ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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前半ちょっとシリアスですが、後半はもどります。
必要なシリアスしか書かないので、ご安心ください。


72時間耐久配信 中編

 遺影は笑っていなかった。

 あの写真には見覚えがある。生徒手帳の写真だ。

 

 遺影の両脇におかれているアレンジメントは、どんな花を組み合わせて作られているのだろうか。

 菊と百合。

 このふたつはどうにか見分けがついたが、それ以外は、見当もつかない。

 

 カビの痕跡のある畳はささくれだっており、お母さんの黒い靴下には、イグサがついていた。

 薄い座布団は六つ用意されている。一つはお坊さんのためのものだ。

 火葬場に隣接した狭い式場だ。数年前のお父さんのお葬式でも同じ場所を使った。お父さんとは違って、たとえ直葬でなかったとしても出席者はこれ以上増えなかっただろう。

 お姉ちゃんとお母さん、それから父方の祖父と母方の祖父母。

 

 それが、わたしの葬儀の出席者のすべてだった。

 

 もっとも、お姉ちゃんとお母さん以外は関係性も希薄で、あまり会う機会もなかったけれど。

 お坊さんは、遺影とお姉ちゃんとを見比べてギョッとした様子だった。お姉ちゃんは制服を着ていてわたしの遺影と同じ格好な上、(はかな)げな雰囲気をまとっているから、幽霊だと思ったのかもしれない。

 

 読経がはじまる。

 

 お母さんは。

 泣いている。泣くほどの情が湧いていたことが意外だった。お母さんは、わたしのことを少なからず気味悪がっていたはずだ。お父さんの葬儀のときに泣かなかったわたしを。

 お母さんは、条件反射で葬儀のときに泣くようになっているのかもしれない。

 お父さんの葬儀から数ヶ月ほどして、わたしは心の発達が遅れているのではないかと心療内科に連れていかれた。結果は知らない。そのあと治療を受けていないことを考えると、所見がなかったのか、通院費が高かったのだろう。

 

 お姉ちゃんは。

 泣いている。これは意外ではなかった。お姉ちゃんは普通を演じるのが上手だった。

 

 諸々(もろもろ)の名前の判らない儀式を終えると、わたしの棺桶は、火葬場に送られることになった。男性スタッフが二人がかりで棺桶を持ち上げる、けれど思ったよりも軽かったのだろう、複雑そうな表情を浮かべていた。血が噴きだして肉片となった身体だ、重いはずもない。

 お母さんが出席者に何かを話しているとき、お姉ちゃんとわたしの目があった。わたしは怖かった。

 なぜなら、お姉ちゃんは。

 

 わたしの死を、無様だと思っているだろう。

 わたしの死を、無惨だと思っているだろう。

 わたしの死を、無意味と思っているだろう。

 この世界は、もともと無様で無惨で無意味なものだからだ。

 

 ――あなたが、わたしより早く死ぬとは思わなかった。わたしが死んだあとに死ぬとは思っていたけれど。

 

 わたしは頷いた。

 お姉ちゃんのいない世界に意味など見いだせなかった。わたしは、お姉ちゃん以外に、何もいらなかった。

 だからあのとき、生まれ変わることを拒んだ。

 わたしの顔は、わたしとお姉ちゃんを繋ぐものだったから。

 

 ――わたしはね、きれいなうちに死にたい。その気持ちは変わらないわ。醜く老いていくなんて嫌。

 

 わたしは頷いた。

 お姉ちゃんは25歳で死ぬのだという。

 鈴蘭の毒で死にたいと、お姉ちゃんはいった。

 お姉ちゃんは、わたしといるとき、芝居がかった話し方を好んだ。それがどうしてかは判らない。

 

 ――あなたはどうするの?

