ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!― 作:石崎セキ
月曜日の昼下がり。
海は相変わらず、ざっぶーんと波打っている。
「これ大丈夫かな? できてる?」
参照しているのは、炭っぽいものができていたら冷やす、というアバウトなマニュアル。
土壇場になって炭っぽいものとは何かという疑問が湧いてきたのでネットで調べる。それっぽいとは思ったが、あまり自信が持てない。
コメント欄に訊ねてみるも、
:わかんないけど、よさげかも?
:専門じゃないしなあ
:黒いし、炭です
という、ふわっとした返答ばかりだった。
「やっぱり火を使ったことのない軟弱者はあてにならないね」
:なんだこいつ
:顔映ってないのに腹立つ顔が見えるんですけどバグですか?
「さっきから苛立ってるみたいだけど、ちゃんと睡眠はとったほうがいいよ」
:あなたのせいですが
:チャンネル主が一番寝てる説
:逆になんで72時間耐久で寝てるんだ
とりあえず何度も見返すが、ちゃんと3日間はやったので大丈夫――と思いたい。
正直、ここからやり直しとなると体力が持たない。
……まあ、しっかり寝てはいるけど。
「とりあえず、これで完成として、あとはくすぶらせて冷えるまで待つだけとします」
即席のカマドは判らないが、ちゃんとしたカマドは密閉性が高いので、数日間は熱が逃げ切らない。
熱が冷めるまで待つのがいいとサイトには書いてあった。
:おおおおお
:やった
:コメント欄の勝利だ!
「なんか疎外感感じるんだけど、わたしハブられてない?」
:それは、はい
:あなたが寝てるあいだここでダベってたので
:コメントのみんなは煽らないから…
:自分の言動を顧みるチャンスだぞ
「煽ってるのはみんなのためなんだよ」
:もっと寝てくれ
:悪魔に取り憑かれてる?
:当方弁護士ですが無罪にできません
「弁護士がみてるの? 見逃してください」
:弁護士と会うのは見逃されなかったやつだけだぞ
:検察に言って
「……さて、今日のお昼ごはんは、ボラです」
:魚…?
:初見困惑中
そういえば、合成食を食べている人たちにとっては刺激が強いんだったっけ。
忘れかけていたけど、これに耐えられない人は今後も見られないと思うので、仕方ない。
計画は変えずに、枝を突き刺したボラを火にくべる。
:うわうわうわ
:本物の魚…?
:野生ではあたりまえの光景
人が死体を怖がるのは、人が死を遠ざけすぎたからだ、というような文章を読んだことがある。
死が身近であれば、死体を異様に怖がることはない。
それなら極端に死を遠ざけた社会では、死体への恐怖は令和の比ではないだろう。
わたしは、むしろ合成食のほうが不健全に思うのだけど、そこは文化の違いだ。
さて、焼いているあいだに。
風で砂が飛んで混ざったら困るので、クーラーボックスに入れておいた鍋を取り出す。
鍋にこびりついている、水気を孕んでどろどろとした塩。それにカメラを向ける。
「さて……この塩だけど、ここで食べるのは勿体ない。向こうに持って帰りたいと思います」
といって、とりあえず塩をどかす。
これから海水を採取して、ボラを海水で味付けるのだ。
もはや、塩分なしでは生きていけない身体になってしまった。
:うんうん
:向こうに行ってからが楽しみだな
:にがりとか大丈夫?
:あっ
:しーっ、しーっ
「にがりって?」
:気づかれた
:豆腐を作るのに使うやつだよ
「なるほど」
豆腐……時間があったら作ってみたいけど、大豆はみつからないし、後まわしだろうか。
そろそろガッツリとタンパク質を取ってみたいような気もする。
大豆はタンパク質が豊富というし、筋肉はあっても困らない。そもそも必須栄養素だし。
フルーツとかの甘味もほしいけど、これは後まわし。
:セーフ
:あっ
:セーフとかいうと…
「まあ、知ってたよ。塩を煮詰めるとにがりが出るってことは」
だから、どろどろの状態で留めておいたのだ。
これを濾過することによって、塩とにがりを分離できる。
:し、知ってたことくらい知ってたし
:べつに苦くて苦しんでる様子を見たかったわけじゃないし
「……
そんなにわたしが苦汁を飲まされている様子をみたかったのだろうか。
まあ、コメント欄なりのジョークという可能性もある。
この人たちは少し変だけど、これでいて――
:前
:前みて前
:ヤバいヤバいヤバい
:気づいて
「ん? どう――」
わたしはスマホを放り投げた。
魚の焼ける匂いに惹かれてきたのだろう。
野犬が、前足を折り曲げて、今にもわたしに飛びかかろうとしていた。
頭が、今までにない速度で回転するのを感じる。
黒い犬だ。
犬に詳しくないので犬種は判らない。
火にくべてあるボラを投げる余裕はない。
むしろ火に近づいたとき、後ろから飛びかかられたら大やけどする危険がある。
犬はしなやかに、わたしの胸の高さまで跳躍した。
わたしは滑りこむような形で犬の下をくぐり、鍋を手に取る。
犬は体勢を崩すことなく素早く振り向く。わたしはタイミングをみて鍋を振り下ろす。
――ぐしゃ、と頭蓋骨が潰れる音がした。
血はあまり飛散しなかった。
感覚が過敏になっているのか、鍋越しに、犬の動脈が動いているのが分かった。
生きている。
もう一度。
もう一度。
もう一度。
三発ほど振り下ろすと、犬は完全に沈黙した。
「…………」
ふぅ、と溜息をつく。
それから、顔が映らないように、手で隠しながらスマホを確認する。
幸いにも、角度的には、一部始終は映っていないようだった。
……荒れているだろうなぁ。
案の定、コメントをみると阿鼻叫喚だった。
擁護してくれる人もいるようだけど、火に油。
擁護を火種にしてバッシングが連鎖していく。
視聴者同士の距離が近いことにはメリットもデメリットもある。
今回は、そのデメリットが思いっきり表出した形だった。
タイミングが悪かったとしか、いいようがない。
よりによって配信していた時間で、よりによって新規が多かった。
「えーっと……向こうが襲ってきたので、殺しました。
まあ、分かります。犬は引く。わたしも自分に引いている。でも、殺らなかったら噛まれてたかもしれないわけです。
あたり前だけど医療環境はないので、みんなの時代の比にならないくらいヤバいです。これは分かってほしい」
:撮影でしょ?本当だとしたら現場管理が杜撰すぎない?
:まだロールプレイ続けてるんですか?
:ヤラセだとしたら殺してない、ヤラセじゃなかったとしたら正当防衛。以上。
:信者が何かいってますね
:殺したくせに落ち着きすぎてない?
「まず、わたしは、悪いと思っていないことで謝りたくないです。
わたしに落ちつく時間がほしい。わたしにいわれたくないだろうけど、みんなにも落ち着く時間が必要だと思う。
だから、とりあえず配信は閉じます。72時間耐久はこれでおしまい。
めでたい締めとはいかなかったけど、ありがとうございました」
最後まで一息でいい切り、配信を閉じる。
……ふぅ、とまた溜息。
あーあ。
せっかく、普通らしくできていたと思ったのにな。