ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
休日を意識したのは久しぶりだった。
金曜日の昼下がり。
土日であれば起こしてくれそうな人が多いかもしれないという、ちょっとした打算に基づいている。
水と地面とが衝突する音。一拍おいて、水は海へと戻っていく。
音は。
絶え間なく続いている。
セミはどこでも鳴いている。
風はどこでも吹いている。
薪が爆ぜる乾いた音。
でも、この世界で声を発しているのはわたしだけだ。
「さて、72時間火を絶やさない耐久配信、始めるよー」
配信をつけると同時に、スイッチが切り替わる。
目がコメントを追いかけて、リアクションできそうなコメントに、即座に反応する。
タイムラグがほとんどないコメントを拾えるのは、動体視力の賜物だろうか。
:聖火ですか?
:初見です
:お通夜ですか?
「お通夜にしては長いね! 火を見守る側が寝不足で死んじゃうから!」
:通夜ってなんだ?誰か翻訳してくれ
:知識人vs令和人
「そこはわたしも知識人枠でカウントしてくれないっ!?」
というか、なぜ戦うことになっているのだろうか。
「まあ、初見の人もいるということで、今回の企画内容をお話します。
ここに火があります。で、この火が絶えたらゲームオーバーです。人類は滅亡します」
:それ君がいうと洒落にならないぞ
:人類が滅亡した理由って……
:じゃあ失敗するじゃん
「だから全力でやるんだよ。滅亡したくないでしょ?」
:滅亡したくないでしょ?とかいう新手の脅し文句
:しょうがない…昨日寝溜めしたから、つきあってやりますよ
「わたしは途中で寝るから、その間、火が絶えそうになっていたら、みんなが起こしてください」
:初見困惑中
:後ろの波の音がツッコミに聞こえた
:公開放送事故
なんだか賑やかなコメント欄を見ていると、いつもより初見の割合が高いことに気がつく。
同時接続者数は――普段の10倍ほど。
さすがにちょっと驚いた。前兆のようなものは一切なかったし、今回の配信は72時間耐久という、常連でさえ戸惑うような内容のはず。
「なんか視聴者増えてる? なんで?」
:エリザベス香車が紹介してた
:72時間耐久と聞いて
:エリザベス香車から
「エリザベス香車? 有名なの? 変わった名前だね」
:有名っていうか有名
:中堅ライバー
:登録者数1600万人くらい
:エリザベス香車に紹介されて有名なの?って聞く人はじめてみた
「1600万!? ……え、日本何個分?」
:有名は有名だけどトップクラスだと1億とか1億5000万とかザラだしな
:リアクション大きくていいね
:日本の人口は1億人ですが
「え、日本の人口、ちょっと減ってない?」
日本人の10人に1人がエリザベス香車とかいうトンチキネームの動画投稿者を登録している……?
……違うか。
グローバル化の影響で外国人視聴者も非母国語の動画をみることができるから、もはや日本国内という換算には意味がないのかもしれない。
1600万人で中堅と呼ばれているのも、自動字幕の性能がいいからだろう。
わたしの場合は、たまに字幕が用意されていない語彙を使うから、外国人視聴者は比較的少ないらしいけど。
:まず令和の人口を知らない
:話逸れまくってて草
:新規の人もいるし内輪ネタ減らしていくか?
:調べたけど人口減ってるね
こうして徐々に出生率が下がって滅亡した?
いや、流石に滅亡するレベルで出生率が下がるということはないはず。
わたしの考えでは。
これが杞憂であればいいのだけど、残念ながら可能性としては低くない。
――さっきもいったけど、あなたが死んだのは、世界の記述のされ方からして本来ありえない可能性だったんだよね。これはただのバグで、あなたが選ばれた理由もない、っていうかあっても判らない。だから、あなたの死で可能性が想定以上に分岐するのも本当!
――で、
可能性が分岐することが面倒なのであれば、わたしを送るのは未来であれば未来であるほどいい。
つまり、人類が滅亡する直前に送った可能性が高い。
でも、あの廃墟だらけの町には、死の気配なんてなかった。
人骨や、人が今まで生きていた痕跡のようなもの、生活の気配のようなものは、まったくなかった。
だとすれば。
「――避難した?」
避難したとすれば、なぜ?
あそこには建物が残っている。つまり、爆撃や自然災害などではないはずだ。
:どうしたの?
:誰も非難してないが
……配信中に考えることでは、ないか。
わたしの生存には、何よりも視聴者が大切だ。
いくらでも時間はあるのだから、それは後まわしにしていい。
「あ、ごめんごめん。ぼーっとしてた。
実は今回の配信はノープラン! 視聴者のコメント力が確かめられる配信ってわけ」
:ごりら
:ばなな
:ももひき
「こんなときに限って、急にバカにならないでよ」
:俺、ホント馬鹿でさ…。お前の誕生日だってのに、こんなことしか、できねぇや…
「まさか
:モニターの向こうから刺さないで
:殺傷性が高い
:もうコメントしないぞ
「まあまあ、大丈夫だって。ちょっとくらいボケが滑ってたって人間死ぬわけじゃないんだし」
:そろそろファイティングポーズ解除してもらえません?
:傷口に塩を塗るな
「人に塗るくらいなら食べるけど」
なお、木炭を作っている傍らで海水を沸騰させている。
本当は一回濾過してからのほうがいいらしいのだけど、濾過装置には木炭が必要だ。
ちょっとしたタイムパラドックスである。いや、全然違う。
:そうだった
:冷静で草
「ところでだね、諸君。わたしが何の企画も用意していないと思ったら大間違いです」
:おっ?
:何かあるんですか?
「うん、質問コーナーを設けようと思います」
:無計画じゃん
:何も間違ってなかった
:質問コーナー=何も考えてない証拠
「待って待って、みんなからの質問じゃなくて、こっちからの質問。
まず、君たちの時代がどうなっているか知りたい。どうして人口が減少しているか判る?」
:これでも上がったほうだよ。少し前は9000万人台だったから
:そうそう、別に下がってはいない。むしろ令和が多すぎた
「あー、そうかも?」
確かに、わたしの時代から少子高齢化云々という話はあった。
今回の話もその延長線上にあるのだろうか。
となると――ますます急激に滅ぶ理由が判らない。
というか、これについて聞くためだけに質問コーナーを設けてしまったけど、ほかに聞きたいことは別にない。スマホで調べられるし。
そういえば、今の人は、スマホじゃなくてデバイス? とかいうのを使っているらしいけど。
「デバイスって何? 調べたけど、よく判らないんだよね。令和ピープルにも判るように説明してくれない?」
:なんでもやってくれる機械のこと。もちろん犯罪以外はだけど
:デバイスとは、デバイスのことである ――アリストテレス
:令和人にも判るように簡単にいうとボタンを押すだけで何でもやってくれるスマホ
令和人にも判るように簡単に行われたはずの説明でもイマイチ判らなかったので、意訳。
あらゆる機械に使用できるリモコン、ということみたいだ。
かつ、コンピューターで出来ることは最小限の操作でできてしまうらしい。
このデバイスという機械のために、一度インターネットの世代が代わった。
旧世代――つまり、わたしたちの時代――のインターネットとは、まったく別のものだと考えたほうがいいのだという。
だから、わたしたちの時代のデジタルアーカイブを一般人がみることはあまりないそうだ。
:ポケベルとスマホくらい違う
「さすがに、ポケベルの世代ではないんだけど!」
……何となく判ってしまったのが悔しい。