ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
「あのつまりですねお前様が死んだのはいえお亡くなりになられたのは
なんか聞かれた。自称神様はめちゃくちゃ早口だった。
深夜のコンビニを出たところでトラックに轢かれた。ブピュッ、みたいな音がすると同時に意識が途絶えた。それで気づくと見知らぬ真っ白な空間にいた。
「文法はあっていないですが、内容は判りました」
自称神様は若い女性の姿をしていたけれど「お前様が話しやすい姿なので」ということで、実際の姿ではないらしい。というか、そもそも「実際の姿なんてもんは存在しないんでございますねぇ」とのことだった。よく判らないが『人では認識できない領域』なのだという。
「それでお前様の死体はミンチじゃなくておミンチになっていて目撃者全員の記憶を改竄しやがろうにもSNSにアップロードされてしまっており全国的にお前様のスプラッタ画像がバラまかれているのが現状なのでありんすがどうしゃんせ?」
「どうしますとは?」
なぜ最後がちょっと
「おミンチ少女奇跡の生還! という見出しが新聞の一面に掲載される世界に戻りたいですか? 肉体の蘇生はできますが確実に死んだはずのお前様がよみがえったとならばマスコミは大挙して押し寄せ、お前様は実験に晒されるでしょう。代わりにお前様のお姉様がトラックの餌食に」
「……それならいいです、このまま死にます」
これが見知らぬ他人だったら迷いなく首を縦に振っただろうが、姉の命と引き換えなら意味がない。
「お前様は自己犠牲の精神がありますね。人間というのは分かりませんですね。紙切れのためにほかの生命を犠牲にすることを厭わない者もいれば、メンツや家族のために無駄死にする者もいる」
「…………」
「あら? お気に召さない表現でしたなら申し訳ない。いえ申し訳はいくらでもできますが、日本語ではこれが謝罪の意なのでしたよね。それで
「できるんですか?」
意外な提案に驚いた。
「ええ、お前様のお姉様のいない世界であればお前様のお好きな通りに生きられますよ、資本家の家に生まれたいですか? 貧乏ながら温かい家庭に生まれたいですか? それとも温かい資本家の家に生まれたいですか?」
「……あの、この身体のままということは……」
「できますよ。戸籍のないまま生きることになりますでございますが。お前様は自分の身体にこだわりが――ああ、そういうことですか。つくづく人間というのは分かりませんですね」
「……あ、異世界とか」
「それは別の神の管轄でございます。どうしてもというなら頼んでみますけど、そのまえにお前様の魂の寿命が尽きることになると思いますがねぇ」
「なんか能力とかつけてもらうことって」
面倒臭がられてこのまま殺されたとしても死ぬだけだ。ダメ元で頼んでみてもいいだろう。
「言語運用能力、運動能力、視力、聴力、嗅力、お前様はすでに色々と能力を持っていますねぇ。人体構造上可能なことでしたらできるようにできますけど、魔法とかは不可能ですよ」
「ですよねぇ。頭をよくするとか……」
「頭?
「でしたら、わたしの身体が壊れない程度に、いい感じにいじってくれませんか?」
さっきの「ああ、そういうことですか」というリアクションから、わたしが隠そうとしたことでも読みとることができるのは推測できた。であれば、わたしの意に沿う形で調整することもできるだろう。
「いい感じに……けっこうアバウトな願いですが、聞き届けましたよ。それでお前様に提案なのですが、人類が滅びたあとの世界に行くのはどうでしょう?」
「滅びたあと?」
「お前様にとっては同じでしょう? 適当に話し相手も用意してあげますよ」
「おかしくないですか、人類が滅びたあとなのに、話し相手って」
やっぱり理解されている――
無駄な抵抗だとは分かっていたが、無駄に反応して喜ばせるのも癪に障る。この神様に人間と同じような感情があるのか判らないが。
「過去と繋がれるようにしてあげます。ただ、お前様のお姉様には会えませんが」
「どういう仕組みですか?」
「まずお前様にスマホを与えます。そしてそこから電波を過去に流します」
電波なのはお前だと思ったが、さすがにいわなかった。思った時点で伝わっているのだろうけど、気分の問題だ。
「あの、でしたらなぜお
「正確には繋がるのですが、お前様とお前様のお姉様が同一の空間に存在した場合、どちらか一方が死ぬことになるのですよ。『人では認識できない領域』です」