 

 式場にいる人たちの視線が、わたしに集中する。

 わたしは答えを求められている。

 わたしは何かを答えなくてはいけない。何かを。

 

「わたしは――――

 

 

   ◇

 

 

――――……ん」

 

 妙にリアルで質感がある、嫌な夢だった。

 震えるスマホに手をあてる。

 不思議なエネルギーで動いているスマホにも、地球上の物理法則が適応されているらしい。スマホが熱を発している。

 夢のことは一旦忘れることにして、意識を切り替える。

 

「おっと、火のパワーを強めなきゃね。起こしてくれてありがとう」

 

:めっちゃうなされてたよ

:寝起きの声で草

:ほんとに寝てたんだなって

 

 薪を投下したあとでDMを確認する。12件のメッセージがあった。どれも短い言葉を連投する形式だった。

 わたしは、メッセージをくれた人の名前を読みあげてお礼をいう。

 

:さて、中盤戦も頑張っていきますか

:デバイスって寝てないと警告してくるんだな

 

「うん、頑張ってこー。まあ、やることは変わらないんだけど」

 

 いいながら、近くで沸騰させていた塩を確認する。

 どろどろとしているけれど、ちゃんと塩だ。

 

「火を見守るだけです。合間に小粋なトークをかましながらね」

 

:そういうの求めてないんで

:自分で言うのはちょっと…

:俺はお前が生きてるだけで幸せだよ

 

「えっ、正気?」

 

:正気を疑われてて草

:寝起きで刃を向けるな

:もうコメントしないぞ

 

「まあまあ。ちょっと聞いてよ。ちょっと前に配信みたのよ、あれの。あれって何かっていうとさ、あれ」

 

:小粋…?

:寝起きでボケてる?

 

「あの、そうそう、LC!」

 

:いつもなにで配信してるんですかね

 

「スマホだけど」

 

:そうだけどそうじゃない

:スマホって答えも大概だぞ

 

「それで同業者? っていうか配信者の配信みてたんだよ。めっちゃ演出凝っててすごかった」

 

 未来の配信のクオリティは――正直、令和とそこまで代わり映えはしない。

 未来の家は目新しいけど、それだけだ。

 でも、どんな素人のものをみてもカット編集がされていて、わたしの配信より遥かにテンポがいい。

 

:まあ、編集とか半分自動でやってくれますし

 

「え、ほんとに? わたしでもできる?」

 

:できるよ。LCの基本機能だから

:これくらいがシンプルでいい

:結局トマトも下手に加工するより生がいいから

 

「なるほど。じゃあ編集したのみたければ、自分でしてもらう形で」

 

 いちいち何時間もあるアーカイブを見返す気にもならなかった。

 自動的な編集といってもミスはあるんだろうし、大切なところが切れていないか確認するのも面倒だ。

 

:新しい

:かしこい

:そういえば登録者増えてるの気づいてる?

:そろそろ収益化申請できそう

 

「収益化? しないよ」

 

:収益化しないの…?

:貢がせてくれ

 

「えー、だって口座ないんだもん」

 

:そこは設定遵守するのか

:なにか貢ぐ方法はないんですか!

 

「んー、今のところはないかな。お金は使い所ないし、現物を送ってもらう方法はないし」

 

 ギフトカードのようなもので電子書籍を買おうにも、サイトに登録するための住所がない状態。

 住所がないというのは不便だけど仕方がない。ネットに繋がるというだけで御の字とみるべきだ。

 

:マイナンバーないと何もできないしな

(かすみ)食って生きてるのか?

 

「わたしはみんなに知恵を授けてもらえる、みんなは変わった風景をみられる。それでウィンウィンだからさ」

 

:なるほど、了解した

:たくさん本読んで勉強します

 

「それがいいよ。人間生きてると一度や二度はトリップするんだから、そのお勉強もかねて」

 

:あってたまるか

:あなただけです

:もう一度トリップするのか…

 

「え、みんなはしたことないの? 遅れてるね」

 

:令和人にいわれたくないわ

:これが――〝怒り〟

:私はあなたを殴りたい

 

「みんなカルシウム足りてる? もっと摂ったほうがいいよ」

 

:お前、この、お前……

:配信続けて一番伸びてるのが煽りスキルなの好き


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