤバい気がするから…

 

「ふむ……そうか……悪質に禁じられた…どちらも嫌いではない言葉で良い案だと思ったのだが……まあよい。今日は以前よりVXを倒すヒントを探る為調査隊に探査を進めさせていた超古代遺跡残骸での調査結果についてだが……」

 

 イビール将軍がそう言って持っていた杖を地面に軽く打ち付けるとボディースーツの色が他の戦闘員達とは異なる戦闘員二人が何やら人が一人すっぽり収まりそうなほどの大きなカプセルの様な物を持ってきた。

 

「なんだァ? こいつは……」

「VXと似ておるな……匂いもだ」

『ほうほう……これはまた面白いものを拾ってきましたねぇ……』

 その中に入っていたものを他の幹部たちは怪訝な顔で見つめていた。

 

 俺もそのカプセルの中身を間近で見て目を丸くする。

 

 そのカプセルの中に入っていたもの……

 それは漆黒のボディに身を包んだもう一人の装鋼騎士……

 俺は思わずその名を口から溢す。

 

「ソル……ダークネス……!」




何とは言いませんがアレを一気見して最終回でテンションブチ上がった直後法定速度遵守のシュールさに笑ったり虚無ったりした結果体調を崩しました(本作の投稿が遅れたのとは全く関係ありません)
恐らくこのシリーズの投稿は年内最後になると思うので少し早いですが今年一年ありがとうございました。
来年もどうかよろしくお願いいたします。

それとこれまでpixivにだけ投稿していた単発のTSF系小説をちょくちょくこっちにも不定期で投稿していこうと思います。よければそちらもどうぞhttps://syosetu.org/novel/301893/
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