「電波が空間?」
「お気づきとは思いますが、
「……じゃあ、なぜ会話が成立しているんですか? 時がなければ会話は成立しないはずでは?」
「そこが『人では認識できない領域』なのです。人間の言葉に簡単に落としこむなら、すべての可能性を秘めている空間とでもいえるでしょうか? そうですね、たとえばここに一冊の本があるとしましょう」
ぽん、と本が空間に生み出された。神様が本を開く。白紙だった。
中央に〈桃〉という漢字が書かれた。スペースが勿体ない。
「桃ですね」
「そうです、あなたが特別な経験をしていないかぎり、この単語から〈象〉を想起することはありません。でも、あなたがここで思い浮かべることのできる〈桃〉は無数です。大きな桃、小さな桃、茶色い桃、青い桃、ゆるキャラ風の桃……ですが」
〈桃〉の上に〈大きな〉と追加されて〈大きな桃〉と書かれた。
「また可能性が削られましたね。ディティールを細かくしていくことで、そのほかの可能性は消えていく……この時点で、〈大きな桃〉は宇宙大でも部屋くらいのサイズでも人と同じくらいの大きさでもいいわけです。また書かれていないことはいくらでも想像できます。味とか匂いとかですね。さて、また――」
文章は〈人間くらい大きな桃からはお父さんの靴の臭いがした〉となった。想像して気持ち悪くなった。
「ええと、つまり、この空間にはあらゆる可能性が含まれている?」
「その通りです。理解が早くて助かります」
いや、『すべての可能性を秘めている空間』というのをいい換えただけだけど。でも、おかげで具体的なイメージを掴むことができた。
「こうなるとすべての可能性は併存しているわけで、もはや過去も未来も関係ないんです」
「……そうなるんですか?」
「そうなるんです。さて、ほかに要望がなければ未来にお送りしますが――」
おかしい、と思った。疑問をそのままにしておくのは苦手だ。
だからやめておけばいいものを、ついつい口にしてしまう。
「だったら、お姉ちゃんの代わりにわたしが死ぬ可能性もこの空間にはあったんじゃないんですか?」
「…………」
神様は無言だった。
「それに、そもそも、あなたがわたしに謝る理由もわからない。殺してしまった、残念でしたでいいじゃないですか。あなたはさっき『ほかに要望がなければ』といったけれど、『ほかに疑問がなければ』とはいわなかった。疑問があったら困るからでは?
そして当然、わたしがこれに気がつく可能性だってあったはずですよね。だから今のあなたの無言は演技です。どこからが偽りなんですか? 答えてください。これがわたしの要望です」
「ふぇ…………」
「ふぇ?」
「ふぇええええええええん! だ、だっていったじゃん! 『人では認識できない領域』って! 人間の言葉で説明したら齟齬が生じるのは当然じゃん!」
「そ、それはそうですけど……」
急に駄々っ子のような口調になった神様に困惑して口ごもってしまう。
「それに
「……それも演技なのでは?」
「そこまで疑われても証明できないけど! 探偵が、「これは真犯人が残した『偽の証拠』なのでは?」って考えだしたら一生推理が終わらないでしょ!」
「……まあ、確かに」
「だ・か・ら・!
「どうして未来なんですか?」
「分かった、正直にいうね、めんどくさい!」
「めんどくさい?」
わたしが? 確かにかなりめんどくさい性格であると自負しているけど。
「さっきもいったけど、あなたが死んだのは、世界の記述のされ方からして本来ありえない可能性だったんだよね。これはただのバグで、あなたが選ばれた理由もない、っていうかあっても判らない。だから、あなたの死で可能性が想定以上に分岐するのも本当!
で、あなたを過去に送れば、可能性が分岐する可能性があるわけ。当然だよね、過去は未来に影響を及ぼすから」
「でも、未来は過去に影響を及ぼさないから楽って……それだけの話なんですか?」
「それだけの話なの! 謝ってるのは本当に悪いと思ったから! でも、謝っておいて『めんどうだから未来に行ってね♡』なんていえるわけないじゃん!」
じゃあさっきのわたしの『答えてください』っていうのはただの勇み足?
それって――
「……穴があったら入りたいです」
「未来行きのゲートなら開いてるけど、行く?」
わたしは無言で頷いて「ごめんねー、気をつけてねー、楽しんできてねー」とにこにこと手を振る神様に見送られて、空間にごっそりと開いた穴をくぐった。